Z級映画にも愛を・・・

 Z級映画という言葉をご存知だろうか?日本ではあまり馴染がないかもしれないが、アメリカでは超低予算のクズみたいな娯楽映画を指す言葉として広く浸透している。B級でもなく、C級でもない。それよりも遥かに下を行くのがZ級映画というわけだ。
 まず最初に述べておきたいのは、そもそもA級とかB級とかいう映画のランク付けは製作費の金額であったりとか、配給網の広さを基準にするものであって、決して映画そのものの出来不出来を指すものではない。あれだけ大ヒットした「ターミネーター」だって、当初はB級映画として公開されていた。逆に、史上最悪の映画の一本とされている「ハワード・ザ・ダック」なんかは、当時はお正月シーズンの目玉として公開されたAランクの大作だった。この点を誤解している人が非常に多いように思うが、B級映画すなわち出来の悪い映画というわけでは決してないのである。
 で、Z級映画はどうなんだという話になるのだが、このジャンルを理解するためには幾つかの事実を踏まえておかねばならないだろう。

 まず、Z級と呼ばれる映画の殆んどは、普通の映画会社では製作されていない。その多くが個人の資金で製作された、いわば自主製作映画である。そうでない場合も、ほとんど個人経営に近いような弱小会社によって製作されている。ゆえに、予算はほぼゼロに近い。
 しかも、映画業界で仕事がなくなってしまったり、映画製作の経験が全くないようなスタッフ・キャストを集めて作られるので、必然的に関わっている人々は暗中模索の状態で映画を作っていくことになる。要は、技術力のない素人同然の人々によって製作されているわけだ。
 B級映画やC級映画も予算が少ないとはいえ、それはあくまでもAクラスの作品と比べての話。確かにB級映画専門の中小スタジオも存在してきたが、ワーナーやコロムビアといったメジャー・スタジオだってB級映画を大量に作って来た。そうした映画は、スタッフやキャストだってキャリアと経験のある現役のプロばかり。いわゆるZ級映画の世界とは、全く次元が違うのである。
 ただし、Z級映画にも大きな武器がある。それは、映画に賭ける製作者たちの熱い情熱だ。その良い例が、史上最低の映画監督と呼ばれるエド・ウッドだろう。脚本や編集は酷いし、セットはオモチャみたいだし、演技だって学芸会レベル。しかし、俺の作っている映画は何て面白いんだ!!というエド・ウッドの盲目的なくらいの情熱と、映画に対する過剰なまでの愛情が満ち溢れており、それが本来は意図していないであろう面白さを生み出していく。バカバカしければバカバカしいほど面白いのがZ級映画の醍醐味だ。逆に言ってしまえば、そうした独りよがりの情熱と愛情こそがZ級映画の存在価値の全てであり、それすらないような作品は目も当てられないような代物になってしまう。
 なので、Z級映画に優れた作品はない、と言い切ってしまっても良いだろう。しかし、それだけで切り捨ててしまうには勿体ないような作品も確かに存在する。そんな映画を発掘していくのも、映画ファンの秘かな楽しみの一つだったりするのだ。
 以下、物好きな映画ファンなら見ておきたいZ級映画の名作(迷作)を幾つか紹介したい。

 

ロボット・モンスター
Robot Monster (1953)
日本では劇場未公開
ビデオは日本未発売・DVDは日本発売済(ただしパブリック・ドメイン素材)

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(P)2000 Image Entertainment (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/62分/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編

監督:フィル・タッカー
製作:フィル・タッカー
    アル・ジンバリスト
脚本:ワイオット・オーダン
撮影:ジャック・グリーンハル
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ジョージ・ネイダー
    クラウディア・バレット
    セレナ・ロイル
    ジョン・マイロング
    グレゴリー・モフェット
    パメラ・ポールソン

 80年代の人気バンド、カーズのヒット曲“You Might Think”やシンディ・ローパーの“Girls Just Wanna Have Fun”のプロモ・ビデオに使われた事でも知られる、伝説のZ級ポンコツSF映画。ゴリラ・スーツに潜水マスクを被っただけでロボット人間だと言い切ってしまう度胸とセンスは大したもの。まともな神経の人間には、まず真似できまい(笑)。
 それだけでなく、特撮シーンの殆んどが別の映画からの頂き物だし、編集も前後のつながりなど殆んど全く考えていない。自前で撮った飛行機爆破シーンなんて、画面のど真ん中に模型飛行機を支える棒を持ったスタッフの手が堂々と映り込んでしまっている。一応、白い布を被った上にスモークをめいっぱい焚いて、手が見えないような工夫はしているのだが、爆破する際の照明でくっきりと手の形が浮き上がってしまった。普通ならボツにして他の撮影方法を考えるところだが、そのままゴー・サインを出してしまうのが本作の凄いところ。やっぱり普通の人には真似できまい(笑)。

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なぜか荒地でピクニックを楽しむ一家

洞窟から出てきたロボット人間ロー・マン

「紀元前百万年」から頂いた恐竜格闘シーン

 主人公は幼い少年ジョニー(グレゴリー・モフェット)。彼の父親(ジョン・マイロング)は高名な科学者だ。ある日、彼はピクニックの最中に、洞窟の中から出てくるロー・マンというロボット人間を目撃する。ロー・マンは宇宙からやって来た侵略者だった。既に地球はエイリアンによって壊滅させられ、生き残ったのはジョニーとその家族、そして父親の助手である若者ロイ(ジョージ・ネイダー)ら8人だけになってしまった。
 地球人を最後の一人まで抹殺するように指令を受けたロー・マンは、その対策を練るために再び洞窟の奥へと消えていく。家族のもとへ戻ったジョニーは、洞窟で見聞きしたことを全て父親に話をする。さらに、後から戻ってきたロイの説によると、ジョニーたちが生き残ったのは、父親が開発した抗生物質のおかげらしい。この抗生物質にはエイリアンの殺人光線に対する免疫効果があり、生き残った全員が投与を受けていたからだ。
 一方、彼らの死なない理由が分らないロー・マンは、テレビ電話を通じて降参するように脅迫してくる。しかし、ジョニーの父親はそれを拒否。ならば、とロー・マンは見せしめとして地球で最後のロケットと飛行機を撃墜して見せる。だが、ロー・マンはジョニーの美しい姉アリス(クラウディア・バレット)の姿を見て、本人も理解できない感情の芽生えを感じていた。そう、彼はアリスに恋してしまったのだ・・・!?

 と、粗筋を書いているだけでクラクラしてくる作品なのだが(笑)、もちろん作り手は大真面目。総製作費はたったの1万6千ドルで、セットを組み立てる余裕すらなかった。ゆえに、撮影は全てロケ。もちろん、ロボット・スーツを作るような予算もないので、監督は知り合いの俳優ジョージ・バロウズが持っているゴリラ・スーツを使って何とかしなくてはならなかった。ジョージ・バロウズは数多くの映画でゴリラ役を演じてきた俳優で、自前のゴリラ・スーツを持っていたのだ。本作でロー・マン役を演じているのもバロウズ。そして、何とかゴリラ・スーツをロボットっぽくに見せるために考え付いたのが、潜水マスクの着用だったというわけだ。
 一応、中に入っているバロウズの顔が見えないように覆面をした上で潜水マスクを被っているが、覆面が薄いために顔が透けて見えてしまうのがまたご愛嬌。まあ、そうでないと前が見えなくて演技も出来なくなってしまうのだが。
 また、本作の大きな見せ場として恐竜の格闘シーンが登場するが、これは映画「紀元前百万年」('40)と「燃える大陸」('51)から拝借したもの。そもそも、何故に恐竜が登場しなくてはならないのかという意味も全く分らないのだが。
 意味が分らないといえば、ロー・マンがなぜ通信機器だけを洞窟の入り口に置いているのか(でないと、ジョニーたちに気付かれない)とか、建物まで爆破させるような殺人光線がなぜ抗生物質ごときに弱いのか(でないと、ジョニーたちが生き残れない)など、意味不明で安直なご都合主義が盛りだくさん。
 その他、先述した飛行機爆破シーンで映り込んでしまうスタッフの手だったりとか、ジョニーの父親が手にしている本が次のカットでは消えてしまったりとか、とにかく製作サイドのド素人ぶりが全編で露呈しており、それが本来は意図していないような爆笑を巻き起こす。作り手が真面目になればなるほど、バカバカしてくて笑えてしまうという、Z級映画の王道を行く素晴らしい(?)作品に仕上がっているのだ。
 さらに驚くべきことに、本作はもともと3D映画として製作されている。ちょうど当時は「肉の蝋人形」('53)や「ダイヤルMを廻せ!」('54)など3D映画が続々と作られており、そのブームに当て込んだのだろう。

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ロー・マンに立ち向かう青年ロイ(G・ネイダー)

テレビ電話で降伏を促すロー・マンだったが・・・

ロー・マンの非情な脅迫に肩を落とす一家


 ちなみに、本作の音楽を担当しているのは「モダン・ミリー」('67)でアカデミー賞を受賞した大御所エルマー・バーンスタイン。「荒野の七人」や「大脱走」など数多くの名作を担当している巨匠だが、当時はまだ映画界に進出したばかりの無名の新人だった。
 ロイ役を演じるジョージ・ネイダーも、当時は全くの無名。この翌年にゴールデン・グローブ賞の最優秀新人賞を受賞し、ドイツ資本で作られた“ジェリー・コットン”シリーズでFBI捜査官ジェリー・コットンを演じて人気スターとなった。
 なお、ジョニーの母親を演じているセレナ・ロイルはMGM専属の名脇役だった女優。「パーキントン夫人」('44)や「名犬ラッシー」('45)など数多くの名作に出演していたが、赤狩りでハリウッドを追放されてしまい、本作の当時は全く仕事がない状態だった。一方、父親役のジョン・マイロングはウィーンの生まれで、戦前はドイツ映画で2枚目俳優として活躍した人物。ナチスを逃れて1940年に渡米したが、ハリウッドではずっとエキストラ同然の端役ばかりという不運な人だった。アリス役のクラウディア・バレットも、もともとはワーナー専属の女優。しかし、全く芽が出ずに1年ほどでクビになった。拾われたリパブリックでもやはり使い物にならず、2年ほどで追い出されてしまっている。ハリウッドの非情な現実を見せ付けられるようなキャスティングだ。

 先述したように1万6千ドルという超低予算で作られた本作だが、興行収入は100万ドルを突破した。ハリウッドの常識から鑑みれば決して大きな数字ではないが、製作費を考えれば大成功と言えるだろう。しかし、配給したアスター・ピクチャーズはフィル・タッカー監督との契約を無視し、約束したロイヤリティを一銭も支払わなかったという。そのため、タッカー監督は自殺未遂を図っている。
 その後、本作はそのあまりの出来の酷さから伝説的存在となり、冒頭で述べたようなミュージック・ビデオに引用されたり、ウディ・アレンの「スターダスト・メモリー」にロー・マンが登場したりと、カルト映画として絶大な人気を博すようになった。
 ビデオやDVDも数多く販売されているが、その殆んどがパブリック・ドメイン素材を使った粗悪なものばかり。その中でも、上記の米イメージ・エンターテインメント版DVDは、世界的なSFコレクターとして知られる映画監督兼興行主ウェイド・ウィリアムスの所有するフィルムを使用しており、画質・音質共に過去最良のもの。まあ、高画質で見る価値のある映画かどうかという疑問も残るが(笑)、下手に海賊盤まがいの格安DVDに手を出すよりはマシだと思う。

 

プラン9・フロム・アウター・スペース
Plan 9 From Outer Space (1959)
日本では95年劇場公開
ビデオ・DVD共に日本発売済(商品内容の違いアリ)

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(P)2000 Image Entertainment (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:なし/地域コード・AL
L/78分/製作:アメリカ

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー(120分)

監督:エドワード・D・ウッド・ジュニア
製作:エドワード・D・ウッド・ジュニア
脚本:エドワード・D・ウッド・ジュニア
撮影:ウィリアム・C・トンプソン
音楽:ゴードン・ザーラー
出演:トー・ジョンソン
    ヴァンピラ
    トム・キーン
    グレゴリー・ウォルコット
    ダドリー・マンラヴ
    モナ・マッキノン
    デューク・ムーア
    ジョアンナ・リー
特別出演:ベラ・ルゴシ
       ジョン・ブレッケンリッジ
       ライル・タルボット
       クリスウェル

 Z級映画の定番中の定番と言えるのが、この「プラン9・フロム・アウター・スペース」だろう。史上最低の映画監督エド・ウッドが生み出した“史上最低の映画”。映画への溢れんばかりの情熱と愛情が、才能とお金の致命的な欠如をある意味で凌駕してしまった稀に見る(?)作品である。
 エド・ウッドがどういう人物なのかは、ティム・バートン監督の名作「エド・ウッド」('94)で詳しく描かれているので、まだ見ていない人はとりあえず見て欲しい。その後で本作を見ると、より一層楽しめるはずだ。誰が見てもクズ映画には違いない。しかし、ただのクズ映画とは呼ばせない。これは珠玉のクズ映画なのである(笑)。

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ナレーター役を務める占い師クリスウェル

突如出現したUFOが死者を甦らせる

パイロットのジェフと妻ポーラ


 カリフォルニアのサン・フェルナンドにある墓地で葬式が行われていた。喪主の老人(ベラ・ルゴシ)は最愛の妻を失った悲しみに打ちひしがれている。一方、旅客機のパイロットであるジェフ・トレント(グレゴリー・ウォルコット)は、コクピットの中からUFOを目撃した。その頃、墓地では二人組の墓泥棒が不気味な女(ヴァンピラ)と遭遇する。それは老人の死んだ妻がゾンビと化した姿だった。その恐ろしい形相を見て悲鳴を上げる墓泥棒たち。
 その後、老人も交通事故に遭って亡くなってしまった。その葬儀に参列した親族は、墓地で例の墓泥棒たちの死体を発見する。通報を受けた警官隊が駆けつけると、そこへ再びUFOが現れ、死んだはずの老人が甦る。単独行動をしていたクレイ刑事(トー・ジョンソン)は、ゾンビとなった老人とその妻に殺されてしまった。
 同じ頃、墓地の近くに住むジェフは、妻のポーラ(モナ・マッキノン)に飛行機でUFOを目撃した話を語って聞かせる。やがて多数のUFOが市民に目撃されるようになるが、エドワード大佐(トム・キーン)率いる陸軍の攻撃によって立ち去ってしまった。大佐は部下に、政府が長年に渡ってUFO出現の事実を隠してきたことを語る。ペンタゴンに戻った大佐は、ロバーツ将軍(ライル・タルボット)にエイリアンからのメッセージを聞かされる。それは、ペンタゴンが開発したばかりの“通訳マシン”によって、英語に翻訳されていた。そのメッセージは、戦争を繰り返す人類に対する警告だった。
 一方、宇宙にあるUFOの母艦では、指揮官エロス(ダドリー・マンラヴ)とタンナ(ジョアンナ・リー)が、支配者(ジョン・ブレッケンリッジ)に最終報告を行っていた。地球人は我々の警告に対して聞く耳を持たない、と。そこで彼らは第9計画の実行を決断する。地球上の死者を甦らせて人類を恐怖に陥れるというのだ。その計画に従って、クレイ刑事もゾンビとして甦った。いよいよ、人類にとって終末の危機が訪れようとしていたのだ・・・!

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ゾンビ役を演じるヴァンピラ

これが遺作となった名優ベラ・ルゴシ

書割の空を飛ぶUFO軍団

 という、一見すると壮大な(?)物語が、これ以上ないくらいにチンケに語られていく。コンセプトそのものは、まあ、言うなれば、なかなかスケールが大きい。しかし、そんな物語を堂々と映像化する資金も技術力も全くないため、ひたすら言う事ばかりがデカい映画に仕上がってしまっている。
 だが、全編に渡って熱くほとばしる製作サイドの情熱は圧倒的で、次から次へとテンポ良く行き当たりばったりに展開するストーリー、過剰なくらいにテンションの高い俳優たちの熱演、そしてシェイクスピアも真っ青の大仰なセリフの数々など、とにかくお腹一杯になるくらいにいろんなものが詰め込まれている。正直なところ、下手に金がかかっているだけで中身の薄い映画よりも遥かに楽しめるはずだ。
 もちろん(?)、スタッフの技術的レベルは著しく低い。監督本人が意図していないような爆笑ポイントが盛りだくさんだ。例えば、名優ベラ・ルゴシが演じる老人。この映画の製作が始まった時点でルゴシは既にこの世にはいなかった。もともと、本作のストーリーとは関係なく撮影しておいたルゴシの映像を使用しており、他のキャラクターと絡むようなシーンは全て別の俳優が代役として演じている。が、この俳優が全くルゴシとは似ていないために、代役シーンでは常にマントで顔を隠しており、これがあまりにもわざとらしくて不自然なのだ。しかも、ヘアスタイルや背格好が明らかにルゴシよりも若いので、誰が見ても別人だと一目で分ってしまう。
 また、墓場のシーンはロケ撮影とセット撮影を編集で混ぜ込んでいるのだが、ロケ・シーンは空が明るいのに対し、セット・シーンは背景を黒いカーテンで覆っているので真っ暗。なので、墓泥棒たちが女ゾンビと遭遇するシーンなんかは、両者が同じ時間に同じ場所に存在するはずなのに、墓泥棒たちの背景は昼間で、女ゾンビの背景は真夜中という、とんでもない時差が生じてしまっている。他にも、ゾンビたちが暗闇の墓場を歩いてUFOへと乗り込んでくるシーンでも、なぜかUFOの中から見える空は真っ昼間だったりする。
 そういえば、陸軍がUFOを攻撃するシーンもかなり笑える。朝鮮戦争のドキュメンタリー・フィルムに、軍の指揮を執るエドワード大佐の様子が編集で織り込まれているのだが、両者のフィルムの質感が全く違う。しかも、エドワード大佐を演じる俳優トム・キーンが、スタジオの壁の前に一人で立っているだけというのも一目瞭然。彼が熱心に戦闘の指揮を執るふりをして見せる姿が、なんとも哀れで愛おしい(笑)。
 その他、空飛ぶUFOのピアノ線が見えてしまったりとか、飛行機のコクピットでブーム・マイクのシルエットが映り込んでしまったりとか、全編に渡って突っ込みどころは満載。しかも、出演者もスタッフもそんな事に全くお構いなしというのが感動的(?)だ。映画「エド・ウッド」では、ジョニー・デップ扮するエド・ウッドが“映画が素晴らしければ、観客はそんなことを気にしない!”みたいなことを本気で力説していたが、本作を見ているとそんな彼の自信に満ちた声が聞こえてくるようだ。

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元プロレスラーの怪優トー・ジョンソン

なんとも地味なエイリアンたちの司令室

 出演者は落ち目のハリウッド・スターと無名の新人で固められている。老人役のベラ・ルゴシは、ご存知の通りドラキュラ俳優として一世を風靡した人。しかし、そのイメージから脱げ出すことが出来ず、アルコール中毒で身を持ち崩してしまった。そんな彼を「グレンとグレンダ」('53)でスクリーンに呼び戻したのがエド・ウッドだったわけだが、残念ながら本作が遺作となってしまった。ちなみに、彼の住んでいた邸宅は現在ジョニー・デップが所有している。
 ゾンビとなった老人の妻を演じているヴァンピラは、ロサンゼルスのローカルTVでホラー番組のホステスとして人気だった人。しかし、当時は落ちぶれて仕事がなかった。また、クレイ刑事役のトー・ジョンソンはプロレスラーから俳優になった人物で、彼も仕事にあぶれているところをエド・ウッドに拾われている。さらに、ロバーツ将軍を演じているライル・タルボットは30年代〜40年代に活躍したワーナー専属のタフガイ・スターだったが、やはり当時は殆んど映画の仕事がない状況だった。
 一方、本作のナレーターを務めるクリスウェルは当時ローカルTVのトーク番組で人気を集めていた占い師だったが、その後ケネディ大統領の暗殺やロナルド・レーガンのカリフォルニア州知事当選などの予言を見事に的中させ、全米でその名を知られるようになった。また、パイロットのジェフ役を演じているグレゴリー・ウォルコットも、その後トニー・カーティス主演の「硫黄島の英雄」('61)で準主演に抜擢され、「シノーラ」('72)や「サンダーボルト」('74)、「アイガー・サンクション」('75)など、一時期はクリント・イーストウッド作品に欠かせない常連俳優となった。「エド・ウッド」にも端役で出演している。
 そして、本作の出演者で注目しておきたいのが、エイリアンの支配者を演じるジョン・ブレッケンリッジ。彼は父方の祖父が元アメリカ副大統領、母方の祖父が大手金融機関ウェルズ・ファーゴの創設者という大富豪の家庭に生まれ、その破天荒な生き様で社交界の話題を独占した稀代の変人だった。まだ同性愛がタブーだった時代からゲイであることを隠さず、デンマークやメキシコで性転換手術をしようとしたり、ハッテン行為で警察に逮捕されたり、子供を作るためだけに結婚してすぐに離婚したり。歯に衣着せぬ辛辣な物言いや、贅沢三昧を好むライフ・スタイルでも有名だった。本作で警官役を演じている俳優ポール・マルコは当時の恋人で、彼にエド・ウッドを紹介されたことから出演することになったのだそうだ。

 なお、本作も現在ではパブリック・ドメインとなっており、日本でもアメリカでも粗悪な廉価版DVDが大量に出回っている。日本ではジェネオン・エンタテインメントから発売されているDVDボックスが、アメリカでは上記のイメージ・エンターテインメントから発売されているDVDが、真っ当な素材を使った正規商品と呼んでいいだろう。フィルムの傷などは修復されていないものの、テレシネの状態は大変良好。被写体の質感が手に取るように分るくらいクリアなので、UFOのピアノ線などもしっかりと見える(笑)。

 

呪いの沼
Curse of the Swamp Creature (1966)
日本では劇場未公開・テレビ放送のみ
ビデオ・DVD共に日本未発売

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(P)2006 Elite Entertainment (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆

DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL
/80分/製作:アメリカ

映像特典
なし

監督:ラリー・ブキャナン
製作:ラリー・ブキャナン
脚本:トニー・ヒューストン
撮影:ラルフ・K・ジョンソン
音楽:ロナルド・ステイン
出演:ジョン・エイガー
    フランシーヌ・ヨーク
    ジェフ・アレクサンダー
    シャーリー・マクライン
    キャル・デュガン
    チャールズ・マクライン

 “史上最低の映画監督”とはエド・ウッドに与えられた称号だが、そんなエド・ウッドの作品でさえハリウッド映画並みに見えてしまうくらい、猛烈に酷い映画を撮り続けたのがラリー・ブキャナンという監督。才能や資金力がないだけならばまだしも、センスもアイディアもユーモア精神も丸ごと完全に欠落してしまった人だ。その作品の出来映えは、まるで小学生が8ミリで撮ったモンスター映画。それも、本当に小学生が撮っているなら微笑ましいくらいで済むが、大の大人が撮っているのだから事態は深刻(?)だ。
 ラリー・ブキャナン作品の最大の特徴は、そのシャレにならないくらいに低レベルな脚本と映像。とてもプロの仕事とは思えないような作品の数々は、逆に独特の不気味な怪しさを醸し出している。要は、見ちゃいけないものを見てしまったような気分にさせられるのだ。空回りしてばかりのスタッフやキャストの情熱がほのぼのとした笑いを生み出すエド・ウッド作品とは、ある意味で対極にあるのがラリー・ブキャナン作品と言っていいだろう。
 彼の作品の多くが現在はパブリック・ドメインとなっており、アメリカでも大量の廉価版DVDが出回っている。そうした中で、LD時代からSF&ホラー・マニアの間で定評のあるエリート・エンターテインメント社がDVD発売した「呪いの沼」を、今回は紹介してみようと思う。

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バーで男を騙す女泥棒ブレンダ(S・マクライン)

狂気の科学者トレント博士(J・アレクサンダー)

 舞台はテキサスの沼地。その奥深くでは、サイモン・トレント博士(ジェフ・アレクサンダー)が半魚人を作るという恐ろしい実験を行っていた。近隣の住人をさらってきては実験台に使っているトレント博士だったが、その実験はことごとく失敗。死体はプールで飼っているワニに食わせていた。
 その頃、町では女泥棒ブレンダ(シャーリー・マクライン)率いる詐欺グループが、沼地に眠る油田を探していた。彼らはトレント博士の友人であるロジャース博士(ジョン・エイガー)を拉致し、友人を装ってトレント博士の邸宅を訪れる。やがて、一人また一人と博士の実験台にされていく詐欺グループのメンバーたち。
 一方、何も知らないトレント博士の若き愛妻パット(フランシーヌ・ヨーク)は、偶然にも夫の恐ろしい実験に気付いてしまう。そんな妻を監禁するトレント博士。すると、実験台となってしまったブレンダが半魚人として甦る。実験の成功に喜ぶトレント博士だったが、自分の姿が醜くなってしまったことに逆上したブレンダが暴れだしてしまう・・・。

 とうだけの話を80分も繰り広げる映画である。舞台となっている場所が場所だけに、とにかく雰囲気が怪しい。全く怖くはないが、不気味なムードだけは十分に醸し出している。下らなくて意味のないセリフ、下手っくそな役者の演技も最高潮。しかし、とにかく長い。肝心の半魚人が登場するまでに1時間以上かかる。それまで、ひたすら博士のどうでもいい悪企みを聞かせられ、死体をプールのワニに食わせる様子を繰り返し見せられるのだ。
 で、ようやく登場した半魚人。その、あまりにもシュールでチープな姿は、思わず軽い脳震盪を起してしまいそうになるくらいに酷い。この壮絶なまでの酷さを楽しめるか楽しめないかというのが、ブキャナン作品を鑑賞する上での重要な鍵になってくるのだ。とはいえ、楽しめなくても全然構わない。いや、まともな神経の持ち主ならば途中でリタイアしてしまっても当然。これだからラリー・ブキャナンの映画って止められない♪なんて思えるようになったら、ちょっとヤバいと思った方がいいだろう(笑)。
 そんなラリー・ブキャナンは、もともとは20世紀フォックス専属の映画俳優だった。やがて監督を目指すようになり、巨匠ジョージ・キューカーの助手を務めたこともある。何を学んだのかは定かではないが。監督デビュー当初は低予算の西部劇を手掛けており、その評判も上場だった。しかし、60年代半ばから超低予算のモンスター映画を続々と発表するに至って、その最低映画監督ぶりを遺憾なく発揮していくこととなる。「原始怪人の復讐」('66)や「恐怖の洞窟」('68)ではAIPの名作モンスター映画の数々をリメイク。そのオリジナルに泥を塗るヘナチョコな“改悪”ぶりで、更なる悪評を高めていった。

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トレント博士の妻パット(F・ヨーク)

半魚人と化したブレンダ

 一応、本作の主人公はマッド・サイエンティストのトレント博士だが、クレジット上の主演はロジャース博士を演じるジョン・エイガー。ジョン・フォード監督の「アパッチ砦」('49)や「黄色いリボン」('49)などの西部劇で知られる俳優だが、その一方で「半魚人の逆襲」('54)や「世紀の怪物/タランチュラの襲撃」('55)などのモンスター映画にも数多く主演しており、マニアの間では熱狂的なファンを持つカルト俳優でもある。そのためもあってか、晩年もクライヴ・バーカー監督の「ミディアン」('90)やジョン・カーペンターとトビー・フーパーが組んだテレビ映画「ボディ・バッグス」('93)など、亡くなる直前まで数多くのホラー映画に顔を出していた。
 トレント博士役のジェフ・アレクサンダーは、60年代から70年代にかけて低予算映画に数多く出演した俳優。プレスリー映画なんかの音楽を手掛けた同姓同名の作曲家と混同している資料もあるが、もちろん全くの別人である。
 トレント博士の美しい妻パットを演じているフランシーヌ・ヨークは、アメリカではテレビ女優として有名な人。現在もバリバリの現役だ。名匠ヴィンセント・シャーマン監督の内縁の妻だったことでも知られている。

 なお、上記のアメリカ盤DVDは、先述したようにマニアに評判の高いエリート・エンターテインメントからの発売であるにも関わらず、残念ながら(?)画質はあまり良くない。いや、一般的に言えば、かなり悪い部類に入るだろう。だが、他のブキャナン作品のDVDを見ると、色は褪せて滲んでしまっているし、セリフもなかなか聞き取れない、といったような代物ばかりというのが現状。恐らく、もともとのネガ・フィルム自体の画質が悪いのだろう。もしかしたら、コストを抑えるために16ミリで撮影したフィルムを35ミリにブロウ・アップしていたのかもしれない。

 

スペース・ミューティニー
Space Mutiny (1988)
日本では90年劇場公開
ビデオは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)2007 Echo Bridge (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★★☆

カラー/スタンダード・サイズ/ステレオ/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL
/87分/製作:南アフリカ

映像特典
なし

監督:デヴィッド・ウィンタース
製作:デヴィッド・ウィンタース
脚本:マリア・ダンテ
撮影:ヴィンセント・C・コックス
音楽:ティム・ジェームズ
    マーク・マンシーナ
    スティーヴ・マクリントック
出演:レブ・ブラウン
    ジェームズ・ライアン
    ジョン・フィリップ・ロー
    キャメロン・ミッチェル
    シシー・キャメロン
    グレアム・クラーク
    ビリー・セカンド

 80年代に数多く作られた超低予算SF映画の中でも、一連のフレッド・オーレン・レイ作品と並ぶポンコツぶりを発揮しているのが、この「スペース・ミューティニー」という作品だ。DVDパッケージには“エド・ウッドの「プラン9・フロム・アウター・スペース」以来最低のSF映画のひとつ”との謳い文句が書かれているが、それもあながち大袈裟ではないだろう。チープなセット、他の映画から拝借した特撮シーン、辻褄の合わない適当な編集、大袈裟なセリフ、どうでもいいストーリー、そしてブサイクなヒロイン。まさにZ級映画の鏡とも言える、バカ丸出しのクズ映画だ。

 舞台となるのは宇宙空母“サザン・サン”。本編中では明確に説明されていないが、どうやら生き残った人類を乗せて、新天地となる星を探すべく幾世代にも渡って宇宙を旅しているようだ。そんな生活に嫌気がさした軍人カルガン(ジョン・フィリップ・ロー)は、主任エンジニアであるマクファーソン(ジェームズ・ライアン)を丸め込み、さらにはエンフォーサーズと呼ばれる警官隊までも味方につけて反乱を企てる。
 “サザン・サン”の指揮を執るのは長老ジェンセン(キャメロン・ミッチェル)。年頃の娘リア(シシー・キャメロン)は有能な科学者で、優れた戦闘機パイロットのデイヴ・ライアン(レブ・ブラウン)と惹かれあっている。船内で多発する爆破事故を調査するデイヴとリアは、やがてカルガンの陰謀に気付く。しかし、時すでに遅く船内のシステムはカルガンに牛耳られてしまった。人類の存亡を賭けた(?)絶体絶命の危機を救うべく、デイヴとリアは決死の戦いを挑むことになる・・・。

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「宇宙空母ギャラクチカ」から拝借した戦闘シーン

ヒーローのデイヴを演じるレブ・ブラウン

ヒロインのリアを演じるシシー・キャメロン

 という、壮大なんだかチッポケなんだから分らない、要はどうでもいいストーリーが展開するSFアクション。オープニングの方ではSFXを駆使した宇宙戦闘シーンも見られるが、これはテレビ「宇宙空母ギャラクチカ」の戦闘シーンをそのまま拝借したもの。そういえば、人類が巨大空母に乗って新天地を目指すなんて設定や、ヒーローが戦闘機パイロットなんていうのも、「宇宙空母ギャラクチカ」にソックリだ。
 ただし、製作費はどう見ても「宇宙空母ギャラクチカ」を遥かに下回る。コクピット・ルームは別としても、舞台となる船内の様子なんかは工場の廃墟で撮影されたようにしか見えない。激しいカー・チェイスを繰り広げるハイテク・カーにしたって、ゴーカートにハリボテを被せただけだし。しかも、宇宙を旅しているはずなのに、窓から太陽の光が差し込むのには恐れ入った。
 ストーリーの細かい部分で辻褄が合わないのも笑える。中でも、カルガンに殺されたはずの女性スタッフが、次のシーンでは平然とした顔でコクピット・ルームに座ってるのにはずっこけた。もしかして、ここにいるのは偽者!?なんて深読みをしてしまったが、どうやら単純なミスだったらしく、それ以降は忽然と姿を消す。そもそも、彼女が殺される現場を目撃したはずのリアが、すれ違っても全く気付く様子を見せないというのもおかしい。恐らく、編集の段階でシーンの順番が入れ替わってしまったのだろう。
 その他、女性乗組員の大半がラテックスのレオタードを着ていたり、ディスコではチープなテクノ・サウンドに合わせてフラフープ・ダンスを踊っていたりと、いかにも80年代なバッド・テイストが満載。また、巫女さんみたいな異星人の美女集団が登場するのだが、殆んどストーリーの本筋とは関わらず、ひたすらエロ・ダンスを踊っているだけなのも奇妙。

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宇宙で大流行(?)のフラフープ・ディスコ

悪党カルガンを演じるジョン・フィリップ・ロー

長老役のキャメロン・ミッチェル

 もちろん、登場人物のキャラクターもヘンテコリン(死語)だ。まず、年頃のお転婆娘という設定のヒロイン・リアだが、演じるシシー・キャメロンは明らかに30代半ばを過ぎている。思い切り若作りをして、声までキャピキャピしているが、肝心の顔がただのブサイクなオバサンなのは頂けない。シシー・キャメロンという人はブロードウェイ出身のちゃんとした女優さんらしいが、もっと若くてキレイな女優はいくらでもいるだろうに、なぜネーム・バリューもない彼女をわざわざキャスティングしたのか理解に苦しむところ。最初、彼女がハイレグのレオタードを着て颯爽と登場した時は、マジでコントかと思ってしまった。
 悪玉の親分
カルガンにしても、船内で爆弾を仕掛けて回ったり、やたらにウッハハハと高笑いをしているだけで、結局あまり大したことはやらない。演じるジョン・フィリップ・ローは「バーバレラ」('67)や「黄金の眼」('67)で60年代に一世を風靡したスターだが、結局は彫刻のような肉体美とハンサムな顔だけが売りの大根役者。憎々しげな顔を作って、大仰な演技を繰り広げて見せるが、これっぽっちも威厳がないのは哀しい。
 また、往年の名優キャメロン・ミッチェルが長老役で登場するが、これまたサンタクロースみたいな付け髭が全然似合っていない。本作で唯一真っ当なのは、主演のレブ・ブラウンだけみたいだ。しかし、彼も基本的には筋肉だけが売りのマッチョ・スター。当時はイタリアのB級戦争アクションにバンバン出演していたが、アクション・シーン以外は全く能がない大根俳優だった。

 監督はイギリス出身のデヴィッド・ウィンターズ。ロバート・ギンティ主演の「必殺コマンド」('85)やジェームズ・ライアン主演の「バトル・ウォーズ」('87)といった、知能レベルの低いアクション映画を数多く手掛けている人だが、SF映画を撮っても知能指数には大して変化なかったようだ。
 なお、本作は南アフリカで製作されている。当時はゲイリー・ビジー主演の「バラクーダ」('88)やエドワード・アルバート主演の「超ハイテク機器を奪え」('88)、ロバート・ヴォーン主演の「エドガー・アラン・ポー/早すぎた埋葬」('89)など、南アフリカでもハリウッド・スターを招いた低予算の娯楽映画が数多く作られていたものだった。まあ、どれもろくな映画じゃなかったけど。

 

呪われたナイル
The Mummy Lives (1993)
日本では劇場未公開
ビデオは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)2005 Warner Bros. (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/ステレオ/
音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/
98分/製作:アメリカ

映像特典
なし
監督:ジェリー・オハラ
製作:ハリー・アラン・タワーズ
製作総指揮:ヨーラム・グローバス
原作:エドガー・アラン・ポー
脚本:ネルソン・ギディング
撮影:アヴィ・コレン
音楽:ドヴ・セルツァー
出演:トニー・カーティス
    グレッグ・ラングラー
    レスリー・ハーディ
    ジャック・コーエン
    モハマンド・アクリ
    モスコ・アルカライ

 80年代にハリウッドを席巻した映画会社キャノン・フィルムのプロデューサー・コンビ、メナハム・ゴーランとヨーラム・グローバス。そのキャノンが倒産してゴーランと袂を分ったヨーラム・グローバスが設立したのが、本作を製作したグローバル・ピクチャーズだった。
 内容としては、ほとんどボリス・カーロフ主演「ミイラ再生」('32)の焼き直し。ピラミッドから発見されたミイラが甦り、かつて愛した女性の生まれ変わりを探すというヤツだ。一応、エドガー・アラン・ポーの短編にヒントを得ていることになっているが、基本的には過去のミイラ映画のパクりを寄せ集めたような感じ。かなりの低予算であることは確かだが、エジプト・ロケの効果もあってか、それほど見栄えは悪くない。とはいえ、そのあまりにも下らないストーリー展開に失笑の渦が巻き起こる、正真正銘のクズ映画に仕上がっている。

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古代遺跡の発掘現場

儀式に参列する巫女キア(L・ハーディ)

古代エジプトの高僧アジール(T・カーティス)

 舞台は現代のエジプト。ピラミッドの発掘現場から、秘密の墓地への入り口が発見される。そこに眠っていたのは、古代エジプトの高僧アジール(トニー・カーティス)のミイラだった。アジールは神に仕える身ながら巫女キア(レスリー・ハーディ)と結ばれ、そのために生きたままミイラにされてしまったのだった。
 エジプトの警察当局とトラブルになった発掘隊は、真夜中にこっそりと墓地の封印を破る。その様子を見ていた警備員が、実は墓泥棒だった。発掘隊が去った後、こっそりと墓地へ忍び込んだ墓泥棒は、棺の中のミイラに近づく。するとミイラが突然甦り、墓泥棒のクビを絞めて殺す。
 その頃、エジプトに着いたばかりのイギリス人女性サンドラ・バーンズ(レスリー・ハーディ二役)は、夜な夜な見る悪夢に悩まされていた。エジプトの歴史を研究している彼女は父親を亡くしたばかりで、その悲しみを癒すためにエジプトへやって来たのだった。
 翌朝、改めてアジールの墓を訪れた発掘隊は、そこに一人の男性が立っているのを発見する。男性はモハシッド博士(トニー・カーティス二役)と名乗り、自分は古代エジプト研究の権威であり、この墓の守り手であるという。そこで、発掘隊はモハシッド博士の協力を仰ぐことにする。博士は高僧アジールの甦りだったが、もちろん発掘隊はそんな事を知らない。
 一方、古代エジプト博物館を訪れていたサンドラは、陳列されているミイラの指にはめられたリングを見ているうちに幻覚に襲われ、気がつくと陳列ケースのガラスを壊してリングを奪おうとしていた。すぐに警備員に取り押さえられた彼女は、その場で失神してしまう。傷を負ったサンドラの手を治療したのは、若くてハンサムな医者ケアリー・ウィリアムズ(グレッグ・ラングラー)。二人は一目で惹かれ合い、デートを重ねることになった。
 だが、そんなサンドラの悪夢や幻覚症状は日増しに強くなっていく。ケアリーとショッピングを楽しんでいたサンドラは、突然怪しげな踊子に追い掛け回され、病人がうごめく貧民窟へ迷い込んでしまう。恐怖に気を失うサンドラ。気がつくと、彼女はモハシッド博士の運転する車の中だった。やがて、サンドラの夢の中にモハシッド博士が頻繁に現れるようになる・・・。

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囚われの身となったアジール

ミイラとして甦ったアジール

キアの生まれ変わりである女性サンドラ

 まず、この滅茶苦茶な脚本を書いたのがネルソン・ギディングという事に驚かされる。ギディングは社会派メロドラマの名作「私は死にたくない」('58)でアカデミー賞にノミネートされた脚本家で、心霊現象をサイコロジカルな視点から描いた傑作ホラー「たたり」('63)の脚本を手掛けた人物。その他にも、「アンドロメダ・・・」('71)や「ヒンデンブルグ」('75)などの名作を数多く手掛けている。そんな人がなぜこんな脚本を書いたのか、と本気で首を傾げてしまうような代物になっている。
 突込みどころは満載。いきなり墓地に現れて“私は古代エジプト研究の権威だ”などと自己紹介するモハシッド博士の言葉を、発掘調査隊の教授たちがそのまま鵜呑みにするのも噴飯ものだし、博物館からリングを盗もうとしたサンドラが無罪放免で帰されてしまうのも絶対におかしい。しかも、太古の眠りから甦ったばかりなはずのモハシッド博士(高僧アジール)が、ちゃっかりと車の運転が出来るというのも都合が良すぎ。いつの間に免許取ったんじゃい!?と、突っ込みのひとつも入れたくなる。その他、どう考えても不自然な展開ばかりで、もしかしてこれはホラー映画じゃなくてパロディ映画なのでは・・・?とさえ思えてくるほどだ。
 ギディングは撮影当時73歳。どんなに才能のある人でも、寄る年波には勝てないのかもしれないが、それにしてもこれは酷すぎだろう。結果的に、これが遺作となってしまったギディングだが、とんでもない映画を最後に残してしまったもんだ。

 一方、脚本も酷ければ演出も酷い。監督はイギリス出身のジェリー・オハラ。ジョーン・コリンズ主演でヒットしたソフト・ポルノ「ザ・ビッチ」('79)やオリバー・リードら豪華スター共演のセックス・コメディ「若草のふくらみ ファニー・ヒル」('83)などを手掛けた人で、60年代から活躍するベテランだ。ただし、その作品はどれもこれも評価が低い。本作の演出も適当そのもので、全く意味のないショック・シーンをバンバンと挿入しては、ハイ、夢でした♪で終わらせてしまう神経の太さには恐れ入る。
 まあ、脚本にそう書いてあるんだから仕方ないじゃん!!と言われればそれまでなのだが、見せ方に何の工夫も凝らしていないのはどうかと思う。脚本に書かれた事をそのままカメラに収めただけ、という感じなのだ。カメラマンやプロダクション・デザイナーの仕事が比較的しっかりしているおかげで、とりあえず幻想的な雰囲気だけは再現できたのがせめてもの救いかもしれない。
 ちなみに、製作を手掛けたハリー・アラン・タワーズも60年代から活躍する大ベテラン。イギリス出身の人だが脱税で祖国を追われ、イタリアからスペイン、ドイツ、アメリカ、南アフリカ、ジンバブエと、世界各国を渡り歩きながら映画を製作しているという名物プロデューサーだ。「怪人フー・マンチュー」('65)や「女奴隷の復讐」('68)、「愛の妖精アニー・ベル」('75)など低予算のエクスプロイテーション映画を数多く手掛けてきた人で、現在も現役バリバリという筋金入りの商売人。これまでに製作した作品の数は100本近くにも及び、特にジェス・フランコ監督とのコンビが有名だ。

 主演は往年のハリウッド・スター、トニー・カーティス。製作サイドはネームバリューがあって安く使えるスターが欲しかったんだろうし、トニー・カーティスにしても落ちぶれて仕事がなかったのだろう事はよく分るのだが、それにしてもあんまりなミスキャスト。愛する女性の生まれ変わりを捜し求める古代エジプトの高僧を演じるには年を取り過ぎているし、そもそもエジプト人には見えない。本人も金のためと割り切っているのか、全くやる気のない芝居を披露している。ちなみに、共演のグレッグ・ラングラーとレスリー・ハーディの芝居も大根そのもの。まあ、この手の映画に演技力を要求するのも間違っているのかもしれないけど。

 ということで、さんざんクソミソに書いてきたが、個人的には意外と嫌いになれない作品。映画業界を長いこと渡り歩いてきた老人たちが、小遣い稼ぎのために作ったバカ映画と考えれば目くじらを立てる必要もなかろう。その適当さ加減を暖かい目で見ながら楽しむのが、こういう映画の正しい鑑賞法なのだろうと思う。

 

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