スラムドッグ$ミリオネア
Slumdog Millionaire (2008)

 

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2009年4月よりロードショー公開
公式ホームページ

 

 先ごろ発表された英国アカデミー賞において7部門を独占し、オスカー前哨戦の山場であるゴールデン・グローブ賞では4部門を受賞。その他、放送映画批評家協会賞やナショナル・ボード・オブ・レヴュー、シカゴ批評家協会賞、ニューヨーク批評家協会賞など主だったアメリカの映画賞を軒並み獲得し、今月22日(現地時間)に発表される予定の第81回アカデミー賞でも10部門にノミネートという快進撃を続けている作品だ。
 これまでに数多くの商業的ヒット作を生み出してきたダニー・ボイル監督の作品とはいえ舞台はインドだし、出演者も国際的には無名に近いインド人ばかり。当然のことながらセリフも大半がヒンズー語。製作費1500万ドルが日本人の目から見て安いかどうかは別としても、競合するハリウッド映画の相場から考えれば間違いなく低予算映画の部類に入るはずだ。なにしろ、同じくオスカーで作品賞にノミネートされている『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』の、ほぼ10分の1のバジェットで作られているのだから。
 確かに、賞レースにおいてインディペンデントの低予算映画が目覚ましく活躍することは決して珍しくはない。特に、ここ数年はその傾向が顕著だったわけだが、2008年度のアメリカ映画界は正統派ハリウッド映画の健闘(あくまでも批評的な面で)が目立ち、賞レースに関しても“王道の復活”というのが大方の一致した見方だった。だからこそ、この『スラムドッグ$ミリオネア』というイギリスの低予算映画の大躍進が、意外性を持って受け止められているのである。
 
それでは、なぜ『スラムドッグ$ミリオネア』がここまで高い評価を得ているのか?その理由は、やはり時代の流れと切っても切り離せないものと考えるべきだろう。

 本作の舞台はインドのムンバイ。主人公である18歳の若者ジャマールは、国民的な人気クイズ番組『クイズ$ミリオネア』に出場。しかし、番組史上最高額の賞金獲得まであと1問というところまで勝ち進んだことから、警察に逮捕されてしまった。携帯電話の販売店でお茶汲みをしているスラム街出身の若者がここまで勝ち進むには、何らかの詐欺行為をしているに違いないからだ。
 だが、ジャマールは警察の暴力的な尋問に対しても一貫して主張を曲げない。自分は本当にクイズの答えを知っていたのだと。強引な手段では効果がないと考えた担当警部は、番組の収録ビデオを見ながら尋問を続ける。一つ一つの質問に対してなぜその答えを知っていたのか、ジャマール本人からその理由を聞き出そうというのだ。それは、インドのスラム街で生まれ育った者にしか分からない、想像を絶するほど過酷で困難な人生の物語だった。
 ムンバイがまだボンベイと呼ばれていた頃。スラム街の貧しい母子家庭に生まれたジャマールと兄サリームは、まったく対照的な性格の兄弟だった。何事にも一途で情熱的なジャマールと、計算高くて抜け目がないサリーム。それでも2人は大変仲が良く、過酷極まりないスラム街の生活の中でも明るく逞しく成長していた。
 しかし、ある日イスラム教徒とヒンズー教徒の暴動が発生し、兄弟の目の前で最愛の母親が殴り殺されてしまう。スラム街は破壊され、ホームレスの孤児となってしまったジャマールとサリーム。2人は同じように家族を失った少女ラティカと知り合い、生活を共にするようになった。
 そんな彼らに怪しげな大人が親切を装って近づく。彼らは地元の犯罪組織で、ホームレスの子供達を集めては物乞いをさせていたのだ。そうとも知らず、食事を与えられて喜ぶ子供たち。だが、弟が物乞いをするために目を潰されてしまうことを知った兄サリームは脱走を計画する。大人たちのもとから命からがら逃げたジャマールとサリーム。しかし、ラティカとは生き別れてしまった。
 それ以来、列車で窃盗を重ねたり、タージ・マハールで偽ツアー・ガイドをするなどして生計を立てるようになった兄弟。しかし、ジャマールは生き別れたラティカのことを片時も忘れたことはなかった。やがて、彼女を探すためにムンバイへと戻った2人。ラティカは娼婦として売られようとしていた。彼女を救い出そうとする2人だったが、その現場をボスに見つかってしまう。すると、サリームが拳銃を取り出し、ボスを射殺してしまう。
 こうして再会を果たした兄弟とラティカ。しかし、サリームは貧困から抜け出すため犯罪の道へと走り、性格も豹変してしまった。幼い頃から決して離れることのなかった兄弟だが、ジャマールは袂を分かつしか術がなかった。
 その後、携帯電話の販売店に勤めるようになったジャマールは、たまたま兄の連絡先を知ってしまう。久々に再会した兄と弟。ジャマールは兄を許すことは出来なかったが、ラティカの消息が気がかりだった。マフィアの子分となったサリームの後をつけたジャマールは、今はボスの愛人となったラティカを発見する。お互いの気持ちを改めて確認し合う2人。だが、一介のお茶汲みに過ぎないジャマールには、ラティカを救い出す力はない。
 最愛の人を取り戻したい。そんな強い想いから、彼は『クイズ$ミリオネア』に挑んだのだった。果たして、彼は警察の疑いを解いて番組に戻ることが出来るのか?そして、賞金を手にしてラティカを救い出すことが出来るのか?

 全編に渡って生々しく描かれるインドの貧困や犯罪の凄まじさ。それは、日本に住む我々には想像の及ばないほど過酷だ。しかし、それ以上に凄いのは、そうしたハンデをものともしない主人公ジャマールの生命力とパワー、前向きな生きざまである。この痛快なまでのポジティブさは、これまでのダニー・ボイル監督作品とは一線を画していると言えよう。
 手持ちのデジタル・カメラを駆使して縦横無尽に動き回る映像も含め、作品そのものに圧倒的なパワーが漲っている。どんなに打ちのめされても、たとえ泥の中を這いつくばってでも、前に進もうとする人間の強さ、夢に向って突き進む人間の素晴らしさ。これは、インドに住む名もなき少年の姿を通して描かれる人間賛歌なのである。この偉大なる楽観主義こそが、『スラムドッグ$ミリオネア』の支持される大きな理由なのではないか。
 今さら語るまでもないかもしれないが、世界は100年に1度という未曾有の大不況に悩まされている。将来に希望を見出せず、先の見えない生活に不安を抱える人々にとって、ごく平凡な若者ジャマールの逞しい生命力と前向きな生きざまは大いに励みとなるはずだ。映画には時代を映す鏡という側面もある。その点で、この作品ほど今という時代の精神を的確に物語った映画は他にないだろう。
 クイズの質問とジャマールの人生を照らし合わせながら進行する映画の語り口は、膨大で多岐に渡るエピソードの数々を分かりやすく整理整頓するという意味において大変有効だが、その一方で先の展開が読めてしまうという欠点も孕んでいる。これは文字通り諸刃の刃なわけだが、あえて難解な映画的手法を選ばなかったことを評価したい。そのおかげで、映画の持つ強いメッセージがより明確になったと言えよう。
 インド、貧困、犯罪というキーワードが並ぶと、評論家好みの難しい社会派映画をイメージしてしまいがちだが、本作はそんな先入観を見事にかき消すエネルギッシュな娯楽映画である。確かにクライマックスへ至る後半の展開はご都合主義そのものだし、欠点を論えばいくらでも批判できる映画だろうとは思う。しかし、同時に時代が求めている映画であることも間違いないはずだ。その明快なご都合主義も含めて、先の見えない時代の閉塞感を打ち破るに十分なパワーを持った作品と言えるだろう。その大らかさが実に愛おしいのである。

 最後に、ボリウッド映画の大御所A・R・ラフマーンの手掛けた音楽スコアの素晴らしさにも触れておきたい。最近ではハリウッド・スターがインド映画に出演したり、インドのスーパー・スターがハリウッド進出したりと、ハリウッドとボリウッドの交流が盛んになりつつある。業績不振に苦しむハリウッドの映画会社にとって、世界最大の映画大国インドは魅力的な市場であることは間違いないだろう。既に『エリザベス ゴールデンエイジ』(07)などで世界進出も果たし、ミュージカル“Bombay Dreams”でブロードウェイにも進出したラフマーンだが、本作を機にハリウッドでの仕事も増えるようになるかもしれない。

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