スラッシャー映画ヒストリー PART T

 

 

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「ハロウィン」

「13日の金曜日」

 スラッシャー映画。日本語に直訳すると“切り刻み映画”といったところか。別名“ボディ・カウント(死体を数える)映画”とも呼ばれ、ホラー映画の中でも特に人気の高いジャンルの一つだ。代表的な作品を挙げるならば、「ハロウィン」シリーズか「13日の金曜日」シリーズ辺りだろうか。要は、精神異常の殺人鬼が次々と人を殺していく映画のことをいう。
 1980年代に世界中で一大ブームを起したスラッシャー映画。あまりにも大量生産されてしまったため、あっという間に時代遅れとなってしまったが、90年代後半にはウェス・クレーヴン監督の「スクリーム」シリーズの大ヒットのおかげで人気が再燃。今では、すっかりホラー映画の定番ジャンルとして認知された感がある。そこで、今回はスラッシャー映画の魅力や歴史などを簡単に紐解いてみたい。

 まず、スラッシャー映画には幾つかの定義や特徴がある。以下にザッと挙げてみよう。

1、舞台が特定の場所に設定されている
 スラッシャー映画の基本は、キャンプ場であったり、家の中であったり、病院の中であったりと、限定された空間の中で物語が展開する。登場人物たちは何かしらの理由で外部と接触できないような状況に陥り、次々と殺人鬼によって血祭りにあげられて行くのだ。
2、殺人鬼は精神異常者である
 スラッシャー映画に登場する犯人は、基本的に精神異常者が多い。そして、何かしらの動機はあるにせよ、最終的な目的は“殺す”ことにある。なので、犠牲者に対しては全く情け容赦がない。善悪の区別がつかないので、いくら説得しようが一切無駄。理屈が全く通じない相手である、というのがスラッシャー映画に登場する殺人鬼の怖さなのである。なお、「13日の金曜日」シリーズのジェイソンや、「ハロウィン」シリーズのマイケル・マイヤーズのように、作品を重ねていくごとに“超人化”するという例外的なパターンもある。
3、殺しに趣向が凝らされている
 殺人鬼の最大の目的が“殺す”ことにあるため、その方法には様々な趣向が凝らされる。首をはねたり、胸を刺したりするのは当たり前。目玉をくり抜いたり、胴体を真っ二つにしたりと、バラエティ豊かな殺害方法で観客を楽しませてくれるのだ。もちろん、殺しに使う道具にも様々なアイディアが凝らされる。スラッシャー映画ブームの訪れた1970年代後半から80年代にかけては、ちょうど特殊メイクの技術が飛躍的に向上した時期。中でも、特殊メイクの神様トム・サヴィーニの功績は大きかった。次々と奇抜な殺害シーンが編み出され、観客もより過激でユニークな血みどろシーンを求めるようになったのだ。
4、カメラが殺人鬼の目になって動く
 殺人鬼の素性は最後の最後に明かされるのが基本。とはいえ、殺人鬼が近づいてくる様子なども詳細に描かないとサスペンスが盛り上がらない。そんな時に、カメラが殺人鬼の目となって動き回るのである。そうすれば、殺人鬼の顔もスクリーンに映さなくて済むし、より不気味な雰囲気を盛り上げることも出来る。ただ、ジェイソンやマイケル・マイヤーズのように、殺人鬼のキャラクターが確立してしまっている場合なんかは、その限りではないのだが。
5、最後まで生き残るのは処女
 スラッシャー映画では、基本的にヤリマン女はバンバン殺され、処女は最後まで生き残って殺人鬼と対決する。その理由は、単純に観客が感情移入しやすいというだけのことだと思うのだが、一方で女性蔑視的であるという批判にもさらされやすい。また、スラッシャー映画では登場人物の大半がティーンエージャーである場合が多い。羽目を外したバカ学生たちが次々と殺されるということで、逆に殺人鬼を応援したくなるという妙な心理現象が起きるのもスラッシャー映画の特徴の一つだろう。特に「13日の金曜日」以降の作品に、この傾向が強いようだ。
6、特定の祝祭日などに殺しが行われる
 「ハロウィン」や「13日の金曜日」、「血のバレンタイン」、「プロム・ナイト」など、スラッシャー映画には特定の祝祭日やイベントなどに殺戮が行われるというパターンが多い。これは、やはりブームを決定付けた「ハロウィン」と「13日の金曜日」の影響だろう。また、殺人鬼の動機付けであったり、都市伝説的な怖さであったりといった、プロットの味付けが出来るというメリットも大きい。

 とまあ、こんなところだろうか。もちろん、この全てを満たさなくてはスラッシャー映画と呼べない、というわけではない。そもそも、ジャンルの定義付けというもの自体が曖昧で流動的なものだったりするので、当然例外というものはいくらでもある。例えば、トビー・フーパー監督の大傑作「悪魔のいけにえ」なんかは、グラフィックな殺害シーンも非常に少ないし、最後まで生き残る女性が処女かどうかなど分らないし、特定の祝祭日に殺しが行われるわけでもない。しかし、どう見ても明らかにスラッシャー映画であり、その後のブームに多大な影響を及ぼしているのは間違いないだろう。

 次に、スラッシャー映画の歴史を簡単に振り返ってみたい。

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「モデル連続殺人」

「血みどろの入江」

 古くから連続殺人鬼の登場する映画はいくらでもあった。ヒッチコックの「下宿人」('27)やフリッツ・ラングの「M」('30)、ロバート・シオドマクの「らせん階段」('47)などが良い例だろう。ただ、こうした作品では殺人鬼の異常心理であったりとか、犯人を捜す謎解きであったりといった部分に焦点が当てられており、“殺し”そのものは必ずしも重要な要素ではなかった。殺しの行為自体も、殆んど描かれない場合の方が多かったのだ。
 それを根底から覆したのが、ヒッチコックの「サイコ」('60)だった。精神異常者の殺人鬼であるノーマン・ベイツが、シャワー・ルームで女性をメッタ刺しにして殺すシーンは世界中にショックを与えた。実際には、細かいカット割りの連続によって、具体的な残酷描写は避けているのだが、当時としては十分にリアルな殺害シーンだった。これが、いわゆるスラッシャー映画というジャンルの原点だったと言える。
 この「サイコ」のセンセーショナリズムを受け継いだのが、イタリアン・ホラーの巨匠マリオ・バーヴァだった。バーヴァの「モデル連続殺人」('63)は、イタリア特有の猟奇サスペンスである“ジャッロ”と呼ばれるジャンルを生み出したことで知られているが、同時に世界で最初の本格的なスラッシャー映画だったと言えるだろう。どこから現れるか分らない神出鬼没の殺人鬼、そして惨たらしい殺人描写の数々。犯人は精神異常者ではないし、ストーリーそのものは推理サスペンス的要素が強いものの、その恐怖描写と残酷描写は後のスラッシャー映画を先駆けたものだったと言っていい。
 さらに、バーヴァは「血みどろの入江」('71)という猟奇ホラーの怪作も残している。これは、遺産を巡って次々と人が殺されていくという話で、特殊メイクを駆使したスプラッター・シーンが強烈なインパクトを残す作品だった。「13日の金曜日」は「血みどろの入江」に影響を受けて作られたとも言われており、湖の周辺を舞台に殺人が繰り広げられるというプロットや、趣向を凝らした血みどろの殺害方法など、確かに驚くほど共通点が多い。
 その他、ハーシェル・ゴードン・ルイス監督の「血の祝祭日」('63)や「悪魔のかつら屋」('67)、「ゴア・ゴア・ガールズ」('72)なども、スラッシャー映画の前身的な作品と見る事ができるだろう。

 そして、いわゆるスラッシャー映画の第一号と呼ばれているのが、ボブ・クラーク監督のカナダ映画「暗闇にベルが鳴る」('74)である。原題は“Black Christmas”。クリスマスを迎えた女子学生寮で、謎の殺人鬼によって女生徒が次々と殺される。残酷シーンこそ控えめなものの、80年代以降のスラッシャー映画の要素をほぼ完璧に兼ね備えた作品だった。ただ、興行的には大きな成功に至らなかったため、類似作品を生み出すようなムーブメントにはならなかったのだが。
 なので、スラッシャー映画というジャンルを本格的に確立させたのは、やはりジョン・カーペンター監督の傑作「ハロウィン」('78)だったと言えるだろう。これも殺害シーンそのものは非常に控えめなのだが、マイケル・マイヤーズという殺人鬼の異常性とルックスの強烈なインパクト、そして都市伝説的な恐ろしさは、それまでのホラー映画の概念を覆すものであり、世界中で記録的な大ヒットとなった。また、この年には、フェイ・ダナウェイ主演の「アイズ」('78)という隠れたスラッシャー映画の傑作も生まれている。
 こうして、いよいよスラッシャー映画の本格的なブームが訪れるわけだが、その火付け役となったのが「13日の金曜日」('80)だった。この爆発的な大ヒットを受けて、「プロム・ナイト」('80)、「誕生日はもう来ない」('80)、「バーニング」('81)、「ローズマリー」('81)、「血のバレンタイン」('81)、「ヘルナイト」('81)、「ファンハウス」('81)など、矢継ぎ早にスラッシャー映画が作られていった。しかし、ブームというのは飽きられるのも早いわけで、ルッジェロ・デオダート監督の「ブラディ・キャンプ」('86)やフレッド・ウォルトン監督の「エイプリル・フール」('86)辺りくらいまでが、スラッシャー映画の黄金期と呼べるだろう。
 それでも、“Sleepway Camp”シリーズは1988年頃まで作られていたし、「13日の金曜日」シリーズは1993年、「ハロウィン」シリーズは1995年まで作られていた。

 すっかりブームも過ぎ去ってしまい、「13日の金曜日」シリーズなど半ば笑い話になってしまった90年代。突如としてスラッシャー映画のリバイバル・ブームを巻き起こしたのが、ウェス・クレイヴン監督の「スクリーム」('96)だった。80年代スラッシャー映画の単なる焼き直しではなく、それらをネタにしたオマージュ的な意味合いの強い作品に仕上げたのは大正解。スラッシャー映画のマンネリズムを逆手に取った脚本も秀逸で、そのままシリーズ化されるほどの大ヒットとなった。さらに、「ラスト・サマー」('97)や「ルール」('98)といった類似作品も次々と登場し、これまたシリーズ化されてしまった。
 この時ならぬリバイバル・ブームを受けて、「ハロウィン」シリーズも復活。さらには、「悪魔のいけにえ」や「サランドラ」といったホラー・クラシックも、スラッシャー映画として甦ってシリーズ化されている。
 その他、「ホステル」シリーズや「ソウ」シリーズなど、新たなスラッシャー映画シリーズも次々と誕生。その背景には、80年代のスラッシャー映画ブームで育った人々が大人になり、自分たちが映画を作る側に回るようになったという事情がある。彼らは子供時代や学生時代に見て影響を受けたスラッシャー映画をお手本にしつつ、より様々な映画の要素を積極的に取り入れるようになった。そのおかげで、ジャンル全体が著しく洗練され、映画として成熟してきたように思う。
 今年はロブ・ゾンビ監督によって「ハロウィン」のリメイク版が公開されて話題になった。来年は、いよいよ「13日の金曜日」のリメイク版が公開されるという。そう、あのクリスタル・レイクにジェイソンのママが帰ってくるのだ。もう宇宙に行ったり、フレディと対決したりするようなジェイソンにはウンザリなので、ここはビシッと原点に立ち戻って頂きたいところである。

 なお、日本では池田敏春監督・石井隆脚本・小野みゆき主演の「死霊の罠」('88)というスラッシャー映画の大傑作が誕生したが、ジャンルとしてはいま一つ確立されなかった。少なくとも劇場用映画では。その代わりといってはなんだが、折からのビデオ・レンタル・ブームとスプラッターブームに乗り、「ギニーピッグ」シリーズというオリジナル・ビデオの怪作を生み出した。ただ、この「ギニーピッグ」シリーズや、その他の類似スプラッター・ビデオは、あくまでも残酷シーンを見せることだけに主眼を置いたもの。その性質はアダルト・ビデオと何ら変わらないものだったと言えるだろう。

 ということで、「ハロウィン」シリーズや「13日の金曜日」シリーズ、「スクリーム」シリーズなどは別枠で詳しく紹介することにして、このコラムではそれ以外の重要なスラッシャー映画を数回に分けて紹介していきたいと思う。まあ、明らかに重要じゃない映画も含まれているかもしれないが、とりあえず参考までにということで(笑)。

 

 

暗闇にベルが鳴る
Black Christmas (1974)
日本では1975年劇場公開/ビデオ・DVD発売有り
ただし、日本盤DVDは下記米国盤とは別内容

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(P)2006 Critical Mass (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆

DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/5.1chステレオサラウンド・モノラル/音声:英語・フランス語/字幕:なし/地域コード:ALL/98分/製作:カナダ

映像特典
最新ドキュメンタリー
オリヴィア・ハッセイ インタビュー
マーゴット・キダー インタビュー
アート・ヒンドル インタビュー
ミッドナイト・スクリーニング舞台挨拶
音声別ミックス2編

監督:ボブ・クラーク
製作:ボブ・クラーク
脚本:ロイ・ムーア
撮影:レジナルド・モリス
音楽:カール・ジットラー
出演:オリヴィア・ハッセイ
    キア・ダレー
    マーゴット・キダー
    ジョン・サクソン
    アンドレア・マーティン
    リン・グリフィン
    マリアン・ウォルドマン
    ダグ・マクグラス
    アート・ヒンドル

 日本では「ポーキーズ」シリーズの監督として有名なボブ・クラークが、母国カナダで発表した猟奇ホラーの傑作。スラッシャー映画の第一号と言われており、世界中で熱狂的なファンを持つカルト映画だ。

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謎の電話に怯えるジェシカ(O・ハッセイ)
「暗闇にベルが鳴る」より

静かなクリスマスを迎えた女子寮
「暗闇にベルが鳴る」より

姉御肌の女学生バーバラ(M・キダー)
「暗闇にベルが鳴る」より

 舞台はクリスマス・シーズンを迎えたカナダのトロント。私立大学の女子寮では学生の多くがクリスマスを実家で過ごすため、休暇を控えた最後のパーティが行われていた。優等生のジェシカ(オリヴィア・ハッセイ)と姉御肌でアル中気味のバーバラ(マーゴット・キダー)、そしてジェシカの親友で癒し系のフィリス(アンドレア・マーティン)の3人は、それぞれ事情があって寮に残る予定だった。
 そんなところへかかってくる不審な電話。このところ女子寮には謎のいたずら電話が毎日のようにかかってきていた。様々な声色を使って下品な言葉を吐く電話の主にキレたバーバラは、酔った勢いもあって相手を挑発するような罵詈雑言でやり込めてしまう。相手は“殺してやる”と一言残して電話を切った。
 その様子を見ていた女学生の一人クレア(リン・グリフィン)は、バーバラの不用意な言動に憤慨した様子だった。荷物をまとめるために自室に戻ったクレアだったが、クローゼットの中に隠れていた何者かによって窒息死させられてしまう。一階では寮母マクヘンリー夫人(マリアン・ウォルドマン)へのプレゼントで女学生たちが大盛り上がり。その一方、謎の殺人鬼はクレアの死体を屋根裏に運んでいた。
 その翌日、クレアの父親であるハリソン氏(ジェームズ・エドモンド)が、待ち合わせ場所に来ない娘の行方を捜して女子寮を訪れた。クレアが行方不明になっている事を知ったハリソン氏とバーバラ、フィリスの3人は警察を訪れるが、応対に出た警官ナッシュ巡査(ダグ・マクグラス)は、きっとボーイフレンドと遊びに出かけてしまったのだろうと取り合わない。
 一方、ジェシカは恋人であるピアニスト志望の学生ピーター(キア・ダレー)に妊娠を告げていた。子供が出来たことを喜ぶピーターだったが、ジェシカは産みたくないという。改めて話し合うことを約束した2人だが、それ以来ピーターの様子がおかしくなる。ピアノの実技試験では苛立ちを隠せず、教授が帰った後に怒りを爆発させ、椅子でピアノを粉々にしてしまう。
 クレアが消えてしまった事を知らされたジェシカは、クレアの恋人クリス(アート・ヒンドル)を探した。警察が取り合ってくれない事を聞いたクリスは警察署へ赴き、フラー警部(ジョン・サクソン)が詳しい話を聞いてくれることになった。
 実はこの日、13歳の少女も行方不明となっていた。そこで、警察は合同でクレアと少女の捜索をする事となった。公園での捜索に協力するためにジェシカとフィリス、クリス、ハリソン氏の4人は女子寮を後にする。残されたのは酔っ払って寝てしまったバーバラとマクヘンリー夫人の2人。ペットの猫を探して屋根裏に上ったマクヘンリー夫人は、そこにクレアの死体を発見する。そして、ショックで硬直する夫人を謎の殺人鬼が襲った。
 公園では少女の死体が発見されたが、クレアは依然として行方不明だった。一人で女子寮に戻ったジェシカだったが、そこへまた謎の電話がかかってくる。“ビリーはどこだ!?”と狂ったように叫ぶ電話の主の声に怯えるジェシカ。そのことを警察に通報する彼女の背後から人影が忍び寄った。それは恋人のピーターだった。どうしても子供を堕したいというジェシカの言葉に激怒するピーター。そこへフラー警部とフィリスがやって来た。入れ替わりで飛び出していくピーター。
 フラー警部は女子寮の電話に逆探知機を取り付けた。さらに、表の車に警官を待機させてくれた。一安心して警部を見送るジェシカとフィリス。しかし、その間に就寝中のバーバラが何ものかに惨殺される。やがて、再び謎の電話がかかってきた。逆探知するには時間を要する。その間に、バーバラの様子を見に行ったフィリスが殺された。
 独り残されたジェシカのもとに警察から電話がかかってくる。“今すぐ寮を出なさい!”と。そう、謎の電話は女子寮の中からかかってきていたのだった・・・!

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マクヘンリー夫人にプレゼントを贈る女学生たち
「暗闇にベルが鳴る」より

ジェシカの恋人ピーター(K・ダレー)
「暗闇にベルが鳴る」より

窒息死させられたクレア(L・グリフィス)
「暗闇にベルが鳴る」より

 粗筋を読んでも分るように、その後のスラッシャー映画のあらゆる要素が詰まった作品と言えるだろう。姿の見えない殺人鬼、友人が殺されている事に気付かない若者たち、女子寮という限定された空間で展開される殺人、そして情け容赦なく殺される女の子たち。正体不明の電話が家の中からかかっていた、というショッキングな展開も、その後「夕暮れにベルが鳴る」('80)という作品でコピーされ、ホラー映画の定番的なトリックとなった。
 カメラが殺人鬼の目になって動き回るというのも、当時としては非常に目新しかった。もちろん、カメラが一人称で犯人の目になるという手法そのものは、「血を吸うカメラ」('60)など昔から存在した。しかし、まだステディ・カムなどない時代に、殺人鬼が女子寮の壁を登ったり、屋根裏を徘徊したり、被害者をめった刺しにしたりという映像を一人称でカメラが捉えるというのは画期的だった。
 また、細かいカットをたたみ掛ける、いわゆる“ファスト・カット”を使った殺人シーンも素晴らしい。「サイコ」のシャワー・シーンをお手本にしたのだろう。スプラッター描写はほとんどないので、リアルな特殊メイクを期待すると肩透かしを食うかもしれないが、十分にショッキングで効果的な演出だった。
 そして何よりも、最後まで殺人鬼の正体が明かされないというオチが心憎い。これ以上はネタばれになってしまうので明かさないが、事件が解決してホッとするはずのクライマックスが実は一番ゾッとする、というのはお見事としか言いようがない。

 脚本を書いたのは、当時まだ駆け出しだったカナダの脚本家ロイ・ムーア。モントリオールで実際に起きた事件をもとに脚本の草稿を書き上げたが、どこの映画会社も相手にしてくれなかったという。当時としては内容が非常にショッキングだったのだ。結局、脚本を読んで気に入ったボブ・クラークによって一部修正が加えられ、彼がプロデューサーとして出資会社を集め、ようやく製作に漕ぎ着けたのだった。
 先述したように、ボブ・クラークは日本でも大ヒットした性春コメディ「ポーキーズ」('81)シリーズの監督として知られているが、もともとはホラー映画畑出身の人だった。監督デビュー作はゾンビ映画の怪作「死体と遊ぶな子供たち」('72)。シニカルなストーリー展開と、観客の予想を裏切るクライマックスが妙なインパクトを残す作品だった。さらに、ベトナム戦争を痛烈に皮肉った社会派のゾンビ映画「デッド・オブ・ナイト」('74)を発表。その直後に製作されたのが、この「暗闇にベルが鳴る」である。
 随所に散りばめられたブラック・ユーモアやお下品スレスレのジョークなどは、さすが「ポーキーズ」の監督といった感じ。さらに、この手のスラッシャー映画は登場人物が紋切型に描かれる事が多いが、本作ではどのキャラクターも生き生きとしていて個性的なのが面白い。下ネタジョークが好きで、誰にでもズケズケとものを言うバーバラ。お人よしのお調子者で、皆から愛されているアル中のマクヘンリー夫人。人間味があって頼りがいのあるフラー警部。悪い人間ではないのだが、どうしても知恵の働かないナッシュ巡査。などなど、特に脇を固めるキャラクターが実によく描きこまれている。
 その辺りの、しっかりとしたドラマ構成や人間描写の上手さも、本作の大きな魅力と言えるだろう。ボブ・クラークはホラーやコメディだけではなく、ファミリー・ドラマやアクションなども手掛ける職人肌の人。それゆえに、世間的には過小評価されがちだが、非常に手堅い仕事をする優れた映画監督だと思う。1979年には、シャーロック・ホームズがジャック・ザ・リッパー事件を捜査する「黒馬車の影」という素晴らしい傑作を撮っている。こちらも、是非オススメしておきたい。

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失踪したクレアの恋人クリス(A・ヒンドル)
「暗闇にベルが鳴る」より

警察のフラー警部(J・サクソン)
「暗闇にベルが鳴る」より

謎の殺人鬼に殺されるバーバラ
「暗闇にベルが鳴る」より

 主役のジェシカを演じるのは、当時日本でも大人気だったオリヴィア・ハッセイ。本作の中では、実は一番地味な役柄なのだが、変にキャーキャー騒いだりしないのが逆にリアルで上手い。ちなみに、米国盤DVDに収録されている彼女のインタビューによると、エルヴィス・プレスリーが本作の大ファンで、毎年クリスマスになると家族揃って「暗闇にベルが鳴る」を見るとうのがプレスリー家の慣わしだったという。それは、プレスリーが亡くなってからも続けられているらしい。
 姉御肌のバーバラを演じているのは、クリストファー・リーヴ版「スーパーマン」のロイス・レイン役でお馴染みのマーゴット・キダー。「悪魔のシスター」('73)や「リーインカーネーション」('75)、「悪魔の棲む家」('79)など、ホラー映画への出演も多い女優さんだが、本作ではコメディエンヌとしての才能も遺憾なく発揮している。
 そして、ジェシカの親友フィリスを演じるアンドレア・マーティン。日本ではあまり知られていない女優だが、アメリカではとても有名なコメディエンヌ。当時はまだ駆け出しだったが、その後「サタデー・ナイト・ライブ」の前身とも言える超人気コメディ番組「セカンド・シティ」でブレイクした。ちなみに彼女、昨年アメリカで公開された本作のリメイク版では寮母役で出演している。
 フラー警部役を演じるのはジョン・サクソン。インディアンの青年役を演じた「許されざる者」('59)やマーロン・ブランドの敵役を演じた「シェラマドレの決闘」('66)など、西部劇でもお馴染みのスターで、「エルム街の悪夢」シリーズでナンシーの父親役を演じた事で記憶しているファンも多いだろう。また、「燃えよドラゴン」('74)ではブルース・リーに協力する潜入捜査官を演じていた。個人的にも大好きな俳優の一人だ。実は、このフラー警部役を演じるに当たって、ちょっとした紆余曲折があった。もともと、この役は最初から彼にオファーされていたのだが、その時はエージェント会社が多忙を理由に断ってしまっていた。そこでボブ・クラーク監督は、往年の名優エドモンド・オブライエンに白羽の矢を立てる。ところが、撮影場所のトロントにやってきたオブライエンは、当時既に高齢だったこともあるのだが、アルツハイマーの初期症状があって、とてもセリフを覚えられるような状態ではなかったらしい。本人はやる気満々だったのだが、監督はやむなくオブライエンの起用を断念。だめもとでジョン・サクソンに再度オファーしたところ、スケジュールが空いたということで、撮影開始の2時間前にトロントに着いたのだった。
 ジェシカの恋人ピーター役は、キューブリックの傑作「2001年宇宙への旅」('70)で注目されたケア・ダレー。日本ではケア・デュリアと表記される事が多いが、ケア・ダレーと発音するのが正しい。このピーター役は、当初マルコム・マクダウェルにオファーされていたそうだ。ケア・ダレーのポーカー・フェイスも悪くはないが、マルコム・マクダウェルが演じていたらもっと不気味で面白いキャラクターになっていただろう。
 その他、クローネンバーグの「ザ・ブルード」('79)で有名なアート・ヒンドル、「ガントレット」('77)や「ブロンコ・ビリー」('80)、「ペイル・ライダー」('85)などクリント・イーストウッド作品の常連だったダグ・マクグラスなどが脇を固めている。

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オリヴィア・ハッセイ(現在)

マーゴット・キダー(現在)

アート・ヒンドル(現在)

 なお、本作のDVDはアメリカで3バージョン発売されている。2001年に発売された25周年記念盤が最初のバージョン。日本盤DVDは、この25周年記念盤と同一の内容だった。映像特典はメイキング・ドキュメンタリー1本と予告編、テレビ&ラジオ・スポットのみ。2002年には、新しいメキング・ドキュメンタリーや音声解説など約2時間分の映像特典を収録したスペシャル・エディションが発売されている。ただ驚くことに、どちらのDVDも本編はトリミングされたスタンダード・サイズで、音声もモノラル・バージョンのみという代物だった。
 そして、2006年に改めてリリースされたのが、上記の最新スペシャル・エディション。画面サイズはオリジナル通りのワイド・スクリーンで、しかもスクィーズ収録。音声もオリジナルのモノラルに加えて、5.1chステレオ・サラウンドが収録されている。画質・音質共に、過去のDVDとは比べ物にならないくらいに向上している。もちろん、映像特典も充実。音声解説が収録されていない代わりに、マーゴット・キダーやオリヴィア・ハッセイ、アート・ヒンドルの最新インタビューや、脇役俳優とスタッフのインタビューを中心にまとめられたメイキング・ドキュメンタリー、リメイク版の製作に併せて行われたリバイバル上映会でのボブ・クラーク監督らの舞台挨拶&質疑応答の映像、さらにはリマスター作業中に発見された本編未使用の音声トラックまでが収録されている。これ一枚で「暗闇にベルが鳴る」の全てを堪能できる、究極のコレクターズ・アイテムだ。

 

 

The Clown Murders (1976)
日本未公開

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(P)2006 Cinevision/Image (USA)
画質★☆☆☆☆ 音質★★☆☆☆

DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/95分/製作:カナダ

映像特典
なし

監督:マーティン・バーク
製作:クリストファー・ダルトン
脚本:マーティン・バーク
撮影:デニス・ミラー
音楽:ジョン・ミルス=コッケル
出演:ステファン・ヤング
    スーザン・ケラー
    ローレンス・デイン
    ジョン・キャンディ
    ゲイリー・レイネケ
    ジョン・ベイリス
    アル・ワクスマン

 まず初めに断っておくと、この作品は最後の20分くらいだけがスラッシャー映画。あとは、なんと形容すればいいのか考え込んでしまうような、とても変な作品である。無名時代のジョン・キャンディが出演しているということもあって、海外では一部のマニアの間でカルト的な扱いも受けているようだが、正直非常にダレる映画と言わざるを得ない。ただ、ストーリーがハロウィンの日に設定されているということ、ピエロの姿をした殺人鬼が登場するということ、この2点が後のスラッシャー映画に先駆けているというのが興味深い。というよりも、それ以外に見るべきところが全くない作品と言うべきだろうか。

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別れた恋人に未練たっぷりの男チャーリー(S・ヤング)
“The Clown Murders”より

誘拐計画を練るチャーリー、オリー、ロージー、ピーター
“The Clown Murders”より

 主人公は仕事仲間のチャーリー(ステファン・ヤング)、オリー(ジョン・キャンディ)、ロージー(ゲイリー・レイネケ)、ピーター(ジョン・ベイリス)の4人。うだつの上がらない彼らは、ゴルフ仲間の裕福な実業家フィリップ(ローレンス・デイン)の妻アリソン(スーザン・ケラー)を誘拐するという悪趣味なジョークを思いつく。アリソンはチャーリーのかつての恋人だった。
 ハロウィンの夜。誰もが仮装して外へ出かけていく。連れ立って家を出たフィリップとアリソンを、ピエロの格好をしたチャーリーたちが襲う。フィリップが気を失った隙に、アリソンを連れ去る4人。気がついたフィリップは、すぐに警察に駆け込んだが、犯人に全く心当たりがない。
 一方、古い農場の母屋にアリソンを連れてきたチャーリーたち。逃げ出そうとするアリソンを、チャーリーが引き止める。やがて、酒に酔って羽目を外し始める4人。女たらしのロージーがアリソンを手篭めにしようとするが拒絶される。そうこうしている内に、メンバーが次々とピエロの格好をした男にオノで襲われる。初めはお互いに疑心暗鬼だった4人。だが、次第に彼らは自分たち以外にもう一人、ピエロの格好をした男が家の中に紛れ込んでいる事に気付くのだった・・・。

 とりあえず、最初の30分がとにかく長い。ゴルフやパーティのシーンが延々と続き、全くストーリーが進行しないのだ。しかも、いざハロウィンの夜になってアリソンを誘拐したかと思ったら、そこからさらにチャーリーとアリソンが古傷を舐めあったりとか、ロージーとピーターが下らない喧嘩を繰り広げたりとか、どうでもいいようなシーンが続く。ようやく謎のピエロが登場するのが、本編の半分を過ぎてからなのだから困ったもんだ。
 ジョン・キャンディが演じるオリーという男は、気弱でお人よしの冴えないデブ。何かと困ったときは下らないジョークで誤魔化そうとするのだが、これまたちっとも面白くない。全くもって酷い役。ジョン・キャンディにとっては、キャリアの汚点とも言うべき一本だったろう。
 監督のマーティン・バークはこれがデビュー作。この2年後に、ピーター・オトゥール、デヴィッド・ヘミングス、ドナルド・プレザンスという豪華キャストを揃えた政治クーデター映画の名作「パワープレイ」('78)を撮っている人だ。とても同一人物の監督作とは思えない。まあ、その後のフィルモグラフィーを見ると、この人は基本的にアクションが好きなのだろうと想像が付く。ホラー映画は全くの畑違いだったのかもしれない。
 チャリー役のステファン・ヤングは「パットン大戦車軍団」('70)のハンセン大尉役で注目された人。ボブ・クラーク監督の「ブレーキング・ポイント」('76)では、主人公(ボー・スヴェンソン)の女房の前夫役を演じていた。フィリップ役のローレンス・デインは、「スキャナーズ」('81)や「誕生日はもう来ない」('81)など、カナダ産のホラー映画でお馴染みの渋い脇役。「チャイルド・プレイ/チャッキーの花嫁」('98)にも刑事役で出ていた。また、ルイ・マル監督の「アトランティック・シティ」('80)で知られる名脇役アル・ワクスマンが警察官役で顔を出していた。

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オリー役を演じる無名時代のジョン・キャンディ
“The Clown Murders”より

何とも間抜けな感じの殺人ピエロ
“The Clown Murders”より

 なお、昨年リリースされた米国盤DVDはかなり酷い出来映え。ディストリビュートをしているイメージ・エンターテインメントは評判の高いメーカーだが、製作元のシネヴィジョンという会社がクセモノのようだ。ここは主に韓国映画やメキシコ映画をアメリカで配給している会社なのだが、その一方で「メル・ギブソン/特別奇襲戦隊Z」や「ビーイング」といった古い作品を海賊盤まがいの画質でリリースしていたりする。
 この“The Clown Murders”にしても、古いVHSかテレビ放送用マスターから起したような画質。色が褪せてしまっているだけでなく、輪郭が滲みまくってしまっている。そのくせして、しっかりとスクィーズ収録されているのだから、何とも不思議としか言いようがない。とりあえず値段は安いので、珍しい未公開ホラーを探している人や熱心なジョン・キャンディ・ファンなら一見の価値はあるのかも。多分。

 

 

アリス・スイート・アリス
Alice, Sweet Alice (1976)
日本ではビデオ発売のみ/DVD発売なし

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(P)2007 Hen's Tooth (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(レターボックス収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし
/地域コード:ALL/107分/製作:アメリカ

映像特典
監督・編集者による音声解説
フォト・ギャラリー
監督:アルフレド・ソール
製作:リチャード・K・ローゼンバーグ
脚本:ローズマリー・リトヴォ
    アルフレド・ソール
撮影:ジョン・フライバーグ
    チャック・ホール
音楽:ステファン・ローレンス
出演:リンダ・ミラー
    ポーラ・シェパード
    ミルドレド・クリントン
    トム・シニョレッリ
    ブルック・シールズ
    リリアン・ロス
    ナイルス・マクマスター
    ジェーン・ロウリー
    ルドルフ・ウィルリッチ
    アルフォンソ・デノーブル
    ルイザ・ホートン

 この作品をスラッシャー映画としてカテゴライズ出来るのかどうか、ちょっと疑問の残るところではあるが、黄色いレインコートを着て不気味なマスクを被った殺人鬼は、なかなか強烈なインパクト。このキャラクターだけでシリーズが作れてしまいそうだ。それだけではなく、全編を覆う陰鬱なムードや宗教的なシンボリズムも独特の世界観を作り上げていて、低予算ながら芸術的な薫りさえ漂う素晴らしい作品に仕上がっている。
 しかし、本作がアメリカで注目されたのは、脇役で出演しているブルック・シールズのおかげだった。もともと“Communion(聖体拝領)”というタイトルで劇場公開されたものの、当時はほとんど話題にならなかった。ところが、ブルック・シールズが「プリティ・ベイビー」('78)で一躍注目されたことから、1979年に“Alice, Sweet Alice”とタイトルを変えて再び劇場公開したところ大ヒット。ホラー映画やSF映画のジャンルでは権威のあるサターン賞の最優秀脚本賞にもノミネートされた。さらに、1981年にブルック・シールズ主演の「青い珊瑚礁」('81)が大ヒットすると、今度は“Holy Terror”というタイトルでまたまた劇場公開され、再びサターン賞の最優秀インディペンデント映画賞にノミネートされたのだった。

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思春期を迎えた少女アリス(P・シェパード)
「アリス・スイート・アリス」より

幼い妹カレン(B・シールズ)
「アリス・スイート・アリス」より

厳かに聖体拝領が行われる教会
「アリス・スイート・アリス」より

 舞台は1961年のニュージャージー州パターソン。12歳の少女アリス(ポーラ・シェパード)と9歳の妹カレン(ブルック・シールズ)は、シングル・マザーの母親キャサリン(リンダ・ミラー)に付き添われて、教会のトム神父(ルドルフ・ウィルリッチ)のもとを訪れる。カレンが初めて聖体拝領を受けるということで、トム神父から十字架がプレゼントされたのだ。嬉しそうに喜ぶ妹を憎々しげに見つめるアリス。彼女は父親が認知しなかったため聖体拝領を受けられなかったのだ。
 妹に嫉妬するアリスは不気味な仮面を被って妹カレンを怖がらせ、彼女が大切にしている人形を奪い取ってしまう。それでも姉の後をついていく幼いカレン。母キャサリンも他愛ない悪戯として気にとめていなかった。
 そしていよいよ聖体拝領の当日。神父の前に並んだ子供たちの中にカレンの姿はなかった。教会の控え室で、黄色いレインコートにマスクを被った何者かに首を絞めて殺されるカレン。死体は戸棚に入れられて火がつけられた。その後、遅れて教会に到着したアリスは、まるでカレンの代わりを務めるように聖体拝領の列に加わる。その時、年老いた尼僧が戸棚から漏れてくる煙に気が付いた。戸棚を開けた尼僧の悲鳴が響き渡り、荘厳な空気に包まれていた教会はパニックに陥る。
 警察はアリスをカレン殺害の容疑者と見るが、決定的な証拠はなかった。事件のショックで精神衰弱に陥った母キャサリンを心配し、叔母アニー(ジェーン・ロウリー)が母娘の身の回りの世話をすることになる。反抗的な態度ばかり取るアリスに眉をひそめる叔母アニー。2人は何かにつけて衝突した。
 アリスの反抗心はサディスティックにエスカレートし、その矛先は階下に住むアパートの大家アルフォンソ氏(アルフォンソ・デノーブル)に向けられていた。極度の肥満で部屋から出られないアルフォンソ氏を、アリスは日頃から蔑んで見ていた。そんなアルフォンソ氏の可愛がっている猫を、嫌がらせで殺してしまうアリス。
 一方、カレンの父親ドム(ナイルス・マクマスター)が娘の葬儀のために街を訪れ、警察のブレナン刑事(トム・シニョレッリ)に協力しながら犯人を探そうとする。その頃、アパートでは叔母アニーが買い物で外に出るため、階段を下りていた。そこへ突如として現れた黄色いレインコートに不気味なマスクの殺人鬼。手にしていたナイフでアニーの脚を何度も切りつけるが、その悲鳴を聞いてアルフォンソ氏が廊下に出てきたため、犯人はその場で逃走した。
 病院に担ぎ込まれた叔母アニー。警察の質問に彼女は、犯人がアリスだったと震えながら証言する。その言葉を聞いてアニーを罵るキャサリン。警察はアリスを嘘発見器にかける。しかし、警察に反抗心を燃やすアリスは嘘発見器を壊してしまい、青少年監護院に入れられてしまった。
 一方、カレンの父親ドムは、アニーを襲ったのが彼女の実の娘アンジェラではないかと睨む。2人の仲は険悪だったのだ。そんな彼のもとへ、アンジェラを名乗る電話がかかってきた。自分がカレンを殺し、アニーを襲ったのだという。廃墟となった工場でアンジェラと会うことになったドム。しかし、彼を待ち構えていたのは、黄色いレインコートにマスクを被った殺人鬼だった・・・。

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アリスとカレンの母親キャサリン(L・ミラー)
「アリス・スイート・アリス」より

黄色いレインコートにマスクを被った殺人鬼
「アリス・スイート・アリス」より

階下に住む大家のアルフォンソ氏(A・デノーブル)
「アリス・スイート・アリス」より

 監督のアルフレド・ソールは当時全くの無名で、ハードコア・ポルノを一本撮ったことがあるだけだった。彼は敬虔なカトリックであるイタリア系移民の家庭に育った。幼い頃から親しんだカトリックの世界観や、それに対して彼なりに抱き続けた様々な疑問が本作の根底に流れている。非常に宗教的なカラーが強い作品であり、カトリックが育んできた伝統的価値観の歪んだ側面が暗い影を投げかけている映画と言えるだろう。
 撮影はソール監督が生まれ育ったニュージャージーの街、パターソンで行われた。家族や親戚、友人だけでなく、地元の警察署や消防署、病院、教会など、地域をあげて撮影に協力してくれたという。その甲斐もあって、低予算映画とは思えないような豊かなロケーション撮影が実現している。本作では土砂降りの雨のシーンが多いが、これも地元消防署の協力のおかげだった。まともに機材やスタッフを集めていたら、とても予算に見合わなかったであろう。
 カメラを担当したのはジョン・フライバーグとチャック・ホール。どちらも、劇場用映画を撮るのは初めてという、全くの初心者だったわけだが、驚くぐらいにイマジネーション豊かな美しい映像を捉えている。撮影に際しては「ゴッドファーザー」の雰囲気を意識したというが、教会シーンの荘厳な美しさなどは目を見張るものがある。
 もちろん、アルフレド・ソール監督の非常に緻密で丁寧な演出も特筆するべきだろう。登場人物の複雑な心理描写が細かく描きこまれていて、ドラマそのものに独特の風格があるのだ。本作を製作するに当たって、彼が意識したのはニコラス・ローグ監督の「赤い影」とマーヴィン・ルロイ監督の「悪い種子」だったという。黄色いレインコートを着た謎の殺人者というのは「赤い影」にインスパイアされたものだし、思春期を迎えた少女の疎外感と激しい憎悪というのは「悪い種子」と共通する。そこへ、カトリック特有の閉鎖性と不寛容さを盛り込んだのが、この「アリス・スイート・アリス」という作品なのだ。

 ヒロインのアリス役を演じたのはポーラ・シェパード。どうみても子供にしか見えないが、何と撮影当時すでに19歳だった。ニューヨークでダンサーを目指していたのだが、ダンス・スタジオでソール監督の目に止まり、本作に出演することになったという。カレン役のブルック・シールズも、当時はまだ少女モデルだった。ソール監督の友人がニューヨークでファッション・フォトグラファーをしており、ブルックの写真を見た監督は一目で彼女の起用を決めたという。
 アリスとカレンの母親を演じるリンダ・ミラーは、「ハスラー」のミネソタ・ファッツ役でも有名な大スター、ジャッキー・グリーソンの娘。「スピード2」で主役を務めたジェイソン・パトリックの母親でもある。また、アリスが収容される青少年監護院の女性院長役で登場するルイザ・ホートンはブロードウェイの名女優で、巨匠ジョージ・ロイ・ヒル監督の奥さんだった人。そして、本作の出演者の中でも特に異色なのが、教会の歌手として登場するリリアン・ロスだろう。戦前のブロードウェイの伝説的な大スターで、トーチソング歌手としても大変有名だった女性。アルコール中毒で身を持ち崩したが、その半生はスーザン・ヘイワード主演の「明日泣く」('55)として映画化もされた。本作は、彼女にとって42年ぶりの映画出演だったという。

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殺人鬼に襲われた叔母アニー(J・ロウリー)
「アリス・スイート・アリス」より

警察で尋問されるアリス
「アリス・スイート・アリス」より

事件の鍵を握る教会の女中トレドーニ夫人(M・クリントン)
「アリス・スイート・アリス」より

 なお、この作品は冒頭で述べたように何度もタイトルが変更されて上映されているが、そればかりか画質の悪い海賊版ビデオが幾つも市場に出回ってきた。かつて日本でもフジ・ビデオという怪しげなメーカーからビデオ発売されていたが、これもどうやら海賊版だったようだ。当時はまだ日本もレンタル・ビデオ店が浸透し始めたばかりの頃で、素性の知れないビデオ・メーカーがアメリカの低予算映画を次々とリリースしていたもんだった。画質は悪いし、字幕も日本人が翻訳したとは思えないような代物。それでも、一時期は中古市場で高値のプレミアが付いていたと記憶している。
 そもそもこの作品は、劇場公開当初は興行的に失敗してしまい、製作費が回収できないという状況に陥ってしまった。そこで、監督とプロデューサーが弁護士に相談したところ、この弁護士がフィルムの権利を買い上げることで、未回収分を穴埋めしたのだ。弁護士にしてみれば、映画への愛情などはこれっぽっちもないので、第一に考えるのは利益を上げることのみ。そこで、ブルック・シールズ人気に当て込んで、タイトルを変えては何度も劇場公開し、さらには使い古したプリント・フィルムをあちこちに安値で売りまくってしまったのだ。
 実は、一時期コロムビア映画がこの作品に強い興味を示し、彼らの配給網を使って全米で劇場公開するという話も進行していたらしい。ソール監督も生まれて初めてハリウッドに招かれ、いよいよ夢のハリウッド進出かと期待に胸を膨らませた。ところが、例の弁護士が独自の配給網による劇場公開に固執したため、コロムビアは手を引かざるを得なくなってしまった。コロムビアの配給網を使えば、興行収入の一部をコロムビアに持っていかれる。弁護士は、この手数料をケチったのだ。

 ようやく正規盤として陽の目を見たのが、1999年にアメリカのアンカー・ベイからリリースされたDVDとVHS。アルフレド・ソール監督が自ら買い戻したオリジナル・ネガが使用されている。修復作業まではされていないものの、ネガの保存状態は良好だったようで、画質は非常に満足のいくものになっている。映像特典はフォト・ギャラリーだけだが、監督と編集者、そしてアンカー・ベイのウィリアム・ラスティグ監督の3人による音声解説が収録されており、これがなかなか面白い。なお、2007年にヘンズ・トゥースというメーカーから再リリースされているが、これはアンカー・ベイ盤と全く同じ内容。

 

以降 「スラッシャー映画 PART U」 へと続く・・・  (近日中アップ予定)

 

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