再生する21世紀ロシア映画

 

 

 昨年日本でも上映された「ナイト・ウォッチ」('04)。ロシア映画の復活を掲げての日本公開だったが、案の定大して話題になることなく終わってしまった。期待を煽った割りに中身が中途半端だったのが最大の敗因だろう。以前のコラムにも書いたが、ロシア映画界が完全復活を宣言するのはまだまだ時期尚早。ハリウッド映画の真似事に終始している限りは、そう言わざるを得ないだろうと思う。しかし、その一方でここ数年ロシア映画復興の兆しを感じさせる作品が続々と作られているのも事実。特にエンターテインメント性の高い作品に注目すべきものが少なくない。今回は、そうした中から印象的な映画を幾つか紹介していきたいと思う。

 

Staskiy Sovetnik (2005)
国家評議員
(日本未公開)

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(P)2005 Pervoi Video(Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/128分/製作:ロシア

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
劇場用予告編
フィルモグラフィー
監督:フィリップ・ヤンコフスキー
製作総指揮:ニキータ・ミハルコフ
脚本:ボリス・アクニン
撮影:ヴラディスラフ・オペリャンツ
音楽:エンリ・ロラシュヴィリ
出演:オレグ・メンシコフ
    ニキータ・ミハルコフ
    コンスタンティン・カベンスキー
    エミーリャ・スピヴァク
    ミハイル・イェフレモフ
    アクサーナ・ファンデラ
    アレクセイ・ゴルブノフ
    フョードル・ボンダルチュク
    マサミ・オガワ

 ロシアを代表する名優オレグ・ヤンコフスキーの息子であり、デビュー作“動いているところ”でニカ賞(ロシアのオスカー)最優秀新人賞を受賞したフィリップ・ヤンコフスキーの監督2作目。しかも、ロシアを代表する巨匠ニキータ・ミハルコフが製作総指揮と出演を兼ね、彼の名作「シベリアの理髪師」のオレグ・メンシコフが主演という実に豪華な顔合わせ。これで面白くないわきゃない。
 本作はロシアのベスト・セラー作家ボリス・アクニンが生み出した一風変ったヒーロー、エラスト・ペトロヴィッチ・ファンドリンの活躍を描くミステリー小説シリーズを映画化した1本。ファンドリンは帝政ロシアの国家評議員だが、秘かに大臣の護衛責任者を務めている。ハンサムな独身貴族で、優れた洞察力と運動神経の持ち主だ。ただ少々変わり者で、掴みどころのない人物。いつもどこか上の空で、皮肉たっぷりの毒舌ジョークが得意だったりする。いわば、ロシア版シャーロック・ホームズだ。
 舞台は19世紀末。サンクト・ペテルブルグからモスクワに向かう列車の中で、ファンドリンを名乗る人物にシベリア総督が暗殺される。目撃者の証言から暗殺者が本物のファンドリンとは別人である事が証明され、早速ファンドリン(オレグ・メンシコフ)自身が捜査の陣頭指揮を取ることになる。現場に残された凶器のナイフに彫られたイニシャルから、犯人はモスクワやサンクトペテルブルグを暗躍する謎の革命集団“BG”である事が判明。自分の人相の特徴や極秘任務を犯人が知っていた事から、帝政内部にスパイがいると睨む。秘密警察と組んで極秘捜査を続けるファンドリンは、“BG”の一員ラーメット(アレクセイ・ゴルブノフ)を捕える事に成功する。そこへ登場したのがサンクト・ペテルブルグの名物捜査官ポザルスキー(ニキータ・ミハルコフ)。どんな拷問にも口を割らなかったラーメットを、ポザルスキーは飴と鞭を使い分けた見事な話術で落としてしまう。追われる身となった“BD”の幹部である理想主義者のグリーン(コンスタンティン・カベンスキー)と貴族出身の女性イグラ(アクサーナ・ファンデラ)だが、ラーメットの裏切りを告発する手紙が届き、間一髪でアジトを抜け出すことに成功する。彼らには政府や警察の動向を逐一知らせてくれる姿なき謎の密告者がいたのだ。そして遂には現金輸送馬車が白昼堂々と襲われ、ファンドリンは身近にスパイがいるという疑惑を一層強める。そこで、彼はスパイを突き止めるために同居人の日本人マサ(マサミ・オガワ)の協力を得て一計を案ずる・・・。

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我らがヒーロー、ファンドリン(O・メンシコフ)

ボザルスキーを怪演するニキータ・ミハルコフ

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グリーン役のコンスタンティン・カベンスキー

最後まで顔を見せない謎の占い師ディアナ


 スタイリッシュでモダンなカメラワーク、帝政ロシアの時代を再現したゴージャスで美しいロケーションと衣装、そしてスピーディでサスペンスフルな展開に粋で洒落たセリフの数々。派手なアクションも満載で、シャーロック・ホームズとジェームズ・ボンドを足して割ったようなストーリーが実に楽しい。革命集団に協力する高級売春クラブのフランス人マダム、ジュリー(マリヤ・ミロノヴァ)やファンドリンと恋に落ちる反体制的な知識人の娘エスフィル(エミーリャ・スピヴァク)、粗暴で愚かな秘密警察隊長ブルチンスキー(フョードル・ボンダルチュク)、そして秘密警察に協力する謎の女性占い師ディアナなど、脇に登場するキャラクターもユニークで魅力的だ。中でも、ファンドリンの屋敷に同居している日本人マサの存在は興味深く、二人の関係はどこか同性愛的な匂いさえ漂わせる。彼に剣道を学んでいるファンドリンはすっかり日本通で、ベッド・ルームは和室だし、家では和服を着ているし、時には日本語で作戦を相談しあったりしている。また、華やかな宮廷生活の様子や当時のモスクワの街角の様子、一般庶民の生活の様子など細かいディテール描写が実に丁寧で、作品全体を風格のあるものにしている。
 そして、本作で最大の見所と言えば、ボザルスキー役を演じるニキータ・ミハルコフの人を食ったような見事な演技だろう。善人とも悪人ともつかない人物で、身振り手振りを交えてとにかく喋る、喋る、喋る。しかも、烈火のごとく怒り出したかと思えば、唐突に悪戯っ子そうな目をしてゲラゲラ笑い出すし、楽しげにジョークを連発したかと思えば、一転して冷徹な権力者の顔を覗かせる。道化の顔と悪魔の顔を併せ持つ、全く一筋縄ではいかない男だ。そんなボザルスキーを、ミハルコフは凄まじいパワーで豪快に演じ切る。さすがのオレグ・メンシコフも、この怪演を前にしてはタジタジといった感じだ。
 また、革命集団のリーダー、グリーンを演じるコンスタンティン・カベンスキーも、「ナイト・ウォッチ」での冴えないヒーロー役が嘘のようにシャープで魅力的。現代劇よりも、こうした時代ものの方が似合うのかもしれない。
 フィリップ・ヤンコフスキー監督の演出は、細かいカッティングやスローモーションの多用、ダイナミックでスピーディーに動き回るカメラなど、いわゆるハリウッド的な技術を積極的に取り込みながらも、ロシア的なユーモア精神やニヒリズム、そしてロシアの伝統美を全編に散りばめていく。新鮮でもあり懐かしくもある、21世紀型のロシア製ハイブリッド版娯楽活劇と言えるだろう。個人的には「ナイト・ウォッチ」の何十倍も楽しむことが出来た1本だ。

 

Bednyy, Bednyy Pavel (2003)
憐れな、憐れなパーヴェル
(日本未公開)

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(P)2003 CP Digital (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/スタンダード・サイズ/5.1chサラウンド・DTS/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:ALL/103分/製作:ロシア

映像特典
フィルモグラフィー
予告編集
監督:ヴィタリー・メルニコフ
製作:アンドレイ・ゼルチャロフ
脚本:ヴィタリー・メルニコフ
音楽:アンドレイ・ペトロフ
出演:ヴィクトル・スコルコフ
    オレグ・ヤンコフスキー
    アクサーナ・ムシーナ
    アレクセイ・バラバシュ
    スヴェトラーナ・クリュチュコワ
    ユーリャ・マヴリナ

 こちらも帝政ロシアを舞台にした華麗なるコスチューム・プレイ。女帝エカテリーナの息子であり、暴君として知られたパーヴェル一世の暗殺事件を描く歴史劇だ。
 物語は1796年11月5日の夜更けから始まる。人里離れたロマノフ邸へと白馬に乗って急ぐ使者。既に就寝中であったパーヴェル・ペトロヴィチ・ロマノフ(ヴィクトル・スコルコフ)は、使者から母エカテリーナ二世の危篤を告げられる。急いで冬の宮殿へと向かったパーヴェルは母エカテリーナの崩御と、自らの皇帝就任を宣言する。早速、母の側近たちを解雇し、男系男子による帝位継承を打ち出すパーヴェル。短気で猜疑心が強く、容姿の醜い彼は母エカテリーナから長年遠ざけられていたのだ。しかも、亡くなった母の寝室からは後継者を孫であるアレクサンドルに指名する旨の直筆の遺書も見つかる。その遺書を秘かに燃やしたパーヴェルは、たちまちその暴君ぶりを発揮していく。それはまるで亡き母への積年の恨みを晴らすかのように。
 しかし、癇癪を起すばかりで思慮深さに欠けるパーヴェル一世は、宮廷内外から嘲笑の的となる。その事から、余計頑なになっていくパーヴェル。そんな彼に近づいてきたのが、ベテラン近衛兵であるパレン男爵(オレグ・ヤンコフスキー)だ。聡明で冷静沈着なパレンをすっかり気に入ったパーヴェルは、早速彼を自分の相談役に任命し、伯爵に格上げをする。しかし、パレンにはパーヴェルの知らない別の顔があった。そう、何を隠そう彼こそが混乱するロシアの行く末を憂い、その元凶となっているパーヴェル一世を亡き者にしようとするクーデター・グループの影のリーダーだったのだ。

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パレン伯爵を演じるオレグ・ヤンコフスキー

暴君パーヴェル一世役のヴィクトル・スコルコフ

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クーデター・グループを率いるパレン伯爵

パレンに口説き落とされた皇子アレクサンドル


 実際にあった事件を題材にした歴史劇でありながら、まるで政治サスペンスのようにテンポ良く展開していくストーリー。皇帝の相談役として国政の最前線に立ちながら、その一方で秘かに同志を集め、帝位継承者である皇子アレクサンドルを強引に口説き落としていくパレンの狡猾ぶりが実に小気味いい。それとは対照的に、パレンの巧妙な罠にまんまとハマっていく暴君パーヴェル一世の憐れなまでの愚かさ。亡き母から疎まれ、妻からも愛されず、その上信頼する側近や実の息子からも裏切られてしまうのはまさに悲劇だ。そんなパーヴェル一世を、愛に飢えているが故に屈折してしまった平凡な一人の男として描いているのが、本作のユニークな点かもしれない。
 ヴィタリー・メルニコフ監督の演出は全く奇をてらったところがない。全体的にテレビ・ムービー的な単調さが気になってしまい、映画的なスペクタクルに欠けるのが難点だと言える。ただ、実際に冬の宮殿で撮影されたロケ・シーンの荘厳な美しさには目を奪われるし、スピーディーで無駄のないストーリー展開は飽きさせない。また、本作の大きな見所は、パーヴェル一世を演じるヴィクトル・スコルコフとパレン伯爵を演じるオレグ・ヤンコフスキーの演技対決だろう。特に、本作でニカ賞とロシア批評家協会賞の最優秀主演男優賞をダブル受賞したスコルコフの熱演は出色。凡人であるが故に誰からも愛されなかった悲運の皇帝を時に滑稽に、時に憐れに演じている。そして、タルコフスキー映画でも知られる、ロシアの誇る名優オレグ・ヤンコフスキー。スコルコフとは対照的に、知的で落ち着いた深い演技力で見る者をグイグイと引き込んでいく。さすがは大御所の貫禄。

 

Voditel Dlya Veru (2004)
ヴェラの運転手
(日本未公開)

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(P)2004 Pervyy Kanal (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/112分/製作:ロシア

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー集
劇場予告編
フィルモグラフィー
監督:パーヴェル・チュフライ
製作:アレクサンドル・ロドニャンスキ
    イゴール・トルツノフ
    ミハイル・ジルベルマン
脚本:パーヴェル・チュフライ
撮影:イーゴル・クレバノフ
音楽:エドュアルド・アルテミエフ
出演:イーゴル・ペトレンコ
    イェレナ・バベンコ
    ボグダン・ストゥプカ
    アンドレイ・パニン
    イェカテリーナ・ユディーナ
    マリーナ・ゴルブ
    ワレリー・バリノフ

 ロシア映画史に燦然と輝く巨匠グレゴリー・チュフライの息子であり、日本でも話題になった名作「パパってなに?」('97)でアカデミー外国語映画賞にノミネートされたパーヴェル・チュフライ監督の最新作“ヴェラの運転手”。「パパってなに?」ではスターリンによる粛清の時代を背景にしていたが、本作の時代設定は1962年。フルシチョフによる雪解けの時代である。ソヴィエト政権における束の間の自由と平和の時代、そしてその実態をノスタルジックに美しく、そして残酷なまでに哀しく描くメロドラマの傑作だ。
 ソビエト全土がささやかな自由と平和を謳歌していた雪解けの時代。軍の将校が謎の死を遂げる。その検死に立ち会うためにクレムリンを訪れていたセーロフ将軍(ボグダン・ストゥプカ)は、ふと見かけた若い護衛兵ヴィクトル(イーゴル・ペトレンコ)を専属の運転手として雇う。自分の身にも危険が迫っていることを心配した彼は、ヴィクトルをボディーガード代わりにと考えたのだ。セーロフ将軍の屋敷は、クリミアの美しい草原の真っ只中にあった。着任するなりすぐに将軍の娘ヴェラ(イェレナ・バベンコ)の送迎を命じられたヴィクトル。迎えにいった先の病院に現れたのは、気難しそうな若い娘だった。交通事故で母親を亡くした上に、自らも片足が不自由になってしまったヴェラは、それ以来周囲に固く心を閉ざしてしまっていたのだ。
 しかし、ヴェラが神経質になっている理由はそれだけではなかった。実は、彼女は子供を身篭っていたのだ。相手はクリミアに駐留しているキューバ軍の兵士らしい。子供を堕ろそうとするヴェラを激しく叱るヴィクトル。自尊心を傷つけられたヴェラは激怒するが、次第にヴィクトルに心を開いていくようになる。一方、将軍の部下であるサヴェリェーフ(アンドレイ・パニン)がヴィクトルに接近する。実は彼はKGBの捜査官で、将軍やヴェラの日常の様子を事細かに報告するようヴィクトルに頼み込む。国家保安のためだと。素直で真面目なヴィクトルは、サヴェリェーフの言葉を鵜呑みにして承諾する。しかし、それ以来、将軍宅のガレージが放火されたり、将軍の電話が盗聴されたりと不審な出来事が続く。
 そして、モスクワへの出張から戻った将軍をヴィクトルが迎えに行った帰り、車が壊れて暴走してしまう。崖から転落しそうになった間一髪のところで、ヴィクトルは将軍を救出。これをきっかけに、二人は固い絆で結ばれるようになる。事故のショックで陣痛が早まってしまったヴェラも、無事に男の子を出産。ヴェラと深く愛し合うようになったヴィクトルは、子供の父親になる事を約束する。改めて義理の親子として酒を酌み交わすヴィクトルと将軍。そこで初めてヴィクトルは、両親がスターリンの粛清で処刑されたこと、離れ離れになった妹が餓死してしまったことを明かす。様々な思いを胸に、家族としての絆を深めていくヴィクトルとヴェラ、そして将軍。しかし、軍との権力争いに明け暮れるKGBの魔手が静かに忍び寄りつつあった・・・。

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ヴィクトル役のイーゴル・ペトレンコ

ヴェラ役のイェレナ・バベンコ

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サヴェリェーフ役のアンドレイ・パニン(右)

60年代のクリミアを再現した美しい映像

 まずは、のどかで美しいクリミアの風景をノスタルジックに描く映像が絶品。軍歌に混じってラジオから流れてくるカンツォーネやラテン音楽、質素ながらもお洒落な街中の女性たち、ゆったりと流れる平和な時間。古き良き時代のロシアが丁寧に描写されていく。チュフライ監督は1946年の生まれというから、彼にとって最も多感な時期を過ごした時代と言えるだろう。そんな彼の思い入れがたっぷりと詰まった映像美がとにかく素晴らしい。
 その一方で、平和な日常生活の水面下で暗躍するKGBの存在、半ば公然と中絶手術を行っている怪しげな病院、社会主義の建前とは裏腹に歴然と存在する生活格差など、穏やかな表層の裏に隠されたソヴィエトの実態が淡々と描かれていく。さらに、当時の人々の背負った様々な哀しみと苦しみの記憶。そして主人公たちを待ち受ける、あまりにも残酷で哀しい運命。その全てを包み込むチュフライ監督の視線の厳しさと暖かさに、激しく心を揺さぶられる。
 しかし、意外にもこの作品には完全な悪人が一人も出てこない。KGBの捜査官サヴェリェーフにしたって、本心では自分の任務に辟易している。出来ることなら、こんな事はしたくないと。しかし、全体主義社会では個人の自由は無いに等しい。自分の所属する組織・社会のために個を捨て去るしかないのだ。誰もが必至になって生き残ろうとしていた時代だったと言えるだろう。そんな登場人物たちに注がれるチュフライ監督の眼差しは大らかで暖かい。それだけに、悪夢のようなクライマックスが苦しいくらいに胸に痛いのだ。父グレゴリー・チュフライは偉大なるロマンチストでありヒューマニストであったが、その息子パーヴェルも確実にその精神を受け継いでいるように思われる。
 また、音楽を担当するエドゥアルド・アルテミエフにも注目したい。タルコフスキーやニキータ・ミハルコフの名作を数多く手掛けてきたロシア映画界を代表する名匠。本作でも往年の「愛の奴隷」や「鏡」といった作品を彷彿とさせる美しいスコアを聴かせてくれる。ロシア映画の伝統が息づいていることを実感させてくれて、古くからのファンならば思わず嬉しくなってしまうだろう。
 なお、主演の役者陣も素晴らしい。ヴィクトル役のイーゴル・ペトレンコは若い頃のメル・ギブソンを彷彿とさせる素朴な2枚目で、実に魅力的な若手俳優。対するヴェラ役のイェレナ・バベンコはロシアでも売れっ子の人気スターだが、性格俳優的な資質を持った優れた女優だ。そして、セーロフ将軍役のボグダン・ストゥプカ。いかにも軍人らしい強面の俳優だが、自殺しようとするヴェラを涙ながらに必至の思いで止めようとするシーンの演技は素晴らしかった。思わずもらい泣きをしてしまった。サヴェリェーフ役のアンドレイ・パニンもこの10年間で40本近くの映画に出演している名優だが、冗談を飛ばして人を油断させながら陰謀を張り巡らせる一筋縄ではいかないKGB捜査官を絶妙に演じている。美しい映像、哀しいストーリー、卓越した演技陣。往年のロシア映画を彷彿とさせる佳作だ。

 

Kosmos Kak Predchuvstvie (2005)
宇宙を夢見て
(日本では2006年に限定上映)

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(P)2005 Soyuz Video (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/87分/製作:ロシア

映像特典
劇場予告編
監督:アレクセイ・ウチチェリ
製作:セルゲイ・アヴルーチン
    アレクセイ・ウチチェリ
脚本:アレクサンドル・ミンダーゼ
撮影:ユーリ・クリメンコ
出演:イェフゲニー・ミロノフ
    イェフゲニー・ツィガノフ
    イリーナ・ペゴーバ
    イェレナ・リャドーバ
    セルゲイ・カチャーノフ
    マリヤ・クズネツォーバ

 こちらも雪解けの時代を背景にしたノスタルジックでほろ苦い人間ドラマ。モスクワ国際映画祭のグランプリ、ニカ賞の最優秀主演男優賞(イェフゲニー・ミロノフ)など数多くの賞に輝いた名作だ。
 時は1957年。フルシチョフが党大会でスターリン批判を行って世界を驚かせた翌年だ。人工衛星スプートニク一号の打ち上げが成功し、誰もが新しい時代の到来に胸を躍らせていた。フィンランドとの国境近くの港町でレストランのコックをしている若者コニョーク(イェフゲニー・ミロノフ)は、いつも通っているボクシング・ジムでよそ者の青年ゲルマン(イェフゲニー・ツィガノフ)と知り合う。ゲルマンは口数が少なくよそよそしいものの、ボクシングの腕前はずば抜けていた。そんな彼に興味を持ったコニョークは、町に慣れないゲルマンに何かと面倒を見てあげるようになる。ゲルマンの方も、素直で疑う事を知らない純朴な青年コニョークに心を開いていく。
 ゲルマンはいろいろと謎めいたところのある男だった。しばしば人気のない海岸で遠泳をしているし、ラジオでは西側の英語放送を聴いている。しかし、スポーツ万能で外国語まで堪能なゲルマンは、コニョークにとっては憧れのヒーローのような存在だった。休日には同じレストランで働く恋人のララ(イリーナ・ペゴーバ)や、その妹リマ(イェレナ・リャドーバ)と一緒に遊園地に行くなど、急速に親しくなるゲルマンとコニョーク。そんなある日、ゲルマンはコニョークに重大な秘密を打ち明ける。そう、彼はフィンランドへの亡命を計画していたのだ・・・・。

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コニョーク役のイェフゲニー・ミロノフ

ゲルマン役のイェフゲニー・ツィガノフ

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イリーナ・ペゴーバ(右)とイェレナ・リャドーバ(左)

のどかで美しい休日のひと時

 共産党のプロパガンダを信じて疑わない素朴で純粋な青年コニョークと、外の世界の真実を知ってしまった青年ゲルマン。この対照的な二人の友情を軸に、誰もがソヴィエトの未来を信じて疑わなかった古きよき時代を丹念に描いていく。アレクセイ・ウチチェリ監督は、日本でもシネフィルイマジカで放送された「作家の妻の日記」('00)でニカ賞の最優秀作品賞を受賞するなど、近年ロシアで高い評価を受けている人物だが、なるほどビジュアリストとしては一流だ。ただ、青春映画なのかサスペンス映画なのか、脚本に焦点が定まっていないために、結局何が言いたいのかイマイチ分からないのが残念。
 面白かったのは、あまりにも仲良すぎるゲルマンとコニョークの二人を、ララとリマが“男が好きなのかと思った”とからかうシーン。正確に言うと、“ほら、そういう人たちっているじゃない?”と間接的に匂わせるのだが、ソヴィエト時代にもゲイが暗黙のうちに存在していたことを物語るシーンで、ちょっと興味深かった。
 また、本作ではセットや衣装だけでなく、出演者がみな“昔の”ロシア人の顔をしているのも嬉しい。特にララ役のイリーナ・ペゴーバとリマ役のイェレナ・リャドーバが今風のスリムな美人ではなく、ちょっと太目で体格のいい陽気で可愛い女の子なのが非常に説得力あった。

 

Vremya Zhatvy (2004)
収穫期
(日本未公開)

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(P)2007 Kino International (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆

DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/ステレオ/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:ALL/67分/製作:ロシア

映像特典
なし

監督:マリーナ・ラズベズキーナ
製作:ナターリャ・ゼルツキーナ
脚本:マリーナ・ラズベズキーナ
撮影:イリーナ・ウラルスカヤ
音楽:アントン・シリャーエフ
音楽:リュドミラ・モトルナヤ
    ヴャチェフスラフ・バトラコフ
    ディミトリ・ヤコヴレフ
    ディミトリ・イェルマコフ
    スヴェトラーナ・イェフレモワ

 スターリン時代の貧しい農村を舞台に、国家のイデオロギーと全体主義に呑み込まれていってしまう女性の姿を描く女流監督マリーナ・ラズベズキーナの処女作。モスクワ国際映画祭で国際批評家連盟賞とロシア批評家特別賞し、イタリアのトリエステ映画祭やアメリカのシカゴ国際映画祭でグランプリを受賞している。
 舞台は1950年代初頭のロシア。貧しくものどかな生活を送るコルホーズ(集団農場)の農婦アントニーナ(リュドミラ・モトルナヤ)は明るくて朗らかな女性。二人の幼い息子と戦争で両脚を失ってしまった夫を抱えて、一家の大黒柱として働いている。彼女の夢は新しい生地でドレスを作ること。しかし、貧しい農村では服を作る布地そのものが不足している。そこで彼女はトラクターの運転手として人一倍働く。コルホーズで最も優秀な労働者として表彰されれば、ご褒美に新しい生地が貰えるかもしれないからだ。念願かなって表彰されたアントニーナ。しかし、彼女がご褒美として貰ったのは共産党の赤い旗だった。コルホーズの誉れとして赤い旗を大事にしまうアントニーナだったが、その旗をネズミに食われそうになる。心配で夜も眠れなくなってしまうアントニーナ。旗を台無しにしてしまえば、彼女だけでなく家族までもが“反政府分子”のレッテルを貼られてしまう。その上、周囲からは模範的な労働者として見られるようになった彼女は、次第に精神のバランスを崩していってしまう・・・。

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全体主義の落とし穴にはまっていくアントニーナ

古き良きロシアの穏やかな農村生活

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ゆったりと時間が流れるロシアの大自然

雨降りの日でさえも叙情的で美しい

 こうした皮肉で哀しいストーリーが、ドキュメンタリー・タッチで静かに語られていく。しかし、あまり悲惨な印象を残さないのは、ラズベズキーナ監督の素朴で大らかな演出の賜物だろう。全編に渡って織り込まれた、のどかで牧歌的なロシアの大自然は息を呑むくらいに美しい。穏やかな昼下がり、小川のせせらぎ、昼寝をする幼い子供を優しく抱きかかえる母。まるで絵画から抜け出てきたかのような映像が淡々と紡がれていく。その詩的でシンプルな作風は、ある時期のタルコフスキーを思わせる。また、ある種の幻想的なタッチはソクーロフにも通じるものがあるが、よりシンプルで叙情的なのは女性監督ゆえの繊細さか。1時間ちょっとという上映時間も程よく、何ともいえないノスタルジックな余韻を残す作品だ。

 

Svolchi (2006)
ブタ野郎ども
(日本未公開)

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(P)2006 VOX Video (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド・DTS/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/98分/製作:ロシア

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
フィルモグラフィー
劇場予告編
監督:アレクサンドル・アタネシャン
製作:ユーリ・クシュネリョフ
    ゲルヴォク・ネルセシャン
脚本:ウラジーミル・クーニン
    アレクサンドル・アタネシャン
撮影:ディミトル・ユシェンコフ
音楽:アルカディ・ウクプニク
出演:アンドレイ・パニン
    アンドレイ・クラスコ
    アレクサンドル・ゴロヴィン
    セルゲイ・リュチェンコフ
    アレクサンドル・ヴェルビツキー

 第2次大戦中のロシアを舞台にした異色の戦争映画である。何が異色かというと、主人公たちが全員子供なのである。戦時下で親を失い、貧しさから窃盗や殺人を犯した不良少年たち。陸軍はこうした少年たちを秘かに人里離れた訓練センターに送り、特殊部隊を組織していた・・・というわけだ。もちろん、あくまでもフィクションであり、史実に基づいているわけではないのだが、厳しい社会状況下で生きる目的や人間性を失った子供たちが、死と隣り合わせの毎日の中で友情や信頼、生命の尊さに目覚めていく過程をハードに描くユニークなアクション映画に仕上がっている。
 時は1943年。日々戦況が激化する中、ヴィシュネヴェツキー大佐(アンドレイ・パニン)は政府から極秘任務を通達される。それは、ナチス・ドイツの秘密部隊エーデルワイスの作戦を阻止するために、特殊部隊を育成すること。荒涼とした雪山の訓練所に集められたのは、様々な犯罪を犯して少年院に送られた子供たちだった。いずれもが戦争で親を失った孤児で、窃盗や恐喝、殺人を重ねてきた札付きのワルたち。訓練所に到着した早々から派手な喧嘩を繰り広げ、ヴィシェネヴェツキー大佐は途方に暮れる。こいつらをどうやって一人前の兵士に育て上げればいいのか?
 実戦を踏まえた過酷な訓練の中で、少年たちの友情や裏切り、孤独と苦悩、希望と恐怖のドラマが繰り広げられていく。ある者は訓練中の事故で死に、ある者は仲間との諍いからナイフで喉を掻っ切られて殺される。妻子を戦争で失ったばかりのヴィシュネヴェツキー大佐は、この非情な任務に大きな疑問を抱きつつも、心を鬼にして少年たちの育成に当たる。中でも有能なのがコット(アレクサンドル・ゴロヴィン)とチャパ(セルゲイ・リュチェンコフ)。荒んだ生活を送ってきたことから、初めは反抗的な態度だった二人だが、次第に大佐や人情家の教官パーシャ叔父さん(アンドレイ・クラスコ)とも打ち解け、お互い兄弟のように信頼しあうようになる。しかし、任務遂行の時は容赦なくやって来る。第一部隊のメンバーに選ばれたコットとチャパを複雑な思いで見送る大佐とパーシャ叔父さん。たとえ任務が成功しても、子供たちに生きて帰る事は許されていなかったのだ・・・。

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殺しだって日常茶飯事の少年院

大乱闘を繰り広げる不良少年たち

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複雑な思いの大佐(右)とパーシャ叔父さん(左)

いよいよ戦地に送られる子供たち

 まずは非行少年たちの大人顔負けのワルぶりが強烈だ。しかも、時折見せるあどけなさ、子供ならではの純粋無垢さが、彼らの歩んできた人生の過酷さを物語って説得力がある。また、彼らを教育する大人たちの苦しい心情も描きこまれており、なかなか骨太なドラマが展開する。パラシュート訓練でわざと仲間のパラシュートに細工して死なせてしまった少年を、大佐が見せしめのためにやむなく処刑するシーンでは、“なんでだよ?まだ子供なのに・・・”と呟きながら連行される少年の姿が切ない。ただ、コットとチャパがドイツ軍の真っ只中に飛び込んで任務を遂行する辺りからご都合主義が甚だしくなってしまい、感動の涙を狙ったクライマックスが嘘っぽく感じられてしまうのは残念。
 大佐役のアンドレイ・パニンとパーシャ叔父さん役のアンドレイ・クラスコの人間味溢れる演技も見事だが、やはり本作の最大の魅力は不良少年を演じる子役たちだろう。いずれも個性豊かで力強い演技が光る。しかも、なかなかの美少年揃いで、アイドル映画的な魅力もあるキャスティングだ。
 アタネシャン監督の演出は非常に今風で、ハリウッド・アクション的な激しいカメラワークや細かいカッティングが目立つ。MTVロシアの最優秀作品賞を受賞している事からも察せられるように、決してシリアスな戦記ものとしてではなく、若い観客をターゲットにした戦争アクションとして作られていると言えるだろう。その辺りが好き嫌いの分かれ目になるかもしれない。

 

Mechenosets (2006)
剣を持つ者
(日本未公開)

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(P)2006 Vox Video (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド・2.0chステレオ/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/110分/製作:ロシア

映像特典
劇場予告編
監督:フィリップ・ヤンコフスキー
製作:セルゲイ・セリャーノフ
脚本:
コンスタンチン・シンガイェフスキー
原作:イェフゲニ・ダニレンコ
撮影:マラト・アデルシン
音楽:イーゴル・ヴドビン
出演:アルチョム・トカチェンコ
    チュルパン・ハマートワ
    レオニド・グロモフ
    タチャーナ・リュタエワ
    アレクセイ・ザルコフ
    アレクセイ・ゴルブノフ

 フィリップ・ヤンコフスキー監督の最新作。ある特殊な能力を持って生まれてしまった青年の哀しくも残酷な物語だ。DVDジャケットだけ見るとハリウッド風のSFヒーローものを想像しがちだが、中身は全く正反対のロシア的アイロニーに満ちたファンタジックなロード・ムービーに仕上がっている。
 あてどもなく放浪を続ける青年サーシャ(アルチョム・トカチェンコ)。彼は呪われた運命を背負って生きてきた。幼い頃、義父に激しい暴行を受けている母親(アンジェリーナ・ミリムスカヤ)を助けようとした彼は、手の平から突然飛び出した剣で義父を惨殺してしまう。降りしきる雨の中、死体を海に捨てる母子。“このことは誰にも言ってはいけないよ”と呟く母親。しかし、怒りや悲しみといった感情が高まると手の平から飛び出す剣を、彼はコントロールする事が出来ない。以来、人目を避けるように生きてきた彼は、それゆえに様々な差別や迫害を受けてきた。一度は線路に手を置いて、通り過ぎる列車で手首を切り落とそうとした。しかし、特異体質の彼の手は無傷のままだった。決して逃れられない呪い・・・。
 そして大人になった今、ふとしたはずみで男を殺してしまったサーシャは、警察から追われる身となった。さらに、殺した男の裕福な母親ベラ(タチャーナ・リュタエワ)も、殺し屋を雇って彼の行方を追う。事情を察した母親は、暗闇に潜む息子になけなしの貯金を渡して見送る。頼る者もなく逃亡を続ける彼は、行く先々でかつて自分や母親を虐げた人間を次々と殺していく。誰にも愛されることのない彼は、すっかり復讐の鬼と化してしまった。
 そんなある日、迷い込んだアパートで彼はカーチャ(チュルパン・ハマートワ)という女性と出会う。一目で恋に落ちた二人は激しく愛し合う。カーチャとの触れ合いで、生まれて初めて人を愛することを知ったサーシャ。しかし、カーチャの男友達であるマフィアを殺してしまったことから、サーシャは窮地に追い込まれる。そして遂に警察に逮捕されてしまい、サーシャの特殊な能力を知っているカーチャは精神病院に幽閉されてしまう。どんなに過酷な警察の尋問にも耐えるサーシャだったが、カーチャの身にも危険が及ぶと知ったとき、彼の怒りは頂点に達する・・・。

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サーシャ役のアルチョム・トカチェンコ

サーシャとカーチャ(チュルパン・ハマートワ)

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息子の身を案ずる母(アンジェリーナ・ミリムスカヤ)

胴体を切断された殺し屋

 コンクリートや鋼鉄をも真っ二つにする剣が手の平から飛び出してしまうというサーシャ。まるっきり「Xメン」なのだが、あくまでも特殊な能力を持ってしまっただけの平凡な青年。その能力をどうコントロールしていいのか分からず、世間に背を向けて屈折してしまっている。そんな彼の苦悩と迷い、怒りと悲しみ、そして人間的な感情の目覚めをスタイリッシュに描いていくのが本作の大きな特徴だ。ゆえに、中盤までSFXを使ったシーンは殆どない。彼の特異体質についても、ストーリーの過程で徐々に明かされていくだけ。余計な説明や解説も一切ない。その辺りのインテリジェントな演出は、ヤンコフスキー監督の面目躍如たるところだろう。
 孤独なサーシャの心象風景を映し出したかのような荒涼としたモダンな映像美、クールなノワール・タッチの語り口、複雑で多面性に富んだキャラクター設定など、ハリウッド映画とは一味違ったアプローチは基本的に正解だったと思う。ただ、その一方でスタイルに比重を置きすぎるあまり、主人公の悲しみや怒りがなかなか伝わって来なく、クライマックスに突き進むに従って薄っぺらくなってしまったのは残念。とても印象的な作品ではあるが、心に残る作品としては今一歩及ばなかった。
 主演のアルチョム・トカチェンコは、非常に個性的な面構えをした俳優で、なかなか魅力的。特に目がインパクト強く、非常に官能的なムードを持った役者だ。カーチャ役のチュルパン・ハマートワは日本でも公開された「ツバル」('99)や「グッバイ・レーニン」('03)といったドイツ映画でもお馴染みの人気スター。その清楚で華やかな雰囲気は日本人にも親しみやすい。ここ数年、凄い勢いで次々と映画に出演しており、今後の活躍が大いに期待できる女優さんだ。

 

Zhest (2006)
ブリキ
(日本未公開)

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(P)2006 Vox Video (Russia)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆

DVD仕様(ロシアPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン/5.1chサラウンド/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:5/110分/製作:ロシア

映像特典
予告編

監督:デニス・ネイマンド
製作:ヴィクトル・タクノフ
    アルチョム・テレンチェフ
    ユスプ・バクシェフ
脚本:コンスタンチン・ムルゼンコ
撮影:ミハイル・ムカセイ
音楽:イーゴル・ヴドビン
出演:イェレナ・バベンコ
    アレクセイ・セレブリャコフ
    セルゲイ・シャクーロフ
    ミハイル・イェフレモフ
    ゴーシャ・クツェンコ
    ヴャチェスラフ・ラズベガイェフ
    アナトーリ・ベリーイ
    イーゴル・サヴォーチュキン

 最後に変な映画を1本。「羊たちの沈黙」路線のシリアル・キラー物かと思いきや、途中から何故か摩訶不思議なホラー・ファンタジーとなってしまう強引なストーリー展開。で、最後まで何を描きたいのかさっぱり分からないままに終わってしまう。それでいて、奇妙でヘンテコなバッド・テイストが頭にこびりついて離れないという怪作。ある意味で「不思議惑星キン・ザ・ザ」的なシュール感が味わえる。
 ヒロインのマリーナ(イェレナ・バベンコ)はタブロイド紙専門の女性ジャーナリスト。長年、様々な犯罪者の私生活などを取材してきたが、自分の追っていた精神異常者が目の前で射殺された事をに大きなショックを受け、第一線から退くことを考える。そこで、彼女が最後の仕事として選んだのが少女ばかりを狙った連続殺人鬼の取材。しかし、精神病院で隔離されていた殺人鬼が脱走してしまう。刑事と共にその足取りを追ったマリーナは、廃墟と化したダーチャ(別荘地)へとたどり着く。だが、突然現れた謎の男たちに刑事が殺されてしまう。間一髪で逃げ出したマリーナだが、まるで異空間の迷宮のようなダーチャから抜け出られなくなってしまう。
 ここからが、ある意味で本作の本領発揮。朽ち果てた別荘の中で暮らしている謎の男女。ここから出たくでも出られないという。入れ替わり立ち代り徘徊する謎の男たち。突然の家事で焼け死んだはずの彼らだが、まるで時間が逆戻りしたかのように再び現れる。そして森の中で馬に乗って現れるクリーチャー・マスクを被った騎士。心優しい殺人鬼。あまりにも混沌としすぎて、何が何だか分からなくなってしまうのだ。
 監督はこれが処女作のデニス・ネイマンド。どうも音楽ビデオ出身の人らしく、この複雑怪奇なカオスは初めから狙ったものなのかもしれない。が、とてもじゃないけど理解が出来ない。面白いのかつまらないのかさえも不可解だ。ヒロインのイェレナ・バベンコは“ヴェラの運転手”が素晴らしかったが、本作でもその美しさは十分に堪能できる。

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マリーナ役のイェレナ・バベンコ

引退を考えるマリーナだったが・・・

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ダーチャに閉じ込められたマリーナ

森に現れた謎の騎士

 こうして近年のロシア映画を見てみると、共産党時代や帝政時代への懐古趣味的な作品が目立つ事に気付く。特に、ソヴィエト崩壊後の混沌とした地獄を経験してきたロシア人にとって、何も知らなかった共産党時代の素朴でシンプルな生活は深い郷愁を誘うのかもしれない。もちろん、その反面で一党独裁は庶民に様々な犠牲と苦難を強いてきたのだが、それを含みおいてもなお心惹かれるものがあるようだ。ボク自身が共産党時代のモスクワで育っているだけに、少なからず共感できる部分はある。穏やかな表層の裏に様々な悲劇や困難、偽善があったにせよ、その一方で素朴でのどかな美しい時代だったように思う。
 また、「ナイト・ウォッチ」に代表されるようなハリウッドを意識した作品も数多い。そうした中で、試行錯誤を重ねながらロシア映画独自のエンターテインメントを模索している作品が目立っている。この分野に関しては、まだまだ発展途上にあると言わざるを得ないが、その努力の報われる日も近い将来やって来る事だろう。可能性を秘めた才能は確実に増えている。ここ数年でロシア映画全体が格段に進化してきているのは事実だ。再生するロシア映画に今後も注目していきたい。

 

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