ロシア・アニメーション傑作選
PART 3

 

雪の女王
Snezhnaya Koroleva (1957)
日本では1993年劇場公開(2007年リバイバル公開)
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)2008 Walt Disney Studio (Japan)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(日本盤)
カラー/スタンダードサイズ/モノラル/音声:ロシア語/字幕:日本語/地域コード:2/63分/製作:ソビエト

特典映像
短編アニメ『鉛の兵隊』
宮崎駿インタビュー
監督:レフ・アタマーノフ
原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
脚本:レフ・アタマーノフ
   ゲオルギー・グレーブネル
   ニコライ・エールドマン
撮影:ミハイル・ドルーヤン
美術:アレクサンドル・ヴィノクーロフ
   レオニド・シュワルツマン
音楽:アルテミー・アイヴァジャン
声優:ヤニーナ・ジェイモ
   アンナ・コモロワ
   ウラジーミル・グリブコフ
   マリヤ・ババノワ
   セルゲイ・マルチンソン
   ガリーナ・コジャーキナ

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語り部である夢の神様オーレ・ルゴイエ

仲の良い幼馴染のカイとゲルダ

2人はゲルダのお婆さんのお話に耳を傾ける

それは氷の宮殿に住む雪の女王のことだった

 ご存知、日本の宮崎駿や高畑勲に多大な影響を及ぼしたことでも名高いロシア・アニメーションの金字塔的傑作。アンデルセンの書いた童話を原作に、雪の女王に連れ去られた少年カイを連れ戻すべく旅へ出た少女ゲルダの一途でひたむきな姿を、素朴なロシア的情緒と絵画的幻想美によって描いた作品である。
 舞台は北国の小さな町。隣同士の家に住む少女ゲルダと少年カイは、強い絆で結ばれた幼馴染だった。ところが真冬のある晩、雪の女王を怒らせてしまったカイは呪いをかけられ、氷のように冷たい心の持ち主となってしまい、さらには遠く離れた氷の宮殿へと連れ去られてしまう。春になっても戻らないカイを心配したゲルダは、彼の行方を捜して連れ戻すために旅へ出ることに。大好きなカイを助けたい、もう一度会いたいというゲルダの一途な想いが、行く先々で出会う人々の心を動かし、やがて奇跡を起こしていくこととなる。
 何の見返りも求めず、ただただ大好きなカイを取り戻したいという想いだけで、過酷な運命に立ち向かいながら道を切り開いていく勇敢な主人公ゲルダ。宮崎アニメにおけるヒロイン像の原点となったわけだが、何よりも興味深いのはディズニー・アニメにおけるヒロイン像との明らかな違いであろう。
 そもそも、50年代までのソビエト・アニメはディズニーをお手本として発展してきた。しかし、『白雪姫』や『シンデレラ』に代表されるようなディズニーの受動的ヒロイン像とは対照的に、本作のゲルダは自ら進んで苦難に立ち向かい、自らの手で幸せをつかみ取る。最近でこそ『ポカホンタス』や『ムーラン』などで自立した強いヒロイン像を描くようになったディズニーだが、当時はまだ“女の子は王子様の登場を夢見て待ち焦がれるもの”という非常に保守的な概念のもとに、世界最大のアニメーション・スタジオとして多大な影響力を持っていたのだ。そう考えると、ソビエト・アニメが技術的な面ではディズニーを原点としつつも、その一方でメンタルな面では独自の進化を遂げていたことが理解できるだろう。
 そんなロシア的独自性というのは、本作の作画デザインにも色濃く見て取れる。実写の動きをトレースしたロトスコープや自然主義的な背景画の表現方法こそディズニー的ではあるものの、その幻想的で詩情溢れる美しさはディズニーの絢爛豪華なリアリズムとは一線を画していると言えよう。特に、真冬の大自然や氷の宮殿のため息が出るほどの美しさは必見。登場人物たちの豊かな感情表現にも目を見張るものがある。また、温もりのあるキャラクター・デザインも、日本人にとってはディズニー・アニメよりも親しみやすいはずだ。なにしろ、昔の東映長編アニメや「世界名作劇場」などは、本作の影響を少なからず受けているのだから。

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カイの冗談に怒った雪の女王は呪いの魔法をかける

別人のように意地悪になってしまったカイ

雪の女王はカイを連れ去って行く

カイを連れ戻すために旅へ出たゲルダ

 夢の神様オーレ・ルゴイエが語りはじめるお話。それは、とある北国の小さな町のこと。隣同士で暮らす幼馴染の少女ゲルダと少年カイは、いつも一緒に遊び、一緒にバラの花を育てる大の仲良しだった。ある冬の夜、2人はゲルダのお祖母さんから雪の女王の話を聞かされる。氷でできた雪の女王は氷の宮殿に暮らし、氷の鏡を覗きながら領地を見張っているというのだ。そして、夜になると道を通り抜け、家々の窓を覗きこむのだという。怖がるゲルダを見たカイは、暖かい暖炉に座らせたら雪の女王なんて溶けちゃうよ、と冗談を言って笑い転げてみせる。ところが、そんな2人の様子を雪の女王が氷の鏡を通して見ていた。
 怒った女王は吹雪を起こし、カイの目に氷のかけらを刺してしまう。それは魔法の呪いがかけられており、カイは氷のように冷たい心の持ち主となってしまった。別人のように意地悪になってしまったカイに心を痛めるゲルダ。それでも、彼女はなんとか元の心優しいカイに戻って欲しいと願う。だがある日、カイはゲルダの目の前で雪の女王に連れ去られてしまった。女王はカイの記憶を奪い、喜びも苦しみも感じることのない氷の宮殿へ住まわせる。
 春が訪れてもカイは戻ってこなかった。心配したゲルダは、カイの行方を捜すために旅へ出ることにする。何としてでも大好きなカイを見つけ、家へ連れ戻すのだ。湖へ靴を投げ入れたところ、ゲルダを乗せたボートが自然に動き出した。たどり着いたのは、美しい花々や草木に囲まれた豪邸。そこに住む良い魔法使いのお婆さんはゲルダのことを気に入り、彼女を眠らせて引き留めようとした。だが、目覚めたゲルダはバラの花を見てカイのことを思い出し、お婆さんに気付かれぬよう屋敷を抜け出す。しかし、外は既に秋だった。ゲルダは夏の間中眠っていたのである。
 カイの行方を求めてあてどなく彷徨うゲルダ。すると、カラスのカラッケがカイらしき少年の居場所を知っているという。そこは華やかなお城だった。人々が寝静まった頃を見計らって、カラッケと妻の手引きで城へと忍び込むゲルダ。しかし、少年はカイとは別人の王子様だった。ゲルダの身の上話に深く同情した王子様と王女様は、旅を続けるために馬車と食料、そして暖かい服を提供してくれた。
 ところが、ゲルダの乗った馬車は山賊の一味に襲われてしまう。山賊の娘は身なりのきれいなゲルダに興味を示し、自分の捕虜にして隠れ家へと連れ帰る。そこには沢山の動物たちが捕らわれていた。すると、その中のハトやシカがカイの行方を知っているという。事情を知った山賊の娘は憎まれ口を叩きながらも、ゲルダとシカを開放する。ゲルダの優しさに心を動かされ、他の動物たちも次々と逃がす娘。素直じゃない彼女だったが、本当は寂しがり屋で友達が欲しかったのだ。そうと知った動物たちは、泣きじゃくる娘にそっと寄り添うのだった。
 カイを追って雪原をひた走るゲルダとシカ。ようやくラップランドへとたどり着くものの、すでに雪の女王とカイはフィンマルケンへと移動していた。再び旅立つゲルダとシカ。迎えたフィン族の老女は雪の女王に適いっこないと首を振りながらも、もしかすると“無欲の愛”ならば勝ち目があるかもしれないと呟く。想いを貫くのだ、と。居てもたってもいられなくなったゲルダは、帽子も手袋も忘れてシカの背中へ飛び乗り、吹雪の中へと消えていく。
 しかし、ひたすら走り続けたシカは遂に力尽き、なんとか自力で歩こうとしたゲルダも雪の中へ倒れ込んでしまう。もはやこれまでかと思われたその時、ゲルダの目の前に氷の宮殿が姿を現した。果たして、ゲルダはカイにかけられた呪いの魔法を解き、生まれ育った町へと連れ戻すことが出来るのだろうか…?

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良い魔法使いのお婆さんはゲルダを引き留めようとする

カラスのカラッケはカイの行方を知っているという

そこは華やかなお城だった

王子様が別人と知ってガッカリするゲルダ

 個人的にロトスコープの動きというのは一歩間違えると気持ち悪いだけになってしまいかねないと感じるのだが、本作の場合はキャラクター造形の素朴で繊細なタッチのおかげもあってか、過剰なリアリズムを排除しつつ自然な滑らかさを生み出すことに成功していると思う。特に主人公ゲルダのひたむきな可憐さと、その対となる山賊の娘のダイナミックな逞しさは秀逸。荒々しい中にも豊かな感受性を秘めた山賊の娘なんかは、まさに見事な“演技力”だと言えよう。
 監督のレフ・アタマーノフは、1930年代初頭から活躍するソビエト・アニメのパイオニアの一人。1936年にはアルメニア共和国へと派遣され、同地にアニメ製作のノウハウを初めて広めた人物としても知られる。当時のソビエト政府はアニメーションを社会主義国家における児童教育の必要不可欠な手段と考え、国家規模でその製作体制の確立に取り組んでいた。アタマーノフ監督もその重要な担い手の一人だったわけである。
 40年代末にはモスクワのソユーズムリトフィルム(連邦動画スタジオ)へと移り、短編『黄色いこうのとり』(50)で国際的に脚光を浴びたアタマーノフ。インドの御伽噺をアニメ化した『黄金のかもしか』(54)ではカンヌ国際映画祭のアニメ部門特別賞に輝き、この『雪の女王』ではベネチア国際映画祭とカンヌ国際映画祭でそれぞれアニメ部門のグランプリを獲得している。
 なお、本作が日本へ初めてお目見えしたのは1960年のNHKによるテレビ放送。宮崎駿は東映動画労働組合主催の上映会で初めて見て衝撃を受けたのだという。また、アメリカでは1959年に劇場公開され、サンドラ・ディーにトミー・カークという当時の人気アイドルが声優を務めたほか、冒頭に実写のプロローグが追加されたり音楽や挿入歌をアメリカ独自のものに差し替えた上で上映されたらしい。主人公の名前もイヴェットとジョンといったように、アメリカ風に変えられたのだそうだ。

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王子様にもらった黄金の馬車で旅を続けるゲルダ

乱暴な山賊の娘はゲルダの話に心を動かされる

シカの背中に乗って雪原をひた走るゲルダ

力尽きようとしたゲルダの前に氷の宮殿が…

 

 

野の白鳥
Dikie Lebedi (1962)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)2004 IVC (Japan)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(日本盤)
カラー/ワイドスクリーン(レターボックス仕様)/モノラル/音声:ロシア語/字幕:日本語/60分/製作:ソビエト

特典映像
監督紹介
一口メモ
監督:ミハイル・ツェハノフスキー
   ヴェラ・ツェハノフスカヤ
原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
脚本:イェフゲニー・ルイス
   レオニド・トラウベルグ
撮影:レオニド・ペトロフ
美術:ナタン・レルネル
   マックス・ジェレブチェフスキー
音楽:アレクサンドル・ワルラモフ
声優:V・トゥマノワ
   アナトーリ・シシュキン
   アスコルド・ベッセジン
   イェレナ・ポンソワ
   セルゲイ・マルチンソン

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それは遠い遠い国でのお話…

美しい王女エリーザは11人の王子と仲良く暮らしていた

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あるとき王様は遠い国から新しいお妃を迎える

この新しい王妃の正体は恐ろしい魔女だった

 1950年代から60年代にかけて、世界のアニメーションは従来のディズニー的なフル・アニメーションから徐々に脱却し、スタイリッシュなグラフィック・アート的スタイルへと移行しつつあった。『ジェラルド・マクボイン・ボイン』で有名なアメリカのUPAなどはその代表格だし、当のディズニーも“シリー・シンフォニー”シリーズでグラフィック志向の強い短編を製作するようになっていた。その世界的なトレンドは60年代に入ってソビエト・アニメにも影響を及ぼすようになる。以前に当HPでも紹介したフョードル・ヒトルークの『フィルム・フィルム・フィルム』(68)なんかはその象徴なわけだが、この『野の白鳥』という作品もそうした新しい波の影響下で生まれた傑作と言えるかもしれない。
 原作は日本でもアニメ化されたことのあるアンデルセンの有名な童話。ヨーロッパのとある王国の王様が再婚したところ、この新しいお妃は邪悪な魔女だった。彼女は魔法を使って11人の王子を白鳥に変え、王女エリーザの顔を醜く変えて城から追い出してしまう。魔法の湖の力で元の姿に戻ったエリーザだったが、11人の王子たちは白鳥のまま。そこで、彼女は棘の生えたイラクサを編んで11枚の服を仕立て、王子たちの呪いを解こうとする。ただし、完成するまで一言も口をきいてはならない。そんな彼女をとある王国の若き王様が見初め、結婚を申し込んだ。しかし、王国の支配を企む宰相と僧侶がエリーザをなき者にしようと考え、彼女に魔女の嫌疑をかけてしまうのだった…。
 なによりもまず目を奪われるのは、スコープサイズの画面をめいっぱいに使った様式的な映像美の素晴らしさ。グラフィック・デザインのスタイルをふんだんに用い、極めて簡略化されていながらもエレガントで優美な世界を描き出している。クラシカルでありながら斬新。キャラクター動作には古典的なロトスコープの技術を活用しつつも、リアリズムを徹底的に排除した幾何学的作画デザインと単純化されたカラフルな色彩は驚くほどにモダンだ。
 さらに、全編に渡って演劇的な演出が施され、まるで観客席から舞台を見ているかのような構図が徹底されている。シーンの殆どがロング・ショットで、せいぜい近くへ寄ってもバスト・ショット止まり。これは、ロシアのお家芸であるバレエやオペラの雰囲気を再現しているのであろう。ともすると形式主義に陥りがちな手法ではあるが、本作の場合はそのグラフィカルな作画デザインとの相乗効果もあって、それこそ絵本をめくっているかのような感覚を体験することができる。
 そのストーリーやセリフには、貧しい民衆へ対して“忍耐の美徳”を説くソビエト的プロパガンダがプンプンと臭うものの、それはそれで日本の古典的な左翼派道徳アニメと大して変わらないことを考えれば気にもなるまい。僧侶が悪人扱いされているのも社会主義プロパガンダの定石だ。ここは是非とも、そのモダンで洗練された映像美を心行くまで堪能したいところ。実に見事な映画である。

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エリーザを醜い姿に変えてしまおうとする王妃

11人の王子たちも白鳥にされて追い払われてしまった

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何も知らずに目覚めたエリーザ

王様は醜い少女をエリーザと気付かずに追い出してしまう

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数年後、エリーザを探しに故郷へ戻ってきた白鳥たち

王子たちはこの醜い娘がエリーザだとは到底信じられなかった

 それは遠い遠い国でのお話。王様には11人の王子と美しい一人娘エリーザがいた。天真爛漫で仲睦まじい子供たち。まだ幼いエリーザはしっかり者で、亡き王妃に代わって王子たちの母親的な役割を務めていた。ところが、あるとき王様は遠い国から新しいお妃を迎えることとなる。子供たちに冷たい視線を投げかけるお妃。いつかきっと私たちを可愛がって下さる、と信じるエリーザだったが、その淡い期待は見事に裏切られた。
 この新しい王妃の正体は恐ろしい魔女だった。子供が大嫌いな彼女は、魔法を使って彼らを追い払おうと画策する。まずは毒薬から作った三匹のカエルを使って、エリーザを醜くて頭が悪くて心の汚れた少女にしてやろうとする王妃。しかし、エリーザの優しさに心打たれたカエルたちは、あっという間にバラの花となってしまう。頭に来た王妃は毒薬を寝ているエリーザの顔に直接塗り、肌の黒くて醜い少女にしてしまった。さらに、王妃は11人の王子たちにも魔法をかけ、その姿を白鳥にした上で城から追い払ってしまう。
 翌朝、何も知らずに目覚めたエリーザは、王子たちの姿がないことを怪訝に思う。自分の姿が別人のように変わってしまったことも気づかずに。しかし、彼女を見た王様から怪しい侵入者だと間違えられてしまい、まるで犯罪者のように城から追い出されてしまった。湖の水面に映った自分の顔を見て悲嘆に暮れるエリーザ。優しいお婆さんの話から王子たちが白鳥に変えられたことを知るが、もはや探す手立てはない。身寄りのない彼女は、お婆さんの家で暮らすこととなった。
 それから数年後。白鳥の王子たちはエリーザを探すために故郷の城へと舞い戻って来た。だが、そこに彼女の姿はない。すると、丘の上で昼寝をしている若い娘がいる。だが、その顔はエリーザとは似ても似つかないくらい醜かった。目を覚ましたエリーザは、傷ついたシカが魔法の湖へ飛び込んで元に戻る様子を発見する。もしかしたら、自分も元の姿に戻れるかもしれない。だが、彼女には湖へ飛び込む勇気などなかった。その時、エリーザは白鳥たちの存在に気付く。自分がエリーザだと必死で説得するものの、やはり王子たちは信じてくれない。そこで彼女は意を決し、崖の上から魔法の湖へと身を投じるのだった。
 思った通り元の美しい姿へと戻ったエリーザは、王子たちとの再会を喜び合う。昼間は白鳥の姿をしている王子たちだが、夜になると人間の姿へ戻ることが出来た。彼らは海を隔てた遠くの国に住んでいるのだという。エリーザは自分も連れて行って欲しいと王子たちに懇願するのだった。
 翌朝、ハンモックに乗せられて王子たちと共に大空へ飛び立つエリーザ。目的地までは延々と海が続いており、その途中にある大きな岩で一夜を過ごさねばならない。やがて嵐に巻き込まれて悪戦苦闘する一行だったが、なんとか日没直前に岩へとたどり着くことが出来た。その晩、エリーザは一匹のカラスと知り合う。そのカラスが言うのには、王子たちの魔法を解く方法が一つだけあるらしい。
 それは、王子たちが暮らしている洞窟のそばに生えているイラクサ、もしくは墓地に生えているイラクサを使い、11枚の服を編むというもの。棘だらけのイラクサを必ず素手で摘み、よーく柔らかくした上で糸を紡いでいくのだ。そうして出来上がった服を1枚づつ白鳥たちに投げれば、もとの人間の姿に戻るのだという。しかし、一度その仕事を始めたら完了するまで一言も口をきいてはいけない。もしその掟を破ったら、王子たちは死んでしまうのだという。それは非常に過酷な方法だが、エリーザは実行することを誓うのだった。
 長旅もようやく終わり、一行は海の向こうの王国へとたどり着いた。兄弟たちが暮らすのは海辺の洞窟。昼間は白鳥の姿で食料を探しに出かけ、夜になると人間の姿になって戻ってくる。エリーザは王子たちが留守の間、黙々とイラクサの服を編み続けるのだった。そんなある日、狩りをしていた若き王様が美しいエリーザを見初め、お城へと彼女を招く。王様は一言も口をきかない彼女を黙って受け入れ、イラクサを編む作業も続けさせてくれた。やがて王様はエリーザとの結婚を決意し、彼女にプロポーズをする。ところが、王国のご意見番である宰相はそのことが気に食わなかった。というのも、宰相は国の政治を好きなようにコントロールするため、自分の息のかかった娘を王妃にしようと画策していたのである。
 そこで、宰相は腹黒い僧侶と結託してエリーザに魔女の嫌疑をかけて逮捕し、裁判で有罪判決を出させてしまう。なんとか彼女を救おうと奔走する王様。その頃、エリーザの行方を探す王子たちも城へと向かっていた…。

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魔法の湖によってもとの美しい姿へ戻ったエリーザ

王子たちは夜になると人間の姿へ戻るのだった

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ハンモックに乗せられて大空へと旅立つエリーザ

カラスから王子たちの魔法を解く方法を教えてもらう

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海の向こうの国へと到着した一行

エリーザは黙々とイラクサの服を編むのだった

 監督はソビエト・アニメ草創期から活躍するミハイル・ツェハノフスキーと妻のヴェラ・ツェハノフスカヤ。実はこのツェハノフスキーという人物、グラフィック・アート的アニメの先駆者的存在でもあるのだ。1929年に処女作『郵便』で颯爽とアニメ界へ登場したツェハノフスキーは、“レニングラード派”と呼ばれる絵本作家グループのメンバーでもあり、その抽象的で幾何学的な作画デザインで異彩を放つ存在だった。まさに時代を遥かに先駆けた前衛的アニメーション作家だったと言えよう。しかし、折からのスターリン体制下における芸術表現の厳しい締め付けで、彼のスタイルは“形式主義”だと激しく非難され、その作家活動は極端に制限されることとなってしまった。
 それでもツェハノフスキーは細々とながらアニメーションの制作に携わり続け、ディズニー風のフルアニメーション映画『蛙になったお姫さま』(54)などで時の体制になんとか迎合しつつ、不遇の時代が過ぎ去るのを辛抱強く待ち続けた。フルシチョフによる雪解けの時代に作られた本作は、まさに彼のアニメ作家としてのキャリアの集大成であり、ようやく表現の自由(少なくともスタイルにおいて)を得ることが出来たという喜びと解放感に溢れていると言えよう。当時のツェハノフスキーは72歳。その年齢を全く感じさせない瑞々しい表現力には驚かされる。そんな彼がブレジネフによるネオ・スターリン体制の興隆を目の当たりにしながら、75歳でこの世を去らねばならなかったのは何とも皮肉だ。

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狩りの途中だった若き王様がエリーザを見初める

エリーザを心から愛して結婚を決意する王様

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国の支配を企む宰相と腹黒い僧侶はエリーザを貶めようとする

魔女の嫌疑をかけられて牢獄へつながれてしまったエリーザ

 

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