Respiro (2002)

 

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(P)2003 Sony Pictures Classics (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/5.1chサラウンド/音声:イタリア語/字幕:英語/地域コード:1
/95分/製作:イタリア・フランス

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:エマヌエーレ・クリアレーゼ
製作:ドメニコ・プロカッチ
脚本:エマヌエーレ・クリアレーゼ
撮影:ファビオ・ザマリオン
主題歌:パティ・プラヴォー
出演:ヴァレリア・ゴリーノ
   ヴィンチェンツォ・アマート
   フランチェスコ・カシーサ
   エリオ・ジェルマーノ
   ヴェロニカ・ダゴスティーノ
   フィリッポ・プチッロ
   アヴィー・マルチアーノ
   ムッツィ・ロッフレード

 

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ランペドゥーサ島に暮らす若い母親グラツィア(V・ゴリーノ)

息子たちが彼女の数少ない理解者だ

 イタリアはシチリアの離島ランペドゥーサを舞台に、閉鎖的な村社会に生きる自由奔放で感受性豊かな女性とその家族の姿を描いた佳作。照りつける太陽と真っ青な地中海、荒々しくも豊かな大自然、そこで昔ながらの生活を守り続ける人々。まさしく、イタリア映画の誇るネオレアリスモの伝統を受け継いだ作品と言えるだろう。
 主人公は3人の子供を持つ主婦グラツィア。島の大自然と海をこよなく愛し、漁師の夫と子供達を誰よりも愛し、肉体と魂の自由を愛する女性だ。しかし、その奔放かつ大胆で予測不可能な行動に、家族や周囲の人々は戸惑いを禁じえない。それゆえに閉鎖的な村では奇異の目で見られ、様々な誤解を受けることも多く、村人からはなかなか理解されないでいる。
 そんな彼女に唯一理解を示し、世間から守ろうと孤高奮闘するのが、思春期を迎えた長男パスカーレ。本作はそのパスカーレの目を通して、抑圧された自由な魂の解放を神話のごとき幻想感の中で描いていく。
 日本では“イタリア映画際2003”にて『グラツィアの島』というタイトルで上映されたものの、正式な劇場公開はおろかソフト発売すらされることのなかった作品。しかし、カンヌ映画祭では批評家週間グランプリと若手批評家賞の2部門を獲得し、シルバー・リボン主演女優賞(V・ゴリーノ)、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀製作者賞(D・プロカッチ)など数多くの映画賞を受賞した名作だ。

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そんな息子たちも、自由奔放過ぎる母親の行動に振り回される

夫ピエトロ(G・アマート)も妻の言動を持て余していた

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親戚や友人たちはグラツィアを精神科医に診せようと考えている

母を守ろうと決意する長男パスカーレ(F・カシーサ)

 シチリアから遠く離れたヨーロッパ最南端の島ランペドゥーサ。貧しい漁村では、人々が昔ながらの生活スタイルを守りながら暮らしている。男たちは漁船に乗って海へと向かい、女たちは缶詰工場で魚を加工する毎日。子供たちは半裸のまま海辺の岩場を駆け巡り、幾つかのグループに分かれて喧嘩に明け暮れていた。
 そんな腕白少年の一人パスカーレ(フランチェスコ・カシーサ)には、グラツィア(ヴァレリア・ゴリーノ)という若く美しい母親がいる。仕事も家事もろくにせず、昼間からラジオの音楽に耳を傾けながら寝ているグラツィア。そうかと思えば、漁船の手伝いをしているパスカリーノや弟フィリッポ(フィリッポ・プチッロ)を連れ出し、ヴェスパに乗って海辺へと向かい、人目も気にせず裸になって海水浴を楽しむ。
 何ものにも束縛されず、自由気ままに毎日を生きているグラツィア。それゆえに、周囲の人々からは変人扱いされているのだが、パスカリーノはそんな母親を誰よりも愛していた。
 しかし、周囲の人々は彼女の突飛な行動や気象の激しさに手を焼いている。夫ピエトロ(ヴィンチェンツォ・アマート)も妻を愛してはいるが、彼女の自由奔放さを持て余しているような状態。祖母ノンナ(ムッツィ・ロッフレード)や友人たちはグラツィアの悪影響を心配し、ミラノの精神科医に彼女を診せようと考えていた。
 ある日、ピエトロはグラツィアが可愛がっていた犬を、しつけが悪いという理由で村の保健所へ連れて行ってしまう。それを知ったグラツィアは、村人が見ている前でフランス人旅行者の男性に色目を使い、彼らのボートに乗り込もうとした。恥をかかされたピエトロは激怒し、フランス人と殴り合いの喧嘩になる。
 それでもグラツィアの怒りはおさまらず、彼女は村はずれの保健所へと向い、扉を開けて犬たちを解き放ってしまった。たちまち村中は大パニックに。男たちはライフルを手に暴れ狂う犬たちを射殺し、なんとか事態を収拾させる。
 この一件でグラツィアに対する村人たちの目はより一層厳しいものとなった。ピエトロや友人たちは、無理やりにでも彼女をミラノへ行かせることにする。もちろん、グラツィアは激しく抵抗し、人々が寝静まった明け方に家を出て行ってしまう。
 それに気付いたパスカーレは母親を追いかけ、海辺の洞穴の中で彼女をかくまうことにした。もちろん、誰にも秘密だ。毎日、父親や祖母らに気付かれないよう、母親のもとへ食事や着替えを届けるパスカーレ。
 一方、ピエトロや友人たちはグラツィアの行方を必死になって捜していた。そんな時、海岸で彼女の衣服が発見される。パスカーレがわざと置いたものだった。人々はグラツィアが自殺したものと考え、ピエトロは悲嘆に暮れた。
 やがて訪れたサン・バルトーロの祭り。燃えさかる炎を見つめていたピエトロは、海の中で泳ぐグラツィアの姿を発見する・・・。

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3人乗りしていたグラツィアと子供たちはパトカーに止められる

グラツィアの長女に惹かれる新米警官(E・ジェルマーノ)

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缶詰工場で働くグラツィアはトラブル・メーカーでもあった

海はグラツィアの怒りや不満を和らげてくれる場所だ

 封建的なシチリア地方を舞台に、周囲から誤解を受ける自由奔放な女性を描いた作品といえば、ジーナ・ロロブリジーダの『パンと恋と夢』(53)からモニカ・ベルッチの『マレーナ』(00)に至るまで、イタリア映画では枚挙に暇がない。つまり、さんざん語りつくされてきた題材だと言えるだろう。
 それでもなお、本作が独特の魅力を放っているのは、舞台となるランペドゥーサ島の大自然や地形を十二分に生かした幻想的な映像と、今なお変わらぬ素朴な漁村の生活をドキュメンタリー・タッチで丁寧に捉えながら、グラツィアという無垢で感受性豊かな女性の物語をまるで古代神話のように描いていくユニークな語り口のおかげと言える。
 監督はこれが長編2作目となるエマヌエーレ・クリアレーゼ。ニューヨーク大学で映画演出を学んだイタリア人で、処女作“Once We Were Strangers”(97)はアメリカで撮影された。母国イタリアでの監督作はこれが初めてだ。
 生まれも育ちもローマというクリアレーゼ監督だが、家族のルーツはシチリアにあるという。それだけに、そのシチリアへ対する想いには特別なものがあり、ニューヨークに住むシチリア出身の不法移民を主人公にした処女作以来、一貫してシチリアを題材にした物語を描き続けている。
 本作でもグラツィアの物語を主軸に据えながら、全編に渡ってシチリア地方の庶民の生活を余すことなくカメラに収めている。特に子供たちの生き生きとした日常の描写は実に瑞々しく、その粗野で暴力的な遊びまでもが、どこか甘いノスタルジーのようなもので包み込まれているのが面白い。
 出店の老婆が魚と物々交換で子供たちにお菓子や玩具を売っていたり、子供たちが対立するグループの子供を全裸にひん剥いてボコボコにしたりと、まるで戦後の貧しい時代そのままの光景が繰り広げられていく。長女マリネッラ(ヴェロニカ・ダゴスティーノ)と新米警官(エリオ・ジェルマーノ)のデート現場に幼い次男フィリッポが割り込み、女家族の貞操を守るのは男の役目とばかりに監視するというエピソードも、『誘惑されて棄てられて』や『イタリア式離婚狂想曲』の頃から変わらぬシチリア地方のライフスタイルを感じさせてくれる。
 出演者の大半が地元出身の素人俳優という点も含めて、これはクリアレーゼ監督によるイタリア映画の伝統とシチリアの伝統に対する、溢れんばかりの愛とノスタルジーの詰まった映画と言えるかもしれない。

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日頃から喧嘩の傷が絶えないパスカーレ

島の子供たちにとって喧嘩は日常茶飯事の儀式だ

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夫への怒りから保健所の犬を解放してしまうグラツィア

村人たちのグラツィアに対する反感は頂点に達した

 製作を手掛けたドメニコ・プロカッチは、ジュゼッペ・ピッチョーニの『青春の形見』(87)やセルジョ・ルビーニの『殺意のサン・マルコ駅』(90)、カルロ・カルレイの『フライト・オブ・ジ・イノセント』(92)など、80年代から若手監督の意欲作を数多く手掛けてきた気鋭のプロデューサー。最近でもカンヌ映画祭の審査員特別グランプリに輝いたマッテオ・ガローネの『ゴモラ』(08)や、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞3部門を獲得したアントニオ・ルイジ・グリマルディの“Caos calmo”などの話題作・秀作を次々と世に放っている人物だ。
 撮影を担当したファビオ・ザマリオンは、ジュゼッペ・トルナトーレの『題名のない子守唄』(06)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞した撮影監督。フェルザン・オズペテクの“Un giorno perfetto”(08)やフランチェスカ・アルキブージの“Questione di cuore”(09)など、このところ名匠の作品には欠かせないカメラマンとなりつつある。
 そして、本作のテーマ曲として印象的な使われ方をしているのが、イタリアの誇るディーヴァ、パティ・プラヴォーによる往年の大ヒット曲“La bambola”。ビガス・ルナ監督の『バンボラ』(96)でも主題歌として使われていた名曲だ。本作ではグラツィアの愛唱歌として、冒頭でラジオから流れてくる。美しいだけの人形のように愛され棄てられる女の哀しみを唄った歌詞が、周囲の無理解に苦しむ自由奔放な美女グラツィアの姿と重なって象徴的だ。

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夫までもが自分を精神病院へ送ろうと考えていることに愕然とする

パスカーレは海辺の洞窟で母親をかくまうことにしたのだが・・・

 主人公グラツィアを演じるのは、『レインマン』(88)や『ホット・ショット』(91)シリーズ、『フリーダ』(02)などのハリウッド映画でもお馴染みの女優ヴァレリア・ゴリーノ。近年は母国イタリアを拠点に活躍しているが、中でも本作は彼女にとって代表作とも呼べる名演。その自由でナチュラルな演技には目を見張るものがある。
 その夫ピエトロ役を演じているヴィンチェンツォ・アマートは、クリアレーゼの処女作“Once We Were Strangers”以来の常連俳優。その他、パスカーレ役のフランチェスコ・カシーサやマリネッラ役のヴェロニカ・ダゴスティーノなどはいずれもランペドゥーサ島出身の素人俳優で、本作への出演をきっかけにプロの俳優として活躍するようになっている。
 また、マリネッラとデートする新米警官役を演じているエリオ・ジェルマーノは、ヴァレリア・ゴリーノやヴィンチェンツォ・アマートと並び、本作の中でも数少ないプロの映画俳優。ダニエレ・ルケッティ監督の『マイ・ブラザー』(07)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞主演男優賞を受賞し、ヨーロッパ映画界期待の新星として近年国際的にも注目を集めている若手スターだ。ダリオ・アルジェント監督の『DO YOU LIKE HITCHCOCK?』(05)でも、ヒッチコック・マニアの学生ジュリオ役で主演していた。現在はロブ・マーシャル監督のハリウッド・ミュージカル“Nine”(09)に出演している。

 

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