HARD TO FIND FILMS
ハリウッド・クラシック編

 

 映画館に地上波テレビ、レンタル・ビデオ、スカパー、WOWOW、ケーブル、インターネットなどなど、今や様々な媒体で24時間映画を楽しめる時代。見れない映画なんてないんじゃないかとも思えるけど、意外とそうでもないのが実情。よくよく考えれば、毎年300〜400本という映画が劇場で公開され、それ以外にもビデオ・DVDのみで発売される作品やテレビ放送のみで紹介される作品も数多い。そうなると、どうしても新しい作品やハリウッドのメジャー大作中心のラインナップに偏らざるを得なくなっていき、古い映画やマイナーな映画を見るチャンスはどんどんと減っていく。昔はよくテレビで放送されていたのに、最近ではレンタル店にも置いていないという作品だって結構多い。
 また、若い人は古い映画を見ないという理由から、海外ではDVD発売されているような名作でも、日本では滅多に見る機会がないという例も少なくない。どんなに素晴らしい映画であっても、見たことのある人が少なければ語られることもなくなっていく。そうやって忘却の彼方に消えつつあるような映画を、日本盤・輸入盤で手に入るDVDの情報と共に、これから折に触れて数本づつまとめて紹介していきたいと思う。

 

 

 

ピンナップ・ガール (1944)
Pin Up Girl
(日本盤DVDも発売中)

PIN_UP_GIRL-DVD.JPG
(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/84分/製作:アメリカ

映像特典(※日本盤は映像特典なし)
評論家リチャード・シッケル音声解説
スチル・ギャラリー
未公開シーン集
オリジナル劇場予告編
監督:ブルース・ハンバーストーン
製作:ウィリアム・ル・バロン
脚本:ロバート・エリス
    ヘレン・ローガン
    アール・ボールドウィン
撮影:アーネスト・パーマー
音楽:ジェームズ・モナコ
出演:ベティ・グレイブル
    ジョン・ハーヴェイ
    マーサ・レイ
    ジョー・E・ブラウン
    ユージン・パレット
    デイヴ・ウィロック

 第2次世界大戦中のアメリカで最も好まれたのは、ミュージカル映画とコメディ映画だった。戦時下という暗い状況の中で、現実を忘れさせてくれるような明るい映画を大衆が求めるのは当然だったと言えるだろう。それゆえに、他愛のないストーリーと賑やかなミュージカル・ナンバーで観客を楽しませるような作品が大量に生産されていた。その中でも、あらゆる意味で代表的な一本と呼べるのが、この「ピンナップ・ガール」である。
 その最大の理由は、主演のベティ・グレイブル。彼女こそ、戦時中のアメリカを代表するトップ・スターだった。ちょっとポッチャリしていて、決してずば抜けた美人ではないが、陽気で明るくて親しみやすい。グラマラスでセクシーなのにもかかわらず、健康的で全く嫌味がない。しかも、アメリカ人の大好きなブロンド。まさに、当時の全米国民が求めていた健全で理想的な女性像そのものだった。特に彼女が水着姿で後ろを振り返るポーズのピンナップはアメリカ兵がこぞって戦地に持参し、ベティ・グレイブルは“ピンナップ・ガール”の愛称で親しまれるようになった。文字通り時代を象徴する存在だったと言えるだろう。その彼女の愛称を堂々と冠した本作は、まさにベティ・グレイブル人気を決定付ける大ヒットとなったのだ。

PIN_UP_GIRL-1.JPG PIN_UP_GIRL-2.JPG PIN_UP_GIRL-3.JPG

ロリー(B・グレイブル)と親友ケイ(D・ケント)
「ピンナップ・ガール」より

帰還したトミー(J・ハーヴェイ)とダッド(D・ウィロック)
「ピンナップ・ガール」より

変な顔をして別人のふりをするロリー
「ピンナップ・ガール」より

 ベティが演じるのは軍人クラブに勤める女性ロリー・ジョーンズ。地元のミズーリで“ピンナップ・ガール”として若い兵士たちに大人気の彼女は、明るくて気立ては優しいものの、軽はずみな嘘をつくという悪い癖がある。どうせもう会うこともないからと、言い寄ってくる兵士たちのプロポーズを次々とオーケーしてしまうので、既に婚約した相手は500人以上。大親友のケイ(ドロテア・ケント)も、ロリーの一挙一動にはヒヤヒヤさせられっぱなしだ。
 休暇でニューヨークへ遊びに行ったロリーとケイは人気のナイトクラブへ行くが、予約がなかった為に入ることが出来なかった。折りしもニューヨークでは、戦争の英雄トミー・ドゥーリー(ジョン・ハーヴェイ)の帰還で祝賀ムードが高まっていた。それを思い出したロリーは、とっさにトミー・ドゥーリーと待ち合わせしていると嘘をついてテーブルに案内してもらう。どうせ本人が来るはずもないし・・・と思っていたら、そのトミー・ドゥーリー本人がやって来てしまった。困った彼女は、自分はブロードウェイのスターだと嘘をついて、何とかその場を切り抜けようとする。しかし、クラブのプロデューサーであるエディ(ジョー・E・ブラウン)がトミーの友人で、ロリーはいきなりステージで歌わされる羽目に。しかも、そんな彼女にトミーはぞっこん惚れてしまう。
 その後、ワシントンの海運省にタイピストとして赴任したロリーとケイ。ある日、トミーと親友ダッド(デイヴ・ウィロック)の2人が海運省にやって来る。正体がバレてはまずいと慌てたロリーは、何とか変装して誤魔化そうとする。その変装にまんまと騙されたトミーは、目の前にいるのがロリー本人とは気付かず、彼女への愛を切々と語り始めた。その言葉を聞いて、ついついロリーの知人を名乗ってしまうロリー(笑)。話の流れで、二人のデートをセッティングする羽目になった。
 いつの間にか、虚像の自分とトミーとの間を繋ぐキューピッド役になってしまったロリー。果たして彼女はトミーに真実を告げることが出来るのか?しかも、間の悪いことにロリーの“婚約者”の一人がワシントンにやって来てしまい、彼女の存在を疎ましく思っているクラブ歌手モリー(マーサ・レイ)は彼を利用して2人の仲を裂こうと画策する。

 これぞ究極の戦中ミュージカル!という感じの一本。当時の典型的なミュージカル映画のあらゆる要素が詰まった作品と言えるだろう。若い兵士と歌手・女優の恋、合間に挿入される華やかな歌とダンス、人気コメディアンを脇に配したキャスティング、人気ミュージシャンやエンターテイナーのゲスト出演などなど。どちらかというと、バラエティ・ショーに近いノリの作品だ。
 現在ではミュージカルというと、軸となるストーリーの中に歌と踊りが散りばめられるというスタイルが一般的だが、戦前・戦中のミュージカルは歌と踊りの間にストーリーが挿入されるのが典型だった。同じベティ・グレイブル主演の「ドリー・シスターズ」('45)にしろ、オールスター・キャストの戦意高揚映画「ハリウッド玉手箱」('44)にしろ、みんなこのスタイルを踏襲している。ストーリーは殆んど有って無いも同然で、ミュージカル・ナンバーを見せるための道具に過ぎない、というのが当時の典型的なミュージカルだったと言えるだろう。
 そのストーリーも、基本的にはシリアスな要素を一切排除している。恋人や家族を戦地へ送り出した悲しみ、いつ自分が戦争に行くことになるかもしれないという不安、そうした一般大衆の辛い現実を束の間だけでも忘れさせるのが、当時の映画の重要な役割だった。この能天気なまでの明るさというのも、逆に言えば当時の世相の不安や暗さを反映しているのかもしれない。いきなりステージに立たされた素人のロリーが見事な歌とダンスを披露するなんて現実にはあり得ない話だが、それが許されてしまうような時代だったと言えるだろう。誰も映画にリアリズムなど求めてはいなかったのだ。
 それゆえに、どう見ても同一人物でしかないロリーの中途半端な変装にトミーがまんまと騙されたり、ミュージカル・スターを名乗るロリーの素性を誰一人として疑わなかったりと、信じられないくらいに都合の良い展開が繰り広げられていく。あまりにも不自然なのだが、作り手側に全く迷いがないという事もあってか、何故かそのご都合主義が逆に気持ち良いのだから不思議。次から次へと繰り広げられる笑いと歌とダンス。それに身を任せていれば、細かいことはどうだっていい。そんな大らかさが妙に懐かしく感じられる。

PIN_UP_GIRL-4.JPG PIN_UP_GIRL-5.JPG PIN_UP_GIRL-6.JPG

ロリーご自慢の脚線美
「ピンナップ・ガール」より

コミカルな歌を披露するマーサ・レイ(右)
「ピンナップ・ガール」より

お猿さん顔が印象的なジョー・E・ブラウン
「ピンナップ・ガール」より

 ミュージカル・シーンの振り付けを担当したのはハームス・パン。アステア&ロジャースの「トップ・ハット」('35)や「有頂天時代」('36)などの振り付けで知られる人だが、ここでは珍しくバスビー・バークレイを彷彿とさせる華やかでスケールの大きなダンス・シーンを見せてくれる。特にローラー・スケートを駆使した華麗なダンス・シーンは見ものだ。
 監督のH・ブルース・ハンバーストーンはコメディからターザン映画まで様々なジャンルを手掛けた職人だが、ソーニャ・ヘニー主演で「銀盤セレナーデ」('41)というアイス・スケート・ミュージカルも撮っており、ローラー・スケート・シーンはその実績が買われてのものだったのかもしれない。
 ベティ・グレイブルは、さすがに当時全盛期だけあって、キラキラと光り輝くようなオーラを放っている。女優としても歌手としても、特に際立って上手い人ではないが、そのあっけらかんとした個性を生かした女性ロリー役は彼女のイメージそのもの。まさに当たり役だ。
 もともと20世紀フォックスのドル箱ミュージカル・スターだったアリス・フェイが仕事よりも結婚を選んでしまったことから、その後釜として白羽の矢を立てられたのがベティだった。有名になるためだったらどんな仕事でもする、というベティはスタジオの幹部たちにも気にいられ、一時期はハリウッドで最もギャラの高い女優だった。ただ、戦後は急速に人気が衰えてしまい、50年代半ば以降はブロードウェイの舞台に専念するようになったという。
 ちなみに、戦時中だったということもあって、日本では彼女の代表作の殆んどが劇場公開されなかった。それゆえに、日本では知名度の低い女優だったと言わざるを得ないだろう。戦後の公開作「百万長者と結婚する方法」('53)にしても、共演の若手マリリン・モンローやローレン・バコールにすっかりお株を奪われた状態だった。
 そのベティの相手役を演じるジョン・ハーヴェイはいかにもアメリカ的な若者だが、実はイギリスの出身。当時デビューしたばかりで、これが2本目の映画出演作。そして、唯一の大役でもあった。その親友ダッドを演じるデイヴ・ウィロックは150本近くの映画に出演している脇役だったが、そのルックスがあまりにもフランク・シナトラに似ていた為に大成できなかった人。彼らの上司である軍人役のユージン・パレットはエルンスト・ルビッチ作品など数多くの名作に出演している俳優。熊のような顔と巨体で親しまれた、ハリウッド黄金期を代表する名脇役だった。
 あと、本作で注目しておきたいのはマーサ・レイとジョー・E・ブラウンの2人だろう。ベティのライバル的役柄のマーサ・レイは当時アメリカで絶大な人気を誇ったエンターテイナーで、特にブロードウェイの舞台やラジオの音楽ショーで全米に親しまれていた。ベット・ミドラー主演の「フォー・ザ・ボーイズ」は、彼女をモデルにしていると言われている。映画出演はあまり多くないが、チャップリンと共演した「殺人狂時代」('47)が特に印象深い。
 一方のジョー・E・ブラウンも全米で知らない人はいないくらいに人気だったスタンダップ・コメディアン。「劇場王ブラウン」('32)や「ブラウンのサーカス」('34)、「ブラウンの千両役者」('35)など、日本でもその名前を冠した主演作が次々と公開されていた。「お熱いのがお好き」('58)で女装したジャック・レモンに惚れてしまう大富豪を演じた役者として記憶している人も多いだろう。この、戦前・戦中のアメリカを代表するトップ・エンターテイナーたちの芸を見ることが出来るのも、本作の大きな魅力だと思う。
 なお、アメリカ盤DVDに収録されている映像特典は、何故か日本盤には全く収録されていない。劇場公開時に削除されてしまった未公開シーンがふんだんに盛り込まれているので、興味のある方は輸入盤を購入することをお薦めしたい。

 

 

魅惑 (1948)
Enchantment
(日本盤DVDは未発売)


ENCHANTMENT-DVD.JPG
(P)2005 MGM (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:英語・フランス語・スペイン語/地域コード:1/製作:アメリカ・イギリス
監督:アーヴィング・ライス
製作:サミュエル・ゴールドウィン
脚本:ジョン・パトリック
原作:ルマー・ゴッデン
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:エミール・ニューマン
出演:デヴィッド・ニーヴン
    テレサ・ライト
    イヴリン・キース
    ファーリー・グレンジャー
    ジェイン・メドウス
    レオ・G・キャロル
    ジジ・ペロー

 20世紀初頭と第二次世界大戦下という二つの時代のロンドンを舞台に、二世代に渡る愛の模様を丁寧に描いていくメロドラマの佳作。何故か日本では評判が悪かったようだが、その上品で香しい語り口と流麗でスタイリッシュなカメラ・ワークはなかなか素晴らしい。また、デヴィッド・ニーヴンとテレサ・ライトという主演の顔合わせも、日本の映画ファンにはアピールしなかったのかもしれない。欧米では名優として尊敬されている二人だが、どうも日本人好みの役者ではなかったようだ。映画はスターで見るものという傾向が強かった時代ゆえに、興行的な失敗は仕方なかったのかもしれない。

ENCHANTMENT-1.JPG ENCHANTMENT-2.JPG ENCHANTMENT-3.JPG

純情で奥手な青年ローランド(D・ニーヴン)
「魅惑」より

清楚で芯の強い女性ラーク(T・ライト)
「魅惑」より

優しいローランドの心を開く幼いラーク(G・ペロー)
「魅惑」より

 オープニングは第二次世界大戦下のロンドン。大通りに面した一軒の館に一人のアメリカ人女性がやって来る。彼女の名はグリゼル・デイン(イヴリン・キース)。アメリカ軍の婦人部隊に所属する彼女は、祖父の弟である退役将軍ローランド・デイン(D・ニーヴン)を訪ねて来たのだった。今はローランドと執事の2人しか住んでいないこの館にも、かつては賑やかな家族が住んでいた。ふと、妙な懐かしさを覚えるグリゼル。
 そして、館はかつてここに住んでいた少女ラークの物語を語り始める。幼くして両親を列車事故で失ったラーク(ジジ・ペロー)は、親戚であるデイン家に引き取られた。なかなか新しい家族に打ち解けることの出来ないラークを、心優しいローランドは暖かく見守る。やがて成人したローランドとラーク(テレサ・ライト)は実の兄妹のように仲睦まじかったが、彼らがお互いにそれ以上の好意を抱いていることに気付いた長女セリーナ(ジェイン・メドウス)は、2人を遠ざけようとする。ラークは心優しくて控えめだが、同時に聡明で芯の強い女性でもあった。そんな彼女を、ローランドの兄ペルハム(フィリップ・フレンド)も女性として意識するようになる。
 ラークを巡って秘かに対立するようになるローランドとペルハム。そんな2人を見かねたセリーナは、ラークを邪悪な寄生虫だと激しくののしる。だが、セリーナにはラークを嫌う別の理由があった。早くに両親を失ったデイン家では、セリーナが長女であり母親でもあった。若くして一家の大黒柱となったセリーナは、弟たちの面倒を見るために恋愛も諦めてきたのだった。しかし、死んだ両親は幼い頃から大人しくて優しいラークを実の娘以上に可愛がっていた。周囲の誰もがラークを愛していたのだ。気位の高いセリーナはそれを許すことが出来ず、子供の頃からラークに辛く当たってきた。そして今、弟たちが彼女を巡って争っている。セリーナは激しく高まる嫉妬心を抑え切れなかったのだ。
 心の中ではローランドを愛しているが、ペルハムを拒絶する事も出来ない。思い悩んでいたラークだったが、2人を破滅させてしまうつもりなのかというセリーナの言葉に決心を固める。以前から彼女に思いを寄せていた別の男性とアメリカに渡ることにしたのだ。こうして何も言わずに去っていったラークを、ローランドは今でも深く愛していた。
 あれから既に40年以上の歳月が流れた。グリゼルがローランドのもとを訪れたのと時を同じくして、ラークの甥っ子である青年パックス(ファーリー・グレンジャー)がロンドンにやって来る。お互いに惹かれあいながらも、その思いを打ち明けられないでいるパックスとグリゼルを見て、ローランドは若き日の自分とラークの姿を重ね合わせた。いよいよパックスが出征するという日、ローランドはグリゼルに助言を与える。急いでパックスの後を追うグリゼルだったが、ドイツ軍によるロンドン大空襲が始まっていた・・・。

ENCHANTMENT-4.JPG ENCHANTMENT-5.JPG ENCHANTMENT-6.JPG

お互いに愛情を育むローランドとラーク
「魅惑」より

ラークに冷たく接する長女セリーナ(J・メドウス)
「魅惑」より

グリゼル(E・キース)とパックス(F・グレンジャー)
「魅惑」より

 まず、館の独白で語られるというオープニングとエンディングの構成が非常にユニークで洒落ている。どことなくお伽噺的な雰囲気が漂うのも、そのおかげだろう。そして、二つの時代の物語が交互に展開していく脚本の妙。中でも、ライティングや部屋の空気感で過去と現在の切り替えを的確に表現するスタイリッシュなカメラワークは絶品。撮影を担当したのはグレッグ・トーランド。巨匠ウィリアム・ワイラーの「嵐が丘」('39)でオスカーを受賞し、「歴史は夜作られる」('37)や「怒りの葡萄」('40)、「市民ケーン」('41)、「我等の生涯の最良の年」('46)など数え切れない程の名作を手掛けてきた大物カメラマンだ。
 一方、演出を手掛けたのは中堅監督アーヴィング・ライス。一説によると、実質的にはグレッグ・トーランドが現場を仕切っていたとも言われているので、ライス監督は最終的なまとめ役といったポジションだったのかもしれない。ライス監督のフィルモグラフィーを振り返ってみても、本作は明らかに毛色が違う。「ビッグ・ストリート/愛しき女への挽歌」('42)や「死を呼ぶ名画」('46)など、彼はどちらかというと大味で泥臭い演出をする典型的な職人監督。本作のスタイリッシュなビジュアルやきめ細かい叙情感は、やはりトーランドの功績なのだろう。
 日本では「ナバロンの要塞」('61)や「ピンクの豹」('63)、「007/カジノ・ロワイヤル」('67)など、粋で洒落た英国紳士といった印象の強い俳優デヴィッド・ニーヴンだが、本作では純情で奥手な青年時代と愛する人の面影に生きる晩年のローランドを丁寧に演じ分けている。
 一方のテレサ・ライトは、清らかで淑やかで芯の強いラークそのもの。ヒッチコック監督の「疑惑の影」('42)や名作「我等の生涯の最良の年」('46)など、当時は清純派の娘役として引っ張りだこだった女優だが、地味な顔立ちのせいか日本ではあまり人気が出なかった。ちなみに、少女時代のラークを演じているジジ・ペローは、グリア・ガースン主演の「キュリー夫人」('43)やベティ・デイヴィス主演の「愛の終焉」('44)などで人気だった名子役。
 一方、年老いたローランドを訪ねる女性グリゼルを演じるのはイヴリン・キース。「風と共に去りぬ」('39)でスカーレット・オハラの妹役を演じた事でも知られる女優だが、どちらかというと恋愛スキャンダルの多さで名を馳せた人だった。そのため映画女優としては大成しなかったわけだが、本作でもどこか我の強さを感じさせる表情や演技が気になってしまい、聡明で堅実なグリゼルという役柄には少々不似合いだったかもしれない。
 また、ヒッチコックの「ロープ」('48)やヴィスコンティの「夏の嵐」('54)で有名なファーリー・グレンジャーがパックス役を演じているが、彼もニューロティックな美青年というのが売りだっただけに、爽やかなオール・アメリカン・ボーイというのはちょっとイメージではなかったと思う。後年、ゲイであることをカミング・アウトしているが、やはり彼は耽美的で陰のある役柄が似合っている。このグリゼルとパックスのキャスティングが、本作では最大の難点だったと言えるかもしれない。

 

 

群衆の中の一つの顔 (1957)
A Face in the Crowd
(日本盤DVDは未発売)

A_FACE_IN_THE_CROWD-DVD.JPG
(P)2005 Warner Bros. (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語・スペイン語/地域コード:1/
126分/製作:アメリカ

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
(アンディ・グリフィス、パトリシア・ニール、アンソニー・フランシオサら出演)
オリジナル劇場予告編
監督:エリア・カザン
製作:エリア・カザン
脚本:バッド・シュールバーグ
原作:バッド・シュールバーグ
撮影:ハリー・ストラドリング
    ゲイン・レシャー
音楽:トム・グレイザー
出演:アンディ・グリフィス
    パトリシア・ニール
    アンソニー・フランシオサ
    ウォルター・マッソー
    リー・レミック
    パーシー・ワラム
    ロッド・ブラスフィールド

 日本では「欲望という名の電車」('51)や「波止場」('54)、「エデンの東」('54)、「草原の輝き」('61)といった人間ドラマや青春ドラマの名作で知られる巨匠エリア・カザンだが、その一方でアメリカ社会の矛盾や不正を告発する社会派の映画監督としても重要な作品を残している。それが、ユダヤ人差別を痛烈に批判した「紳士協定」('47)であり、この「群衆の中の一つの顔」と言えるだろう。
 エリア・カザンといえば、やはり赤狩りについて言及せねばなるまい。これは50年代のアメリカに吹き荒れた現代の魔女狩りと言えるもので、上院議員ジョセフ・レイモンド・マッカーシーが1950年2月に行った告発に端を発するものだった。205人の共産主義者が国務省で働いているという事を告発したマッカーシーは、自ら国内の反米活動を調査する非米活動委員会を組織し、過去・現在に渡って共産党に属していた人々を次々と社会的に抹殺して行った。その告発の魔手はハリウッドにも及び、ハリウッド・テンと呼ばれた人々を筆頭に、多くの映画人が共産主義者のレッテルを貼られ、実質的に業界から追放されていった。その中に、エリア・カザンも含まれていたのだ。
 元共産党員だったカザンは1952年に非米活動委員会から呼び出されたが、司法取引の末に11人の友人を共産主義者として告発し、自らの窮地を免れた。さらに、ニューヨーク・タイムスに“私は共産主義者ではない”という趣旨の広告を自費で出し、赤狩りの悪夢を何とか切り抜けたのだった。しかし、自らの保身のために友人を売ったという行為は映画界内外からの強い反感を生み、98年にアカデミー特別賞を受賞した際も多くの映画人が席を立たずに憮然とするという異例の事態を招いた。
 ただ、カザン自身は当時本当に共産主義がアメリカに対して脅威である感じ、当初からマッカーシーの強硬姿勢に賛同していたのだと語っている。そして、そんな彼の考えを根底から覆したのがテレビという新しいメディアの台頭だった。1954年3月9日、CBSテレビのドキュメンタリー“See It Now”がマッカーシーを批判する番組を放送したことをきっかけに、反マッカーシズムの流れが生まれた。非米活動委員会の作成した共産主義者リストが偽造であり、多くの人々が不当な嫌疑のもとに社会的地位を奪われていた事が次々と発覚して行った。その辺りは、ジョージ・クルーニー監督の映画「グッドナイト&グッドラック」('05)で見事に描かれている。これをきっかけに、マッカーシーは没落していったわけだが、カザンはテレビというメディアの多大な影響力に強い衝撃を受けたという。
 1950年代はテレビが大衆メディアとして急速な成長を遂げた時代。人々の生活は、この小さな絵の映る箱を中心に回るようになっていった。テレビの大衆に与える影響の大きさを目の当たりにしたカザンは、もしこれが意図的に悪用されたら恐ろしいことになるかもしれないと強く感じたという。そこから誕生したのが、「群衆の中の一つの顔」という作品だったわけだ。
 口が達者で歌が上手いだけの粗野な男が、テレビというメディアの流す一方的なイメージによって大衆のヒーローに祀り上げられ、しまいには政治にまで利用されていく。日本でも小泉劇場や亀田一家問題など、テレビの生み出す虚構に踊らされる一般大衆という図式は未だに根強く存在する。製作から50年という歳月を経ても、テレビというメディアが内包する危険性というのは何一つ変っていない。だからこそ、改めて見直してみたい作品なのではないかと思う。

A_FACE_IN_THE_CROWD-1.JPG A_FACE_IN_THE_CROWD-2.JPG A_FACE_IN_THE_CROWD-3.JPG

粗暴なロンサムに興味を抱くマーシャ(P・ニール)
「群衆の中の一つの顔」より

ラジオに出演して一躍人気を得るロンサム(A・グリフィス)
「群衆の中の一つの顔」より

すっかり大衆のヒーローとなったロンサム
「群衆の中の一つの顔」より

 舞台はアーカンサスの田舎町。ローカル・ラジオ局の女性レポーター、マーシャ(パトリシア・ニール)は、取材先の刑務所でロンサム・ローズ(アンディ・グリフィス)と呼ばれる不思議な男と出会う。田舎弁丸出しのむさ苦しい男だったが、やたらと歌が上手く口が達者で、その態度は少々横柄だが憎めないところがある。早速、マーシャは自らのラジオ番組にロンサムを出演させたところ、たちまち地元の人気者となってしまう。
 やがて、その評判を聞きつけたテレビ・プロデューサー、メル・ミラー(ウォルター・マッソー)の招きでテレビ界に進出することとなったロンサム。いつしか彼に惹かれていったマーシャは、マネージャーとしてロンサムに付いて行く。その粗野だが庶民的なキャラクターでテレビの人気者となったロンサム。しかし、次第に彼は自分の名声に溺れ、己の力を過信していくようになる。大企業のCMのイメージ・キャラクターに起用されたところ、自ら宣伝会議に出席して言いたい放題のロンサム。まるで重役気取りで威張り散らすが、彼の人気にあやかりたい人々はその暴走を止める事が出来ない。
 いよいよその人気が頂点まで高まってくると、今度は彼のイメージを利用するために政治家がアプローチをしてくる。政界の人々のご機嫌取りに浮かれきったロンサムは、自ら政治家への野心を燃やすようになっていく。しかし、陰で大衆をあざ笑い、自らの名声や利益しか眼中にないロンサムを目の当たりにしたマーシャは大きく失望していた。遂に意を決したマーシャは、テレビ中継の最中に彼の本当の姿を全国に放送してしまうのだった・・・。

A_FACE_IN_THE_CROWD-4.JPG A_FACE_IN_THE_CROWD-5.JPG A_FACE_IN_THE_CROWD-6.JPG

ロンサムをテレビに起用するメル・ミラー(W・マッソー)
「群衆の中の一つの顔」より

テレビのCMにも起用されるロンサム
「群衆の中の一つの顔」より

変わり果てていくロンサムを危惧するマーシャ
「群衆の中の一つの顔」より

 脚本を担当したのはバッド・シュールバーグ。赤狩りの際に、カザンと共に非米活動委員会に協力した人物だ。シュールバーグにとっても、カザンにとっても、本作には贖罪の意味があったのかもしれない。作り上げられたイメージによって踊らされる大衆、力を持つ者に寄り集まっては甘い汁を吸おうとする人々。メディアによって牛耳られた現代社会の落とし穴を痛烈に告発する脚本と演出には、一切の迷いも揺るぎもない。その一貫した力強い批判精神には、誰もが感嘆せざるを得ないだろう。
 一介の田舎者からメディアの生み出した時代の寵児へと成り上がるロンサム・ローズを演じるのはアンディ・グリフィス。60年代にテレビ・ドラマ“Andy Griffith Show”で全米の人気者となる俳優だが、これが映画デビュー作に当たる。教養のない愚かな田舎者が、周囲から祀り上げられることによって勘違いをしていく、その止まるところを知らない暴走ぶりを圧倒的な迫力で演じて秀逸だ。ただの“群衆の中の一つの顔”だった男が、メディアによって怪物へと変貌していく皮肉。正体を暴かれたロンサムがたどっていく悲惨な末路は、彼自身も犠牲者であるということを強く物語っている。
 そのロンサムを側で見守る女性マーシャを演じるのが名女優パトリシア・ニール。明日のスターを期待されながらゲイリー・クーパーとの不倫スキャンダルで一時期映画界を追われ、執念でカムバックを果たすと共に「ハッド」('62)で見事にアカデミー主演女優賞を受賞。その直後に発作に襲われ危篤状態に陥り、半身不随となったものの、やはり執念でリハビリを克服して再度のカムバックを果たした。その映画以上にドラマチックな私生活でも知られている女優だが、本作はスキャンダル後のカムバック出演作に当たる。美人女優から本格的な演技派へ。そこには、一度失望させてしまった大衆に再び認めてもらおうという強い決意があったに違いない。本作でも、ロンサムという男の不思議な魅力に強く惹かれながらも、ジャーナリストとしての使命感と社会正義に突き動かされていく一人の女性の姿を生々しく演じている。
 この一見すると地味だが、確固たる実力と存在感を持った二人の主演俳優の存在も、本作の持つ強烈なリアリズムに大きく貢献していると言えるだろう。エリア・カザン作品の中でも見過ごされがちな一本だが、その普遍的で力強いメッセージ性は未だに衰える事を知らない。アメリカ映画史の中でも、最も過小評価されている作品の一つだと思う。
 なお、本作のアメリカ盤DVDには撮り下ろしのドキュメンタリーが収録されており、脚本のシュールバーグや主演のアンディ・グリフィス、パトリシア・ニール、アンソニー・フランシオサらのインタビューを交えながら、撮影時のエピソードだけではなく当時の社会背景まで詳しく解説されている。

ANDY_GRIFFITH.JPG PATRICIA_NEAL.JPG ANTHONY_FRANCIOSA.JPG

アンディ・グリフィス

パトリシア・ニール

アンソニー・フランシオサ

 

 

巴里の評判娘 (1938)
The Rage Of Paris
(日本盤DVDは未発売)

THE_RAGE_OF_PARIS-DVD.JPG
(P)2005 Alpha Video (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★☆☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/78分/製作:アメリカ

映像特典
なし
監督:ヘンリー・コスタ
製作:B・G・デシルヴァ
脚本:ブルース・マニング
    フェリックス・ジャクソン
撮影:ジョセフ・ヴァレンタイン
音楽:チャールズ・プレヴィン
出演:ダニエル・ダリュー
    ダグラス・フェアバンクス・ジュニア
    ルイス・ヘイワード
    ミーシャ・オウアー
    ヘレン・ブロデリック
    チャールズ・コールマン
    ハリー・ダヴェンポート

 最近でも「8人の女たち」('02)や「ゼロ時間の謎」('07)など、既に90歳を過ぎていながら現役バリバリのフランスを代表する大女優ダニエル・ダリュー。その彼女のハリウッド進出第一弾に当たるのが、この「巴里の評判娘」だ。当時のダリューといえば、ハリウッド・リメイクもされたアナトール・リトヴァグ監督の傑作「うたかたの戀」('35)で、フランスのみならず日本やアメリカなど世界中の注目を集めていた時期。フランス映画界最高の美女、とまで呼ばれていたものだった。ヨーロッパの人気女優を輸入してくることに長けているアメリカ映画界なだけに、彼女のハリウッド・デビューもごく当たり前の流れだったと言えるだろう。
 その大女優ダニエル・ダリューを迎えるに当たって、製作のユニバーサル映画は超一流の布陣を用意していた。まず監督には前年の「オーケストラの少女」('37)でユニバーサルを破産の危機から救った名匠ヘンリー・コスタ。さらに、その「オーケストラの少女」を手掛けたブルース・マニングと、コスタ監督のハンガリー時代からの盟友でマックス・オフュールスの初期作品なども手掛けているフェリックス・ジャクソン(フェリックス・ヨアキムソン)を脚本に充てた。
 そして、相手役にはダグラス・フェアバンクス・ジュニア。ハリウッドの帝王と呼ばれた大スター、ダグラス・フェアバンクスを父親に持ち、母親も全米有数の大富豪の娘という誰もが羨むサラブレッド。しかも、父親以上にハンサムな容貌に恵まれたスポーツマンで、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いの人気スターだった。
 まさに申し分のない顔ぶれが揃った作品だったが、残念ながらユニバーサルの期待するほどの大ヒットとはならなかった。さらに、ヨーロッパの政情が不安定になってきたことから、ダニエル・ダリュー自身がフランスに戻ることを希望し、彼女のハリウッド進出はこれ一本だけとなってしまった。
 とはいえ、当時のエルンスト・ルビッチやフランク・キャプラを彷彿とさせる洒脱なユーモアとほのぼのとした暖かさはなかなか秀逸で、これはこれで非常に良く出来たスクリューボール・コメディに仕上がっている。

THE_RAGE_OF_PARIS-1.JPG THE_RAGE_OF_PARIS-2.JPG THE_RAGE_OF_PARIS-3.JPG

パリからやってきた娘ルイーズ(D・ダリュー)
「巴里の評判娘」より

資産家ビル(L・ヘイワード)を射止めるルイーズ
「巴里の評判娘」より

ルイースに惹かれていくジム(D・フェアバンクスJr)
「巴里の評判娘」より

 主人公はパリからアメリカにやってきたばかりの若い娘ニコール(ダニエル・ダリュー)。殆んど一文無しの彼女は職を捜し求めるが、残念ながら行く先々で断られてしまう。そこで、モデル・エージェントに潜り込んでオーディションを受けようとするが、会場の住所を間違ってしまい、セクシー写真のモデル・オーディションに参加してしまった。しかも、あろうことか同じビルに事務所を構えるビジネスマン、ジム(ダグラス・フェアバンクス・ジュニア)を審査員と勘違いしてしまい、彼の前で次々と着ているものを脱いでしまったのだ。
 すっかり意気消沈をするニコールだったが、下宿先の女将さんには家賃を払わないと追い出すと脅かされ、まさに八方塞となってしまう。そんな彼女にアイディアを貸したのが、元女優というちょっと怪しげな下宿仲間グロリア(ヘレン・ブロデリク)。彼女の知人である一流ホテルの支配人レヴェドヴィッチ(ミーシャ・オウアー)と組んで、玉の輿作戦を開始することになる。レヴェドヴィッチの協力で一流ホテルに宿泊し、グロリアの女優時代の衣装を借りて、まんまと上流階級のフランス女性に変装したニコールは、彼らの入れ知恵でホテルに宿泊する独身の大富豪を誘惑しようというのだ。
 そんな彼女たちの作戦に引っかかったのが、若くて純粋なカナダ人の資産家ビル・ダンカン(ルイス・ヘイワード)。ビルをすっかりその気にさせたルイーズだったが、ディナーのテーブルに現れたビルの大親友を見て愕然とする。先日、彼女のあられもない失態を目撃したビジネスマン、ジムだったのだ。すぐにビルがルイーズに騙されていることに気付いたジムだったが、天真爛漫で無邪気なルイーズを何故か憎めない。とはいえ、親友が騙されるのを黙って過ごすわけにもいかない。
 なんとか、ビルにルイーズを諦めさせ、ルイーズにも詐欺から足を洗うように仕向けようとするジム。一方のルイーズも、引くに引けない状況で強情を張ってみせるが、男らしくてチャーミングなジムにいつしか惹かれていく。

 というわけで、粋で都会的なラブ・コメディの隠れた秀作。洒落を効かせたハッピー・エンドがまた心憎い。ゲーム感覚で男を騙しながらも、全く悪びれたところのないルイーズを演じるダニエル・ダリューのキュートな小悪魔ぶりも魅力的だ。コメディエンヌとしても類稀な才能があった事が良く分かる。
 当時のハリウッドでは既にヘイズ・オフィスによる倫理規定の締め付けが厳しくなっていたので、なかなかリスキーな題材は扱えなかったが、本作では主演のダニエル・ダリューがフランス人だという事もあってなのか、当時としてはかなり自由奔放で独特のモラル観念を持ったヒロイン像が描かれているのも面白い。
 相変わらずハンサムで洒脱な色男ぶりを見せるダグラス・フェアバンクス・ジュニアも魅力的だが、ルイーズに騙されてしまう青年資産家ビルを演じるルイス・ヘイワードの繊細な2枚目ぶりもいい。日本では劇場公開作の少ない俳優だが、品の良い上流階級の紳士を演じさせたら天下一品の名優だった。
 また、ホテルの支配人を演じるミーシャ・オウアーも秀逸。ロシアからの移民で、非常にハンサムな顔立ちをした俳優だったが、ロシア語訛りが強かったせいか、その俳優人生を脇役一筋で過ごした人物。フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語など語学に堪能だったこともあり、世界各国の映画にも出演。実に150本以上の映画に出演した、ハリウッドの隠れた名バイプレイヤーだった。
 なお、本作は製作元のユニバーサルが著作権の更新をしなかったせいなのか、現在ではパブリック・ドメインとなっており、アメリカでは画質の悪いビデオやDVDしか流通していない。日本でも過去にビデオで発売されたことがあったが、やはり使用されていたのはPD素材だった。このアルファ・ビデオ版はその中でも、比較的状態の良いマスターを使用しているが、それでもフィルム上の傷みが随所に目立ち、音声も全編に渡ってヒス・ノイズが激しい。やはり優れた映画は良い画質で見たいもの。ユニバーサルが倉庫の奥から本作のネガ・フィルムを掘り出してくれる日が来ることを願うばかりだ。

 

 

Miss V from Moscow (1942)

MISS_V_FROM_MOSCOW-DVD.JPG
(P)2005 Alpha Video (USA)
画質★☆☆☆☆ 音質★☆☆☆☆

DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/66分/製作:アメリカ

映像特典
なし

監督:アルバート・ハーマン
製作:ジョージ・M・メリック
脚本:アーサー・セイント・クレア
    シャーマン・ロウ
撮影:マルセル・ル・ピカード
出演:ローラ・レイン
    ノエル・マディソン
    ハワード・バンクス
    ポール・ウィーゲル
    ジョン・ウォスパー

 これはユニークな作品。第2次大戦の直前に製作されている映画だが、何とナチス・ドイツと闘うソヴィエトの女スパイの活躍が描かれている。ハリウッド映画の歴史を振り返っても、ソヴィエトのスパイを主人公にした映画というのは前代未聞だろうと思う。それも女性。しかもヒーロー。配給を担当したのは、当時ハリウッドで最も貧乏な映画会社だったPRC。まあ、話題性を狙って作った映画であろうことは想像に難くないが、共にナチス・ドイツを相手に戦う仲間という当時の国際情勢も背景にあったのだろう。

 ヒロインの名はヴェラ・マローヴァ(ローラ・レイン)、コード・ネームは“ミス・V”だ。パリで捕えられたナチの女スパイが彼女に瓜二つだったことから、クレムリンはドイツ軍の秘密作戦を暴くためにヴェラを潜入スパイとして送り込む。パリに到着したヴェラは、ナチの高官であるアントン・クレイス将軍(ノエル・マディソン)に接近する。既にナチ側にはソヴィエトから女スパイが送り込まれたという情報は入っていたが、ヴェラは本物のナチ・スパイが持っていたシガレット・ケース(ヒトラーから贈られたもの)を見せて将軍を信用させた。
 ヴェラの美貌に惑わされたクレイン将軍は、酔った勢いでモスクワに向うアメリカ軍の航空部隊を撃墜するというナチの作戦を喋ってしまう。早速、その情報をクレムリンに送るヴェラ。しかし、ナチスは不穏な動きを察知して計画を変更していた。やがて、ヴェラの正体に気付き始めるクレイン将軍。そんな折、ヴェラは屋敷の物陰に隠れていたアメリカ軍のパイロット、スティーブ(ハワード・バンクス)を助ける。ナチの野蛮な計画から連合軍を救うために協力し合う二人だったが、やがてお互いに恋心が芽生えていく・・・。

MISS_V_FROM_MOSCOW-1.JPG MISS_V_FROM_MOSCOW-2.JPG MISS_V_FROM_MOSCOW-3.JPG

ソヴィエトの女スパイ、ヴェラ(L・レイン)
“Miss V from Moscow”より

クレイン将軍(N・マディソン)に接近するヴェラ
“Miss V from Moscow”より

全く強そうに見えないヒーロー(H・バンクス)
“Miss V from Moscow”より

 文字通りソヴィエトとアメリカが手を取り合ってナチスと闘うという、赤狩り以降なら絶対に考えられないスパイ・アクション。とはいえ、いかんせんハリウッドの極貧会社PRCの作品。とにかく安っぽい。冒頭のクレムリンの映像は明らかに記録映画からの拝借だし、パリに移ってからは殆んどの出来事がヴェラの住むアパートメントのセット内で展開する。これだって、恐らく他の映画で使われたセットを安価で拝借したのだろう。ヴェラと将軍が食事をするレストランにしても毎回同じ場所だし、フランス国境に潜入するシーンだって、どこかの裏庭で撮影したような感じ。
 監督を務めたのはアルバート・ハーマン。アル・ハーマンの名前でサイレント期から200本近くの短編・長編の低予算映画を手掛けてきた人で、人気子役だったミッキー・ルーニー主演のミッキー・シリーズの大半を監督している人物だ。まさしく、典型的なハリウッドの職人監督。
 脚本のアーサー・セイント・クレアとシャーマン・ロウも、当時B級西部劇や低予算の連続活劇を大量に手掛けていた人々。撮影監督のマルセル・ル・ピカードはサイレント期に巨匠D・W・グリフィスの作品も手掛けた事のある人だが、本作の当時はベラ・ルゴシ主演の「幽霊の館」(’41)など低予算映画専門に落ちぶれていた。スタッフの面子だけ並べてみても、いかにもB級プログラム・ピクチャーといった感じだ。

 ただ、主演のローラ・レインはなかなか魅力的だった。その冷たい顔立ちが、いかにもハリウッド的なイメージのロシア美人だ。とはいえ、そこはかとなくB級感が漂うのは否めない。彼女は当時ハリウッドでもちょっとは名の知られたレイン三姉妹の長女で、妹のローズマリーとプリシラも女優だった。3人はマイケル・カーティス監督の「四人の姉妹」('38)という作品で共演して人気を博し、その続編にも出演した名物美人姉妹だ。
 ただし、ローラはどちらかというとギャングの情婦とか売春婦とかいった汚れ役が多く、ローズマリーもあっという間に引退してしまった。姉妹の中では唯一、末っ子のプリシラが親しみやすい美貌で人気を集め、ヒッチコックの「逃走迷路」('42)やフランク・キャプラの「毒薬と老嬢」('44)といった名作に主演している。それでも、ベティ・デイヴィス主演の「札つき女」('37)でローラが演じた姉御肌の年増ホステスは印象的な当たり役だった。
 一方、ナチのクレイン将軍を演じているのは、30年代から40年代にかけて活躍した悪役俳優ノエル・マディソン。俳優としてはそれほど大成しなかったが、俳優組合の創設に尽力するなど業界内では人望の厚い人だったようだ。だが、本作のキャストで最大の問題は、ヒロインを助けるアメリカ人パイロットを演じるハワード・バンクス。一応、爽やかで健康的なオール・アメリカン・ボーイという設定らしいのだが、ビックリするぐらい貧相な俳優なのだ。案の定というか、本作を含めてスクリーンに名前がクレジットされた映画はたったの6本だけ。その出演作の大半がエキストラ同然の端役で、あっという間に映画界から消えてしまった。
 とにかく、このブサイクなヒーローでは、盛り上がる話も全く盛り上がらない。まあ、そうでなくても緊張感に欠けるストーリー展開で、スパイ・アクションという割には全体の半分以上がトーク・シーンだったりするのだが。いずれにせよ、古い映画に興味のあるコアなマニアでない限り、あまりお薦めできない作品だ。
 時代が時代だっただけに、さすがに日本公開はされていないし、アメリカでも過去にビデオ発売すらされたことなかった。しかし、マニアックな映画なら何でもリリースしてしまう廉価版専門メーカー、アルファ・ビデオが2年前に初めてDVDをリリースしている。ただし、PRCの映画は全てパブリック・ドメインになっているので、このDVDもPD素材から制作されているから注意が必要。画質は最悪。音質も最低。とりあえず、映画史の彼方に消えてしまった変な映画を見たいという人は一度お試しあれ。ただし、つまらなくても文句は言わないように。

 

戻る