Reinas (2005)

 

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(P)2006 Genius Entertainment (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイド・スクリーン/5.1chステレオ・サラウンド/音声:スペイン語/字幕:英語/105分/製作:スペイン・アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
メイキング・ドキュメンタリー
監督:マヌエル・ゴメス・ペレイラ
製作:ホセ・ルイス・エスコラール
脚本:ホアキン・オリストレル
    トランダ・ガルシア・セラーノ
    マヌエル・ゴメス・ペレイラ
撮影:フアン・アモロス
音楽:ビンゲン・メンディザベル
出演:ヴェロニカ・フォルケ
    カルメン・マウラ
    マリサ・パレデス
    メルセデス・サンピエトロ
    ベティアナ・ブルム
    グスタフォ・サルメロン
    ウナー・ウガルデ
    ヒューゴ・シルヴァ
    ダニエル・ヘンドレール
    パコ・レオン
    ラウル・ヒネメス
    フェルナンド・ヴァルヴェルデ

 

 スペインというと、中世の宗教裁判やらフランシス・フランコによる独裁政権など、歴史的にはどちらかというと保守的なイメージが強い。しかし、実際にはカトリックが94%を占めるにも関わらず、政教分離の思想が進んでいるというリベラルなお国柄でもある。中でも、それが顕著に現れているのが同性婚法の施行と言えるかもしれない。スペインはオランダ、ベルギーに続いて、ヨーロッパで3番目に同性婚を認めた国なのである。そして、その同性婚という題材をいち早く取り入れてスペイン国内で大ヒットを記録したのが、この“Reinas(女王様たち)”という作品だ。
 本作のユニークな点は、同性婚を題材にしながらも、当事者であるゲイやレズビアンよりも、その母親たちにスポットが当てられていることだろう。タイトルの“女王様たち”とは、母親たちのことなのだ。目の付け所は非常に面白い。人種や文化に関係なく、母親というのは人間にとって根源的な存在だからだ。しかも、ヨーロッパやアメリカなど殆どの先進国では同性婚法ないし、それに準ずる法律が定められてきている。今やそうした事が話題にものぼらないのは日本や韓国などごく一部の国だけという状況であり、世界中の人々が関心を寄せているテーマと言って間違いないだろう。材料は揃っている。あとは、どう料理するかが問題だ。

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ニンフォマニアの母親ヌリア(ヴェロニカ・フォルケ)

冷徹なビジネス・ウーマンのマグダ(カルメン・マウラ)

プライドの高い映画女優レイェス(マリサ・パレデス)

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判事を務めるヘレナ(メルセデス・サンピエトロ)

アルゼンチンの肝っ玉母さんオフェリア(ベティアナ・ブルム)

ラファ(ラウル・ヒメネス)とホナス(ヒューゴ・シルヴァ)

 舞台はスペインのマドリード。史上初の同性婚法が制定されたことから婚姻届けが殺到し、処理しきれなくなった裁判所は合同で結婚式を行うことを決定する。ゲイ・フレンドリーを売りにする巨大ホテルには、結婚式に参列する家族たちが続々と到着していた。
 ヌリア(ヴェロニカ・フォルケ)は女手一つで息子を育てた母親だが、カウンセラーなしでは生活できないくらいに極度のセックス依存症。来る途中の列車の中でも、見ず知らずの男とついついトイレで一発。肝心の息子ナルシソ(パコ・レオン)はベルギーに出張中で、駅には彼の恋人ヒューゴ(グスタフォ・サルメロン)が出迎えに来ていた。
 そのヒューゴの母親ヘレナ(メルセデス・サンピエトロ)は裁判所の判事で、今回の結婚式を取り仕切る担当者だ。しかし、その仕事にはあまり乗り気でない。マスコミの異常な加熱ぶりに、“これでは結婚式が見世物にされてしまう”と憤慨するヘレナ。だが、その根底には息子がゲイである事実を今でも完全に受け入れられないという気持ちが残っている。その母親の本音を察して深く傷つくヒューゴ。
 お互いの両親を紹介するためにレストランでのディナーをセッティングしたヒューゴだったが、肝心の恋人ナルシソはまだ出張から戻らない。しかも、母親ヘレナも仕事を理由に遅れると言う。ヒューゴの両親は離婚しているが、今でも父親ヘクトール(フェルナンド・ヴァルヴェルデ)は彼にとって最大の理解者だ。母親の態度に意気消沈する息子を、父親はさりげなく慰める。
 何となく居心地の悪い雰囲気で進行するディナー。しかも、間の悪いことに、昼間ヌリアと列車の中でコトに及んだ男がレストランに入ってくる。ヌリアの存在に気付いた男は、まるで売春婦のように彼女をからかう。ハンドバッグで男を殴ったヌリアは、いたたまれなくなってレストランを飛び出した。彼女をホテルまで送るヒューゴ。傷ついたヌリアを慰めているうちに、2人は不意にキスを交わしてしまう。
 一方、レストランに残された父ヘクトールは、遅れて来たヘレナと合流。息子の気持ちを考えてやれと訴えるヘクトールに、ヘレナは“私はホモフォビアではない”と断言。逆に、ヘレナから“あなたこそ、息子が男と結婚するなんて同僚に言える?”と切り替えされて言葉に詰まるヘクトール。ヌリアがハンドバックを落として行ったことに気付いた二人は、タクシーを拾ってホテルに向った。一足先に着いてしまった二人は、ホテルの前でキスを交わすヌリアとヒューゴを目撃して困惑する。

 そのヌリアと同じ列車に乗っていたのは、アルゼンチンからやって来た肝っ玉母さんオフェリア(ベティアナ・ブルム)。駅には息子のオスカル(ダニエル・ヘンドレール)が出迎えに来ていた。愛犬家のオフェリアは、息子に無断で犬を連れてきていた。
 ホテルで息子の恋人ミゲル(ウナー・ウガルデ)とその母親マグダ(カルメン・マウラ)を紹介されるオフェリア。マグダはホテルの女性オーナーだった。高級感溢れるホテルを見て喜ぶオフェリアだったが、マグダは“犬と一緒に泊めることは出来ない”と冷静に言い放つ。
 仕方なくオスカルとミゲルの愛の巣に居候することにするオフェリア。だが、ミゲルは大の犬嫌い。しかも、高級カーペットにおしっこはするわ、夜中に遠吠えするわで大迷惑。オフェリアから犬の散歩を頼まれたミゲルは、わざと首輪のヒモを離してしまう。大切な愛犬がいなくなって大騒ぎするオフェリア。結局、翌日ミゲルは彼女を伴って街中を犬探しすることになる。
 一方、冷徹なビジネス・ウーマンであるマグダは、同性婚ブームでホテルが注目されている事をチャンスと考え、アメリカでのフランチャイズ展開を計画している。しかし、ホテルの従業員が賃上げを求めてストを敢行し、すっかり頭を抱えていた。しかも、そのストのリーダーである料理長は彼女の愛人。共同経営者である夫との間には既に愛は無く、あくまでもビジネスでのみ繋がっている関係。ストに対して強硬手段を取ろうとするマグダだったが、かえって火に油を注いでしまうことになる。

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オスカル(D・ヘンドレール)とミゲル(U・ウガルデ)

ナルシソ(パコ・レオン)とヒューゴ(グスタフォ・サルメロン)

お取り込み中のヌリアにナルシスの伝言を伝えるオフェリア

 アルモドバルの映画にも出演している有名な映画女優レイェス(マリサ・パレデス)も、息子ラファ(ラウル・ヒメネス)が同性婚を控えている。その事は何ら問題がない。アルモドバルとも親友だから。しかし、彼女が気に食わないのは、息子の相手が庭師ハシント(ルイス・ホマール)の息子ホナス(ヒューゴ・シルヴァ)だということ。何故うちの息子が庭師の息子と結婚しなくてはいけないのか?もちろん、本人たちの前ではそんな事はおくびにも出さない。
 とはいえ、ディナーの席でついつい“あなたの息子はうちの財産が目当てなんじゃないか”と口に出してしまい、ハシントと大喧嘩を繰り広げる。“こんな仕事、今すぐ辞めてやる”と怒り心頭のハシントに、“あんたなんかクビよ!”と言い放つレイェス。しかし、そんな彼女の本音は、長年抱き続けていたハシントへの秘かな愛情だった。
 翌日、ハシントのもとへ謝罪に訪れたレイェス。そこで、2人は遂に結ばれる。複雑な感情を抱えながらも、急接近してしまったレイェスとハシント。しかし、身分の違いが頭から離れないハシントは、ついつい酔った勢いで庭師仲間と喧嘩をしてしまい、仲裁に入った息子ホナスを“オカマ”呼ばわりしてしまう。それを見たレイェスから、“私は身勝手な母親だけど、あなたは最低の父親よ”と言われて意気消沈するハシント。

 こうして、スペイン史上初の同性婚を巡って繰り広げられる様々な人間模様。果たしてヌリアとヒューゴの関係はどうなるのか?はたまたヒューゴと母ヘレナの関係は?犬の事件で溝が出来てしまったオスカルとミゲルは?実はスペインに移住するつもりだったオフェリアの希望は叶えられるのか?マグダはホテルの危機を救うことが出来るのか?そして、ハシントは息子との関係を修復できるのか?悲喜こもごもに展開する中で、いよいよ結婚式の当日が訪れようとする・・・。

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息子の予想外の行動に愕然とするヘレナとヘクトール

レイェスと急接近するハシント(ルイス・ホマール)

似た者同志(?)の母子ヌリアとナルシソ

 監督はマヌエル・ゴメス・ペレイラ。「電話でアモーレ」('95)や「ペネロペ・クルスの抱きしめたい!」('96)など、良質なラブ・コメを得意とするスペインの人気監督だ。全体的に脚本の構成は秀逸で、ペレイラ監督の演出も安定感があってすこぶる上手い。これだけ登場人物の多い群集劇を、非常に分かりやすくまとめている。しかし・・・である。あまりにも物事がスムースに展開しすぎるのだ。
 別にゲイを題材にしているからといって深刻な内容にするべきだとは思わない。とはいえ、人間関係があまりにも表面的なキレイごとに終始しすぎてしまって、全く説得力がないのだ。確かに、スペインでは同性婚の支持率が70%と非常に高く、一般的な同性愛に対する偏見は少ないのかもしれない。しかし、もっと親子間の葛藤があっていいと思うし、偏見を偏見とも思わない輩がいてもおかしくはないはず。そこを克服して初めて得られるカタルシスというか、到達感もないままに、“こうして時代は進んでいく”と言われても何の言葉の重みも感じられない。要は、シュガー・コーティングされたファンタジーに終始してしまっているのだ。
 その辺りは、恐らく製作サイドがゲイ・フレンドリーではあっても、当事者の立場になって物事を見ていない証拠なのかもしれない。周囲の無理解から抑圧された生活を強いられているようなゲイの存在が、完全に忘れ去られてしまっている世界なのだ。

 そうした偏りは、他にもいろいろと散見される。なぜ主要人物がゲイばかりでレズビアンのカップルがいないのか?なぜ主人公たちはリッチな上流階級の人々ばかりなのか?女性誌なんかで紹介される、お洒落でハッピーなゲイというごく一部のステレオタイプでしか語られていないのがとても残念。
 さらに、ニンフォマニアのヌリアと息子ナルシソの関係もおかしい。ちょっとネタばれになってしまうのだが、後半でナルシソがヒューゴに隠れて浮気していた事が発覚する。で、10代の頃からゲイ・バーやサウナで遊んでいたナルシソの貞操観念というのが、あたかも母親ヌリアの影響だとばかりに描かれているのだが、これまた偏見だろうと思う。
 別に母親がヤリマンだろうが何だろうが、それこそインポや更年期障害でもない限り、基本的に男の下半身というのは野獣だ。まあ、ちょっと乱暴な言い方かもしれないが、そもそも男というのはゲイであろうとヘテロであろうと、上と下で別々の頭を持っているもの。人によってそのバランス・コントロールが違うというだけの話であって、別にナルシソの貞操観念というのは変でも何でもない。
 さらに言うならば、登場人物の全員が、なんだかんだあっても結局結婚という選択肢を選ぶというのも大いに疑問。一組ぐらい違う道を選択するカップルがあってもいいと思うのだが。セクシュアリティに関係なく、やっぱり結婚こそが人生のゴールだとでも言わんばかりのハッピー・エンドは、結局この作品が従来の形式的な道徳観から抜け出せない旧態然とした価値観のもとに成り立っていることを証明していると思う。法的に様々な免除が受けられるという事以外に、なんら必然性が感じられないのだ。それ以上に共感できる“何か”が足りないと思う。
 とどのつまりは、一般的観客層をターゲットにして作られた口当たりの良い擬似ゲイ・ムービー。一応、アルモドバル映画の常連であるカルメン・マウラやヴェロニカ・フォルケ、マリサ・パレデスといった豪華ベテラン女優陣を配することでゲイ・マーケットへの目配せもしているが、それも単なるエクスキュースにしか感じられない。

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