ポール・ナッシーの世界 PART 1
THE WORLD OF PAUL NASCHY PART
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今年の11月30日、79歳でこの世を去ったスペイン俳優ポール・ナッシー。若いホラー映画ファンにはあまり馴染みがないかもしれないが、かつてスパニッシュ・ホラーの帝王として一時代(?)を築いた人気スターだった。
とはいっても、日本でまともに劇場公開された主演作は一本もなし。テレビ放送やビデオ発売などで、一部のホラー・マニアに親しまれたという程度の知名度である。片や、地元スペインやヨーロッパではかなりの人気を誇ったようだが、アメリカでも彼の作品はドライブイン・シアターやグラインドハウスで公開されるのが関の山。やはり、テレビの深夜放送やビデオ・レンタルなどで熱心なファンを増やしていったようだ。
つまり、あくまでもコアなホラー・マニアを中心にもてはやされた、いわゆるカルトなホラー映画スターだったのである。
それでは、なぜナッシーはクリストファー・リーやピーター・カッシングのように、世界的な大物ホラー俳優になることができなかったのか?まずは、スペイン産のホラー映画そのものがマイナーな存在であったことを忘れてはならないだろう。
ナッシーが頭角を現した1968年当時、スペインでホラーを撮っている映画人など殆んどいなかった。その最大の原因は、当時の軍事政権下における厳しい検閲制度にあると言えるだろうが、同時にホラー映画はアメリカやイギリス、イタリアの得意分野という業界的な“常識”がまかり通っていたことにも一因がある。つまり、スペインで作られたホラー映画なんて誰が見るんだ!?というわけだ。
スペインで最初に本格的なホラー映画を撮ったのはジェス・フランコ監督なわけだが、彼も当時は西ドイツやイタリアなどヨーロッパ各国を転々としているような状態だった。ナッシーの成功を契機に、スペインでも次々とホラー映画が作られるようになったのは事実。ヨーロッパの一部では大成功を収めたという作品も少なくはなかったが、アメリカやイギリスといった映画先進国ではほとんど場末の映画館行き。ここ日本でも、映画館でヒットしたスペイン製ホラーというのは数少ない。ナッシーの映画も同様に、そうしたマイナー・ヒットの域を出ることはなかったのだ。
次に、ナッシー自身のホラー俳優としてのキャパシティにも大きな問題があったと言えよう。もともと重量上げの選手だったというだけに、体はずんぐりとしたマッチョで身長も決して高くはない。合計で11本ものシリーズが作られた狼男ワルデール・ダニンスキーは確かに当たり役だったが、いわゆるホラー映画俳優というイメージからは程遠いような風貌だったことは否めないだろう。どちらかというと、アクション映画なんかの方が似合う役者だったのである。
それでも、ドラキュラ伯爵やらサイコ殺人鬼やら様々なホラー・キャラクターに挑戦したナッシー。しかし、そのナルシスティックな演技と相反する大味な風貌とのギャップは埋めがたく、どうにも違和感を覚えずにはいられないのだ。それゆえ、彼の存在そのものにB級感がつきまとい続けた。
さらに、恐らくこれが最も重要なポイントなのかもしれないが、彼の主演作は正直言ってチープなものが圧倒的に多いのである。スペイン産ホラーそのものがマイナーゆえ低予算になってしまうのは仕方ないし、もちろん例外があることも確かだが、それにしても安っぽくて見栄えの悪い作品が多いことは否定できないだろう。
それでも、絶頂期には年間4〜5本の主演作を量産していたナッシー。ホラー映画に対する愛情と情熱は人一倍で、彼自身が熱心なホラー・マニアだった。そんなひたむきさみたいなものが、コアなホラー映画ファンの琴線に触れるのだろう。
もともと筆者もポール・ナッシーが苦手な口だったが、彼の人となりを知るにつれて次第に興味を持つようになった。また、昨今のリバイバル人気のおかげもあってレアだった作品が続々とDVD発売されるようになり、かつてテレビやビデオで見たトリミングやカットされたバージョンでは失われていた魅力というのも、改めて再発見することが出来た。
もちろん、それらが安手のB級ホラーであることには変わりないのだが、やはりそれでも映画というものは本来あるべき形で見なくては正しい評価や判断が下せないもの。ここでは、そんなポール・ナッシー作品の一部を独断と偏見を交えながら紹介してみたい。
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少年時代のナッシー |
と、その前に、まずポール・ナッシーとは何者ぞ?というところから始めなくてはならないだろう。1934年9月6日マドリードに生まれたナッシーは、本名をハシント・モリーナという。2歳の誕生日を迎える前に、スペインでは内戦が勃発。国内は戦場と化し、市民同士の虐殺行為も日常茶飯事という中で幼少期を過ごした。
そして、39年にはフランコ将軍による軍事独裁政権が樹立。彼は軍隊と秘密警察による恐怖政治の中で、多感な少年時代を過ごさねばならなかった。そんな彼にとって最大の娯楽が、映画とコミックだったのである。
中でも彼が夢中になったのはハリウッド産のモンスター映画。特にユニヴァーサルの『フランケンシュタインと狼男』(43)がお気に入りで、狼男役を演じた俳優ロン・チャニー・ジュニアは彼にとって最大のヒーローとなった。母親に“将来は何になりたい?”と訊かれた当時の彼は、真顔で“狼男”と答えたという。
その後、学校で絵画を学んだナッシーは、映画の美術デザインやセット・デザインの道を志すようになった。そうと知った父親は映画関係者の知人を片っ端から当たり、その結果スペインで撮影されたハリウッド映画『キング・オブ・キングス』(61)のエキストラとして映画界入りを果たす。
かくして、エキストラの仕事を幾つもこなすようになったナッシーだが、肝心の美術やセットの仕事にはなかなかありつけなかった。その一方、学生時代に始めた重量上げの選手としてメキメキと実力を伸ばし、やがてスペイン国内の大会で金メダルを取るほどまでになる。国際大会に出場するためヨーロッパ各国を巡るようになり、すっかり映画界とは縁遠くなってしまった。
それでも映画への夢を諦めていなかった彼は、66年に再びエキストラとして映画界へ復帰。徐々にセリフのある役も貰えるようになった。そんな折、彼は少年時代から大好きだったホラー映画、それも狼男映画をスペインで撮れないものかと考え、自ら脚本を書き上げる。だが、様々なプロデューサーや映画監督に脚本を見せて回ったものの、ホラー映画というだけで見向きもされなかったという。
ようやく興味を示してくれたのが、映画監督のエンリケ・ロペス・エクイルス。彼の紹介でMaxper
PCという映画会社が製作に名乗りを上げたが、肝心の予算が全く足りなかった。そこでプロデューサーが国外の共同出資者を探したところ、脚本を気に入った西ドイツのHi-Fi
Stereo
70という製作会社が予算の80%を出資することに。かくして出来上がったのが、記念すべき初主演作『吸血鬼ドラキュラ対狼男』(68)だった。
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重量上げ選手時代のナッシー |
実はこの作品、もともとナッシー自身が主演を兼ねる予定ではなかったという。スペインと西ドイツで主人公ダニンスキー役のオーディションを行ったものの、なかなか適役の俳優が見つからなかった。さらに、憧れのロン・チャニー・ジュニアにもオファーを打診したものの、高齢と体調不良を理由に断られてしまう。
そうこうしているうちに時間だけが過ぎていく。すると、西ドイツ側のプロデューサーが“自分で演じてみてはどうだろうか?”と進言してきた。確かに映画出演の経験はあったものの、およそ演技と呼べるような代物ではない。それでもプロデューサーの後押しでカメラ・テストを行ってみたところ、これがなかなか悪くない出来だった。いつしか本人もその気になり、自ら主人公の狼男ワルデマール・ダニンスキー役を演じることになったのである。
ただ、一つ大きな問題があった。本名のハシント・モリーナという名前が、あまりにもスペイン的過ぎるというのだ。世界マーケットで映画を売るためには、もうちょっとインターナショナルな響きのある名前でないといけない。そう西ドイツ側から言われた彼は、たまたま新聞で目にした当時のローマ法王パウロ6世の名前をアングロサクソン風にしてポール、重量上げ選手時代の憧れだったハンガリー人の世界チャンピオン、イムレ・ナギーの苗字をもじってナッシーとし、ポール・ナッシーという芸名を考えついたのだった。以降、彼は一部の例外を除いて、俳優としてはポール・ナッシー、脚本家や監督としてはハシント・モリーナを名乗ることとなる。
1968年の夏に地元スペインで公開された『吸血鬼ドラキュラ対狼男』は大変な評判となり、その後順次ヨーロッパ各国でも上映されて大ヒットを記録。特にナッシーの演じる孤高の狼人間ワルデマール・ダニンスキーのキャラクターが好評で、すぐさまイギリスの名優マイケル・レニーなどの有名スターを共演に迎えた第2弾『モンスター・パニック/怪奇作戦』(69)が作られた。
ちなみに、ナッシー本人の弁によるとその間に“La
Noches del Hombre
Lobo(狼人間の夜)”という作品を撮っているらしいが、誰もその存在を確認したことはなく、恐らく彼の記憶違いではないかと言われている。
その後も“La
Furia del Hombre
Lobo(狼人間の怒り)”(69)や『ワルプルギスの夜/ウルフVSヴァンパイア』(70)、『Dr.ジキルvs狼男』(71)など、次々とダニンスキー物シリーズを発表したナッシー。すっかり狼男は彼のトレードマークとなる。
もちろん、狼男以外の役柄にも積極的にチャレンジ。“El
Gran Amor de Conde
Dracula(ドラキュラ伯爵の偉大な愛)”(72)ではドラキュラ役、『傴僂男ゴト/戦慄の蘇生実験』(72)ではせむし男役、『悪魔の死体蘇生人』(72)ではネクロフィリアの墓堀り人役、“La
Venganza de la
Momia(ミイラの復讐)”(73)ではミイラ男、『ゾンビの怒り』(72)ではカルト教祖とその弟、そして悪魔の3役などを大熱演している。
とりあえず、ダニンスキー役以外は賛否両論のあるところだろう。先述したように決して器用な役者ではない上、身体的特徴があり過ぎるため、中にはドラキュラ伯爵役のようにどう見てもミス・キャストな場合もあった。
そうした中で意外とファンが多いのは、『ザ・ゾンビ 黒騎士のえじき』(72)で演じた中世の騎士デ・マルナック。黒魔術の罪で処刑されたものの生ける屍となって現代に蘇り、復讐の鬼として人々を殺しまくるという役柄だ。これがえらくカッコよくてインパクト強烈なキャラクターで、後に“Latidos
de
Panicos(パニックの鼓動)”(82)という作品でも再び演じている。
さらに、“Inquisicion(審問)”(76)では映画監督としてもデビュー。80年代には日本との合作で『残虐!狂宴の館』(80)、『狼男とサムライ』(83)という怪作を監督・脚本・主演で発表した。
その間、シチェス国際映画祭の最優秀男優賞やファンタスポルトの批評家賞などを受賞し、ホラー・ファンの間での知名度を高めていったナッシー。だが、91年に心臓発作を起こして倒れてしまい、以降数年間は小さい役を引き受けながらリハビリに専念した。
96年に自ら脚本を手掛けた“Licantropo : El asesino de la luna
llena(人狼:月光の殺人者)”で、久々にダニンスキー役を演じて本格的にカムバック。フレッド・オーレン・レイ監督の“Tomb of the
Werewolf”(04)でもダニンスキー役を演じて念願のアメリカ映画デビューを果たした。野心作『コントラクト』(04)では、自ら落ちぶれた映画俳優ポール・ナッシー役で登場。自分をぞんざいに扱う映画界へ血みどろの復讐を果たすという内容で、元祖スパニッシュ・ホラーの帝王としての心意気を十分に見せつけてくれた。
老いてなおますます盛ん、という印象が強い近年のナッシーだっただけに、先ごろの癌による訃報はまさに“寝耳に水”の出来事。来年の1月には主演作“La
herencia
Valdemar(ワルデマール伝説)”(10)がスペインで公開される予定だそうだが、これが遺作となってしまった。
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晩年のナッシー |
吸血鬼ドラキュラ対狼男
La
marca del Hombre-lobo
(1968)
日本では劇場未公開・TV放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売
(P)2005 Shriek Show
(USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/91分/製作:スペイン・西ドイツ
映像特典
P・ナッシー インタビュー
オリジナル劇場予告編
TV&ラジオスポット集
フォト&アート・ギャラリー
S・シャーマンによる音声解説
監督:エンリケ・ロペス・エクイルス
製作:マヒミリアーノ・ペレス=フローレス
脚本:ハシント・モリーナ
撮影:エミリオ・フォリスコット
音楽:アンヘル・アルテアガ
出演:ポール・ナッシー
ディアニク・ズラコフスカ
マヌエル・マンザニーケ
アウローラ・デ・アルバ
ジュリアン・ウガルテ
ロッサナ・ヤンニ
ホセ・ニェート
カルロス・カサラヴィーラ
ガルベルト・ガルバン
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ジャニス(D・スラコフスカ)に魅了されたダニンスキー(P・ナッシー) |
ダニンスキーを快く思わないルドルフ(M・マンザニーケ) |
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ウルフシュタイン城へやって来たジプシーの男女 |
ジプシー女(R・ヤンニ)が狼男を甦らせてしまった |
ポール・ナッシーの記念すべき初主演作。上でも解説した通り、当時のスペイン映画界では国産ホラー映画の需要など殆んどないと考えられていたにも関わらず、国内はもとよりヨーロッパ各国でスマッシュ・ヒットを記録し、その後アメリカにも“Frankenstein's
Bloody
Terror”のタイトルで上陸してドライブイン・シアターを中心に話題をさらった。この作品が存在しなければ、その後のスパニッシュ・ホラーの歴史はなかったかもしれない。
舞台は狼人間の忌まわしい伝説が残る現代の中央ヨーロッパ。甦った狼男に襲われて傷を負い、自らも狼男となってしまった孤独な貴族ワルデマール・ダニンスキーが、愛する女性をバンパイアの毒牙から救うために命がけで闘うという物語だ。
このダニンスキーというキャラクターはポーランド人という設定だが、それには当時のスペインならではの政治的な理由がある。というのも、当時は軍事政権の建前上、スペインには犯罪者はもとより性的倒錯者などの社会的マイノリティーは存在しないことになっており、もちろん血生臭い殺人事件やフリー・セックスなども絶対にあってはならなかった。なので、映画作品といえどもスペインを舞台にしているのであれば、セックスもバイオレンスもご法度だったのである。
しかし裏を返すと、それは設定さえ外国であればある程度のセックスやバイオレンスも許容されるということを意味していた。それゆえ、フランコ政権が崩壊するまでのスペイン産娯楽映画では、フランスやイタリア、ドイツなど外国を舞台にした作品が圧倒的に多い。本作が中央ヨーロッパを舞台にしている理由の一つも、やはりそこにある。
では、なぜダニンスキーがポーランド人なのか。実は、もともと主人公はホセ・ブビドーロという名前のスペイン人と設定されていた。ところが、脚本を読んだ検閲担当者からクレームが入る。もし主人公がスペイン人なのでれば、彼が狼男に変身して人を殺すシーンを全て削除しなくてはいけないというのだ。なぜなら、スペイン人が人殺しであってはならないから。そうなると、そもそも映画のストーリー自体が成立しなくなる。
仕方なく、ナッシーは主人公の設定を丸ごと変えることにした。重量上げ選手時代にポーランドへ行ったことのある彼は、同国に対して大変な親しみを感じていたという。そこで、悲しい宿命を抱えた孤高のヒーローをポーランド人と設定することにしたのだ。そして、ポーランド出身の重量上げ世界チャンピオン、ワルデマール・ヴァツェノフスキーの名前をもじって、ワルデマール・ダニンスキーと命名したのである。
そして、ナッシーが本作で最も焦点を絞っているのは、このダニンスキーというキャラクターの宿命的な二面性である。陰のある異邦人という見た目の印象によって、周囲からは変わり者のレッテルを貼られているダニンスキー。だが、その素顔は温厚で愛情深い紳士だ。だが、自らの暗い生い立ちの影響もあって、なかなか周囲に心を開くことが出来ず、誤解されてしまうことが多い。
そんな彼が他人を救おうとして狼男に襲われてしまい、結果として自らも狼男となってしまう。人殺しなどしたくはないが、満月の夜には否応なく狼男へと変身せざるを得ない。凶暴な動物的本能に逆らうことのできない温厚な人間的良心。その二面性が招く葛藤と悲哀こそ、ナッシーが狼男に共感する最大の理由だった。
そこには、ナッシーが幼い頃目の当たりにしたスペイン内戦における、人々の殺し合いというものが深く影響している。さらには、中世の異端裁判にまで遡るスペインの血生臭い歴史そのものも、彼の人間観や人生観に暗い影を投げかけていた。だからこそ、彼は異形のものを描くホラー映画に魅了されたのである。
ナッシーはそんなダニンスキーの哀しみを根底に描きつつ、恋愛の三角関係やバンパイアの陰謀など様々な要素をこれでもかと盛り込み、非常に娯楽性の高い物語に仕上げている。スコープ・サイズのワイド画面をフルに使い、壮麗な美術セットやロケーションの美しさを存分に生かした映像も素晴らしい。画面の奥行きを活用したエンリケ・ロペス・エクイルス監督の、イマジネーション豊かな演出には目を見張るものがあると言えよう。まさに、スパニッシュ・ホラー黄金時代の到来を強烈に印象づける名作だ。
ちなみに、本作は西ドイツ側の製作会社Hi-Fi
Stereo
70が当時3D映画の技術を持っていたことから、ヨーロッパではメジャー大作並みに70ミリの3D作品として劇場公開された。それも興行的な成功の一因となったことは間違いないだろう。
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ルドルフを助けようとして狼男に噛まれてしまうダニンスキー |
狼男に変身してしまったダニンスキー |
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ダニンスキーは自らの運命を呪い、ジャニスとの別れを決意する |
ウルフシュタイン城で真実を知るジャニス |
フォン・アレンベルグ伯爵(ホセ・ニェート)の愛娘ジャニス(ディアニク・ズラコフスカ)と、ウェイスマン判事(カルロス・かサラヴィーラ)の息子ルドルフ(マヌエル・マンザニーケ)の婚約パーティが華々しく開かれた。二人は幼馴染みで、少年・少女の頃から相思相愛の仲。だが、ジャニスはパーティに現われたポーランド人の亡命貴族ワルデマール・ダニンスキー(ポール・ナッシー)に一目惚れしてしまう。
その数日後、ジャニスは買い物中に再びダニンスキーとバッタリ遭遇。ダニンスキーも彼女に夢中で、ドライブに出かけたジャニスとルドルフの後をこっそりとついて行く。とある城の廃墟に立ち寄った二人。ダニンスキーも偶然を装ってその城を訪れる。
実は、この城には狼男にまつわる忌まわしい伝説が残っていた。その由来を若い二人に語って聞かせるダニンスキー。かつての城主は、イムレ・ウルフシュタインというポーランド系貴族だったという。東洋を旅した際に狼男に噛まれたイムレは自らも狼男となり、近隣の住民を恐怖のどん底に陥れた。結局、彼は胸に銀の十字ナイフを刺されて死に、城の中に葬られたと言われている。だが、伝説によれば狼男を本当に殺すためには銀の銃弾が必要で、しかも彼を心から愛する人間によって撃ち込まれなければ意味がないとされている。つまり、イムレは完全に死んだわけではないのだ。
ルドルフは、ジャニスがダニンスキーと親しくなることを快く思わなかった。もちろん嫉妬心もあったが、同時にダニンスキーはあまり評判の良い人物ではなかったからだ。人付き合いがあまりなく、親しい友人も少ない彼に対して、地元社交界の人々は変わり者として好奇の目を向けていたのだ。だが、ジャニスはダニンスキーが悪い人間だとは決して思えなかった。
その帰り道、ダニンスキーは荷馬車で旅をするジプシーの男女(ガルベルト・ガルバン、ロッサナ・ヤンニ)と出会う。雲行きが怪しくなってきたことから、近隣に雨宿りできる場所がないかと訊ねる彼らに、ダニンスキーはウルフシュタインの城を教えた。
教えられたとおりに城へたどり着いたジプシーたち。二人は城内の貴重品などが手付かずのままであることに気付き、歓び勇んで宝探しを始める。さらに、貴族は亡くなった際に宝物類を棺桶に入れて葬ると考えた彼らは、ウルフシュタイン家の地下墓地まで暴いた。ところが、遺体の胸に刺さっていた十字ナイフを抜き取ったところ、狼男が甦ってしまう。運の悪いことに、その夜は満月だったのだ。たちまち、ジプシーの男女は狼男の餌食となってしまう。
さらに、翌朝二人の村人が無残な死体で発見される。その様子は獰猛な野獣に食い殺されたかのようだった。ニュースを聞いて胸騒ぎを覚えたダニンスキーはウルフシュタインの城を訪れ、ジプシーたちの死体を発見。狼男が甦ってしまったことに気付く。
事件を受けて村の人々は野獣狩りを始めた。ルドルフとダニンスキーも狩りに参加する。捜索は深夜まで行われた。すると、闇夜にルドフルの叫び声が響く。近くにいたダニンスキーが駆けつけると、ルドルフは狼男に襲われていた。秘かに隠し持っていた十字ナイフを狼男の胸に突き刺すダニンスキー。だが、その際に胸を深く噛まれてしまった。
ルドルフの助けで自宅へ帰りついたダニンスキー。だが、その晩ルドルフの目の前で彼自身も狼男へと変身してしまう。本能の赴くがままに近隣の住民を殺すダニンスキー。翌朝もとの姿に戻った彼は、自分を殺してほしいとルドルフにすがる。だが、ルドルフは命の恩人であるダニンスキーを見殺しにすることなどできない。
なんとか解決法を探そうと相談しあう二人。ダニンスキーはジャニスの安全を心配し、もう2度と会うつもりはないと記した手紙をルドルフに頼んで彼女へ渡した。そして、自らをウルフシュタイン城の近くにある檻の仲へと入れさせた。
ダニンスキーからの手紙を読んだジャニスは、それが彼の本心ではないと気付く。そこで、彼女はルドルフの後をこっそりと尾行し、ウルフシュタイン城の地下に幽閉されたダニンスキーを発見した。ルドルフとダニンスキーは彼女に事情を説明。ジャニスも解決方法を探す手伝いをすることとなる。
そのジャニスが偶然発見した手紙から、かつてウルフシュタイン家に仕えていたミケロフ博士が狼男を普通の人間に戻すための薬を開発していたことが判明。手紙は30年以上も前のもので、博士がまだ生きているかどうか分からなかったが、ルドルフとジャニスは一か八かで博士に連絡を取ることにした。
その数日後、ミケロフ博士(ジュリアン・ウガルテ)と妻ワンデッサ(アウローラ・デ・アルバ)が汽車でやって来る。ミケロフ博士が若いことに驚いたルドルフとジャニスだったが、彼はその息子だった。かつてウルフシュタイン家に仕えた博士は既にこの世にはなく、息子がその研究を受け継いでいたのだ。
早速、博士夫婦を城へと案内するルドルフとジャニス。どことなく不気味なその様子に一抹の不安を覚えるものの、彼らだけが最後の頼みの綱だった。ところが、博士夫婦の正体はバンパイアだった。彼らは狼男であるダニンスキーとイムレの肉体を使って黒ミサを行い、悪魔の力を手に入れて世界を支配しようというのだ。
その妖艶な美貌でルドルフを誘惑するワンデッサ。そして、瞳の魔術でジャニスを虜にするミケロフ博士。彼らは若い二人を黒ミサの生贄にするつもりだった。その頃、子供たちの様子が近頃おかしいことに気付いていた伯爵と判事は、彼らの部屋から見つかった手紙や日記などで事態を察知。子供たちに危険が迫っていると直感し、急いでウルフシュタイン城へと向かった。
城の地下でダニンスキーを発見した彼らは、その助けで捕らわれたルドルフを救助。だが、ジャニスは依然としてミケロフ博士の手にあった。二人の後を追うダニンスキー。彼は再び狼男へと変身し、ジャニスを救うべくミケロフ博士に襲いかかる・・・。
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ジャニスの見つけた手紙にはダニンスキーを救う手がかりが |
ミケロフ博士(J・ウガルテ)と妻ワンデッサ(A・デ・アルバ) |
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ミケロフ博士はダニンスキーを黒ミサに利用するつもりだった |
子供たちの様子が近頃おかしいことを心配する伯爵と判事 |
先述したようにとても完成度の高い作品だが、その一方で初歩的なミスがあちこちで散見されるのも事実。たとえば、ミケロフ博士夫妻は地下墓地の棺に眠るイムレの死体を甦らせるのだが、確か彼はそれ前に森の中でダニンスキーに殺されているはず。一体誰が城の中へ再び遺体を運び込んだのか、という疑問がおのずとわき上がる。
さらに、ワンデッサがルドルフを誘惑するシーン。ルドルフは彼女の姿が鏡に映っていないことに気付いて驚くのだが、これは鏡の向きを調節してルドルフの姿しか映らないようにした単純な撮影トリックだ。そのため、ワンデッサ役の女優が演技中に立ち位置からずれてしまう場面があり、もろに彼女の手が鏡に映りこんでしまっている。しかも、画面のど真ん中で(笑)
撮り直しもせずにそのまま使ったという大らかさも含め、とりあえずは笑って済ませられる微笑ましいミスだ。
ちなみに、冒頭でも述べたようにアメリカでは“Frankenstein's
Bloody
Terror”というタイトルで公開された本作。もちろん、フランケンシュタインなどどこにも出てこないのだが、このタイトルにも実は面白い理由がある。
本作のアメリカ配給を担当したのはB級映画の名物プロデューサー、サム・シャーマンという人物。彼は71年にアル・アダムソン監督の『ドラキュラ対フランケンシュタイン』という作品に出資をしていた。もともとの原題は“Blood
of
Frankenstein”。自ら配給も兼ねていたシャーマンは“フランケンシュタイン映画の最新作が登場!”と全米の映画館に宣伝を打ち、早々とブッキング契約まで済ませていた。
ところが、共同出資者やポスプロ会社との金銭トラブルが発生し、上映用プリントが間に合わなくなってしまう。慌てたシャーマンは代打として配給できる作品を探したところ、知人の映画関係者に紹介されたのがこの『吸血鬼ドラキュラ対狼男』だったというわけだ。
とりあえず作品そのものは気に入ったが、フランケンシュタインとは全く関係がない。もともと無理矢理にでもこじつけてみせるつもりだったシャーマンは、作品中に出てくる“ウルフシュタイン”という名前に目をつけた。フランケンシュタイン+ウルフマン=ウルフシュタイン。これは素晴らしい突破口だ(笑)
そこで、シャーマンはウルフシュタイン家がフランケンシュタイン家の末裔で、当主が狼人間になってしまったことから名前を変えたのだという由来を勝手に捏造。それをアニメで解説するオープニング・シーンまで勝手に製作してしまった。
その結果、本作は無事(?)にフランケンシュタイン映画という名目で全米に配給されたのである。もちろん、フランケンシュタインの怪物を期待して映画を見た観客はビックリしただろう。その事実を後に知ったナッシー自身も驚いて呆れかえったそうだ。
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ルドルフを誘惑するワンデッサの姿は鏡に映っていなかった |
ミケロフ博士とワンデッサはバンパイアだったのだ |
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正体を現したミケロフ博士はジャニスを虜にする |
狼男に変身したダニンスキーはジャニスを救おうとするが・・・ |
最後に、スタッフや共演者についてもざっくりと触れておこう。まず演出を手掛けたエンリケ・ロペス・エクイルス監督。後にメキシコの覆面ヒーロー、サント物も撮っている人だが、代表作と呼べる映画はこれだけ。そのキャリアに関しても、あまり詳しいことは分かっていない。本作の後半で強烈な印象を残す“バンパイアの舞い”などは彼のアイディアだったらしく、全体的なゴシック・ムードも含めてなかなか優れたホラー・センスの持ち主だ。それだけに、本作以外でその才能を生かすような作品に巡り合うことがなかったのは残念と言えよう。
その幻想的かつ華麗で美しい映像をカメラに収めたのは、『バンディドス』(66)や『新・荒野の用心棒』(68)などのマカロニ・ウェスタンで知られるカメラマン、エミリオ・フォリスコット。ホラー映画にも縁のある人で、後にイタリアの娯楽職人セルジョ・マルティーノ監督のジャッロ作品を何本か手掛けている。
そして、狼男の特殊メイクを手掛けたホセ・ルイス・ルイス。当時のスペインではホラー映画やモンスター映画など殆んど存在せず、よって特殊メイクの技術というのも全く発達していなかったことから、本作の狼男のメイクというのもまさに暗中模索の作業だったそうだ。顔に人工の毛を一本づつ糊付けしていったため、頭部のメイクだけで6〜7時間はかかったという。
ジャニス役のディアニク・ズラコフスカは、ディアニク・コノプカという別名でも知られ、当時スペインやイタリアのウェスタン、アクション、ホラーなどでヒロイン役を数多く演じていたブロンド女優。ナッシーとは『悪魔の死体蘇生人』(73)でも再共演している。
一方、ルドルフ役のマニュエル・マンザニーケは当時中堅どころとして活躍していた若手俳優。まだ無名だったナッシーが、ダヴィド・モルヴァという名前で出演した“Agonizando
en el
crimen”(68)という作品でも共演したことがあった。
また、バンパイア美女ワンデッサ役を演じているアウローラ・デ・アルバは、当時スペイン産のスパイ映画やアクション映画で活躍していたセクシー女優。やはり、ナッシーとは『ゾンビの怒り』(73)と『悪魔の死体蘇生人』の2本で再び共演している。
そして、本作でナッシーに負けず劣らずの存在感を発揮しているのが、邪悪なバンパイア、ミケロフ博士役を演じているジュリアン・ウガルテだ。正確にはフリアン・ウガルテと発音する彼。マカロニ・ウェスタン『真・西部ドラゴン伝』(76)などの悪役として、イタリア映画ファンにもお馴染みのスペイン人俳優である。その一種病的でセクシュアルな風貌は、一度見たら忘れられないほどインパクト強烈。ナッシーも彼が端役で出演したハリウッド映画『去年の夏、突然に』を見て強く印象に残っていたらしく、本作のバンパイア役として迷うことなく彼を選んだそうだ。その期待に応え、クリストファー・リーのドラキュラ伯爵にも負けないくらい貴族的でハンサムで凶暴で官能的なバンパイア像を見事に演じている。
Jack el destripador de Londres
(1971)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売
(P)2007 Televista, Inc
(USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/90分/製作:スペイン・イタリア
映像特典
スチル・ギャラリー
監督:ホセ・ルイス・マドリード
製作:ホセ・マリア・テレス
サンドロ・アマティ
脚本:ホセ・ルイス・マドリード
ハシント・モリーナ
ティト・カルピ
撮影:ディエゴ・ウベーダ
音楽:ピエロ・ピッチョーニ
出演:ポール・ナッシー
パトリシア・ローラン
レンツォ・マリナーノ
オルケディア・デ・サンティス
アンドレ・レシーノ
イレーネ・ミール
フランコ・ボレッリ
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ロンドンの下町で売春婦が殺害される |
酒びたりの生活を送る男ペドロ(P・ナッシー) |
本場イタリアとの合作で作られたジャッロ映画。ロンドンの下町を舞台に、切り裂きジャックを彷彿とさせる連続娼婦殺人事件が発生。真犯人によって容疑者に仕立て上げられた男と捜査を担当するスコットランドヤードの捜査官が、神出鬼没の殺人鬼の正体に迫る・・・というのが大まかなストーリーだ。
今回ナッシーが演じるのは、その無実の罪で追われる身となった男ペドロ。暗い過去を背負って酒びたりの日々を送っている、という設定はナッシーらしい役どころだが、キャラクターのバックグランドがストーリーと全く絡んでこないこともあって、残念ながらとても薄っぺらな印象を受けてしまうことは否めない。
また、謎解きが謎解きとして成立していない、というのはジャッロの世界では往々にしてありがちなので許せるにしても、何のトリックもサプライズも用意されていないクライマックスへの展開は、映画の見せ方として大いに疑問の残るところ。真犯人の正体にしても、ストーリーの中盤でだいたい想像がついてしまう。
物語の主要人物はペドロと捜査官のキャンベル、その親友ウィンストンの3人。殺人鬼がなぜ何の関わりもないペドロの存在を知っており、彼を容疑者に仕立てようとしたのか?ということを考えると、おのずとその正体も見えてくるはずだ。
さらに、次から次へと女性がバンバン殺されていく展開は賑やかでいいのだが、ジャッロにとって肝心要とも言える殺人テクニックに気の利いた捻りがなく、どうしても野暮ったい印象を受けてしまうのも残念。セット・デザインやファッション、カメラワークなども、イタリア産ジャッロに比べるとやはり田舎臭い。
とまあ文句ばかり並べてみたが、実際にロンドンの街中で撮影されたロケ・シーンの臨場感はなかなか悪くない。イタリア映画界のマエストロ、ピエロ・ピッチョーニの手掛けたモダン・ジャズ・スタイルの音楽スコアも非常にクールだ。
セックス&バイオレンスの描写は全体的に控えめではあるものの、女性のボディに突き刺さるナイフを接写で捉えたシーンは印象的。ブタの皮か何かを使ったのだろうか。皮膚の質感やナイフの切り口が妙にリアルで、地味ながら効果的な描写に仕上がっている。
総じて平均点よりも若干低めのジャッロ、といったところだろうか。途中でペドロが狼男に変身するという展開だったら、違った意味でとても楽しめる怪作になっただろうに・・・と思ってしまうのは、筆者だけではないはず(?)
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ペドロの妻マリリンも殺害された |
担当捜査官のキャンベル(R・マリナーノ) |
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キャンベルの親友で大学教授のウィンストン(A・レシーノ) |
ウィンストンの教え子ローズマリーまでもが無残な死体に |
ロンドンの下町でダイアナという娼婦が殺害される。続いて、マリリンという年増の娼婦も殺された。被害者はいずれも腹をナイフで裂かれており、内臓が丁寧に抜き取られていた。明らかに医学の知識のある人間か、もしくは屠殺業の経験のある人間の仕業だ。
捜査主任となったスコットランドヤードのキャンベル捜査官(レンツォ・マリナーノ)は、おのずと“切り裂きジャック”のことを連想する。まず容疑者として、二人目の犠牲者マリリンの夫ペドロ(ポール・ナッシー)の名前が浮上した。周囲では陰険な変わり者という評判だったからだ。
かつてサーカス団の花形曲芸師として活躍したペドロだったが、事故で脚を怪我して引退を余儀なくされたという過去があった。それ以来、酒に溺れる毎日を送るようになり、妻マリリンは売春で生計を立てねばならなかったのだ。スペイン人に対する偏見から喧嘩を売られることもしばしば。腕っぷしは強いので負けることはなかったは、それが逆に悪評を高めてしまった。
さらに、第三の殺人事件が発生。ペドロには明らかなアリバイがあった。キャンベルは被害者たちが犯人を家の中へ入れているという点に着目し、見た目では誰からも疑われないような人間が犯人である可能性が高いと考える。しかし、親友の大学教授ウィンストン(アンドレ・レシーノ)は、ペドロのような人間が犯人に違いないと念を押すのだった。
そのウィンストンは、ローズマリーという若い教え子に下心を持っていた。彼女がロック・バンドのメンバーと付き合っていることを知った彼は、両親に告げ口するぞと脅して二人の仲を裂こうとした。その晩、学校の体育館でローズマリーの死体が発見される。現場には恋人のアンソニーがいた。怯えて逃げ出したアンソニーは、通りがかった車にはねられて即死してしまう。
アンソニーがローズマリー殺しの犯人かと思われたが、キャンベルは違った。彼はたまたまその場に居合わせただけに過ぎない。ローズマリーを殺したのは、一連の娼婦殺人事件と同一犯だ。
その頃、ペドロは死んだマリリンの親友である娼婦ベリンダと再会。ペドロに好意を寄せていたベリンダは、彼を遊びに連れ出す。すっかり酔っ払って上機嫌の二人。自宅ベッドで目覚めたペドロは、隣にベリンダの死体が横たわっているのを発見する。しかも、そこへ警官隊が押しかけてきた。何者かが、彼をハメるために警察へ匿名電話をかけたのだ。着の身着のまま、ペドロは窓から外へ飛び降りて逃亡する。
その直後、スコットランドヤードのキャンベル宛てに女性の生首が送られて来た。被害者は貴族の女性。犯人は娼婦を殺すだけでは飽き足らず、ついには上流階級の女性にまで手を広げようというのだ。
逃亡したペドロは、自ら真犯人を突き止めるべく手がかりを探すため、最初の犠牲者ダイアナの同居人である娼婦ルル(パトリシア・ローラン)のもとを訪れる。だが、けんもほろろに追い返された上、彼女の集めたチンピラ集団に襲われる。しかし、腕に覚えのあるペドロなだけに負けてはいない。たちまちのうちに、チンピラたちを蹴散らしてしまった。その姿を見たルルは、彼が無実であることを確信する。→ウソのようなホントの話(笑)
一方、今度はウィンストンの妻サンディ(オルケディア・デ・サンティス)が行方不明となる。実はウィンストンは性的不能者で、サンディはそのことに不満を持っていた。彼女から常々相談を受けていたキャンベルは、サンディがそのことを理由に失踪したのではないかと考える。しかし、一方のウィンストンはキャンベルと妻の不倫関係を疑っていた。
それから数日後、川原でサンディの無残な遺体が発見される。身元確認を終えて憔悴しきったウィンストンを心配したキャンベルは、しばらく田舎へでも行って休養を取るよう勧めるのだった。
ペドロに協力するようになったルルは、驚くべきニュースを持って彼のもとへやって来る。真犯人はキャンベルだというのだ。その日、キャンベルがルルの留守宅を訪れたのだが、その姿を見た階下に住む少女バーバラによると、ダイアナが殺害された夜に一緒にいた男性と同一人物だったという。
そこで、ペドロはキャンベルを告発する手紙を長官宛に書き、それをルルに届けさせることにする。ところが、ルルはキャンベルの顔も長官の顔も知らないため、長官のふりをして出てきたキャンベルに手紙を渡してしまった。
外で待っていたペドロと合流したルル。その傍をキャンベルが足早に去って行った。そこで初めてルルの間違いに気付いたペドロは、急いでキャンベルの後を尾行するのだったが・・・。
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目覚めたペドロの隣には娼婦の死体が |
スコットランドヤードに送り届けられた女性の生首 |
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ウィンストンの妻サンディ(O・デ・サンティス)も犠牲となった |
手がかりを求めて娼婦ルル(P・ローラン)と接触するペドロ |
細かいところで辻褄が合わないのはご愛嬌。脚本にも参加したホセ・ルイス・マドリード監督は、もともとマカロニ・ウェスタンやスパイ・アクションなどを手掛けていた人物。本作の前年には“El
vampiro de la
autopista(高速道路のバンパイア)”(70)というホラー作品を撮っているようだが、タイトルだけ見るとそっちの方が面白そうな気がするのだが・・・(笑)
さらに、『荒野の無頼漢』(70)から『テンタクルズ』(77)、『ブロンクスの脱出』(83)から『キラー・コップ 悪魔の熱線殺人』(85)に至るまで、イタリアのB級娯楽映画には欠かせないシナリオ・ライター、ティト・カルピが脚本にに参加しているのも見逃せない点だ。
そして、グルーヴィーでカッコいいスコアを手掛けた巨匠ピエロ・ピッチョーニ。『シシリーの黒い霧』(62)や『真実の瞬間』(65)、『コーザ・ノストラ』(73)などフランチェスコ・ロージとのコラボレーションでも知られた作曲家だが、その一方でモンド映画やスパイ映画、セックス・コメディなど低予算映画のライトな音楽も数多く手掛けている。イギリス映画『デンジャー・ポイント』(70)やモンド映画『ハレンチ地帯をあばく/裸にされたイギリス』(69)のサントラなどは、ジャズ・ファンクの名盤としてクラブDJなどにも人気が高い。本作では正統派寄りの渋めなジャズ・サウンドを披露。本編よりも遥かに出来が良かったりするのが皮肉ではある。
なお、様々な資料ではナッシーの役名がピーターとなっているが、少なくとも筆者の見た英語吹替え版ではペドロという名前のスペイン人とされている。もしかしたら、オリジナルのスペイン語版もしくはイタリア語版ではピーターと名前が変えられているのかもしれない。
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その間にも次々と女性が殺されていく |
女性の肌を鋭いナイフが切り裂いていく |
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自分を告発する手紙を読んで愕然とするキャンベル |
ペドロはキャンベルの後を尾行する |
今回の共演者で最も注目したいのは、ウィンストンの妻サンディ役を演じているイタリア女優オルケディア・デ・サンティス。出演作の殆んどが未公開なため日本では無名に等しいが、そのミステリアスな美貌と脱ぎっぷりの良さから、70年代のセックス・コメディやソフト・ポルノなどで大活躍した人気スターだった。
そのほか、マドリード監督作品の常連女優だったパトリシア・ローラン、アルジェントの『4匹の蝿』やドーソンの『地獄の謝肉祭』などにチョイ役で出ていたレンツォ・マリナーロなどが共演。とりあえず、オルケディア・デ・サンティス以外の女優が揃いも揃って不細工なのはいかがなもんか(笑)。
また、ウィンストン役のアンドレ・レシーノはスペインの有名な二枚目俳優で、『ワルプルギスの夜/ウルフVSヴァンパイア』でもナッシーと共演している。
ワルプルギスの夜/ウルフVSヴァンパイア
La noche de
Walpurgis (1971)
日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売
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(P)2002 Anchor Bay (USA) |
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆ |
DVD仕様(北米盤) カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語(一部スペイン語)/字幕:一部のみ英語/地域コード:1/95分/製作:スペイン・西ドイツ 映像特典 P・ナッシー インタビュー オリジナル劇場予告編 TVスポット ポスター・ギャラリー P・ナッシー バイオグラフィー |
監督:レオン・クリモフスキー 製作:サルヴァドーレ・ロメロ 脚本:ハシント・モリーナ ハンス・ムンケル 撮影:レオポルド・ヴィラセニョール 音楽:アントン・ガルシア・アブリル 出演:ポール・ナッシー ギャビー・フックス バルバラ・カペル パティ・シェパード アンドレ・レシーノ イェレナ・サマリーナ ホセ・マルコ |
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ダニンスキー(P・ナッシー)の遺体を検死する医者たち |
銀の弾丸を抜き取ったために甦ってしまう |
ワルデマール・ダニンスキー物の第3弾。今回のダニンスキーは北フランスの人里離れた一軒屋に暮らす孤独な作家として登場する。もちろん、その正体は狼男だ。そこへ、伝説的な女吸血鬼の墓を探しに若い女性二人組がやって来る。ふとしたミスから女吸血鬼を甦らせてしまった彼女たち。そのうちの一人エルヴァイラを愛するようになったダニンスキーは、彼女を救うために狼男となって女吸血鬼に闘いを挑む。
『吸血鬼ドラキュラ対狼男』の基本プロットにアレンジを加えただけという気がしないでもないが、B級映画の世界でそういうことを言っちゃおしまいだろう。レズビアン的なムードを取り入れているのはハマー・ホラーの影響だろうし、一瞬だけ出てくる修道僧のゾンビなんかはアマンド・デ・オッソリオの“エルゾンビ”シリーズを彷彿とさせなくもない。ワリと大胆なヌード・シーンも出てくる。70年代という時代に即した狼男映画に仕上がっていると言ってもいいだろう。
ただ、問題なのは全体のペース。40年近くも前の映画なので仕方がないとはいえ、それにしても無駄なシーンが多くてテンポが遅い。クライマックスのダニンスキーと女バンパイアの一騎打ちもあまりに呆気なく、尻つぼみ的な印象が残るのは致し方ないところだろう。
その一方で、バンパイアの登場シーンをスローモーションで統一したのは大正解。舞台となる古城の廃墟のダークなムードとの相乗効果もあって、非常に幻想的で美しい映像が出来上がった。女吸血鬼の黒衣装もなかなかスタイリッシュで印象的なデザインだ。
監督を手掛けたのはアルゼンチン出身のレオン・クリモフスキー。これがナッシーとの初仕事で、以降『Dr.ジキルvs狼男』や『ゾンビの怒り』など度々コンビを組むこととなる。プライベートでも大変親しかったというナッシー曰く、クリモフスキー監督の最大の欠点は撮影が早すぎるということ。さっさと仕事を片付けてしまいたいためか、よく考えもせずに次々とオーケーを出して撮影を進めてしまうのだそうだ。
そう言われると、確かにスローモーション以外は特に凝って工夫したようなシーンは見られない。編集も大雑把でメリハリに欠けている。なによりも、肝心の恐怖シーンでモンドなラウンジ・ミュージックを流してしまう適当さは、逆に狙ったのではないか?と思えてくるほどだ。恐怖演出そのものも拍子抜けするくらいアッサリとしており、そもそも観客を怖がらせるつもりがあるのか?という疑問すら沸いてくる。
ひとまずムードだけは合格点。イージーなラウンジ・スコアも、使い方が間違っているだけで出来自体は悪くない。これでもっとクリモフスキー監督にやる気があったなら、それなりの佳作に仕上がっていたことだろう。
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パリから来た女子大生エルヴァイラとジュヌヴィエーヴ |
二人は伝説的な女吸血鬼の墓を探していた |
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ダニンスキーに魅了されるエルヴァイラ(G・フックス) |
屋敷内を散策していたジュヌヴィエーヴ(B・カペル)だったが・・・ |
狼男ワルデマール・ダニンスキー(ポール・ナッシー)が銀の銃弾によって退治された。しかし、検視を担当した医師は狼男の存在を信じておらず、バカバカしいと一笑に付して銀の銃弾を抜き取ってしまった。次の瞬間、狼男として甦ったダニンスキーは医師らを殺害し、どこへともなく逃げ去っていく。
場所は移って花の都パリ。女子大生のエルヴァイラ(ギャビー・フックス)とジュヌヴィエーヴ(バルバラ・カペル)の二人は、黒魔術の罪で殺されたという15世紀の女吸血鬼ナダスディ伯爵夫人を卒業論文の題材に選んだ。彼女の墓が北フランスの小さな村の傍にあるらしいという情報を掴んだ彼女たちは、休暇を利用してその村へ出かけることにする。
ところが、村へ向かう途中でガソリンが足りなくなってしまった。助けを呼ぼうと近隣の家を探したエルヴァイラは、ダニンスキーというハンサムな男性とバッタリ出くわす。彼女たちの事情を知ったダニンスキーは、近くにある自宅へ二人を招くことにした。
ダニンスキーは作家だった。彼は中世の歴史に興味があり、古いゴシック建築の遺跡などに関する本を書いているのだという。そうと知ったエルヴァイラとジュヌヴィエーヴは、ディナーの席でナダスディ伯爵夫人の墓について尋ねてみた。すると、途端にダニンスキーの表情がこわばって黙りこくってしまう。
その晩、眠りにつこうとしたエルヴァイラは奇妙な女性に首を絞められそうになる。その女性はダニンスキーの妹エリザベス(イェレナ・サマリーナ)だった。エリザベスは父親の死のショックで精神的な病を抱えており、奇妙な行動が目立つものの基本的には人畜無害だという。そう語るダニンスキーの寂しげな表情を見て、エルヴァイラは強く惹かれるものを感じた。
その頃、屋敷の中を散策していたジュヌヴィエーヴは、血みどろになった鎖を発見して驚く。そこへエリザベスが襲い掛かってきた。彼女の悲鳴を聞いたダニンスキーとエルヴァイラが駆けつけると、既にエリザベスは姿を消していた。その後、ダニンスキーはエリザベスに忠告する。“彼女たちに手を出すな。自分にとって最後の希望なのだから”と。
ダニンスキーの所蔵していた資料をもとにナダスディ伯爵夫人の墓を見つけ出したジュヌヴィエーヴとエルヴァイラ。白骨化した遺体に突き刺さったナイフを抜き取ったジュヌヴィエーヴは、その拍子に腕を傷つけてしまった。
手当てをするためにその場を立ち去るジュヌヴィエーヴとダニンスキー。だが、彼らはナダスディ伯爵夫人の遺体にジュヌヴィエーヴの血がふりかかったことに気付いていなかった。さらに、廃墟を散策していたエルヴァイラが修道増のゾンビに襲われる。間一髪でゾンビを倒したダニンスキーだったが、いやな胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
その夜、甦ったナダスディ伯爵夫人(パティ・シェパード)によってジュヌヴィエーヴがバンパイアとなり、その様子を目撃したエリザベスが惨殺された。さらに、不思議な声によって呼び出されたエルヴァイラに、ジュヌヴィエーヴが牙をむく。そこへ十字架を持ったダニンスキーが現われ、ジュヌヴィエーヴを追い払った。
お互いに愛し合っていることを改めて確認したダニンスキーとエルヴァイラは、共に協力してナダスディ伯爵夫人を倒すことを誓う。さらに、ダニンスキーは自らが狼男であることを告白した。今夜は満月。エルヴァイラにまで危険が及んでしまうかもしれない。
ダニンスキーに言われて村の空き家で一夜を過ごすことにしたエルヴァイラ。その間、狼男に変身したダニンスキーは近隣の住人を殺害する。翌朝、ボロボロになったダニンスキーを発見したエルヴァイラは、彼が本当に狼男なのだということを理解した。そんな彼女に、何かあったときは自分の胸に銀の十字ナイフを刺して殺すように懇願するダニンスキー。愛する人に殺されて初めて、彼の魂は解放されるのだ。
一方、ナダスディ伯爵夫人とジュヌヴィエーヴは執拗にエルヴァイラを狙う。ついに彼女はジュヌヴィエーヴの毒牙にかかってしまった。しかし、逃げようとしたジュヌヴィエーヴをダニンスキーが殺害。おかげで、エルヴァイラはヴァンパイアになることを免れた。その様子を見ていたナダスディ伯爵夫人は復讐を誓う。
その頃、エルヴァイラの恋人である刑事マルセル(アンドレ・レシーノ)は、二人と連絡が取れなくなったことを心配していた。単身村へとやって来たマルセルは、地元の人々が狼人間やバンパイアの存在に怯えながら生活していることを知って驚く。
住民の証言からエルヴァイラたちがダニンスキーの屋敷に宿泊していることを突き止めたマルセル。彼と話をしたダニンスキーは、パリへ帰ることがエルヴァイラにとって最善の策だと考え、彼女のことをマルセルに任せる。
エルヴァイラとマルセルを見送ったダニンスキーは、ナダスディ伯爵夫人との対決に挑むべく準備を始める。ところが、パリへ向かったエルヴァイラとマルセルが、ナダスディ伯爵夫人に捕らえられてしまった。今日は“ワルプルギスの夜”。伯爵夫人は二人を生贄にして、悪魔を復活させる儀式を行おうとしていたのだ・・・。
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ついに女吸血鬼ナダスディ伯爵夫人の墓を発見 |
甦った伯爵夫人によってジュヌヴィエーヴは・・・ |
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自らが狼人間であることを明かすダニンスキー |
バンパイアと化したジュヌヴィエーヴを退治する |
“ワルプルギスの夜”とはキリスト教以前の古代宗教に端を発するヨーロッパの伝統的な祭り。本来は春の恵みを祝う行事らしいのだが、その一方で死の世界と現世の境目が最も弱くなる時間帯とも言われ、魔女たちが宴を行うという伝説もあることから、悪魔崇拝の日であると信じられている地方もあるという。日本人にはあまり馴染みない風習だが、ヨーロッパ人にとっては“お盆”みたいなものなのかもしれない。
ナッシーと共同でハンス・ムンケルという人物が脚本にクレジットされているが、実際はナッシー一人で脚本を書いている。というのも、当時のスペインでは外国のプロダクションと合作する場合、両方の国の脚本家が連名で書いた脚本でないと検閲が受け付けてくれなかったのだ。同じように西ドイツとの合作だった『吸血鬼ドラキュラ対狼男』は彼一人の名前しかクレジットされていなかったが、その間に検閲のシステムが変わったのだろう。
撮影を手掛けたのは、フアン・ルイス・ブニュエル監督、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『赤いブーツの女』(74)を撮ったレオポルド・ヴィラセニョール。彼は、次のダニンスキー物“La
Furia del Hombre
Lobo”(72)にも参加している。
また、『吸血鬼ドラキュラ対狼男』では助手だったホセ・ルイス・モラレスが、本作では特殊メイク担当に昇格。さらに、アルマンド・デ・オッソリオ監督作品の常連であり、SF映画『ミッション・スターダスト』(67)のグルーヴィなラウンジ・スコアで有名なアントン・ガルシア・アブリルが音楽を担当している。
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復讐を誓うナダスディ伯爵夫人(P・シェパード) |
満月によって狼男へ変身してしまうダニンスキー |
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エルヴァイラの恋人マルセル(A・レシーノ) |
伯爵夫人との一騎打ちに備えるダニンスキーだったが・・・ |
ダニンスキーと愛し合う女性エルヴァイラ役を演じているギャビー・フックスは、悪名高い怪作『残酷!女刑罰史』(70)で舌を抜かれるなどの拷問を受けていたオーストリア人女優。その親友ジュヌヴィエーヴ役のコケティッシュなバルバラ・カペルは、当時主に西ドイツのセックス・コメディで活躍していた女優だった。
そのほか、スペインを拠点にマカロニ・ウェスタンやホラー映画に数多く出演したアメリカ人女優パティ・シェパードが吸血鬼ナダスディ伯爵夫人役を、前作“Jack
el destripador de
Londres”でもナッシーと共演したアンドレ・レシーノが刑事マルセル役、当時ジェス・フランコ作品の常連でもあったロシア人女優イェレナ・サマリーナがダニンスキーの妹エリザベス役を演じている。
El gran amor del conde Dracula
(1972)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売
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(P)2008 BCI Eclipse (USA) |
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆ |
DVD仕様(北米盤) カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/85分/製作:スペイン ※『お色気吸血鬼』とカップリング 映像特典 ドライブ・インCM集 |
監督:ハヴィエル・アギーレ 脚本:ハシント・モリーナ 撮影:ラウール・ペレス・クベーロ 音楽:カルメロ・A・ベルナオーラ 出演:ポール・ナッシー ロッサナ・ヤンニ エイディ・ポリトフ イングリッド・ガルボ ミルタ・ミレール ヴィクトル・アルカザール |
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古城の中を物色して回る運び人たち |
何者かによって殺害される |
恐らく、ポール・ナッシーにとって最大のミス・キャストが、このドラキュラ伯爵役かもしれない。ドラキュラといえば、長身でスマートでセクシーでハンサムなバンパイア貴族。もちろん、それはクリストファー・リーやフランク・ランジェラなど一部のドラキュラ俳優によって作り上げられたイメージに過ぎないのだが。
ベラ・ルゴシのドラキュラは白塗りの不気味さの方が目立ったし、ジョン・キャラダインのドラキュラは必ずしもセクシーとは言えなかった。ジャック・パランスのドラキュラはハンサムとは程遠かったし、ゲイリー・オールドマンのドラキュラは醜悪ですらあった。しかし、それでもなお、重量上げ出身のゴリ・マッチョがドラキュラ役を演じるというのは、どうにもこうにも無理があったとしか思えない。
舞台は19世紀末のトランシルヴァニア。馬車の故障でドラキュラの城に泊まることとなった美女たちが、次々とバンパイアになっていく。そして、ドラキュラ伯爵は亡き娘をこの世に復活させるため、美女たちの中で唯一の処女カレンを儀式の生贄にしようとする。しかし、彼女のことを本気で愛していた伯爵は儀式を取りやめたばかりか、女バンパイアたちを自らの手で殺し、挙句の果てには自害して果てるという物語。
善と悪のはざまで悩み苦しむ孤高のヒーローという設定は狼男ダニンスキーと一緒なのだが、今回のドラキュラ伯爵はさらにとことんまでネガティブで自暴自棄。それでいて愛に生きるロマンチスト。なおかつ残虐で冷酷。ストーリーも支離滅裂なところが多いのだが、それにも増してナッシー版ドラキュラは、半ば分裂症気味ともいえるちょっとイタいキャラクターなのだ。
主人公のキャラ設定がブレまくっているだけに、ストーリーの展開もかなり迷走状態。結局この人たちは何がしたいのか?という大きな疑問を抱えたまま、物語は大仰なメロドラマ的クライマックスを迎える。タイトルの通り、ドラキュラ伯爵の大いなる愛を描こうとしたのだろうが、愛が全てというだけで済まそうというのはお門違いだ。
ナッシーのナルシスティックな演技にも違和感があるし、ハヴィエル・アギーレ監督の演出も歯切れが悪い。バンパイアの登場シーンがスローモーションというのも、『ワルプルギスの夜/ウルフVSヴァンパイア』のコピーに過ぎないだろう。せっかくロケーションや美術セットは豪華で美しいのに、それらがあまり生かされているとは思えない。
ただ、ドラキュラ伯爵が女バンパイアたちをこれでもかと残虐な方法で殺していく下りは、なかなか意表を突いて驚かされる。確かに伯爵の意図とは全く違うところで勝手にバンパイアになっちゃった連中だから何の負い目も感じないのだろうが、それにしてもアンタ酷な人よのぉ・・・と思わず唖然とさせられること必至だ。
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馬車が壊れて立往生してしまった一行 |
マーロウ博士(P・ナッシー)の城に宿泊することとなる |
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夜中に廊下へ出たカレン(H・ポリトフ) |
そこにはバンパイアと化した運び人が |
とある古城に棺が運び込まれた。運び人の男二人は、城内に金目のものがないかと探し始める。すると、マントを羽織った不気味な影が。一人は首を噛まれ、もう一人は斧で頭を割られて殺された。
一台の馬車がカルパチア山脈を駆け抜けようとしている。乗っているのはイムレ(ヴィクトル・アルカザール)という男性と、カレン(エイディ・ポリトフ)、センタ(ロッサナ・ヤンニ)、マレーネ(イングリッド・ガルボ)、エルケ(ミルタ・ミレール)の女性4人。ところが、馬車の車輪が外れて立往生してしまった上、暴れて逃げ出した馬に蹴り飛ばされた御者が死んでしまった。
イムレによると、この辺りはヴァン・ヘルシング教授とジョナサン・ハーカーがドラキュラ伯爵を倒した場所だという。近くにある古城ではかつてカルゴス博士という人物が怪しげな実験を行っていたが、悪事がばれて絞首刑に処せられてしまい、現在はマーロウ博士というオーストリア人の医者が住んでいるという。
5人はその古城へと向かうことにした。マーロウ博士(ポール・ナッシー)は彼らを歓迎し、街から馬車が来るまでの間、彼らを泊めてくれるという。一行はホッと胸をなでおろした。
その晩、風に揺れる窓の音が気になって廊下へ出たカレンは、バンパイアと化した運び人の男とバッタリ遭遇。悲鳴をあげて気絶してしまった。そこへ駆けつけたマーロウ博士は、彼女を寝室へ運び込む。目を覚ましたカレンと同室のセンタに、雨宿りに来た浮浪者が迷い込んだだけだと博士は説明する。
翌朝、一行が気がつくとマーロウ博士の姿はなかった。置手紙によると、昼間は狩りに出かけているという。イムレとマレーネが散歩を楽しんでいる間、カレンとセンタ、エルケの3人は城内を散策していた。すると、彼女たちは図書室で一冊の古い本を発見する。
それはドラキュラ伯爵に関する書物だった。記述によると、純潔の処女がドラキュラ伯爵と恋に落ちたとき、初めて伯爵は強大な力を得ることが出来るという。そして、その処女が自ら進んで生贄となることで、伯爵の娘ラドナがこの世に甦るというのだ。
日も暮れたころ、イムレはマレーネの寝室へと向かっていた。ところが、バンパイアの運び人によって襲われ、血を吸われてしまう。さらに、バンパイアと化したイムレは寝室で待っているマレーネを襲った。
一方、なかなか眠れずに城内を歩き回っていたカレンは、居間で読書をしているマーロウ博士を見つけた。夜の庭を散歩する二人。この古い城で一人暮らす博士の孤独な心情を知ったカレンは、彼に想いを寄せるようになる。
朝になって、カレンたちはイムレとマレーネの姿が見当たらないことに気付く。付近の森などを捜しているうちに、センタが足を怪我してしまった。博士が狩りのために仕掛けておいた罠にはまってしまったのだ。
夜になって、不気味な声に導かれたエルケが、バンパイアとなったマレーネに襲われる。その頃、怪我の回復したセンタはマーロウ博士を誘惑。誘われるがままに彼女を抱いた博士だったが、他に愛している女性がいるのだと言って立ち去った。
さらに、カレンがイムレに襲われる。しかし、彼女の悲鳴を聞いて駆けつけた博士によって助けられ、イムレは殺害された。運び人の男も博士に倒され、カレンは博士の胸に抱きしめられながら愛を誓う。一方、バンパイアとなったマレーネとエルケはセンタをも餌食にしていた。
翌朝、城内がもぬけの殻になっていることに気付いたカレン。すると、どこからかマーロウ博士の声が聞こえてくる。それを頼りに地下へ降りていくと、そこにはバンパイアと化したセンタ、マレーネ、エルケの3人が。さらに振り返ると、そこには黒いマントに身を包んだマーロウ博士の姿があった。彼こそ、正真正銘のバンパイア、ドラキュラ伯爵だったのだ。伯爵は処女であるカレンを生贄にし、娘ラドナを甦らせようとするのだが・・・。
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ドラキュラに関する本を発見した女性陣 |
イムレ(V・アルカザール)がバンパイアの餌食に |
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今度はマレーネ(I・ガルボ)がイムレに襲われる |
何者かの声に呼び出されるエルケ(M・ミレール) |
とまあ、無駄な展開の多い本作。その一方で、ナッシー作品の中でも特にヌード・シーンやセックス・シーンが過激な作品の一つでもある。監督のハヴィエル・アギーレは『傴僂男ゴト/戦慄の蘇生実験』(73)でもナッシーと組んでいるが、あちらは逆に性描写が控えめで、その代わりに残酷シーンは満載だった。もともとドキュメンタリー作家としてスペイン国内では高く評価された人だったらしく、70代半ばを迎えた今も現役バリバリで活躍している。
撮影監督のラウール・ペレス・クベーロは、スペインの名匠ホセ・ルイス・ガルシ監督とのコンビで知られ、これまでに数多くの映画賞を受賞している名カメラマン。ただ、当時は低予算娯楽映画も手掛けており、『傴僂男ゴト/戦慄の蘇生実験』やフランコ・ネロ主演のイタリア映画『シャーク・ハンター』(79)にも参加している。
また、本作ではアマンド・デ・オッソリオの『エル・ゾンビV/死霊船大虐殺』(74)や『エル・ゾンビW/呪われた死霊海岸』(75)、エウジェニオ・マルティンの『ゾンビ特急地獄行』(73)などを手掛けたパブロ・ペレスが、特殊メイクを担当していることにも注目しておきたい。冒頭の斧で頭をかち割るシーンなどは、マリオ・バーヴァの『血みどろの入江』(71)をパクッたものだろう。
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センタ(R・ヤンニ)に食らいつくマレーネとエルケ |
カレンはマーロウ博士と愛を誓う |
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カレンの前にバンパイアと化した友人たちが |
マーロウ博士の正体はドラキュラ伯爵だった |
ドラキュラ伯爵に魅了される処女カレン役を演じているエイディ・ポリトフは、ウーゴ・リベラトーレ監督の『南海のフリー・セックス』(68)や巨匠マルセル・カルネ監督の『若い狼たち』(67)などでヒロインを務めたフランス女優。なかなか可憐で美しい女優さんだ。
女性陣の中で最もアグレッシブで肉感的なセンタ役を演じているロッサナ・ヤンニは、70年代のスパニッシュ・ホラーには欠かせないセクシー女優。ナッシーとは『吸血鬼ドラキュラ対狼男』でも共演していた。
いかにもスパニッシュな濃厚ビューティ、エルケ役のミルタ・ミレールも、当時のスペインやイタリアのホラー映画、アクション映画でお馴染みの女優さん。彼女も、ナッシーとの共演作が多い。
また、イムレ役のヴィクトル・アルカザールも、ヴィック・ウィナーという名前で『ザ・ゾンビ 黒騎士のえじき』(72)や『ゾンビの怒り』(73)などナッシー作品に度々出演していた俳優だ。