ワン・コインDVDの罪と罰

 

 とあるビデオ・メーカーに勤める知人が、洋画クラシックのDVDを宣伝するため大手の書店流通会社を訪れた際に、担当者からこう言われたそうである。“「ローマの休日」だって500円で手に入る時代に、何でこんなに高いの?”と。そのDVDの販売価格は3800円。洋画DVDとしては、ごく一般的な価格である。
 最近では書店だけでなく、地下鉄やJRの特設スペースなどでも洋画DVDが500円以下で販売されているのを目にする事が多い。どれも知名度の高い名画ばかりである。よく見ると聞いた事もないようなメーカーから発売されているが、正々堂々と販売されているからにはちゃんとした商品なのだろう、と普通の人は信じてしまうかもしれない。しかし、である。これらのDVDが極端に安いのには、もちろんそれなりの理由があるのだ。そして、こうしたDVDが世に数多く出回っているという現状は、実は映画という文化に多大なダメージを与えかねない。何故なら、ワン・コインDVDは合法スレスレの海賊盤だからである。

 

CASABLANCA-3.JPG CASABLANCA_3.JPG

ワン・コインの「カサブランカ」<1>

ワーナー盤の「カサブランカ」<1>

CASABLANCA-4.JPG CASABLANCA_4.JPG

ワン・コインの「カサブランカ」<2>

ワーナー盤の「カサブランカ」<2>

 

 まずは、ワン・コインDVDの「カサブランカ」とワーナーから発売されている正規盤DVDの「カサブランカ」のワン・シーンを見比べてもらいたい。ワン・コインDVDの方が全体的にぼやけており、細部の輪郭が不鮮明なのがよく分かるだろう。ここではキャプチャーした画像を縮小しているので、それほど極端に違っては見えないかもしれないが、実際にTVモニターに映すとさらにその差は歴然としている。
 <1>ではテーブル・ライトや植木などのディテールが思いきり潰れてしまっているし、<2>では画面が完全に白くボケてしまっている。一方のワーナー盤は、衣装生地の質感から小道具の細部に至るまで丁寧に再現されており、白と黒のコントラストも鮮明。60年以上前に撮影された映画とは思えないくらいに美しい。画質というのは映画そのものの印象を大きく左右するだけに、ワン・コインDVDの画質の悪さは致命的だ。この「カサブランカ」などはかなりマシな方で、中にはスクラッチ・ノイズやフィルムの欠損で見るに耐えないような代物もある。
 それにしても、何故これだけ画質に差があるのか。ずばり言ってしまえば、ワン・コインDVDは複製された映像を使用しているからなのだ。通常、映画にはマスターとなるネガ・フィルムがある。実際に撮影に使用されたフィルムだ。これを使って編集したのがオリジナル・ネガ。そこからさらにマスター・ポジ、デュープ・ネガと呼ばれる中間素材を複製し、さらに映画館で上映する際に使用するポジ・フィルムが作られる。ワン・コインDVDに収録されている映像は、この上映用ポジ・フィルムを使用しているのだ。昔は映画館へ配った上映用ポジの管理がいい加減で、映画館の倉庫などに放置されたまま二束三文で転売されいったフィルムが数多くあった。ビデオからビデオへダビングしていくと画質が悪くなっていくように、上映用ポジは複製を重ねているためにオリジナル・ネガよりも画質が劣化している。その上、映画館で数え切れないほど使用され、きちんと管理もされずに放置されていたポジ・フィルムの画質が悪くなるのは当たり前。
 海外には、このような使い古しの映画素材を専門に取り扱っている業者が幾つかあって、そこから日本のメーカーがマスター・テープを購入してワン・コインDVDを作っているのだ。だいたい、相場は1作品につき10万円〜15万円くらい。しかも買い切りである。メキシコ辺りのB級映画でもビデオ販売権だけで200万円前後は最低かかるという事を考えれば、どれだけ安いか分かるだろう。しかも、普通はそれ以外にロイヤリティとして定期的に売上額の30%くらいは持って行かれる。いずれにせよ、このような業者はほとんどタダ同然で手に入れたフィルムをテープにダビングして販売しているだけなのだから、たとえ10万円であろうとボロ儲けなのである。
 このように、ワン・コインの激安DVDを販売しているメーカーは、正規の権利者から映画を購入しているのではないのだ。「カサブランカ」を例に取るならば、正規の権利者は当時の製作・配給を担当したワーナー・ブラザーズ。当然、元になるネガ・フィルムもワーナーが所有して管理している。「ローマの休日」ならばパラマウント・ピクチャーズである。彼らは、DVDを製作するに当たってオリジナル・ネガをクリーニングし、テレシネと呼ばれるビデオグラム化作業を行い、さらにはフィルムについたキズなどをフレームごとにデジタル処理によって除去していく。音声についてもノイズ除去などのデジタル加工を施し、場合によってはステレオ化、サラウンド化することもある。こうした一連の作業をリマスターと呼ぶ。このリマスター作業だけでも、実は莫大な費用がかかるのだ。そうして出来上がったマスター・テープの高画質・高音質をそのままDVDにするために、最高級のプロ機材を使用してオーサリングと呼ばれるDVD化作業を行う。
 一方のワン・コインDVDは当然ながら、そのようなリマスター作業は一切行われていない。しかも、最近では安価な民生用機材を使用して5万円〜6万円くらいでオーサリング作業を請け負う業者も多いし、プレスに関しても台湾や韓国に発注すれば1枚辺り40〜50円程度でDVDが出来上がってしまう。実際に、手元にある「カサブランカ」のワン・コインDVDのディスク面には、小さく“Pressed in Korea”と表記されている。たとえ500円でも十分に儲かってしまう、おいしい商売なのだ。
 ちなみに、アメリカでも日本でも、著作物の権利を大切にするビデオ・メーカーは決して台湾や韓国にプレスを発注したりしない。何故ならば、管理上の安全面で大いに問題があるからだ。実際、韓国や台湾でプレスされた作品が、正規盤よりも先に海賊盤として出回ってしまったケースは数知れず。ファミリー向けのDVDに間違ってアダルト映像が収録されてしまったようなケースさえあった。まさしく、安かろう悪かろうの世界である。

 さて、それでは何故そんなに安いマスター・テープが正規の権利者ではない業者によって売買されているのか?その理由は、それらの作品が法律上の著作権保護期間を過ぎてしまっているから。つまり、著作権が存在しないのである。これをパブリック・ドメインという。公共の財産というわけだ。ただし、これはあくまでも映像作品としての著作権保護期間が過ぎただけであって、俳優の肖像権であったりとか使用されている音楽の権利であったりとかは含まれていない。また、「風と共に去りぬ」のように過去に何度も手を加えてリバイバル公開されている作品はその度に著作権が新たに発生しているが、パブリック・ドメイン業者は自分の扱っているフィルムがどのバージョンなのかという事を正確には把握していない。パブリック・ドメインの世界というのは、実際には非常に複雑で曖昧なのである。
 さらに、著作権の保護期間そのものについても、実は解釈が分かれている。現在の著作権保護期間は創作後70年と定められているが、2004年に改定される以前は50年だった。それゆえに、1953年以前に製作された映画は2004年の時点で保護期間が切れているから著作権は消滅しているという見解と、改めて70年という保護期間を適用するべきだという見解とで真っ向から対立している。なので、1942年製作の「カサブランカ」は、前者の見解を適用するならば著作権は1992年に消滅しているが、後者の見解を適用した場合には2012年まで著作権が存在することになる。昨年話題になった「ローマの休日」や「シェーン」の格安DVDを巡る裁判では、東京地裁は前者の見解を採用して原告側(パラマウント・ピクチャーズ及び東北新社)の訴えを却下したが、現在も係争そのものは続いている。つまり、巷で出回っているワン・コインDVDが違法ではないとはっきりと証明されたわけではないのだ。冒頭で“合法スレスレの海賊盤”と呼んだ所以である。

 それにしても、東京地裁の判断は愚の骨頂だ。果たして、彼らは事の重大性を本当に理解しているのだろうか。海賊盤同然の格安DVDが大量に出回れば、何も知らない一般のユーザーはついつい安い方に手を出してしまうだろう。多少画質が悪くても500円程度なら我慢できるかもしれない。それによって、名画の製作から保存・管理までを一貫して行ってきたメーカーの商品が売れなくなってしまえば、ネガ・フィルムの保管やリマスター作業に経費をかけられなくなってしまう。特に、日本映画黄金期の名作は深刻な被害を被ることになるだろう。
 洋画に関して言うならば、アメリカやヨーロッパではこの種の海賊盤まがいの格安DVDは非常に少ない。アメリカでもパブリック・ドメインの映画DVDを販売しているメーカーはある。しかし、「カサブランカ」や「ローマの休日」、「風と共に去りぬ」のようなメジャー作品を販売するようなメーカーは存在しない。主に、本来の著作権者が不明でオリジナル・ネガも紛失してしまったような“幻の作品”や、メジャー・メーカーが無視しているようなマイナー作品をリリースしており、見る機会の少ない映画にスポットを当てるという良心的なメーカーも少なくない。要は、住み分けが出来ているのだ。なので、遠く離れた日本の無名会社が合法的海賊盤を作ろうと、さほど脅威には感じていないのだろう。ゆえに、実際にこうした会社を訴えているメーカーも少なく、多くの場合は警告書を送り付けるに止まっているようだ。これがアメリカだったら、メジャー・メーカーもあらゆる手段を講じてワン・コインDVDを一網打尽にするに違いない。
 しかし、日本映画がこうした格安DVDメーカーのターゲットとなってしまったら大変だ。日本映画界はオリジナル・ネガから上映用ポジをプリントするという伝統があり、古い名画のオリジナル・ネガの多くが損傷状態にある。また、日本はもともと映画を文化財産としてみなす土壌がなく、戦前の名画に至ってはオリジナル・ネガは殆ど存在しない。ゆえに、復元作業、リマスター作業には多大な時間と労力と費用がかかるのだ。それが、著作権の保護期間が切れたからという理由で、使い古しのフィルムから作られた激安DVDが次々と出回りでもしたら、それこそ日本映画という文化が破壊されることになってしまう。現に、黒澤明監督の「羅生門」や「七人の侍」などが既に格安DVDとして出回っている。
 そもそも、拾ったゴミで大儲けしようというワン・コインDVDの存在そのものが芸術への冒涜であり、引いては文化を破壊する元凶となりうるということを、多くの人が認識するべきなのではないかと思うのだ。

 

CASABLANCA_DVD.JPG

カサブランカ
Casablanca (1942)

(P)2003 Warner Home Video (Japan)
画質★★★★☆ 音声★★★★☆
DVD仕様(日本盤2枚組)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル/音声:英語・ポルトガル語/字幕:英語・スペイン語・ポルトガル語・日本語・中国語・タイ語・ハングル語・インドネシア語/地域コード:2/102分(本編)/製作:アメリカ

映像特典
ローレン・バコールのイントロダクション
オリジナル劇場予告編
映画評論家R・エバートの音声解説
映画史評論家R・ベルマーの音声解説
ボガード、バーグマンの子供達の回想
削除シーン集
未公開シーン集
ミュージック集
メイキング・ドキュメンタリー(2編)
テレビ・ドラマ版
1943年ラジオ・ショー
アニメ:キャット・ブランカ
プロダクション・リサーチ
監督:マイケル・カーティス
脚本:ハワード・コッチ
    ジュリアス・J・エプスタイン
    フィリップ・G・エプスタイン
戯曲:マレー・バーネット
    ジョーン・アリソン
撮影:アーサー・エディソン
音楽:マックス・スタイナー
出演:ハンフリー・ボガート
    イングリッド・バーグマン
    クロード・レインズ
    ポール・ヘンリード
    コンラッド・ファイト
    シドニー・グリーンストリート
    ピーター・ローレ
 クラシック映画ファン必携の決定版とも言うべき2枚組DVD。フィルムの傷が若干残っているものの、まるで撮影されたばかりのように鮮明な映像は、60年の歳月を全く感じさせません。また、特典ディスクに収録されている未公開シーンなども興味津々。さらには、ボギー夫人だったローレン・バコールがガイド役を務めるドキュメンタリーでは生前のバーグマンの貴重なインタビューも見ることが出来ます。

戻る