NINE ナイン
NINE (2009)

 

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2010年3月19日より全国ロードショー

 

 日本文化及び芸者文化へ対する大いなる誤解を招いた問題作(?)『SAYURI』(05)でちょっとミソを付けてしまった感のあるロブ・マーシャル監督が、あの傑作『シカゴ』(02)以来7年ぶりに手掛けた本格的ミュージカル。やはり餅は餅屋と言うが、この人は自らのルーツであるミュージカル映画でこそ真価を発揮できるのだろう。ハリウッド・ミュージカルの伝統と底力をまざまざと見せ付けてくれる、これは文句なしの傑作に仕上がった。

 ご存知の通り、原作はイタリアの巨匠フェデリコ・フェリーニの傑作映画『81/2』(63)にインスパイアされたブロードウェイ・ミュージカル。アイディアに行き詰まった天才映画監督と、彼を取り巻く女性たちの様々な愛の形を、文字通りめくるめくような幻想の中で描いていく作品だ。
 舞台は1960年代のイタリア。世界的な映画監督グイド・コンティーニ(ダニエル・デイ・ルイス)は、待望の新作映画『イタリア』の撮影準備に追われている。しかし、彼は誰にも打ち明けられない悩みを抱えていた。というのも、肝心の脚本がまだ一行も書けていないのである。
 自分はいったい何を描きたいのだろうか?語るべきストーリーが全く思いつかないというジレンマ。周囲の期待が高まれば高まるほど募る焦り。その苦しみと恐怖に耐えられないグイドは、弱い自分を優しく包み込んでくれる愛すべき女性たちに救いを求める。言うなれば現実逃避だ。
 女優の夢を諦めてまで献身的に尽くしてきた聡明な妻ルイザ(マリオン・コティヤール)、刺激的なアバンチュールを楽しませてくれる自由奔放な愛人カルラ(ペネロペ・クルス)、理想の完璧な女性像を体現する大女優クラウディア(ニコール・キッドマン)、姉のように叱咤激励して支えてくれる衣装デザイナーのリリー(ジュディ・デンチ)、少年だったグイドの性を目覚めさせた海辺の娼婦サラギーナ(ファーギー)、巨匠としての自尊心を満足させてくれる女性記者ステファニー(ケイト・ハドソン)、そして自分の全てを受け入れてくれる優しいママ(ソフィア・ローレン)。
 しかし、グイドは彼女たちの愛を求めるばかりで自分からは何も与えることができない。男は優柔不断で勝手で弱い生き物。女の存在なしに生きてはいけないくせに、一人の女性を選べと言われても選ぶことなんかできないのだ。
 そんな彼のもとから一人また一人と女は去っていく。出口の見えない苦悩の中で、創作意欲どころか生きる気力すら失ってしまったグイド。だが、世捨て人同然となった彼に救いの手を差し伸べたのもまた、愛する女性の存在だった・・・。

 苦悩に満ちた現実と愛に溢れるファンタジーの間を自由自在に行き交うグイドの世界。本作ではその現実をストレート・ドラマとして、ファンタジーをミュージカルとして描いている。ミュージカル映画に不慣れな現代の観客でも無理なく入っていくことの出来る賢明な演出だ。
 ブロードウェイの演出家兼振付師の出身であるマーシャル監督なだけに、ミュージカル・シーンは演劇的な要素が濃厚・・・かと思いきや、そこから映画ならではの自由なビジュアル世界へと迷い込んでいくトリッキーな演出も見事な出来栄え。さすがにバスビー・バークレーの奇想天外なアイディアには敵わないが、それでもバークレー・スタイルからインスピレーションを受けたような部分は少なからず伺えるはずだ。そればかりでなく、ジュディ・ガーランドからカルメン・ミランダ、ジーン・ケリーからボブ・フォッシーに至るまで、過去の偉大な才能たちの足跡をそこかしこに見出せるだろう
 そう、この作品の本当の凄さというのは、そうしたハリウッド・ミュージカルの伝統のみならず、オリジナル舞台の原点となったイタリア映画の伝統、主人公たちのファッションに象徴されるヨーロピアン・モードの伝統、リリーがその昔働いていたというフォリー・ベルジェールに代表されるフレンチ・キャバレーやシャンソンの伝統などなど、あらゆる西欧文化の伝統と知識がこれでもかと詰まっている点ではないかと思う。過去の文化を古いものとして一刀両断にし、さっさと忘れ去ってしまう日本の映画界・芸能界には到底真似のできない芸当だ。

 その凄さというのは、豪華絢爛たる役者のキャスティングにも如実に表れている。イギリス、フランス、イタリア、スペイン、オーストラリア、そしてアメリカと各国を代表する大物スターを集めた国際色豊かな顔ぶれ。もちろん、ただ有名スターを集めたというだけではない。
 なにしろ、ミュージカルを本業とするわけではない彼らによる歌と踊りの素晴らしいこと!まあ、もともと歌手であるファーギーは別としても、これまで歌や踊りなど人前で見せたことなどないはずのダニエル・デイ・ルイスやケイト・ハドソンまで、見事としか言いようのないパフォーマンスを披露してくれるのだ。
 情感溢れるマリオン・コティヤールの歌声も感動的だし、フランス語訛りを交えながらピアフやグレコも真っ青なシャンソンを聴かせるジュディ・デンチの貫禄と迫力、まさに爆弾娘とも言うべきペネロペ・クルスの豪快なセックス・アピールと卓越したダンス・テクニック。
 こういうのを本来は“タレント(才能)”と呼ぶのであろう。またもや日本の芸能界と比べてしまうのは申し訳ないが、それにしても日本でこれだけの“芸”を披露できるスターが果たして何人いることやら。思わずため息をつきながら、羨望の眼差しでスクリーンを見上げてしまった。

 いずれにせよ、“映画史上最もゴージャス&ファッショナブル!”という宣伝文句も大いに納得。確かに“映画史上最も”というのは少々大袈裟なような気もするが、改めてハリウッド映画のパワーを実感させてくれる作品であることは間違いない。
 チネチッタのスタジオをフルに生かした壮大かつ豪華なセット、華やかで煌びやかなファッション、この映画化に際して新たに加えられた楽曲を含む素晴らしい音楽。そのどれもが、映画というメディアが内包する芸術の感動と娯楽の喜びを十二分に伝えてくれる。
 ハリウッドの凋落ぶりが揶揄される昨今ではあるが、それでもやはり“腐っても鯛”。ハリウッドは“映画の都”、エンターテインメントの本場であるということを、本作は改めて我々に教えてくれるはずだ。

 ちなみに、御年75歳のソフィア・ローレン。クロース・アップにすると厚塗りメイクに覆われた容色の衰えは隠しきれないし、その歌声だってかつてのような艶やかさは失われてしまっている。その昔、歌手としてレコードを出していたことを知る人も今や少なかろう。
 それでも、スクリーンに出てくるだけで華やか過ぎるほどのオーラを放つ存在感は凄いとしか言いようがない。まさに“イタリアの至宝”、スターの中のスターというべきであろう。21世紀に入って早10年が経つわけだが、今なおハリウッドの大作映画に出演する彼女を大スクリーンで見ることが出来るというこの奇跡と幸せに、ただただ感謝するばかりである。

 

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