ムスターファ・アッカドを偲ぶ

 

 昨年の映画界で最も印象に残った出来事の一つが、映画監督であり映画プロデューサーであるムスターファ・アッカドの非業の死だった。ムスターファ・アッカドと言えば、「ザ・メッセージ」('76)と「砂漠のライオン」('80)という2大イスラム叙事詩をものにした異色の映画作家として、日本の映画ファンの間でも知る人ぞ知る存在。その彼がイスラム過激派の自爆テロで命を落としたというのは、何ともやりきれない虚しさを残す事件だった。

 「ザ・メッセージ」も「砂漠のライオン」も国際的なスターをキャスティングした壮大なスケールのスペクタクル映画だった事から、その製作・監督を手掛けたムスターファは石油で財を成した大富豪の出身か何かかと思われがちだが、実際の彼は努力と勤勉と信念によってキャリアを切り開いた大変な苦労人だった。
 1930年シリアに生まれたアッカドは貧しい家庭に育つ。幼い頃から熱烈な映画少年で、アメリカへ渡って映画製作を学ぶのが夢だった。19歳の時に一念発起したムスターファは、アメリカへ留学することを決意する。そんな息子に父親は航空券代を出してあげることとコーランを1冊持たせるのが精一杯だったという。
 渡米したムスターファは苦労しながらUCLAで学び、最終的にUSCの修士課程を卒業する。その後、テレビ番組の制作会社に務めるようになった彼は、アメリカ社会におけるイスラム系市民に対する偏見と直面することとなる。アメリカの少数民族の生活についてのドキュメンタリー番組を企画した彼に対し、大手ネットワークNBCはクレジットで彼の名前を伏せればギャラを上乗せすると提案してきたのだ。全国ネットで放送される番組のディレクターにイスラム系の名前がクレジットされるというのは、60年代当時のアメリカにおいてはタブーだったのである。


 この時の苦い経験から、ムスターファは西欧社会におけるムスリム(イスラム教徒)に対する間違ったイメージを正し、映画を通じてイスラム教の真実の姿を世界に伝えていくことを決意する。その結晶がデビュー作である「ザ・メッセージ」だった。主演にアンソニー・クインとイレーネ・パパスという国際的な名優を迎え、音楽にモーリス・ジャール、衣装デザインにフィリス・ダルトンというデヴィッド・リーン監督の常連を、さらに撮影監督には「北京の55日」やヒッチコックの「トパーズ」などで知られる大御所ジャック・ヒルドヤード、編集には「ジョージー・ガール」や「冬のライオン」のジョン・ブルームといった超一流のスタッフを揃えた文字通りの超大作だったが、資金を調達して完成に漕ぎ着けるまで実に7年という歳月を要した。
 しかも、撮影開始後に出資者が逃げ出してしまい、スタッフ・キャストは砂漠のど真ん中のホテルで2週間も立ち往生させられてしまう。ちなみに、窮地に陥ったムスターファに資金援助を申し出たのは、何とリビアのカダフィ大佐だった。
 紆余曲折の末に完成した「ザ・メッセージ」は、イスラム教の開祖である預言者モハメッド(ムハマンド)の苦難の道のりを、その周囲の人々の目を通じて描く力強い大作に仕上がった。ムスターファは、この作品を通じてイスラム教の真の教えは平和と平等にある事を強く訴えかけている。彼はイスラムの唯一神アラーがユダヤ教やキリスト教の神と同一であることにまで言及し、神のもとでは人種も性別も全て平等であること、暴力ではなく平和と協調によって社会が治められるべきであるというモハメッドの教えの原点に立ち戻った。それは暴力的かつ排他的な宗教であると言うイスラム教に対する偏見が蔓延している非イスラム社会へあてたメッセージであると同時に、現代のムスリムたちに対する原点回帰のメッセージでもあった。


 この「ザ・メッセージ」は文字通りムスターファが全身全霊を傾けて作られた作品だったが、興行的には苦しい結果に終わった。特に、アメリカでの興行成績は惨敗で、ムスターファは再び金銭的に苦しい立場に追い込まれる。
 そんな彼の救世主となったのが、他でもないジョン・カーペンター監督だった。ムスターファが出資したカーペンター監督の低予算ホラー「ハロウィン」('78)が、制作サイドの予想を遥かに上回る大ヒットを記録し、ムスターファの懐に大金が転がり込んだのだった。
 そして、その「ハロウィン」の収益金とカダフィ大佐からの出資を投じて製作されたムスターファの監督第2弾が「砂漠のライオン」である。「ザ・メッセージ」を遥かに上回る規模で作られたこの作品で、ムスターファはリビア独立戦争の英雄オマー・ムクターの半生を取り上げ、西欧社会に蹂躙されてきたアラブ社会の苦難の歴史の1ページを描いた。彼はイタリアのファシスト政権の圧政に屈することなく自由を求めて闘ったムクターを神がかった英雄としてではなく血の通った生身の人間として描き、人種の垣根を越えたヒューマニズムを高らかと謳いあげている。ともすると、非人間的な謎めいた人種として描写されるイスラム教徒のイメージを正すことこそが、この作品の真意だったと言えるだろう。そして、少なくとも出来上がった作品においては、その目論見は見事に成功していた。

 

 しかし、この「砂漠のライオン」も興行的には惨敗の憂き目に遭ってしまう。それでもムスターファは挫けることなく、この10年間は次のプロジェクトである十字軍と闘った英雄サラディンの伝記映画製作に向けて、資金調達に奔走していたという。そして、ヨルダンでの撮影も決定し、本格的に製作準備に取り掛かろうかと言う矢先の2005年11月11日、アンマンのホテルでイスラム過激派の自爆テロに巻き込まれ、娘のリマと共に帰らぬ人となってしまった。
 国際社会におけるイスラム教徒の地位向上に生涯を捧げてきた彼が、イスラムの自由の戦士を名乗る集団に命を奪われるという不条理。このあってはならない悲劇が、現在のイスラム教社会の抱える矛盾を象徴しているように思う。
 果たして真の殉教者はどちらなのか。志半ばにして倒れたムスリムの良心ムスファータ・アッカドなのか、爆弾を抱えて多くの罪なき人々の命を奪ったテロリストなのか。その答えはあまりにも歴然としている。

 

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ザ・メッセージ
The Message (1976)

砂漠のライオン
Lion of the Desert (1980)

(P)2005 Anchor Bay Enter. (USA) (P)2005 Anchor Bay Enter. (USA)
画質★★★★★ 音質★★★★☆ 画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤・2枚組)
カラー/ワイドスクリーン/ステレオ/音声:英語・アラビア語/字幕なし/地域コード:1/178分(英語版)・198分(アラビア語版)/製作:リビア・イギリス・レバノン

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
オーディオ・コメンタリー(M・アッカド)
アラビア語バージョン収録
DVD仕様(北米盤・2枚組)
カラー/ワイドスクリーン/ステレオ/音声:英語・アラビア語/字幕なし/地域コード:1/206分(英語版・アラビア語版共に)/製作:リビア・アメリカ

映像特典
メキング・ドキュメンタリー
オーディオ・コメンタリー(M・アッカド)
アラビア語バージョン収録
監督:ムスターファ・アッカド
製作:ムスターファ・アッカド
脚本:H・A・L・グレイグ
撮影:ジャック・ヒルドヤード
音楽:モーリス・ジャール
出演:アンソニー・クィン
    イレーネ・パパス
    マイケル・アンサラ
    ジョニー・セッカ
    マイケル・フォレスト
監督:ムスターファ・アッカド
製作:ムスターファ・アッカド
脚本:H・A・L・クレイグ
撮影:ジャック・ヒルドヤード
音楽:モーリス・ジャール
出演:アンソニー・クィン
    イレーネ・パパス
    オリヴァー・リード
    ラフ・ヴァローネ
    ガストーネ・モスキン
    アンドリュー・キアー
    ジョン・ギールグッド
    ロッド・スタイガー
 預言者モハメッドの布教活動に関わった人々の苦難の道を力強く描く圧巻のスペクタクル叙事詩。信者それぞれが心の中にモハメッド像を思い描けるように、モハメッドの姿をあえてカメラの一人称としてスクリーンの前に出さなかったが、それが逆にイスラム教がいかに人々の心に深く浸透していったのか、そしてイスラム教を広めるために活動した人々の想像を絶する苦難をより浮き彫りにしている。我々がニュース報道等を通じて得ているイスラム教に対する先入観を覆すこと必至である。また、本DVDにはアラビア語バージョンが収録されているのだが、何とこちらは全くの別キャストで撮影された作品。英語版とアラビア語版のダブル・キャストで同時撮影されたそうで、ドキュメンタリーには同じ役を演じるイレーネ・パパスとアラブ人女優が役について意見を交換し合う姿などが映し出されていて非常に興味深い。  リビアを植民地としていたイタリアのファシスト政権に敢然と立ち向かった独立運動の勇者オマー・ムクターの半生を描いた大作。これを見ると、“目には目を歯には歯を”という言葉が、決してムスリムの信条ではない事がよく分る。恐らく、アッカドは現在のイスラム・テロの原点をここに見出しているのかもしれないが、そもそもは西欧社会の理不尽な侵略・略奪こそが元凶であるということを示唆している。しかし、同時に自由と尊厳を求める戦いは、相手の自由と尊厳も尊重してこそ初めて成り立つということも強く教えてくれる。そこには確固たるヒューマニズムの精神が感じられる。また、娯楽映画として見ても素晴らしい出来映えで、特に大規模な戦闘シーンの凄まじい迫力、スケールの大きさも圧巻。イスラム社会の近代史を理解する上で、是非とも見ておきたい傑作である。しかし、ロッド・スタイガーはムッソリーニ役を何度も演じているが、本作でもソックリさんぶりを遺憾なく発揮している。

 

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