HARD TO FIND FILMS
マイケル・ケイン篇

 

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 言わずと知れたイギリスを代表する大スター、マイケル・ケイン。『ハンナとその姉妹』(86)辺りから飄々とした持ち味のコミカルなイメージを確立し、最近では“バットマン”シリーズの執事アルフレッド役でもお馴染みだ。
 クールでいてどこかちょっとお茶目なところのあるお爺ちゃん、というのが近頃の彼の印象かもしれないが、『国際諜報局』(64)に始まるハリー・パーマー・シリーズや『アルフィー』(66)の頃の彼はまさにクールそのもの。ほとんど冷徹と呼んでも良いかもしれないくらいのダンディズムが逆にカッコ良かった。
 つい先日77歳の誕生日を迎えたばかりの彼。欧米での人気の高さは相変わらずのようだ。昨年は引退した元スパイの復讐劇を描くサスペンス映画“Harry Brown”に主演。70歳を越えていまだに一枚看板で主役を張れるスターなんて、世界を見回しても恐らく彼だけではないだろうか?
 若い映画ファンは興味がないだろうからという根拠のない理由を持ち出して、相変わらずトレンドを追いかけるしか脳のない日本の映画ジャーナリズムは、もちろんそんな彼の活躍ぶりなど完全に無視。若い映画ファンならなおさらのこと、教えてやらねば興味がないかどうかも分からんだろうにとも思うのだが、そういう意見は“マニアック”の一言で片付けられてしまうのが日本の悲しき現実ではある。
 とまあ、不平不満はそのくらいにしておいて(笑)、今回はマイケル・ケイン主演作の中から、日本では比較的見るのが難しい映画を2本ばかり紹介してみたい。

 

 

恐怖の落とし穴
Deadfall (1968)

日本では劇場未公開・テレビ放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2006 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/120分/製作:イギリス

特典映像
オリジナル劇場予告編
ジョン・バリー 伝記ドキュメンタリー
音楽スコア・音響効果トラック
監督:ブライアン・フォーブス
製作:ポール・モナッシュ
原作:デズモンド・コリー
脚本:ブライアン・フォーブス
撮影:ジェリー・ターピン
音楽:ジョン・バリー
出演:マイケル・ケイン
   ジョヴァンナ・ラッリ
   エリック・ポートマン
   ナネット・ニューマン
   デヴィッド・バック
   レオナード・ロシター
   カルロス・ピエール
   ヴラデク・シェイヴァル
   ジョン・バリー
   レナータ・タラーゴ

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リハビリ施設に入所している宝石泥棒ヘンリー(M・ケイン)

サリナス(D・バック)という男と親しくなる

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謎の美女フェ(G・ラッリ)がヘンリーとの面会に訪れる

その用件とは、宝石泥棒の仕事の依頼だった

 まるでホラー映画かスリラー映画のような邦題が付けられてしまったが、その内容は全くと言っていいほど趣きの違うもの。名うての宝石泥棒と謎めいたブルジョワ夫婦の奇妙な三角関係を軸に、同性愛や近親相姦、戦争犯罪といったシリアスなテーマを、スタイリッシュでデカダンなビジュアル、ロマンティックで流麗な音楽スコアと共に描いていく。サスペンスとかラブロマンスとかいった、ありきたりなジャンルではカテゴライズが出来ない、とても風変わりな作品だ。
 主人公はダンディな宝石泥棒ヘンリー・クラーク。アルコールのリハビリ施設から出た彼は、ドゥ・モローというミステリアスな夫婦から仕事の依頼を受ける。それは、とある大富豪の難攻不落と言われる豪邸へ侵入し、金庫から多額の宝石類を盗み出すというものだ。
 見知らぬ相手と組むことに躊躇しながらも、夫婦の妻フェの美貌に惹かれていくヘンリー。彼女の方も一匹狼のヘンリーに魅了されていく。実は夫のリチャードは同性愛者だった。妻のフェもバイセクシャルで男性にはあまり興味がなかったが、なぜかヘンリーには特別なものを感じる。
 無事に盗みを成功させた後も、ヘンリーはドゥ・モロー夫婦と共同生活を続けることに。ヘンリーとフェの恋愛関係は夫リチャード公認のものとなる。リチャードはリチャードで、年下の若くて美しい若者を愛人として自宅へ招き入れた。それは一見すると、まるで4人の幸福な家族のようだ。
 しかし、フェのことを真剣に愛するヘンリーは満足できず、彼女を独占したいと思うようになる。夫リチャードと離婚するよう彼女に強く迫るヘンリー。しかし、フェは頑なにそれを拒む。夫婦の間には、ヘンリーが全くあずかり知らぬ不思議な信頼関係があった。そればかりか、彼らには驚くべき秘密が隠されていたのだ・・・。

 監督は『雨の午後の降霊祭』(64)や『キング・ラット』(65)など、60年代に幾つもの名作・傑作を世に送り出したイギリスの名匠ブライアン・フォーブス。本作ではロケ地スペインの美しい風景、マイケル・ケインとジョヴァンナ・ラッリのモダンで洗練されたファッション、豪華で趣味の良いインテリアや車などを全編に散りばめ、驚くほどアーティスティックでハイセンスな映像を披露してくれる。
 カメラワークも洒脱で凝っているし、計算し尽くされた編集や音楽の使い方も見事。中でも、劇中のハイライトとも言える宝石泥棒シーンは必見だ。主人公たちはクラシックの演奏会に行って留守中の豪邸へと侵入するのだが、この演奏会と泥棒に入る様子が同時進行で描かれていく。
 準備をする主人公たちとリハーサルをするオーケストラ。現場へ到着する主人公たちと会場へ入る指揮者。そして、主人公たちが豪邸への侵入を開始すると同時に、オーケストラの演奏も始まる。全てが絶妙なタイミングでシンクロしていくのだ。
 このシーンでは音楽スコアを担当した作曲家ジョン・バリーが指揮者として登場。ラテン・スタイルの甘く美しいオーケストラの演奏をバックに、巧みな宝石泥棒のテクニックが描かれていく。
 トータルで20分以上にも及ぶこのシーン。セリフはほんの数箇所しかない。カットバックを駆使した複雑な編集、ダイナミックで洗練された映像、雄弁で的確な役者陣の演技、そしてジョン・バリーの魅惑的な音楽スコア。その全てが見事なくらいに上手く融合し、実に見応えのあるスリリングな展開を楽しませてくれる。

 ただ、その一方で脚本には大きな問題点があると言えよう。犯罪、恋愛、陰謀、裏切り、ナチズム、同性愛、近親相姦、不倫など様々な要素をあまりにも盛り込みすぎてしまったため、結局なにを描きたいのかが不明瞭なままに終ってしまっているのだ。
 少なくとも、これが単なる泥棒映画でないということだけは確かだろう。それは3人を結びつける口実であり、3人の間に複雑で奇妙な連帯感と愛憎関係を生み出す小道具であり、クライマックスで3人に破滅をもたらす副次的な要素にしか過ぎない。
 恐らく、これは報われぬ愛の連鎖が生み出した悲劇を描くドラマなのではないかと思う。戦時中に愛する若者を己の保身のために死なせ、その罪悪感を背負いながら生きてきたリチャードは、いまだにその若者の幻影を追い求め続けている。そんなリチャードにプラトニックな愛を抱き続けるフェは、彼の中に父親から得られなかった愛情を捜し求めている。そして、心も体もうつろう生身の女性よりも永遠に価値の変わらない宝石を愛していたヘンリーは、世俗的な価値観や常識に捉われないフェに初めて理想の女性像を見出す。
 この、結びつきあっているようでいてすれ違っている不毛の愛というものが、この作品の重要な核心なのかもしれない。それをより明確に打ち出すことが出来ればよかったのだが、物語のディテールが入り組みすぎていて結果的に散漫な印象しか残さないのは残念だった。

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フェの夫リチャード(E・ポートマン)の狙いはサリナス邸だった

ヘンリーの後姿を思惑ありげに見送る夫婦

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街角で見かけた女性(N・ニューマン)は何者・・・?

ヘンリーは仕事を引き受けることにする

 美しい自然に囲まれたスペインのアルコール中毒リハビリ施設。ヘンリー・クラーク(マイケル・ケイン)は主治医デルガード(ヴラデク・シェイヴァル)からリハビリ終了の太鼓判をもらい、あと数日間をのんびりとしながら過ごすことになった。一方、施設で親しくなった男性サリナス(デヴィッド・バック)は浪費家で嫉妬深い妻に辟易し、外の世界へ戻ることには後ろ向きな様子だ。
 デルガードの勧めでマッサージを受けていたヘンリーのもとへ、フェ・カーボネル・ロドリゲス・ドゥ・モロー(ジョヴァンナ・ラッリ)という女性が面会にやって来る。全く心当たりのない相手だったが、その名前の響きに惹かれて会うことにした。
 それは仕事の誘いだった。彼女は遠まわしに、“私と夫はあなたと同業者”だと言う。実は、ヘンリーはその世界では名前の知られた宝石泥棒。施設を出たら一緒に組んで仕事をしないかというのだ。
 面倒なことになると感じたヘンリーは、次の日曜日まで考えさせてくれと約束して、すぐに施設を出てマドリードへと向かう。しかし、なぜか列車にはフェが同乗していた。先を読まれたのだ。そんな彼女をなんとか巻いて、ヘンリーは駅の雑踏に姿を消す。
 市内のホテルへ着いて体を休めていた彼のもとへ、フェから自宅への招待状が届いた。観念したヘンリーはドゥ・モロー邸へ足を運ぶ。出迎えたのは初老の紳士。フェの夫リチャード(エリック・ポートマン)だ。彼によると、とある大富豪の屋敷からダイヤモンドを盗むという計画を立てているという。その大富豪とはサリナスのことだった。
 実は、ヘンリーがリハビリ施設に入ったのもサリナスに接近することが目的だった。高齢で体力に自信のなくなったリチャードは、若くて才能も実績もあるヘンリーに白羽の矢を立てたのだ。
 しかし、ヘンリーは躊躇する。見ず知らずの相手と組むのは危険だ。自分が捨て駒にされる可能性がある。相手がリチャードのように、引退してもおかしくない年齢であればなおさらだった。その一方で、夫妻に言葉は真剣そのもので、仕事のやり方も十分にわきまえている。彼は返事を先送りにした。
 すぐに知り合いの情報屋フィルモア(レオナード・ロシター)と会って、ドゥ・モロー夫妻の素性を調べるヘンリー。戦時中にナチの一員だったリチャードには、なにか暗い過去がある様子。妻のフェは裕福な家庭に育ったお嬢様らしい。
 数週間に渡って考えた末、ヘンリーはドゥ・モロー夫妻と組むことにする。彼らと生活を共にしながら、綿密な計画を立てるヘンリー。夫婦の関係は奇妙なものだった。どうやら、二人の間には恋愛感情や肉体関係はない様子だ。
 ヘンリーはすぐにリチャードがゲイであることを見抜き、フェもそれを認める。フェ自身も普段は男性に興味などなかったが、なぜかヘンリーには惹かれていた。ヘンリーもフェの美しさと聡明さ、意志の強さに魅了されている。そもそも、仕事を引き受けた決定打は彼女の存在だった。
 サリナスの妻は毎年決まった時期にパリへ旅行に出かける。決まって、旅行の前日に銀行の貸金庫から宝石類を自宅へ持ち帰るらしい。今年は、その日にクラシックのコンサートへ行くことが確認されている。盗みに入る絶好のチャンスだった。
 しかし、サリナス家の豪邸は難攻不落として知られていた。これまでに3組の泥棒が侵入を試みて失敗し、建物から転落して命を落としている。ヘンリーらは現場を訪れては何度も検証し、本番に臨んだ。
 サリナス夫人がコンサートへ出かけるのを見届け、屋敷へ侵入を試みるヘンリーとリチャード。フェは車の中で待機している。ヘンリーは持ち前の身軽さでなんとか屋敷内へ侵入し、リチャードを中へ誘導。書斎に入って金庫を見つけたリチャードは面食らう。最新型の金庫に換えられていたのだ。
 なんとか金庫を開けようと模索するリチャード。しかし、時間は刻一刻と過ぎていく。諦めようとするリチャードにヘンリーは猛反発し、金庫ごと持ち逃げしようと壁を壊し始めた。間一髪のところでヘンリーは金庫を持ち出すことに成功し、一行は車に乗って逃げ去る。
 金庫の中身は予想を上回るものだった。サリナスは脱税した裏金をそっくりダイヤモンドに換えていたらしい。ひと仕事を終えて肩の荷のおりたヘンリーとフェは甘いアバンチュールを満喫し、リチャードは年下の若くてハンサムな若者アントニオ(カルロス・ピエール)とバカンスを過ごす。
 いつしかフェのことを本気で愛するようになったヘンリーは、リチャードと離婚するよう彼女に迫る。しかし、フェは頑なにそれを拒んだ。今のままで十分に幸せではないか?と。やがてリチャードがアントニオを連れて戻ってきた。夫の新しいパートナーを笑顔で迎える妻。ヘンリーはその関係が理解しがたかった。
 ある晩、フェは自分がなぜリチャードと離婚したくないのか、その理由を語り始める。それは、同性愛者であるリチャードがナチズムのもとで生き延びるために選択せざるを得なかった悲劇であり、なぜ彼が泥棒稼業に身を投じることになったのかという理由でもあった・・・。

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クラシックの演奏会が始まる

その隙に屋敷へ忍び込むヘンリーと見張り役のリチャード

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金庫には予想以上に多額のダイヤモンドが眠っていた

リチャードの愛人アントニオ(C・ピエール)

 原作はイギリスを代表するスリラー作家であり、ジェームズ・ボンドに先駆けた人気スパイ小説ジョニー・フェドーラ・シリーズの作者としても知られるデズモンド・コリーの書いた同名小説。だからだろうか、オープニングを飾るシャーリー・バッシーのテーマ曲は『007/ゴールドフィンガー』にそっくりだ。
 脚本はブライアン・フォーブス監督自身が担当。もともと俳優からキャリアをスタートさせ、監督になる以前は脚本家として優れた実績を残している彼にしては、題材を上手くまとめきることが出来なかったような印象を受ける。
 一方、撮影監督には『雨の午後の降霊祭』以来フォーブス監督作品の常連であり、リチャード・アッテンボロー監督の大作『素晴らしき戦争』(69)と『戦争と冒険』(72)も手掛けた名カメラマン、ジェリー・ターピンが参加。カラフルな色彩を生かしたスタイリッシュなカメラワークは、今見ても十分にカッコいい。
 そして、音楽には『007』シリーズでもお馴染みの大御所ジョン・バリー。本人のカメオ出演自体は決して珍しくはないものの、ここではいつになく出番が多く、そのお顔を存分に拝めるのはファンとして嬉しい限りだ。
 そのほか、ジョン・シュレシンジャーの『ダーリング』(65)で英国アカデミー賞を受賞したレイ・シムが美術デザインを、その『ダーリング』でオスカーを受賞したほか『ビートルズがやってくる/ヤア!ヤア!ヤア!』(64)や『007/カジノ・ロワイヤル』(67)などスウィンギンなブリティッシュ・ファッションを得意としたジュリー・ハリスが衣装デザインを、ヒッチコックの『フレンジー』(72)や『ワンダとダイヤと優しい奴ら』(88)などで知られるジョン・ジンプソンが編集を、『戦争と冒険』(72)と『王になろうとした男』(75)でオスカー候補になったピーター・ジェームスがセット装飾を手掛けている。

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甘いアバンチュールを過ごすヘンリーとフェ

彼女はリチャードとの離婚を頑なに拒む

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夫婦の間には奇妙な信頼関係があった

リチャードと別れられない理由を告げるフェだったが・・・

 マイケル・ケインの相手役である人妻フェを演じているのは、巨匠ロベルト・ロッセリーニ監督の『ロベレ将軍』(59)と『ローマで夜だった』(60)のヒロイン役で有名なイタリア女優ジョヴァンナ・ラッリ。イタリアでは50年代から庶民的な美人スターとして人気を集め、60年代半ばからはハリウッドにも活躍の場を広げた人だった。当時の彼女は、絶頂期のエリザベス・テイラーも真っ青な完全無欠の美しさ。その華麗なファッションを見ているだけでも十分に楽しめる。
 フェのダンナで同性愛者のリチャード役を演じているのは、イギリスの高名なシェイクスピア俳優エリック・ポートマン。フォーブス監督とは『哀愁の旅路』(67)でも組んでいた人で、本人も私生活を明かさず生涯独身を貫くなど、いろいろとミステリアスな面の多い俳優だった。
 また、フォーブス監督夫人でもある女優ナネット・ニューマンが、ストーリー後半に絡んでくる女優志望の娘役で登場。そのほか、ハマー・ホラーで知られる美人女優マデリン・スミスのダンナだったデヴィッド・バック、テレビ『謎の円盤UFO』のドクター・ジョンソン役としても知られる悪役俳優ヴラデク・シェイヴァル、『2001年宇宙の旅』(68)や『オリバー!』(68)のレオナード・ロシターらが登場。
 ちなみに、アントニオ役で顔を出すラテン・ハンサム、カルロス・ピエールはこれが唯一の映画出演作だったようだ。

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指揮者役でカメオ出演するジョン・バリー

 

 

悪の紳士録
Pulp (1972)

日本では劇場未公開・テレビ放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 MGM/20th Century Fox (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/96分/製作:イギリス

特典映像
なし
監督:マイク・ホッジス
製作:マイケル・クリンガー
   マイケル・ケイン
脚本:マイク・ホッジス
撮影:オウサマ・ラーウィ
音楽:ジョージ・マーティン
出演:マイケル・ケイン
   ミッキー・ルーニー
   ライオネル・スタンダー
   ナディア・カッシーニ
   リザベス・スコット
   デニス・プライス
   アル・レッティエリ
   レオポルド・トリエステ
   アメリゴ・トット
   ロバート・サッキ
   ジャネット・アグレン
   ルチアーノ・ピゴッツィ
   マリア・クマーニ・クァジモド

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マルタ島に住むイギリス人のパルプ小説作家ミッキー(M・ケイン)

出版元のマルコビッチ(L・トリエステ)

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ディヌッチオ(L・スタンダー)という男がミッキーを訪ねてくる

観光バスに乗って依頼人のもとへ向かうミッキー

 前年に大ヒットした主演作『狙撃者』(71)のマイク・ホッジス監督とマイケル・ケインが再びタッグを組んだ作品。安手の犯罪スリラーを書いているパルプ小説作家が、自分の作品を地で行くような血生臭い事件に巻き込まれてしまう。全編マルタ島でロケを行っていることもあってか、どことなくイタリアのマフィア映画を思わせるような雰囲気のあるユニークな犯罪サスペンス映画だ。
 主人公はセックスと暴力が売り物のパルプ小説で生計を立てている、マルタ島在住のイギリス人作家ミッキー・キング。ある日、彼の出版社のもとにディヌッチオという怪しげな老人が訪ねて来る。ゴーストライターとして、往年のハリウッド・スター、プレストン・ギルバートの自叙伝を書いて欲しいというのだ。
 ギルバートの住む南部へと向かうミッキーだったが、その途中で殺人事件が起きる。どうやら、本来の標的は自分だったようだ。いったい誰が、何のためにミッキーを狙うのか?
 ギルバートは昔から黒い噂の絶えない人物だった。そんな彼が、公衆の面前で謎の暗殺者によって殺害され、ミッキーも再び命を狙われる。ディヌッチオの協力で暗殺者の素性を探り始めた彼は、10年前に起きた謎の女性死亡事件へとたどり着く。その背後には、地元を牛耳る政治家や有力者たちが深く関わっていた・・・。
 ストーリーそのものはごくありきたりな内容。しかし、往年のフィルムノワールやパルプ小説をパロったドライでシニカルなミッキーのナレーションや、隋所に織り込まれたシュールで辛口のジョーク、個性の際立った登場人物のキャラクターなど、かなり変化球的な語り口が面白い。
 中でも傑作なのは、ミッキー・ルーニー演じるかつてのギャング映画スター、プレストン・ギルバートのあまりに破天荒で突拍子もないキャラクターだろう。弾丸のごとき早口で己の武勇伝をまくしたて、なにをするにしても短気で喜怒哀楽の激しいエキセントリックなマザコン中年男。四六時中わめく、怒鳴る、喋る、笑う、泣く、どつくといった具合に、とにかく凶暴で騒々しいことこの上ない、それでいてどこか憎めないところのあるオッサンだ。
 しかも、非常に悪質なユーモア・センスの持ち主で、たまたまレストランで居合わせた観光客にパスタやワインをぶっかけて笑い転げるというありさま。出番そのものはかなり短いのだが、猛烈にテンションの高いミッキー・ルーニーの演技と相まって、かなり強烈なインパクトを残している。これには、さすがのマイケル・ケインもタジタジといった感じだ。
 ただ、前作『狙撃者』に比べるとアクションやバイオレンスはかなり控えめで、余計なサブ・プロットに時間を割きすぎているという印象は否めない。その分だけ、ちょっと冗長に感じられてしまうだろう。それでも、洒落たディテールや小道具の使い方は相変わらずセンスがいいし、南欧独特の古びて乾いた風景を生かしたロケーション撮影もムードたっぷり。ニーノ・ロータを彷彿とさせるイタリア的な音楽スコアも魅力的だし、イタリア映画ファンにはお馴染みの役者が脇を固めるキャスティングも嬉しい。昔はこういう映画、いくらでもテレビで見れたもんなのだが・・・。

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観光客の一人ミラー(A・レッティエリ)が殺害される

ミッキーに話しかけてくる変わり者の英国人(D・プライス)

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本物の接触人はリズ・アダムス(N・カッシーニ)という女性だった

往年のハリウッド俳優プレストン(M・ルーニー)が依頼人だった

 マルタ島に暮らすイギリス人の作家ミッキー・キング(マイケル・ケイン)。専門はセックスと暴力を売り物にしたペーパーバッグのパルプ小説だ。彼はこの2週間ほど、尾行の下手っクソな大男に後をつけられている。どうせ女房の雇った私立探偵だろう。
 タイピストの事務所を訪れた彼はゲイの所長に色目を使われ、出版元であるマルコビッチ(レオポルド・トリエステ)の事務所では美人秘書(ジャネット・アグレン)とトイレで一発。トイレの近いマルコビッチが、小便を洩らしそうになって大騒ぎを演じる。
 そこへ、ディヌッチオ(ライオネル・スタンダー)と名乗る、いかにもガラの悪い老人がやって来た。彼はミッキーに用があるという。なんでも、とある重要人物が彼にゴーストライターとして自叙伝を書いて欲しいと言っているらしい。しかも、高額のギャラは前金のキャッシュ。最初は警戒していたミッキーだが、札束を手にした途端に考えを変えた。
 しかし、ディヌッチオの指示は無駄に遠まわしなものだった。なぜか、観光ツアー・バスを使って目的地まで移動しろというのだ。5日間もかけて。その途中で誰かが次の指示を与えるために接触してくるという。まったく、推理小説の読みすぎだ。
 バスの中でミラー(アル・レッティエリ)という男がミッキーに話しかけてくる。こいつが接触者なのか?しかし、どうでもいい世間話ばかりだ。業を煮やしたミッキーが“君のことはなんでもお見通しさ”と煽ってみると、なぜかミラーは血相を変えて逃げていった。
 やがてバスはホテルへ到着。案内された自分の部屋へ行くと、なぜかそこにはミラーがいる。どうやら、部屋番号を間違えたようだ。面倒くさくなったミッキーは、ミラーの部屋の鍵を奪ってそっちに泊まることにする。
 ホテルのレストランでは、毒舌家の英国人(デニス・プライス)がアメリカ人の観光客夫婦をからかって楽しんでいる。ミラーの正体がどうしても気になるミッキーは、食事の後に部屋へ寄ってみた。スーツケースの中には女装用の服が。血相を変えたのはこれが理由か。ところが、当のミラーはバスタブの中で血まみれになって殺されていた。ミッキーは、彼が自分の身代りに殺されたのではないかと直感する。すぐさま、その場を逃げ出した。
 しかし、翌朝のホテルは静かなものだった。救急車も警察も来ていない。ミラーの部屋はもぬけの殻だ。彼は早朝にホテルを出発してアメリカへ帰ったという。しかし、誰もその現場を見ていない。ミッキーはわけが分からなかった。そんな彼を横目で見つめる昨夜の英国人。
 再びバスは出発し、観光客一行は古代遺跡へとやって来る。そこでミッキーに近づいてい来る一人の女性。彼女の名前はリズ・アダムス(ナディア・カッシーニ)。ディヌッチオの差し向けた接触者だ。彼女によると、依頼人の正体はプレストン・ギルバート(ミッキー・ルーニー)だという。
 プレストンは15年前に引退したハリウッド俳優。ギャング映画のマフィア役で一世を風靡した大スターだったが、本物のマフィアとの黒い噂が絶えず、スキャンダルが原因でアメリカから国外追放されてしまったのだ。その彼が、自らの自叙伝をミッキーに任せるというのだ。これは金になる、とミッキーはほくそ笑む。
 プレストンは感情の起伏の激しい、まるでイタリアン・マフィアのボスみたいに凶暴な小男だ。しかし、年老いた母親にはめっぽう弱く、カトリックの迷信にもうるさくこだわる。機関銃のように喋りまくり、ワインと食事と女を愛し、自分の武勇伝に酔いしいれているナルシスト。ミッキーはそんな彼のことが意外と憎めない。
 ある日、亡き父親の命日を祝うために親戚や友人を集めて盛大な食事会が催された。そこには、彼の別れた3番目の妻ベティ(リザベス・スコット)も来ていた。たまたまレストランに居合わせた無関係の客も巻き込んで、暴力的で悪質ないたずらを繰り広げるプレストン。
 そこへ、サングラスをかけた牧師が近寄り、いきなり拳銃を向けた。プレストンは銃弾を食らって倒れ、BMGを演奏していたアコーディオン弾きらも次々と撃たれる。とっさに逃げるミッキー。しかし、誰もがプレストンの悪いジョークだと思って笑い転げている。しかし、銃弾は本物だった。気付いたときには、牧師は消え去っていた。
 インターポールの捜査官ノーマン(ロバート・サッキ)が事件の捜査を担当する。容疑者の面通しをするミッキーだが、サングラスをかけていた犯人の特定など無理だ。あの牧師は明らかに自分のことも狙っていた。なぜなのか?ミッキーは自分を守るためにも、犯人を探し出さねばならない。
 すると、ディヌッチオがとある霊媒師を紹介してきた。なぜ霊媒師なのか?生前のプレストンが贔屓にしていたらしい。町の理髪店で霊媒師(ルチアーノ・ピゴッツィ)と落ち合ったミッキー。この牡蠣のような目をしている醜い男は、ミッキーに一通の封筒を手渡した。
 中に入っていたのは、一枚の写真と住所の書かれた紙切れ、そして新聞の切り抜き記事だ。写真には狩猟パーティの面々が写っており、その中にはプレストンの姿もある。新聞記事には、10年前に起きた女性の死亡事件について書かれていた。ミッキーは、紙切れに書かれた住所を訪ねる。
 そこは、まるで時代に取り残されたような、閑散とした町だった。住所は小さなレストランだ。しかし、そこに住んでいたレプリ氏という人物は、10年前によそへ引っ越してしまったという。ミッキーに話しかけてきた元パルチザンの男(アメリゴ・トット)によると、レプリ氏は死んだ女性の父親だった。
 果たして10年前になにがあったのか?女性の死んだ場所へ連れて行かれたミッキーは、この土地の権力者たちの関わった忌まわしい出来事を知る。それには、死んだプレストンはもちろんのこと、ベティの現在の夫である有力政治家チッポラなども関与していた・・・。

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亡き父親の命日を盛大に祝うプレストン

ベティ(L・スコット)はプレストンの別れた妻だった

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何者かによってプレストンが射殺される

霊媒師(L・ピゴッツィ)と接触するミッキー

 脚本はマイク・ホッジス監督自身が担当し、製作を主演のマイケル・ケインとマイケル・クリンガーが手掛けている。製作プロダクションの名前はスリー・マイケルズ・フィルム・プロダクションズというのだが、このスリー・マイケルズというのはもちろん、マイク(マイケル)・ホッジスとマイケル・ケイン、マイケル・クリンガー3人のこと。ちなみに、マイケル・クリンガーは70年代に大ヒットしたイギリスのセックス・コメディ、ドッキリ・ボーイ・シリーズのプロデューサーだ。
 撮影監督のオウサマ・ラーウィは、ロジャー・ムーア主演の『ゴールド』(74)やピーター・オトゥール主演の『パワー・プレイ』(78)、シルヴェスター・スタローン主演の『ザ・ボディガード』(02)などアクション映画を得意とするカメラマン。そして、イタリア映画風の牧歌的でメロディアスな音楽スコアを手掛けたのは、ビートルズのプロデューサーとして名高いジョージ・マーティンだ。
 そのほか、『007/ユア・アイズ・オンリー』(80)から『007/殺しのライセンス』(89)までを手掛けたジョン・グレン監督が編集を、『暗殺の森』(70)や『ラスト・タンゴ・イン・パリ』(72)、『1900年』などのベルトルッチ監督作品で知られるギット・マグリーニが衣装デザインを担当している。

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町をあげてプレストンの葬儀が行われる

紙切れに書かれた住所を探し当てたミッキー

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元パルチザンの男(A・トット)から10年前の事件について聞く

再び暗殺者から狙撃されるミッキー

 さて、マイケル・ケイン以外の役者についても触れておこう。往年の大物ハリウッド俳優プレストン・ギルバート役を演じているのは、実際に本人も往年のハリウッド・スターだったミッキー・ルーニー。最近でも『ナイト・ミュージアム』(06)で健在ぶりを示していたが、よく考えればこの72年当時ですら半ば伝説的な存在だった。なにしろ、1930年代のマネー・メイキング・スター第1位だった人である。まさしく、アメリカの国宝ともいえる役者だろう。
 そのプレストンの右腕である老人ディヌッチオ役を演じているライオネル・スタンダーも、30〜40年代に活躍したハリウッドの個性派俳優。赤狩りでハリウッドを追われてイタリアへ移住し、数多くのヨーロッパ映画に出演していた人だ。その顔つきといい、特徴のあるダミ声といい、一度見たら忘れられないほど強烈な個性の持ち主である。
 そして、今回のマイケル・ケインの相手役を演じるのは、当時イタリアで売れっ子だったセクシー女優ナディア・カッシーニ。日本では出演作の殆んどが未公開のままだが、イタリアでは数多くのセックス・コメディやソフト・ポルノに出演。その脱ぎっぷりの良さで大人気だった。
 さらに、ボギーの相手役を演じた『大いなる別れ』(47)をはじめ、フィルム・ノワール映画のファム・ファタールとして人気を集めた往年のハリウッド女優リザベス・スコットが、プレストンの元妻ベティ役で登場。これが彼女にとって遺作となった。
 そのほか、『ゴッドファーザー』(72)や『ゲッタウェイ』(72)などのマフィア役で当時脚光を浴びていた脇役俳優アル・レッティエリ、ジェス・フランコ作品でもお馴染みのイギリス人俳優デニス・プライス、『イタリア式離婚狂想曲』(61)から『ニューシネマ・パラダイス』(89)までイタリアの名作映画には欠かせない個性的な名優レオポルド・トリエステ、ハンフリー・ボガートのソックリさんとして有名なロバート・サッキ、マリオ・バーヴァ作品やアントニオ・マルゲリティ作品の常連として有名なイタリアの怪優ルチアーノ・ピゴッツィ、ルチオ・フルチ監督の『地獄の門』などでもお馴染みのジャネット・アグレン、イタリアの文豪サルヴァトーレ・クァジモドの妻で舞踏家でもあるマリア・クマーニ・クァジモドなど、なかなか玄人好みの豪華なキャストが揃っている。

 

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