メエ・ウェスト Mae West
〜セックスとユーモアでハリウッドを制した反骨の才女〜

 

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 どこからどう見ても雌牛のようなオバサン。しかし、彼女こそ1930年代のハリウッドを制覇した稀代のセックス・シンボル、メエ・ウェストである。ヴォードビル芸人から身を立て、自ら脚本・主演する舞台劇でブロードウェイを席巻。その勢いでハリウッド進出も果たし、自ら脚本を手掛けた一連のセックス・コメディで大変な人気を博した。
 彼女の人気の秘密は、なんといってもその鉄火肌の姐御キャラとセクシーできわどいセリフと言えよう。中でも、いやがおうにもセックスを連想させる意味深なセリフの数々は、70年以上を経た今聞いてもなかなか痛快で刺激的だ。自作の戯曲を映画化した初主演作『わたしは別よ』(33)に登場する、“ポケットに入っているのはピストル?それともアタシを見て喜んでんのかしら?”というセリフはあまりにも有名である。
 
ピストルが男性器の隠喩であることは言うまでもないが、そんなセリフをサラリと言いのけても違和感のない、彼女の肝の据わった存在感がまた強烈。肩をいからせながら両手を腰に当て、巨大な尻をユッサユッサと揺らしながら歩く姿は迫力満点で、女優メエ・ウェストのトレードマークとなった。プライベートでも様々な絶倫伝説の持ち主で、自らがセックスそのものをカリカチュアしたような存在だったと言えよう。
 場末の酒場の女主人や見世物小屋の花形歌手というのがお決まりの役どころ。群がる男たちを鼻であしらい、か弱き乙女たちの強い味方で、権力に媚びるところのない自立したタフな女。ドスの効いた下町訛り丸出しのハスキー・ボイスで、権力を振りかざす男どもやお高くとまったマダムたちの鼻っ柱をバキバキとへし折っていく姿は痛快そのものだ。
 何をやってもメエ・ウェストにしかならない、というのは女優としての致命的な欠点だったが、それは同時に彼女が紛れもない“スター”であったことの証でもある。伝統とモラルを振りかざすカトリック団体や保守派政治家らの弾圧にも屈せず、いかようにも取れるような両義語を駆使した“ダブル・ミーニング”で権力を煙に巻いた彼女は、当時の一般大衆から圧倒的な支持を受けた。にもかかわらず、次第に活動の自由は制限されてしまい、結果的に自ら映画界を引退せざるを得なかったのは時代の不幸と言えよう。
 しかし、その後も若くてマッチョな男性モデルを従えたキャンピーなステージでブロードウェイやラスベガスのエンターテイナーとして活躍し、77歳で見事に映画界へカムバック。最後の主演作『セックステット』(78)では85歳にして若い男たちを夢中にさせるセックス・シンボルを演じた。草食動物的な日本の映画ファンからは最後までまったく理解されなかったのは残念だが、その反骨精神溢れる生き様を含めて実にアメリカ的なスケールとバイタリティを感じさせる一世一代の女傑だったと言えるだろう。

 1893年8月17日、ニューヨークはブルックリンの生まれ。父親ジョン・パトリック・ウェストはヘビー級のプロ・ボクサーだった。7歳で素人劇団の舞台に立ち、地元ではタレント・コンテンストを総なめにするほどの有名な少女だったという。14歳でハル・クラレンドン一座に入って子役として活躍。その後の彼女の芸風は、この頃に親しくなった女装芸人から学んだと言われている。言うなれば、女優メエ・ウェストの原点は今で言うところのドラッグ・クィーンだったわけだ。
 1911年頃からブロードウェイの舞台に立つようになった彼女は、1926年に自ら脚本を手掛けた舞台劇“SEX”に主演。1年近くに渡って上演されるほどの大ヒットとなったが、その過激な内容が問題となって彼女は警察に逮捕されてしまう。禁固10日間の実刑を食らってしまったものの、結果としてこの事件が彼女の名前を全米に知らしめることとなった。
 さらに、彼女はゲイ・リブ活動の父として有名な19世紀のエッセイスト、カール=ヘインリッヒ・ウールリッチスを題材にした同性愛劇“The Drag”を発表。当時は同性愛が重大なタブーであったことからブロードウェイでの上演を拒否されてしまうものの、ニュージャージー州やコネチカット州などの地方巡業で大成功を収めた。
 その後も、人種差別や性差別など当時のモラル概念の偽善を糾弾する問題作を次々と発表したメエだったが、いずれも権力の妨害や弾圧によって短期間での閉幕を余儀なくされ、実際の台所事情は火の車だったようだ。
 しかし、そんな彼女独特の反骨精神を笑いのオブラートで包んだコメディ“Diamond Lil”がブロードウェイで大評判となり、その人気に目をつけたパラマウント映画と1931年に専属契約を結ぶ。当時の彼女は既に37歳。映画スターとしてはかなりの遅咲きだったと言えるだろう。

 映画デビュー作はジョージ・ラフト主演のロマンティック・コメディ『夜毎来る女』(32)。彼女はラフト扮する主人公の元恋人という脇役だったが、その登場シーンから観客の目を釘付けにし、共演者を完全に食ってしまうほどの存在感を発揮した。さらに、自作の舞台劇“Diamond Lil”を基にしたセックス・コメディ『私は別よ』(33)に主演。これはパラマウントを経営破綻から救ったと言われるほどの大ヒットを記録し、アカデミー賞の作品賞にまでノミネートされてしまった。
 その後も『妾は天使ぢゃない』(33)や『罪ぢゃないわよ』(34)など矢継ぎ早に大胆なセックス・コメディを発表したメエ・ウェストだったが、その一方で全米各地のカトリック教会や宗教系市民団体、そして彼らと癒着している保守派政治家たちが猛反発。もちろん、彼女はそんなこと一切意に介さなかったが、やがてその動きが悪名高きヘイズ・オフィスによる34年の映画倫理規定制定へと繋がっていくことになる。
 ちなみに、『罪ぢゃないわよ』(34)の撮影中にはヘイズ・オフィスや宗教団体から監視員がスタジオに送り込まれ、映画のセリフのみならず彼女の動向まで逐一チェックしようとした。そこで彼女は自分が誘拐される危険性が高いことを理由に屈強なボディビルダーたちをボディガードとして雇い、監視員たちが一歩も近づけないようにしたという。
 しかし、メエを目の敵にしたのはヘイズ・オフィスや宗教関係者ばかりではない。『美しき野獣』(36)で自分の愛人である大根女優マリオン・デイヴィスをこき下ろされた新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストも彼女のことを“モンスター”呼ばわりし、メエ・ウェストは“アメリカの神聖な伝統に対する重大な脅威”であると糾弾。彼女の作品の新聞広告を全面的にボイコットしたばかりか、彼女のことを“ボックス・オフィス・ポイズン(興行の毒)”として槍玉に挙げ、大々的なネガティブ・キャンペーンを行った。
 このように、体制や権力から睨まれながらも、大衆や批評家からは熱烈に愛された天下の女傑メエ・ウェスト。彼女の作品はいずれも興行的には大成功を収めていたが、ヘイズ・オフィスとの軋轢や宗教団体のボイコット運動などを恐れたパラマウントは、“Every Day's A Holiday”(37)を最後に彼女との契約を一方的に打ち切ってしまった。
 改めてユニヴァーサルと契約を交わし、W・C・フィールズ共演のコメディ“My Little Chickadee”(40)をヒットさせたメエだったが、彼女自身は既に映画に対する情熱を失っていたようだ。撮影現場におけるW・C・フィールズとの不仲説も囁かれたが、なによりも当たり障りのない大衆コメディというのは彼女にとって不本意極まりなかったのだろう。これ一作限りでユニヴァーサルと袂を分かったメエは、コロムビア映画に請われて出演した“The Heat's On”を最後に映画界から足を洗ってしまう。

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 44年にブロードウェイへと舞い戻ったメエは、舞台“Catherine the Great”でロシアの女帝エカテリーナ役を演じて大評判をとった。さらにラスベガスのショーに出演したり、歌手としてロックン・ロールを歌ったりと活躍。その間、ビリー・ワイルダー監督は『サンセット大通り』(50)のノーマ・デズモンド役を彼女にオファーしたが、残念ながら断られてしまったという。
 そんな彼女の映画復帰作となったのが、性転換を題材にしたセックス・コメディ『マイラ』(70)であったのは、やはりメエ・ウェストのメエ・ウェストたる所以か。撮影現場ではラクエル・ウェルチやファラ・フォーセットら共演の若手女優に対してライバル心をむき出しにしていたと言われるが、それこそ往年の大女優のプライドというもんであろう。若者に媚を売るようになっちゃオシマイなのである。
 私生活では17歳の時に仲間のヴォードヴィル芸人と結婚したものの、それを長いこと隠し続けていたメエ。プライベートでは秘密主義を貫いていたため、二人の間に何があったのかは分からないものの、かなり早い段階で夫婦関係は破綻していたと言われる。
 その一方で、同じくヴォードヴィルの人気芸人だったグイド・デイロとも事実婚に近い関係を続け、マネージャーでもあった15歳年上の弁護士ジェームズ・ティモニーとは1954年に彼が亡くなるまで愛人兼友人の仲だったという。彼女が亡くなるまで献身的に尽くした30歳年下の元レスラー、ポール・ノヴァクとの関係も知られており、映画での役柄同様に私生活でも自由奔放な女性だったようだ。
 他にも数多くの男性と恋愛を重ねたと言われているが、その殆んどがレスラーやボクサーなどの屈強な男性だったらしい。その中には有名な黒人ボクサー、ウィリアム・ジョーンズも含まれている。当時は黒人が白人セレブとプライベートで付き合うなどあってはならない時代。彼女はジョーンズが自由に自宅へ出入りできるよう、高級アパートをビルごと買い取ってしまったという。
 一説によれば、彼女はマスコミに私生活を嗅ぎ回られることを好まず、口の軽い映画関係者や俳優などには全く興味がなかったと言われる。実際、全盛期にもハリウッドのパーティなどには目もくれず、公の場に姿を現すことは滅多になかった。要は、自分のプライバシーを尊重してくれるような相手としか付き合わなかったのだ。

 かくして短い期間ではあったものの、ハリウッドの歴史に大きな足跡を残した大女優メエ・ウェスト。ただ、彼女の主演作はあくまでもメエ・ウェストの映画であり、彼女の個性と存在感を抜きに語ることが出来ないという点で、いずれも映画史に残るような傑作とはなり得なかった。
 ストーリー自体はどれも似たり寄ったり。彼女の痛快なキャラクターやユニークなセリフ回しに重点が置かれているため、どの作品も映画としての創意工夫には乏しい。彼女自身が既に完成されたひとつの作品であり、映画そのものはメエ・ウェストという偉大な芸術作品を表現するための手段に過ぎなかったとも言える。しかし、だからといって彼女の映画に何ら価値がないとは決して言うまい。逆に、それこそがメエ・ウェストという女優の特異性であり、彼女の作品の持つ面白さなんだろうと思う。
 そんな彼女も晩年は寄る年波に逆らえず、最後の作品『セックステット』はほぼ気力のみで撮影を終えたようだ。耳が遠い上にセリフを頻繁に忘れてしまうことからカツラにマイクを仕込み、視力が弱っているのでスタッフが彼女の足元を這いずり回って立ち位置を教えた。そのため、彼女の出演シーンは全てバストショットかクロース・アップで撮影されている。
 その後、自宅のベッドから起き上がろうとして転倒し、病院の検査で脳梗塞の発作であったことが発覚。2度目の発作が起きてから肺炎を発症し、1980年11月22日ロサンゼルスの病院で帰らぬ人となった。享年87歳。
 日本では彼女の主演作の殆んどがビデオ・ソフト化されておらず、テレビで放送されることも滅多にないというのが寂しい限り。ただ、それも仕方ないのかもしれない。なにしろ、彼女の作品の面白さというのは、両義語や隠喩を駆使した巧みなセリフのユーモアにかかっている。それを日本語字幕に翻訳するのは至難の技で、場合によっては言葉の意味が全く通じなくなってしまうからだ。当時の日本で彼女の作品があまり受けなかったというのも、そんなところに理由があるのかもしれない。

※DVD情報は一番下に記載

夜毎来る女
Night After Night (1932)
日本では1933年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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監督:アーチー・メイヨ
原作:ルイス・ブロムフィールド
脚本:キャスリン・スコーラ
    ヴィンセント・ローレンス
撮影:アーネスト・ホーラー
出演:ジョージ・ラフト
    コンスタンス・カミングス
    ウィン・ギブソン
    メエ・ウェスト
    アリソン・スキップワース
    ロスコー・カーンズ
    ルイス・カルハーン

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成りあがり者の実業家ジョー(G・ラフト)

ジョーにはマフィアとの繋がりがあった

執事でもある親友レオ(R・カーンズ)は良き相談相手

 ブロードウェイでの大成功を受けて、パラマウント映画との専属契約を結んだメエ・ウェスト。その映画デビュー作となったのが、この『夜毎来る女』だった。しかし、過去の武勇伝に恐れをなしたのか、スタジオ・サイドが彼女に用意したのはキャスト・クレジット4番目の脇役。少なくとも、パラマウントが彼女の売り出しに慎重であったことは間違いないだろう。
 当然のことながら、メエ自身はこの待遇に対して不満を表明。パラマウントも彼女の意向に配慮し、本人のセリフに限って自由な書き直しを許可した。メエが望んだのは主役の座ではなく、自由な創作活動であったようだ。
 新人女優としては特例とも言える権限を与えられた彼女は、主人公の元恋人である鉄火肌の女性実業家モードを快演。辛口のユーモアで本音をズバズバと言ってのける彼女のキャラクターは実に痛快で、他の共演者を完全に食ってしまった。主演のジョージ・ラフトは“彼女ひとりのおかげで全てが台なしにされた”と憤慨したらしいが、これは嫉妬以外のなにものでもないだろう。正直なところ、メエ・ウェストの傑出した個性がなければ、この作品が後世にまで語り継がれるようなことは絶対になかったはずだ。

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ジョーに言葉遣いを教える女教師メイベル(A・スキップワース)

上流階級の美しき令嬢ジェリー(C ・カミングス)

ジョーはジェリーに一目惚れしてしまう

 禁酒法時代のニューヨーク。ナイトクラブを経営するジョー・アントン(ジョージ・ラフト)は、裏社会にも精通したやり手の実業家だ。貧しい家庭に育ち、プロ・ボクサーから成り上がってきた彼は、これまで金儲けのためなら違法行為も厭わないできた。しかし、心の底では真っ当な人間として社会に受け入れられたいと考えている。
 その第一歩として、彼はナイトクラブの売却を考えていたが、安値で買い叩こうとするマフィアとの交渉は決裂。派手好きで飲んだくれの恋人アイリス(ウィン・ギブソン)にも手を焼かされてばかりだ。初老の女教師メイベル(アリソン・スキップワース)を雇って、言葉遣いやマナー、教養などを学んでいるが、こちらとて一朝一夕で身に付くわけがない。そんな彼の姿を見て、ボクサー時代からの親友で現在は執事を務めるレオ(ロスコー・カーンズ)は皮肉交じりでからかうのだった。
 そんなある晩、ナイトクラブの様子をチェックしていたジョーは、寂しそうに店内を見つめながらテーブルに座っている美しい女性に気付く。このところ連日来店している女性だ。興味をそそられたジョーは、さりげなく彼女に近づいて声をかけた。
 女性の名前はジェリー(コンスタンス・カミングス)。現在ナイトクラブとして使用されている豪邸は、実は彼女が生まれ育った家だったのだ。裕福な上流階級の家庭に生まれたジェリーだったが、父親は世界大恐慌の煽りを受けて破産。泣く泣く、この屋敷を手放したのだった。
 すっかり彼女に惚れてしまったジョーは、屋敷内を案内することを口実にしてディナーの約束を取り付ける。どうやら、ジェリーにはボルトン(ルイス・カルハーン)という裕福なフィアンセがいるらしい。ここは自分の魅力を積極的にアピールし、彼女のハートを射止めねばならぬ。そこで、彼は女教師メイベルの協力を仰ぐことにした。
 ディナーの席にメイベルも同席してもらい、ジェリーに好印象を持たれるような会話を援護してもらおうというのだ。華やかな高級ディナーに招待されることなど滅多にないメイベルは、それだけですっかり浮き足立ってしまう。
 ところがタイミングの悪いことに、ジョーの昔の恋人モード(メエ・ウェスト)がディナーの当夜にナイトクラブへとやって来てしまう。しかも、どうやら場の空気が読めないのか、モードはジョーたちのテーブルにどっしりと居座ってしまった。鼻っ柱が強くてズケズケとものを言うモードにメイベルは興味津々。だが、せっかくジェリーの心象を良くしようと思っていたジョーは内心気が気ではない。
 すっかり酔いつぶれてご機嫌になったモードとメイベル。この隙にとばかり、ジョーはジェリーを連れ出して屋敷内を散策することにした。ところが、そんな2人の後をつけてくる人影が。飲んだくれの恋人のアイリスだった。嫉妬に狂ったアイリスはハンドバッグからピストルを取り出し、銃口を2人の方へと向ける。なんとか彼女をなだめようとするジョーだったが、興奮したアイリスは勢い余って引き金を引いてしまった・・・。

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ジェリーをディナーに誘ったジョーだったが・・・

嫉妬に狂った恋人アイリス(W・ギブソン)

2人の恋の行方は・・・?

 成り上がり者の実業家が生まれも育ちも異なるお嬢様と恋に落ちる・・・というまことに他愛のないラブ・ロマンス。大恐慌に禁酒法という時代背景には特色があるものの、正直なところ映画としては退屈極まりない凡作だ。しかし、メエ・ウェスト扮する肝っ玉姐さんモードが登場してからは俄然と面白くなる。
 中でも、当時としてはかなり飛んでいる女性モードと、善良だけどちょっとトボケた小市民的な老女メイベルが意気投合してしまう様子は実に愉快。メイベル役のアリソン・スキップワースは、優しそうな顔をして悪女役までこなしてしまうほどの芸達者。2人の絶妙な掛け合いは、本作における唯一の見せ場と言って良かろう。
 また、メエ・ウェストがナイトクラブに颯爽と現れるシーンも大変印象的だ。見るからに“夜の蝶”といった感じの派手な服装、堂々とした不敵な面構え、それ以上に存在感たっぷりの立ち振る舞い。故淀川長治先生が彼女を評して、じっとしているだけで品の悪い女、品の悪い安っぽさを豪華版で出してしまう、ディートリヒをぜんぶ粋な顔にしてしまった人、と最大級の賛辞を送っていたが、このワン・シーンだけでその全てを一瞬にして理解できてしまう。それほどの、ただ者ではないようなオーラがプンプンと漂うのだ。
 さらに、彼女の身に着けている宝飾品を見たウェイトレスが思わず“Goodness, what beautiful diamonds!(あらまあ、なんて綺麗なダイヤなの!)”と口にすると、すかさず“Goodness had nothing to do with it, dearie(親切じゃこいつは手に入んないわよ、お嬢ちゃん)”と切り返すメエ・ウェストのカッコいいこと!“あらまあ”という意味の感嘆詞であり、“親切”や“善良”などの意味も併せ持つ“Goodness”という言葉を両義語として使った粋なジョークというわけだが、これなどまさしくメエ・ウェストの真骨頂といったところだろう。ただ残念ながら、日本語に翻訳するとその面白さが全く伝わらなくなってしまうのは悲しい。
 監督はベティ・デイヴィスの『化石の森』(36)やジェームズ・キャグニーの『地獄の市長』(33)などのハードボイルド映画で知られる名職人アーチー・メイヨ。他にも『悪魔スヴェンガリ』(32)や『マルコ・ポーロの冒険』(38)といった名作を撮っている人だが、残念ながら本作ではあまりパッとしない。
 原作はピューリッツァー賞作家のルイス・ブロムフィールドが書いた短編小説。キャスリン・スコーラとヴィンセント・ローレンスの書いた脚本は全般的に平坦で、人間描写にしても紋切り型で薄っぺらいという印象が拭えない。
 撮影監督を担当したのは『風と共に去りぬ』(39)でオスカーを受賞した大御所カメラマン、アーネスト・ホーラー。随所で印象的な画作りを見せてはくれるものの、彼のフィルモグラフィーの中では特筆すべき点のあまりない作品と言えるかもしれない。

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ジョーの元恋人モード(M・ウェスト)

すっかり意気投合するメイベルとモード

メイベルは生まれて初めての二日酔い

 主人公ジョーを演じているのは、当時ギャング映画で絶大な人気を誇ったスター、ジョージ・ラフト。私生活でもマフィアとの繋がりが強く、ハリウッドと暗黒街の橋渡し的な存在であったことでも知られる俳優だ。本作で演じるジョーはギャングではないものの、マフィアとの裏関係を描くことで“ギャング映画スター”のイメージを巧みに利用している。
 その相手役である上流階級の令嬢ジェリーを演じているコンスタンス・カミングスは、当時ハリウッドで売り出し中だった美人女優。ハロルド・ロイド主演の『ロイドの活動狂』(32)で脚光を浴びたものの、ハリウッドには馴染めずにイギリスへ渡り、舞台女優として活躍した人だった。
 ジョーの嫉妬深い恋人アイリスを演じたウィン・ギブソンは当時B級映画のはねっかえり娘役で引っ張りだこだった女優。ジョーの親友兼執事レオをコミカルに演じているのは、『特急二十世紀』(34)のエージェント役や『ヒズ・ガール・フライデー』(40)のレポーター役が印象的だったロスコー・カーンズ。また、『アニーよ銃をとれ』(50)のバッファロー・ビル役で知られる名優ルイス・カルハーンが、ジェリーのフィアンセ役で顔を出している。
 しかし、やはりメエ・ウェストとの掛け合いで絶妙な演技を見せる老女優アリソン・スキップワースがなんといっても傑作だ。彼女が演じるメイベルは善良だけど、どこかちょっとトボけたところのある老婦人。教師として地味で堅実な生活を送ってきたが、実は若い頃にブロードウェイのスターを夢見ていたことがある。しかし、自分の夢を追いかける勇気もなく、親から言われるがままの人生を歩んでしまった女性だ。そんな彼女が稀代の女傑モードと知り合うことで、長いこと閉じこもっていた自分の殻を打ち破ってしまうわけだ。スキップワースはイギリス出身の舞台女優で、シェイクスピア劇やブロードウェイのミュージカルでも鳴らした人。コメディ映画の愛すべきお婆ちゃんを演じることが多かったが、ベティ・デイヴィス主演の“Satan Met A Lady”(36)では犯罪グループの女ボスという悪女役を演じていた。

 

わたしは別よ
She Done Him Wrong (1933)

日本では1935年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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監督:ローウェル・シャーマン
製作:ウィリアム・ルバロン
原作戯曲:メエ・ウェスト
脚本:ハーヴェイ・F・シュウ
    ジョン・ブライト
撮影:チャールズ・ラング
音楽:ジョン・レイポルド
出演:メエ・ウェスト
    ケイリー・グラント
    オーウェン・ムーア
    ノア・ビーリー
    ギルバート・ローランド
    デヴィッド・ランドー
    ラファエラ・オッティアーノ
    デュウェイ・ロビンソン
    ロシェル・ハドソン

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場末の酒場で歌うレディー・ルー(M・ウェスト)

救世軍の士官カミングス(C ・グラント)

レディー・ルーにおべっかを使うセルゲイ(G・ローランド)たち

 メエ・ウェストの初主演作にして、彼女の名前を全米に知らしめた大ヒット作。彼女がケイリー・グラントに向って言う“Why don't you come up sometime and see me? (にいちゃん、たまには寄っといで)”というセリフは大変な流行語となり、アカデミー賞の作品賞にまでノミネートされてしまった。その他、今聞いてもドキドキするようなきわどいセリフが盛りだくさん。ハリウッドにおけるメエ・ウェストの伝説はここから始まることとなる。
 メエが演じるのは場末の酒場の歌姫レディ・ルー。言い寄る男たちを鼻であしらい、金や宝石を貢がせ、店のオーナーさえも平気で足蹴にするタフな女傑だ。その一方で、男たちに搾取されてる若い娘たちの強い味方で、弱い者にはとことん優しい姐御肌。そんな彼女が正義感溢れる若き救世軍士官と共に、酒場にうごめく悪党どもを成敗していくというわけだ。
 原作はメエ自身が脚本を書いてブロードウェイで大ヒットさせた舞台劇“Diamond Lil”。パラマウントは1931年に映画化権を獲得したが、脚本を仕上げるために2年近くの歳月を要した。というのも、原作の舞台劇はそのまま映画化するには少々過激すぎたのである。
 また、当時は全米のキリスト教団体を中心に、ハリウッドのモラルの低下を問題視する動きが活発化しており、パラマウントとしても慎重にならざるを得なかった。とはいえ、本作を見た各地のカトリック教会関係者は激怒し、全米倫理委員会(National Legion of Decency)を組織。それが結果的に、翌年の厳格な映画倫理規定の制定へと繋がったのは大いなる皮肉だったと言えよう。

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妻子ある男に捨てられた女性サリー(R・ハドソン)が自殺未遂を

サリーに近づく悪女ロシアン・リタ(R・オッティアーノ)

酒場のオーナー、ガス(N・ビーリー/右)には裏の顔が

 舞台は1890年代のニューヨーク。酒場の歌姫レディー・ルー(メエ・ウェスト)は世間の男たちを夢中にさせ、その妻たちからは目の敵にされている花形スターだ。酒場のオーナー、ガス(ノア・ビーリー)も熱烈な崇拝者の一人で、数え切れないほどのダイアモンドを彼女に貢いでいる。
 一介の酒場経営者に何故そんな金があるのか?実は、彼は詐欺師のダン・フリン(デヴィッド・ランドー)と組んで偽札を作り、女興行師ロシアン・リタ(ラファエラ・オッティアーノ)とその愛人セルゲイ(ギルバート・ローランド)を使って売春組織を裏で操っていたのだ。
 そうとは知らないレディー・ルーは、酒場で自殺を図った若い娘サリー(ロシェル・ハドソン)を助ける。彼女は家庭のある男に騙されて捨てられたというサリーに同情し、仕事を斡旋してくれるというロシアン・リタに彼女を預けた。
 一方、酒場では近くにある救世軍の士官カミングス(ケイリー・グラント)が、内部の様子を偵察していた。実は、彼は連邦捜査局の潜入捜査官で、酒場が犯罪の根城になっていると睨んでいたのだ。初めてレディ・ルーと会った彼は、一目で彼女に惚れてしまった。こんな場所からは足を洗って自分と一緒になろうというカミングスを、レディ・ルーは一笑に付す。彼女は自分の職業に誇りとプライドを持っているのだ。
 そんなレディ・ルーにも1つだけ弱点があった。窃盗事件で刑務所に入っている恋人チック(オーウェン・ムーア)である。嫉妬深い彼は自分の留守中にレディ・ルーが若い男としけ込んでいるのではないかと疑い、面会に訪れた彼女に対して浮気をしたら殺してやると脅かす。
 その晩、いてもたってもいられなくなったチックが刑務所を脱走。レディ・ルーの部屋へと忍び込み、自分と一緒に逃げてくれなければ殺すと迫った。困った彼女は今晩のステージが終ったら一緒に逃げることを約束し、寝室に彼をかくまう。
 そこへセルゲイがやって来て、甘い言葉で彼女を誘惑しようとした。その現場を目撃したロシアン・リタは嫉妬で怒り狂い、ステージ衣装に着替えているレディ・ルーに襲いかかる。激しい格闘の末、ロシアン・リタを殺してしまったレディ・ルー。忠実な部下スパイダー・ケイン(デュウェイ・ロビンソン)に頼んで死体を隠してもらったが、絶体絶命のピンチであることには変わりがない。
 やがてショータイムの時間が訪れ、レディー・ルーはステージへと上がった。酒場にはチックの行方を捜す警官たちの姿が。果たしてレディー・ルーの運命やいかに・・・!?

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生真面目なカミングスを手玉に取るレディ・ルー

レディ・ルーの嫉妬深い恋人チック(O・ムーア)

嫉妬に狂ったロシアン・リタを刺し殺してしまう

 メエ・ウェストお得意のセクシーで辛口なジョークもさることながら、やはり当時としては卑しい職業とされていた酒場の歌手を肯定的に描いた点も、恐らく宗教関係者の逆鱗に触れたのだろう。しかも、男を手玉にとって金品を貢がせ、相手が悪人とはいえ人を殺してもお咎めナシときたもんだ。
 しかし、その一方で男と対等に渡り合い、時には男を利用し、時には男を味方につけながら、一貫して己の信念のもとに行動するレディ・ルーのような女性は、まだ参政権が認められて日も浅いような当時の一般的アメリカ女性にとって、ある種の英雄像として受け入れられたのではないかとも思う。
 妻子ある既婚者の男に捨てられた女性サリーに対してレディー・ルーはこういう。“男なんてみんな同じ。結婚していようが独身だろうが、遊ぶ側はいつも男。だからアタシは奴らと同じ遊びを覚えたのさ。あんたにもそのうち分かるよ”と。メエ・ウェストはレディ・ルーというキャラクターを通して、あらゆる男のエゴや傲慢を真っ向から笑い飛ばそうとしたのであり、本作はセックス・コメディという姿を借りた紛れもないフェミニスト映画なのである。
 彼女にかかったら、下らない男の威厳なんぞ形なしもいいところ。メエ・ウェストという女性は、倫理や道徳の名の下に長い間抑圧されてきた女の性の解放者だったわけだ。しかも、映画という新しい大衆メディアを通じて、絶大な影響力を持とうとしていた。だからこそ、伝統的な価値観を重んじるカトリック教会の幹部たちが強い危機感を抱いたのだろう。
 監督はエドナ・メイ・オリヴァー主演の“Ladies of the Jury”(32)やキャサリン・ヘプバーン主演の『勝利の朝』(33)などの女性映画で知られるローウェル・シャーマン。中でも、金持ち男たちを手玉にとる3人の踊子の友情と恋愛バトルを痛快に描いた『仰言ひましたわネ』(32)は、後に『百万長者と結婚する方法』(50)としてリメイクされたことで有名だ。しかし、リメイク版よりも遥かに過激な内容だったらしく、本作と同じように倫理委員会から槍玉に挙げられ、最終的にヘイズ・オフィスの上映禁止リストに載せられてしまった。
 メエ・ウェストの書いた戯曲を映画用に脚色したのは、ジェームズ・キャグニーの傑作ギャング映画『民衆の敵』(31)を書いたハーヴェイ・シュウとジョン・ブライトの2人。撮影監督には『戦場よさらば』(32)でオスカーを受賞し、『麗しのサブリナ』(54)や『お熱いのがお好き』(59)など数多くの名作を手掛けたチャールズ・ラングが携わっている。
 さらに、メエ・ウェストのゴージャス極まりないドレスのデザインを手掛けたのは、『ローマの休日』(54)や『麗しのサブリナ』などでオスカーを受賞した伝説的な衣装デザイナー、イーディス・ヘッド。ドラッグ・クィーンも真っ青のケバケバしさは一見の価値アリだ。ちなみに、このイーディス・ヘッドとメエ・ウェストは、後に『マイラ』と『セックステット』でも組んでいる。

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バリバリの毒舌とユーモアで男たちをやりこめるレディ・ルー

ド迫力の全身スパンコール!

ドレス・アップする姿も粋な姐御の貫禄

 メエ・ウェストの相手役を演じたのは、当時まだ29歳だったケイリー・グラント。前年の『ブロンド・ヴィナス』(32)でディートリヒと共演して注目され、本作の大ヒットでようやくスターとしての道を歩みだした。とはいえ、終始メエ・ウェストの“色添え”役に徹しており、まだまだハンサムなだけの優男という印象は拭えない。
 レディー・ルーの嫉妬深い恋人チック役を演じているのは、“アメリカの恋人”メアリー・ピックフォードのダンナだったオーウェン・ムーア。彼自身もサイレント期の映画スターだったが、大女優メアリー・ピックフォードの夫という肩書きの重圧に負け、アルコールで身を持ち崩してしまうという不幸な人だった。
 酒場のオーナー、ガスを演じているノア・ビーリーは、サイレントからトーキーにかけて大活躍した個性派の性格俳優。弟ウォーレス・ビーリーも有名な映画スターで、息子ノア・ビーリー・ジュニアも西部劇の名脇役として知られる。
 レディー・ルーに殺される怪しげな女興行主ロシアン・リタを演じているラファエラ・オティアーノはブロードウェイの有名な舞台女優で、本作の舞台版“Diamond Lil”でも同じ役を演じていた。また、その愛人セルゲイ役のギルバート・ローランドは、後に『悪人と美女』(52)や『三人のあらくれ者』(56)などで有名になるメキシコ人俳優。
 そして、レディー・ルーに救われる若い女性サリー役には、『理由なき反抗』(55)でナタリー・ウッドの母親役を演じていたロシェル・ハドソン。当時は清純派の若手女優として注目され、クローデット・コルベールの娘役を演じた『模倣の人生』(34)やジャン・バルジャンに育てられた娘コゼットを演じた『噫無情』(35)などで活躍していた。

 

妾は天使ぢゃない
I'm No Angel (1933)

日本では1934年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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監督:ウェズリー・ラッグルス
製作:ウィリアム・ルバロン
脚本:メエ・ウェスト
撮影:レオ・トーヴァー
出演:メエ・ウェスト
    ケイリー・グラント
    グレゴリー・ラトフ
    エドワード・アーノルド
    ラルフ・ハロルド
    ケント・テイラー
    ガートルード・マイケル
    ラッセル・ホプトン
    ドロシー・ピーターソン
    ハッティ・マクダニエル

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見世物小屋の花形歌手タイラ(M・ウェスト)

彼女目当ての男性客で見世物小屋は連日大盛況

代議士ブラウン(W・B・デヴィッドソン)もタイラの虜に

 『わたしは別よ』の爆発的な大ヒットを受けて、矢継ぎ早に製作されたのがこの『妾は天使ぢゃない』という作品。相手役にはケイリー・グラントが続投し、今回はメエ自身が脚本と台詞の両方を手掛けた。前作では男のバカさ加減を笑い飛ばした姐さんだったが、本作ではお高くとまった上流階級の薄っぺらなモラルを木っ端微塵に吹き飛ばしてくれる。
 彼女が演じるのは見世物小屋の花形歌手タイラ。群がる男性客たちをアメとムチで猛獣使いのごとく操り、やがてサーカス団に移って本物の猛獣使いとなる。ライオンの口に頭を突っ込むという大胆なパフォーマンスで一世を風靡し、ニューヨークはパーク・アヴェニューの超高級アパートに住むセレブへと出世。ここでも上流階級の紳士たちを夢中にさせ、お上品ぶったマダムたちからは目の敵にされる・・・ってなわけだ。
 そんな彼女と本気で恋に落ちるのが、ケイリー・グラント扮する社交界の名士ジャック・クレイトン。ところが、温厚で誠実な彼でさえ深層心理ではタイラのことを色眼鏡で見ており、2人の仲に嫉妬する周囲の人々の思惑通りに彼女を誤解して遠ざけてしまう。そんなタイラが辛口のユーモアで、お上品ぶった上流階級の人々の化けの皮を次々と剥いでいくクライマックスの裁判シーンは実に痛快で抱腹絶倒。まさしくメエ・ウェストの独壇場といったところだろう。
 もちろん、お得意の意味深でキワどい名台詞も盛りだくさん。中でも特に有名なのは、映画の中盤でタイラがジャックを誘惑するシーンだろう。珍しく従順な彼女にジャックが“今夜の君はとてもいい子だね”と囁くと、すかさずタイラが切り返す。“When I'm good, I'm very good. But when I'm bad...I'm better(アタシがいい子な時は、とってもいい子なの。でも、アタシが悪い子になったら・・・もっといいんだから)”いやあ、こんな粋で色っぽいセリフ、そんじょそこらの小娘なんぞには吐けまい。

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チンピラのスリック(R・ハロルド)がブラウンを殴り倒してしまう

タイラはビッグ・ジョン(E・アーノルド/左)から大金を借りる

猛獣使いとして人気絶頂を迎えたタイラ

 ビッグ・ビル(エドワード・アーノルド)率いるサーカスの見世物小屋で花形歌手を務める女性タイラ(メエ・ウェスト)。夜毎押しかける男性客たちのハートを虜にする彼女には裕福な男性崇拝者も後を絶たなかった。自由気ままで肝の据わった彼女は、そんな鼻の下を伸ばした金持ち連中を弄んでは金品を貢がせている。
 ある晩、アーネスト・ブラウン(ウィリアム・B・デヴィッドソン)という代議士に誘われ、彼の自宅アパートでディナーを楽しんでいたタイラ。そこへ、日頃から彼女に言い寄っているチンピラ、スリック(ラルフ・ハロルド)が押しかけ、ブラウンを殴り倒してしまった。てっきり彼が死んでしまったと思った二人は急いでアパートを後にするが、去りぎわにスリックはブラウンの手元から高価なダイヤの指輪を抜き取っていく。
 意識の戻ったブラウンは警察に通報し、スリックは暴行と窃盗の容疑で逮捕されてしまった。その場に居合わせたタイラも罪に問われたが、ビッグ・ビルに借金をして有能な弁護士ピンコウィッツ(グレゴリー・ラトフ)を雇い、なんとか実刑を免れることに成功する。
 ビッグ・ビルへの借金を返すべく、サーカス団の猛獣使いとなったタイラ。ライオン軍団を意のままに操る彼女の猛獣ショーは大変な評判となり、中でもライオンの口に頭を突っ込む決死のパフォーマンスは最大の呼び物となった。普段はサーカスなどに見向きもしない上流階級の人々も彼女を一目見ようと押しかけ、たちまちタイラは全米に名の知られたスターとなる。
 かくして、ニューヨークはパーク・アヴェニューの高級アパートに居を構えるまでに出世したタイラ。ここでも、彼女に言い寄ってくる男は後を断たない。中でも特に熱心だったのはカーク・ローレンス(ケント・テイラー)という若い紳士で、毎日のように彼女のアパートを訪れては高価な贈り物を貢いでいた。腹に据えかねたカークの許婚アリシア(ガートルード・マイケル)は、タイラを社交界のつまはじきにしようとするが、所詮は世間知らずのお嬢様。百戦錬磨のタイラに敵うはずもない。
 そんな彼らの様子を見るに見かねたのが、カークの従兄弟である社交界の名士ジャック・クレイトン(ケイリー・グラント)。手切れ金を払ってカークとの関係を解消させようとしたジャックだったが、当然のことながらタイラに鼻であしらわれてしまう。金で片をつけようとなんかせず、素直に頼めばいいじゃないか、と。そんなタイラの気風の良さに惹かれたジャックは、たちまち彼女の虜となってしまった。タイラの方も、真面目で一途なジャックに想いを寄せられてまんざらではない。やがて、2人は結婚の約束を交わすほどの仲となる。
 一方、タイラとジャックの関係を苦々しく思っていたのはビック・ビル。大切な看板スターを金持ちのボンボンに取られてたまるかってなわけで、彼は刑務所から出たばかりのスリックを使って罠を仕掛ける。
 自宅アパートで甘いひと時を過ごしているタイラとジャック。そこへ、タイラの愛人を装ったスリックが押しかけてきたのだ。驚いたジャックはすっかりスリックの言い分を信じてしまい、婚約の解消を言い残してタイラのもとを去ってしまう。結局、自分はそんな女だと思われていたのか。さすがに堪忍袋の緒が切れたタイラは、婚約の不履行を理由にジャックを告訴するのだった・・・。

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タイラに夢中となる裕福な紳士カーク(K・テイラー)

カークの許婚アリシア(G・マイケル)はタイラを敵視する

カークとタイラの仲を裂こうとするジャック(C ・グラント)だが・・・

 関係者が一堂に会する中、タイラ自らが己の弁護に立ち上がり、人々の偽善を暴き立てていく裁判シーンは胸のすくような面白さ。軽快でスピーディなストーリー展開や風刺精神に溢れた筋立ても絶妙で、脚本家メエ・ウェストの才能が遺憾なく発揮された作品と言えるだろう。
 ちなみに、高級アパートに住むようになったタイラは黒人のメイドを何人も雇うのだが、彼女たちとの関係もかなりユニークと言えよう。というのも、端から見ている限り、彼女たちのやり取りは雇い主と召使の関係ではなく、ほとんど姉妹のそれに近いのだ。一緒になって歌い踊り、恋愛やファッションなどのガールズ・トークに花を咲かせる。露骨な人種差別がまかり通っていた当時にあって、これらの描写はかなり進歩的であったと言えるのではないかと思う。
 一説によれば、メエ・ウェストの祖父は肌の色の薄い黒人であった可能性が高いという。また、彼女の喋り方やパフォーマンスにはアフリカ系文化からの影響が色濃いともされている。社会的弱者に対する彼女の慈しみの目というのは、ひょっとするとそんなところから生まれたのかもしれない。
 演出を手がけたウェズリー・ラッグルスは俳優チャールズ・ラッグルズの弟で、アカデミー作品賞を受賞した『シマロン』(30)で有名な監督。メエ・ウェストの脚本と演技に負うところが大きいものの、インサート・ショットを多用したディテールの細かさやリズミカルな語り口はなかなか巧い。
 撮影は『女相続人』(49)でオスカーにノミネートされたレオ・トーヴァー。また、ジョン・フォードの『駅馬車』(39)でオスカー候補となったオットー・ラヴェリングが編集を手掛けている。

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メイドたちとガールズ・トークに花を咲かせるタイラ

ゴージャスで奇抜なドレスの数々も見どころ

この貫禄とエレガンスこそ女優メエ・ウェストの醍醐味!

 今回脇役でいい味を出しているのは、弁護士ピンコウィッツ役のグレゴリー・ラトフと、ビッグ・ジョン役のエドワード・アーノルド。ラトフは『イヴの総て』(50)の演劇プロデューサー、マックス・ファビアン役で有名なユダヤ系ロシア人の名優で、映画監督としても知られる人物。大胆不敵なタイラの言動を嬉しそうに見守るピンコウィッツの様子が妙に微笑ましい。
 一方、”自分のお袋だって信用しない”と豪語する商売人ビッグ・ジョンを演じるエドワード・アーノルドは、全盛期のハリウッド映画に欠かせなかった名脇役。伝説的なボクサーを熱演した『ダイヤモンド・ジム』(35)なんていう主演作があるほどの人気者で、『我が家の楽園』(38)や『スミス都へ行く』(39)などのフランク・キャプラ作品でもおなじみだ。
 タイラに入れ込む若い紳士カーク役を演じるケント・テイラーは、B級映画の2枚目スターとして活躍した俳優。その許婚アリシアを演じるガートルード・マイケルは当時売り出し中だった美人女優で、プライベートにおけるアルコール癖の悪さでも有名だった。また、『風と共に去りぬ』(39)で黒人として史上初のオスカーを受賞するハッティ・マクダニエルが、タイラのメイドの一人として顔を出している。

 

わたし貴婦人よ
Goin' To Town (1935)

日本では1935年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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監督:アレクサンダー・ホール
製作:ウィリアム・ルバロン
原作:マリオン・モーガン
    ジョージ・B・ダウェル
脚本:メエ・ウェスト
撮影:カール・ストラス
出演:メエ・ウェスト
    ポール・キャヴァナー
    ギルバート・エメリー
    マージョリー・ゲイトソン
    ティト・コラル
    イワン・レベデフ
    フレッド・コーラー
    モンロー・オウスリー

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酒場の歌手から立身出世するクレオ(M・ウェスト)

店の常連客バック(F・コーラー)と婚約したクレオだったが・・・

銃撃戦の末にバックは射殺されてしまう

 ヘイズ・オフィスによる映画倫理規定が施行されたのは1934年7月1日。それ以降に製作された最初のメエ・ウェスト主演作が、この『わたしは貴婦人よ』である。だからであろうか、やはり刺激的で思わせぶりなセリフは全体的にトーン・ダウンが否めない。ストーリーそのものは相変わらずのメエ・ウェスト節全開で、彼女らしい反骨精神も健在なのだが、どうもいまひとつパンチが足りないのである。
 今回の彼女の役柄は酒場の人気歌手クレオ。馴染み客と結婚したはいいのだが、そのダンナが結婚式の直前に死んでしまう。莫大な遺産を相続した彼女は、一夜にして女大富豪に。ところが、唯一自分になびかない真面目一直線の堅物男に惚れてしまい、彼を振り向かせようと南米はブエノスアイレスへと向う。そこはヨーロッパから流れてきた貴族たちの巣窟で、当然のことながら成りあがり者の彼女はなにかと色眼鏡で見られるのだが、そこは我らが大姐御。持ち前の肝っ玉と気風の良さで人々の心を掴み、お高くとまった不良貴族たちの鼻を次々とあかしていくってなわけだ。
 主な舞台をブエノスアイレスに設定し、悪役をヨーロッパ貴族に仕立てたのは、やはりヘイズ・オフィスへの目配せなのだろうか。それまでのブルーカラーVSホワイトカラー、保守VSリベラルという図式を、ヤンキーVS外国人へとすり替えることにより、反権力的なイメージをぼんやり薄めようという意図が感じられる。ヒロインのキャラクターにしても、西部劇などによく見られる典型的な鉄火肌女の延長線上という印象。それまでの過激さが抑えられてしまった分、どことなく物足りなさが感じられるのは致し方ないところだろう。

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結婚と同時に未亡人となったクレオ

クレオは莫大な財産と土地を相続して大富豪となる

堅物の真面目人間キャリントン(P・キャヴァナー)

 アメリカ西部の田舎町。酒場の歌姫クレオ(メエ・ウェスト)は、その場の勢いで常連客バック(フレッド・コーラー)と結婚することになった。バックは広大な牧場と油田を所有する大金持ち。ところが、裏では家畜泥棒グループを率いる犯罪者だった。ある晩、犯行現場を保安官に見つかり、バックは銃撃戦の末に射殺されてしまう。
 そうとは露も知らないクレオ。意気揚々と牧場へ到着したは良かったが、彼女が目にしたのは変わり果てたバックの姿だった。公認会計士ウィンスロー(ギルバート・エメリー)によると、バックは遺言でクレオを遺産相続人に指名しているという。かくして、彼女は近隣でも一番の大富豪となってしまった。
 ある日、ウィンスローの案内で所有地を見て周っていたクレオは、油田調査に来ていたイギリス人の地質学者キャリントン(ポール・キャヴァナー)と知り合う。男に関しては百戦錬磨のクレオだったが、キャリントンはどうも勝手が違っていた。真面目で堅物な正直者で、女の色香にも決して惑わされない彼に、どうやらクレオは本気で惚れてしまった。
 地質調査を終えた彼がブエノスアイレスへ向ったと聞いたクレオは、ウィンスローと共に後を追うことにする。ブエノスアイレスにはヨーロッパの貴族が多く集まり、閉鎖的な上流社会が形成されていた。クレオは上流階級の人々に受け入れられるための第一歩として、乗馬レースの馬主となる。
 ところが、それを快く思わない人々がいた。上流社会のご意見番であり、乗馬レース界のパトロンでもあるブリトニー夫人(マージョリー・ゲイトソン)とその取り巻き連中だ。クレオのことを“成りあがり者のアメリカ人”とバカにするブリトニー夫人だったが、クレオの所有する馬が優勝してしまったことで敵対心を一層のこと強める。夫人は遊び人のロシア人貴族イワン(イワン・レベデフ)を使ってクレオの身辺を探り、様々な罠を仕掛けて彼女の評判を落とそうと画策する。そんな彼女の味方をするキャリントンだったが、一向に振り向くような気配はなかった。
 そこで、クレオは一計を案ずる。ブリトニー夫人にはコルトン(モンロー・オウスリー)という甥っ子がいる。由緒正しい家柄の生まれながらギャンブル癖が抜けず、多額の借金に苦しんでいた。そこに目をつけたクレオは、結婚を条件に借金の肩代わりを申し出る。二人の結婚によってブリトニー夫人の面目は丸潰れ。しかも、身内となったので下手に悪い噂も立てられない。と同時に、この結婚はキャリントンに対するクレオの当てつけでもあった。
 かくしてコルトンと夫婦仲になり、財産だけではなく家柄も手に入れたクレオ。夫を伴ってニューヨークへと居を移した彼女だったが、ブリトニー夫人は腹の虫がおさまらない。夫人は私立探偵(ポール・ハーヴェイ)を雇ってクレオの過去を調べさせ、彼女を陥れて甥っ子と離婚させようとする。
 そんなある晩、社交パーティの余興でオペラを歌ったクレオが自室へ戻ると、そこには夫コルトンの死体が。自殺説と他殺説が渦巻く中、警察の捜査によって疑いの目がクレオへと向けられてしまう・・・。

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行く先々で男たちを惹きつけるクレオ

キャリントンを振り向かせようとするクレオだったが・・・

遊び人のロシア貴族イワン(I・レベデフ)がクレオに近づく

 演出を手がけたのはシャーリー・テンプルの『可愛いマーカちゃん』(34)やロバート・モンゴメリーの『幽霊紐育を歩く』(41)など、ハートフルなコメディ映画で知られるアレクサンダー・ホール監督。ソツのない演出が身上といった感じの職人監督だが、本作ではロマンス、コメディ、西部劇、アクション、サスペンスなど様々なジャンルの要素を盛り込んでおり、それらをきっちりと的確にまとめているという点では大いに評価できると思う。
 撮影監督のカール・ストラスはサイレント期から活躍するカメラマンで、F・W・ムルナウの傑作『サンライズ』(27)でオスカーを受賞した大御所。『ベン・ハー』(25)や『暴君ネロ』(32)のような大作を得意とした人だっただけに、本作でも乗馬レース・シーンで抜群のカメラワークを見せてくれる。
 そして、メエ・ウェストのゴージャスな衣装を手掛けたのは、『モロッコ』(30)や『上海特急』(32)などマレーネ・ディートリッヒとのコラボレーションで有名な伝説的デザイナー、トラヴィス・バントン。中でもオペラ・シーンで披露する奇抜で過激な衣装はなかなかの見ものだ。

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高慢な貴族のマダムたちをやりこめるクレオ

ドレスを手掛けたのは伝説的デザイナー、トラヴィス・バントン

オペラ・シーンの奇抜で過激な衣装は見もの

 さて、一方の共演キャストに目を移してみると、本作はメエ・ウェスト主演作としては意外なくらいに地味な顔ぶれが揃った。相手役キャリントンを演じるポール・キャヴァナーはイギリス出身の俳優で、ウィリアム・ワイラー監督の『嵐』(30)で主演に抜擢されたものの、その後はもっぱら脇役ひと筋のバイプレイヤーだった。英国紳士らしいダンディな雰囲気はいいとしても、見終わった後もまるっきり印象に残らない存在感の薄さはいかんともしがたい。
 クレオの片腕として活躍する会計士ウィンスロー役のギルバート・エメリーも目立たない脇役俳優で、どちらかというと俳優業よりも作家やコラムニストとして知られた人物。クレオと結婚する名家のダメ息子コルトン役のモンロー・オウスリーは、トーキー初期の2枚目スターだったが当時はすっかり落ち目で、本作の2年後に37歳という若さで心臓発作のため死去している。クレオと敵対するブリトニー夫人役のマージョリー・ゲイトソンは舞台の有名な女優だったが、映画デビューが遅かったこともあってハリウッドでは恵まれなかった人だ。
 ってな具合に、正直言ってパッとしないキャスティングなわけだが、あくまでもこれは大女優メエ・ウェストありきのスター映画。当時は彼女の名前だけで客がバンバン入っていたわけだし、観客のお目当ては彼女だったわけだから、スタジオ側もあえて脇には個性の薄い無名俳優を配したのかもしれない。

 

浮気名優
Go West Young Man (1936)

日本では1937年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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監督:ヘンリー・ハサウェイ
製作:エマニュエル・コーエン
原作:ローレンス・ライリー
脚本:メエ・ウェスト
撮影:カール・ストラス
出演:メエ・ウェスト
    ウォーレン・ウィリアム
    ランドルフ・スコット
    アリス・ブラディ
    エリザベス・パターソン
    ライル・タルボット
    イザベル・ジェウェル
    マーガレット・ペリー

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人気絶頂の映画スター、メイヴィス(M・ウェスト)

新作映画の舞台挨拶に立ったメイヴィス

口うるさい宣伝マン、モーガン(W・ウィリアム)

 メエ・ウェスト扮するハリウッドの人気女優と3人の男性との恋のさや当てを描いたロマンティック・コメディ。これまでの作品とは打って変わって、場末の酒場や見世物小屋などは出てこないし、上流階級の傲慢な偽善者や胡散臭いプレイボーイ、怪しげな犯罪者なども一切登場しない。よって、ドロドロの愛憎劇もなければ、ヒロインを貶めるような策略もないし、当然のことながらキワドいセリフもほとんど出てこない。
 今回のヒロインはハリウッドの人気映画女優メイヴィス。将来有望な若手代議士といい雰囲気になるものの、彼女は映画会社との契約で恋愛・結婚がご法度。宣伝マンのモーガンは2人の関係を邪魔しようとするが、目を放したスキに今度は田舎町の若者とメイヴィスが恋に落ちてしまう。そうはさせまいと躍起になるモーガンだったが、実は彼も心の底ではメイヴィスに思いを寄せていて・・・という、なんとも微笑ましい物語。メエ・ウェスト主演作としては拍子抜けしてしまうくらい、素朴で単純明快なコメディ映画だ。
 とはいいつつ、脚本も演出も大変良く出来ていて、まさしくハリウッド映画の王道とも言うべき娯楽作。さすがは名匠ヘンリー・ハサウェイといったところだろうか。いつもの毒々しさには欠けるメエ・ウェストだが、自由気ままでマイペースなハリウッド女優を嬉々として演じており、これはこれでなかなか魅力的。宣伝マン役ウォーレン・ウィリアムとの相性も良く、実に楽しい小品佳作に仕上がっている。

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若手政治家ハリガン(L・タルボット)とメイヴィス

モーガンは田舎町の小さな下宿を見つける

大女優メイヴィスを迎えて大はしゃぎする住民たち

 ハリウッドのトップ・スター、メイヴィス・アーデン(メエ・ウェスト)の最新作“The Drifting Lady”のプレミア上映が行われ、舞台挨拶に立つ彼女を一目見ようと大勢のファンが劇場に駆けつけた。その様子を見守っているのは映画会社から派遣された宣伝マンのモーガン(ウォーレン・ウィリアム)。
 舞台挨拶を終えたメイヴィスは、気鋭の若手政治家ハリガン(ライル・タルボット)とのプライベート・ディナーへ。誰にも邪魔されずに甘い時間を過ごす2人だったが、そこへなぜかマスコミの記者が押しかけて大騒ぎに。これは、2人の仲を邪魔しようとするモーガンの仕業だった。メイヴィスは映画会社との契約で恋愛・結婚がご法度。大事なスターに群がる虫を追い払うというのは、モーガンに課せられた重要な任務なのだ。
 マスコミにスキャンダルを書き立てられて大迷惑なのはハリガン陣営。しかし、ハリガンの顧問が妙案を思いついた。この一軒が単なる遊びならばスキャンダルだが、結婚となれば話が違う。ハリウッドの人気スターとの結婚は逆に格好の宣伝材料となるはずだ。メイヴィスに本気で惚れているハリガンも同調。彼らは彼女の次のキャンペーン先であるハリスバーグへと先回りし、そこでプロポーズすることを計画した。
 一方、ハリスバーグへと車で移動中のメイヴィス一行。ところが、荒野のど真ん中で車が故障して動かなくなってしまった。民家を探して田舎道を歩き続けたモーガンは、ストラザース夫人(アリス・ブラディ)という女性の経営する小ぢんまりとした宿屋を発見。近所のガソリンスタンドで車を修理してもらっているあいだ、ここで休ませてもらうことにする。
 あの有名な映画スター、メイヴィス・アーデンがやってくるということで、宿屋の従業員も近隣の人々も大喜び。しかし、当のメイヴィス本人は不満たらたらで、こんなド田舎の安っぽい宿屋にアタシを連れ込むなんて!とすっかりご立腹。
 ところがそんな彼女も、車の修理に訪れた若くてハンサムで筋骨隆々とした修理工バド(ランドルフ・スコット)を一目見るなりガラリと態度を変えてしまった。あの手この手でバドの気を引こうとするメイヴィス。純朴で奥手な田舎の好青年とも言うべきバドだったが、そんな彼も大らかで大胆な彼女の魅力を前にしてコロリと参ってしまう。そんな2人の様子に気付いたモーガンは、何かにつけて邪魔をしようとするのだが、なかなか上手くいかない。
 実は、バドにはフィアンセがいた。ストラザース夫人の愛娘ジョイス(マーガレット・ペリー)である。彼女の大叔母に当るバーナビー夫人(エリザベス・パターソン)も、2人の結婚を強く望んでいた。それを知ったモーガンは、バドのことを諦めるようにメイヴィスを諭す。
 その頃、ハリスバーグでメイヴィスの到着を待ちあぐねていたハリガン。彼女が宿泊するホテルに電話をかけたハリガンは、電話交換手たちが噂をしている誘拐事件の話をメイヴィスのことだと勘違いし、慌てて警察に通報してしまう。たちまち警察は大規模な捜索を開始。さらに、事件をラジオのニュースで聴いた宿屋のメイド、グラディス(イザベル・ジェウェル)がモーガンを誘拐犯と思い込んでしまったことから、事態はとんでもない大騒動へと発展していく・・・。

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ド田舎で足止めを食らったことに不満タラタラのメイヴィス

素朴な若者バド(R・スコット)に興味を引かれるメイヴィス

バドを誘惑しようとするメイヴィスだったが・・・

 とまあ、実に愉快で楽しい典型的なスクリューボール・コメディ。ハードボイルドや西部劇、戦争アクションなどタフな男性映画で知られる名匠ヘンリー・ハサウェイ監督が、これほどまでに軽妙洒脱で粋な映画を撮っていたというのはちょっとした嬉しい驚きだ、しかも、これがまた実に巧い。筋運びのセンスやユーモアのタイミングなど、エルンスト・ルビッチやビリー・ワイルダーを彷彿とさせるといっても過言ではあるまい。
 原作はローレンス・ライリーが書いてグラディス・ジョージが主演したブロードウェイの舞台劇。どこまで舞台劇に忠実なのは定かでないものの、メエ・ウェストの脚本は彼女自身の個性を存分に生かしており、ちょっと思わせぶりなセリフを散りばめながら、あくまでも品の良いラブ・コメディとしてまとめている。その刺激の少なさを物足りなく感じるファンもいるかもしれないが、この場合はこれで大正解なのではないだろうか。
 撮影は『わたしは貴婦人よ』にも参加していた大御所カール・ストラス。また、後にMGMの主任デザイナーとして名を馳せることになるアイリーンが、アイリーン・ジョーンズの名前で衣装デザインを担当している。

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メエ・ウェストのドレスはアイリーンのデザインによるもの

姐御肌のハリウッド女優を貫禄で演じるメエ・ウェスト

ハンサムな好青年を演じるランドルフ・スコット

 人気女優メイヴィスに秘かな思いを寄せる宣伝マン、モーガンを演じているウォーレン・ウィリアムは、当時ワーナーの看板スターの一人だった名優。一筋縄ではいかない複雑なヒーローや人間臭い悪役を演じさせたら天下一品で、独特のエレガンスと色気を兼ね備えたダンディな役者だった。本作でも、冷たい仮面の裏に暖かな人間味を兼ね備えた仕事人間を、軽妙なユーモアを交えながら演じて抜群に巧い。
 一方、メイヴィスが一目惚れする田舎の好青年バドを演じるランドルフ・スコットは、『西部魂』(41)や『静かなる対決』(46)、『昼下がりの決斗』(62)などで往年の映画ファンにはお馴染みの西部劇スター。当時はまだ準主演クラスで、どことなく線の細い感じは否めないものの、端整なルックスと爽やかな笑顔は大女優を虜にさせるには十分。
 田舎町で宿屋を営むストラザース夫人を演じたアリス・ブラディはサイレント時代の美人スター。トーキー以降は上品で美しい中年女優として脇で活躍し、『シカゴ』(38)ではアカデミー助演女優賞を受賞している。
 その他、テレビ『アイ・ラブ・ルーシー』でお馴染みの老女優エリザベス・パターソンがバーナビー夫人を、後にエド・ウッド作品の常連となるライル・タルボットが政治家ハリガンを、当時B級映画のヒロインとして活躍していたイザベル・ジェウェルはメイドのグラディスを演じている。

 

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わたしは別よ
She Done Him Wrong (1933)

Mae West
The Glamour Collection

(P)2008 Universal (USA) (P)2006 Universal (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆ 画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/65分/製作:アメリカ

映像特典
映画史家R・オズボーンの解説
パロディ・アニメ“She Done Him Right”
DVD仕様(北米盤2枚組)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/製作:アメリカ

収録作品(計5本)
『夜毎来る女』(1932) 84分
『妾は天使ぢゃない』(1933) 88分
『わたし貴婦人よ』(1935) 81分
『浮気名優』(1937) 80分
“My Little Chickadee”(1940) 84分

 

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