イタリア映画のマエストロ(4)
ルチオ・フルチ Lucio Fulci
PART 3

 

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当時はまだ治安が悪かったニューヨーク繁華街
『ザ・リッパー』より

NY市警のくたびれた刑事ウィリアムソン(J・ヘドリー)
『ザ・リッパー』より

 前回もチラッと触れたように、80年代のフルチは作品を追うごとに作品の質が低下していく。個人的には、そのきっかけとなったのが『墓地裏の家』ではないかと思っているのだが、その直後にフルチは世にも恐るべきスラッシャー映画をものにしている。それが『ザ・リッパー』(82年)だ。
 ニューヨークを舞台に起きる連続殺人事件を描いたこの映画は、彼のフィルモグラフィーの中でも特にセックスとバイオレンスの強烈な作品。とりわけ女性に対する露骨な暴力描写は、フルチ・ファンの間でも評価が真っ二つに分かれるところ。割れたビンをヴァギナにぶっ刺すわ、内臓がこぼれ落ちるまで腹をメッタ刺しにするわ、乳首を真っ二つに切り裂くわと、サディスティック極まりないシーンのオンパレードだ。
 しかも、登場する女性はどれもこれも、とんでもないすれっからしばかり。公衆の面前でオナニーをして興奮するニンフォマニアの人妻、セックスのやり過ぎで不感症になった生板本番ショーのストリッパー、車上荒らしの常習犯などなど。かろうじてヒロインだけはまともな女性だが、それでもかなり陰のあるキャラクターとして描かれている。
 そもそも、本作に登場する人々はみんなどこかダーティで怪しげだ。主人公の刑事は売春婦の部屋に入りびたりだし、捜査に協力する大学教授はゲイ・ポルノ雑誌の愛読者だし。それこそ欲望をむき出しにして生きている人間ばかり。
 劇中で描かれるニューヨークにしても、ポルノ・ショップや場末のストリップ小屋、薄汚い地下鉄にスラム街など、とにかく猥雑でいかがわしくて汚い。よくよく考えれば、当時のニューヨークは全米屈指の犯罪都市だったわけで、『タクシー・ドライバー』や『ミーン・ストリート』なんか見れば一目瞭然なのだが、それにしてもここまで悪意に満ちたニューヨークというのもなかなかお目にかかったことがない。
 いずれにしても、観客の神経を逆撫ですることにかけては天下一品のフルチだが、本作はその才能(?)が十二分に発揮された怪作と言えよう。劇場公開当時は女性蔑視の極みだと非難され、イギリスでは検閲を拒否された上にフィルムの国外破棄まで命じられてしまった。確かに趣味の良い映画とは言えないが、それこそがフルチの狙いだったはずだ。犯人がドナルド・ダックみたいな声で喋るのは失笑ものではあるものの、個人的にはそのいかがわしさを愛してやまない作品。ついでに、フランチェスコ・デ・マージによるファンキーでクールなBMGのカッコよさも特筆しておきたい。

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フェリーで惨殺される女泥棒ロージー(C ・デ・ポンツィ)
『ザ・リッパー』より

ウィリアムソン刑事はデイヴィス教授(P・マルコ)に協力を求める
『ザ・リッパー』より

 ニューヨークはブルックリン・ブリッジのたもとで、身元不明の若い女性がバラバラの惨殺体で発見された。検死の結果、遺体はアン・リンという売春婦であることが判明する。くたびれたベテラン刑事ウィリアムソン(ジャック・ヘドリー)は、アン・リンの住んでいたアパートの大家ウェイスバーガー夫人(バベット・ニュー)を呼び出す。日頃から下宿人の私生活を嗅ぎまわっていたとおぼしきウェイスバーガー夫人は、失踪する前日にアン・リンが男から呼び出されていたと語る。彼女の言うのには、その男の声はまるでドナルド・ダックみたいだったらしい。
 その頃、マンハッタンからフェリーに乗り込んだ女性ロージー(シンシア・デ・ポンツィ)は、誰も乗っていない車に忍び込んで物色していた。そこへ、車の持ち主らしき人物が乗り込んでくる。ロージーは言い訳をして逃げようとしたが、その人物はアヒルみたいな声を発して襲い掛かってきた。メスでズタズタに体を裂かれ、内臓がこぼれ落ちるロージー。
 ロージーの遺体を検死したところ、殺しの手口がアン・リンと酷似していることが判明。事件は連続殺人の様相を呈してきた。さらに、犯人とおぼしきアヒル声の男からウィリアムソン刑事宛に電話がかかってくる。マスコミが騒ぎ立てはじめたことから、ウィリアムソンはコロンビア大学の犯罪心理学教授デイヴィス(パオロ・マルコ)に捜査への協力を依頼した。
 その夜、場末のストリップ小屋では男女による本番セックス・ショーが行われていた。客席に座った裕福な人妻ジェーン(アレッサンドラ・デッリ・コッリ)は、ステージ上のあえぎ声をテープに録音しながら、人目も憚らず自慰行為に耽っている。怪しげな男(ハワード・ロス)がその様子を食い入るように見つめていた。
 ショーが終わって楽屋へ戻ったストリッパー(ゾーラ・ケローヴァ)は、クローゼットからアヒルのような声を耳にする。すると、いきなり何者かが飛び出してきて、彼女の股間に割れたビンを突き刺した。悶え苦しみながら絶命するストリッパー。
 その頃、ウィリアムソン刑事は馴染みの売春婦キティ(ダニエラ・ドリア)の部屋でセックスをしていた。そこへ、あのアヒル声の男から殺人を予告する電話がかかっている。ウィリアムソンは、どうして自分の居場所が分かったのかと首を傾げる。

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フェイ(A・ススカ)は地下鉄で怪しい男と遭遇する
『ザ・リッパー』より

フェイの恋人ピーター(A・オッキピンティ)
『ザ・リッパー』より

 ジェーンの録音したテープは、夫であるロッジ医師(コジモ・チニエーリ)のためだった。下半身不随で妻を満足させられないロッジは、ジェーンのフリー・セックス願望を許す代わりに、その様子を録音したテープで己の性欲をも満たしていたのだ。ジェーンは場末の酒場へと繰り出し、ヒスパニック系の若者たちに下半身を弄ばれて興奮する。しかし、ふと我に返って恥ずかしさのあまり逃げ出してしまうのだった。
 その日の深夜。地下鉄に乗っていた若い女性フェイ(アルマンタ・ススカ)は怪しげな男の存在に危険を感じ、人気のない駅で降りて逃げ出した。ところが、暗がりから飛び出してきた何者かに脚をナイフで刺されてしまう。
 翌朝、フェイは病院で目を覚ました。恋人ピーター(アンドレア・オッキピンティ)が見舞いに訪れる。さらに、ウィリアムソン刑事とデイヴィス教授が彼女と面会する。フェイは犯人の右手に指が2本なく、左利きだったことを証言。連続殺人の犯人も左利きであることから、ウィリアムソンとデイヴィスは同一犯による犯行と断定する。
 ジェーンはストリップ小屋で彼女のオナニーを見ていた男と再会。安いモーテルに入って、SMプレイを楽しんでいた。やがてセックスが終わり、男はぐっすりと眠り込む。すると、ラジオのニュースで連続殺人犯の右手に指が2本ないことを報じていた。ジェーンは戦慄する。隣で寝ている男の右手も、指が2本足りないのだ。こっそりと部屋を抜け出し、廊下を一目散になって走るジェーン。すると、突然何者かが物陰から飛び出し、ジェーンの体をズタズタに引き裂いた。
 ジェーンの遺体から発見されたテープによって、彼女が一緒にいた相手がミッキー・セレンダというギリシャ人の移民であることが判明。彼には女性に対する虐待行為と麻薬所持で前科があった。さらに、ミッキーのアパートを捜索すると、連続殺人事件の新聞記事の切り抜きやポルノ雑誌が大量に発見される。ウィリアムソン刑事はミッキーが犯人と睨んで指名手配した。しかし、デイヴィス教授はミッキーのような無教養の人間が、今回のように巧みな連続殺人を犯すのは不自然だと考える。
 その晩、より詳しい証言を取るためにフェイとピーターの住むアパートを訪れたデイヴィス教授は、ある不可解な事実に気付くのだった・・・。

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刺激的なセックスを求めて街へくり出すジェーン(A・デッリ・コッリ)
『ザ・リッパー』より

股間に割れたビンを突き刺されて殺されるストリッパー(Z・ケローヴァ)
『ザ・リッパー』より

 脚本には『マッキラー』以来久々にフルチと組むジャンフランコ・クレリチが参加。さらに、クレリチと『食人族』で一緒だったヴィンチェンツォ・マンニーノ、そして前作『墓地裏の家』に引き続いてのダルダノ・サケッティ。ストーリーは必ずしも謎解きに焦点が当てられておらず、それよりも現代のバビロン、ニューヨークに生きる罪深き人々の生々しい生態を描くことに神経が注ぎ込まれている。
 登場人物の誰にも感情移入が出来ないというのは普通なら大きなハンデとなるところだろうが、本作の場合は逆にいかがわしい雰囲気をより一層盛り上げてくれる。謎解きのどんでん返しやアヒル声の理由などもあからさまにご都合主義だが、正直なところそんなものどうでもよろしい。セックスと暴力と欲望にまみれた現代社会の殺伐とした人間関係を露骨なエログロ描写で見せることこそが、本作の目的であり醍醐味なのである。
 撮影を担当したのは『悪い奴ほど手が白い』(67年)や『殺人捜査』(70年)など、巨匠エリオ・ペトリ作品のカメラマンとして知られるルイジ・クヴェイレール。ニューヨーク赤線地帯やダウンタウンのスラム街などの雰囲気をドキュメンタリー・タッチで捉えており、イタリア映画らしいネオレアリスモの伝統を強く感じさせる。
 また、リアルでエグい残酷シーンの特殊メイクを担当したのは、『サスペリア』(77年)や『ビヨンド』(80年)などのSFXマンとして知られるゲルマーノ・ナターリ、そしてフルチ作品の常連組であるフランコ・ディ・ジロラーモとロベルト・プレストピーノ。殺しの場面はそれぞれ最高にサディスティックなセンスが発揮されている。中でも、売春婦キティの殺害シーンは強烈で、カッターナイフの刃で乳首を切断し、眼球までをも真っ二つに切り裂く。フルチの人体破壊フェチが最高潮に達する瞬間だ。

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有名な乳首切り裂きシーン
『ザ・リッパー』より

眼球も真っ二つに
『ザ・リッパー』より

 ウィリアムソン刑事役を演じているジャック・ヘドリーは、50年代から活躍するイギリスの脇役俳優。ハマー映画『残酷な記念日』(68年)では大女優ベティ・デイヴィスの長男役を演じていた。その相棒とも言える大学教授デイヴィスを演じるのは、前作『墓地裏の家』に引き続いてフルチ作品登板となったパオロ・マルコ。フェイ役を演じているアルマンタ・ススカはこれが映画デビューに当たり、本作ではアルマンタ・ケラーというアメリカ人風の変名を名乗っている。さらに、後にイタリア国内で2枚目スターとしてブレイクするアンドレア・オッキピンティが、アンドリュー・ペインターという変名を使ってフェイの恋人ピーター役を演じている。当時まだ駆け出しだった彼はランベルト・バーヴァの『暗闇の殺意』(83年)にも出ていたが、ブレイクしてからはホラー映画には全く出なくなってしまったようだ。現在は映画プロデューサーとしても成功している。
 その他、イタリア産B級映画ファンにはお馴染みのスターたちが脇役として登場。ニンフォマニアの人妻ジェーンを演じているのは、アレクサンドラ・コールやアレクサンドラ・ゴルスキーなどの変名でソプト・ポルノにも出演しているセクシー女優アレッサンドラ・デッリ・コッリ。右手の指が2本足りない男ミッキーを演じているのは、マカロニ・ウェスタンやスペクタクル史劇の悪役などで知られるハワード・ロス(本名はレナート・ロッシーニ)。フェリーで殺される女泥棒ロージー役には、セックス・コメディなどのお色気担当で知られるシンツィア・デ・ポンティ。股間にビンを突きつけられるストリッパー役には、『猟奇!喰人鬼の島』(80年)や『人喰族』(81年)などで有名なチェコ人女優ゾーラ・ケローヴァ。デイヴィス教授の助手ヘザー役には、『アクエリアス』(86年)や『デモンズ3』(89年)に主演したバルバラ・クピスティが顔を出している。
 また、本作以降フルチ映画の常連となるベテラン俳優コジモ・チニエーリ(本作ではローレンス・ウェルズ名義を使用)がロッジ医師役を、フルチ映画の殺され役専門女優ダニエラ・ドリアが売春婦キティ役を、ミケーレ・ソアヴィが新聞スタンドの客を演じるなど、フルチ映画の常連組もそこかしこに顔を出している。ちなみに、フルチ自身もウィリアムソン刑事の上司役でチラッと登場。

 

 

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エジプトを訪れたハッカー一家
『マンハッタン・ベイビー』より

考古学者ジョージ・ハッカー教授(C ・コネリー)
『マンハッタン・ベイビー』より

 さて、『サンゲリア』以来幻想的なタッチのスプラッター・ホラーを手がけてきたフルチ。『ザ・リッパー』では大きく路線変更をしたわけだが、次の『マンハッタン・ベイビー』(82年)は『墓地裏の家』や『ビヨンド』を連想させるシュールなスーパーナチュラル・ホラーだった。ただ、後にフルチ自身が“酷い映画”と一刀両断しているように、残念ながら焦点の定まらない作品に仕上がっている。要は基本的に意味不明なのだ。
 エジプト帰りのアメリカ人一家が、幼い娘の持ち帰った古代のアムレットに巣食う悪霊に祟られるというのが粗筋。『エクソシスト』(74年)や『ポルターガイスト』(82年)、『ピラミッド』(80年)などの話題作からいろいろと拝借しているのはいいのだが、なぜ悪霊に祟られるのか?悪霊の目的は何なのか?そもそも悪霊の正体とは?という様々な疑問が一つも解明されないまま、あっけなくクライマックスを迎えてしまう。
 まあ、確かにこの時期のフルチ作品に意味を求めてはいけないのだが、こと本作に限っては理屈を吹き飛ばすような説得力と勢いが決定的に欠けている。フルチお得意のサンディスティックな残酷シーンもほとんど無し。ビジュアル的なインパクトにも乏しい。そのため、不条理が芸術の域にまで達した『地獄の門』や『ビヨンド』のような奇跡は望むべくもない。つまり、単に中途半端で退屈なだけのホラー映画になってしまったわけだ。

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ジョージはピラミッドの中で秘密の墓を発見する
『マンハッタン・ベイビー』より

不可解な行動を取るようになる娘スージー(B・ボッコリ)
『マンハッタン・ベイビー』より

 考古学を研究するジョージ・ハッカー教授(クリストファー・コネリー)は、妻エミリー(マーサ・テイラー)と娘スージー(ブリギッタ・ボッコリ)を連れてエジプトのカイロを訪れていた。ジョージがピラミッドの発掘現場で仕事をしている間、エミリーとスージーの2人は古代遺跡を巡って観光を楽しんでいる。母親とはぐれてしまったスージーは、謎めいた盲目の女性から古いアムレットを手渡された。その頃、ジョージはピラミッドの中に秘密の墓を発見。ところが、そこで不思議な青い光を浴び、目が見えなくなってしまう。
 ニューヨークに戻った一家は、末っ子のトミー(ジョヴァンニ・フレッザ)と再会。住み込みの若い家政婦ジェイミー・リー(シンツィア・デ・ポンツィ)がトミーの世話をしていた。病院で目の検査を受けたジョージは、視力が失われたのは一時的なものだと告げられ安心する。
 しかし、アミュレットの不思議な力に影響を受けたスージーは奇妙な行動を取るようになり、弟トミーもそれに影響されていく。どうやら、子供部屋には異界と通じる時空の扉が出来たようで、スージーとトミーはしばしば姿を消すようになった。
 さらに、ジョージの書斎からサソリが現れたり、ジェイミー・リーが蛇に襲われるなど不可解な出来事が連発。アパートの修理人までもが異界へと連れ去られてしまった。また、一家のもとを訪れたエミリーの同僚であるジャーナリスト、ルーク(カルロ・デ・メーヨ)も子供部屋に入ったきり姿を消してしまう。エミリーはルークお得意のジョークだろうと気にもかけなかったが、その頃彼は遠く離れたエジプトの砂漠で悶絶死していた。
 数日後、道を歩いていたエミリーは知らない女性に声をかけられる。彼女はエミリーにアミュレットを写したポラロイド写真を渡し、エイドリアン・メルカーノという男を訪ねるように言った。その頃、子供部屋に入ったジェイミー・リーが姿を消す。さらに、アミュレットの写真を渡されたジョージの同僚がコブラに噛まれて即死。その瞬間、写真は跡形もなく消え、スージーの手元にアミュレットが現れた。
 子供たちの様子に疑問を感じたジョージとエミリーは、骨董店を営むメルカーノ(コジモ・チニエーリ)のもとを訪れた。メルカーノによると、スージーが古代の悪霊に乗り移られているという。怪訝そうな顔をする夫婦に、メルカーノはせめてスージーが写真と同じアミュレットを持っていないか確認してみるよう説得した。
 家に戻ったジョージとエミリーは、スージーの引き出しからアミュレットを発見する。すると、青い光に包まれたスージーが2人の前に現れ、その場で失神した。夫婦に呼び出されたメルカーノがスージーの様態を確認しようとするが、邪悪な力によって殺されそうになってしまう。動揺したジョージとエミリーは、スージーを近くの病院に入院させる。検査のためスージーのレントゲン写真を撮ったところ、その胸には不気味なコブラの影が浮かび上がった。

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ジェイミー・リー(C ・デ・ポンティ)の身にも危険が
『マンハッタン・ベイビー』より

奇妙な出来事に不安を感じるジョージとエミリー(M・テイラー)
『マンハッタン・ベイビー』より

 …という全く意味の分からない脚本を書いたのは、『サンゲリア』や『墓地裏の家』でも組んだダルダノ・サケッティとエリサ・ブリガンティ。他にも数多くの作品で一緒に仕事をしている2人だが、これが最も出来の悪い映画かもしれない。
 撮影を担当したのは、前作『ザ・リッパー』で第2班カメラマンだったグリエルモ・マンコリ。60年代から数多くのマカロニ・ウェスタンやアクション映画を撮ってきたベテランのカメラマンで、本作でも前半のエジプト・ロケでは非常に幻想的で美しい映像を捉えている。本作でカメラ・オペレーターを務めている息子アドリアーノ・マンコリも、後に撮影監督へ昇進した。
 また、本作は『サンゲリア』以来フルチにとって最大の理解者だったプロデューサー、ファブリツィオ・デ・アンジェリスと組んだ最後の作品でもある。この翌年、デ・アンジェリスはラリー・ラドマンの名前で映画監督に進出し、90年代半ばまで数多くのB級アクション映画を撮るようになった。

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病院で検査を受けるスージーだったが・・・
『マンハッタン・ベイビー』より

メルカーノ(C ・チニエーリ)も恐ろしい目に遭う
『マンハッタン・ベイビー』より

 主人公の考古学者ジョージを演じるのは、60年代の人気ドラマ『ペイトン・プレース物語』で注目され、ドラマ版『ペーパー・ムーン』にも主演して人気を集めた俳優クリストファー・コネリー。本作への出演をきっかけにイタリアへ活動の拠点を移し、数多くのマカロニ・アクションやホラー映画に出演した。
 妻エミリー役を演じている女優マーサ・テイラーは、これが唯一の映画出演作。詳しいプロフィールなども全く不明だ。また、悪霊に祟られる娘スージー役を演じたブリギッタ・ボッコリもこれがデビュー作で、成長後はテレビを中心に美人女優として活躍している。
 その他、『墓地裏の家』にも出ていた“可愛くない子役”ジョヴァンニ・フレッザ、前作『ザ・リッパー』に引き続いて登場のコジモ・チニエーリとシンツィア・デ・ポンティ、『地獄の門』と『墓地裏の家』にも出ていたカルロ・デ・メーヨなど、フルチ映画でお馴染みの俳優が脇を固めている。

 

 

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勇者となるべく旅に出る若者イリアス(A・オッキピンティ)
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

イリアスに助太刀する流れ者メイス(J・リヴェロ)
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

 ところで、80年代にはヒロイック・ファンタジーが一時的にブームとなった。そのきっかけが、シュワちゃん主演の『コナン・ザ・グレート』(82年)。さらに『ミラクルマスター/七つの冒険』(82年)や『勇者ストーカー』(84年)、『レッド・ソニア』(85年)など次々とヒロイック・ファンタジー映画が作られ、イタリアでも数多くのパチもの映画が登場した。そのブームにフルチも便乗して作られたのが、『SFコンクエスト/魔界の制圧』(83年)だ。
 だが、やはりフルチが通り一遍等のヒロイック・ファンタジー映画なんぞを撮るはずもなかろう。なんともビザールでシュールで奇怪な作品に仕上がっている。日本では劇場公開されず、当時は画質の粗いビデオ・テープでしか見ることが出来なかった。ファンの間でも散々な評判で、個人的にもフルチ作品の中で5本の指に入る駄作だと思っていたのだが、アメリカで発売されたDVDを見て180度印象が変わってしまった。確かに傑作とは程遠い出来栄えではあるものの、その独創的な世界観は魔術的とも呼べるくらい魅力的だ。
 ストーリーは、勇者になるため旅に出た若者が邪悪な女神の一団と闘うというもの。いかにもありがちだ。ところが、その映像は他のいかなるヒロイック・ファンタジー映画とも一線を画した、実に悪夢的で幻想的でプリミティブなビジュアル世界が展開する。恐らく、フルチはジャン=ジャック・アノーの傑作『人類創世』(81年)に影響を受けたのだろう。つまり、ここで描かれているのはギリシャやローマなどの古代神話よりも遥かに時代を遡った、文明誕生以前の人類創世記を背景にした神話世界なのだ。
 文明の夜明け前という幻想的な世界をビジュアライズするため、全編を通して過剰なくらいにスモークが焚かれている。さらに、ソフト・フォーカスを使って撮影されている上に夜のシーンも多いということで、もともとの映像自体がかなり見づらかった。それを肌理の粗いビデオ・テープで見るとなると、場面によっては殆ど何が起きているのか分からなくなってしまう。ゆえに、長いこと不当に低い評価を受けてきたわけだ。
 とはいえ、本作をどう評価すべきかは正直なところ非常に迷う。映像美という点ではとても魅力的な作品であることに間違いないのだが、ストーリーは相変わらずシュール過ぎて意味が分からない。随所に登場するゾンビや両生類の奇怪な造形もアバンギャルドと見るべきなのか、単にチープなモンスターに過ぎないのか。あまりにも全ての要素が混沌とし過ぎてしまい、なんとなく狐に鼻をつままれた気分でクライマックスを迎えることとなる。フルチのフィルモグラフィーの中で最も奇妙な作品と言えるだろう。

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黄金の仮面を被った邪神オクロン(S・シアーニ)
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

生贄の生首を手にする邪神オクロン
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

 それは文明の誕生する遥か以前のこと。一人の若者が旅に出ようとしていた。彼の名前はイリアス(アンドレア・オッキピンティ)。クロノス神から授かった弓矢を手に、一人前の勇者となるべく、霧の立ち込める未開の地へと向うのだった。
 彼の訪れた土地では、邪神オクロン(サブリナ・シアーニ)と狼族が人々を支配していた。オクロンは、弓矢を手にした顔の見えない若者が自分に立ち向かう姿を透視する。強い危機感を抱いた彼女は、しもべたちに命じて若者の行方を捜させる。
 狼族たちに襲われたイリアスだったが、その絶体絶命の危機をメイス(ホルヘ・リヴェロ)という流れ者に救われる。お互いを認め合って意気投合した2人は、共に旅をすることにした。その途中で、2人は小さな部落集団と遭遇する。彼らの住む洞窟で一夜を過ごすことにしたイリアスとメイス。イリアスは部落の娘(ヴィオリタ・チェラ)と惹かれあう。だが、その晩、洞窟は狼族に襲撃され、部落民は皆殺しにされてしまう。イリアスも誘拐され、メイスは頭を強打されて意識を失ってしまった。
 やがて目を覚ましたメイスは狼族を追跡し、イリアスを救出することに成功。怒りに燃えたオクロンは、魔人ゾラ(コンラド・サン・マルティン)を魔界より呼び出した。再び旅を続けるイリアスとメイスは、今度は無数の弓矢で攻撃される。その一本がイリアスの脚に命中してしまった。弓矢には毒が塗られていたらしく、たちまちイリアスの全身に発疹が現れる。薬草を探しに出たメイスだったが、その帰りにゾンビ軍団の襲撃を受けた。さらに、自分の分身にも襲われる。死闘の末、自分の分身を見事に破ったメイス。その正体は魔人ゾラだった。
 メイスの持ち帰った薬草で九死に一生を得たイリアス。だが、彼はすっかり精気を失ってしまい、故郷に帰ることを決意する。一人でオクロンに立ち向かうことになるメイスだったが、両生類の妖怪たちに捕らえられてしまった。妖怪たちはイリアスの行方を問いただすが、メイスは断固として口を割ろうとしない。そこへ、引き返してきたイリアスが助太刀に入った。2人は改めて友情を確かめ合い、共にオクロンと闘うことを誓う。
 だがその晩、イリアスが地底人の集団に誘拐されてしまう。あとを追ったメイスが敵の洞窟で見たものは、首を切断されたイリアスの無残な死体だった・・・。

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洞窟の中で生活する原始の人々
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

深い霧に包まれた太古の世界
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

 黄金の仮面を被って蛇を体に巻きつけた半裸の女性という邪神オクロンや、太古の石像を思わせるヒューマノイド・タイプの魔人ゾラなど、原始宗教の世界をイメージさせる野蛮で神秘的なビジュアルはなかなか印象的。ゾンビや両生類などのクリーチャー・デザインも、やけに汚らしいのが逆に妙なリアリティを与えている。全体的に残酷なスプラッター・シーンは少ないものの、全身白塗りの原始人女性を脚から真っ二つに引き裂いて首を切り落とすシーンは強烈だった。
 脚本を書いたジーノ・カポーネ、ホセ・アントニオ・デ・ラ・ローマ、カルロス・ヴァサロの3人は、70年代から80年代にかけて数多くのB級アクション映画を手がけた人々。ただストーリーはあちこちで破綻していて、唐突で意味の分からない展開が多い。ヒーローを途中で殺してしまうという意外性も、正直なところ奇をてらったという印象しか受けなかった。
 撮影を担当したのはスペイン出身のアレハンドロ・ウロア。60年代からマカロニ・ウェスタンや戦争映画、ポリス・アクションなどを数多く手がけているベテランのカメラマンだ。また、音楽を元ゴブリンのクラウディオ・シモネッティが手がけているのにも注目したい。

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部落の娘(V・セラ)と知り合うイリアス
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

湖から姿を現したゾンビ軍団
『SFコンクエスト/魔界の制圧』より

 主人公イリアスを演じるのは、『ザ・リッパー』にも出演していたアンドレア・オッキピンティ。その相棒メイス役には、『リオ・ロボ』(70年)や『ソルジャー・ブルー』(70年)などのハリウッド映画で注目されたメキシコのトップ・スター、ホルヘ・リヴェロが起用されている。
 また、ほとんど顔を出さないものの、邪神オクロン役として美しいボディを披露しているのは、80年代にイタリアで人気のあったセクシー女優サブリナ・シアーニ。『世紀末戦士アトー/炎の聖剣』(82年)や『狂戦士サングラール』(82年)など、当時はヒロイック・ファンタジーや終末アクションものに引っ張りだこだった。

 

 

 

 ところで、80年代は『ブレードランナー』(82年)が大ヒットしたおかげで、近未来アクション映画が人気を集めた時代でもあった。イタリアでも数多くの近未来アクションが作られたが、やはりフルチもそのブームにちゃっかりと便乗している。というか、この頃からフルチはあからさまなくらい金のために映画を撮るようになっていく。イタリアの娯楽映画は全般的に凋落の一途をたどり、彼のような職人監督は安い仕事を次々とこなしていかなくては食っていけなかった。フルチはすっかり開き直り、完全に割り切ってしまったのである。
 そんな安い仕事の一つが、この『未来帝国ローマ』(84年)だ。近未来のローマを舞台に、古代のグラディエーターのごとく殺人ゲームに狩り出される死刑囚たちの死闘を描いた作品。美術デザインは明らかに『ブレードランナー』をパクっている。ただ、超のつく低予算で撮られているため、ミニチュア・セットはあまりにも安っぽい。一応、ボロが出ないようにと夜景シーンだけしか登場しないが、それでも十分にカバー出来ているとは言いがたい。
 ストーリーはシュワルツェネガー主演の『バトルランナー』(87年)に酷似しており、しばしば先駆的な作品というような言われ方をするが、スティーブン・キングの原作は82年に出版されているので、あくまでもそれをパクッただけに過ぎない。また、同じような内容の『ローラーボール』(75年)という作品もあったので、そちらからも少なからずヒントを頂戴しているはずだ。いずれにせよ、映画監督ルチオ・フルチの凋落が決定的となった作品と見て間違いないだろう。

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2072年の近未来ローマ
『未来帝国ローマ』より

テレビでは殺人レース番組が人気を集めている
『未来帝国ローマ』より

ドレイクの妻スーザン(V・カヴァーリ)が殺害される
『未来帝国ローマ』より

 舞台は2072年のローマ。テレビ局WBSの製作主任コルテス(クラウディオ・カッシネリ)は、ライバル局の殺人レース番組“キル・バイク”の高視聴率に危機感を抱いていた。しかも、“キル・バイク”の人気レーサー、ドレイク(ジャレド・マーティン)は、もともとコルテスが発掘した人材だったのだ。対抗策として出場者がバーチャル世界で血みどろになって殺されるという番組“デンジャー・ゲーム”を企画するが、思ったほどの視聴率を稼ぐことは出来なかった。やはり、視聴者は本物の死を見たいのだ。
 業を煮やした上司の命令で、コルテスは同じようなコンセプトの殺人レース番組を企画することになった。ただ、殺人競技の原点とも言える古代ローマのグラディエーターをイメージし、コロッセウムを舞台にするというのだ。しかも、出場者は殺されても倫理的に問題のない死刑囚ばかりを使うという。だが、この新番組には重要な要素が欠けていた。スターの存在だ。そこで、コルテスはある秘策を思いつく。
 夫の帰りを待つドレイクの妻スーザン(ヴァレリア・カヴァーリ)。そこへ、いつの間にか侵入してきた男たちが現れ、スーザンは無残にも殺されてしまった。男たちはコルテスの回し者だったのだ。妻殺害の容疑で逮捕されたドレイクは、コルテスの策略によって死刑を宣告されてしまう。
 こうして役者が揃った。ドレイクは他の死刑囚らと共に、殺人レースの訓練施設に入れられる。ライバルとなるのは黒人のイスラム原理主義テロリスト、アブダル(フレッド・ウィリアムソン)、日本人の連続殺人鬼アキラ(ハルヒコ・ヤマノウチ)、ドイツ人の強盗殺人犯カーク(アル・クライヴァー)、南米生まれのテロリスト、タンゴ(トニー・サンダース)など。彼らを訓練するのは残忍な男レイヴン(ハワード・ロス)という警備官だ。
 その頃、コルテスの部下サラ(エレオノラ・ブリリアドーリ)は、偶然見つけた殺人現場のビデオ映像からドレイクが無実ではないかと疑問を抱くようになる。ドレイクにそのことを打ち明けたサラは、冷静沈着で心優しい彼の人柄に惹かれる。さらなる証拠を見つけるためにコンピューター・ファイルを探そうと考えたサラは、システムを開発したタウマン教授(コジモ・チニエーリ)と接触。機密ファイルにアクセスするチップを入手することに成功するが、その直後に教授が何者かに殺されてしまう。暗殺者はサラの同僚であるシビル(ペニー・ブラウン)だった。何とかシビルの追跡をふり切ったサラだったが、突然現れた何者かによって銃撃されてしまう。
 やがて、殺人ゲームの火蓋が切って落とされる。次々と死んでいく死刑囚たち。果たしてドレイクは生き残ることが出来るのか?そして自らの無実を証明することができるのか?

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無実の罪で死刑を宣告されるドレイク(J・マーティン)
『未来帝国ローマ』より

死刑囚のリーダー格アブダル(F・ウィリアムソン)
『未来帝国ローマより

WBSの製作主任コルテス(C ・カッシネリ)
『未来帝国ローマ』より

 ドレイクの妻スーザンの殺害シーンは、室内の美術セットや殺人犯たちの登場の仕方など、明らかに『時計じかけのオレンジ』(70年)をパクっている。オマージュと呼ぶべきなのかもしれないが、それにしては安直過ぎる引用だ。後半の殺人レースにしてもテンポや迫力に乏しく、はっきり言って盛り上がりに欠ける。フルチの演出は、とてもじゃないがやる気があるようには思えない。
 脚本はフルチとブリガンティ、サケッティの3人に加え、フルチ作品には初参加のチェザーレ・フルゴーニが名を連ねている。フルゴーニは70年代から数多くのイタリア産娯楽映画を手がけている人物で、『ザ・ビッグ・バトル』(77年)や『ホーリー・マウンテンの秘宝』(78年)、『ドクター・モリスの島/フィッシュマン』(79年)、『サバイバル・ショット』(85年)、『呪いの迷宮/ラビリンス・イン・ザ・ダーク』(88年)など優れた作品も少なくない。だいたい、脚本そのものは決して悪い出来ではないと思う。
 また、ジョセフ・ピノーリ名義で撮影を手がけているジュゼッペ・ピノーリも、フルチと組むのはこれが初めて。『特攻大戦線』(70年)や『エイリアン・ドローム』(81年)、『コップキラー』(83年)などを手がけてきたベテランで、次の『マーダロック』(85年)にも参加している。
 そのピノーリの下で第2班撮影監督を務めたのが、ヴィスコンティの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(42年)やロッセリーニの『ヨーロッパ一九五一年』(52年)など数多くの傑作・名作を手がけた大御所カメラマン、アルド・トンティ。彼のような映画史に残る名カメラマンでさえ、こんな低予算映画の第2班撮影をやらねばならないくらい、当時のイタリア映画界は低迷に喘いでいたのだ。
 ちなみに、本作のSFXを担当したのは、あの伝説的(?)クズ・モンスター映画『深海からの物体X』(94年)や『アタック・ザ・マミー』(01年)の監督であるアル・パッセリことマッシミリアーノ・チェルキ。また、ミニチュア・セットをデザインしたのは『エロデ王』(59年)や『アマゾンの女王』(60年)、『片目の巨人』(61年)、『タイタンの逆襲』(62年)など往年のスペクタクル史劇の特撮を手がけたジョセフ・ナタンソン。さらに、音楽を『世界残酷物語』でオスカーを受賞したリズ・オルトラーニが手がけている。

 主人公ドレイク役を演じているのは70年代にテレビで人気を集めたアメリカの俳優ジャレド・マーティン。死刑囚のリーダー格であるアブダル役には、『ブラック・シーザー』(73年)や『ハレーム街の首領』(73年)など70年代のブラック・ムービーでスターになった黒人俳優フレッド・ウィリアムソンが登場。後に『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(96年)で再注目されるが、当時は『ブラック・コブラ』シリーズなどイタリア映画で出稼ぎ仕事をしていた。
 また、日本人の連続殺人鬼役を演じているハル・ヤマノウチことハルヒコ・ヤマノウチはローマ在住の日本人武道家で、80年代から90年代にかけて数多くのイタリア産アクションで活躍していた。
 サラ役を演じているエレオノラ・ブリリアードーリは女流監督ジュリアーナ・ガンバのヒット作『ベルト』(88年)でヒロインを演じた女優で、現在もテレビを中心に活躍しているスター。ドレイクの妻スーザンを演じたヴァレリア・カヴァーリも、ジュゼッペ・トルナトーレの『みんな元気』(90年)で有名になり、人気女優として活躍するようになった。最近ではハーヴェイ・カイテル主演のハリウッド映画“The Shadow Dancer”(05年)やダリオ・アルジェント監督の“Mother of Tears”でも重要な役を演じている。
 コルテス役のクラウディオ・カッシネリは『窓からローマが見える』(82年)にも主演していた人気俳優。フルチ作品への出演はこれが初めてで、次の『マーダロック』にも顔を出していた。残念ながら、この翌年に47歳という若さで亡くなってしまった。
 その他、『幻想殺人』以来久々にフルチ作品出演となるペニー・ブラウンやハワード・ロス、コジモ・チニエーリ、アル・クライヴァーなどフルチ作品の常連組が多数出演している。

 

 

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舞台となるのはニューヨークのダンス・スクール
『マーダロック』より

若者たちを猛特訓するダンス・コーチ、キャンディス(O・カルラトス)
『マーダロック』より

 さてさて、次なる80年代の映画トレンドとくれば、やはり『フラッシュダンス』(83年)に端を発するダンス映画ブームを挙げなくてはなるまい。『ヘブンリー・ボディーズ』(84年)や『ボディロック』(85年)など、似たような青春ダンス映画が続々と作られたものだったが、フルチはそんなダンス映画人気にジャッロを合体させてしまった。それが『マーダロック』(84年)である。
 ニューヨークのダンス・スクールを舞台に繰り広げられる連続猟奇殺人。被害者は若くて美しいダンサーの卵たちばかりだ。フルチの演出はなかなかスタイリッシュで、ジャッロ映画として見れば特に問題のない出来栄え。確かに犯人の正体や動機、トリックなどはビックリするくらいに強引だが、そもそもジャッロというのはそういう謎解きを楽しむための映画ジャンルではない。また、今回はあえて残酷シーンを控えめにし、ニューヨークのお洒落なロケーションなどを生かした映像に専念したのも悪くなかった。
 しかし、である。ダンス・シーンの演出は、それはそれは酷いものだった。そもそもダンスを演出すること自体に慣れていないのだろうが、いわゆるMTV的な映像のリズム感覚を全く理解していないため、なんとも安っぽく見えてしまうのだ。
 個人的にはオルガ・カルラトスの数少ない主演作として評価したい1本。悪くはないけど、決して良いとも言えない平均的なジャッロだ。

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若く美しい女生徒ばかりが次々と殺されていく
『マーダロック』より

恋人が殺されたことで思い悩むウィリー(C ・ボロメオ)
『マーダロック』より

 舞台はニューヨーク。芸術アカデミーのダンス・コース責任者キャンディス(オルガ・カルラトス)は、タレント・スカウトのオーディションに向けて生徒たちを猛特訓していた。その晩、最後にシャワーを浴びていた生徒スーザンが何者かに殺害された。死因は胸に突き刺されたヘアピン。被害者は生きたまま心臓を一突きされたのだ。
 犯行時間に行方が分からなかったキャンディスに疑いの目が向けられた。また、スーザンの恋人だったウィリー(クリスチャン・ボロメオ)やアカデミーの経営者ディック・ギブソン(クラウディオ・カッシネリ)もマークされる。いずれにせよ、担当のボージス警部(コジモ・チニエーリ)は、内部の人間による犯行だと睨んでいた。
 その翌日、今度はジャニスという女生徒が自宅で殺害された。やはり同じようにピンで心臓を一突きにされている。一方、キャンディスは夜な夜な見る悪夢に悩まされていた。それは、ヘアピンを手にした謎の男に追いかけられるというもの。アルコールの広告看板で夢に出てくる男とそっくりのモデルを見た彼女は、一緒にいたディックにそのことを告げる。友人のタレント・エージェント(ルチオ・フルチ)からモデルの居場所を聞き出したキャンディス。ジョージ(レイモンド・ラヴロック)というその男は、今はホテル住まいで酒びたりの生活を送っていた。ホテルに足を運んだキャンディスだったが、男の姿を見て戸惑ってしまい、カバンを置き忘れたまま帰ってしまった。
 その頃、警察には犯人を名乗る男から電話がかかってきていた。声紋を調べたところ、声の主は生徒の一人バート(ロバート・グリゴロフ)であることが分かる。彼は自分が犯人だと自白するが、明らかに目立ちたがり屋の妄想狂だった。
 翌日、アカデミーにジョージが姿を見せる。カバンを返すため、中に入っていた身分証を調べて来たのだ。2人の様子をセキュリティ・モニターで見ていたディックは、ジョージが殺人犯ではないかと考えてボージス警部を呼んだ。
 だが、なぜかキャンディスはジョージと急接近する。ジョージに心を開いた彼女は、自分の身の上を語り始めた。交通事故によってダンサーとしてのキャリアが絶たれ、教える側に回らざるを得なくなってしまったのだ。
 そんなキャンディスのもとへ、タレント・エージェントから連絡が入る。かつてジョージと付き合っていた女性が謎の死を遂げているというのだ。一人誰もいないレッスン・スタジオに戻ったキャンディスは、何者かに襲われて気を失う。それは彼女の部下であるマージ(ジェレッタ・ジェレッタ)だった。日頃からキャンディスに恨みを持っていたマージは、連続殺人犯を装って彼女を殺そうとしたのだ。しかし、止めを刺す勇気のない彼女は泣き崩れ、そこへ入ってきたディックによって警察に身柄を引き渡された。
 その数日後、今度はジルという女生徒がベビーシッターのアルバイト中に殺害された。さらに、グロリアという女性ともロッカールームで殺される。ジョージの部屋を訪れたキャンディスは、タンスの引き出しにヘアピンとクロロフォルムのビンを発見し、慌てて逃げ出す。それに気付いたジョージも後を追った。果たしてジョージが本当に殺人犯なのだろうか?

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夜毎悪夢にうなされるキャンディス
『マーダロック』より

夢の中に現れる謎の男(R・ラヴロック)
『マーダロック』より

 謎解きの辻褄が合わないのはジャッロにはありがち・・・とはいえ、全盛期には『幻想殺人』や『マッキラー』といった素晴らしいジャッロを撮っているフルチだけに、それらと比較してしまうと一抹の寂しさは禁じえないかもしれない。凝ったライティングや対角線魚眼レンズなどを駆使した映像はスタイリッシュで美しいが、ジャッロの醍醐味である殺人シーンがあっさりとしているので、やはり欲求不満が残るのは否めないだろう。全体的に長所も短所も同じくらいあって、結果的にはプラス・マイナス・ゼロといった感じだ。
 脚本には常連のジャンフランコ・クレリチ、ヴィンチェンゾ・マンニーノに加えて、『幻想殺人』や『マッキラー』でフルチと組んだロベルト・ジャンヴィーティが久々に登板。撮影は前作の『未来帝国ローマ』に引き続いてのジュゼッペ・ピノーリが担当している。
 また、今回の美術デザインを担当したパオロ・ビアゲッティはフルチ作品初参加。『鍵』(83年)や『ミランダ悪魔の香り』(85年)、『スナックバー・ブダペスト』(88年)など、ティント・ブラス監督の作品でスタイリッシュかつアバンギャルドなセットをデザインしてきた鬼才だ。
 さらに、音楽を担当したのはエマーソン・レイク&パーマーのキース・エマーソン。アルジェントの『インフェルノ』を手がけて以来、たびたびイタリアン・ホラーの音楽を担当するようになったが、本作はちょっと彼向きの仕事ではなかったのではないかと思う。そもそも、キース・エマーソンにジョルジョ・モロダーみたいな音楽を書かせるということ自体が無理難題というもの。残念ながら凡庸なダンス・ポップスに仕上がってしまっている。

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ジョージと急接近するキャンディス
『マーダロック』より

キャンディスにも殺人鬼の魔手が・・・!?
『マーダロック』より

 ヒロインのキャンディスを演じるのは、『サンゲリア』で目玉に木片を突き刺されて殺されたオルガ・カルラトス。ギリシャ出身の美しい女優で、本作は彼女にとって数少ない主演作の一つだ。『エーゲ海に捧ぐ』(78年)の未亡人役も良かった。本作の撮影時は既に37歳。ファンとしては彼女が主演しているというだけでも喜ばしいことではあるのだが、やはり容色の衰えは否めず。できればもうちょっと若い頃に撮って欲しかったような気もする。
 対する落ちぶれたモデル、ジョージ役を演じているのはレイモンド・ラヴロック。70年代に日本でもアイドル・スターとして人気の高かった2枚目俳優だが、彼も当時は既に全盛期を過ぎている。ただ、役柄が役柄なので、逆に落ちぶれた感じがリアルに滲み出ていて良かった。
 前作『未来帝国ローマ』でフルチ作品初参加だったクラウディオ・カッシネリは、今回はキャンディスに横恋慕するアカデミー経営者ディック・ギブソン役として登場。どこか怪しげな雰囲気をかもし出しながらも、実は一番頼りになる男というのは役得だった。
 また、アルジェントの『シャドー』で人気作家の若き助手を演じていたクリスチャン・ボロメオ、『デモンズ』で最初にデモンズ化する黒人の売春婦役を演じていたジェレッタ・ジェレッタ、『カリギュラ3』でカリギュラ役を演じていたロバート・グリゴロフなど、80年代イタリア産B級映画でお馴染みの役者が顔を出しているのも楽しい。
 その他、コジモ・チニエーリ、アル・クライヴァーなどのフルチ作品常連組もしっかりと脇を固めている。

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アカデミーの経営者ディック・ギブソン役のクラウディオ・カッシネリ
『マーダロック』より

情緒不安定な男バートを演じるロバート・ギルゴロフ
『マーダロック』より

 さて、金のためにと割り切って仕事をするようになったフルチだが、この『マーダロック』以降さらにそれが露骨となっていく。というのも、もともと彼は持病である糖尿病に悩まされていたのだが、『マーダロック』の撮影後にウィルス性肝炎を発症し、一時は肝硬変で死にかけてしまったのだ。幸い一命は取り留めたものの、増え続けるばかりの医療費を支払うために、ありとあらゆる仕事を引き受けるようになったのである。
 復帰直後に撮ったのはSMチックなソフト・ポルノ『イノセント・ドール/虜』(86年)。“金に困って引き受けざるを得なかった仕事だが、その割には良く出来ている”というフルチの言葉が全てを物語っている作品。インモラルな性描写はなかなか良かったが、映画作品としては完全なる失敗作だった。
 続く『怒霊界エニグマ』(88年)は『キャリー』と『フェノミナ』を足して割ったようなオカルト映画だったが、カタツムリの大群が人を殺すというアイディアはあまりにもナンセンス。起伏のないストーリー展開も退屈そのものだった。
 さらに、デヴィッド・キース監督のイタリア・アメリカ合作映画『デッド・ウォーター』(87年)では共同製作と特殊効果を担当。現場ではこれが初監督作品となるデヴィッド・キースのために演出まで手伝ったという。
 そして、その翌年にはファン待望の『サンゲリア2』(88年)を発表。ところが、1作目とは雲泥の差とも言えるような駄作だった。というよりも、同じ監督の作品とは思えないような酷い代物。さすがに熱心なフルチ・ファンも、これには戸惑いを通り越して頭を抱えてしまった。ただ、これには明確な理由があった。それというのも、フルチは途中で『サンゲリア2』を降板していたのである。
 脚本を担当したクラウディオ・フラガッソは毎日のようにストーリーを変更するため、さすがのフルチもすっかりお手上げ状態だったらしい。さらに、ロケ地となったフィリピンは猛烈な暑さで、ただでさえ健康の思わしくないフルチにとってはまさに地獄。撮影開始から5週間で我慢の限界に達したフルチはローマへ戻ってしまい、その後をフラガッソの親友でもある悪名高きZ級監督ブルーノ・マッテイが引き継いで完成させたのだった。フルチ自身、“あの作品に関わってしまったこと自体を恥じている”とまで語っている。
 なお、この年フルチは他に2本のテレビ用映画を撮っている。一つは『ルチオ・フルチのゴースト・キラー』(88年)。ナチスの亡霊が現代に蘇って若者たちを殺しまくるという作品だ。そして、もう一つが『タッチ・オブ・デス/死の感触』(88年)。どちらもテレビ映画ということで予算も極端に少なく、いかにも短期間で撮り終えてしまったという感じだったが、『タッチ・オブ・デス/死の感触』で死体を切り取ってサイコロ・ステーキを作るシーンはなかなか秀逸だった。さすがにテレビ用としては表現がどぎつ過ぎたため、当時イタリアでは深夜枠でしか放送されなかったという。
 フルチは翌年にもテレビ映画を2本撮っている。『フチオ・フルチのホラー・ハウス』(89年)と『ルチオ・フルチのクロック』(89年)だ。『ルチオ・フルチのホラー・ハウス』は平凡な幽霊屋敷もの。一方、『ルチオ・フルチのクロック』はなかなかユニークなアイディアの作品だった。男女のチンピラ集団が時計で埋め尽くされた古い屋敷に侵入し、住人の老夫婦を殺害する。ところが、屋敷内の時間が逆回転し、蘇った老夫婦によって逆に若者たちが血祭りに挙げられるのだ。残酷描写もなかなか派手で、テレビ映画と考えれば決して悪くない出来だった。
 そして、フルチにとって久々の劇場用映画となったのが『ルチオ・フルチの新デモンズ』(90年)。もちろん、『デモンズ』シリーズとは全く関係がない。シチリアを訪れた歴史学者の女性が、廃墟となった修道院で悪霊にとり付かれるというお話。題材的にはいくらでも面白くなりそうな作品だったが、あまりにもチープな出来栄えが残念だった。実際に予算が全くなく、撮影機材も20年以上前の古いガラクタしか使えなかったという。“近頃じゃホラー映画に十分な資金を出してくれるプロデューサーは、イタリアにはいなくなってしまったんだよ”と当時のフルチも嘆いていたもんだった。
 一方、同じ年に発表された『ナイトメア・コンサート』(90年)は、いろいろな意味で問題作として話題になった。これは、自らの作品に影響されて精神的なバランスを崩していくホラー映画監督を描いた作品で、フルチ自身が主役を演じている。一部では“フルチ版『81/2』”として絶賛する声もあったが、その一方で“才能を使い果たしたフルチの末期的症状が現れている”などという声も少なからずあった。要は、見るものを思わず困惑させるような作品だったのである。
 しかも、劇中で登場する殺人シーンは自分の作品を含めた他の映画からの流用ばかり。ホラー映画監督としての自己の内面に迫った野心作なのか、それとも単なるゲテモノ映画なのか。そのどちらとも取れるのが何ともやっかいな作品だった。ちなみに、自ら主人公を演じた理由は、予定していた俳優に撮影当日ドタキャンされたためだったという。
 さらに、フルチは『ルチオ・フルチの地獄の門2』(91年)と『ヘルクラッシュ!/地獄の霊柩車』(91年)を発表。『ルチオ・フルチの地獄の門2』はもちろん『地獄の門』とは全く無関係の作品で、殺された老人が娘を媒介にして復讐を遂げるというストーリー。脚本は悪くないものの、低予算が災いして見栄えの悪い作品だった。
 『ヘルクラッシュ!/地獄の霊柩車』にしても、ニューオーリンズを舞台にしたロケ撮影はなかなかムードが良かったし、主人公が死のイメージに追い詰められるという『ジェイコブス・ラダー』を意識したストーリーも悪くなかったが、予算と撮影日数が極端に少なかったせいで結果として不条理すぎる内容になってしまった。しかも、フルチ自身が望んだ編集は採用されず、プロデューサーのジョー・ダマートとは大喧嘩になってしまったという。
 その後、健康問題が深刻化して仕事が出来なくなってしまったフルチ。それでも、ダリオ・アルジェントの製作で『肉の鑞人形』(97年)を撮ることも決定していた。アルジェントはフルチの回復を待つため、1年間も撮影開始を延期し続けてくれたという。だが、そうした本人や周囲の期待も空しく、フルチは1996年3月13日帰らぬ人となってしまった。死因は糖尿病のインシュリン注射を打ち忘れたこと。一部では覚悟の上での自殺だったのではないかとも囁かれたが、真相は誰にも分からない。少なくとも、本人は『肉の鑞人形』に対する意欲を燃やしていたらしいので、自殺ということはあまり考えられないのではないかとも思う。
 結局、『肉の鑞人形』はアルジェント組の特殊メイク・アーティスト、セルジョ・スティヴァレッティによって映画化された。

 

 

NEWYORKRIPPER-DVD.JPG MANHATTAN_BABY-DVD.JPG CONQUEST-DVD.JPG

ザ・リッパー
Lo squartatore di New York (1982)

マンハッタン・ベイビー
Manhattan Baby (1982)

SFコンクエスト/魔界の制圧
Conquest (1983)

(P)1999 Anchor Bay (USA) (P)2001 Anchor Bay (USA) (P)2004 Blue Underground (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆ 画質★★★★☆ 音質★★★★☆ 画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/93分/製作:イタリア

映像特典
オリジナル劇場予告編
ルチオ・フルチ バイオグラフィー
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/91分/製作:イタリア

映像特典
脚本家D・サケッティ インタビュー
オリジナル劇場予告編
タレント・バイオグラフィー
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/2.0chサラウンド/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/93分/製作:イタリア

映像特典
オリジナル劇場予告編
ポスター&スチル・ギャラリー
ルチオ・フルチ バイオグラフィー
監督:ルチオ・フルチ
製作:ファブリツィオ・デ・アンジェリス
脚本:ルチオ・フルチ
    ジャンフランコ・クレリチ
    ヴィンチェンツォ・マンニーノ
    ダルダノ・サケッティ
撮影:ルイジ・クヴェイレール
音楽:フランチェスコ・デ・マージ
出演:ジャック・ヘドリー
    パオロ・マルコ
    アルマンタ・ススカ
    ハワード・ロス
    アンドレア・オッキピンティ
    アレッサンドラ・デッリ・コッリ
    シンツィア・デ・ポンティ
    コジモ・チニエーリ
    ダニエラ・ドリア
    ゾーラ・ケローヴァ
    バルバラ・クピスティ
監督:ルチオ・フルチ
製作:ファブリツィオ・デ・アンジェリス
脚本:ダルダノ・サケッティ
    エリサ・ブリガンティ
撮影:グリエルモ・マンコリ
音楽:ファビオ・フリッツィ
出演:クリストファー・コネリー
    マーサ・テイラー
    ブリギッタ・ボッコリ
    ジョヴァンニ・フレッザ
    カルロ・デ・メーヨ
    シンツィア・デ・ポンティ
    コジモ・チニエ−リ
    アンドレア・ボシク
    マリオ・モレッティ
監督:ルチオ・フルチ
製作:ジョヴァンニ・ディ・クレメンティ
脚本:ジーノ・カポーネ
    ホセ・アントニオ・デ・ラ・ローマ
    カルロス・ヴァサッロ
撮影:アレハンドロ・ウロア
音楽:クラウディオ・シモネッティ
出演:ホルヘ・リヴェロ
    アンドレア・オッキピンティ
    サブリナ・シアーニ
    コンラド・サン・マルティン
    ヴィオレタ・チェラ
    ホセ・グラス
    ジョイア・スコラ
 さすがアンカー・ベイといった感じの高画質が楽しめる輸入盤DVD。日本盤はなんと両サイドをカットしたスタンダード・サイズでの収録という暴挙に出ました。もしかしたら、ビデオ版のマスターを流用したのかもしれませんね。いずれにせよ、ファンなら輸入盤が必携です。『マンハッタン・ベイビー』とカップリングしたお徳用セットも発売されています。  こちらも日本盤はスタンダード・サイズ。フルチはワイド画面を目いっぱい使った映像美を見せてくれるので、それを4:3にカットしてしまったのでは意味がありません。迷うことなく輸入盤で鑑賞すべし。ダルダノ・サケッティのインタビューも、輸入盤にしか収録されていませんし。とはいえ、そんなに大したことは語ってないんですけどね(笑)  ようやく本来あるべき姿で見ることが出来るようになったと言うべきかもしれません。ビデオでは識別不能だった夜間シーンも、クリアな高画質のおかげでなんとか分かるようになりました。幻想的なムードも十二分に再現されています。日本盤は未発売ですし、ファンであれば是非とも手に入れておきたい1枚でしょう。

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未来帝国ローマ
I guerrieri dell'anno 2072 (1984)

マーダロック
Murderrock-uccide a passo di danza (1984)

(P)2001 Troma Video (USA) (P)2006 Media Blasters (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆ 画質★★★★★ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/モノラル/
音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL
/91分/製作:イタリア

映像特典
ダリオ・アルジェント インタビュー
アントネッラ・フルチ インタビュー
ローマ・ファンタ ドキュメンタリー
オリジナル劇場予告編
フルチ専門家による音声解説
DVD仕様(北米盤2枚組)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/ステレオ/音声:英語・イタリア語/字幕:なし/地域コード:1/93分/製作:イタリア

映像特典
撮影監督による音声解説
メイキング・ドキュメンタリー
G・ピノーリ インタビュー
レイモンド・ラヴロック インタビュー
レイモンド・ラヴロック フルチを語る
フォト・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
監督:ルチオ・フルチ
製作:エドモンド・アマティ
    マウリツィオ・アマティ
    サンドロ・アマティ
脚本:ルチオ・フルチ
    チェザーレ・フルゴーニ
    エリサ・ブリガンティ
    ダルダノ・サケッティ
撮影:ジュゼッペ・ピノーリ
音楽:リズ・オルトラーニ
出演:ジャレド・マーティン
    クラウディオ・カッシネリ
    フレッド・ウィリアムソン
    ハワード・ロス
    エレオノラ・ブリリアドーニ
    コジモ・チニエーリ
    ヴァレリア・カヴァッリ
    ドナルド・オブライエン
    ペニー・ブラウン
    アル・クライヴァー
    ハルヒコ・ヤマノウチ
監督:ルチオ・フルチ
製作:アウグスト・カミニート
脚本:ジャンフランコ・クレリチ
    ロベルト・ジャンヴィーティ
    ヴィンチェンゾ・マンニーノ
    ルチオ・フルチ
撮影:ジュゼッペ・ピノーリ
音楽:キース・エマーソン
出演:オルガ・カルラトス
    レイモンド・ラヴロック
    クラウディオ・カッシネリ
    コジモ・チニエーリ
    ジュゼッペ・マンナフオーロ
    ベリンダ・ブサート
    ジェレッタ・ジェレッタ
    クリスチャン・ボロメオ
    ロバート・グリゴロフ
    ベルナ・マリア・ド・カルモ
    マリア・ヴィットリア・トラッツィ
    アル・クライヴァー
    カルロ・カルデーラ
 オープニングでトロマの社長ロイド・カウフマンが“デジタル・リマスター版”と高らかに宣言していますが、とんでもない嘘っぱちです。さすがはトロマ。かつてビデオ用に使ったマスターをそのまま流用しているのは明白。本来は1.85;1のワイドスクリーン・サイズですが、残念ながら4:3にカットされてしまってます。画質もかなり粗いし。ただ、これが世界でも唯一のDVD化なので、我慢するしかありません。  びっくり仰天の超高画質。そのおかげで、ビデオで見たときよりもかなり印象が良くなっています。やはり、映画の良し悪しって画質に左右される部分も少なからずあるんですよね。しかも、今回は映像特典も盛りだくさんで、フルチ・ファンなら大満足間違いなしです。一方、日本盤DVDは無残にもスタンダード・サイズにカットされ、映像特典も一切ナシ。あんまりと言っちゃあんまりでしょ。やっぱりホラーは輸入盤に限ります。

 

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