エルンスト・ルビッチ ドイツ時代
Ernst Lubitsch - German Years

PART 1

 

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 『結婚哲学』(24)や『極楽特急』(32)、『生活の設計』(33)、『ニノチカ』(39)、『生きるべきか死ぬべきか』(42)、そして『天国は待ってくれる』(43)などといったミュージカル映画やスクリューボール・コメディ映画の傑作を数多く生み出し、“ルビッチ・タッチ”と呼ばれる独特の粋で洒脱なユーモア・センスで愛されたハリウッドの巨匠エルンスト・ルビッチ。
 帝国時代のドイツで生まれ育った彼は、ヨーロッパのウィットとエレガンスをハリウッドへと持ち込み、ビリー・ワイルダーや小津安二郎など世界中の映画監督に多大な影響を与えた。ここでは、そんなルビッチの原点であるドイツ時代のキャリアと作品について振り返ってみたい。

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父親シムシャとルビッチ

ルビッチとマックス・ラインハルト

 1892年1月28日ベルリンで生まれたルビッチ。両親はユダヤ系ロシア人の移民で、ベルリン市内で洋服の仕立て屋を営んでいた。店は大変繁盛していたものの、切り盛りをしているのはもっぱら働き者の母親アンナ。父親シムシャは読書や芸術、お洒落を愛する根っからの趣味人で、最初の子供から20歳以上も年の離れた末っ子エルンストを溺愛していたという。
 そもそもルビッチ家は女系家族で、親戚も含めて圧倒的に女性が強かったらしい。中でも母アンナは当時としては非常に進歩的な考えの持ち主で、後にエルンストが俳優になりたいと言い出したときも、猛反対する父親を尻目に“自分の夢を追求しなさい”と息子を後押しした。彼の作品に出てくる女性が総じて強く逞しいというのも、そうした家族的な背景が少なからず影響しているのかもしれない。なお、『天国は待ってくれる』に登場する主人公の父親は、彼自身の父シムシャをモデルにしているのだという。
 学生時代のルビッチは非常に目立つわんぱく坊主で、とにかくジョークや悪戯が大好きだった。なのでクラスでは大変な人気者だったが、教師たちにとっては悩みの種だったという。地元のゾフィー高校を卒業した彼は舞台俳優を目指したものの、俳優を卑しい職業だと考える父親は猛反対。彼は一番お気に入りの息子エルンストに店を継がせたかったのである。
 しかし、息子に理解を示す母親の後押しもあり、父は店の仕事を手伝うという条件付きで役者への道を許してくれた。なのでルビッチはしばらくの間、昼は仕立て屋で働いて夜は演技の勉強をしながらキャバレーの舞台に立つという二重生活を送ることになる。
 そんなルビッチに人生の転機をもたらしたのが、当時彼に演技を教えていたベテラン喜劇俳優ヴィクトル・アルノルド。ヨーロッパ演劇界の寵児であるマックス・ラインハルトの劇団に所属していたアルノルドは、そのラインハルトにルビッチを紹介してくれたのだ。既に仕立て屋の仕事を半ば放り出した状態だった彼は、1911年正式にラインハルトの劇団へ迎え入れられる。

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舞台俳優として活躍したルビッチ

太陽光を入れるために全面ガラス張りだった当時の撮影スタジオ

 裏方の助手からスタートしたルビッチは、やがて個性的な脇役としてラインハルトの劇団になくてはならない存在となっていった。決して主役を張れるようなカリスマ性はなかったものの、観客からの人気はとても高かったという。そんな息子の成功を、当然のことながら両親も大変喜んだ。
 しかし、1914年に恩人ヴィクトル・アルノルドが借金苦を理由に自殺。その直後に母親アンナも病死してしまった。この愛する人の相次ぐ死はルビッチに相当な精神的ダメージを与えたが、その一方で俳優としてのキャリアは上り調子。この同じ年に彼は監督兼俳優として本格的な映画デビューも果たしている。
 ちなみに、彼が映画界へ進出した背景には第一次世界大戦があった。もともとドイツの映画産業はヨーロッパでも弱小の部類に入り、国内で上映される映画の大半がフランスやアメリカ、イタリアなどの外国作品ばかりだったという。
 ところが1914年7月に第一次世界大戦が勃発すると外国映画の輸入が途絶えてしまい、国産映画の需要が急激に高まったのである。当時ドイツ全土で映画館チェーンを経営していた実業家パウル・ダヴィドソンはこの事態をチャンスと捉え、ベルリンに新しく映画製作会社を設立。演劇分野での協力者を求めた彼がマックス・ラインハルトと提携を結んだことから、ラインハルト劇団の一員だったルビッチにもお声がかかったというわけだ。
 大衆演劇のスタイルをそのまま映画に持ち込んだルビッチは決して上手い映画俳優ではなかったものの、その個性的なマスクとインパクトの強いコメディ演技は観客から高い支持を受け、主役の看板を張れるほどの人気スターとなった。ただ、彼自身は役者としての己の限界をちゃんと自覚していたらしく、徐々に監督業へと役割の中心をシフトしていったのである。

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映画“Als ich tot war”(16)で悪魔を演じるルビッチ

チャップリン風の喜劇も得意だった

 初めのうちは自ら主演を兼ねた短編の軽喜劇を得意としていたルビッチ。当時は、戦争の不安から現実逃避させてくれるコメディが一般大衆に求められていた。だが、1918年に第一次世界大戦が終結すると、徐々にメロドラマや歴史劇へと路線を換えていく。
 その転機となったのが、美しいエジプト女性の呪われた運命と悲劇を描いた怪奇幻想風メロドラマ『呪の眼』(18)と、魔性の女カルメンの堕落をビゼーの原作にほぼ忠実な形で描いた『カルメン』(18)。どちらも決して優れた作品とは言い難いものの、主演女優ポーラ・ネグリの妖艶な魅力と大胆な演技のおかげもあって、当時は大変な評判となった。
 これを機にルビッチとポーラ・ネグリはたびたびコンビを組むようになり、『寵姫ズムルン』(20)や『山猫リュシュカ』(21)、『灼熱の情炎』(22)などの名作を発表。中でも、ルイ15世と愛人デュ・バリー夫人のスキャンダラスな関係を赤裸々に描いた絢爛豪華な歴史絵巻『パッション』(19)は世界各国で大ヒットを記録し、ルビッチとネグリの双方がハリウッドから注目されるきっかけとなった。
 ただし、プライベートでのルビッチとネグリの関係は決して良好なものとは言えず、撮影現場でのトラブルも多かったようだ。どちらも個性が強くて野心的な人物ゆえに衝突せざるを得なかったのだろう。そもそも『呪の眼』の撮影が終了した時点でルビッチは“あの女とは2度と仕事をするもんか”と公言していたらしいが、結局プロデューサーに説得されて『カルメン』で再び彼女を起用。世間から名コンビと謳われるようになったもんだから、そこは賢く割り切ってお互いを利用したのであろう。

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『カルメン』(18)のポーラ・ネグリ

『デセプション』(20)のヘンニ・ポルテン

 しかしその一方で、ルビッチは俳優から最高の演技を引き出すのが上手い監督とも言われた。女系家族に育ったというバックグランドもあってだろうか、中でも女優の演出には抜群の才能を発揮。ハリウッド時代にはミリアム・ホプキンスやグレタ・ガルボ、ジャネット・マクドナルドといったスター女優と絶妙なコラボレーションを披露したが、ドイツ時代で最も相性が良かったのはオッシー・オスヴァルダとヘンニ・ポルテンの二人であろう。
 オッシー・オズヴァルダは当時“ドイツのメアリー・ピックフォード”の異名で庶民から愛されたコメディエンヌ。ルビッチとは短編コメディ時代から実に11本もの映画でコンビを組んでおり、明朗快活でチャーミングなお転婆娘を演じさせたら天下一品の上手さだった。その弾丸のごときエネルギッシュな演技は、当時のシュールで毒の効いたルビッチ流スラップスティック・コメディの世界にピッタリだったと言えよう。
 片やヘンニ・ポルテンは、“ドイツのノーマ・シアラー”とも言うべきエレガントで上品な美人女優。良妻賢母や貴婦人を演じて人気の高かった彼女に、ルビッチはナンセンス・コメディ『白黒姉妹』(20)で美しい姉と醜い妹の一人二役を演じさせた。この醜い妹役というのが実に傑作。ポルテンは自らメイクアップを施して別人のように変身し、粗野で下品で滑稽な醜女を嬉々として演じて見せたのである。
 そうかと思えば、ヘンリー8世の2番目のお妃アン・ブリーンの悲劇を描いた名作『デセプション』(20)では、薄幸の美女アンの悲しい愛と残酷な運命をしっとりと演じて、それはそれは美しかった。
 一方、男優で特筆すべきなのはエミール・ヤニングスであろう。映画ではほぼ無名だった舞台の名優ヤニングスをたびたび短編コメディの脇役に使っていたルビッチは、『呪の眼』の邪悪なアラブ人ラドゥー役に彼を起用。さらに『パッション』ではルイ15世という大役を与え、一躍ヤニングスの名は世界的に知られることとなった。これをきっかけに彼は『最後の人』(24)や『ファウスト』(27)、『嘆きの天使』(30)といった名作に次々と出演し、さらにハリウッドへ招かれてアカデミー主演男優賞を獲得するに至ったというわけだ。

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『パッション』(20)のヤニングスとネグリ

『白黒姉妹』(20)のヘンニ・ポルテン

 かくして国際的な評価を高めていったルビッチ。そんな彼をハリウッド関係者が放っておくわけもなかった。しかも、当時のドイツ映画界は『カリガリ博士』(19)をはじめとする表現主義映画や『怪人マブゼ博士』(22)などフリッツ・ラング監督作品の世界的な成功によって全盛期を迎えており、それらの多くはアメリカでも大ヒット。このブームに便乗しようと考えたハリウッド関係者がルビッチに接触し、EFAという製作会社を共同でベルリンに立ち上げた。その第1回作品として作られたのが、エミール・ヤニングス主演のスペクタクル史劇『ファラオの恋』(22)である。
 古代エジプトを舞台に報われぬ愛の三角関係を描いたこの作品は、ベルリン郊外にピラミッドや神殿の巨大なセットを組み、6000人を超えるエキストラを使って撮影されたという超大作。ニューヨークでワールド・プレミアが大々的に行われ、莫大な興行収入を稼ぎ出すヒットとなった。
 だが、ハリウッドの視察とプレミアへの出席のために渡米したルビッチは、ことのほか複雑な思いに駆られたという。ドイツとは比べ物にならない撮影スタジオの設備や技術に強く感銘を受ける一方、スタッフや関係者からは露骨なまでに冷遇された。というのも、第一次世界大戦でドイツとアメリカは敵国だったわけだし、世界的なヒット作を連発しているドイツ映画をハリウッドの現場関係者は脅威と感じて敵視していたのである。アメリカの資本で製作された映画の監督でありながら、よそ者扱いされることに失望したルビッチは、滞在予定を大幅に切り上げてドイツへ戻ってしまった。

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『ファラオの恋』(22)の巨大なセット

メアリー・ピックフォードと契約を交わすルビッチ

 初の渡米で苦い経験をさせられたルビッチだったが、それでもハリウッドに対する憧れは強まったという。やはりハリウッドで受け入れられるためには、かの地に活動拠点を移さねばならないのだろうか?そう考えるようになった矢先、ルビッチのもとに思わぬチャンスが舞い込む。彼の『パッション』に感銘を受けたハリウッドの女王メアリー・ピックフォードが、専属契約を申し出てきたのである。
 もちろん、ルビッチはこの千載一遇のチャンスに飛びついた。兄弟や親戚も彼のハリウッド行きを喜んだが、唯一悲しそうな表情を浮かべたのは父シムシャだったという。幼い頃から一番のお気に入りであるエルンストを溺愛した父は、“インディアンやライオンのいる野蛮な国アメリカ”へ息子が行くことをいたく心配したのだそうだ。
 恐らくアメリカとアフリカを混同していたのであろう。動物園以外にライオンなどいるわけはないのだが、それほどまでにアメリカは遠い国だったのである。そんな愛すべき父親も、ルビッチが渡米してから6年後に死去。彼は父の死に目に会うことは出来なかった。
 こうして、1922年念願のハリウッドへ降り立ったルビッチ。ピックフォードとのコラボレーションは『ロジタ』(23)の1本だけで終ってしまったが、その後ワーナーからMGMへと渡り歩き、ハリウッドを代表する巨匠へと上りつめていくこととなるわけだ。

 

呪の眼
Die Augen der Mumie Mar (1918)

日本では1921年劇場公開
VHS・DVD共に日本では未発売

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(P)2006 Alpha Home Enter. (USA)
画質★☆☆☆☆ 音質★★☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:サイレント(伴奏音楽のみ)/字幕:英語/地域コード:ALL/57分/製作:ドイツ

特典映像
なし
監督:エルンスト・ルビッチ
脚本:ハンス・クラリー
   エミール・ラモー
撮影:アルフレド・ハンセン
出演:ポーラ・ネグリ
   エミール・ヤニングス
   ハリー・リートケ
   マックス・ラウレンス

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女王マーの呪いの噂を聞いた画家アルバート(H・リートケ)

マーの墓へ単身やって来た

そこには怪しげなアラブ人ラドゥ(E・ヤニングス)が

 それまで自作自演の短編コメディばかり撮っていたルビッチ監督が、初めて手掛けたシリアスな長編メロドラマ。その美しさゆえに呪われた運命をたどるエジプト人女性の悲劇を、怪奇幻想的ムード溢れるミステリアスなタッチで描いた作品だ。
 主人公は妖艶な美女マー。彼女はラドゥという邪悪なアラブ人に捕らえられ、古代エジプトの女王マーの墓に監禁されていた。ある時、その墓を訪れたドイツ人青年アルバートに救出され、マーは彼と共に一路ヨーロッパへ。だが、怒りに燃えるラドゥーもまた彼女を追ってヨーロッパへ渡り、残酷な復讐を果たそうとする。
 19世紀末の有名な考古学者カール・レプシウスを例に出すまでもなく、ドイツではその昔から古代エジプトに対する関心がことのほか高い。加えて、20世紀初頭のヨーロッパでは考古学が盛んで、エジプトの遺跡発掘は人々の高い関心を呼んでいた。つまり、これはそうした考古学ブームに便乗して作られた映画だったわけだ。
 原題は“マーのミイラの目”という意味。だが、実際の本編にはミイラなど一切出てこないし、そもそもタイトルから連想されるような恐怖映画などではない。ラドゥは女王マーの墓にヒロインを監禁し、壁に掘られたマスクの眼に穴をあけて、壁の向こう側に隠れた彼女に瞬きをさせて観光客を驚かしている。それがタイトルの直接的な由来というわけだ。
 結論から言ってしまえば、これはいい意味でも悪い意味でも典型的なB級娯楽映画。荒唐無稽で大仰なストーリーは陳腐以外の何ものでもないが、アクションとエロスをバランス良く配した見せ場の数々で観客を終始飽きさせない。今の美的価値観からはちょっと逸脱したポーラ・ネグリの珍妙なお色気、やり過ぎなくらいにエネルギッシュなエミール・ヤニングスの怪演なんかも、いろいろな意味で興味をそそられるポイントだろう。
 ルビッチの演出に関して言えば、後年の“ルビッチ・タッチ”の片鱗すら感じさせないくらいに凡庸極まりない。ドイツ表現主義映画的なものを期待すると大いに失望させられること間違いなしだが、あの巨匠にもこんな時代があったのかという意味では一見の価値アリと言えるだろう。

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ラドゥは墓の案内を買って出る

まるで生きているかのように動く仮面の眼

ラドゥに囚われた女性マー(P・ネグリ)が隠れていた

 舞台はエジプトのカイロ。絵画を学ぶためにやって来たドイツ人の青年画家アルバート(ハリー・リートケ)は、宿泊先のホテルで妙な噂を耳にした。古代エジプトの女王マーの墓へ足を踏み入れた人間が、次々と呪いにかかっているというのだ。実際に墓へ行ったことのある男性は気が狂ってしまい、“目が生きている!目が生きている!”と意味不明の言葉を口走っていた。
 好奇心に駆られたアルバートは自らマーの墓へ行って確かめようと考えるが、地元の人々は怖がって案内人を引き受けてくれる者が誰もいない。彼は仕方なく一人で馬に乗って砂漠を横断。マーの墓へ到着すると、そこにはラドゥ(エミール・ヤニングス)という怪しげなアラブ人がいた。
 観光ガイドを自称するラドゥに案内されて墓の中へと足を踏み入れるアルバート。壁には女王マーの仮面が掘られていた。すると、その瞳がまるで生きているかのように動く。一瞬驚いたアルバートだったが、すぐさまトリックに気がついた。
 扉を開けて壁の裏側へと踏み込んだアルバート。そこには、マー(ポーラ・ネグリ)という名の妖艶な美女がいた。彼女はラドゥによって誘拐され、この部屋に監禁されながら詐欺の片棒を担がされていたのだ。
 ここから助け出してくれと懇願するマーに同情したアルバートは、行く手に立ちはだかるラドゥを倒し、彼女を町へと連れ帰る。憤慨したラドゥは二人の後を追いかけるものの、精根尽き果て砂漠の真ん中で気絶してしまった。
 そこへ、ドイツの貴族ホーヘンフェルス王子(マックス・ラウレンス)の一行が通りかかり、ラドゥを救出する。屋敷で目を覚ましたラドゥは王子に感謝し、彼の下僕としてヨーロッパへついていくことにした。
 一方、マーと愛し合うようになったアルバートも彼女を祖国へと連れ帰った。彼は家庭教師を雇って彼女に文明社会の礼儀作法を学ばせ、社交界にお披露目しようと考える。華やかなドレスを身にまとい、ヨーロッパ風の貴婦人に変身してみせるマー。だが、やはり異なる文化にはなかなか馴染めなかった。
 思い切ってドレスを脱ぎ捨て、エジプトの民族衣装へ着替えて人々の前に姿を見せるマー。もの珍しさも手伝って彼女は一気に注目を集め、その妖艶なダンスに人々は目を奪われた。その場に居合わせた興行主は彼女の才能を高く評価し、ぜひ自分の劇場の舞台に立たないかと申し出る。
 その頃、ラドゥはホーヘンフェルス王子の邸宅に祭壇を設け、マーの行方を探るべく祈りを捧げていた。ある日、王子に付き添ってアルハンブラ劇場へ観劇に行ったところ、舞台で喝采を浴びるマーを発見。その憎しみに満ちた視線に気付いたマーは、舞台の上で気を失ってしまう。
 それからしばらくして、アルバートの個展が華々しく開かれた。絵画好きのホーヘンフェルス王子も会場を訪れ、アルバートとマーを自宅へ招待する。そこで彼女はラドゥの姿を目撃して驚愕。あまりのショックで病に伏してしまった。
 ようやく回復したマーだったが、アルバートの描いた自分の肖像画をホーヘンフェルス王子が購入したと知って動揺し、買い戻してきて欲しいと彼に懇願する。ラドゥが呪術に使うことを恐れたからだ。そのせっぱ詰まった様子を察して王子の邸宅へ向かったアルバート。だが、その頃ラドゥは短刀を手にマーのもとへと向かっていた。ついに復讐を果たす時がやって来たのだ・・・。

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アルバートはマーをヨーロッパへ連れ帰る

マーの行方を捜すラドゥ

妖艶なダンスで社交界の花形となったマー

 アルバートと共にホーヘンフェルス邸を訪れたマーが、鏡越しにラドゥの姿を目撃するシーンはなかなかショッキングで印象的。しかし、総じてカメラワークはとても鈍臭く、洗練という言葉からは程遠いような出来栄え。この次に撮られた『カルメン』も、脚本はとても面白いが演出はやはり粗雑だった。
 一方、翌年の『花聟探し』(19)や『花嫁人形』(19)では多少荒削りながらも、どこかファンタジックで洗練された演出を楽しませてくれる。そう考えると、当時のルビッチは映画の見せ方についてまだ手探りの時期だったのかもしれない。
 脚本を手掛けたのはハンス・クラリーとエミール・ラモー。クラリーはドイツ時代のルビッチ作品の殆んどに参加している脚本家で、やはり後に渡米してルドルフ・ヴァレンティノの『荒鷲』(25)やディアナ・ダービンの『オーケストラの少女』(37)といった名作を手掛けた人物。一方のラモーは俳優が本職で、第2次世界大戦の勃発する直前に渡米。その後は、クレジットにも載らないチョイ役としてハリウッド映画に多数出演した。
 撮影を担当したアルフレッド・ハンセンは、本作以降『カルメン』や『ファラオの恋』、『灼熱の情炎』など幾つものルビッチ作品を手掛けることとなるカメラマン。また、美術デザインおよびセット・デザインには『巨人ゴーレム』(20)で有名なクルト・リヒテルが参加しているが、彼もまた『花嫁人形』や『寵姫ズムルン』などのルビッチ作品を何本も手掛けている。

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ダンサーとして舞台に立つマー

憎しみに満ちた目でステージ上のマーを見つめるラドゥ

ラドゥの存在に恐れおののくマー

 そして、主人公マー役を演じているのはポーランド出身のセックス・シンボル、ポーラ・ネグリ。当時まだデビューしたばかりの新人だったが、本作に始まるルビッチとのコラボレーションで一躍ヨーロッパを代表するトップ女優となり、ハリウッドでも華々しく活躍した。今ではどちらかというとヴァレンティノやチャップリンと浮名を流したスキャンダル女優としてのみ語られることが多い人だが、その山猫のごときワイルドな存在感はなかなかインパクト強烈。ただ、現在の美的価値観からすると体格が良すぎて、まるで肉体労働系のオバちゃんが厚化粧したようにも見えてしまうのだが、こればかりは時代の流行なので仕方がない。
 一方、邪悪なアラブ人ラドゥ役でアクの強すぎる怪演を披露しているのは、ドイツを代表する世界的な名優エミール・ヤニングス。もともとマックス・ラインハルトの劇団に所属していた彼は、言うなればルビッチ監督の先輩に当たる人物だ。舞台では泣く子も黙る大スターだったが、決して2枚目ではないことから映画ではずっと脇役どまり。そんな彼を次々と個性的な大役に起用し、トップ・スターへと押し上げたのがルビッチだったというわけである。
 また、マーに魅了される青年画家アルバート役のハリー・リートケも、ルビッチが育てたスターの一人。端整な顔立ちの2枚目俳優で、ルビッチが渡米した後もドイツでは大変な人気を誇った。ちなみに、リートケはヤニングスよりも2つ年上。当時36歳だったのだが、実年齢よりも老けているヤニングスの息子役を演じてもおかしくないくらいに若い。

 

 

男になったら
Ich Möchte Kein Mann Sein (1918)

日本での劇場公開年は不明
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 Kino International (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:サイレント(伴奏音楽のみ
)/字幕:英語/地域コード:ALL/45分
/製作:ドイツ
※『花聟探し』とのカップリング収録

特典映像
ルビッチ監督フィルモグラフィー
監督:エルンスト・ルビッチ
脚本:ハンス・クラリー
   エルンスト・ルビッチ
撮影:テオドル・スパルクール
出演:オッシー・オズヴァルダ
   クルト・ゲッツ
   フェリー・シクラ
   マルガレーテ・クップァー
   ヴィクトル・ヤンソン

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お転婆娘オッシー(O・オズヴァルダ)

オッシーはポーカーやタバコが大好き

口やかましい家庭教師(M・クップァー)もなんのその

 “女には自由がない!”と辟易したお転婆娘が、男装して街へと繰り出したことから起きる珍騒動を描いた中篇コメディ。他愛ないといえば他愛ない話だが、『ビクター/ビクトリア』を60年以上も先駆けた題材といい、そこはかとなく匂わせた同性愛的な要素といい、当時としてはかなりオープンに性を取り扱った作品と言えるだろう。
 主人公は年頃の活発な女の子オッシー。厳格な叔父と一緒に暮らしている彼女は遊びたくて仕方ないのだが、口やかましい家庭教師のオバサンが叔父に告げ口するので我慢している。その叔父が出張に出かけてようやく自由の身になったかと思いきや、今度はさらに厳しい男性の家庭教師ケルシュテンがやって来た。
 もうこんな生活耐えられない!女なんてもうイヤ!そう考えたオッシーは、男装して街へと繰り出す。ところが、男でいるというのもまた大変。いちいちレディ・ファーストで気を使わなくちゃいけないし、男同士だとみんな乱暴だ。そんな彼女は、酒場でケルシュテンを発見。ところが、彼は目の前の若者がオッシーだまるで気付かない。意気投合した二人はへべれけになるまで飲み明かすのだったが・・・。
 ということで、ヒロイン役を演じるオッシー・オズヴァルダの見事な男装ぶりと、チャーミングでキュートな演技が最大の見どころ。また、酒場にたむろする女性たちが男装したオッシーを誘惑したり、酔ったオッシーが男性トイレに入ろうか女性トイレに入ろうか迷ったりと、セックス・チェンジの生み出す大らかな笑いが繰り広げられていく。
 その中でも注目したいのが、酔っ払ったケルシュテンが男装したオッシーに繰り返しキスをするシーン。もちろん、彼は彼女のことを若い男だと思っている。いや、90年以上前の映画にしては大胆な同性愛的描写じゃないの?といいたいところだが、これがまたアッケラカンとしたもので、至極当たり前の成り行きみたいに描いているのが興味深い。しかも、最後はオッシーが女性だと分かり、お互いの愛を確かめ合ってハッピーエンド。いやはや、よくよく考えたら突拍子もない展開だ。
 ルビッチの演出はセックス・ファルス的なスタイルでまとめられていて、非常に楽しく見ることが出来る。字幕とギャグのタイミングも絶妙。なかなか微笑ましい小品佳作といった感じだ。

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厳格な叔父(F・シクラ)が出張へ出かけることに

これで自由の身だと喜んだオッシーだが・・・

新しい家庭教師ケルシュテン(K・ゴッツ)が超堅物だった

 お転婆娘のオッシー(オッシー・オズヴァルダ)は、酒にタバコにポーカーが大好きという男勝りな性格。しかもなかなかの美人なものだから、近所の若者たちも彼女にゾッコン。しかし、厳格な叔父(フェリー・シクラ)と口やかましい家庭教師(マルガレーテ・クップァー)の監視が厳しく、外へ遊びにも出してもらえない。
 そんなある日、叔父が海外へ出張に出かけることとなった。悲しげな顔をして叔父を送り出すオッシーだったが、心の中はウキウキワクワク。船に乗った叔父は“オッシーのやつ、今頃寂しい思いをしているに違いない”とニンマリするが、その頃自宅では夜遊びの支度をしたオッシーがダンスを踊って浮かれ騒いでいた。
 これでしばらくは自由の身だわ!そう考えたオッシーだが、残念ながら甘かった。自分の留守中に彼女を厳しく監視する男が必要だと考えた叔父は、ケルシュテン(クルト・ゲッツ)という若い家庭教師を新たに雇っていたのだ。
 このケルシュテンがまた相当な堅物で、遊びに行く気マンマンだったオッシーは出鼻を挫かれてしまう。もう女なんてイヤ!ちっともいいことないじゃない!と頭にきたオッシーは、最後の手段に打って出る。男装して自由に遊びまわろうというのだ。
 オバサン家庭教師は男装した彼女をオッシーと気付かず、まんまと外へ出ることに成功。道行く女性たちも、ハンサムなオッシーを見て思わず振り返る始末だ。だが、満員電車で女性に席を譲って我慢したり、酒場のクロークに群がる男たちに混じって押し合いへし合いしたりと、男というのもなかなか体力が必要。弱音を吐いたら“男のクセに”と怒られる。男って意外に大変なのねとため息をつくオッシー。
 そうはいっても、酒場でおおっぴらにビールを飲めるのは男の醍醐味。若い女たちから言い寄られるのも悪い気はしない。ふと周囲を見渡した彼女は、群衆の中に他でもない家庭教師のケルシュテンを発見する。だが、彼の方は男装したオッシーの正体に全く気付かなかった。
 最初は女に言い寄るケルシュテンの邪魔をして楽しんでいたオッシーだが、やがて意気投合して酒を飲み交わす。勧められて初挑戦した葉巻で頭がフラフラ。男ってこんなもん吸わなくちゃいけないの?しかも、トイレに行こうとしても男性用と女性用のどちらを使えばいいもんか迷ってしまい、男に変装するのって面倒くさいわね、と後悔する始末。
 やがて二人はすっかり出来上がってしまい、気がついたら抱き合ってキスをしていた。そりゃ男と女だから当たり前・・・!?そのまま馬車に乗り込んで帰路についた二人だが、間違ってそれぞれお互い相手の家に帰り着いてしまう・・・。

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男装して男になろうと考えたオッシー

誰も彼女が女だとは気付かない

だが、男でいるのは想像以上に大変だった

 原題は“男になんて生まれたくない”という意味。自由を求めて男になってみたはいいけれど、やっぱり女の方がいいわってなわけだ。先述したように同性愛を匂わせるような描写があることから、欧米ではゲイ・ムービーの先駆的作品と見る向きも少なくないようだが、それは作り手の意図したところではないだろう。
 脚本を書いたのはハンス・クラリーとルビッチの名コンビ。男と女の性の違いを社会的レベルと個人的レベルの両方から率直に描いているのは、恐らく当時としては画期的なことだったに違いない。ハリウッドでもセシル・B・デミルが『男性と女性』(19)という問題作を同時期に撮っているが、ルビッチの方が遥かにオープンでリベラルなアプローチを試みていると言えよう。
 撮影を担当したテオドル・シュパルクールは、『パッション』や『デセプション』でもルビッチと組んだ人物。彼はその後ハリウッドへ渡って『紐育の顔役』(37)や『ボー・ジェスト』(39)などの名作を数多く手掛けたほか、フランスでもジャン・ルノワールの『牝犬』(31)などに参加した国際的な名カメラマンである。

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酒場でケルシュテンを発見したオッシー

ケルシュテンは相手がオッシーだとは気付かない

酔っ払ってキスを交わす二人

 短編コメディ時代からルビッチ作品には欠かせないオッシー・オズヴァルダがヒロイン役で大活躍。“ドイツのメアリー・ピックフォード”と呼ばれた彼女だが、本作を見れば分るようにピックフォードなんかよりも遥かに才気溢れる女優だ。その躍動感溢れる弾け飛んだ演技は、見ているだけでワクワクしてくるものがある。
 その相手役の家庭教師ケルシュテンを演じているクルト・ゲッツは、もともと脚本家、戯曲家、作家として知られる人物。ケイリー・グラント主演のハリウッド映画『うわさの名医』(42)の原作を書いたのも彼である。Mr.ビーンことローワン・アトキンソンにそっくりなのが面白いといえば面白いが、ここではオッシー・オズヴァルダの引き立て役といった印象。やはり、本作はオッシーの独壇場であろう。

 

花聟探し
Die Austernprinzessin (1919)

日本での劇場公開年は不明
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 Kino International (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:サイレント(伴奏音楽のみ
)/字幕:英語/地域コード:ALL/60分
/製作:ドイツ
※『男になったら』とのカップリング収録

特典映像
ルビッチ監督フィルモグラフィー
監督:エルンスト・ルビッチ
脚本:エルンスト・ルビッチ
   ハンス・クラリー
撮影:テオドル・シュパルクール
出演:オッシー・オズヴァルダ
   ヴィクトル・ヤンソン
   ハリー・リートケ
   ユリウス・ファルケンシュテイン
   マックス・クロネルト
   クルト・ボワ

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王侯貴族のような大富豪クエイカー氏(V・ヤンソン)

娘オッシー(O・オズヴァルダ)が大暴れ

クエイカー氏は貴族の夫を買ってやると娘に約束する

 ドイツ時代のルビッチ・コメディにおけるミューズとも言うべき女優オッシー・オズヴァルダが、今度はアメリカの成金実業家のわがまま娘を猛烈なハイテンションで演じるスラップスティック・コメディ。なんでもかんでも金にモノを言わせるアメリカ人の物質主義・拝金主義を大いに皮肉った痛快な風刺作品だ。
 オズヴァルダが演じるのは、ドイツに住むアメリカ人の大金持ちクエイカー氏の娘オッシー。友人が次々と結婚していくことに彼女は腹を立てている。なぜなら、みんなヨーロッパの貴族と結婚しているからだ。アタシも貴族と結婚してお姫様になりたい!そこで、父親のクエイカー氏は貴族の夫を娘に買い与えることにする。
 お見合い業者が白羽の矢を立てたのは、ヌッキ王子という人物。れっきとした王家の血を引く若者だが、なにしろ金遣いと女ぐせが悪く、今では一文無しの貧乏人。結婚不適合者のレッテルを貼られているが、重要なのは王家の血筋という称号だ。
 ところが、このヌッキ王子という男。金もないくせにプライドだけは人一倍高い。ブロンドの美人でなくちゃ結婚なんかしたくない!そこで、彼はトンマな友人ヨセフを様子見に送り込むのだが、ちょっとした誤解からヨセフがオッシーと結婚することになってしまう。
 見るからに馬鹿で不細工だけど、貴族だったら別にいいか。そんな軽い気持ちで結婚したオッシーだが、やはり愛のない結婚はどこか寂しい。そんな時、偶然知り合ったのが本物のヌッキ王子。そうとは知らず、お互いに強く惹かれあっていく二人だったが・・・。
 金で買えぬものなどないとばかりに好き勝手放題のアメリカ人を小ばかにしつつ、伝統や称号ばかりにこだわるヨーロッパ人の愚かさをも笑い飛ばすというのが本作の核心。そこへロマンティック・コメディ的な要素を絡めつつ、シニカルなユーモアとグラフィカルなギャグをこれでもかと盛り込み、まさに抱腹絶倒の笑いを繰り広げていく。
 スピーディでパワフルなルビッチの演出も絶好調。後年の“ルビッチ・タッチ”とは少々赴きが異なるものの、毒っ気たっぷりなユーモア・センスは全く古さを感じさせない。”アタシも結婚したい!”と癇癪を起こして家中の家具や食器を片っ端から猛烈な勢いで壊しまくるオッシー。そんな彼女を見かねた父親が“それじゃ私が貴族の夫を買ってやろう”と言うと、今度は“嬉しすぎるわ!”と叫びながら、さらに勢い良く椅子や机を投げ飛ばす。その絶妙なテンポが実に見事だ。
 また、モダンで洗練された美術セットと計算され尽くした人物の配置によって生み出される独特のシュールな映像空間もユニーク。奥行きのある構図にも工夫が凝らされている。それとなく表現主義映画からの影響も感じられ、ビジュアリストとしても飛躍的な進歩の跡が伺えると言えよう。

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貧乏暮らしの不良貴族ヌッキ王子(H・リートケ)

その振る舞いだけは王族気分

偵察に行ったヨセフ(J・ファルケンシュテイン)だったが・・・

 “オイスター・キング”の異名をとる牡蠣加工会社の社長クエイカー氏(ヴィクトル・ヤンソン)は、まるで王侯貴族のような暮らしを送るアメリカ人の成金大富豪。今日も大勢の執事や秘書に囲まれて優雅に仕事をしていると、召使が血相を変えて飛んできた。お嬢様がまたまた暴れています!
 さてさて、今度はなんだ?とその様子を見に行くと、娘オッシー(オッシー・オズヴァルダ)は家中の家具や食器を手当たり次第に破壊していた。どうやら、友人のアメリカ人娘が貴族と結婚したのが気に食わないらしい。アタシも貴族と結婚したい!そう言って癇癪を起こす娘に、クエイカー氏は約束する。“わかった。それならば、私が貴族の夫を買ってあげよう”。その言葉を聞いて有頂天になったオッシーは、さらに激しく家具を壊しまくるのだった。
 クエイカー氏からの依頼を受けたお見合い業者セリグソン(マックス・クロネルト)は、数ある独身貴族のリストの中から、ヌッキ王子(ハリー・リートケ)という青年を選んだ。年齢は20歳でルックス最高。王家の血を引くサラブレッドで家柄も問題なし。だが、金遣いと女グセは最悪で、借金まみれの一文ナシ。とても結婚に向いた相手ではないが、依頼主のクエイカー氏にはお金など問題ではなかろう。
 ヌッキ王子は同じような落ちぶれ貴族ヨセフ(ユリウス・ファルケンシュテイン)と貧しい同居生活を送っている。それでも、貴族の証である指輪や宝石類は肌身離さず。金なら借りればいいというわけだ。そこへ、セリグソンがお見合い話を持ってやって来た。
 ボロボロの椅子に座って王家の威厳を示しながら、壇上からセリグソンを見下ろして威張りくさるヌッキ王子。お見合い相手が大富豪の娘だと聞いても、“私はブロンド美人とでなければ結婚しない”と余裕の構えだ。
 しかし、セリグソンが帰った途端に王子はヨセフとヒソヒソ話。とりあえず相手がどんな顔をしているか確認して来い、とばかりに、ヨセフを使者としてクエイカー邸へと送り出した。
 ところが、巨大な豪邸と無数の召使に圧倒されたヨセフは、ついつい王子の名刺を差し出してしまう。すっかり彼を王子だと勘違いしてまった召使。知らせを聞いたオッシーはすぐさま正装に着替えるのだが、なにしろ入浴&全身マッサージから始めるために時間がかかる。
 さんざんヨセフを待たせた末にお出ましなすったオッシー嬢。なんだか不細工で馬鹿みたいな顔しているわぁと思いつつも、貴族と結婚できるならまあいいか、とばかりにショッピング感覚で結婚を即決する。
 やがて華やかな結婚披露パーティが始まった。こんなご馳走を食べるのは何年ぶりだろう!と夢中になって食事にがっつくヨセフを尻目に、オッシーは招待客と一緒になってフォックストロットを踊りまくる。
 賑やかなパーティも終わり、そろそろ就寝するお時間。だが、オッシーとヨセフは別々の寝室へ。僕は君の夫だぞ!とヨセフが言ってみたものの、オッシーにとって彼は金で買った商品でしかない。
 その頃、相変わらず貧乏暮らしのヌッキ王子のもとへ、不良貴族の仲間たちが集まってきた。遊びに行こうぜ!と誘われたものの、こちらは手持ちが一銭もなし。ちょっとばかし貸してくれよ〜と頼むと、一番端っこにいた仲間が懐から札束を出してリレー式に渡してきた。その間、一枚づつ札束が減っていったのだが、王子は気付く様子もなし。とんだ友達連中である。
 さて、その翌朝。オッシーは成金娘仲間たちと慈善事業グループを作っていた。アル中患者の更正プログラムなのだが、慈善事業とは名ばかりのこと。実際は、暇つぶしに飲んだくれの貧乏人を集めては馬鹿にして楽しむという集会だ。そこへ、酔っ払って朝帰りする途中だったヌッキ王子が紛れ込んでしまう。お互いに一目見て恋に落ちたオッシーとヌッキ王子だったが・・・。

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優雅に身支度を整えるオッシー嬢

ひたすら待ち続けるヨセフ

オッシーはショッピング感覚で結婚を決めた

 こちらも、ハンス・クラリーとルビッチの名コンビが脚本を担当。痛烈で鋭いブラック・ジョークの数々は切れ味抜群で、90年以上も前の映画なのに全く古臭さを感じさせない。逆に、アメリカ人の物質主義や拝金主義、慈善事業好きというのは今も昔も大して変わってないのね、などと感心してしまう。これはもう、優れたコメディのお手本とも言うべきものだろう。
 撮影は『男に生まれたら』と同じくテオドル・シュパルクールが担当。象徴的でイマジネーション豊かなカメラワークが見応えある。また、今回の美術デザインおよびセット・デザインには、常連のクルト・リヒテルに加えてロハス・グリエゼが参加。グリエゼは巨匠F・W・ムルナウがハリウッドで撮った傑作『サンライズ』(27)でオスカー候補になった人物だ。

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結婚披露パーティの準備に忙しい召使たち

フォックストロットに熱中する招待客たち

夫とはいえ所詮は金で買った商品・・・?

 そして、我がままだけど天真爛漫で憎めないお転婆娘オッシー役を演じたオッシー・オズヴァルダ。そのはちきれんばかりに勢いのあるパワフルな演技は圧巻そのもので、凄い女優だなとただただ感心するばかり。コメディエンヌとしてのセンスも抜群だ。
 一方、王子とは名ばかりの自堕落な不良貴族ヌッキ王子役を演じているハリー・リートケも、端整な美貌を逆手に取ったダメ男ぶりが秀逸。また、その友人のヨセフ役で異彩を放つスキンヘッド俳優ユリウス・ファルケンシュテインも、出てくるだけで奇妙な存在感を醸し出して面白い。
 さらに、“だからどうした?”が口癖のクエイカー氏役には、短編コメディ時代からルビッチ作品の常連だった俳優ヴィクトル・ヤンソンが登場。また、『凱旋門』(47)や『ベルリン天使の詩』(87)など80年以上に渡って世界各国の映画に出演した名脇役クルト・ボワが、結婚披露パーティのオーケストラ指揮者役で顔を出している。

 

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