ラナ・ターナー Lana Turner

 

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 スターにスキャンダルはつきもの。いや、スキャンダルがスキャンダルとして注目されるからこそ、スターなのだろう。その点で、最近のハリウッドには本当の意味でのスターがすっかりいなくなってしまった。往年のハリウッドではスキャンダルを肥やしにして成長するような、根性の逞しい映画スターが珍しくなかったもんだ。時代が変わったといえばそれまでなのだが、その強さ逞しさこそがスターとしてのオーラへと繋がっていたようにも思う。
 そんな往年のハリウッド業界でも、ラナ・ターナーほどスキャンダルまみれのキャリアを歩んだ女優も珍しいかもしれない。結婚・離婚や恋愛ゴシップなどは序の口。世間に最もショックを与えたのは、娘チェリルがラナの愛人ジョニー・ストンパナトを刺殺するという殺人スキャンダルだ。
 しかも、この愛人というのが元マフィアのチンピラだったのだから、話は余計に面白くなる。女の盛りを過ぎた中年の映画女優と、それを食い物にする年下のチンピラ男。絵に描いたような組み合わせではないか。彼女は法廷で証言台に立ち、映画さながらに悩み苦しむ母親を大熱演。新聞では彼女ばかりでなく、様々なハリウッド・スターの不道徳な私生活をあることないこと書き立て、世間は騒然となった。
 ところが、同時期に公開された映画『青春物語』(57年)が同じようなセックス・スキャンダルを扱った作品で、ラナ自身も思春期の娘との葛藤に悩み苦しむ母親を演じていた。この奇妙な符号が逆に話題を集め、『青春物語』は空前の大ヒットを記録。スターとして下り坂だったラナ・ターナーは、この一件で見事にドル箱スターへと返り咲いたのだった。
 この驚くべき奇跡こそがスターの証。近頃ではスターにも清廉潔白が求められるようだが、申し訳ないけどそんなスターには興味がない。そもそも、映画スターがあまり立派過ぎては面白みがないではないか。
 だいたい、映画スターと映画俳優というのは人種が違う。その意味でも、ラナ・ターナーはれっきとしたスターだ。決して女優なんかではない。完璧すぎるくらいに整った美貌、妖艶でグラマラスな雰囲気。演技力なんてのは二の次だ。
 誤解のないように付け加えておくと、ラナ・ターナーは決して演技の下手っくそな大根女優ではない。かつて辛口の映画評論家ポーリン・ケイルが“ラナ・ターナーは女優ではない、商品だ”と酷評したが、彼女はあの大女優ノーマ・シアラーをも不当にこき下ろした前科者。もてない不細工女のやっかみみたいなもんだろう。とはいえ、当たらずも遠からず。ラナ・ターナーは演技の出来る女優であったが、それ以前にスターという商品でもあった。スターというものは、ただそこにいるだけでいい。観客のお目当てはスターという名の商品。そこにスキャンダルが加われば商品価値もさらに高まるというもの。まさに鬼に金棒である。
 だから、『青春物語』をきっかけに続々と作られた母ものメロドラマは、私生活のスキャンダルを切り売りするスター、ラナ・ターナーさえそこにいればそれでいいのだ。毎回同じような役柄、現実にはあり得ないような状況設定、型通りの大仰な芝居。そりゃもう突っ込みどころは満載なのだが、その陳腐さを楽しむための映画なのだから仕方あるまい。自らの存在そのものをエンターテインメントにしてこそ、本物の映画スターなのではないだろうか。だからこそ、僕はラナ・ターナーを愛してやまない。

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ラナと愛人ジョニー・ストンパナト

 1921年2月8日、ラナ・ターナーはアイダホ州のウォーレスに生まれた。本名をジュリア・ジーン・ミルドレッド・フランシス・ターナーという。父親はテネシー州出身の炭鉱夫だったが、大恐慌の際に職を失い、家族と共にサンフランシスコへと移り住んだ。
 だが、両親はすぐに離婚し、ラナは一時的に里子へと出された。この養父母というのが乱暴で、彼女は日常的に虐待されていたらしい。そして1930年の暮れ、実父がギャンブルで大儲けした帰り道に強盗に襲われて殺された。この事件がきっかけでラナは母親の元に戻され、ロサンゼルスへと移り住む。
 そんなラナが15歳になったある日、彼女が学校をサボって近所のドラッグストアでコーラを飲んでいたところを、業界紙の記者ビリー・ウィルカーソンの目に留まる。マーヴィン・ルロイ監督に紹介され、37年にワーナーと契約して映画デビュー。ルロイがMGMに移籍すると彼女もついていった。
 デビュー当初のラナは、それはそれはキレイで可愛らしい美少女だった。MGMも彼女をジョーン・クロフォードに継ぐトップ・スターに育てようと力を注いだ。劇中でよくセーターを着ていたことから“セーター・ガール”の愛称で親しまれ、戦時中にはピンナップ・ガールとしてGIたちの憧れの的に。いわゆる隣の女の子的な魅力で人気を集めたわけだ。
 そして、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(46年)の悪女役でMGMのドル箱スターとなる。だが、50年代に入ると人気も急速に衰え、彼女の主演作は客が入らなくなってしまった。MGMからは契約更新されず、20世紀フォックスを経てユニバーサルへと移る。その移籍第2弾として製作されたのが『青春物語』だった。
 『青春物語』でラナはアカデミー主演女優賞にノミネートされたが、映画そのものは批評的にも興行的にも不発。これでラナのスター生命も終わりかと思われた矢先の1958年4月4日、例の愛人刺殺事件が起きたわけだ。
 これが契機となって、『青春物語』は一発大逆転の大当たり。名匠ダグラス・サークと組んだ『悲しみは空の彼方に』(59年)やオールスター・キャストの『黒い肖像』(60年)など、ラナは立て続けに耐え忍ぶ母親役を演じることになる。とはいっても、もちろん日本の母ものメロドラマのようなぬか漬け臭いものではなく、反抗期のワガママな娘を持つセレブな御婦人という華やかな役どころばかり。その点では、MGMの先輩であるジョーン・クロフォードと似たようなキャリアを歩んだ女優と言えるかもしれない。なお、彼女の愛人ジョニー・ストンパトを殺害した娘チェリルは正当防衛で無罪になっている。
 しかし、そのスキャンダル人気も長続きせず、『母の旅路』(65年)は興行的に惨敗。70年代には『猫と血のレクイエム』(73年)のような低予算ホラーにも出演している。80年代にはテレビにも出て話題になったが、2度と映画界での名声を取り戻すことはなく、1995年6月29日に死去している。遺作は独立系の超低予算映画“Thwarted”(91年)。
 ちなみに、有名なバンド・リーダーのアーティー・ショーや富豪ボブ・トピングなど、生涯で7度の結婚・離婚を繰り返しているほか、タイロン・パワーやロバート・テイラーなど数多くの有名人と浮名を流している。

 

プロディガル
The Prodigal (1955)
日本では1955年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 Warner (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/2.0chサラウンド/音声:英語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/112分
/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
評論家D・キャスパーによる音声解説
監督:リチャード・ソープ
製作:チャールズ・シュニー
脚色:ジョー・ブリーン・ジュニア
    サミュエル・ジェームス・ラーセン
脚本:モーリス・ジム
撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ
音楽:ブロニスラウ・ケイパー
出演:ラナ・ターナー
    エドマンド・パードム
    ルイス・カルハーン
    オードリー・ダルトン
    ネヴィル・ブランド
    タイナ・エルグ
    ジョセフ・ワイズマン
    ジェームズ・ミッチェル
    ウォルター・ハンプデン
    フランシス・L・サリヴァン
    サンドラ・デシャー
    セシル・ケラウェイ

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邪教ダールの巫女サマーラ(L・ターナー)

ユダヤ人の若者マイカ(E・パーダム)

 ラナ・ターナーがMGM末期に主演したスペクタクル史劇大作。新約聖書のルカ伝第15章にある放蕩息子の物語を映画化した作品で、ラナは主人公の若者を誘惑する邪教の巫女役を演じている。血気盛んな若者が妖艶な巫女に惑わされ、財産を奪われた上に邪教の道へと引き込まれそうになるが、己の過ちに気付いて正しい信仰心を取り戻すというもの。
 ということで、一応は教訓めいた話にはなっているものの、あれだけセクシーで妖艶な巫女さんに誘惑されれば、どんな若者でも道の一つや二つ踏み外そうというもの。監督も低予算娯楽映画の巨匠リチャード・ソープということで、その辺はちゃんと心得ていらっしゃる。変に堅苦しい史劇大作などにはせず、露出度満点の衣装を身にまとったラナのお色気シーンと、巨大なセットや大量のエキストラで見せるスペクタクル・シーンに焦点を絞り、肩の凝らないエンターテインメント映画に仕上げている。
 時代考証などの細かいディテールは結構いい加減で、あくまでもB級感覚の見世物映画に徹したのは大正解だった。真面目な映画ファンからは小ばかにされそうな作品だが、とりあえずはラナ・ターナーのセクシー・ショットだけでも楽しめればオーケー。実際、そういう映画なんだし(笑)。

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マイカは奴隷アシャム(J・ミッチェル)を助ける

マイカは巫女サマーラに一目ぼれする

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町を牛耳る高僧ナヒーブ(L・カルハーン)と軍人ラーキム(N・ブランド)

マイカの許婚ルース(A・ダルトン)

 時は紀元前70年。ユダヤ人の若者マイカ(エドマンド・パードム)は裕福な豪農の家庭に生まれ育ったが、保守的で宗教心の厚い父親(ウォルター・ハンプデン)に反発し、都会へ出て自分の可能性を試そうとする。彼にはルース(オードリー・ダルトン)という可憐で美しい許婚もいたが、血気盛んな年頃の彼にはまだ結婚は早かった。
 ある日、彼は軍人ラーキム(ネヴィル・ブランド)に殺されそうになったアシャム(ジェームズ・ミッチェル)という奴隷の若者を救う。二人は身分を越えた固い友情で結ばれた。父親の反対を押し切ったマイカは、父から自分の財産の半分を受け取り、アシャムを連れてダマスカスへと向う。そこで、彼らは邪教ダールの儀式に遭遇する。マイカは儀式を司る巫女サマーラ(ラナ・ターナー)に一目で心を奪われてしまった。
 ダマスカスの町はダール教の高僧ナヒーブ(ルイス・カルハーン)が支配しており、軍人ラーキムはその右腕として市民に圧制を強いていた。マイカはお調子者の男カーミッシュ(ジョセフ・ワイズマン)の手引きで、サマーラと接触するべく宮廷へとやって来る。もちろん、ナヒーブはマイカがサマーラと親しくなることを快く思わなかったが、彼が大金を所持していると知るやいなや、サマーラを利用してその所持金を奪い取ろうと画策する。
 サマーラと相思相愛の仲になったマイカだったが、彼女は邪神崇拝に全てを捧げた身。障壁が高ければ高いほど、恋の炎も燃え上がる。だが、そのために警戒心が緩んでしまい、ミカはまんまとナヒーブの罠にかかり、ギャンブルで有り金を全て奪われてしまった。無一文となった彼は奴隷へと身を落としてしまう。マイカを救い出したいサマーラは、ユダヤ教からの改宗を勧めるのだが、マイカは踏ん切りがつかない。
 一方、サマーラの従女エリッサ(タイナ・エルグ)と愛し合うようになったアシャムは、マイカを救出するために奔走する。しかし、ナヒーブの圧制に抵抗する市民と軍隊の争いが日増しに激化する中、エリッサが戦闘に巻き込まれて死んでしまう。やがて市民の暴動は拡大し、己の愚かさに気付いたマイカも奴隷たちと共に立ち上がるのだった・・・。

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栄華を誇る大都市ダマスカス

マイカらはお調子者のカーミッシュ(J・ワイズマン)と知り合う

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サマーラとマイカはお互いに惹かれあう

神殿で行われる邪教の儀式

 ・・・とまあ、だいたいこんな感じのお話。イタリアのB級スペクタクル史劇と大差ないような脚本だが、華やかでスケールの大きな美術セットはかなり見ごたえがある。もちろん、ラナ・ターナーのスケスケ衣装も(笑)。一応、サマーラには巫女になる前に生んだ幼い娘がいて、最終的には宗教と男、娘の3者の狭間に立たされて苦悩するわけだが、ストーリー上はあまり意味がない。それでも、ラナは精一杯の大熱演を披露しているの。
 聖書の物語を脚色したのはサミュエル・ジェームズ・ラーセンと、俳優としても知られるジョー・ブリーン・ジュニアことジョセフ・ブリーン。脚本は主にテレビで活躍したモーリス・ジムが手掛けた。
 撮影を担当したのは、『フィラデルフィア物語』(40年)や『ガス燈』(44年)、『ジュリアス・シーザー』(53年)などの名カメラマン、ジョセフ・ルッテンバーグ。美術デザインには『若草物語』(49年)や『巴里のアメリカ人』(51年)などで11回のオスカー受賞経験のある大御所セドリック・ギボンズと、『雨に唄えば』(51年)や『絹の靴下』(57年)のランドール・デュエル。衣装デザインには『クォ・ヴァディス』(51年)や『ジュリアス・シーザー』のハーシェル・マッコイが参加している。

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最愛の女性エリッサ(T・エルグ)の死に直面するアシャム

サマーラは奴隷となったマイカを救おうとするのだが・・・

 ラナ扮するサマーラに誘惑される若者マイカを演じているのは、『エジプト人』(54年)や『コザック』(59年)など、当時史劇映画のスターとして引っ張りだこだったエドマンド・パードム。『エロデ王』(59年)をきっかけにイタリアへ活動の拠点を移し、その後マカロニ・ウェスタンやマフィア映画などでも活躍した俳優だ。
 史劇映画といえば、悪役ナヒーブを演じているルイス・カルハーンは、マーロン・ブランド主演の『ジュリアス・シーザー』(53年)でタイトル・ロールのジュリアス・シーザーを演じていた。『凱旋門』(48年)や『アニーよ銃をとれ』(50年)など、数多くの名作に出演している名脇役だった。
 また、ミカの許婚ルース役で強い印象を残しているオードリー・ダルトンは、当時B級映画を中心に活躍していた清純派スター。ボブ・ホープ主演の『豪傑カサノヴァ』(54年)などメジャー作品にも出演しているが、だいたいは2番手クラスの役どころが多かった。本作でも完全に色添え扱い。とても魅力的な女優だっただけに残念。
 ミュージカル映画『魅惑の巴里』(57年)で有名なフィンランド人女優タイナ・エルグがサマーラの従女エリッサ役で出演しているが、こちらも色添えといった感じの小さな役柄だった。そのほか、強烈なマスクで知られる悪役俳優ネヴィル・ブランドやミュージカル『オクラホマ!』(55年)が印象的だったダンサー出身の俳優ジェームズ・ミッチェル、デヴィッド・リーン監督の『大いなる遺産』(46年)や『オリバー・ツイスト』(48年)で知られる名優フランシス・L・サリヴァンなど渋いキャストが顔を揃えている。
 また、『007/ドクター・ノオ』(62年)のドクター・ノオ役で有名なジョセフ・ワイズマンが、お調子者のカーミッシュという軽いノリの役柄で出演しているのも意外だった。どうしても悪役俳優というイメージの強い人だが、本作では軽いように見えて実は市民解放のリーダー的存在というオイシイ役どころを演じている。

 

 

青春物語
Peyton Place (1957)

日本では1958年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2004 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語・フランス語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/156分/製作:アメリカ

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
女優T・ムーアと俳優R・タンブリンの音声解説
ニュース映像(2編)
オリジナル劇場予告編
監督:マーク・ロブソン
製作:ジェリー・ウォルド
原作:グレイス・メタリアス
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影:ウィリアム・C・メラー
音楽:フランツ・ワックスマン
出演:ラナ・ターナー
    リー・フィリップス
    ダイアン・ヴァーシ
    ロイド・ノーラン
    アーサー・ケネディ
    ラス・タンブリン
    テリー・ムーア
    ホープ・ラング
    デヴィッド・ネルソン
    バリー・コー
    ベティ・フィールド
    ミルドレッド・ダンノック
    レオン・エイムス
    ローン・グリーン

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ニュー・ハンプシャー州の風光明媚な町ペイトン・プレイス

ブティックを経営する未亡人コンスタンス(L・ターナー)

 ニュー・イングランド地方の小さな町ペイトン・プレイス(架空の場所)を舞台に、平和で理想的な日常生活の裏に隠された人間の欲望、悪意、暴力、セックスを赤裸々に描いたセンセーショナルな作品。先述したように、主演ラナ・ターナーの衝撃的なスキャンダル事件との相乗効果で、当時空前の大ヒットを記録した映画だ。
 主人公は美しい未亡人コンスタンス・マッケンジーと反抗期の娘アリソン。この2人の葛藤のドラマを中心に、レイプや中絶、嫉妬、貧困、差別、醜聞といったスキャンダラスな題材が次々と描かれていく。誰もが満ちた生活を送る美しい町。アメリカの理想郷とも言えるペイトン・プレイスだが、その表層の下ではドロドロとした人間模様が渦巻いている。それは、それまでハリウッドが、そしてアメリカ市民が見て見ないふりをしていたアメリカ社会の現実だった。
 原作は当時ニュー・イングランド地方に住む主婦だった女性グレイス・メタリアスの書いたベストセラー小説。それまでタブーとされてきた題材を真正面から描き、1956年の出版と同時に全米でセンセーションを巻き起こした。義父にレイプされて妊娠してしまう10代の少女、娘を私生児として育てる未婚のシングル・マザー、近親相姦の関係にある母子家庭の母親と息子、学校の教師と恋愛関係になる母親など、今では決して珍しくないような設定だが、当時のアメリカでは前代未聞の問題作だった。
 小説に描かれた暴力とセックスの特殊性について訊ねられた原作者グレイス・メタリアスは、当時こう答えている。“セックスも暴力も我々の日常の中にあるものよ”と。そう、こうした事件は昔からアメリカにも存在した。ただ、誰もが臭いものに蓋をするように避けて通り、都合の良いキレイごとばかりを語ってきただけだったのだ。
 その問題作を映画化したのが、『地上より永遠に』で知られる大物プロデューサー、ジェリー・ウォルド。原作のスキャンダラスな場面の幾つかはトーン・ダウンさせたものの、可能な限り忠実に脚本化した。
 当時のハリウッドではまだヘイズ・オフィスと呼ばれる検閲委員会が存在しており、メジャー・スタジオの作品は全てそこの検閲を受けなくてはならなかった。セックスや暴力などキリスト教的価値観に反する描写は全てNG。この『青春物語』についても、脚本の段階で大幅な箇所が却下されると思われた。ところが、当時既にハリウッドにおける影響力の低下が懸念されていたヘイズ・オフィスは、一部の書き換えを命じただけでゴー・サインを出す。
 そしてそれは、ハリウッド映画における“おとぎ話の時代”が終わりを告げたことを意味したのである。まさに“Wlcome To The Real World(現実世界へようこそ)”。ハリウッド映画がアメリカ社会の現実に目を向ける時代がやってきたのだ。そうした意味で、この『青春物語』は非常に画期的な映画だったといえよう。
 もちろn、そればかりではなく、映画作品としての完成度も非常に高い。ニュー・イングランドの四季折々の美しい風景を織り交ぜながら、決して過剰な演出をすることなく、人生の様々な障害に立ち向かわねばならなくなる人々の姿を描いていく。セックスも暴力も日常の中に潜んでいるもの。名匠マーク・ロブソンの眼差しは、その根底にある人間の弱さと強さ、醜さと素晴らしさの両方に向けられており、すこぶる説得力がある。ラナ・ターナーの型どおりな演技にも風格が感じられるのだから不思議だ。通俗的なメロドラマを芸術の域にまで昇華させた、稀有な名作だと思う。

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年頃の娘アリソン(D・ヴァーシ)を女手一つで育てたコンスタンス

アリソンは大人しいノーマン(R・タンブリン)に惹かれる

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卒業を控えたクラスメートたちと賑やかに騒ぐアリソン

厳格で口うるさい母コンスタンスに反抗するアリソン

 日本軍の真珠湾攻撃が勃発し、太平洋戦争が幕を開けた頃。ニュー・ハンプシャー州の、絵に描いたように風光明媚な町ペイトン・プレイス。ブティックを経営する未亡人コンスタンス・マッケンジー(ラナ・ターナー)は、年頃を迎えた一人娘アリソン(ダイアン・ヴァーシ)を女手一つで育ててきた。アリソンは町のハイスクールに通う女子高生。将来は作家を目指している繊細な少女だが、近頃ではもっぱら恋に恋するような毎日。異性に興味を持つ年頃なのだから当たり前なのだが、コンスタンスはそんな娘の行動に対して過剰なくらい口やかましかった。アリソンもそんな母親の過保護ぶりに辟易しており、近頃では言い争うことも珍しくない。
 アリソンにはセレナ(ホープ・ラング)という大親友がいる。彼女の家庭は大変貧しく、町の外れにあるおんぼろのあばら家で暮らしていた。義父ルーカス(アーサー・ケネディ)はハイスクールの清掃人をしているが、とんでもない呑んだくれの乱暴者として悪評高い。母親ネリー(ベティ・フィールド)はコンスタンスの家政婦として働いているが、夫の暴力には見てみぬふりを決め込んでいた。セレナは日常的にルーカスから性的虐待を受けていたが、黙って一人で耐え忍んでいる。
 一方、町一番の富豪であるハリントン氏(レオン・エイムス)の息子ロドニー(バリー・コー)は、クラスメートのベティ(テリー・ムーア)と交際している。だが、自由奔放で派手好きなベティは父兄からの評判が悪く、ハリントン氏はロドニーが高校を卒業したらしかるべき良家の娘と結婚させるつもりでいた。だが、ベティとの結婚や大学への進学を望むロドニーは、そんな威圧的な父親と真っ向から対立する。
 アリソンには思いを寄せるボーイフレンドがいた。大人しいクラスメートのノーマン(ラス・タンブリン)である。だが、彼を溺愛する母親の存在が大きすぎてしまい、ノーマンはアリソンの気持ちにどう応えて良いのか分からない。
 その頃、学校には新しい教師が赴任してきた。若くてハンサムなマイケル・ロッシ(リー・フィリップス)である。だが、保守的で頭の堅いPTAの父兄たちは、進歩的な若者と評判のマイケルを快く迎えようとはしなかった。そんな彼をただ一人援護するのが、人格者として信頼の厚いスウェイン医師(ノーマン・ロイド)だった。
 家庭訪問でアリソンの家を訪れたマイケルは、母親コンスタンスと知り合う。初対面からお互いに惹かれあった2人。しかし、まるでその気持ちを振り払おうとするかのように、コンスタンスはマイケルに慇懃無礼な態度をとる。だが、やがてマイケルの紳士的な実直さに、コンスタンスも態度を改めていった。父兄を招いた学校のパーティでマイケルからダンスに誘われるコンスタンス。その帰り、彼女はマイケルから愛の告白を受けるが、なぜか頑なに拒絶するのだった。
 そんなある日、湖へとデートに出かけたアリソンとノーマン。同じ頃、ロドニーとベティも湖畔で日光浴を楽しんでいた。全裸になって泳ぎだすロドニーとベティ。だが、近くを車で通りがかった中年夫婦は、その姿をアリソンとノーマンだと勘違いしてしまう。たちまち、町中に悪意ある噂が流れた。その噂を聞きつけたコンスタンスは、アリソンの言い分も聞かずに激怒する。言い争いになる2人。コンスタンスは感情が高ぶり、つい言ってはいけないことを口走ってしまう。アリソンが私生児であるということを。
 彼女の父親は死んでなどいなかった。ニューヨークで暮らしていたコンスタンスは、ある既婚者の男性と不倫の関係を持つ。その結果生まれたのがアリソンだった。子供を育てるために生まれ故郷のペイトン・プレイスへ戻ったコンスタンスだったが、田舎町では私生児だということが知れてしまったら生活していけない。そのため、彼女は夫に死に別れた未亡人という役どころを演じ続け、町の人々から悪い噂を立てられないようにと厳格で規律正しい生活を守ってきたのだ。小さな町では悪い評判が命取りになる、ということを彼女は誰よりもよく理解していたのだ。だが、まだうら若いアリソンにはその母親の気持ちが理解できず、それ以来2人は絶縁状態になってしまう。
 一方、度重なる義父の性的虐待に耐えかねたセレナは、森の中を逃げ回っているうち、石につまづいて転倒してしまった。そして、病院で彼女が妊娠していたことが分かる。流産だった。スウェイン医師はセレナの将来を考え、妊娠・流産の事実を闇に葬ることにする。
 やがてアリソンたちはハイスクールを卒業。母親とのぎくしゃくした関係を断ち切るため、アリソンはニューヨークの大学へと進学していった。第二次世界大戦は激化し、ノーマンやロドニー、セレナの恋人テッド(デヴィッド・ネルソン)らペイトン・プレイスの若者たちも出征して行く。それから程なくして、ロドニーの戦死が伝えられた。悲しみに打ちひしがれるベティに、ハリントン氏が優しく声をかける。君たちの結婚に反対した自分が間違っていた、と。
 町はクリスマス・シーンを迎え、出征していた男たちがそれぞれの家庭に戻ってきた。セレナの家も例外ではない。酔っ払って帰って来たルーカスは女性の肉体に飢えていた。幼い弟の目の前でアリソンをレイプしようとするルーカス。必至の形相のアリソンは、そばにあった野球バットでルーカスを撲殺した。その死体を空き地に埋めるセレナ。
 学校を卒業したセレナはコンスタンスのブティックで働いていた。コンスタンスは、ここ最近セレナの様子がおかしいことに気付いていた。彼女の問いかけに、思い余って義父を殺したこを告白するセレナ。驚きを隠せないコンスタンスだったが、彼女を励ましながら、警察へ自首することを勧める。
 やがて春が訪れ、アリソンは久しぶりに故郷ペイトン・プレイスへと戻ってくる。その頃、親友セレナの裁判が始まろうとしていた・・・。

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セレナ(H・ラング)は義父ルーカス(A・ケネディ)の暴力に悩む

新任の高校教師マイケル(L・フィリップス)に内心ときめくコンスタンス

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コンスタンスはマイケルに心を開くようになるのだが・・・

アリスンと口論になったコンスタンスは衝撃的な事実を告白する

 当時としてはセンセーショナルな内容の作品であったことは先にも述べたが、それでも修正を余儀なくされた箇所が幾つかある。例えば、ノーマンと過保護な母親の関係は、原作では近親相姦的なニュアンスで語られていた。しかし、映画版では単に支配欲の強い母親と気の弱い息子という関係にトーン・ダウンされている。また、映画版でセレナは石につまづいて流産したことになっているが、原作では妊娠発覚後に中絶をしている。当時のハリウッド映画で“中絶”は最大のタブーだったのだ。
 この映画版と原作小説は、キリスト教会による絵空事ばかりを信じ込まされてきた当時の一般的なアメリカ人に強い衝撃を与えたと言われている。もちろん、そんなこととっくの昔に気付いていた人も多かったろう。実際にハリウッド映画だって、30年代にキリスト教会の息のかかったヘイズ・オフィスが誕生するまでは、同性愛や婚前交渉、売春などを当たり前のこととして描く作品も少なくなかった。だが、ある時代を堺に、そうした当然の事実を公の場で語ったり表現したりするのが禁じられるようになったのである。
 原作者のグレイス・メタリアスは、そうしたアメリカ社会の偽善を糾弾したのである。しかし、そんな彼女に待ち構えていた現実は、残酷で哀しいものだった。彼女はニュー・ハンプシャー州のマンチェスターという町に住んでいたのだが、小説と映画の大ヒットによって、マンチェスターの町がペイトン・プレイスのモデルとなったのではと憶測されるようになった。町の人々は彼女の存在を疎ましく思うようになり、グレイスは日常的な嫌がらせを受けるようになる。最終的に町を追い出されるような形でボストンへと家族と共に移り住んだ彼女は、精神的なストレスからアルコール中毒に陥り、1964年に40歳という若さでこの世を去ってしまった。アメリカ社会を永い眠りから醒めさせた彼女は、同時に己にとっての“パンドラの箱”を開けてしまったのかもしれない。
 監督は『トコリの橋』(54年)や『脱走特急』(65年)、『アバランチエクスプレス』(79年)などの戦争アクションで有名な名匠マーク・ロブソン。その一方で、『愚かなり我が心』(50年)や『哀愁の花びら』(67年)といったメロドラマの傑作もモノにしている人物だ。
 脚色を手掛けたジョン・マイケル・ヘイズは、『泥棒成金』(54年)や『裏窓』(54年)、『知りすぎていた男』(56年)などヒッチコック作品で有名な名脚本家。叙情感溢れる素晴らしい映像をカメラに収めた撮影監督ウィリアム・C・メイラーも、『陽のあたる場所』(51年)と『アンネの日記』(59年)でオスカーを受賞し、『ジャイアンツ』(56年)や『昼下がりの情事』(57年)、『ステート・フェア』(60年)などの名作を手掛けた名カメラマンだ。

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本作でアカデミー主演女優賞にノミネートされたラナ・ターナー

薄幸の美少女セレナを大熱演するホープ・ラング

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町の人々を見守るスウェイン医師役のノーマン・ロイド

保守的で頭の堅いハリントン氏を演じるレオン・エイムス

 ラナ・ターナー扮するコンスタンスの娘アリソンを演じたダイアン・ヴァーシは、当時オーディションで300人の中から選ばれたまるっきりの新人だった。どこにでもいる平凡で親しみやすい女の子といった感じだが、共演のラス・タンブリンによると素顔もおよそハリウッド人種とはかけ離れた素朴な女優だったらしい。本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされたが、その後は残念ながら大成せず、地味な脇役女優として活動。後年は健康状態にも恵まれず、1992年に54歳の若さでこの世を去った。
 そして、本作はコンスタンスとアリソンを取り巻く人々を演じる、脇役のキャストが実に素晴らしい仕事をしている。まず、一番印象的なのが、レイプ・流産・殺人と次々不幸な目に遭う少女セレナ役を演じているホープ・ラング。どちらかというと清楚で可憐な美少女を演じることの多い女優さんで、その品の良さゆえに若手ホープと期待されながらも大成しなかった人だが、本作では体当たりの汚れ役を大熱演している。
 一方、その義父で暴力的な男ルーカスを演じるアーサー・ケネディも強烈だった。アーサー・ケネディといえば刑事やマフィアなどのタフな役どころを演じる俳優と言うイメージが強いが、本作では嫌われ者のホワイト・トラッシュという非常に珍しい役どころ。最初はパッと見で彼だと気付かないくらい、役に入り込んだ渾身の演技を見せてくれている。
 さらに、クライマックスで見せ場をさらっていくのがベテラン名優ロイド・ノーラン。ペイトン・プレイスの人々を暖かい眼差しで見守ってきた町医者スウェイン役で、本作でいえば人間の良心と寛容を象徴するような役どころ。自らの職務をかけて、古い保守的な考えを改めようと人々に訴えるラスト・シーンは大変な名演だった。ノーランは戦前からハードボイルド映画のヒーローとして活躍したスター。ウディ・アレンの『ハンナとその姉妹』(86年)に出ていたのを記憶している映画ファンも多いだろう。
 また、家柄や評判ばかりを気にする富豪ハリントン氏を演じているレオン・エイムス。エイムスといえば『若草の頃』(44年)と『若草物語』(49年)で心優しい父親を演じた名優。古き良き時代の父親像を象徴するような彼に、古くて保守的な価値観の権化であるハリントン氏を演じさせるというのも、なかなか気の利いたキャスティングではないか。彼も晩年、『ペギー・スーの結婚』(86年)でキャサリン・ターナーの祖父役を演じていた。
 そのほか、アリソンの奥手な恋人ノーマン役を『ウェストサイド物語』(61年)や『ツイン・ピークス』(90年)で有名なラス・タンブリンが、大人たちから偏った目で見られている少女ベティ役を『猿人ジョー・ヤング』(49年)のヒロイン役で有名なテリー・ムーアが、セレナの恋人テッド役を当時の国民的TVドラマ“Adventures of Ozzie and Harriet”で人気だったデヴィッド・ネルソンが演じている。
 片や、大人のほうのキャスティングに目を向けると、コンスタンスと恋に落ちる高校教師マイケルを演じるリー・フィリップスはブロードウェイのトップ・スターだった俳優で、これが映画初出演。しかし、ハリウッドでは芽が出ず、その後テレビ映画の監督へと転身している。そのほか、ハイスクールを辞めるベテラン女教師役で名脇役女優ミルドレッド・ダンノックが、裁判シーンの検事役で往年の人気TVドラマ『ボナンザ』の主演で有名な名優ローン・グリーンが顔を出している。

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DVD特典でインタビューに応えるホープ・ラング

DVD特典でインタビューに応えるラス・タンブリン

 なお、本作はアカデミー賞の9部門にノミネートされたが、残念ながら1部門も受賞できずに終わっている。

 

 

悲しみは空の彼方に
Imitation of Life (1959)

日本では1959年劇場公開
VHSは日本未発売・DVDは日本発売済

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(P)2002 Universal (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語・スペイン語・フランス語/字幕;英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/125分/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:ダグラス・サーク
製作:ロス・ハンター
原作:ファニー・ハースト
脚本:エレノア・グリフィン
    アラン・スコット
撮影:ラッセル・メティ
音楽:フランク・スキナー
出演:ラナ・ターナー
    ジョン・ギャヴィン
    フアニタ・ムーア
    サンドラ・ディー
    ダン・オハーリヒー
    スーザン・コナー
    ロバート・アルダ
    マヘリア・ジャクソン
    カリン・ディッカー
    テリー・バーナム
    アン・ロビンソン
    トロイ・ドナヒュー
    サンドラ・グールド

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舞台女優を志す未亡人ローラ(L・ターナー)

夫に捨てられた不幸な女性アニー(J・ムーア)

 『青春物語』と並んで、ラナ・ターナーの代表作と呼ぶべき傑作メロドラマ。かつてクローデット・コルベール主演で映画化されたファニー・ハーストの小説を、メロドラマの巨匠ダグラス・サークが再映画化した作品だ。
 ラナが演じるのは舞台女優を目指す貧しい未亡人ローラ。女手ひとつで幼い娘を育てている。そんな彼女はある日、同じく貧しい黒人女性アニーと親しくなる。このアニーも同じような年頃の娘を一人で育てている。2人は意気投合して共同生活を送るようになり、協力し合って娘たちを育てる。
 やがてローラは女優として大成功し、アニーはそのメイドに。豊かで華やかな生活を送るようになった彼らだが、反抗期を迎えた娘たちの“親の心子知らず”な態度に悩まされるようになる、というわけだ。ローラの娘は母親の恋人に恋をし、母親に嫉妬する。フアニタの娘は白人との混血で肌が白く、黒人である母親を疎ましく思うようになる。2人の母親は日々の生活に追われて見過ごしていた娘たちの内面を知り、大人への階段を上る彼女たちの成長を前にして戸惑い悩むのである。
 片や若くないがために仕事に恵まれず、美しすぎるがゆえに男性に翻弄される女性。そして、もう一人は肌の色が黒いというだけで貧困に苦しみ、あまつさえ娘からも背を向けられてしまう女性。60年代に花ひらくフェミニズムや公民権運動を予感させる物語だが、そこはハリウッド・メロドラマの巨匠ダグラス・サークの演出。社会派的なリアリズムは極力抑えられ、カラフルでスタイリッシュで美しいハリウッド王道のメロドラマに仕上がっている。

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海岸で知り合ったローラとアニーは意気投合する

貧しくも楽しい4人の共同生活

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ローラはカメラマンのスティーヴ(J・ギャヴィン)と惹かれあう

エージェントのルーミス(R・アルダ)に肉体を求められるローラ

 海水浴客で賑わう真夏のビーチ。美しい中年女性ローラ(ラナ・ターナー)は、幼い娘スージー(テリー・バーナム)を見失ってしまった。声をかけたカメラマンのスティーヴ(ジョン・ギャヴィン)と共にスージーを探していたローラは、黒人女性アニー(フアニタ・ムーア)とその娘サラ・ジェーン(カリン・ディッカー)と遊んでいるスージーを発見する。アニーは白人男性に捨てられた不幸な身の上で、その男性との間に出来たのが肌の白い娘サラ・ジェーンだった。
 心優しいアニーと意気投合したローラは、泊まるところのないという二人を自宅に招く。ローラは夫に先立たれた未亡人で、若い頃からの夢だった舞台女優を目指して苦労していた。それを知ったアニーは、自分たち親子を一緒に住まわせてくれないかと頼み出る。スージーとサラ・ジェーンの面倒はアニーが見る。そうすれば、ローラは安心して舞台女優を目指すことが出来る。ローラはアニーの申し出に甘えることにした。
 やがて、ビーチで知り合ったスティーヴもたびたび顔を見せるようになり、貧しくも楽しい生活が始まった。だが、スージーと同じ学校に入学したサラ・ジェーンは、友達の前で母親アニーと遭おうとしなかった。彼女は黒人である母親のことを恥じていたのだ。美しいブロンドのローラに憧れ、自分は母親とは違う白人だと言い張るサラ・ジェーンに、アニーとローラは心を痛めた。
 さて、舞台女優を目指して仕事を探すローラだったが、既に若いとはいえない彼女にはなかなか良い役がない。やっとの思いでエージェントのルーミス(ロバート・アルダ)と面会することに成功し、食事にも誘われるが、彼の目的が自分の体であると知って深く傷つく。だが、その数日後、ルーミスが舞台の仕事を紹介してきた。
 初めての大きな舞台に緊張するローラ。脚本家のエドワーズ(ダン・オハーリヒー)はそんな彼女に厳しく接するが、密かに彼女の美しさに惹かれていた。やがて幕を開けた舞台は大成功し、ローラは一躍脚光を浴びる。そんな彼女に言い寄るエドワーズ。ローラはスティーヴンと密かに愛し合っていたが、女優として成功するためにエドワーズとの関係を断ち切る。
 それから10年後。ローラはブロードウェイの大女優となり、豪邸で優雅な生活を送っていた。アニーは彼女のメイドとして働いている。娘スージー(サンドラ・ディー)は感受性の豊かな美しい娘へと成長した。一方、サラ・ジェーン(スーザン・コナー)は気性の激しい娘となり、反抗的な態度でアニーを悩ませていた。
 そんなある日、ローラは偶然スティーヴと再会する。2人の関係は再び急速に燃え上がっていった。やがて、イタリア映画への出演を決めたローラは、留守中にスージーの面倒を見てほしいとスティーヴに頼む。しばしスティーヴと2人だけの時間を過ごしたスージーは、彼に対して淡い片思いをするようになった。
 一方、自分を白人だと偽って生活をしていたサラ・ジェーンは、母親が黒人であるという事を知った恋人(トロイ・ドナヒュー)に壮絶な暴行を受ける。汚らわしい黒人の娘。長年恐れていた差別が現実のものになったのだ。やがて、周囲に隠れてナイトクラブのダンサーとして働くようになったサラ・ジェーン。だが、それを知ったアニーがナイトクラブに現れ、母親が黒人だとばれたことから、彼女は店をクビになってしまった。サラ・ジェーンは己の劣等感を母親への憎しみにすり替え、激しい怒りをぶつける。そして、彼女は家を出てしまった。
 イタリアから戻ったローラは、スティーヴに頼んで私立探偵にサラ・ジェーンの行方を捜させた。すると、カリフォルニアで偽名を使ってダンサーをしているということが分かる。娘恋しさからカリフォルニアへ向うアニー。彼女は娘を気遣って他人のふりをする。その弱々しい姿にサラ・ジェーンは初めて涙を見せる。そして、自分のことは忘れてほしいと懇願するのだった。愛する娘の気持ちを察したアニーは、楽屋に入ってきた踊子(アニー・ロビンソン)に乳母のふりをする。そして、控えめに別れを告げて去っていく彼女の寂しげな後姿に、サラ・ジェーンはいつまでも号泣するのだった。
 カリフォルニアから戻ったアニーは生きる気力を失い、病の床に伏せてしまう。一方、ローラはスティーヴと正式に婚約した。だが、それを知ったスージーは母親への敵意をむき出しにする。その時初めて、ローラは母親の成功の陰で寂しい思いをしていた娘の胸の内を知ることになるのだが・・・。

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辛い現実に慰めあうローラとアニー

サラ・ジェーンは母親が黒人であることを恥じていた

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脚本家エドワーズ(D・オハーリヒー)に誘惑されるローラ

10年後、ローラは押しも押されぬ舞台の大女優に

 見事なまでのメロドラマ。見事なまでのスター映画。貧しいときも、豊かなときも、ラナ・ターナーは眩いばかりのライトに照らされて神々しく輝く。その型どおりの大袈裟な演技すらも、様式美として溶け込んでしまうグラマラスな映像絵巻。これこそが、往年のハリウッド映画の有無を言わせぬパワーと魅力なのだろう。
 その一方で、本作がユニークなのは、サブ・ストーリーであるはずのアニーとサラ・ジェーンの物語にかなりの時間を割いているという点だ。34年の映画化ではあくまでも主人公とその娘のドラマがメインで、黒人メイドとその娘の物語は控えめな扱いだった。
 さらに言うならば、原作でも34年版でもヒロインは女優ではなく貧しいメイプル・シロップ売り。料理上手な黒人メイドの作ったワッフルを売り出したところ大当たりし、ビジネス・ウーマンとして成功する。要は白人の成功の陰で貢献する控えめな黒人という図式だったわけだ。だが、やはり映画というのは時代を映し出す鏡。原作のストーリーが時代遅れと感じたダグラス・サークと脚本家は、公民権の意識が高まり始めた時代の空気を読み、お互いが自分の能力を生かして助け合う女性同士の人種を超えた友情へと物語を進化させた。
 ダグラス・サークはドイツ出身のオランダ人監督で、ナチの台頭から逃れてハリウッドにやって来た。『風と共に散る』(56年)や『間奏曲』(57年)などのメロドラマでヒットを放ったが、批評家からは過小評価され続けた監督だ。本作も公開当時はユニバーサル映画の興行記録を繰り替えるほどの大ヒットだったにも関わらず、批評家受けは散々。これを最後にサーク派映画界を引退した。しかし、70年代に入ってヨーロッパの批評家を中心に再評価熱が高まると、本作は彼の代表作のひとつとして高い評価を受けるようになった。評価というのは短い時間で区切ると大変な浮気性だが、長い目で見れば結果的に不思議と公平だったりする厄介な代物だ。
 脚本を手掛けたのは、『トップ・ハット』(35年)や『有頂天時代』(36年)などアステア&ロジャースのミュージカル映画で有名なアラン・スコット(エイドリアン・スコット監督の兄)と、『少年の町』(38年)でオスカーを受賞したエレノア・グリフィン。ちなみに、アラン・スコットのことを、『赤い影』(73年)などを手掛けた同姓同名のイギリス人脚本家と混同している資料もあるのでご注意を。
 撮影のラッセル・メティは『スパルタカス』(60年)でオスカーを受賞し、『赤ちゃん教育』(38年)や『荒馬と女』(61年)、『モダン・ミリー』(66年)などを手掛けた大御所カメラマン。サーク監督とも『風と共に散る』(56年)など幾つもの作品で組んでいる。オープニングの、宝石が雪の結晶みたいに舞い降りてゆく美しいタイトルバックは絶品だ。
 製作のロス・ハンターはドリス・デイやジュリー・アンドリュース主演の華やかなライト・コメディやメロドラマを得意とした、いかにもハリウッド的な映画プロデューサーとして有名な人物。オール・スター・パニック映画ブームの先駆けとなった『大空港』(70年)のプロデューサーでもあった。
 そして、大女優となったローラの着るゴージャスな衣装を手掛けたのは、やはり『スパルカタス』(60年)でオスカーを受賞したデザイナー、ビル・トーマス。本作はラナ・ターナーの衣装だけで100万ドルという、当時としては映画史上最高額の予算が注ぎ込まれている。

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スージー(S・ディー)は感受性豊かな娘に成長した

劣等感から反抗的な態度をとるサラ・ジェーン(S・コナー)

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ローラは初めてスージーの孤独な胸中を知る

『奥様は魔女』のサンドラ・グールドが秘書役で顔を出す

 ローラの娘スージーの成長した姿を演じるのはサンドラ・ディー。青春映画『避暑地の出来事』(59年)で一躍トップ・アイドルになったスターで、翌年の『黒い肖像』(60年)ではラナ・ターナーの義理の娘役を演じている。キュートな愛らしさは今見ても十分に魅力的で、『タミーとドクター』(63年)など“タミー・シリーズ”のヒロイン役も最高に可愛い。ただ、やはり青春アイドルの宿命か、大人の女優への脱皮に失敗して消えてしまったのは仕方あるまい。
 耐え忍ぶ黒人の母アニー役を演じたフアニタ・ムーアは40年代から活躍する脇役女優で、本作が初めての大役。その後も息の長い女優人生を歩み、ブルース・ウィリス主演の『キッド』(00年)にもお婆ちゃん役で顔を出していた。
 その娘サラ・ジェーン役のスーザン・コナーは当時脚光を浴びていた女優で、フランク・ボーゼージ監督の『聖なる漁夫』(59年)ではヒロインも務めたが、早くに結婚して映画界を引退した。大ヒットした『アメリカン・パイ』シリーズの監督・製作コンビ、ポール&クリス・ワイツ兄弟は彼女の息子たちだ。
 ローラと恋に落ちるスティーヴ役を演じているのは、“第2のロック・ハドソン”として当時売り出し中だった2枚目スター、ジョン・ギャヴィン。『スパルタカス』(60年)のジュリアス・シーザー役も印象深い俳優だ。結局トップ・スターにはなれず、その後政治家に転身して駐メキシコ大使を務めている。
 そのほか、名優アラン・アルダの父親で名作『アメリカ交響楽』(45年)のガーシュウィン役で知られるロバート・アルダがエージェントのルーミス役を、『ロボコップ』シリーズの会長役でもお馴染みの大御所俳優ダン・オハーリヒーが脚本家エドワーズ役を演じている。
 また、『宇宙戦争』(53年)のヒロイン役で有名な女優アン・ロビンソンが踊子役で、日本でも絶大な人気を誇った青春スターのトロイ・ドナヒューがサラ・ジェーンの暴力的な恋人役で、そしてTVドラマ『奥様は魔女』のクラヴィッツさん役でお馴染みのサンドラ・グールドがルーミスの秘書役でチラリと顔を出しているのも古い洋画ファンには嬉しいだろう。
 ちなみに、フアニタ・ムーアとスーザン・コナーの2人が本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされたが、両者共に受賞は逃している。ただし、スーザン・コナーはゴールデン・グローブの助演女優賞を獲得した。

 

 

黒い肖像
Portrait in Black (1960)

日本では1960年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2008 Universal (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤2枚組)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/製作:アメリカ
※『母の旅路』とカップリング

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:マイケル・ゴードン
製作:ロス・ハンター
脚本:アイヴァン・ゴフ
    ベン・ロバーツ
撮影:ラッセル・メティ
音楽:フランク・スキナー
出演:ラナ・ターナー
    アンソニー・クィン
    サンドラ・ディー
    ジョン・サクソン
    ロイド・ノーラン
    リチャード・ベイスハート
    レイ・ウォルストン
    ヴァージニア・グレイ
    アンナ・メイ・ウォン
    デニス・コーラー

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美しき人妻シーラ(L・ターナー)

夫マシュー(L・ノーラン)は横暴で嫉妬深い男

 女王ラナ・ターナー以下、オール・スター・キャストを揃えたサスペンス・メロドラマ。サスペンスとしても、メロドラマとしても正直なところ及第点。クライマックスのとんでもなく身勝手な種明かしと、やけっぱちとしか思えない結末には呆れてビックリを通り越して笑ってしまった。
 でも、スターの顔見せを楽しむプログラム・ピクチャーとしては一級品。隅から墨までコッテコテのスター映画であり、紛れもないハリウッド映画。スリルやサスペンス、謎解きなんぞは二の次で結構。暴君である夫の激しい嫉妬や義理の娘との不和に苦しむマダムを演じるラナ・ターナーの過剰なまでのゴージャス感や華やかな衣装、舞台となる豪邸の壮麗な美術セットや色彩豊かなカラー映像を存分に楽しむべし。

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密かに愛し合うシーラとリヴェラ医師(A・クィン)

2人はマシューの毒殺を実行に移す

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マシューの死因を疑うものは誰もいなかった

匿名の脅迫文に怯えるシーラとリヴェラ医師

 サンフランシスコの高級住宅街でも一際目立つ豪邸。そこに住む美しい人妻シーラ(ラナ・ターナー)は、なに不自由ない生活を送る幸福な上流階級夫人のように見える。しかし、彼女は日常的に夫から理不尽な扱いを受け、息の詰まるような生活を送っていた。
彼女の夫マシュー・S・キャボット(ロイド・ノーラン)はサンフランシスコ近辺を牛耳る漁業会社の社長で、暴君として悪名高い人物だった。不治の病に冒されて寝たきりの生活を送る彼は、その不満を美しすぎる妻への猛烈な嫉妬で解消しているかのようだった。シーラは24時間監視されており、一人で外出することもままならない。
 また、キャボット家にはマシューが前妻との間にもうけた娘キャシー(サンドラ・ディー)がいる。年頃の彼女は継母であるシーラになかなか心を開いてくれず、それもシーラにとって悩みの種だった。彼女にとって家庭内で唯一の慰めは、幼い息子ピーター(デニス・コーラー)の存在だ。
 さて、夫マシューの治療を担当しているのがリヴェラ医師(アンソニー・クィン)。実は、シーラとリヴェラ医師は密かに不倫の関係を続けていた。買い物と偽ってデパートへ行っては、監視役の運転手コッブ(レイ・ウォルストン)の目をごまかし、タクシーを拾ってリヴェラ医師の自宅で密会する2人。
 ところが、ある日リヴェラ医師がヨーロッパへ転勤することになってしまった。もう遭えなくなってしまう。一度は駆け落ちを考えたが、2人の関係をマシューに知れれば、彼はあらゆる手段を使ってリヴェラ医師のキャリアを踏みにじるだろう。思い余った2人は、共謀してマシューを毒殺することにした。それが唯一の解決策だったのだ。
 かくして、夫マシューの毒殺計画は遂行された。余命いくばくもないと診断されていただけに、誰もその死因に疑問を抱くものはいなかった。だが、罪の意識に苛まれたシーラは、頻繁に取り乱して奇行を繰り返し、リヴェラ医師を困らせる。
 一方、マシュー亡き後の漁業会社を引き継いだのは野心的で冷酷な右腕ハワード・メイソン(リチャード・ベイスハート)。メイソンは以前からシーラに下心を持っており、自分と再婚するよう執拗に迫っていた。さらに、彼はキャシーにも目をつけている様子だ。
 そのキャシーは船乗りの若者ブレイク・リチャーズ(ジョン・サクソン)と交際していた。マシューは生前、ブレイクが自分の船を持って独立することに同意していたが、あとを継いだメイソンは知らぬ存ぜぬの一点張り。独立してキャシーと結婚するつもりだったブレイクも引き下がらず、2人は激しい口論となった。その様子を見て複雑な面持ちだったのが、マシューの秘書だったリー女史(ヴァージニア・グレイ)。彼女は秘密裏にブレイクとキャシーの2人と面会し、ブレイクの独立を認めた書類をメイソンが焼却処分してしまったことを告げた上で、メイソンの不正行為の証拠となる社内文書を手渡した。
 情緒不安定だったシーラがようやく落ち着きを取り戻した頃、彼女のもとに匿名の手紙が届く。それは脅迫状だった。誰かがマシュー病死の真相を知っているのだ。いったい誰が?それも何のために脅迫状を?こうなると、周りの誰もが怪しく思えてくる。やたらと家の中を詮索する運転手コッブ、無愛想で何を考えているのか分からないメイドのタウニー(アンナ・メイ・ウォン)、シーラのことを疎ましく思っているキャシー、そして再婚を執拗に迫るメイソン。
 やがて、2人はメイソンが一番怪しいという結論に至る。確たる証拠はなかったが、放っておけば2人に幸せは来ない。つまり、殺すしかないのだ。コッブとタウニーに休暇を取らせ、メイソンを自宅へ招いたシーラ。その帰り道にリヴェラ医師がメイソンを射殺する手はずだったが、銃弾が逸れてしまった。警察へ通報するために戻ってきたメイソンは、シーラの不自然な行動に気付いた。自分ははめられたのだ。激怒してシーラに襲いかかるメイソンをリヴェラ医師が射殺し、車ごと崖から突き落とした。
 メイソン殺害の容疑者としてブレイクが事情聴取を受けた。独立を巡って激しい口論をしていたからだ。彼を心配するキャシーだったが、事件当日に家で銃声を聞いたというピーターの言葉が引っかかる。しかも、タウニーは当日シーラから休暇を貰っていた。キャシーはシーラを疑惑の目で見るようになる。そして、そのシーラのもとに再び脅迫状が。謎の脅迫者はメイソンではなかったのだ・・・。

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マシューの秘書リー女史(V・グレイ)は会社の秘密を握っている

屋敷内を詮索する運転手コッブ(R・ウォルストン)

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無愛想な中国人のメイド、タウニー(A・メイ・ウォン)

メイソン(R・ベイスハート)の殺害を企てるシーラたちだったが

 まず物語の発端となる夫殺しの動機に説得力がない。シーラとリヴェラ医師は自分たちが結ばれるためにマシューを殺したわけだが、どのみち彼は余命いくばくもなかったはずだ。つまり、ほとぼりが醒めるまでお互いに連絡を取らないようにするのであれば、夫が死ぬのを待ってからヨーロッパで合流したとしても同じこと。そもそも、よくよく考えれば殺す必要なんかなかったわけで、この人たちの愚かさと身勝手さばかりが目だってしまい、犯行がばれようがばれまいがどうにでもよく感じられてしまうのだ。
 しかも、このシーラという人がまた困りもの。情緒不安定になるのはいいのだが、なにかにつけて泣く、わめく、怯えるといった調子で、私が殺しました〜!と言わんばかりに目立ってしまう。だいたい、あれだけとっかえひっかえ高価なドレスや宝石をジャラジャラと身に着けて、密かに耐え忍ぶ人妻というのも説得力がなかろうに。
 と、突っ込みどころは実に満載なわけだが、それを言うのは野暮というもの。これは、ハリウッド・スター、ラナ・ターナーのゴージャスな美しさとナルシスティックな演技、そして華やかな衣装の数々を楽しむための娯楽映画。ストーリーが荒唐無稽であればあるほど面白い。それがスター映画の醍醐味というもんだろう。
 監督は名作『シラノ・ド・ベルジュラク』(50年)で主演のホセ・ファーラーにオスカーをもたらしたマイケル・ゴードン。ドリス・デイとロック・ハドソンの『夜を楽しく』(59年)やキム・ノヴァクの『プレイボーイ』(62年)など、カラフルでお洒落なライト・コメディを得意とした監督だ。本作でも豊かな色彩を象徴的に使った画作りがとても印象的で、脚本の拙さをビジュアルの美しさでかなり補っている。
 で、その脚本なのだが、もともとはアイヴァン・ゴッフの手掛けた舞台劇がオリジナルで、そのゴッフ自身と盟友ベン・ロバーツの2人が脚色している。2人はラオール・ウォルシュ監督によるギャング映画の傑作『白熱』(49年)や、ロン・チェイニーの伝記映画『千の仮面を持つ男』(57年)などで知られる脚本家コンビで、あの人気TVシリーズ『チャーリーズ・エンジェル』を手掛けたことでも有名だ。
 そのほか、撮影監督は『悲しみは空の彼方に』でもラナを撮った大御所ラッセル・メティ。ゴージャスで美しいセット装飾を手掛けたのは『スパルタカス』(60年)でオスカーを受賞したジュリア・ヘロン。そして、ラナ・ターナーの華麗な衣装の数々をデザインしたのは、『純金のキャデラック』(56年)でオスカーを受賞し、リタ・ヘイワースやマレーネ・ディートリッヒのお気に入りデザイナーだったことでも有名なフランス人、ジャン・ルイ。

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メイソン殺害の容疑をかけられるブレイク(J・サクソン)

キャシー(S・ディー)はシーラに疑いの目を向ける

 そして、本作はラン・ターナーを取り巻く豪華キャストの顔ぶれも楽しい。不倫相手のリヴェラ医師を演じるのは大スター、アンソニー・クィン。“メキシコの種馬”と呼ばれたくらいのマッチョ俳優だったわけだが、本作のようなインテリ役は比較的珍しいかもしれない。あくまでもラナ・ターナーの引き立て役に徹しており、いつものエネルギッシュ過ぎる演技も今回は控えめ。
 で、『悲しみは空の彼方に』でラナの娘役を演じたサンドラ・ディーが、今回は彼女をあまり快く思っていない義理の娘キャシーとして登場。継母に対して素直に心を開くことの出来ないキャシーの繊細さを、とても素直に演じている。やはり、この頃のサンドラは抜群にカワイイ。
 そして、『青春物語』で人格者のスウェイン医師を演じていた名優ロイド・ノーランが、今回はそれと正反対の横暴な会社社長マシュー・S・キャボット役。もともと温厚そうな顔をしている人だけれど、それが悪役を演じると妙な説得力がある。で、本作みたいに後から実はそんな悪い人でもなかったってことが分かると、それもまた納得できる。これは絶妙なキャスティング。
 キャシーの恋人ブレイクを演じているのは、当時若手2枚目スターとして売り出し中だったジョン・サクソン。サクソンといえば『燃えよドラゴン』(73年)の諜報員とか、『エルム街の悪夢』(85年)のお父さんとか、アクション映画やホラー映画の個性的な脇役というイメージが強いが、当時はバリバリの2枚目だった。ただ、老けるのが早かったせいもあって、すぐにバイプレイヤー的ポジションに落ち着いたのだけれど。
 そして、マシューの後釜に座る野心的な男メイソンを演じているのが、フェリーニの『道』(54年)と『崖』(55年)や、『夜歩く男』(48年)などフィルム・ノワールの名作で人気を集めたスター、リチャード・ベイスハート。彼も普段は善良で温厚なヒーローを演じることが多い人なので、本作のような悪役は逆に不気味な怖さを感じさせて秀逸。
 そのほか、『くたばれ!ヤンキース』(58年)や『スティング』(73年)、『ポップコーン』(91年)で有名な名コメディアン、レイ・ウォルストンが運転手コッブ役。そういえば、彼は『プレイベート・スクール』(83年)でも運転手役だったっけ。で、マシューの秘書だった地味な女性リー女史を演じているのは、『マルクス兄弟デパート騒動』(41年)など2番手クラスの美人女優だったヴァージニア・グレイ。そして、キャボット家のちょっと不気味なメイドを演じているのが、ハリウッドで最初のアジア系スター女優アンナ・メイ・ウォン。これが最後の映画出演作となった。

 

 

母の旅路
Madame X (1966)

日本では1966年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2008 Universal (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/100分/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:デヴィッド・ローウェル・リッチ
製作:ロス・ハンター
原作:アレクサンドル・ビション
脚本:ジーン・ハロウェイ
撮影:ラッセル・メティ
音楽:フランク・スキナー
出演:ラナ・ターナー
    ジョン・フォーサイス
    リカルド・モンタルバン
    バージェス・メレディス
    コンスタンス・ベネット
    ケア・デュリア
    ジョン・ヴァン・ドリーレン
    ヴァージニア・グレイ
    ウォーレン・スティーヴンス

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幸福な家庭を築いたクレイン(J・フォサーイス)とホリー(L・ターナー)

ホリーの人生に暗い影を投げかける姑エステル(C ・ベネット)

 ラナ・ターナーが殺人犯へと堕ちて行く上流階級夫人を大熱演したソープ・ドラマ。そう、メロドラマというよりもソープ・ドラマ。数奇な運命と呼ぶには荒唐無稽が過ぎるストーリー展開、これ見よがしで大袈裟なメロドラマ演出、リアリズムのかけらもない“ザ・ハリウッド映画”だ。
 原作は戦前にヒットしたフランスの舞台劇で、これが3度目の映画化。恐らく、当時としても古臭い内容の作品だったのではないだろうか。この数年後にはアメリカン・ニューシネマが台頭し、こうした類の大仰なお涙頂戴映画はすっかり衰退してしまった。
 愛する息子のために自分の素性を隠し通す母親と、運命の悪戯でその母を弁護することになった息子。耐え忍ぶ母性愛を演じるラナ・ターナーの演技はまさにナルシズムの極みだろう。でも、この作品はそれでいい。なんてったって、ラナ・ターナーを見るためのスター映画なのだから。ひとまず、このキッチュでキャンプな面白さを一度味わってもらいたい。

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夫が不在がちで寂しさを募らせるホリー

ホリーはプレイボーイのフィル(R・モンタルバン)に惹かれる

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誤ってフィルを殺してしまうホリー

最愛の家族のためにホリーは姿を消すことを決意

 政治家クレイトン・アンダーソン(ジョン・フォーサイス)と再婚した女性ホリー(ラナ・ターナー)。夫の実家は由緒正しい名家だった。その豪邸に到着した彼女を迎えたのは、社交界の花形でもある姑エステル(コンスタンス・ベネット)。かわいい息子にも恵まれ、ホリーの結婚生活は幸福そのものだった。
 しかし、やがて夫の政治活動が忙しくなり、長期出張が増えていく。ホリーは寂しさを募らせるようになった。そんな折、友人のミムジー(ヴァージニア・グレイ)に招待されたパーティーで、ホリーはフィル・ベントン(リカルド・モンタルバン)という名うてのプレイボーイと知り合う。その夜から、2人は不倫の関係を持つように。人目を忍んで逢瀬を重ねる2人だったが、姑エステルはそのことに気付いている様子だった。
 やがて、夫クレイトンの栄転が決まり、家族揃ってニューヨークへ移り住むこととなった。これで出張ばかりの生活も終わる。ホリーは改めて夫への愛を確信し、フィルとの関係を清算しようとした。ところが、憤慨するフィルともみ合いになり、誤って彼を階段から突き落としてしまう。フィルは即死だった。
 パニック状態で帰宅したホリーを待っていたのは姑エステル。彼女は私立探偵を雇ってホリーの一挙一動を監視していた。事故のことも既に探偵から報告を受けており、証拠隠滅も手配済みだという。エステルはホリーをアンダーソン家に相応しくない女性だと糾弾し、夫クレイトンのキャリアや息子の将来のためにも家を出てゆくように冷たく言い放つ。さもなくば、警察に通報すると。己の過ちを悔い、泣きながら許しを求めるホリーだったが、エステルは食い下がらなかった。
 エステルは用意周到だった。偽名のパスポートとスイスへの航空券をホリーに渡し、2度と家族の前に姿を現さないことを誓わせる。生活費は定期的に銀行の指定口座に振り込まれるという。空港へ向う彼女の手に握られた新聞には、政界名士の妻ホリー・アンダーソンの事故死が報じられていた。
 スイスで新たな生活を始めたホリーだったが、夫や息子への恋しさは募るばかり。息子の名を呼びながら狂ったように街中を彷徨うのだった。やがて、疲れ果てて道端に倒れこむホリー。そんな彼女を救ってくれたのがクリスチャン(ジョン・ヴァン・ドリーレン)という高名な音楽家だった。クリスチャンの献身的な介護で健康を取り戻すホリー。しかし、彼のプロポーズを素直に受け入れることが出来ず、置手紙を残したまま姿を消してしまった。
 その後、ヨーロッパ各地を放浪したホリーは、寂しさを紛らわせるために男とアルコールに溺れていく。それから20年後、ホリーはメキシコのうらぶれた安宿で荒れた生活を送っていた。近頃では仕送りも途絶え気味で、宿賃にも事欠くような有様。かつての美貌は見る影もなかった。
 そんな彼女に近づいてきたのが、見るからに怪しげな男サリヴァン(バージェス・メレディス)。彼は儲け話をホリーに持ちかけ、生活に困っていた彼女もそれに乗る事にした。彼らは一路ニューヨークへ。実は、ホリーの素性を調べ上げていたサリヴァンは、彼女をネタにしてアンダーソン家を脅迫するつもりだったのだ。それを知ったホリーはホテルでサリヴァンを射殺。殺人の現行犯で逮捕された。
 警察の取調べにも一切口をつぐんだままのホリー。名前も名乗らないことから、彼女は“マダムX”と呼ばれた。生きる気力を失った彼女は殺人の罪を認め、死罪にして欲しいと願う。そんな彼女を担当することになった弁護士こそ、最愛の息子クレイトン・ジュニア(ケア・デュリア)だった・・・。

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スイスの音楽家クリスチャン(J・ヴァン・ドリーレン)から求愛される

アルコールと男に溺れる日々

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詐欺師サリヴァン(B・メレディス)の目的とは・・・

迷うことなくサリヴァンを射殺するホリー

 という、現実には到底あり得ないようなストーリー。ご都合主義も甚だしいのだが、古典的なメロドラマとはそういうもんだろう。後半で見せるラナ・ターナーの老けメイクなんかも、やり過ぎといえばやり過ぎだが、全てがコテコテに装飾されまくったメロドラマの世界では不思議としっくり馴染む。こういう映画は真面目に受け取ろうとする方が野暮というものだ。
 本作はラナ・ターナーにとって初めての本格的な汚れ役。美人女優のイメージをかなぐり捨てた、後半の大熱演はちょっとした驚きかもしれない。恐らくはオスカー狙いだったのだろうが、その意気込みと気迫は十分に伝わってくる。
 監督を手掛けたのは主にテレビ映画で有名なデヴィッド・ローウェル・リッチ。これといった特徴のない職人監督ではあるが、ハリウッド黄金期の伝統を受け継いだオーソドックスな演出は悪くない。
 脚本のジーン・ハロウェイも主にテレビ・ドラマで活躍した人物。その他、撮影監督のラッセル・メティや衣装デザインのジャン・ルイなど、いつもの一流スタッフ陣がラナ・ターナーの演技をしっかりと支えている。

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彼女を担当する弁護士(K・デュレア)は実の息子だった

自らの素性や犯行動機を頑なに語ろうとしないホリー

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クレイトンは20年振りに見るホリーの姿に気付いた

友人ミムジー役を演じるヴァージニア・グレイ

 今回のラナ・ターナーの相手役は、世界中で一世を風靡したTVドラマ『ダイナスティー』で有名な俳優ジョン・フォーサイス。『チャーリーズ・エンジェル』のチャーリーとしても御馴染みだろう(姿は見せないけど)。当時はヒッチコックの『ハリーの災難』(55年)や『トパーズ』(69年)に主演し、渋い2枚目スターとして活躍していた。
 しかし、本作の脇役で最も存在感を放っているのは、姑エステル役のコンスタンス・ベネットだろう。妹ジョーン・ベネットと共に、30年代のハリウッド黄金期を彩った往年の大女優。時として主演のラナを食ってしまうほどの風格で、威厳あるオールド・マネーの老マダムを演じている。本作の撮影終了直後に死亡し、これが遺作となった。
 一方、息子のクレイトン・ジュニアを演じるケア・デュリアは当時期待の新星だった俳優で、その後『2001年宇宙の旅』(68年)の主演で有名に。ただ、存在感の薄い俳優だったため、残念ながらスターにはなれなかった。最近では『グッド・シェパード』(06年)にアンジェリーナ・ジョリーの父親役で顔を出している。
 ホリーの不倫相手フィルを演じているリカルド・モンタルバンは、『君知るや南の国』(53年)などに主演し、50年代にラテン系の甘い2枚目スターとして人気を集めた俳優。そして、『ロッキー』シリーズのトレーナー、ミッキー役でお馴染みの名脇役バージェス・メレディスが、見るからに胡散臭い詐欺師サリヴァン役を怪演し、短いながらも強烈な印象を残している。
 その他、オランダ出身の名優ジョン・ヴァン・ドリーレンがピアニストのクリスチャン役を、『黒い肖像』にも出ていたヴァージニア・グレイがパーティ好きの友人ミムジーを演じている。

 

The Big Cube (1968)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 Warner Home Video (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語/地域コード:1/98分/製作:アメリカ・メキシコ

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:ティト・デイヴィソン
製作:リンズレイ・パーソンズ
原案:ティト・デイヴィソン
    エドマンド・バエズ
脚本:ウィリアム・ダグラス・ランスフォード
撮影:ガブリエル・フィゲロア
音楽:ヴァル・ジョンス
出演:ラナ・ターナー
    ジョージ・チャキリス
    リチャード・イーガン
    ダン・オハーリヒー
    カリン・モスバーグ
    パメラ・ロジャース
    カルロス・イースト

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演劇界を引退した大女優アドリアーナ(L・ターナー)

アドリアーナは大富豪チャールズ(D・オハーリヒー)と結婚

 ロックンロールとセックスとLSDをごちゃ混ぜにして、ラナお得意のメロドラマ・タッチで仕上げたサスペンス・スリラー。彼女のフィルモグラフィーの中でも、極めつけに変で狂った映画だ。彼女が演じるのは大富豪と再婚したブロードウェイの元大女優。で、反抗期真っ盛りの我がまま娘と、財産目当てのその恋人が結託し、彼女をドラッグ漬けにして自殺させようとするというお話だ。
 まず、基本的に製作サイドがドラッグ・カルチャーや当時の若者トレンドに詳しいとはあまり思えず、まるで一昔前のオヤジ雑誌なんかによくあった“乱れた若者の赤裸々なセックスを暴く!”とか、“禁断の麻薬地帯を行く!”みたいな記事をそのまんま鵜呑みにしてしまったような内容。なもんだから、ものすごくトンチンカンでおかしいのだ。
 監督・原案のティト・ダヴィッドソンも、原案のエドマンド・バエズも、当時すでに50代半ば。脚本のウィリアム・ダグラス・ランスフォードだって50歳近かった。当時の50歳は今よりもずっと年寄りの感覚だろうし、明らかに登場人物の若者たちやトレンド文化に対する距離感が感じられる。要は、当時のカウンター・カルチャーに染まった若者たちをある種の悪魔的存在と捉え、その生態を興味本位でしか描くことが出来ていないのだ。それが逆に、この映画の摩訶不思議でキッチュな魅力に繋がっているのだと思う。

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我がまま娘のリサ(K・モスバーグ)と親友ビビ(P・ロジャース)

リサはハンサムな若者ジョニー(G・チャキリス)と知り合う

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ゴー・ゴー・クラブに集う若者たち

サイケデリックな映像が満載

 ブロードウェイの大女優アドリアーナ(ラナ・ターナー)は、大富豪チャールズ・ウィンスロップ(ダン・オハーリヒー)と結婚するため、大勢のファンに惜しまれつつ演劇界を引退した。良き妻として夫の支えになろうと努力するアドリアーナだったが、義理の娘リサ(カリン・モスバーグ)は最初から彼女に敵意をむき出しにする。反抗期真っ只中のリサは、ただでさえ忙しくて構ってくれない父親の愛情がアドリアーナに向いてしまうことが許せなかった。
 リサは今どきの若い娘だが、お嬢様育ちゆえに世間を知らない。親友ビビ(パメラ・ロジャース)は今が楽しければそれでいいというタイプの派手好きな娘で、遊びなれていないリサをゴー・ゴー・クラブへと誘う。そこは麻薬とセックスの温床だった。トップレスで踊る奇妙なメイクの若い女、瞑想にふけるヒッピーの若者、トリップして暴れだすチンピラ。そこでリサはジョニー(ジョージ・チャキリス)というハンサムな若者と知り合う。リサが大富豪の娘と知ったジョニーは、瞳を怪しく光らせる。
 リサと不良仲間たちの遊びはエスカレートする一方で、チャールズもアドリアーナも頭を悩ませていた。そんなある日、夫婦の留守中に仲間を家に呼んだリサ。彼らはアルコールとドラッグで乱痴気騒ぎを繰り広げた挙句、酔っ払ったビビがみんなの前でストリップを繰り広げた。そこへ、チャールズとアドリアーナが帰宅する。さすがのチャールズもこの様子を見て激怒。しかし、リサは逆に父親への憎しみをぶつける。
 その翌日、ヨット遊びに出かけたチャールズが溺死してしまった。同乗していたアドリアーナは一命を取りとめる。遺言にしたがって財産はアドリアーナが相続し、リサの相続分も彼女が管理することになった。ジョニーと結婚の約束をしたリサは財産分与を求めるが、アドリアーナはジョニーに不信感を抱いていた。
 アドリアーナに対する憎悪を強めるリサ。そんな彼女にジョニーが耳打ちする。父チャールズの死は事故ではなく、遺産目当てのアドリアーナが殺したんだと。だから自分たちの結婚にも反対しているのだ、と。彼女を殺して復讐を遂げれば遺産も全て入り、2人は幸せに暮らせるというのだ。リサはその言葉を信じた。
 かくして、2人はアドリアーナを陥れるための計画を立てる。夫の死のショックから睡眠薬を飲むようになったアドリアーナだったが、彼らはその睡眠薬にLSDを混ぜた。アドリアーナを錯乱状態に追い込み、自殺に見せかけて殺そうというのだ。
 それ以来、アドリアーナは幻覚や幻聴に悩まされるようになった。不安になった彼女は精神病院へ行く。すると、彼女の体内から麻薬が検出された。もちろん、彼女には全く心当たりがない。その帰り道にジョニーとリサは彼女を崖から突き落とそうとするが失敗。アドリアーナはいよいよ自分の頭がおかしくなってしまったかと思い、すっかり床に伏せてしまう。
 そんな彼女を心配した旧友の脚本家ロンスデール(リチャード・イーガン)は、アドリアーナの病気が仕組まれたものではないかと疑う。そこで、彼はアドリアーナから聞いた話を脚本にし、それを彼女自身に演じさせることを思いつく。それによって、曖昧になっている彼女の記憶が蘇り、事の真相が明らかになると考えたのだ。
 やがて舞台の幕が開き、誰もが予想もしていなかった結末を迎えることとなる・・・。

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義理の娘リサの反抗的な態度に悩むアドリアーナ

ついにチャールズとリサは口論となってしまう

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アドリアーナは毎晩のように幻覚や幻聴に悩まされる

LSDが引き起こす幻覚

 ストーリーそのものは決して悪い出来ではない。変にドラッグや若者のトレンドを取り入れなければ、そこそこ手堅いB級サスペンスに仕上がっただろう。ただ、逆に勘違いしたトレンドを盛り込んだからこそ、突然変異的で悪趣味な怪作に仕上がったとも言える。
 中でも、古典的ハリウッド・スタイルとサイケデリック・アートを混在させたビジュアルセンスには妙な味わいがあって面白い。つまり、ラナ・ターナーやダヴィッドソン監督たちの世代が培ってきたハリウッド映画の王道スタイルと、当時のアンディー・ウォーホルやウェス・ミンストンなどを模倣したフェイクなサイケデリック・アートが渾然一体となり、まがいもの特有とも言える悪趣味なケバケバしさを生み出しているのだ。これはこれで、その筋のマニアックな人にはたまらない魅力だろうと思う。
 監督と原案を担当したティト・デイヴィソンはチリの出身で、1930年代からメキシコで活躍してきた映画監督。共同で原案を書いたエドマンド・バエズは、デイヴィソンの長年のパートナーだ。脚本のウィリアム・ダグラス・ランスフォードはもともとノンフィクション作家として有名になった人で、主にテレビ・ドラマやテレビ映画の脚本を数多く手掛けた。
 撮影監督のガブリエル・フィゲロアはメキシコを代表するカメラマンの一人で、『イグアナの夜』(64年)でオスカーにノミネートされたほか、ルイス・ブニュエルの『忘れられた人々』(50年)や『エル』(52年)、ジョン・ヒューストンの『火山のもとで』(84年)などを手掛けている。
 そして、ラナ・ターナーのシックな衣装をデザインしたのは、『ドン・ファンの冒険』(49年)でオスカーを受賞した名衣装デザイナー、トラヴィーラ。『紳士は金髪がお好き』(53年)や『帰らざる河』(54年)、『七年目の浮気』(55年)など、マリリン・モンローのドレスを数多く手掛けたことでも有名な人物だ。
 また、音楽を手掛けたヴァル・ジョンスはポップス系のピアニストとして当時有名だった人で、TVドラマ『ベン・ケイシー』の主題歌をカバーしたレコードが全米ヒット・チャートのトップ10に入ったことがある。ただ、映画音楽の作曲を手掛けたのは、本作を含めて2本だけだったようだ。

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ジョニーにそそのかされてアドリアーナ殺害を計画するリサ

リサとジョニーはアドリアーナを崖から突き落とそうとする

 今回、ラナ・ターナーと並んでキャスト・クレジットされているのは、『ウェスト・サイド物語』(61年)で一世を風靡した俳優ジョージ・チャキリス。当時既に30代半ばだから、若者というには無理があるものの、いわゆる無軌道で即物的な不良青年を嫌味たっぷりに演じている。特に、クライマックスで見せるジャンキーぶりは涙ぐましいくらいの大熱演。落ちぶれかけたスターの悲哀が滲み出て、なんとも痛ましく感じられる。
 そんなチャキリスの口車にまんまと乗せられてしまうバカ娘を演じたのが、当時新人だったカリン・モスバーグ。メキシコ出身の女優だったらしいが、どことなく北欧やイギリスの雰囲気を漂わせた容姿の持ち主。ピア・デゲルマルクやヴェロニカ・カールソンを彷彿とさせる魅力がある。これを最後に出演作が全くないというのは残念だ。
 その他、『悲しみは空の彼方に』でもラナと共演した名優ダン・オハーリヒーが大富豪チャールズ・ウィンスロップ役を、『避暑地の出来事』(60年)や『ペルシャ大王』(60年)に主演したリチャード・イーガンが脚本家ロンスデール役を演じている。

 

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