キム・カーンズ Kim Carnes
ハチミツを焦がしたように甘くほろ苦い歌声のシンガー・ソングライター
世間一般的には「ベティ・デイビスの瞳」を大ヒットさせた一発屋としか見られていないが、そのキャリアは60年代末にまで遡ることの出来る実力派の女性シンガー・ソングライターだ。その才能は早くからミュージシャン仲間の間でも高く評価されており、バーブラ・ストレイサンドなんかも好んで彼女の作品を取り上げていた。フォーク・ロック畑の出身ながら、女性らしい繊細な感性と深い洞察力を生かした、メロディアスで叙情的な非常に美しい曲を書く人。バーブラもカバーしていた“Love
Comes From Unexpected
Places”は、シャルル・アズナブール辺りのシャンソンを彷彿とさせる哀しくも美しいラブ・ソングの傑作だった。そんな彼女が他人の作曲した「ベティ・デイビスの瞳」で大ブレイクしてしまったのは、大いなる皮肉だったと言えるだろう。
また、“ハチミツを焦がしたような声”と評された独特のハスキー・ボイスも大きな魅力。ハスキーな低音の歌声を売り物にする女性アーティストは少なくないが、彼女の歌声は何ともいえない優しさというか、聴き手を包み込むような暖かさと香しさがあった。
1945年7月20日、ロサンゼルスに生まれたキム・カーンズは、60年代半ばから地元のクラブで歌うようになり、バック・コーラスやコマーシャル・ソングの仕事をするようになった。そんな彼女に最初の転機が訪れたのは1967年。当時西海岸のフォーク・ミュージック・シーンで活躍していたグループ、ニュー・クリスティ・ミンストレルズのメンバーとして迎え入れられたのだ。メンバーにはジョン・デンヴァー、ケニー・ロジャース、元アソシエーションのラリー・ラモス、元ラヴィン・スプーンフルズのジェリー・イェスター、そして公私共に渡ってキムのパートナーとなるデイヴ・エリントンがいた。また、ブロンドのベビー・フェイスでアイドル的な素質のあったキムは、映画プロデューサーの勧めで“C'mon
Let's Live A
Little”というジャッキー・デ・シャノン主演の青春映画に出演し、むちゃくちゃキュートな水着姿も披露している。
その後、70年代初頭にグループを脱退したキムは、夫と共にキム&デイヴというシンガー・ソングライター・デュオを結成。そして、映画「バニンシング・ポイント」のテーマ曲を手掛けたことから、1972年にファースト・ソロ・アルバム“Rest
On
Me”がリリースされた。しかし、インディペンデント・レーベルからのリリースだった事もあり、残念ながら全く注目されなかった。その後、ティナ・ターナーやデヴィッド・キャシディらのバック・ボーカリストを務めたキムは、1975年にA&Mレコードからセカンド・アルバム“Kim
Carnes”をリリース。シングル“You're Part Of
Me”が全米チャートで36位にランクされる中ヒットとなり、ようやく注目を集めるようになった。
そして1976年にリリースされたのがサード・アルバム“Sailin'”。アレサ・フランクリンやダスティ・スプリングフィールドの作品を手掛けた事でも知られる名プロデューサー、ジェリー・ウェクスラーがプロデュースを手掛けた作品で、先述した“Love
Comes From Unexpecetd Places”や“The Best Of You (Has Got The Best Of
Me)”など、キムのソング・ライターとしての才能が遺憾なく発揮された名曲が揃っていた。批評家からも大絶賛されたもののセールス的にはチャート・インすら出来ず、これを最後にキムはA&Mとの契約を切られてしまう。
1979年にはEMIアメリカと契約を結んで4枚目のアルバム“St.
Vincent's
Court”をリリース。しかし、これも思うように売り上げを伸ばせなかった。そんなところへ、旧友ケニー・ロジャースから作曲の依頼が舞い込んだ。“現代のカウボーイをテーマにした曲を書いて欲しい”というのがケニーの要望だった。そうして出来上がったのが名曲“Don't
Fall In Love With A
Stranger(荒野に消えた愛)”。しかも、ケニーの勧めでデュエットにも参加し、全米4位の大ヒットを記録してしまったのだった。
この成功を受けてリリースされたアルバム“Romance
Dance”からはシングル“More Love”(スモーキー・ロビンソンのカバー)が全米10位の大ヒットとなり、続く“Cry Like A
Baby”(ボックス・トップスのカバー)も44位にランクされた。そして、この“Romance
Dance”のエンジニアだったヴァル・ギャレイがプロデュースを買って出たのが、“Bette Davis
Eyes(ベティ・デイビスの瞳)”だった。
キムがチャートの上でなかなかヒットに恵まれなかったのはフォークやカントリーにルーツのある彼女の音楽性が原因だと考えたギャレイは、それまでの彼女の作品とは180度違うアプローチを試みた。楽曲そのものは、もともとジャッキー・デ・シャノンの1975年のアルバムに収録されていたもの。シンセサイザーとシンセ・ドラムを大胆に導入したモダンなアレンジが独特の幻想感を生み出しており、当初はあまり乗り気でなかったというキムもその仕上がりには大満足だった。1981年にリリースされたこのシングルは、9週間に渡って全米チャート1位を独占し、年間チャートでも1位にランクされるという驚異的な大ヒットとなった。アルバム“Mistaken
Identity”もアルバム・チャート1位をマーク。グラミー賞も受賞して、一夜にしてキムは時の人となってしまった。
さて、メガトン級のヒットを放ったアーティストに必ず待ち構えているのが、それに続くヒットを出さねばならないというプレッシャーである。ドイツ表現主義的なジャケット・デザインがインパクトのあったアルバム“Voyeur”、その次の“Cafe
Racers”は共に撃沈。どうしても、“ベティ・デイビスの瞳”のキム・カーンズというイメージが拭えないでいた。
その一方で、ソングライターとしては着実に実績を重ねており、バーブラ・ストレイサンドとデュエットした“Make
No Mistake He's
Mine”は、ケニー・ロジャースとロニー・ミルサップによる男性版アンサー・カバーも生まれるくらいに親しまれた。また、ケニー・ロジャース、ジェームズ・イングラムと共に歌って全米15位のヒットになった“What
About Me?”もキムの作品。また、マイケル・ジャクソンが中心となって多数の有名アーティストが参加したUSA・フォー・アフリカの“We Are The
World”にも参加。
そうした中、1985年にリリースされたアルバム“Barking At
Airplanes”は“ベティ・デイビスの瞳”以来最大のヒットとなり、シングル“Crazy In The
Night”は全米15位を記録した。さらに続くシングル“Abadabadango”も67位まで上がる中ヒットとなった。その他、このアルバムはフランスの映画音楽を思わせるドラマチックなバラード“Bon
Voyage”という傑作を生んでおり、ファンにも批評家にも非常に高い評価を集めた。
しかし、続くアルバム“Light
House”はチャート・インすらせず、シングル“Divided
Hearts”は最高79位止まり。カントリー・ロックへの回帰をはかったアルバムだったが、当時のトレンドとは全く相容れなかったのが敗因だった。これを最後にEMIアメリカを去ったキムは、1988年にMCAから本格的なカントリー・アルバム“View
From The
House”をリリース。カントリー・チャートでは中規模のヒットとなったが、世間的には殆ど無視されたに等しかった。MCAからはこの1枚でクビになってしまい、レコード契約のなくなってしまった彼女は、1991年に日本のテイチク・レコードからアルバムを1枚リリース。その後、テキサス州はナッシュビルで夫と共に地道な音楽活動を続けており、2004年にはインディーズ・レーベルから1枚カントリー・ロック・アルバムをリリースしている。
優れた才能に恵まれながら、必ずしも正当な評価を受けることのなかったキム・カーンズ。彼女が活躍した70年代から80年代にかけてというのは、女性アーティストにとって困難な時代だった。ヒット・チャートは男性アーティストが圧倒的に中心で、女性でコンスタントにヒットを放っていたのはオリビア・ニュートン・ジョンやバーブラ・ストレイサンドなどごく一部のアーティストのみ。女性ボーカル・ブームの席巻する90年代を待たずにシーンから消えてしまったのは不幸だった。
Sailin' (1976) St.Vincent's Court (1979)/ Romance
Dance (1980) Mistaken Identity
(1981) Cafe Racers
(1983)
(P)1976 A&M Records
(USA)
(P)2003 Raven Records
(Australia)
(P) EMI Records (USA)
(P)2003 One Way
Records/EMI (USA)
Side One
1,The Best Of You (Has
Got A Best In Me)
2,Warm Love
3,All He Did Was Tell Me
Lies
4,He'll Come Home
5,Sailin'
Side Two
1,It's Not The
Spotlight
2,Las Thing You Ever Want To Do
3,Let Your Love Come
Easy
4,Tubin'
5,Love Comes From Unexpected Places
produced by
Jerry Wexler & Barry Beckett.St.Vincent's
Court
1,What Am I Gonna Do?
2,Jamaica Sunday
Morning
3,Stay Away
4,Lookin' For A Big Night
5,Paris Without
You
6,It Hurts So Bad
7,Lose In Love
8,Skeptical
Shuffle
9,Take Me Home To Where My Heart Is
10,Blinded By
Love
11,Goodnight Moon
Romance Dance
12,Swept Me
Off My Feet
13,Cry Like A Baby
14,Will You Remember Me?
15,Tear
Me Apart
16,Changin'
17,More Love ビデオ
18,In The
Chill Of The Night
19,Where Is Your Heart?
20,And Still Be Loving
You
bonus track
21,Don't Fall In Love With A Dreamer
(duet
with Kenny Rogers)1,Bette Davis Eyes ビデオ
2,Hit And
Run
3,Mistaken Identiry
4,When I'm Away From You
5,Draw Of The
Cards
6,Break The Rules Tonite (Out Of School)
7,Still Hold
On
8,Don't Call It Love
9,Miss You Tonite
10,My Old
Pals
produced by Val Garay1,You Make My Heart Beat
Faster
2,Young Love
3,Met You At The Wrong Time In My
Life
4,Hurricane
5,Universal Song
6,Invisible Hands ビデオ
7,I
Pretend
8,Hangin' On By A Thread (A Sad Affair Of The
Heart)
9,Kick In The Heart
10,I'll Be Here Where The Heart
Is
bonus tracks
11,You Make My Heart Beat Faster (Extended
Version)
12,Hurricane (Extended Vocal Version)
13,Invitation To
Dance (Vocal Dance Mix)
produced by Keith Olsen
批評家に大絶賛されながらもセールス的には全く伸びなかった幻の傑作アルバム。カントリー・ロック色が濃厚ながらも、繊細で美しいメロディと叙情的でソウルフルなサウンド・プロダクションは絶品です。中でも、バーブラ・ストレイサンドもカバーしたバラード#5(Side
Two)は、シャンソンと呼んでもおかしくないくらいにロマンティックで哀しい名曲。個人的にも大好きな1枚です。
EMI移籍直後にリリースした2枚のアルバムをカップリングしたオーストラリア限定盤。どちらのアルバムも比較的地味な印象だが、温かみの溢れるキムの歌声と都会的なメロディ、そして骨太な演奏が渋い味わいを醸し出す。バーブラ・ストレイサンドに提供した#3なんか、彼女が歌うと真夜中の寂しげなカントリー&ウェスタン・バーみたいな雰囲気が滲み出て、とてもいい感じ。
驚異のメガ・ヒット#1を含む全米ナンバー・ワン・アルバム。とはいえ、個人的にはあまり好きな作品ではないんですよね。大半が他人のペンによる作品ということもあってか、決して彼女本来のアーティスト的魅力が生かされたアルバムではないと思います。そうした中で、彼女独特の持ち味である孤独感やセンチメンタリズムをスタイリッシュに表現した#3は名曲。
12インチ・バージョンを含むリマスター盤。#10は映画「フラッシュダンス」の挿入歌としても使用されました。全体的に80年代的なシンセ・ポップ路線を目指しながらも、結果的に上手く消化しきれなかったという印象。時代のトレンドを取り入れようとするあまり、楽曲そのものがなおざりになってしまったという感じでしょうか。映画「ザッツ・ダンシング」の主題歌#13がベストの出来映え。
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Barking At Airplanes (1985) |
Light House (1986) |
Master Series |
Premium Gold Collection |
(P)2003 One Way Records/EMI (USA) | (P)1986 EMI America (USA) | (P)1999 Polygram (Holland) | (P)2000 EMI Electrola (Germany) |
1,Crazy In The Night (Barking At
Airplane) 2,One Kiss 3,Begging For Favors (Learning How Things Work) 4,He Makes The Sun Rise (Orpheus) 5,Bon Voyage 6,Don't Pick Up The Phone 7,Rough Edges 8,Abadabadango 9,Touch And Go 10,Oliver (Voice In The Radio) bonus tracks 11,I Am A Camera 12,Make No Mistake, He's Mine (Solo Vocal Version) 13,Forever produced by Bill Cuomo, Duane Hitchings and Kim Carnes. |
1,Divided Hearts ビデオ 2,I'd Lie To You For Your Love 3,Black And White 4,Piece Of the Sky 5,You Say You Love Me (But I Know You Don't ) 6,Dancin' at the Lighthouse 7,Love Me Like You Never Did Before 8,Along With The Radio 9,Only Lonely Love 10,That's Where The Trouble Lies produced by Val Garay |
1,You're A Part Of Me 2,Warm Love 3,Bad Seed 4,Love Comes From Unexpected Places 5,Let Your Love Come Easy 6,Somewhere In The Night 7,The Best Of You (Has Got The Best Of Me) 8,Nothing Makes Me Feel As Good As A Love Song 9,Sailin' 10,All He Did Was Tell Me Lies 11,Waiting For The Pain To Go Away 12,Tubin' 13,Do You Love Her 14,It's Not The Spotlight 15,And Still Be Loving You 16,He'll Come Home 17,It Could Have Been Better 18,Las Thing You Ever Wanted To Do |
1,Ebette Davis Eyes 2,What am I Gonna Do 3,It Hurts So Bad 4,Cry Like A Baby 5,More Love 6,Mistaken Identity 7,Voyeur 8,Invisible Hands 9,I Pretend 10,I'll Be Here Where The Heart Is 11,Crazy In The Night (Barking At Airplanes) 12,One Kiss 13,He Makes The Sun Rise (Orpheus) 14,Rough Edges 15,Abadabadango 16,Touch And Go 17,Invitation To Dance 18,Divided Hearts 19,I'd Lie To You For Your Love 20,Gypsy Honeymoon |
EMI時代のアルバムの中でもベストの出来と言って差し支えない名盤。シンセ・ポップをベースにしながら、レゲエからブルース、シャンソンなど様々なジャンルを取り込み、しっかりと自分のカラーで染め上げています。ソングライターとしても才能を十二分に発揮していて、空港アナウンスを効果的に使ったフランス映画風のロマンチックなバラード#5は大傑作です。ライ・クーダーのスライド・ギターをフューチャーした#7や癒し系のソフト・レゲエ#9も最高。 | “ベティ・デイビスの瞳”で組んだヴァル・ギャレイを再びプロデューサーに迎えたEMI時代最後のアルバム。カントリー・ロック色を全面に押し出しており、シングル・カットされた#1はギター・ポップ風のキャッチーな佳作だったものの、チャート上では全くの惨敗でした。本人的にはそろそろ原点回帰する時期だったのかもしれませんが、世間のトレンドとは逆行していたのかもしれません。個人的には決して嫌いなアルバムではないんですけどね。 | A&M時代に残した2枚のアルバムから構成されたコンピレーション盤。ということで、“ベティ・デイビスの瞳”のようなヒット曲は収録されていませんが、彼女がソングライターとして最も脂が乗っていた時期の名曲を思う存分楽しめる1枚。どちらのアルバムも未だにCD化されていない上に、大変な貴重盤としてプレミアが付いているだけに、ファンならずとも是非手に入れておきたいCDです。メロディアスな良質のカントリー・ロックが詰まっています。オススメ。 | EMI時代のベスト盤はかなりの数がリリースされていますが、収録曲の充実具合はこのドイツ盤がベスト。“Barking At Airplanes”からは6曲も収録されていますが、何故か名曲“Bon Voyage”が外されてしまっているのが不思議ですね。また、93年にリリースされたベスト盤に新曲として収録された#20もオマケで付いてます。個人的にはA&M時代のベスト盤の方をオススメしますが、一般的な音楽ファンにはこちらの方が耳馴染みがいいかもしれませんね。 |
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Bette Davis Eyes 2002 (2002) |
(P)2002 ZYX Music (Germany) |
1,Radio Edit 3:10 2,Dance Radio Mix 3:05 3,Single Cut 3:10 4,Longy & Tron Remix 5:51 5,DJ Sam-pling's Club Mix 7:35 6,Big World Extneded 4:51 7,The Over-X-Posure Cre Mix 5:55 8,R.Wood vs DJ Spacecase Remix 6:20 |
90年代以降、“ベティ・デイビスの瞳”のハウス・カバーは幾つもリリースされてきましたが、満を持して遂に登場した本家のダンス・リミックスがこれ。賛否両論あろうかとは思いますが、個人的には大賛成。81年のオリジナルに関しても、もっとダンス・ミュージック的なアプローチをするべきだと思っていたので、まさに我が意を得たりの1枚です。全体的にトランス寄りの仕上がりですが、オリジナルのアレンジを最大限に生かした#1と#6がベストの出来映え。 |