トルコ生まれのスーパー・アンチヒーロー
キリンク
1960年代後半から70年代にかけて11本ものシリーズが作られ、トルコで国民的な人気を得た映画“キリンク”シリーズ。髑髏スーツの不気味なアンチヒーロー、キリンクが、恋人の悪女スージーと共に世界征服を目論んで暗躍する、という異色の覆面ヒーロー物である。
キリンクとは“犯罪王”の異名をとる国際的犯罪組織のボス。だが、髑髏スーツに身を包んで誰にも素顔を見せず、その正体は謎に包まれている。頭脳明晰で神出鬼没、愛するのは金と権力と女。世界征服の野望を遂げるためには、盗みだろうと殺人だろうと手段を厭わない。まさに究極のダークヒーローといったところだ。
まずは、この“キリンク”シリーズが生まれた時代背景から簡単に説明していこう。もともとトルコ映画界は産業として成立するのが非常に遅く、1940年代までは年間1〜2本程度の国産映画しか作られていなかった。その一方でアメリカやヨーロッパ各国の映画は大量に輸入され、庶民から大変な人気を集めていた。つまり、市場の殆んどを外国映画が占めていたのである。
しかし、50年代に入ると国産映画は急速に数を伸ばし、60年代半ばにはトルコ映画界に初めての全盛期が訪れた。そして、このブームに当て込んで一攫千金を狙った有象無象の制作会社が乱立し、ありとあらゆるジャンルの映画が量産されるようになる。
中でもアクション映画は特に人気が高かったという。当時のトルコ映画界はとても敷居が低かったため、ストリート・ギャングをやっていたような貧しい若者たちが俳優として大量に流れ込んできた。子供の頃から喧嘩はお手のもの。カメラの前での立ち回りなんぞ朝飯前だったわけだ。そうした中から、命がけのスタント・アクションで鳴らしたジュネイト・アルキンのような国民的スターも生まれた。
他にも、コメディからホラーまで様々なジャンルの娯楽映画が次々と誕生。当時は検閲らしい検閲もなかったし、その一方で競争はどんどん激化するばかりだったため、各制作会社はより荒唐無稽でより刺激的な低予算映画作りに傾倒していくようになる。
そう、トルコでは1986年まで映画の著作権や現場の労働条件、表現の規制などに関する具体的な法律がなかった。検閲機関自体は存在したものの、政治的な表現に関すること以外は非常に規制が緩かったようだ。そのため、人気のある外国映画のコピーやパクリは当たり前。撮影で本物の武器を使用するなんてことも珍しくはなく、俳優やスタッフの安全を優先するなんて発想もあまりなかった。実際、先述した国民的スター、ジュネイト・アルキンなんかは、撮影中に手首を切り落として自ら病院へ駆け込んだなんてこともあったそうだ。
また、当時のトルコでは、公衆の面前で男女が手をつなぐ事さえはばかられるほど、性のモラルに対する社会の意識が保守的だった。そのため、映画の中に出てくる妖艶な美女というのが、男性の観客にとって唯一の性のはけ口だったのである。そうしたニーズを反映して、当時のトルコ映画ではセクシー美女の水着姿やヌード・シーンというものが必要不可欠だった。
こうして、まさに狂い咲きのごとく栄華を誇ったトルコ映画界だったが、70年代後半にテレビが一般家庭に普及すると一気に衰退してしまう。もともと金儲けが目当てで会社を起こしたような製作者が多かったもんだから、不況になったとたん業界から足を洗う者が次々と現われた。また、国家による映画産業の保護政策もないに等しかったため、映画を作りたくても作れないような状況になってしまったのである。
実は、トルコ映画全盛期に作られた娯楽作品というのは、その多くがこの時期に消失してしまっている。というのも、廃業を決めた制作会社はテレビ局に自社作品を二束三文で叩き売ったのだが、売れ残ったものは片っ端から焼却処分してしまったのだ。特にモノクロ映画のフィルムは銀を抽出できるということで、優先的に処分されてしまったのだという。要は、映画を文化財産とみなす製作者が極端に少なかったのである。
中には映画監督ユルマズ・アタデニズのように、自分の手掛けた作品を保護してもらおうと国立映画資料室に持ち込んだ映画人もいたが、管理維持費の不足などを理由に断られてしまったという。芸術映画の保存管理だけで手一杯だったのだ。なので、60〜70年代に作られたトルコ産娯楽映画で現存するものの多くが、運良くビデオ初期にテレシネされたものか、たまたま上映用プリントが国内外の映画館倉庫に残されていたというものばかり。残念ながら永遠に失われてしまったものも少なくないのである。
しかし、近年トルコ国内では、幼少期にそうした映画を見て育った世代を中心に、独自のサブカルチャーとしてトルコ映画全盛期の国産B級娯楽映画に対する再評価の気運が高まっているという。また、欧米の常識では考えられないような荒唐無稽がまかり通るそれらの作品はターキッシュ・ポップ・シネマと呼ばれ、インターネットの口コミを通じて世界中にカルトなファンを生んでいる。コアな映画マニアにとっては魅力的な未開拓ジャンルと言えるだろう。
さてさて、そんなトルコ映画全盛期の真っ只中に生まれた“キリンク”シリーズ。実はこれ、当時ヨーロッパで人気の高かったイタリアのアダルト向けフォト・コミック・シリーズ“Killing”のパクリだった。ここからは“キリンク”誕生秘話(?)についてザックリと説明していこう。
戦後のヨーロッパでは大量のアメリカ文化が流れ込んだわけだが、『スーパーマン』や『バットマン』などに代表されるアメコミ文化もその一つだった。そうしたアメリカのスーパー・ヒーロー物に影響され、各国でも独自のコミック・キャラクターが生まれる。イタリアでも60年代に“Diabolik”や“Kriminal”、“Satanik”といったシリーズが人気を集めるようになった。
どれも『バットマン』を彷彿とさせる覆面のダークヒーローだったが、アメコミとはだいぶ違うイタリアならではの味付けが施されている。というのも、主人公がヒーローにあるまじき悪者なのだ。“Diabolik”は黒づくめの冷酷非情な泥棒、“Kriminal”は骸骨マスクを被った犯罪者、“Satanik”は女性科学者が薬を飲んで変身した悪女。いずれも己の野望を遂げるためなら人殺しも厭わず、警察やインターポールの追跡を逃れながら華麗なる犯罪を繰り広げていく。
さらに、当時としては露骨な性描写やサディスティックな暴力描写というのも大きな特徴。女性キャラクターのヌードやフェティッシュなファッションなんかも見どころで、明らかに大人の男性をターゲットにしたアダルト・コミックだったのである。
そうしたアダルト向けヒーロー・コミックを進化させた形で、1966年に初めて登場したのが“Killing”シリーズ。フォト・コミックという名称からも推察できるように、マンガではなく実写スチルを使って構成されたコミックだ。
主人公のキリングは骸骨スーツに身を包んだ冷酷非情な犯罪者。宿敵であるメルシエ警部の追跡をかわしながら、恋人の悪女ダナと共に世界征服の野望を燃やす。キリング役を俳優アルド・アグリアータ、ダナ役を後にボンド・ガールとなる女優ルチアナ・パルッツィが担当し、映画『E.T.』(82)の特殊効果でオスカーを獲得するカルロ・ランバルディがキリングの骸骨スーツをデザインした。
この”Killing”シリーズは当時南米やヨーロッパ各国でも翻訳出版されて大変な人気を集め、05年からはアメリカの出版社コミックフィックスの手による新作が発表されるほど根強い人気を誇っている。
一方、その人気に目をつけたのが、トルコの映画監督ユルマズ・アタデニズだった。彼は幼少時代からアメリカの連続活劇映画に親しんで育ち、マーロン・ブランド主演の『片目のジャック』を勝手にコピーしたアクション映画“Dağların
Oğlu(山の息子)”(65)などの娯楽映画で当時次々と当たりを取っていた人物。
ちなみに、その“Dağların
Oğlu”以降アタデニズ監督作品に次々と主演したのが、当時トルコのトップ・スターだったユルマズ・ギュネイ。そう、あの名作『路』(84)を手掛けた映画監督だ。日本では反体制派の映像作家という印象の強いギュネイだが、もともとトルコではB級アクション映画のスターとして有名な俳優だった。そして、そのギュネイと最も多くの作品でコンビを組んだのが、他でもないアタデニズ監督だったというわけである。
ちょっと話が横道に逸れてしまったが、当時のアタデニズ監督は“Diabolic”や“Satanik”といったイタリア製アダルト・コミックの熱烈なファンでもあったという。そんな折、たまたま街角で“Killing”のフォト・コミックを見つけて手に取ったのだった。先述したように、当時のトルコ映画界は著作権の概念などまるでない無法地帯だったわけだから、すぐさま彼がこの作品を勝手に映画化しようと思ったのも当然の成り行きだったと言えるだろう。
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神出鬼没でフットワークの軽いキリンク |
得意技は空手チョップ! |
恋人スージーには首ったけ |
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変装の名人でもあるが、マスクの上からというのはね・・・ |
邪魔者は容赦なく殺しまくる |
でも美人でセクシーな女には目がない |
かくして誕生したのが、トルコ版アンチ・スーパー・ヒーローの“Killing”ならぬ“Kilink(キリンク)”。そのいでたちやコンセプトはオリジナルのフォト・コミック版とほぼ一緒だ。シリーズ第1作となる“Kilink
Istanbul'da(イスタンブールのキリンク)”(67)と2作目“Kilink Uçan Adam'a
Karşı(キリンク対空飛ぶ男)”(67)では完全な悪人として登場し、正義の味方“空飛ぶ男”と熾烈な戦いを繰り広げる。ちなみに、この“空飛ぶ男”というのが、『スーパーマン』と『バットマン』を合体させたダブル・パクリ・キャラ。マスクは『バットマン』でスーツは『スーパーマン』という、なんとも珍妙なスーパー・ヒーローだった。
ところが、3作目の“Kilink
Soy ve
Öldür(キリンク奪って殺せ)”(67)では微妙にキャラクターが変化する。世界征服を目論む悪党であることに変わりはないのだが、なぜか愛国心に目覚めてしまい、トルコ国内で暗躍する外国の犯罪組織を叩き潰すのだ。そのためには警察にも協力し、大好きなはずの金塊にすら手を出さない。しかも、犯罪組織に誘拐された母子を救出したり、恋人スージー(原作ではダナ)を命がけで守ろうとしたりする。なんだか、中途半端にいいヤツになっちゃったのである。
そんなキャラクターのブレをマズイと思ったのか、この3作目でアタデニズ監督は“キリンク”シリーズに一旦終止符を打っている。次の“Cango
korkusuz adam - ölüm
süvarisi(無法者ジャンゴ-死の馬乗り)”(67)を監督したのはレムジ・コンチュルクで、制作会社も全く別。つまり、4作目以降は勝手に作られたパクリ・シリーズだったのだ。パクリ映画をさらにパクってしまうとは、さすがトルコ映画、恐るべし(笑)
ちなみに、この4作目。タイトルからも想像できるように、マカロニ・ウェスタンのアンチヒーロー、ジャンゴという人気キャラクターを勝手に頂戴してしまったトルコ産西部劇。小さな村へ流れ着いたジャンゴを待ち受けていたのが、覆面の犯罪王キリンクだったというわけだ。もう、本当になんでもアリですな(^^;
そして、以降もキリンク・シリーズは荒唐無稽さを増していく。6作目“Killing
Frankenstayn'a karsi(キリング対フランケンシュタイン)”(67)では、キリングがフランケンシュタインの怪物と対決。8作目の“Disi
Killing(女キリング)”(67)では醜い顔にされた若い女性が、“女キリング”を名乗って幸せそうなカップルを片っ端から殺していく。さらに、10作目の“Killing
Ölüm Saçıyor(死を撒き散らすキリング)”(71)では津波を巻き起こし、最終作“Killing Kolsuz Kahraman'a
Karsi(キリング対片腕戦士)”(74)では片腕のカンフー・ファイターと激突する。
なお、5作目以降は原作オリジナルと同じ“Killing”にキャラクター名を変更。しかし、1作目から9作目までの全てが同じ年に製作されているというのは驚きだ。それだけでも当時の人気が計り知れるというものだろう。
ちなみに、アタデニズ監督の手掛けた3作は、まとめて同時に撮影されたのだそうだ。以下は、その3作品について詳しく解説していきたい。
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こちらが正義の味方“空飛ぶ男” |
とりあえず百万馬力で大理石も軽々・・・? |
一応、これで空を飛んでいるのだそうです・・・(^^; |
Kilink Istanbul'da
(1967)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売
(P) Onar Films (Greece)
画質★☆☆☆☆ 音質★☆☆☆☆
DVD仕様(ギリシャPAL盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:トルコ語/字幕:英語・ギリシャ語/地域コード:ALL/70分/製作
:トルコ
特典映像
フォトギャラリー
監督フィルモグラフィー
シリーズ・フィルモグラフィー
トルコ映画予告編集
監督:ユルマズ・アタデニズ
製作:ユルマズ・アタデニズ
脚本:チェチン・イナンチェ
撮影:ラフェット・シリネル
出演:イルファン・アタソイ
ペルヴィン・パール
シュザン・アヴジュ
セヴィンチェ・ペクン
ムザフェル・テマ
ミネ・ソレイ
ヒュセイン・ペイダ
フェリドゥン・ジョルゲジェン
ユルドゥルム・ゲンジェル
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フルーシ博士がキリンクに殺害される |
博士の金庫から化学式のファイルを盗み出したキリンク |
キリンクの恋人である悪女スージー(S・アヴジュ) |
アタデニズ監督が初めて自ら製作も手掛けたシリーズ第1弾。殺人兵器の開発を進める犯罪王キリンクの陰謀を阻止すべく、正義の味方“空飛ぶ男”が大活躍するというお話だ。そう、タイトルこそキリンク映画を名乗っているが、実際にはキリンクと空飛ぶ男の闘いを描いたヒーロー対決ものである。
物語は天才科学者フルーシ博士がキリンクに殺害されるところから始まる。キリンクは博士が開発していたレーザー光線の化学式を盗もうとしていた。それを殺人兵器に応用するためだ。
だが、博士の息子オルハンの前に仙人が現われ、彼に超人的な力を与える。“シャザム”という合言葉を叫ぶと、オルハンは正義の味方“空飛ぶ男”に変身することができるのだ。かくして、オルハンは自らのスーパー・パワーを使ってキリンクの野望を打ち砕き、父親の仇を取るべく戦いを挑むこととなる。
基本的なノリは日本の古い特撮ヒーローものと大して変わりないのだが、お子様にはちょっと刺激の強いお色気シーンやインモラルなキリンクのキャラクターはアダルト向けならではといったところか。正直、どの辺の年齢層をターゲットにして作られた作品なのかさっぱり分らない。
まず、セリフは説明過多でいちいち大仰。特にキリンク様は、自分のやることなすこと全てをご丁寧に解説してくれるもんだから、観客に想像をする余地すら残してくれない。しかも、かならず最後には“俺さまは天才だろ〜?誰も敵うヤツはいないだろ〜?どうだ参ったか〜?ワッハッハ〜”と自画自賛してくれるもんだから、うっとおしいのなんのって(笑)
また、一応は世界征服を企んでいる犯罪王のはずなのだが、フルーシ博士の殺害が新聞に掲載されると“これは俺さまの仕業だ。どの新聞でも報じられているぞ。これで俺さまの名声はトルコ中に広まった!ワッハッハ〜”と恋人スージーに向かって得意げに自慢。思ったよりも器の小さいヤツだったりする。
しかしまあ、単細胞なのは何もキリンク様に限ったわけじゃない。例えば、“空飛ぶ男”の存在を信じないジェミル博士という人物がいる。“スーパー・ヒーローなんて幻だ”という博士に、オルハンの恋人ギルが“彼がいなかったら私たちは今頃死んでいたわ”と一言。すると、“なるほど〜、じゃあ本当にいるんだな”と博士は即座に納得する。おい、科学者ならもうちょっと筋道立てて納得しろよ、と突っ込みたくなること必至だ。
また、全編を通じて女性蔑視とも受け取れるような描写が盛り沢山。とりあえず女好きのキリンク様は、自分に歯向かう女だって平手打ち一つでモノにしてしまう。ペシッと顔を引っ叩かれた女が、“あんたみたいな強い男は初めてよ〜、もうなんでもいいから好きにして〜”とメロメロになる様は、世の男性たちにあらぬ妄想と誤解を与えるに違いない。
しかも、ボコボコに殴られるのは男でも、半裸にむかれて鞭打ちの刑などの拷問を受けるのはいつも女性。んでもって、金やセックスに目がくらんでキリンクに寝返るのも当然のことながら女性ばかり。そりゃトルコの男たちがキリンクに憧れるのも分るわな。いつも一番美味しいところをかっさらっていくのは、正義の味方“空飛ぶ男”ではなくて犯罪王キリンクなんだから。
あえて言うならば、幼稚園児の知能指数と中学生の知識を持つ成人男子に向けて作られた妄想型ヒロイック・ファンタジーといったところだろうか。アンチヒーローものだからといって別に善悪の価値観を皮肉るわけでもなく、混沌とした社会になにか物を申すわけでもなく、ただ単純に原始的な男の英雄願望や征服願望、セックス願望を満たしてくれるだけのマキズモ映画。ある意味、ヒジョーに分りやすい。
ディテール描写や辻褄あわせなど一切気にしない大胆な演出も含めて、当時のトルコ映画界の無法ぶりそのものを体現したような作品と言ってもいいだろう。まさしくなんでもアリの世界。しかも作っている側は大真面目。その本気丸出しのムチャクチャさ加減がたまらない魅力だ。
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父の復讐を違う若者オルハン(Y・アタソイ) |
オルハンの前に年老いた仙人が現れる |
正義の味方“空飛ぶ男”となったオルハン |
有名な科学者フルーシ博士が、自宅の研究室で犯罪王キリンク(ユルドゥルム・ゲンジェル)に殺害された。フルーシ博士は4年前までロンドンのキリンクのもとで殺人兵器の開発を強要されていたのだが、その化学式を持ち出して祖国トルコへと逃げてきたのだ。キリンクは自ら博士を殺害し、金庫から化学式を盗み出した。
ところが、その化学式は真っ赤な偽物だった。キリンクに盗まれることを恐れた博士は、事前に別の場所へ本物の書類を隠していたのだ。キリンクは部下に命じ、再び博士の自宅を捜索させることにする。
その頃、フルーシ博士の息子オルハン(イルファン・アタソイ)は、父の墓石の前で復讐を誓っていた。そこへ突然、煙の中から年老いた仙人が現われる。彼はオルハンにこう言った。“ヘラクレスの力とゼウスの権力と正義、ネプチューンの不死身、アルテミスの速さ、そしてマルスの空を征する力をそなたに与えよう”と。“シャザム!”と一言叫べば、たちまち正義の味方“空飛ぶ男”に変身することが出来るというのだ。
ただし、それらの力は悪を倒すためだけにしか使えない、絶体絶命のピンチの時だけしか変身できない、そして決して人前で変身してみせてはいけないという条件があった。かくして、無敵のスーパー・パワーを手に入れたオルハンは、改めて打倒クリンクを心に誓うのだった。
その頃、自宅にはクリンクの手下たちが押し入り、たまたま居合わせたオルハンの恋人ギル(ペルヴィン・パール)と妹オヤの二人が捕らえられてしまった。そこへ帰宅したオルハンも袋叩きにあったものの、スキを見て“空飛ぶ男”に変身。その凄まじいパワーで悪人たちを退治してしまう。
実は、化学式のファイルはギルの父親ジェミル博士(ムザフェル・テマ)が保管していた。フルーシ博士は殺される直前に、親友であるジェミル博士に大切なファイルを託していたのだ。だが、その隠し場所はジェミル博士しか知らない。
その晩、オルハンの自宅へ一人の老女がやって来る。病床に伏している夫がキリンクの正体を知っているので、家まで来れば教えてあげるという。オルハンはギルを連れて老女の家へと向かった。しかし、そこで待っていたのはキリンクとその一味だった。老女はキリンクの恋人スージー(シュザン・アヴジュ)が変装した姿だったのだ。間一髪で“空飛ぶ男”に変身したオルハンは、キリンクを追いつめることに成功。逃げ場を失ったキリンクは、到着した警察に撃たれてビルの上から落ちた。だが、それは替え玉だった。
さらに、一人で自宅へ帰ってきた妹オヤがキリンク一味に誘拐される。オルハンは“空飛ぶ男”に変身してオヤを救出するが、そのスキに留守番をしていたギルがさらわれてしまう。さらに、キリンクに寝返ったジェミル博士の助手(ミネ・ソレイ)が、博士とオヤの二人を誘拐。
キリンクはギルを拷問にかけ、ファイルの在り処をジェミル博士から聞き出そうとする。一味の隠れ家にやって来たオルハンも、捕えられて監禁されてしまう。娘の苦しむ姿を見かねたジェミル博士は、ついにファイルの隠し場所をキリンクに教えてしまうのだが・・・。
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キリンク一味がオルハンの自宅を襲う |
敵を次々となぎ倒す“空飛ぶ男” |
ファイルはジェミル博士(M・テマ)が保管していた |
脚本を手掛けたのはチェチン・イナンチェ。ジュネイト・アルキン主演のトルコ版『スター・ウォーズ』“Dünyayi
kurtaran
adam(世界を救った男)”(82)やトルコ版『ジョーズ』“Çöl(砂漠)”(83)、トルコ版『ランボー』“Korkusuz(恐れ知らず)”(86)といった怒涛のパクリ映画群で名高い(?)、トルコを代表するカルト映画監督の一人だ。
なお、本作の背景に流れるBGMの殆んどが著作権無視の無断使用。一番多いのが『007は2度死ぬ』(67)のサントラ盤で、お色気シーンでは『黄金の7人』の“ロッサナのテーマ”が臆面もなく使われている。どうやら、当時のトルコ映画では当たり前の行為だったらしい。
ちなみに、“空飛ぶ男”に変身したオルハンだが、実際に空を飛んで見せるのはワン・シーンだけ。しかも、一瞬のバストアップ・ショットなので、本当に空を飛んでいるのかどうかは全く分らない。基本的に走る、殴る、蹴るの3パターンしかワザを使わないから、どれくらい無敵なのかもイマイチ伝わってこないのが残念(笑)。
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警察に撃たれたキリンクは替え玉だった |
オルハンの恋人ギル(P・パール)を誘拐したキリンクたち |
ジェミル博士の助手(M・ソレイ)が裏切り者だった |
さてさて、一応主演としてクレジットされているのは、“空飛ぶ男”ことオルハン役のイルファン・アタソイ。実はこの人、プロの俳優ではない。当時トルコの地方都市で会社を経営していた青年実業家で、本作の製作費を提供する代わりとして主役の座を要求してきたのだそうだ。
確かに、よくもまあこんな地味顔で主役を張れたもんだというのが第一印象だったが、なるほど金にモノを言わせていたというわけだ。これを機に彼は俳優兼プロデューサーとして映画界へ本格進出し、しまいには映画監督まで手掛けている。やっぱりすごいなあ、トルコ映画界。
それ以外のキャストは、いずれもアタデニズ監督作品の常連だった俳優たち。ジェミル博士の妖艶な女助手を演じているミネ・ソレイは、現在もテレビ・ドラマで活躍しているらしい。
なお、本作はオリジナル・ネガ・フィルムが現存しない。アタデニス監督は本作を含めた数本の自作映画を国立映画資料室に保存してもらおうと持ち込んだが、先述したように維持費の予算不足などを理由に断られてしまった。仕方なく会社の倉庫に保管していたが、共同経営者だった人物が勝手に焼却処分し、フィルムから抽出した銀を売って現金に換えてしまったのだという。なので、上記のギリシャ盤DVDは、古いベータカム素材をマスターとして使用している。画質はボロボロだし、途中で抜けてしまっているカットも多数存在するが、これが現在見ることの出来る唯一のソースなのだそうだ。
Kilink Uçan Adam'a Karşı
(1967)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売
監督:ユルマズ・アタデニズ
(P)2006 Onar Films
(Greece)
画質★☆☆☆☆ 音質★☆☆☆☆
DVD使用(ギリシャPAL盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:トルコ語/字幕:英語・ギリシャ語/地域コード:ALL/50分/製作
:トルコ
※1200枚限定プレス盤(シリアル・ナンバー入り)
特典映像
アタデニズ監督 インタビュー
Y・アタソイ インタビュー
フォト・ギャラリー
監督フィルモグラフィー
監督バイオグラフィー
トルコ映画予告編集
製作:ユルマズ・アタデニズ
脚本:チェチン・イナンチェ
撮影:ラフェット・シリネル
出演:イルファン・アタソイ
ペルヴィン・パール
シュザン・アヴジュ
セヴィンチェ・ペクン
ムザフェル・テマ
ミネ・ソレイ
フェリドゥン・ジョルゲジェン
ユルドゥルム・ゲンジェル
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キリンクを追って悪魔島へ向かうオルハン(I・アタソイ) |
殺人兵器レーザー銃の標的にされてしまう |
キリンク一味に捕えられたオルハンたち |
こちらが同時撮影された第2弾。前作のエンディングで悪魔島の基地へと逃げたキリンク一行を追って、“空飛ぶ男”ことオルハンが命がけの活躍を見せる。捕えられた恋人ギルとジェミル博士を救出し、殺人兵器レーザー銃の攻撃をかわすオルハンだったが、またしてもキリンクとスージーに逃げられてしまう。イスタンブール市内のアジトへと隠れたキリンクたちは、今度はトルコを訪問中のオーストリア皇女を殺して宝石を奪おうとするのだが・・・というお話だ。
基本的なノリは前作とほぼ一緒。最新科学の粋を集めたレーザー銃が、実際はただのガスバーナーというのは大爆笑だ。しかも、山を吹っ飛ばすくらいの威力があるはずなのに、キリンクは平然とした顔をしながら基地の広間で“空飛ぶ男”に向かってレーザー銃を使用。お前は自殺でもするつもりか!?といいたくなるところだが、もちろん部屋が吹っ飛んだりすることはない。そればかりか、“空飛ぶ男”が片手でピシッと叩いただけでぶっ壊れてしまうという、とてもとてもショボイ殺人兵器なのであった。これで世界を征服しようとは、なんとも陽気なヤツである。キリンクという男は。
なお、本作は全体の3分の2弱しかフィルムが現存していない。しかも、その現存する映像50分のうち約20分が前作のダイジェスト。後半のオーストリア皇女の宝石を巡る展開はスチル写真しか残されていないため、上記DVDでは静止画とナレーションだけで処理されている。
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スージー(S・アヴジュ)と甘いひと時を過ごすキリンク |
広間では宴が催される |
そのスキにギルやジェミル博士らを脱出させる |
ギル(ペルヴィン・パール)とジェミル博士(ムザフェル・テマ)を誘拐し、悪魔島の基地へと逃げおおせたキリンク(ユルドゥルム・ゲンジェル)と恋人スージー(シュザン・アヴジュ)。キリンクはジェミル博士を部下のマクスウェル博士(フェリドゥン・ジョルゲジェン)に無理やり協力させ、ついに殺人兵器レーザー銃を完成させた。
一方、キリンクたちの行方を追うオルハン(イルファン・アタソイ)は、地元の漁師に頼んで悪魔島へとボートで向かう。ところが、たまたまレーザー銃の実験をしていたキリンクらと遭遇し、標的にされてしまう。間一髪で逃げ出したオルハンと漁師。だが、キリンクの手下たちによって捕えられてしまった。
牢屋に入れられたオルハンは、ギルやジェミル博士が寝ている間に“空飛ぶ男”へと変身。彼らを島から脱出させ、広間で宴を繰り広げているキリンク一味を襲撃する。レーザー銃で応戦するキリンクだったが、無敵の“空飛ぶ男”には敵わない。キリンクは恋人スージーを連れて島を脱出した。警察は彼らの行方を捜す。
次にキリンクとスージーが狙うのは、トルコを公式訪問中のオーストリア皇女。彼女は膨大な数の宝石をコレクションしており、しかもそれらを常に持ち歩かねば気がすまない性格だった。そこで、キリンクはオーストリア皇女を殺害し、彼女の宝石を全て奪ってしまおうと企む・・・。
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レーザー銃で“空飛ぶ男”を攻撃するキリンク |
マクスウェル博士がキリンクの替え玉になっていた |
オーストリア皇女の宝石を狙うキリンク |
スタッフ・キャストは前作とほぼ同じ。今回は気の弱いおとぼけ漁師がお笑い担当の新キャラクターとして参加。かなりベタでコッテコテな吉本新喜劇風のギャグを連発してみせる。また、我がままで世間知らずで無防備なオーストリア皇女も後半に登場。ただし、現存するフィルムでは最初の数分しか動いている姿を見ることはできない。
もちろん、音楽も前作同様に『007は二度死ぬ』や『黄金の7人』のサントラを無断流用。キリンクのキャラクターといい、“空飛ぶ男”のコスチュームといい、怖いもの知らずのパクリ精神は健在だ。
Kilink Soy ve Öldür
(1967)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売
監督:ユルマズ・アタデニズ
(P)2006 Onar Films
(Greece)
画質★★☆☆☆ 音質★☆☆☆☆
DVD使用(ギリシャPAL盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:トルコ語/字幕:英語・ギリシャ語/地域コード:ALL/70分/製作
:トルコ
※1200枚限定プレス盤(シリアル・ナンバー入り)
特典映像
アタデニズ監督 インタビュー
Y・アタソイ インタビュー
フォト・ギャラリー
監督フィルモグラフィー
監督バイオグラフィー
トルコ映画予告編集
製作:ユルマズ・アタデニズ
セレフ・ギル
脚本:ユルマズ・アタデニズ
撮影:アリ・ウギュル
出演:ユルドゥルム・ゲンジェル
シュザン・アヴジュ
レハ・ユルダキュル
シェイダ・ヌール
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タワーから墜落死したキリンク(Y・ゲンジェル) |
キリンクはスージー(S・アヴジュ)を救出する |
ニューヨークで行われた犯罪組織の秘密会議 |
いよいよキリンクが単独ヒーローとして一本立ちした第3弾。今回のキリンク様は、トルコ軍の機密情報を記録したマイクロ・フィルムを巡って対立するアメリカとアラブの犯罪組織を手玉に取り、両者を相撃ちさせて現金と金塊を独り占めにしようと画策する。いうなれば、トルコ版『用心棒』といったところだろうか。
まず今回の大きな特徴は、キリンク様のキャラクターに変更が加えられている点だろう。なんだか微妙にいいヤツなのである。相変わらず犯罪王を名乗ってはいるものの、殺す相手は悪者だけだし、犯罪組織に誘拐された母子を助けて“もう2度とこんな事件に巻き込まれるなよ”なんて忠告してみたり、警察に匿名電話で犯罪組織の情報を流したりなんかするんだから。しかも、しまいには愛国心にまで目覚めてしまい、“世界で最も偉大な国トルコとその警察をナメんなよ!”なんて外国から来た犯罪者どもに啖呵を切って見せるのだ。
その一方で、冒頭からアタデニズ監督の適当ぶりは相変わらず全開。前作のクライマックスでキリンクはタワーから落ちて死亡が確認され、スージーは警察に逮捕されてしまう。ところが、その直後にスージーはキリンクの助けでまんまと刑務所を脱走するのだ。なぜ死んだはずのキリンクが生きており、どうやってスージーを救出したのかは一切説明なし。とりあえずキリンク様に不可能はないのだから、それでオッケーなのだろう。
そうかと思えば、キリンク様の説明過多と減らず口も健在。いちいち自分がこれからすることを事細かに説明してくれるのはもちろんのこと、自画自賛の自己陶酔的セリフの数々には抱腹絶倒間違いなし。ついでに、悪人や悪女たちのセリフもクサいのなんのって。
例えば、変装を見破った女に向かってクリンク様曰く“おめでとう、お嬢さん。さあ、俺さまの正体をとくと見せてやろう”。対する女の方も“あなたが犯罪の帝王キリンクだったのね!こんなところで会えるとは思ってなかったわ。さあ、一緒に悪いことでもしましょ”だとさ。いやあ、やってらんないね(笑)
そんなわけだから、今回もキリンク様は悪いセクシー美女たちからモテモテのウハウハ状態。中には手こずらせる女もいるにはいるのだが、そんな時は強引にレイプでもすればイチコロ。もちろん、最後にはみ〜んな殺しちゃうんだけどね。最愛の人スージー以外は。
で、そのスージーとの関係も今回はよりロマンティックでプラトニックな様相を呈してくる。というか、スージーが相手となると、キリンク様もやけにジェントルマンなのだ。それにしても、マスクやスーツを着用したままのキスやセックスってどんなもんなんだ?だいたい、マスクの上にマスクを被って変装するなんてアリなのか?とまあ、どうもそっちの方が気になって仕方ない。
そんなこんなで、キリンク様のキャラクターのブレには賛否両論あるところだろうが、個人的にはこの3作目が一番カラフルで楽しく感じる。セットやロケーションなど貧乏臭いのが玉に瑕ではあるが、イタリア辺りのB級スパイ映画にも通じる魅力があると言えるだろう。
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組織のメンバー404を殺して入れ替わるキリンク |
ユソフの一味に夫を殺された人妻フィリッツ |
アラブ人ユソフ(R・ユルダギュル)もフィルムを狙う |
犯罪王キリンク(ユルドゥルム・ゲンジェル)がタワーから墜落して死亡し、その恋人スージー(シュザン・アヴジュ)は警察に逮捕された。だが、それからほどなくして、スージーはキリンクに救出される。彼は生きていたのだ。
次にキリンクはニューヨークへと向かった。アメリカの犯罪組織の会議に出席するためだ。そのボスによると、トルコ軍の機密情報を記録したマイクロフィルムをイスタンブールのパタゴニア大使館が保持しており、それを悪用しようと考えているらしい。組織はそのマイクロ・フィルムを奪い、さらに高値でパタゴニアに売りつけようという魂胆だったのだ。
キリンクは組織のメンバー404を殺害して彼になりすまし、イスタンブール支部のボスであるケレムに接触する。404の愛人がキリンクの正体を見破るが、彼は女を味方につけるふりして殺害。さしものケレムも、これがキリンクの仕業だと勘付く。
一方、アラブの犯罪組織のボス、ユソフ(レハ・ユルダギュル)もマイクロ・フィルムを狙っていた。ユソフは裏切り者エクレムの妻フィリッツをパタゴニア大使館へ秘書として送り込む。マイクロフィルムを盗んでこないと、幼い一人息子を殺すと脅迫したのだ。だが、パタゴニア大使はフィリッツの素性に気付いており、偽者のマイクロフィルムを掴ませた。
ユソフ一味もマイクロ・フィルムを狙っていると気付いたキリンクは、ユソフの子分に成りすましてアジトへ紛れ込む。そこでは、今まさにマイクロフィルムを盗むことに失敗したフィリッツと幼い息子が処刑されようとしていた。キリンクは隙を見て二人を逃がす。同時に、彼はユソフ一味の金塊強奪計画を知る。
次にキリンクはパタゴニア大使館へ侵入した。大使は留守だったが、その愛人ジャーレが拳銃でキリンクを脅す。ジャーレをレイプして手なずけたキリンクは、マイクロ・フィルムを奪って彼女を殺害。その死体に特殊な薬液を塗って、フィルムの内容をコピーした。さらに、キリンクは警察へ匿名で電話し、パタゴニア大使館がスパイ行為を行っていることを通報する。
キリンクがマイクロフィルムを奪ったと知ったケレム一味は、たまたま道ですれ違ったスージーを誘拐。ケレムの愛人セルマは毒蛇を使ってスージーを拷問し、キリンクの居場所を自白させる。だが、セルマはケレムを裏切ってキリンクに寝返った。
その頃、一連の動きを監視していたユソフの一味は、ケレム一味とキリンクがお互いに殺し合って自滅すれば、マイクロフィルムも金塊も全て自分たちのものになると判断。事態を静観していることにする。
ジャーレの死体にマイクロ・フィルムの内容が記録されていると知ったケレム一味は、墓地へ向かって彼女の死体を掘り起こす。そこへ、キリンクとセルマが現われ、両者は激しい銃撃戦を繰り広げる。ケレム一味はキリンクによって皆殺しにされた。セルマはキリンクも殺そうとするが、銃の暴発であえなく死亡する。
一方、スージーはユソフ一味のアジトを監視しており、無線でキリンクと連絡を取り合っていた。金塊強奪計画が動き出すはずだったからだ。しかし、アジトの目の前に車を止めていたことから、相手に存在を勘付かれてしまう・・・。
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404の愛人に正体を見破られたキリンク |
ケレム一味はキリンクの暗躍に勘付く |
フィリッツと息子を逃がすキリンク |
見るからに行き当たりばったりなストーリー展開の本作、なんだかよく分らないけどやたらと賑やかです!というのが正直な感想だろうか。前2作では殆んど子分たちに実行役を任せていたキリンクも、本作では愛するスージーと二人だけで行動。それだけにフットワークも軽く、格闘シーンや追っかけシーンなどの派手なアクションの見せ場も前2作以上に多く盛り込まれている。
そんな中で妙に印象深かったのが、ユソフ一味に捕らわれたフィリッツと幼い息子の登場場面。ユソフ一味が幼い子供にナイフを突きつけるのだが、この子役の男の子が見るからに本気で怖がっているのだ。男の子はまだ2〜3歳といったところ。演技をするにはまだ早い年齢だろう。そんな男の子が、目の前に突きつけられたナイフを目た瞬間に顔面蒼白、文字通り恐怖に引きつった表情で必死になって泣き叫ぶのである。さらに、キリンクが正体を現すシーンでも、その骸骨マスクを見たとたんに男の子はショックでパニック状態に。とても演技には見えない。というか、演技ではないのだろう。これはもう、ほとんど幼児虐待。さすが無法地帯のトルコ映画界、撮影現場では子供にだって情け容赦なしだ。
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パタゴニア大使の愛人ジャーレ |
スージーはケレムの愛人セルマに拷問される |
セルマはキリンク側に寝返ったのだが・・・ |
そして、今回はアタデニズ監督自らが脚本も担当。恐らく黒澤明監督の『用心棒』かセルジョ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』を参考にしたのだろう。また、撮影監督を担当したアリ・ウギュルという人物は、当時トルコでは幾つもの映画賞に輝く有名なカメラマンだったらしい。
主人公キリンク役には、前2作に続いての登板となるユルドゥルム・ゲンジェル。画面には一切素顔を見せないため、1作目ではノー・クレジット、2作目では特別出演扱いだったが、今回晴れてトップ・ビリングされることとなった。彼はトルコ版『スーパーマン』“Süpermen
dönüyor(スーパーマンの帰還)”(79)の悪役を演じていた人で、30年間のキャリアで100本近くの映画に出演した名優だったようだ。
そのキリンクの恋人スージー役のシュザン・アヴジュも、前2作に引き続いての登場。これまでは犯罪を楽しむ妖艶な悪女といった感じだったが、今回はキリンクの身を案じる良きパートナー的な側面が強調されている。
ちなみに、アラブ人の悪党ユソフ役のレハ・ユルダギュルは、先述したトルコ版『スーパーマン』でクラーク・ケントこと主人公タイフーンの父親役を演じていた人。このトルコ版『スーパーマン』というのがまた珍品で、テーマ曲はジョン・ウィリアムスのオリジナルをそのまんま流用。本編中でも『007』のテーマから『ミッドナイト・エクスプレス』のテーマまで、ありとあらゆる映画音楽を無断で拝借。オモチャのスーパーマンがカッパドキアの記録フィルムを背景に空(?)を飛ぶという、なんとも手作り感覚溢れるSF超ポンコツ作だった。