カーチャ・レル Katya Lel

 

KATYA_LEL.JPG

 

 昨年デビュー10周年を迎えた女性シンガー、カーチャ・レル。ロシアではアルスーやワレリア、ジャスミンなどと並んで高い人気を誇っているトップ・スターだ。03年の秋にリリースされたシングル“Musi-Pusi”は、翌04年にかけてラジオのエアプレイ・チャートで連続11週ナンバー・ワンを獲得するという大ヒットを記録した。
 モスクワの有名な音楽アカデミーで声楽を学んだという正統派だが、正式な音楽教育を受けたエリート歌手にありがちな尊大さはこれっぽちもない。それどころか、そのソフトでフェミニンな歌声は非常にナチュラルで、聴き手の心を癒すような独特の暖かさが魅力だ。
 デビュー当初はごくありがちなダンス・ポップ路線で売り出したカーチャ。だが、03年のシングル“Moi Marmeladni(私のマーマレード・ボーイ)”辺りからアダルトなアーバン・サウンドへとイメージ・チェンジを図り、その結果大成功を収めた。もともと、イギリスのソウル・バンド、シャーデーに多大な影響を受けたと公言していた彼女。ソウルやジャズのテイストを盛り込んだサウンドというのは、本来彼女がやりたかった路線だったのだろう。
 最近ではプロデューサーとの契約トラブルで3年近くも新作を発表できないという不遇の時期を味わったが、昨年見事にカムバックを果たした。

 1974年9月20日、ロシア連邦はカバルダ・バルカル共和国の首都ナリチクに生まれたカーチャ。本名をエカテリーナ・ニコラエフナ・チュプリニーナという。実家は平均的な中流家庭で、カーチャと姉イリーナは両親の愛情をめいっぱい受けて育ったという。
 もの心ついた頃から歌手に憧れ、3歳の頃からピアノのレッスンを始めている。地元の音楽学校を卒業したカーチャは、19歳の時に両親の猛反対を押し切ってモスクワへ上京した。エフゲニー・キーシンやオレグ・マインセンベルグなどの大物音楽家を輩出している名門グネーシン音楽大学で声楽を学ぶ傍ら、大学の恩師でもある大物歌手レフ・レシュチェンコの主宰する音楽劇団に参加。ロシア全土から参加者が集まった音楽コンテスト“ミュージカル・スタート-94”でも入賞を果たした。
 そして98年、大学卒業とほぼ同時にプロ歌手としてデビュー。文字通りエリート・コースを順調に歩んで行ったわけだが、その陰では精神的な苦労も絶えなかったという。
 彼女の生まれ育ったナリチクはカバルダ・バルカル共和国の首都とはいえ、所詮はロシアの片隅にある地方都市。隣近所の誰もが知り合いで、道ですれ違った赤の他人とも挨拶を交わすのが当たり前という長閑な環境に育った彼女にとって、大都会モスクワでの生活は非常に過酷な試練だったという。最初の数年間で彼女が学んだことは“他人に頼らない、他人を信用し過ぎない”ということ、そして“この街では強い者だけが生き残ることができる”ということだったそうだ。
 98年にデビュー・アルバム“Eliseiskie Polya(シャンゼリゼ通り)”をリリースし、コンサート・ツアーも大成功させたカーチャ。翌年のセカンド・アルバム“Talisman(お守り)”からはシングル“Zolotoi(ゴールド)”と“Bavochka(バタフライ)”がヒット。
 さらに、00年のサード・アルバム“Sama(それ自身)”からはタイトル曲と“Mejdu Nami(私たちの間)”がヒットした。中でも、それまでのユーロ・ダンス・ポップ路線とは一線を画したロック・バラード“Mejdu Nami”は大評判となり、翌年にはアレンジを変えたニュー・バージョンをリリース。こちらは、よりロシア的な哀愁を漂わせたポップ・バラードに仕上がっており、各ラジオ局のヒット・チャートでも上位をマークする大ヒットとなった。
 これが転機となり、03年カーチャはグリュコーザやバイアグラを手掛けた大物プロデューサー、マキシム・ファデーフと契約。アーバン・ディスコ・スタイルのファンキーなポップ・ナンバー“Moi Marmeladni”で大胆なイメージ・チェンジを図って成功を果たした。
 さらに、翌04年にはドイツ出身のプロデューサー、アレクサンドラ・ヴォルコワと10年の長期契約を結び、シングル“Kruchu-Verchu”を大ヒットさせる。しかし、カーチャとヴォルコワは折り合いが悪かったらしく、06年に契約の解除を申し入れたものの話し合いが抉れてしまい、そのまま裁判沙汰となってしまう。
 ヴォルコワ側から訴えられた彼女は音楽活動を大幅に制限されてしまい、新曲のレコーディングも行えなくなってしまった。しかし、08年の春になって裁判所の判決が下り、ヴォルコワ側の訴えは全面的に却下。5月には自らプロデュースを手掛けた新曲“Eto Vsye(これが全て)”をリリースし、ようやく音楽シーンの第一線に返り咲いた。
 さらに、同年10月には若手実業家のイーゴル・クズニェツォフと結婚。同時期にリリースされたシングル“Poidi Za Toboi(あなたについて行く)”もヒットし、3年振りとなるアルバム“Ya Tvaya(私は貴方のもの)”もリリースされた。そして、今年の4月8日には長女エミリヤを出産している。
 かつて、ロシアでは金持ちの実業家や大物プロデューサーと結婚して、その財力で名前を売る若い女性芸能人が多いことについて訊かれた際、“まずは自分の人生で何かを成し遂げた上で、夫となる人の尊敬を勝ち得たい”と語っていたカーチャ。そのコケティッシュなルックスや柔らかな歌声とは裏腹に、とてもタフで意思の強い女性なのかもしれない。

 

※アルバム・タイトルはロシア語を英語アルファベットで表記し、その英語訳を併記してあります。楽曲タイトルは全てロシア語を英語アルファベットで表記しました。

SAMA.JPG MEJDU_NAMI.JPG DHAGA_DHAGA.JPG KRUSHU_VERCHU.JPG

Sama (2000)
Itself

Mejdu Nami (2002)
Between Us

Djaga-Djaga (2003)

Kruchu-Verchu (2005)
Twist-Twirl

(P)2000 CD Land (Russia) (P)2002 Gramofon Records (Russia) (P)2003 Studio Monolit (Russia) (P)2005 CD Land (Russia)

1,Sama ビデオ
2, Ishu Tebya
3,Gorod Adinokih Serdets
4,Dva Slova
5,Krichi
6,Uletayu
7,Volchitsa
8,Mejdu Nami
9,Uhodi
10,Zaberi Menya
bonus video
<Sama
>
<Mejdu Nami>

1,Malebala
2,Mejdu Nami ビデオ
3,Sneg
4,Gorod Adinokih Serdets
5,Ne Ischezai
6,Eto-Lyubov
7,Ya Adna
8,Serdtse Byotsya ビデオ
9,Goroshini ビデオ
10,Nyedolgie Razluki
11,Kak Ya Tebya Lyubila
12,Burya
13,Zaberi Menya
14,Gadayu Na Lyubov
15,Belaya Cheremuha
bonus video
<Mejdu Nami>

1,Moi Marmeladni (Ya Ne Prava) ビデオ
2,Daletai ビデオ
3,Stoyat Boyatsya
4,Padaem Vniz
5,Prosti Menya
6,Musi-Pusi ビデオ
7,Belum Melom
8,Neba Na Dvaih
9,Ya Zvezda Tvaya
10,Ya Ne Veryu Tyebe
11,Aspusti
12,Nye zavi
bonus video
<Moi Marmeladni (Ya Ne Prava)>
<Daletai>
<Muchi-Puchi>

written & produced by Maxim Fadeev

1,Kruchu-Verchu
2,Dva Angela
3,Krugom Galava
4,Dve Kapelki ビデオ
5,Ruli-Ruli
6,A Ya Zavu
7,Ya Lyublyu Tyebya bideo ビデオ
8,Parish
9,Da Svidaniya, Milii ビデオ
10,Moi Kapitan
11,Gdye Ti Tyeperi
12,Nyeshnast
bonus video
<Kruchu-Verchu>
<Ya Lyublyu Tyebya>
<Dve Kapelki>

produced by Alexandra Volkova
 デビュー当初はダンス・ポップ路線だったカーチャですが、このサード・アルバムでは全体的にロック的なアプローチを強めているという印象。音作りがバンドっぽいんですよね。シングル#1ではヒップ・ホップ的な打ち込みも導入。やはりベストは大ヒットしたロック・バラード#8でしょう。ただ、個人的には再発された別バージョンの方が好きかな。いずれにせよ、ロシア語とロックというのはいまひとつ相性が良いとは言えず、本作もバック・トラックのアレンジに聴くべきところはあるものの、トータルの印象としてはいまひとつだと思います。  カーチャにとって最初の転機となった4thアルバム。ユーロ・ディスコからバラードまで幅広いジャンルを網羅しつつ、なかなかセンスの良いポップス・アルバムに仕上がっています。中でも、爆発的な大ヒットとなった#2(前作収録曲のニュー・バージョン)はオススメ。いかにもロシアっぽいセンチメンタルで可愛らしいポップ・バラードに仕上がっています。お気楽なユーロ・トランス・ポップ#9も当時はかなりヒットした記憶がありますが、個人的にはイマイチ。かえって#10や#11みたいにロシア歌謡的なポップ・ナンバーの方が好みですね。  カーチャの名声を決定付けたメガ・ヒット・シングル#1と#6を収録した大ヒット・アルバム。特にファンキーなサウンドとユーモラスな歌詞が強烈なインパクトを残すガラージ・ディスコ風のポップ・ナンバー#1は大・大・大好きな作品です。同じく70年代ディスコを意識したスタイリッシュなダンス・ナンバー#も良く出来ていると思うし、シングル・カットもされた幻想的なバラード#2、スケール感のある叙情的なトランス・ハウス#8なんかもヒット・ポテンシャルの高い作品だと思います。楽曲によって出来不出来のバラつきはありますけど(^^;

 自ら作詞・作曲を手掛けた#1、#
4、#7がシングル・ヒット。明らかに前作からの路線を踏襲したポップ・アルバムに仕上がっています。#1は“Muchi-Puchi”の二番煎じ的な印象ではあるものの、キュートでキャッチーなメロディは彼女のイメージにピッタリ。センチメンタルなバラード#4は、ロシアン・ポップスならではの叙情感がとても魅力的な名曲です。ジャズ・フュージョン風の
サウンドと甘いメロディが印象的な#6やノスタルジックなエレクトロ・ボサ#12など、カーチャのメロディ・メーカーぶりが発揮された1枚だと思います。

BEST.JPG YA_TVOYA.JPG

Kruchu-Verchu (Best)

Ya Tvaya (2008)
I'm Yours

(P)2005 Sunrise Records (Russia) (P)2008 Monolit Records (Russia)
1,Kruchu-Verchu
2,Stoyat Boyatsya
3,Musi-Pusi ビデオ
4,Padaem Vniz
5,Moi Marmeladni (Ya Ne Prava)
6,Malevala
7,Dve Kapelki
8,Daletai
9,Serdtse Byotsya
10,Zalatai
11,Sama
12,Babochka
13,Zvyezdochka
14,Nyedalgie Razluki
15,Belaya Cheryemuha
16,Kak Ya Tyebya Lyubila
17,Nyebo Na Dvoih
18,Goroshin
19,Ya Nye Veryu Tyebe
20,Marusya Raz, Tva, Tri, Kalina
21,Moi Marmeladnii (English Version)ビデオ

1,Krestiki-Noliki ビデオ
2,Ya Tvaya
3,Eto Vsye ビデオ

4,Veter
5,Vremya-Vada ビデオ
6,Dja-La-La
7,Hrani Tebya Bog
8,Paidu Za Taboi
9,Sdelai Shag
10,Esli Ya Dlya Tebya
  (duet with S.Zverevim)
11,Krasavchik-Mushchina
12,Novi God
bonus video
<Krestiki-Noliki>
<Eto Vsye>
<Esli Ya Dlya Tebya>

produced by Katya Lel

 こちらはロシアお得意のセミ・オフィシャル・リリースによるベスト盤。まあ、分かりやすく言えば“ほぼ海賊盤”というやつです(笑)最初のメガヒット“Mejdu Nami”が収録されていないというのはちょっと不思議ですが、それ以外のヒット曲は一通り網羅されています。中でも一番の目玉は、大ヒット曲#5の英語バージョン#21。ただ、やはり使い慣れない英語の歌詞に気を取られているせいか、カーチャのボーカルは全く精彩なし。これはお蔵入りの方が良かったかも。一方、アルバム未収録のクレイジーなロシア民謡風ロック・ディスコ#20はなかなかユニークな佳作です。  3年ぶりのリリースとなった最新アルバム。公私共に絶好調な彼女の“現在”を如実に感じさせる、幸福感溢れる爽やかな印象のポップ・アルバムに仕上がっています。中でもカーチャ自身が作詞・作曲を手掛けたタイトル曲#2は、結婚を控えた彼女自身の充実した私生活を垣間見させる美しくも優しげなバラード。いやはやゴチソウさまですという感じではありますが(笑)少数民族の民族楽器をフューチャーしたエキゾチックなダンス・ナンバー#6なんかも、これまでになかったタイプの作品として興味深いと思います。ひとまず、彼女のオリジナル・アルバムの中ではベストの出来かもです。

 

戻る