ジュリー・ロンドン Julie London
〜ジャズ界のファム・ファタール〜
ジュリー・ロンドンほど個性的で魅力的な女性ジャズ・ボーカリストもなかなかいない。ハスキーな低音、官能的なボーカル・ワーク、卓越したリズム感、繊細な表現力。謎めいたファム・ファタールでありながら、どこか奥ゆかしい暖かさと純朴さを兼ね備えた歌声は、ジュリー・ロンドンというひとつの“ジャンル”を確立してしまったようにも思う。ペギー・リーのフォロワー的なイメージもあるが、姉御肌のヴァンプ的魅力を持ったペギーに比べてジュリーの歌声にはどこか儚さのようなものが感じられる。
彼女の夫だったボビー・トゥループによると、ジュリーは自分自身の歌手としての才能には懐疑的だったという。大勢の観客の前で歌うのが苦手で、自己顕示欲のあまりない女性だったらしい。その辺りの謙虚さ、慎ましやかさこそが彼女の大きな魅力であり、特に日本人に根強く愛され続けている理由のように思う。彼女自身も日本に対する親近感が強かったらしく、数少ない海外公演をここ日本で行っている。
最大のヒット曲である“Cry
Me A
River”に代表されるように、ジュリー・ロンドンの持ち味はメランコリックで官能的なトーチ・ソングにあるが、その一方でドラムとベースだけをバックに絶妙なリズム感と表現力で歌いこなす“Come
On-A My House(家へおいでよ)”や、軽やかでモダンなボサノバのリズムで華麗にダンサンブルに歌う“Fly Me To The
Moon”のような都会的で洗練されたラウンジ・ナンバーも非常に印象深い。ジャズ・ボーカルというカテゴリーにとらわれず、様々な音楽の要素を積極的に取り入れる柔軟さがあったからこそ、その作品は今聴いても全く古臭さを感じさせない。
1926年9月26日、カリフォルニア州サンタ・ローザに生まれたジュリーは、本名をゲイル・ペック(Gayle
Peck)という。両親のジャックとジョセフィンはボードヴィルの芸人で、彼女が14歳の時に一家はロサンゼルスに移った。デパートのエレベーター・ガールの仕事をしながらマッティ・マイネック・オーケストラの歌手として活動していた彼女は、俳優アラン・ラッドの夫人スー・キャロルにスカウトされ映画デビュー。
そう、彼女はもともと映画女優だった。とはいえ、映画女優といえば聞こえはいいが、映画界ではなかなか芽が出なかった。デビュー作はC級クラスの低予算映画「ジャングルの妖女」('44)。ハリウッド史上最も安っぽいゴリラの着ぐるみが登場する映画として悪名高い作品で、彼女はタイトル・ロールの“妖女”役を演じていた。それ以降も、もっぱらお色気担当の2番手、3番手の役柄ばかりが続き、俳優のジャック・ウェッブとの結婚(47年)を機に映画界から遠ざかってしまう。
しかし、ウェッブとの結婚は長続きせず、2人の娘をもうけたものの53年に離婚。仕事もなくスランプに陥っていた時期に出会ったのがジャズ・ミュージシャンで作曲家のボビー・トゥループだった。もともと熱烈なジャズ・ファンだったジュリーとボビーはたちまち意気投合し、彼の勧めでジュリーは1955年にクラブ歌手として新たなキャリアをスタートさせる。
同年にシングル“Cry
Me A River”とアルバム“Julie Is Her Name”をリリース。“Cry Me A
River”が爆発的な大ヒットとなり、アルバムも300万枚を売り上げた。以降、彼女は1969年までの間に、実に32枚ものアルバムをレコーディングし、アメリカで最も人気の高い女性ボーカリストの一人となった。
ボビーとは1959年12月に正式に結婚し、99年2月に彼が死去するまで40年近くも連れ添った。2人の間には3人の子供がいる。
また、彼女は歌手デビューとほぼ同時に映画界にもカムバックし、「西部の人」('57)ではゲイリー・クーパーの相手役も演じている。しかし、やはり映画女優としては大成するに至らなかった。逆に、女優としてはテレビでの活躍が目立ち、中でも1972年から79年まで続いた人気ドラマ“Emergency”の看護婦ディキシー・マッコール役で親しまれた。このドラマ、日本ではパイロット版のうちの幾つかがロードショー番組で放送されたのみで、残念ながらシリーズそのものは未放送のままで終わってしまった。
その後、映画「シャーキーズ・マシーン」(’81)の挿入歌を歌ったのを最後に芸能界を引退したジュリーは、2000年10月18日に74年の生涯を閉じた。最近では映画「Vフォー・ヴェンデッタ」('05)で“Cry
Me A
River”が使用されて話題になったし、日本でもテレビのCM等で彼女の楽曲が使用される事も少なくない。
大人の女性らしいエレガンスとダンディズムを兼ね備えた彼女の歌声と、粋で洒脱で洗練された楽曲の数々は、決して時代や流行の移り変わりに左右される事がない。半世紀を経てた今でも十分にお洒落でモダンなその作品は、数多くのジャズ・ボーカル作品の中でも特別な輝きを放ち続けている。
Cry Me A River
(P)1997 Disky (Netherland)
CD 1
1,Cry Me A River
2,Days
of Wine and Roses
3,Gone With the Wind
4,Broken Hearted
Melody
5,Love For Sale
6,Laura
7,Vaya Con Dios
8,How Deep Is
The Ocean
9,I Want To Find Out For Myself
10,I'm Coming Back To
You
11,Love On The Rocks
12,Hard Hearted Hannah
13,Little Things
Mean A Lot
14,June In JanuaryCD 2
1,All Alone
2,End of the
World
3,My Heart Belongs to Daddy
4,Blue Moon
5,Guilty
Heart
6,I'll Remember April
7,Charade
8,Wives and
Lovers
9,What is This Thing Called Love
10,Goody Goody
11,I Left
My Heart is San Francisco
12,Why Don't You Do It Right
13,Please Do
It Again
14,Can't Get Used to Losing YouCD 3
1,Call Me
Irresponsible
2,Fly Me To The Moon
3,I'm in the Mood for
Love
4,Nightingale can Sing the Blues
5,Taste of Honey
6,Girl
Talk
7,When Snowflakes Fall in the Summer
8,S'Wonderful
9,What'll
I Do
10,September in the Rain
11,Our Day Will
Come
12,More
13,In the Still of the Night
14,Can't Help Lovin'
That Man
究極のベスト盤とも言えるオランダ盤3枚組CD。これだけで大半の代表作が揃ってしまうお徳盤。1枚目は彼女の名刺代わりとも言える大ヒット#1で幕を開ける。ヘンリー・マンシーニによる映画「酒とバラの日々」の主題歌#2やコール・ポーターの名曲#5、レス・ポール&メアリー・フォードの歌唱でも有名なラテンの名曲#7、エラ・フィツジェラルドも歌っていた#12などスタンダード・ナンバーが目白押し。その中で異彩を放っているのが超キャッチーでキュートなポップ・ナンバー#10。60年代のイギリスのアイドル・シンガー、マーク・ウィンターも歌っていた作品で、ジュリーの違った一面が楽しめる素敵な1曲。
スキーター・デイヴィスの大ヒット作として日本でも人気の高い名曲#2や、日本ではプレスリーの歌唱で有名な#4、映画「シャレード」のテーマ曲として御馴染みの#7、バート・バカラックの名曲#8、トニー・ベネットが歌って大ヒットさせた#11など、60年代の楽曲を中心にムード音楽的魅力の溢れる作品を集めた2枚目。やはり60年代のジュリーは最高です。マリリン・モンローの歌唱でも有名な#3なんか、ジュリーが歌うと品のある小粋なナンバーに変身。ポール・アンカやアンディ・ウィリアムスでも有名な#14もお洒落でかわいらしい仕上がり。カクテル・パーティーのお供にも最適な楽曲が揃いまくってます。
ラウンジ・クラシックとしても有名なダンサンブルな傑作ボサノバ・ナンバー#2を含む3枚目。それこそ星の数ほどのアーティストがカバーしている作品ながら、ジュリーのバージョンはダントツにお洒落でカッコいい。エブリ・ブラザースのヒットで有名な#7も、ドリーミーな多重録音でソフト・ロック的魅力溢れる仕上がりで素敵だし、ハモンド・オルガンの音色とボサのリズムが華麗なバカンス気分を演出する#11、映画「世界残酷物語」のテーマ曲をエレガントなカクテル・ジャズにアレンジした#12など、ポップスとしても非常に質の高い楽曲ばかり。
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Julie...At Home (1960) |
Yummy, Yummy, Yummy (1969) |
On TV |
(P) 1996 EMI Records (UK) | (P)2005 Collector's Choice (USA) | (P)1995 Toshiba EMI (Japan) |
Julie...At Home 1,You'd Be So Nice To Come Home To 2,Lonesome Road 3,They Didn't Believe Me 4,By Myself 5,The Thrill Is Gone 6,You've Changed 7,Goodbye 8,Sentimental Journey 9,Give Me The Simple Life 10,You Stepped Out Of A Dream 11,Let There Be Love 12,Everything Happens To Me Around Midnight 13,Around Midnight 14,Lonely In Paris 15,Misty 16,Black Coffee 17,Lush Life 18,In The Wee Small Hours Of The Morning 19,Don't Smoke In Bed 20,You And The Night And The Music 21,Something Cool 22,How About Me 23,But Not For Me 24,The Party's Over |
1,Stoned Soul Picnic 2,Like To Get To Know You 3,Light My Fire 4,It's Nice To Be With You 5,Sunday Mornin' 6,Hushabye Mountain 7,Mighty Quinn (Quinn, The Eskimo) 8,Come To Me Slowly 9,And I Love Him 10,Without Him 11,Yummy, Yummy, Yummy 12,Louie Louie |
1,The End Of The
World 2,Fascination 3,Cry Me A River 4,As Time Goes By 5,The Days of Wine And Roses 6,I Left My Heatr In San Francisco 7,What A Difference A Day Made 8,Love Letters 9,You And The Night And The Music 10,Come On-A My House 11,Sway (Quien Sera) 12,Blues In The Night 13,Theme From A Summer Place 14,Slaughtly Out Of Tune (Desafinado) 15,Misty 16,Sentimental Journey 17,A Taste Of Honey 18,More 19,You'd Be So Nice To Come Home 20,When I Fall In Love |
ジュリーの代表作とも言えるアルバム2枚をカップリングしたUK盤。個人的には“Around Midnight”の方が大変なお気に入り。スタン・ゲッツの演奏でも有名なセロニアス・モンクの傑作を歌ったタイトル・ナンバー#13の濃厚でむせかえるようなエロティシズムに卒倒です。僕らの世代にはリンダ・ロンシュタットのカバーでもお馴染みの#17、ビル・エヴァンズの演奏でも有名な甘いスウィング・ナンバー#20など、大人の時間をエレガントに演出してくれる素敵な1枚。単品のリマスター盤も出てます。 | オリジナル盤裏ジャケのコピーにもあるように、ジュリーが“今の”サウンドに挑戦したロック色の強い作品。ローラ・ニーロ、スパンキー&アワ・ギャング、ビートルズ、モンキーズ、ドアーズ、ニルソン、オハイオ・エクスプレスなど、超有名どころからマニアックな楽曲まで、抜群の選曲センス。きっちり彼女のカラーに染め上げているのは立派。ドアーズのカバー#3なんてジュリーのハスキーな気だるい低音ボイスとの相性最高で、とても官能的でムーディーな仕上がり。ソフト・ロック・ファンにも大いにオススメです。ただ、能天気なバブルガム・ロック・クラシック#11はちょっと無理があるように思われますねー。 | 数あるジュリーのベスト盤の中でも、単品ものとしては非常に優れた選曲の1枚。日本の企画盤ということもあって、日本人好みのメロディアスでエレガントなポップス色の強い作品ばかりチョイスされています。初心者向けには最適の1枚。全曲オススメですが、中でもジュリーの抜群のリズム感が堪能できるクールな#10、ラテン・スタンダードの名曲を艶かしく歌う超ゴージャスな#11、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲をカバーしたエレガントでダンサンブルなジャズ・ボサ#14は必聴。 |