ジェス・フランコ Jess Franco
セレクション PART 1

 

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 言わずと知れたユーロ・カルト映画の帝王、ジェス・フランコ。本名をヘスス・フランコ(Jesus Franco)という。エログロ満載のトラッシュ映画を量産した人物が、あのイエス・キリストと同じ名前の持ち主だというのも素敵な話ではないか(笑)。そればかりか、彼はクリフォード・ブラウンやJ・P・ジョンソン、ジャック・グリフィン、キャンディ・コスタなど20にも及ぶ変名と、時には性別までをも使い分け、実に200本近くもの低予算映画を撮り続けてきた。
 手掛けたジャンルもホラーからアクション、文芸エロス、ソフト・ポルノ、そしてハードコア・ポルノまで実に多種多様。作品のクオリティに関しても、芸術性の高い名作からほぼゴミ同然のポンコツ映画まで、これが本当に同一人物が撮った映画なのか!?と首を傾げてしまうくらいに出来不出来の落差が激しい。まあ、確率でいうと8〜9割方がポンコツの部類に入るのだけれど(笑
)
 思うに、彼自身は自らを娯楽映画の職人監督だと自負しているし、実際にそのようなスタンスで長いこと仕事をし続けてきたわけだが、本質的にはアバンギャルドなアート・センスを持った個性の強い映像作家であり、その認識のズレがそのまま作品のクオリティに反映されているような気がしてならない。なので、そんな彼の作家性を理解したプロデューサーのもとで仕事をすれば良い結果へと結びつくのだが、その逆の場合は見るも無残な結果に終わってしまう。
 事実、フランコと同じようなボヘミアンにして教養のある趣味人だった異色の大物プロデューサー、ハリー・アラン・タワーズのもとで作られた作品は、人によって好き嫌いの評価は分かれるにしても、いずれも映画としてなかなか完成度が高い。作品の題材やテーマと彼の作家性が上手い具合にマッチしているのだ。ところが、トラッシュ映画の宝庫(?)として知られるフランスのユーロシネと組むようになった前後辺りから、彼の作品は見るも無残なまでに劣化の一途をたどっていく。もちろん、提供される製作費が極端に低かったことも理由の一因ではあるが、製作者たちがフランコの才能を数多の低予算系職人監督と同程度に扱っていたことが最も致命的な過ちだったように思う。
 さらに、フランコ作品のミューズとも言うべき女優ソレダート・ミランダが若くして事故死したことのショックも重なり、いつしかフランコはただ生活のために面白くもない仕事を次々と引き受けていくようになる。その中には、まぐれ当たりのように彼の個性と題材がユニークな結実を遂げた作品や、逆に出来栄えが酷すぎるがために異様なインパクトを持つ作品もあり、それらをひっくるめてカルト映画監督ジェス・フランコの伝説というか神話みたいなものが形成されてきた。
 “私は自分の映画を見るのが嫌いだ”と語るフランコ。その作家性については様々なところで語り尽くされてきたし、「異形の監督ジェス・フランコ」(木野雅之著)という圧倒的な情報量の研究書まで存在する。なので、ここでは簡単なプロフィールに触れる程度でとどめ、筆者が独断と偏見で選んだ代表作をアットランダムに紹介していこうと思う。

 1930年5月12日スペインはマドリードで生まれ育ったフランコ。スペインが血で血を洗う内乱に明け暮れた時代に少年期を過ごした彼は、映画館で見るハリウッド映画、中でもユニヴァーサル・ホラーや連続活劇を心の友として育ったという。その辺の生い立ちは、同じくスペインが生んだ偉大なカルト俳優ハシント・モリーナことポール・ナッシーに相通じるものがある。
 若い頃から多趣味だった彼は、名門マドリード音楽院でピアノと和声学を、国立映画研究所で映画の演出を学ぶ傍ら、ライト・ノベルの作家や舞台の演出家、俳優としても活動。さらに、パリのソルボンヌ大学へ留学して映画を学んだ。帰国後は助監督や脚本家などの仕事をこなし、59年に監督としてデビュー。スペイン初のホラー映画と呼ばれる『美女の皮をはぐ男』(61)で国際的な脚光を浴びるも、その後は検閲の厳しいスペイン映画界で半ば飼い殺しのような扱いを受け続けた。
 だが、西ドイツ資本で製作されたシュールな官能映画『濡れた恍惚』(68)が巨匠フリッツ・ラングも絶賛するほど高く評価され、さらにイギリスの映画プロデューサー、ハリー・アラン・タワーズの起用で冒険活劇『女奴隷の復讐』(68)を演出。以降、『マルキ・ド・サドのジュスティーヌ』(68)や『悪徳の快楽』(69)、『吸血のデアボリカ』(70)など、タワーズ製作のもとで優れた低予算映画を連発する。
 そして、その『吸血のデアボリカ』で知り合った女優ソレダード・ミランダに夢中となり、彼女を主演に『ヴァンピロス・レスボス』(70)や『シー・キルド・イン・エクスタシー』(70)などのカルトなエロス映画を生み出す。ところが、70年の8月に交通事故でミランダが急逝。失意のどん底に落とされたフランコはパリへ拠点を移し、やがて低予算映画専門のユーロシネやエリテ・フィルムなど、言うなればヨーロッパ映画界最底辺の製作会社でエログロ・ナンセンスなZ級映画を大量生産するようになったのである。
 72年には当時まだ18歳だったセクシー女優リーナ・ロメイと知り合い、殆どの作品で彼女を主役もしくは重要な役に起用。公私ともに長年のパートナーとして歩んでいるが、正式に結婚しているわけではないようだ。また、ハワード・ヴァ―ノンやポール・ミュラーなど特定の俳優を好んで使い、予算が足りない場合は自ら重要な役柄を演じることも。先述したように数えきれないほどの変名を使い分けるほか、一つの作品に対して複数のタイトルやバージョンが存在するなど、その全容を掴むのが非常に困難な監督としても知られる。

 

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マルキ・ド・サドのジュスティーヌ
Marquis de Sade: Justine (1968)
日本では1969年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
※日本盤DVDとアメリカ盤DVDは別仕様

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(P)2002 Blue Underground (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/124分/製作:アメリカ・イタリア・西ドイツ・リヒテンシュタイン

特典映像
メイキング・ドキュメンタリー
フランス公開版劇場予告編
ポスター&スチル・ギャラリー
ジェス・フランコ バイオ
監督:ジェス・フランコ
製作:ハリー・アラン・タワーズ
原作:マルキ・ド・サド
脚本:ハリー・アラン・タワーズ
撮影:マヌエル・メリーノ
音楽:ブルーノ・ニコライ
出演:ロミナ・パワー
   マリア・ローム
   ジャック・パランス
   クラウス・キンスキー
   シルヴァ・コシナ
   マーセデス・マッケンブリッジ
   エイキム・タミロフ
   ローズマリー・デクスター
   ハラルド・ライプニッツ
   ホルスト・フランク
   グスタヴォ・レー
   ハワード・ヴァ―ノン
   ジェラルド・ティシー
   ホセ・マヌエル・マルティン
   ロサルバ・ネリ

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バスチーユに投獄されたマルキ・ド・サド(K・キンスキー)

サド侯爵の妄想と幻覚が背徳的な物語を生み出す

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修道院を追われた姉妹ジュスティーヌとジュリエット

知人マダム・デュ・ヴィッソンは娼館を経営していた

 作品の完成度のみならず、その潤沢な製作費や豪華なキャスティングなども含め、フランコにとって一世一代の代表作と呼べる映画がこれかもしれない。原作は18世紀フランスの悪名高き貴族にして作家マルキ・ド・サドのスキャンダラスな小説『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』。そのアナーキーかつ背徳的で哲学的な物語を、壮麗で官能的なコスチューム・ロマンとして描いた問題作だ。
 主人公は純真無垢な乙女ジュスティーヌ。父親が破産してイギリスへ逃亡したことから、姉ジュリエットと共に修道院を追い出された彼女は、美徳や礼節を重んじるばかりに地獄のような辛酸を舐めることとなる。自由奔放で享楽的なジュリエットが裕福な暮らしを手に入れるのに対し、純粋で素直で貞淑なジュスティーヌは悪意のある人々によって搾取・利用され続けた挙句、窃盗犯や殺人犯の濡れ衣を着せられる羽目に。世の中というものがいかに理不尽かつ不公平なものであり、聖書や教科書の説く美徳というものがどれほど無意味であるのか。自らが不当に弾圧され誤解され続けたマルキ・ド・サドならではの、鋭利な社会論と哲学が色濃く反映された物語と言えよう。
 製作者のハリー・アラン・タワーズ自らが、ピーター・ウェルベック名義で脚本を担当。“マルキ・ド・サドの精神やユーモアまでをも見事に捉えている”というフランコの言葉通り、ストーリーは原作とかなり違っているものの、その根底に流れているテーマやメッセージには原作の精神がしっかりと刻み込まれている。
 サドの作品といえば、その描写ゆえにとかく背徳的な面ばかりが引き合いに出され、安易にポルノ映画などの題材にされてしまうことも多い。当時は鬼才ピーター・ブルックの演出した舞台『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』(64)とその映画化(67)が高い評価を受け、さらに各方面から従来のステレオタイプ化されたサド侯爵の人物像を改め直すような動きがあったわけだが、本作にもそうした再評価の流れや1968年という“革命的”な時代の空気が存分に取り込まれているように感じる。
 その優れた脚本に呼応・刺激されるかのごとく、フランコの演出にも一種の気迫のようなものが漲っている。また、アングラなアバンギャルド性とオーソドックスな様式美が兼ね備わり、まさにジェス・フランコにしか作り出せない背徳的で壮麗な文芸絵巻の世界を創出していると言えよう。豪華な役者陣の顔ぶれも壮観だし、アントニオ・ガウディの建築物を多用した美しいロケーション撮影も悪くない。もちろん、ヴィスコンティやフェリーニの傑作などとはおよそ比べ物にもならないだろうが
、それでも“ユーロ・トラッシュ”などと呼んで片づけるにはいささか勿体ない力作である。

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世間知らずなジュスティーヌ(R・パワー)は全財産を奪われてしまう

ドゥ・アーパン(A・タミロフ)の下宿屋でメイドとなるジュスティーヌ

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邪まなデロッシュ氏(G・レー)がジュスティーヌに言い寄る

窃盗犯の濡れ衣を着せられて投獄されたジュスティーヌ


 18世紀のフランス。反逆者として逮捕された貴族マルキ・ド・サド(クラウス・キンスキー)が、バスティーユの牢獄へと幽閉される。孤独と絶望、怒りと悲しみに打ちひしがれた彼は、やがて妄想と幻覚に苛まれるようになり、その苦悩と心の内を吐露するかのように物語を書き上げていく。
 由緒正しい修道院で何不自由なく暮らす少女ジュスティーヌ(ロミナ・パワー)と姉ジュリエット(マリア・ローム)の2人だったが、父親が破産して国外逃亡したことから、僅かなお金を持たされて体よく修道院を追い出されてしまった。知人マダム・デュ・ヴィッソン(カルメン・デ・リリオ)を頼ってパリへ出た姉妹。しかし、そこは怪しげな高級娼館だ。ジュリエットはためらうことなく娼婦となったものの、貞淑なジュスティーヌは我慢できずに逃げ出した。
 世間知らずで人の良いジュスティーヌは全財産を生臭坊主に取り上げられ、ドゥ・アーパン氏(エイキム・タミロフ)の経営する下宿屋でメイドとして働くことに。ところが、邪まな下宿人デロッシュ氏(グスタヴォ・レー)に凌辱されそうになり、さらにはドゥ・アーパン氏も見るからに純朴そうな彼女を利用してデロッシュ氏の金銀財宝を盗ませようとする。そして、そのどちらをも断った結果、彼女は窃盗犯の濡れ衣を着せられて逮捕されてしまった。
 折しもパリでは犯罪の取り締まりが強化され、罪人には重罰が科せられるようになっていた。投獄されたジュスティーヌにも重罰が予想される。そんな彼女に目を付けたのが、悪党のマダム・デュボワ(マーセデス・マッケンブリッジ)。手下のヴィクトル(ホセ・マヌエル・マルティン)らの助けで脱獄を計画した彼女は、ジュスティーヌを言葉巧みに言いくるめて仲間に引き入れる。脱獄作戦では多数の死傷者が出た。
 脱獄に成功したマダム・デュボワは、純朴そうなジュスティーヌを使って悪事を重ねるつもりだった。しかし、彼女を犯そうとした手下たちが仲間割れをしている隙に、ジュスティーヌは逃亡。森の中を彷徨った末に、心優しい画家の青年レイモン(ハラルド・ライプニッツ)に助けられる。レイモンの自宅で束の間の安息を得ることが出来たジュスティーヌだったが、警察の追手が近づいたことから、再び逃亡せざるを得なくなってしまう。
 森を抜けたジュスティーヌは、裕福な貴族ブレザック侯爵(ホルスト・フランク)に遭遇。彼女が逃亡者であることを見抜いた侯爵は、自分の言いなりになることを条件に屋敷へ匿うことにした。侯爵夫人(シルヴァ・コシナ)の侍女となったジュスティーヌ。しかし、ブレザック侯爵の目的は、ジュスティーヌに夫人を暗殺させることだった。というのも、彼は単なる婿養子であり、侯爵家の土地や財産は全て夫人のものだったからだ。
 夫人の好物であるチョコレート・ドリンクに毒薬を混ぜるよう命じられたジュスティーヌ。しかし、自分を妹のように可愛がってくれる夫人を殺すことなどできず、全てを彼女に告白した。事実を知った夫人は自らの手で夫を毒殺しようとするが、ジュスティーヌとの会話を盗み聞きしていた侯爵によって、逆に毒入りワインを飲まされて絶命。侯爵はジュスティーヌの胸に殺人犯の烙印を押し、あえて森へと逃がした。殺人犯の烙印を押された人間に逃げる場所などないからだ。
 その頃、高級娼館で娼婦となっていたジュリエットは、マダム・デュ・ヴィッソンが娼婦たちの賃金を搾取していることを知り、レズビアンの関係にある同僚の娼婦クロディーヌ(ローズマリー・デクスター)と結託してマダムとその愛人を殺害。さらに、口封じのために共犯者であるクロディーヌを溺死させ、娼館の全財産を奪って姿をくらました。
 一方、ジュスティーヌは森の奥にひっそりとたたずむ修道院を発見。修行を積む修道士クレモン(ハワード・ヴァ―ノン)に匿ってもらう。ところが、この修道院には恐ろしい秘密があった。院長のアントニン(ジャック・パランス)はサディズムを追求するカルト集団のリーダーで、修道士たちは若い娘をさらってきては様々な拷問を行っていたのである。来る日も来る日も地獄のような責苦を受けるジュスティーヌ。ところが、激しい地震が修道院を襲い、その混乱に紛れてジュスティーヌは脱出することに成功する。
 身も心もボロボロとなったジュスティーヌを救ったのは、偶然にも近くを通りかかった画家レイモンだった。レイモンは彼女をパリの宿屋へ連れて行って介抱するが、その様子をマダム・デュボワがたまたま目撃していた。レイモンが医者を呼びに行っている隙に、宿屋からジュスティーヌを誘拐するマダム・デュボワ。彼女は見世物小屋を経営しており、舞台の上でジュスティーヌを裸にして客から金を取ろうというのだ。
 ところが、ジュスティーヌの胸に押された殺人犯の烙印を見て観客は大騒ぎに。すぐさま警官隊が劇場へと乱入し、捕えられたジュスティーヌは広場で群衆に取り囲まれた。すると、その騒ぎを見た一人の女性が彼女に救いの手を差し伸べる。それは、今や大臣(ジェラルド・ティシー)の妾として財産と権力を手に入れた姉ジュリエットだった…。

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極悪人マダム・デュボワ(M・マッケンブリッジ)にそそのかされる

画家レイモンに救われたジュスティーヌだったが…

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ジュスティーヌはブレザック侯爵邸の侍女となる

妹のようにジュスティーヌを可愛がる侯爵夫人(S・コシナ)

 先述したように、当時はマルキ・ド・サドの人となり作品となりに改めて注目が集まっていた時期であり、もともと文学にも造詣の深かったハリー・アラン・タワーズは、サド侯爵作品の映画化というものがタイミング的に商売として十分イケるはずだと睨んでいた。『女奴隷の復讐』でジェス・フランコと初めて組んだタワーズは、彼の前作『濡れた恍惚』を見て可能性を直感し、マルキ・ド・サドの映画化をやってみないか?と撮影中に相談を持ちかけたのだという。
 フランコの方でもサド侯爵作品には少なからず通じていたが、問題はどの作品を映画化するのか?ということだった。もし『ソドム百二十日あるいは放蕩学校』ならば断わっていたという。なぜなら、フランコ自身の弁によれば“あの作品は単なる残虐行為の羅列にしか過ぎない”から。そうではなくて『ジュスティーヌ』だと聞かされ、タワーズ自身の書いた脚本を手渡されたフランコは、その出来栄えに感銘を受けて映画化を引き受けることにした。
 アメリカのAIPと提携したタワーズが準備できた製作費は100万ドル。ハリウッドの基準からすれば、当時としても決して大作と呼べるような規模の製作費ではなかったが、その半分以下で映画を撮って来たフランコにしてみれば前代未聞の金額だ。実際、彼が100万ドル規模で映画を撮ることが出来たのは、後にも先にもこの1本だけだと言われている。バルセロナのアルカザール・スタジオに100以上もの豪華なセットが組まれ、アントニオ・ガウディが建てた建築物でのロケーションも許可された。出演者もオスカー女優のマーセデス・マッケンブリッジやエイキム・タミロフ、ジャック・パランス、クラウス・キンスキー、シルヴァ・コシナなどハリウッドやヨーロッパで活躍するビッグ・ネームばかり。フランコにとってみれば、まさに夢のような企画だったに違いない。
 ただ、彼が唯一納得できなかったのが、ジュスティーヌ役のキャスティングだったという。というのも、フランコは当初ジュスティーヌ役にイギリスのインテリ女優ローズマリー・デクスターを選んでいたのだが、AIPは直前になって当時まだ駆け出しの新人だった七光り女優ロミナ・パワーを押し付けてきたのである。ローズマリーはオックスフォード大学とソルボンヌ大学で学んだ才媛で、マルキ・ド・サド作品の本質やジュスティーヌという役柄の心理についてちゃんと理解・分析しており、フランコは彼女でなければこの役を演じることなどできないとすら考えていた。しかし、ロミナはハリウッドの大物俳優タイロン・パワーとリンダ・クリスチャンの娘で、当時はAIPと専属契約を結んで売り出し中のフレッシュな新進スター。当然のことながら、フランコはAIPから押し切られる形でロミナを起用せざるを得なくなってしまった。
 で、そのロミナ・パワー。撮影当時まだ18歳だった彼女は、確かにルックスは可愛いのだが演技力という点では素人に毛が生えた程度のもの。その白痴っぽさが世間知らずなジュスティーヌの無垢を象徴していると言えなくもないが、フランコ曰く“彼女は家具みたいなもので、ただそこにいるだけ”だったという。マダム・デュボワに引っ叩かれるシーンでは、何度カメラを回しても陳腐な芝居しか出来ないため、しびれを切らせた大女優マーセデス・マッケンブリッジは“本当に引っ叩いても構わないわよね?”とフランコにこっそりと確認。もちろん、フランコは喜んでオーケーを出し、マッケンブリッジは本気でロミナの頬に平手打ちを食らわせて悲鳴を上げさせたという。
 かくして、上映時間124という長編大作に仕上がった『マルキ・ド・サドのジュスティーヌ』。ただし、さすがは早撮りの低予算映画で鍛えてきたフランコだけあって、撮影期間はたったの7週間で済んでしまったという。だが、当時2本立て興行に力を入れていたAIPはその長尺を嫌い、アメリカ公開版は90分に短縮されてしまう。さらに、当時20世紀フォックスがジョージ・キューカー監督の“Justine(日本題『アレキサンドリア物語』)”という作品を製作中だったことから、混同を避けるためにタイトルも“Deadly Sanctuary”と変えられてしまった。
 なお、スタッフについてもサラッと言及しておきたい。撮影監督のマヌエル・メリーノは、『女奴隷の復讐』をきっかけに70年代半ばまでフランコ作品の大半を手掛けたスペイン出身のカメラマン。美術デザインのサンチャゴ・オンタニョンは、クリスチャン=ジャック監督の『戦場を駆ける女』(61)や『黒いチューリップ』(63)などのセットを手掛けた人物だ。
 そして、クラシカルで甘美なメロディの音楽スコアを手掛けたのは、エンニオ・モリコーネの盟友としても知られるイタリアの名作曲家ブルーノ・ニコライ。当初、AIPの幹部はニコライの起用に前向きではなかったそうだ。今でこそイタリアの映画音楽は世界中で高い評価を受けているものの、当時はまだまだ激しく過小評価されており、イタリア映画がアメリカで上映される際にも音楽だけアメリカの作曲家によるものと差し替えられることなど多かった。そこで、フランコはAIP幹部をローマへ連れて行き、直接ニコライの作品を本人の演奏で聴かせることに。幹部はその出来の良さに感嘆し、その場でフランコとニコライに謝罪したという。フランコ曰く、“AIPの連中のいい点は、素直なところだ”という。

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ジュスティーヌに妻の毒殺を命じるブレザック侯爵(H・フランク)

協力を拒んだがために殺人犯の烙印を押されたジュスティーヌ

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森の奥にたたずむ修道院へ迷い込んだ

修道院長アントニン(J・パランス)は異常なサディストだった

 ジュスティーヌ役のロミナ・パワーは、先述したようにハリウッドの大物スターを両親に持つサラブレッド。確かにフランコの言うとおり演技力には乏しく、最初から最後までお人形さんのように中身は空っぽという印象は拭えない。が、その可憐な美少女ぶりはダントツに際立っており、そういった意味ではそのイノセントな容姿と性格ゆえに搾取・凌辱され続けるジュスティーヌという役柄に適任だったとも言えなくはないだろう。大胆なヌード・シーンやSMシーンに関しても、恐らく本人は周りの大人から言われるがままに脱いでいただけだったろうことを考えると、そのまま本人とジュスティーヌ像を容易に重ね合わせることが出来るはず。その後、女優としてはアイドル止まりだった彼女だが、夫となった人気歌手アル・バーノとデュオを組んでイタリアでヒット曲を連発。女優としても歌手としても、家族の七光りのおかげで生き延びることが出来た、ある意味で非常に恵まれた女性だった。
 そのジュスティーヌの姉にして、あらゆる点で対照的な女性ジュリエット役を演じたのが、当時ハリー・アラン・タワーズの奥さんだった女優マリア・ローム。当然のことながら、彼女もまた夫の七光りでのし上がった女優と思われがちだが、その存在感といい演技力といい、ロミナとは違って単なる七光りに終始することのない実力の持ち主だった。本作でも、善と悪が一つに入り交じったジュリエットという複雑な女性像をダイナミックに演じており、出番こそ少ないものの強烈なインパクトを残している。本作のスタッフも、当初は“所詮プロデューサーの女”という程度にしか見ていなかったが、その仕事に対する本気の取り組みを目にして考えを改めさせられたそうだ。実際、女優としてだけでなく製作者やアシスタントとして夫タワーズを長年に渡って支え、09年に彼が亡くなるまで一心同体のパートナーであり続けたようだし、恐らくキャリアの踏み台としてタワーズと結婚したわけではなかったのだろう。だからというわけではないが、残念ながら不当に過小評価されている女優ではないかと思う。
 強烈なインパクトと言えば、SMの快楽を追及するカルト集団のリーダー、アントニン役を演じるハリウッドの大御所ジャック・パランス。現場では朝っぱらからワインをがぶ飲みして四六時中酔っぱらっていたらしいが、俳優としての仕事ぶりは常に完璧だったという。まさしくLarger Than Life、常識の枠には収まらない型破りな役者だったのだろう。フランコ曰く、“彼はクレイジーだったが、素晴らしい人物だった”そうだ。
 同じくインパクト強烈なのが、極悪非道なマダム・デュボワを演じるオスカー女優マーセデス・マッケンブリッジ。もう、見るからにアクが強くて怖いオバサマだが、彼女もまた一緒に仕事をした俳優やスタッフから慕われる懐の大きい女優だった。なんといっても『大砂塵』(54)で演じた嫉妬と復讐の鬼エマ・スモール役が圧倒的だったが、本作でも己の欲望のためなら殺人や強盗も厭わない悪女を嬉々として演じており、妙な人間臭さや親しみまで感じさせるのは凄い。
 さらに、物語の紡ぎ手であるマルキ・ド・サド役には、ドイツの生んだ稀代の怪優クラウス・キンスキー。気難しいトラブル・メーカーとして悪名高いキンスキーだが、フランコとは本作をきっかけにすっかり意気投合し、以降幾つもの作品で一緒に仕事をしている。フランコによると、キンスキーはどんな役柄でも徹底的に監督と話し合って追求していくタイプの役者で、その姿勢を尊重さえすれば何一つ揉め事を起こすようなことはなかったという。ただ、巨匠ぶった監督が“言われた通りにやればいい”というような態度で尊大に振る舞うと、途端に狂犬のごとく牙をむくのだそうだ。“彼のような俳優には、ちゃんと敬意をもって接するべきだ”というフランコの言葉からは、いかに彼が現場において俳優の意見を尊重していたのかということが逆に窺い知れることだろう。
 そのほか、イタリアの生んだ国際的なグラマー女優シルヴァ・コシナ、『大平原』(39)や『誰が為に鐘は鳴る』(43)で有名なハリウッドの名脇役エイキム・タミロフ、エドガー・ウォレス原作のミステリー映画で活躍した西ドイツの人気俳優ハラルド・ライプニッツ、マカロニ・ウェスタンの悪役としてもお馴染みの性格俳優ホルスト・フランク、フランコ映画の常連俳優であるハワード・ヴァ―ノン、イタリアのカルト映画女優ロサルバ・ネリなどなど、古いヨーロッパ産娯楽映画のファンなら顔馴染みの役者がゾロゾロと登場。フランコ監督自身も、ジュスティーヌを裸にひん剥く見世物小屋の芸人役として顔を出している。また、もともとフランコがジュスティーヌ役に予定していた女優ローズマリー・デクスターが娼婦クロディーヌに扮し、マリア・ロームとの濃厚なレズビアン・シーンを披露しているのも注目だ。

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来る日も来る日も地獄の責め苦を受けるジュスティーヌ

誘拐されて見世物小屋に立たされてしまう

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ジュスティーヌは広場で吊し上げられそうになる

大臣の妾となったジュリエット(M・ローム)が妹を救う

 

 

悪徳の快楽
Eugenie (1969)
日本では1970年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
※日本盤DVDとアメリカ盤DVDは別仕様

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(P)2002 Blue Underground (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語・フランス語/字幕:なし/地域コード:A
LL/87分/製作:西ドイツ・スペイン

特典映像
メイキング・ドキュメンタリー
オリジナル劇場予告編
ポスター&スチル・ギャラリー
ジェス・フランコ バイオ
監督:ジェス・フランコ
製作:ハリー・アラン・タワーズ
原作:マルキ・ド・サド
脚本:ハリー・アラン・タワーズ
撮影:マヌエル・メリーノ
音楽:ブルーノ・ニコライ
出演:マリア・ローム
   ジャック・テイラー
   マリー・リシュダール
   クリストファー・リー
   ポール・ミュラー

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マルキ・ド・サドを愛読する貴婦人マリアンヌ(M・ローム)

思春期を迎えた多感な少女ウージェニー(M・リシュダール)

 ジェス・フランコとハリー・アラン・タワーズのコンビによる、マルキ・ド・サド作品の映画化第2弾。今回は舞台を現代の南ヨーロッパへ移し、海辺の別荘で週末を過ごすことになった純真無垢な少女が、サディスティックで背徳的な性の洗礼を受けることで、己の中に眠っていた“怪物性”に目覚めていく姿を描く。洗練されたカメラワークにフェティッシュなファッションやアート、グル―ヴィーなラウンジ・ミュージックなどを散りばめた、非常にモダンでエッジの効いた官能映画に仕上がっている。
 主人公は思春期の少女ウージェニー。彼女は年上の裕福な女性マリアンヌに誘われ、彼女の義兄ミルヴェルと共に海辺のゴージャスな別荘で週末を過ごすこととなる。しかし、これはマリアンヌとミルヴェルが仕組んだ罠だった。SMカルト集団のメンバーである彼らは、純真無垢なウージェニーにありとあらゆる背徳的なセックスを行使していく。サディズム、レズビアン、乱交、そして究極のエクスタシーを伴う“死”。その果てしない苦痛と快楽の果てに、思いもよらなかった自分の本性に目覚めてしまうウージェニー。愛欲の境界線を越えてしまった彼女を待ち受けているのは楽園なのか?それとも地獄なのか…?
 原作はサド侯爵が1795年に書いた小説『閨房哲学』。淫蕩な侯爵と貴婦人が、初心な処女ウージェニーに快楽と悪徳の哲学を伝授していく様子を対話形式で描いている。サディズムの美学から自由主義や無神論まで、言うなればマルキ・ド・サド自身のアナーキーな哲学を吐露した論文のような作品だ。この具体的なストーリーがほぼないに等しい小説を、今回も製作者タワーズ自身が脚色。“彼は素晴らしい仕事をしたと思う。本当に素晴らしい。彼の最高傑作だよ”とフランコが太鼓判を押すように、単なるポルノグラフィーに留まることのないシュールリアリスティックな物語へと昇華されている。
 そして、フランコの演出もアバンギャルドなセンスが全開。まるで前衛演劇のようなカルト集団の登場シーンも面白いし、画面全体を真っ赤な照明で覆うことによってサディスティックな性的興奮を表現したサイコロジカルな仕掛けも鮮烈。なんていうと、日本のATG辺りなんかの小難しくて貧乏くさいアングラ・ムービーを連想させるかもしれないが、ゴージャスなロケーションやモダンなファッションとインテリア、そして退廃的なエロスをふんだんに盛り込み、プログラム・ピクチャー的な通俗性を忘れていないのは好感が持てる。セックスやバイオレンスの描写についても、あまり露骨になり過ぎないところがいい。特殊な題材ゆえに好き嫌いが大きく分かれるところだろうとは思うが、カルト映画ファンならば一度は見ておきたい名作だ。

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別荘でウージェニーを迎えるマリアンヌとミルヴェル(J・テイラー)

マルキ・ド・サドの著書を見つけて興味を惹かれるウージェニー

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ウージェニーはマリアンヌを姉のように慕う

優雅な昼下がりのランチだったはずが…

 マルキ・ド・サドを愛読する謎めいた貴婦人マリアンヌ(マリア・ローム)は、パーティで知り合った幼気な少女ウージェニー(マリー・リシュダール)を海辺の別荘へ誘う。思春期を迎えた多感なウージェニーは、厳格な両親に対して反抗するようになり、自由奔放で妖艶な年上のマリアンヌに強い憧れを抱いていた。だが、大人と一緒に週末を別荘で過ごすなど、両親が認めてくれるはずもない。
 マリアンヌはウージェニーの父親ミスティヴァル氏(ポール・ミュラー)を人里離れた高級リゾート・ホテルへと呼び出す。艶めかしい彼女の誘惑に負け、ミスティヴァル氏はめくるめく愛欲の世界に溺れる。そして、マリアンヌの巧みな言葉に惑わされ、ウージェニーを別荘へ行かせることを約束するのだった。
 別荘ではマリアンヌの腹違いの兄ミルヴェル(ジャック・テイラー)も合流した。数週間前のパーティでウージェニーを見かけた彼は、それ以来すっかり彼女に心を奪われていたのだ。マリアンヌによれば、夜には他のゲストも別荘へやって来るという。ウージェニーはマリアンヌのことを姉のように慕い、一緒に入浴や日焼けなどを楽しむ。その瑞々しい肉体をそっと撫でまわし、幼い唇に口づけをするマリアンヌ。初心なウージェニーにはその意味が分からない様子だ。
 潮風に吹かれながら海辺のテラスでランチを楽しむマリアンヌ、ミルヴェル、そしてウージェニーの3人。だが、ウージェニーの口にしたワインには睡眠薬が混入されており、ほどなくして彼女は意識を失ってしまう。真っ赤な照明に照らされた寝室。ミルヴェルは落ち着かない様子でブラインドを弄んでいる。マリアンヌはそんな義兄の尻を叩き、意識のもうろうとしたウージェニーを凌辱させ、自らもその行為に参加する。そして、興奮したミルヴェルは義妹の肉体を貪るのだった。
 意識を取り戻したウージェニーはひどく混乱していたが、ただ単に悪い夢を見ただけだと思い込んでいる。それは恐ろしくも素敵な夢だった、と。やがて夕食の時間となり、マリアンヌから貸してもらった華やかなドレスに身を包んで気持ちが高揚するウージェニー。大人の仲間入りをしたような気分だった。ミルヴェルに勧められたタバコを吸ってみるウージェニーだったが、それはマリファナだった。
 生まれて初めてマリファナを吸ってトリップ状態に陥ったユージェニー。そこへ、ドルマンス(クリストファー・リー)に率いられた貴族風の人々が到着する。彼らは苦痛と快楽を追求するカルト集団であり、マリアンヌとミルヴェルもその仲間だった。ドルマンスに命じられたマリアンヌとミルヴェルは、それぞれの手に鞭と棍棒を持ってユージェニーの肉体を痛めつける。
 翌朝、目を覚ましたウージェニーはパニックを起こした。今度こそは夢ではない。昨夜の恐怖が脳裏に蘇えり、彼女はワナワナと震える。だが、そんなウージェニーにマリアンヌが平然と問いかける。どこに証拠があるの?と。確かに、ウージェニーの体には何の傷跡も残っていない。それでは、昨夜の恐ろしい出来事は何だったのか?
 その夜、別荘の中を探っていたメイドがミルヴェルに殺害される。メイドの死体を発見したのはウージェニーだった。ショックで立ちすくむ彼女に、物陰で隠れていたミルヴェルが襲いかかる。とっさに、ウージェニーはミルヴェルを刺殺してしまった。その現場を目撃したマリアンヌは、不気味に薄ら笑いを浮かべる。当惑するウージェニー。いつの間にか、2人の周囲をドルマンスらが取り囲む。全てはマリアンヌが仕掛けた罠だった。ウージェニーは生贄として選ばれたのだ。
 カルト集団に取り押さえられ、恐怖でパニックに陥るウージェニー。そんな彼女を短刀で徐々にいたぶっていくマリアンヌ。だが、この儀式にはドルマンスの仕組んださらなる裏があることをマリアンヌも知らなかった…。

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神経質で落ち着かないミルヴェルの尻を叩くマリアンヌ

ウージェニーを凌辱しながら興奮するミルヴェルとマリアンヌ

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2人はタバコと偽ってウージェニーにマリファナを吸わせる

カルト集団のリーダー、ドルマンス(C・リー)

 前作の『マルキ・ド・サドのジュスティーヌ』に比べると、よりソフト・ポルノ的な路線を明確に打ち出した本作。クリストファー・リーの出演は意外に思われるかもしれないが、実はこれがソフトコアなセックス・シーンを含む作品だということを本人には隠して撮影されたのだそうだ。なので、後に友人から“君の出演している作品が怪しげなポルノ映画館で上映されているよ”と友人から聞かされたリーはビックリしたそうだ。もちろん、まだまだポルノ映画が市民権を得る以前の話なので、セックス・シーンも大したことないと言えば大したことないのだけれども、当時としては十分にポルノとして通用したのかもしれない。
 撮影には前作から引き続いてマヌエル・メリーノが参加。今回はロケ地であるスペイン島南部のリゾート地ムルシア近郊のエキゾチックな風景やモダンでスタイリッシュなインテリアなどをスコープサイズの画面いっぱいに捉え、エレガントでゴージャスな雰囲気を見事に作り上げている。さらに、ブルーノ・ニコライによる音楽がまた素晴らしい。サイケデリック・ジャズの要素を取り込みながら、トロピカルでスウィートなラウンジ・ミュージックを展開。2枚組のサントラCDも発売されているので、クラブ系ラウンジのお好きな方は是非。
 なお、全米公開に際してはあのチャイニーズ・シアターでプレミア上映が行われ、配給元の予想を遥かに上回る大ヒットを記録したそうだ。

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マリアンヌとミルヴェルによっていたぶられるウージェニー

メイドの死体を発見したのはウージェニーだった

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全てはマリアンヌの仕組んだ罠だった

マリアンヌも知らぬ落とし穴を用意していたドルマンス

 背徳的な大人の男女によって性の奴隷となっていく少女ウージェニー役を演じているのは、当時スウェーデンのソフト・ポルノ映画『早熟』(68)で国際的な注目を集めていたロリータ系セクシー女優マリー・リシュダール。清純であどけない容姿とは裏腹の大胆な演技でスターダムにのし上がり、当時は日本でも熱心なファンが多かった。フランコ監督が認めるように、ウージェニー役としてはこれ以上ないくらいに完璧なキャスティングだ。
 そんな彼女に危険な罠を仕掛ける妖艶な美女マリアンヌ役を、製作者タワーズの夫人でもあるオーストリア人女優マリア・ロームが怪演。これまた見事なはまり役と言えよう。また、その義兄ミルヴェル役にはアメリカ出身ながらスペインを拠点に活躍した俳優ジャック・テイラー。彼は『濡れた恍惚』以降のフランコ作品には欠かせない俳優であり、他にも数多くのスペイン産B級カルト映画に出演している。
 そして、究極の快楽と苦痛を追求するカルト集団のリーダー、ドルマンス役には、イギリスの生んだ稀代のホラー俳優クリストファー・リー。ナレーションを兼任していることからも分かるように、どちらかというと物語の語り部的な役割だ。もともと、この役は他のドイツ人俳優が演じる予定だったものの撮影直前に急逝してしまい、タワーズはフー・マンチュー・シリーズでも組んだリーに急遽代役を頼んだのだという。文字通りのピンチヒッターであり、準備も何も出来ていなかったことから、劇中でリーが着用しているタキシードも彼自身の私物が使われているのだそうだ。
 また、フランコ作品の常連の1人であるドイツ人俳優ポール・ミュラーがウージェニーの父親役として登場し、冒頭でマリア・ロームとの濃厚なベッド・シーンを演じている。

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DVD映像特典でインタビューに応えるクリストファー・リー

女優を辞めて良かったと語るマリー・リシュダール

 

 

シー・キルド・イン・エクスタシー
Sie tötete in Ekstase (1970)
日本では劇場未公開
VHSは日本未発売・DVDは日本発売済

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(P)2000 Second Sight Films(UK)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(イギリスPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:ドイツ語/字幕:英語/地域コード:2/73分/製作:西ドイツ・スペイン

特典映像
オリジナル劇場予告編
フォト・ギャラリー
監督:ジェス・フランコ
製作:アルトゥール・ブラウナー
   アルトゥーロ・マルコス
脚本:ジェス・フランコ
撮影:マヌエル・メリーノ
音楽:マンフレッド・ヒューブラ―
   ジーグフリード・シュワブ
出演:ソレダード・ミランダ
   フレッド・ウィリアムス
   ポール・ミュラー
   ハワード・ヴァ―ノン
   エヴァ・ストロンベルグ
   ホルスト・タッペルト
   ジェス・フランコ

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海辺の豪邸から砂浜へ駆け下りていく女性(S・ミランダ)

彼女は自分を不幸に陥れた人々へ復讐を誓う

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彼女の夫ジョンソン(F・ウィリアムス)は優秀な医学博士だった

ウィリアムス博士は4人の同僚によって医学界から追放された

 合計9本の作品でタッグを組んだ製作者ハリー・アラン・タワーズのもとを離れたフランコが、西ドイツの資本で製作した超低予算の官能映画。思わせぶりだが意味の分からないセリフ、大仰なだけでほとんど中身のない奇妙なストーリー、ズームレンズを多用したチープな映像、ファンキーでセンスの良いジャジーな音楽スコア、そして必要以上にフューチャーされる変態チックなセックス。いい意味でも悪い意味でも、ジェス・フランコのトラッシュ映画監督としてのイメージを決定づけた最初の作品であり、ここから彼は超激安映画製作の泥沼へハマっていくことになったと言っていいだろう。
 主人公は医学博士ジョンソンの妻。夫が医学界から追放されたために発狂・自殺したことから、彼女は自らのセックスを武器にして、元凶となった4人の医者たちを一人また一人と血祭りに上げていく…というだけの、本当に身も蓋もないくらいに単純な復讐劇である。フランコ自身が書いた脚本は実に酷い代物。あくまでも予算を最低限に抑えることを念頭に入れて執筆されているため、なんともご都合主義で理屈に合わない展開ばかりが目立つ。そもそもストーリー自体が薄っぺらいので、尺を伸ばすための無駄なシーンもいっぱい。タワーズのもとで撮った前作『ビーナスの誘惑・美しき裸身の復讐』(69)と見比べれば、その出来栄えの雲泥の差に誰もが驚かされるはずだ。
 ただ、ヒロインのジョンソン夫人役を演じている女優ソレダード・ミランダの美貌と存在感だけは素晴らしく際立っている。決して人並み外れた演技力のある女優ではないし、本作の役柄自体が演技というほどのものを要求する代物ではないのだが、その妖艶でありながら気品を湛えた美しさは最高にフォトジェニックだし、次第に精神のバランスを失っていくヒロインを時として鬼気迫るほどに演じているのは立派。フランコ監督が夢中になったというのも納得である。もはや、これはソレダード・ミランダという女優の魅力を堪能するためだけに作られた映画だと言っても良かろう。
 また、相変わらずロケーションの選択やインテリアの美術デザイン、ファッションや音楽などのセンスはとても良い。だからといって、映画の出来の悪さを誤魔化すことなど出来ないわけだが、ソレダード・ミランダの美しさと併せて、少なくとも見た目にはよろしいといったところだろうか。今ではすっかりカルト映画としてコアなファンを獲得している作品だが、くれぐれも本作や次の『ヴァンピロス・レスボス』辺りを見ただけで、やっぱりジェス・フランコはクズだなどとご判断なされぬように。

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発狂した夫を献身的に介護する夫人

しかし、博士は手首を切って自殺してしまう

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ウォーカー教授(H・ヴァ―ノン)に近づくジョンソン夫人

マゾヒストの博士をいたぶった上に殺害する

 海辺の豪邸から砂浜へと駆け下りていく一人の美しい女性(ソレダード・ミランダ)。彼女はどこまでも続く水平線を眺めながら、自らを不幸のどん底へ追いやった人々への復讐を誓う。ほんの少し前まで、彼女は幸せの絶頂にいた。結婚したばかりの夫ジョンソン博士(フレッド・ウィリアムス)は優秀で研究熱心な医学者。彼は癌などの難病を治療するため、人間の胎児を使ったホルモン研究の実験を行っていた。確かに賛否両論あるであろうハイ・リスクな手段だが、それが多くの患者を救うことになるというメリットには代えがたい。しかし、同僚の医師たち4人はジョンソン博士の研究を非難し、彼は医師会から免許をはく奪され、大切な研究ラボまで無茶苦茶に破壊されてしまった。
 絶望に打ちひしがれたジョンソン博士は、次第に頭がおかしくなっていく。そんな夫の療養のためにあらゆる手を尽くした夫人だったが、結局ジョンソン博士は手首を切って自殺してしまった。最愛の夫を死に追いやった連中が憎い。残された夫人は、手段を選ばぬ復讐を心に誓うのだった。
 彼女はまずウォーカー教授(ハワード・ヴァ―ノン)に接近。娼婦を装って彼の宿泊しているホテルへ上がり込み、その妖艶な美貌と成熟した肉体で教授を誘惑する。教授はマゾヒストだった。汚い言葉で蔑まれながら平手打ちを食らって興奮する教授。ジョンソン夫人はそんな彼のペニスをハサミで切り落として殺害する。
 だが、夫人にとって予想外だったのは、ホテルの隣の部屋に復讐ターゲットの1人であるドーネン博士(ジェス・フランコ)が宿泊していたことだった。ウォーカー教授の部屋から聞こえてくる妙な物音に気付いたドーネン博士は、ちょうど部屋から逃げていくジョンソン夫人を目撃。不審に思って扉を開けてみたところ、ウォーカー教授の無残な死体を発見する。
 現場には“残された3人も殺す”と書かれたメモが残されていた。警察が来る前にそのメモを持ち去った彼は、ヒューストン博士(ポール・ミュラー)とクロフォード博士(エヴァ・ストロンベルグ)の2人と落ち合う。これはジョンソン博士の復讐であり、残された3人とは自分たちのことを指しているはずだ。だが、ジョンソン博士は自殺したのでは?3人はただ首を傾げるばかりだった。
 次にジョンソン夫人はオーストリア人の観光客を装って、リゾート地に滞在中のクロフォード博士に近づいた。クロフォード博士はレズビアンだったのだ。言葉巧みに博士をコッテージへと誘うジョンソン夫人。博士はすっかり彼女の虜となり、その肉体に己の身を寄せる。寝室で濃厚なセックスを繰り広げる2人。おもむろにジョンソン夫人はビニール製のクッションを手に取り、クロフォード博士を窒息死させた。
 教会で祈りを捧げるジョンソン夫人。そこは夫と結婚式を挙げた思い出の場所だ。彼女は未だに夫の死体を自宅に保管し、募る復讐心の中で次第に精神のバランスを失っていた。思わず感情を抑えきれず涙ぐむ彼女に声をかけたのは、他でもないヒューストン博士。悩みがあるのであれば相談するようにと名乗ったところ、ジョンソン夫人は驚いてその場を逃げ去ってしまった。
 なぜ彼女は自分の名前を聞くなり逃げたのか?ヒューストン博士は彼女がジョンソン夫人なのではないかと疑い、早速ドーネン博士に事の次第を打ち明ける。そこへ、まるで何事もなかったかのように姿を見せるジョンソン夫人。ドーネン博士は、彼女がウォーカー教授の部屋から逃げ去った娼婦と同一人物だと気付く。すぐに警察へ相談に赴いたヒューストン博士だったが、捜査官(ホルスト・タッペルト)は証拠がなければ何もできないと取り合ってくれなかった。
 そんなヒューストン博士の後を執拗に追い回すジョンソン夫人。追い払おうとする博士だったが、それでも彼女は付きまとうことをやめない。ようやく振り切ったと思って自宅へ戻った博士だったが、ベッドの上には下着姿になったジョンソン夫人が。ついついその誘惑に負けてしまい、夫人の肉体に貪りついたヒューストン博士は、そのままハサミで後頭部を突き刺されて絶命する。
 さらに、自宅へ戻ったドーネン博士は妻の無残な死体を発見。物陰から姿を現すジョンソン夫人。ショックで気が動転した博士を夫人は拉致する。その頃、ようやく連続殺人事件が起きていることに気付いた警察は、ドーネン博士の保護とジョンソン夫人の逮捕に動き始めていた…。

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レズビアンのクロフォード博士(E・ストロンベルグ)を誘惑

セックスの最中にビニール製クッションで博士を窒息死させる

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夫と結婚式を挙げた教会でむせび泣くジョンソン夫人

警察の捜査官(H・タッペルト)はヒューストン博士の訴えを無視する

 とまあ、あちこちで辻褄の合わないストーリーは突っ込みどころも満載。そもそもなんで最初の殺人が起きた時点でジョンソン夫人の犯行を疑わず、死んだはずのジョンソン博士が生きているかもしれない…なんて方向に思考回路が反応するのか意味不明。部屋から女が出てきたところも見ているクセに。でも、そこで彼らが夫人の存在に気付いちゃったら話がややこしくなるので、サクッと撮影を終えてしまいたい作り手側としては都合が悪い。万事がそんな調子であったろうことは想像に難くないだろう。まずは、撮影期間とコストを最低限に抑えることが最優先だったのだ。
 本作で初めて西ドイツの製作者アルトゥール・ブラウナーと組んだジェス・フランコ。ブラウナーは巨匠フリッツ・ラング監督の『大いなる神秘』二部作や『怪人マブゼ博士』シリーズなどを製作し、戦後西ドイツ映画界の復興に大きく貢献した商売人の1人だった。当時ハリー・アラン・タワーズと袂を別って資金繰りに困っていたフランコ監督は、知人を介してブラウナーと知り合ったという。だが、このブラウナーという人物、やり手のビジネスマンだけに相手の足元を見ることにも長けていた。正直に最初から低予算での映画製作を持ちかけたフランコだったが、商売人の常套手段としてブラウナーは更なる製作費の削減を要求。どうしても仕事の欲しいフランコは、その要求に従うしかなかった。これに味を占めたブラウナーは、その後もフランコを超のつく低予算で酷使することとなる。つまり、フランコがクズ映画ばかり手掛けるようになった元凶は、このアルトゥール・ブラウナーという人物だったとも言えるのだ。
 撮影は常連マヌエル・メリーノが担当。カメラのセットアップや撮影時間を短縮するためにズームレンズを多用しているものの、僅かに彼らしいスタイリッシュなカメラワークを堪能できる部分が残されているのは救いであろう。また、ドイツの有名なジャズ・ミュージシャン、ジーグフリード・シュワブとマンフレッド・ヒューブラ―が音楽を手掛け、サイケデリックでグル―ヴィーなサウンドを堪能させてくれる。これはなかなかカッコいい仕上がりで、このサントラ盤の熱心なファンも多い。
 ちなみに、本作でフランコはフランク・ホルマンというドイツ風の変名にてクレジットされている。

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博士の自宅に上り込んで誘惑するジョンソン夫人

後頭部をハサミで刺されて絶命するヒューストン博士(P・ミュラー)

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次第に精神的なバランスを失っていくジョンソン夫人

最後の1人ドーネン博士(J・フランコ)を拉致する

 ヒロインのジョンソン夫人を演じているソレダード・ミランダは、60年代にスペインで一世を風靡したアイドル女優兼歌手。結婚のために一時引退していたが、そんな彼女のカムバックを支えたのがジェス・フランコだった。『吸血のデアボリカ』のルーシー役に起用したことをきっかけに、本作や『ヴァンピロス・レスボス』などミランダ主演作を矢継ぎ早に撮ったフランコ監督。しかし、1970年8月に彼女は交通事故で他界してしまい、あまりのショックでフランコは自暴自棄になったとも伝えられている。
 ジョンソン博士役のフレッド・ウィリアムスは、本名をフリードリッヒ・ウィルヘルム・ロッシェレルというドイツ人の俳優。フランコ監督とは『吸血のデアボリカ』をきっかけに数本の作品で組むようになり、他にもフェリーニの『魂のジュリエッタ』(65)やリチャード・アッテンボローの『遠すぎた橋』(77)などにも小さな役で出演している。なお、同じ変名を使用した西ドイツの製作者エルウィン・C・ディートリッヒと混同している資料もあるようだが、どうやら全くの別人のようなのでご注意を。
 その他、ポール・ミュラーやハワード・ヴァ―ノン、エヴァ・ストロンベルグなどフランコ作品の常連俳優が共演。中でも、ベテランのハワード・ヴァ―ノンがあられもないセックス・シーンで情けない姿を晒しているのがちょっと哀しい。また、1974年から24年間に渡ってドイツで愛された国民的人気テレビ・ドラマ『刑事デリック』(74〜98)のデリック役で有名な俳優ホルスト・タッペルトが、まるっきりバカ丸出しの捜査官役を演じているのも笑えるというかなんというか。
 そして、悪徳(?)医学者4人衆の中心的人物ドーネン博士役を、ジェス・フランコ本人が演じているのにも注目だ。クライマックスではソレダード・ミランダにいたぶられるシーンなんかもあったりするのだが、その嬉しそうな恍惚の表情を見ていると、恐らくこれがやりたくて自らしゃしゃり出てきたのだろうと納得。なにしろ、普段はチョイ役程度に顔を出すだけだからね。全く、公私混同も甚だしいわけだが、そういう愉しみでもなけりゃやってられなかったのかもしれないし、それはそれで大目に見てあげたいところだろう(笑)。

 

 

吸血処女イレーナ・鮮血のエクスタシー
Les avaleuses (1973)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本発売済
※日本盤DVDとイギリス盤DVDは別仕様

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(P)2002 Arrow Films (UK)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(イギリスPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/82分/製作:フランス・ベルギー

特典映像
未公開シーン集(4編)
別タイトルのオープニング・シーン
スペイン公開版劇場予告編
フランコ監督フィルモグラフィー
監督:ジェス・フランコ
製作:マリウス・レスール
脚本:ジェス・フランコ
   ジェラール・ブリッソー
撮影:ジェス・フランコ
音楽:ダニエル・ホワイト
出演:リーナ・ロメイ
   ジャック・テイラー
   アリス・アルノ
   モニカ・スウィン
   ジェス・フランコ
   ルイス・バルボー

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森の中を彷徨う女ヴァンパイア伯爵イレーナ(L・ロメイ)

イレーナは若者のペニスから精気を吸い取って殺す

 底なしの超激安映画地獄の泥沼へと呑み込まれていったジェス・フランコ監督が、これまた極め付きとも言うべきフランス映画界の最下層会社ユーロシネのもとで最初に製作したヴァンパイア映画。とはいっても、メインはソフトコアの中でもギリギリ限界のセックス・シーンで、ついつい期待してしまいがちなホラー映画的要素はとーっても希薄。アンニュイと呼べば聞こえはいいかもしれないが、とにかくダラダラと気だるいばかりのネジが緩んだソフトポルノ映画である。
 主人公は女伯爵イレーナ・カルルシュタイン。彼女はセックスの最中に人間の生殖器から精気を吸い取ってしまうヴァンパイアだ。物語は己の理性とは裏腹に人を殺めてしまうイレーナの哀しき残虐行為の数々を、彼女自身のポエティックなモノローグを交えながら幻想的なムードの中で追っていくというもの。イレーナが森の中や人里離れた村を彷徨ったり寝室のベッドで自慰行為に耽ったりする様子を、ダニエル・ホワイトのエロティックで甘美なメロディに乗せて淡々と描きつつ、随所に限界ギリギリの激しいセックス・シーンを延々と垂れ流していく。もちろん、レズビアン・シーンのオマケ付きだ。そして、意味もなく突然終わってしまうクライマックス。…へ!?と驚く間もなくジ・エンドと相成ってしまう。
 とにかく話は超が付くくらいに単純なのだが、どうも見ていて居心地悪く感じてしまうくらいにストーリーの進行が不安定。恐らく、思わず見とれてしまうくらいにドリーミーで美しいシーンと、明らかに手を抜いたとしか思えない大雑把で適当なシーンの落差が激しく、それらが交互に次々と目の前で展開するからなのであろう。物語そのものはとっても平坦なくせに、とにかく映像に安定感がないため落ち着かないのだ。
 フランコ監督は極端なくらいに集中力が持続せず、ちょっと興味がなくなると仕事を放りだしてしまうような所があるらしい。それゆえに、集中している時と手を抜いている時の結果に雲泥の差が生まれてしまうのかもしれない。彼がなかなか一か所に腰を落ち着けることが出来なかったことなども、そのような性格に起因しているのであろう。言ってみれば、生まれながらのボヘミアンなのである。
 ごく一部の幻想的な美しいシーン、ダニエル・ホワイトの魅惑的な音楽スコア、そしてもう一つ本作の大きな見どころと言えるのが、イレーナ役を演じているリーナ・ロメイであろう。『怪人フランケンシュタインVS骸骨ドクロ軍団』(72)など幾つかのフランコ作品で端役を務めた彼女にとって、これが初の本格的な主演作。しかし、いかんせん演技未経験の素人でありながらフランコに一目惚れされて映画界入りした人だけに、演技に関しては本当に目も当てられないくらい酷い。表情は終始固まったままだし、体の動きはぎこちないし。唯一自然な動作を見せるのがセックス・シーンと自慰シーン。その辺の度胸だけは据わっている。どことなくあどけなさの残る初々しい表情と、淫靡で色情狂的なお下品さが絶妙にブレンドされたリーナのルックスも、いい意味でB級感が漂っていて悪くない。
 ただ、どうしても亡きソレダード・ミランダの劣化版というイメージが拭えないことも確かであり、フランコがリーナの中に彼女の面影を追い求めていることが如実に感じられる。もしかしたら、それが作品全体に妙な哀愁感を与えているのかもしれない。ちなみに、イレーナは吸血でも処女でもないので、日本語タイトルは明らかに間違っている。…あ、でもこれには裏事情があるので、詳細はあらすじの次をご参照のほど。

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世界的ジャーナリスト、アンナ(A・アルノ)の取材を受けるイレーナ

ホテルのマッサージ師を毒牙にかける

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ヴァンパイアの存在に気付いたロバーツ博士(J・フランコ)

詩人のフォン・ラトニー伯爵(J・テイラー)

 女伯爵イレーナ・カルルシュタイン(リーナ・ロメイ)。若く美しい彼女は、人間の生命を吸い取らなくては生きていけない呪われたヴァンパイアだ。本当は人を殺したくなんかない。しかし、本能に逆らうことなどできなかった。今日も人里離れた田舎をさまよい、若者のペニスから精気を吸い取って殺してしまうイレーナ。彼女は、早くこの絶望的な悪夢を終わりにさせたかった。
 聾唖者の召使(ルイス・バルボー)を伴って高級リゾート・ホテルに宿泊するイレーナ。世界的な女性ジャーナリスト、アンナ(アリス・アルノ)が彼女の独占インタビューを申し入れる。実は、イレーナもまた聾唖者だった。質問に対してイエスかノーで答えればいいのだという。カルルシュタイン家の先祖はヴァンパイアだと噂されており、この島の山頂には先祖代々受け継がれてきた豪邸がある。家督を継いだ彼女もまた、ヴァンパイアなのか?事実を問いただすアンナに対し、イレーナは首を縦にも横にも振らなかった。
 一方、若者の遺体を検視したロバーツ博士(ジェス・フランコ)は、若者の精液と共に生命が抜き取られていることを発見する。つまり、彼はオーガズムの最中に死亡したのだ。これはヴァンパイアの仕業に違いない。そう強く主張するロバーツ博士だったが、警察はあまりにも荒唐無稽な仮説だとして取り合わなかった。ヴァンパイアなど想像の産物に過ぎないと。ロバーツ博士は、警察にはその想像力が欠けていると嘆くのだった。
 イレーナは次にホテルのマッサージ師を毒牙にかける。激しいセックスの末に、やはりペニスから精気を奪われて絶命するマッサージ師。その死体に肌を重ねながら興奮したイレーナは、無我夢中になって自慰行為に耽るのだった。さらに、ジャーナリストのアンナもイレーナに魅入られていた。どこからともなく聞こえてくるイレーナの声。恐怖に震えるアンナ。そんな彼女の枕元にイレーナが現れ、アンナは欲望に身を委ねていく。そして、彼女もまたワギナから精気を吸い取られ、オーガズムの叫び声とともに命を落とす。その直後、森の中をイレーナと共に徘徊するヴァンパイア化したアンナの姿があった。
 ホテルのラウンジでくつろいでいたイレーナは、フォン・ラトニー男爵(ジャック・テイラー)という詩人と出会う。二人はお互いに運命の相手だった。男爵はイレーナがヴァンパイアであることを見抜き、彼女のために命を捧げたいと願う。イレーナもまた、自分の哀しみを理解してくれる男爵に愛情を感じるのだった。
 SMクラブを訪れたイレーナ。ロシュフォール王女(モニカ・スウィン)に手招きされた彼女だったが、ここは顧客を縛り上げて凌辱した上に殺してしまう危険な店だった。だが、イレーナは催眠術を使って逆襲し、ロシュフォール王女を痛めつける。その頃、ロバーツ博士は恩師の息子であるオーロフ博士(ジャン=ピエール・ブーユー)と共に、ヴァンパイアの存在を確信していた。犯人はイレーナ・カルルシュタインに違いないと。
 男爵と逢瀬を重ね、情熱的な愛を交わすイレーナ。そして、その時はやって来た。死を覚悟の上でイレーナと激しく肉体を交える男爵。そして、イレーナは最愛の人のペニスから精気を吸い取り殺してしまった。虚無感に襲われた彼女は、自分を追跡しているオーロフ博士のもとを訪れ、何も言わずに去っていく。
 そして、ホテルのバスルームで血に染まった湯船に浸かりながら、激しく自慰行為に耽るイリーナ。そこへ、ヴァンパイア退治を決意したロバーツ博士がやって来る…。

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イレーナはアンナをも殺害する

ヴァンパイアと化してイレーナの後を歩くアンナ

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ホテルの部屋で自慰行為に耽るイレーナ

イレーナと男爵が運命の出会いをする

 ヴァンパイア+エロス=哀しみという図式でいうと、ちょうどジャン・ローランの一連のヴァンパイア物と相通ずるものがあると言えるかもしれないが、残念ながらローラン作品の持つシュールレアリスティックな耽美性には程遠いような出来栄え。ローラン作品には異形なるものへの慈しみが感じられるものの、本作における哀しみは多分に表層的であり、リーナ・ロメイの姿にソレダード・ミランダの面影を求めるフランコの眼差しにしかそれを感じることが出来ない。
 血液ではなく精気を吸い取るヴァンパイアというのは考えたもんだが、恐らくこれは重要な見せ場であるセックス・シーンに、より過激な効果をもたらすために生まれたアイディアなのだろう。というのも、もともとは普通に首筋から血を吸うヴァンパイアとしてイレーナのキャラクターは設定されていたからだ。上記UK盤DVDの映像特典として収録されている未公開シーン(ジャケット写真も未公開シーンを使用)に、その証拠を見ることが出来る。確かに、首筋から血を吸うだけではエロさが足りない。かといって、ハードコアなセックスを見せるわけにもいかない。そこでひねり出されたのが、下半身から精気を吸い取るという発想だったのであろう。
 脚本に参加しているジェラール・ブリッソーは、当時フランスのソフト・ポルノや低予算映画の撮影監督として活躍していた人物。フランコ作品には『獣色の匂い』(73)などでカメラマンとして関わっている。ただし、今回の撮影を手掛けたのはフランコ自身。恐らく、撮影監督を雇う余裕もないくらいに予算が切羽詰っていたのであろう。なお、監督・脚本家としてはJ・P・ジョンソン、撮影監督としては女性名のジョアン・ヴァンサンという変名を使用しており、クレジット上は別々の人物が手掛けていることになっている。
 そして、エレガントで官能的で甘美な音楽スコアを手掛けたのは、『ジキル博士と殺人ロボット』(64)以降たびたびフランコと組んでいるイギリス出身の作曲家ダニエル・ホワイト。この一度聴いたら耳にこびりついて離れないメロディは、フランコ映画のサウンドトラックの中でも屈指の傑作と言えよう。

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SMクラブへと足を運んだイレーナ

そこは顧客を生贄にする危険な場所だった

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イレーナは男爵と逢瀬を重ねる

自ら進んでイレーナに命を捧げる男爵

 主人公イリーナを演じているリーナ・ロメイは、ソレダード・ミランダを失って失意の淵にあったフランコの前に突如として現れたミューズだった。ロケ地で偶然にも彼女を見初めたフランコは、そのダークでミステリアスな容姿の中にソレダードの再来を感じたのだという。確かに、当時の彼女は似たような雰囲気を持っていたし、フランコの演技指導もあってソレダードとそっくりな仕草や表情を見せる瞬間などもあった。しかし、それはあくまでもフランコの思い込みによる幻想でもあり、やはり本質的にリーナ・ロメイとソレダード・ミランダは違うタイプの女性である。実際、やがて女優としての自我に目覚めたリーナは、アグレッシブで迫力のある“怪女優”へと変貌していく。
 そのイリーナに共鳴する孤独な詩人フォン・ラトニー男爵を演じるのは、やはりフランコ作品の常連であるアメリカ人俳優ジャック・テイラー。女性ジャーナリストのアンナ役には、当時『悶絶人妻SEX実録』(73)などのフレンチ・ポルノで活躍していたアリス・アルノが扮している。また、マカロニ・ウェスタンの悪役としても知られるマッチョな怪優ルイス・バルボーが、イレーナの召使役で出演しているのも注目しておきたい。
 さらに、『ナチ第3帝国/悪魔の拷問列車』(77)などC級映画の脚本家としても知られるジャン=ポール・ブーユーが、フランコ映画の名物キャラクターであるオーロフ博士役で登場。その『ナチ第3帝国〜』に主演していた女優モニカ・スウィンが、SMクラブの女王様ロシュフォール王女役として顔を出している。もちろん、フランコ監督もロバーツ博士役で大活躍。しかし、吹替えの声優が彼のルックスとまるっきり合わない声質の持ち主なので、どうにもこうにも違和感を覚えてしまうのだが(笑)。

 

ブラッディ・ムーン/血ぬられた女子寮
Die Säge des Todes (1981)
日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)2008 Severin Film (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/90分/製作:西ドイツ

特典映像
J・フランコ監督インタビュー
オリジナル劇場予告編
監督:ジェス・フランコ
製作:ウォルフ・C・ハルトウィッヒ
脚本:エリッヒ・トメク
撮影:フアン・ソレール
音楽:ゲルハルド・ハインツ
出演:オリヴィア・パスカル
   クリストフ・モースブラッガー
   ナジャ・ゲルガノフ
   アレクサンドル・ウェヒテル
   ヤスミン・ロゼンスキー
   コリンナ・ドリュース
   アン=ベアテ・エンゲルケ
   ペーテル・エハコーストス

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精神病院を訪問した女性マヌエラ(N・ゲルガノフ)

退院した弟ミゲル(A・ウェヒテル)を連れて帰る

 70年代半ばからどんどんハードコアなポルノへと傾倒していったジェス・フランコ。とはいえ、彼自身はただセックスを見せるだけのポルノは大っ嫌いで、完全に生活のためと割り切って仕事をしていた。たとえ低予算の低俗なポルノ映画であっても、あれこれとプロデューサーから口を出されないだけマシ。仕事に関して他人から指示されたり強制されたりすることの方が、彼にとっては耐え難い苦痛だったようだ。その点、低予算映画というのはリスクが少ないので、プロデューサーもうるさいことは言わない。彼が70年代初頭に祖国スペインを捨てたのも、検閲官からの指図が我慢ならなかったから。それほどまでに、ジェス・フランコは自由を愛していたのである。
 ちょっと脱線してしまったが、そんなフランコが久々にストレートなホラー映画のジャンルに戻ってきたのが本作。当時世界中で大ヒットしていた『13日の金曜日』にあやかったスラッシャー映画である。舞台はリゾート地を改修した全寮制のスペイン語学校。各地から集まって来たセクシーな女学生たちが、一人また一人と残虐な方法で殺されていく。実は、このリゾート地ではかつて血生臭い殺人事件があった。犯人は土地所有者の甥ミゲル。彼はつい最近、精神病院から退院してきたばかりだ。果たして、またもやミゲルが凶行に及んだのか?それとも…?
 ということで、事件の背後に土地の所有権を巡る争いなんかがあったりして、物語が進むに従ってだんだんとジャッロのようになっていくのがご愛嬌。アメリカンなスタイルを狙ったつもりなのかもしれないが、ヨーロピアンな素性を隠すことは出来なかったようだ。ストーリー展開や設定などの突っ込みどころも満載。とはいえ、全体的な印象としてはさほど悪くない仕上がりだ。もちろん、当時のジェス・フランコ基準に鑑みての話ではあるが。少なくとも映像のスタイルには安定感があるし、スプラッター・シーンの特殊メイクもそれなりに良くできている。学生役の女優も綺麗どころがちゃんと揃っているし、意味もなく裸になるサービス・ショットもバッチリ。これより酷いスラッシャー映画はいくらだってある。…って、ちっとも褒め言葉にはなっていないのだけれど(笑)

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マヌエラは叔母ゴンザレス伯爵夫人(M・ルビオ)と犬猿の仲だった

日光浴を楽しむスペイン語学校の生徒たち

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いわくつきのバンガローへ泊ることになったアンジェラ(O・パスカル)

マヌエラとミゲルは近親相姦的な関係にあった

 スペイン南部のリゾート地。若者たちがパーティで盛り上がる中、一人の若い女性が惨殺される。犯人は土地所有者であるゴンザレス伯爵夫人(マリア・ルビオ)の甥ミゲル(アレクサンドル・ウェヒテル)。顔面に醜いケロイドを負った彼は、女性から激しく拒絶されたことに逆上して刺し殺してしまったのである。
 それから5年後、精神病院から退院したミゲルを姉のマヌエラ(ナジャ・ゲルガノフ)が自宅へ連れ帰る。その道すがら、ミゲルは夜行列車で見かけた若い女性アンジェラ(オリヴィア・パスカル)に心を奪われる。しかし、じっと無言で見つめる彼のことをアンジェラは薄気味悪がった。
 久しぶりに我が家へと戻ったミゲル。その間に閉鎖されていたリゾート地は改修され、新たに全寮制のスペイン語学校としてオープンしたばかりだった。若き校長アルヴァーロ(クリストフ・モースブラッガー)はマヌエラと学校運営について話し合っていたが、ゴンザレス伯爵夫人はそれが気に入らない。気の弱くて大人しいミゲルを溺愛する彼女は、マヌエラが自分の土地や財産を横取りしようと狙っているものと考えていた。その晩、何者かが寝室で眠る伯爵夫人に火をつける。
 偶然にも、アンジェラはスペイン語学校の学生だった。彼女に割り当てられたバンガローは13番。5年前に殺人事件が起きた場所だ。友人たちは不吉だと口を揃えて言うが、アンジェラは全く気にしていなかった。そんな彼女の後をこっそりとつけて回るミゲル。だが、その一方で彼は姉マヌエラと近親相姦のような関係にあった。その勝ち気な性格と豊満な肉体によって、マヌエラはミゲルを完全に支配していたのである。
 そんなある晩、アンジェラのバンガローへ友人エヴァ(アン=ベアテ・エンゲルケ)が上着を借りにやって来る。試着するために裸となったエヴァ。その背後から人影が忍び寄り、背中から胸にかけてナイフを突き刺す。エヴァの死体を発見したアンジェラが悲鳴を上げて逃げ出したところ、バンガローの前でプレイボーイの庭師アントニオ(ペーテル・エハコーストス)と鉢合わせる。エヴァが殺されたと必死になって訴えるアンジェラだったが、なぜか死体は跡形もなく消えていた。
 翌日、授業が始まってもエヴァが姿を見せないことから、昨夜の出来事が悪戯や勘違いなどではなかったと確信するアンジェラだったが、友達は誰も信じてくれない。しかも、ボイス・レッスンのテープからは殺人犯のものとおぼしき声が聞こえてくるものの、どうやらその声が流れてきたのはアンジェラのヘッドホンだけだったようだ。校長のアルヴァーロも何かの勘違いだと相手にしてくれない。
 放課後にエヴァのバンガローへ行ったアンジェラは、血だらけになった洋服を発見する。やはり何かあったに違いないと考えた彼女は、エヴァの行方を捜して町中を奔走する。すると、崖の上から彼女を目がけて巨大な岩が落ちてくる。さらに、木の上からは毒蛇が彼女を目がけて落下。どちらの事件でも、現場近くにアントニオがいた。アンジェラは彼が犯人なのではないかと疑う。
 その頃、ローラ(コリンナ・ドリュース)は友達を連れてアンジェラのバンガローへ様子を見に行く。というのも、仲間内で唯一の処女インガ(ヤスミン・ロゼンスキー)がボーイフレンドをバンガロー13号へ連れ込んでセックスすると宣言していたからだ。しかし、そのボーイフレンドにすっぽかされてしまったことから、インガは見栄を張ってセックスをしているふりをし、大声でオーガズムを演じていた。その様子を見て大笑いするローラたち。だが、その部屋のクローゼットにエヴァの死体が隠されていることを、彼女たちは全く気付いていなかった。
 一刻も早く処女を捨てたいインガは、見知らぬ男にナンパされてひょいひょいとついて行く。男はなぜか石切り場へと彼女を連れてきた。これもプレイの一環かと思っていたインガだったが、無残にも首を切り落とされてしまう。さらに、その様子をたまたま目撃した幼い少年も、男の運転する車に轢き殺されてしまった。
 その晩、寮を出て実家へ戻ろうとしたアンジェラだったが、彼女の様子を探るミゲルと誤解を解くために訪れたアントニオの姿を見て震え上がり、バンガローの中に立てこもってしまう。もう、どちらが犯人なのか分からなくなってしまった。そこへ、昼間の取り乱していたアンジェラを心配するローラがやって来た。アンジェラを落ち着かせようとビールを買いに行ったローラだったが、その帰り道に殺されてしまう。
 一方、バンガローでローラの帰りを待っていたアンジェラは、寝室でインガの生首を発見。さらに、エヴァとローラの死体も発見し、完全なパニックに陥る。そんな彼女に襲いかかる黒マスク姿の殺人鬼。助けに入ったのはミゲルだった。しかし、わけがわからなくなったアンジェラは一人その場を逃げ出し、豪邸のプールサイドでくつろぐマヌエラに助けを求める。
 ところが、一連の殺人事件を仕組んだのはマヌエラとアルヴァーロだった。彼らはゴンザレス伯爵夫人を亡き者にし、夫人が遺産の相続人としていたミゲルに殺人犯の濡れ衣を着せ、その土地と財産を全て手に入れようと画策していたのだ…。

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アンジェラの部屋で友人エヴァ(A=B・エンゲルケ)が殺される

アントニオ(P・エハコーストス)が来ると死体は跡形もなく消えていた

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アンジェラの訴えを冷笑する校長アルヴァーロ(C・モースブラッガー)

アンジェラはエヴァを探して街を奔走する

 いやいや、わざわざそんな手の込んだ連続殺人を仕組まなくても、遺産を横取りする方法なら他にいくらでもあるだろうに…なんて素直に思ってしまうのだが、まあ、それを言っちゃったら元も子もない。フランコ自身も脚本の酷さは十分に認めているものの、雇われ仕事なだけに文句の一つも言えなかったようだ。しかも、脚本を書いたエリッヒ・トメクは製作会社のプロダクション・マネージャーだったため、ちょっとでも変更を加えようものならすごい剣幕で怒られたという。そんなトメクが本作で使用したペンネームはラヨ・カサブランカ。脚本だけではなくネーミングのセンスまで悪かったようだ(笑)。
 製作を手掛けたのは、あの巨匠サム・ペキンパーの名作『戦争のはらわた』(75)で知られる西ドイツのプロデューサー、ウォルフ・C・ハルトウィッヒ。この人がまた、かなりの食わせ者だったようだ。インターナショナルなメジャー作品を製作する一方で、『獣色魔』(75)や『女子学生㊙レポート』シリーズのようなエロ映画も大量に手掛けていたハルトウィッヒ。フランコは彼から3つの条件を約束されたという。
 一つは、当時ヨーロッパでは売れっ子だった西ドイツのセクシー女優オリヴィア・パスカルの主演。二つ目が大御所ロック・バンド、ピンク・フロイドの音楽。そして、三つ目が名前は不明だがハリウッドの大物特殊メイク・アーティストの起用。特にピンク・フロイドの大ファンだったフランコは、それだけで浮足立ったという。ハルトウィッヒは、ピンク・フロイドのメンバーがスコアの着想を得るため撮影現場に同行する、とまで語っていたそうだ。
 ひとまず、一つ目の約束は果たされた。しかし、二つ目と三つ目は完全なウソ。フランコをその気にさせるためのデマだったようだ。蓋を開ければ、音楽はポルノ専門のドイツ人作曲家ゲルハルド・ハインツが担当することに。ハリウッドの大物特殊メイク・アーティストというのも、前の仕事が終わったら合流すると言われたままいつまでたっても現れず、結局知り合いのスペイン人フアン・ラモン・モリーナに頼んだ。たまたまラッキーだったのは、このフアン・ラモン・モリーナという人物に才能があったこと。彼はその後『マカロニ・ウェスタン 800発の銃弾』(03)などでゴヤ賞を獲得し、スペインを代表する売れっ子特殊効果マンとなった。
 ちなみに、撮影監督のフアン・ソレールは、70年代後半以降のフランコ作品を数多く手掛けているカメラマン。当初、西ドイツで撮影される予定だったらしいが、リゾート地の雰囲気に適した場所がないというフランコの判断により、スペインはバレンシア地方南部の美しい港町アリカンテがロケ地として選ばれた。

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見知らぬ男に石切り場へ連れて来られたインガ

首を切り落とされて殺される

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ローラ(C・ドリュース)も血祭りにあげられる

アンジェラに遅いかかかる覆面の殺人鬼

 主人公アンジェラ役のオリヴィア・パスカルは、70〜80年代にかけて西ドイツやイタリアのB級娯楽映画で活躍したセクシー女優。とにかく華のある美人だし、演技力もそこそこ最低限は備わっている。当時結婚したばかりだった彼女はヌード・シーンがNGだったそうだが、もともと脱ぐ必要のない役柄なので撮影も問題なし。フランコも彼女の演技には満足だったようだ。
 その他、ドイツではテレビを中心に今も活躍する俳優クリストフ・モースブラッガー、当時西ドイツの人気歌手ユルゲン・ドリュースの奥さんだったコリンヌ・ドリュース、アンソニー・クイン主演の『バレンチナ物語』(83)でヒロインのバレンチナの老後を演じた女優マリア・ルビオなどが出演。あとは現在に至るまで全くの無名俳優で固められている。マヌエラ役を演じる女優ナジャ・ゲルガノフなんか、結構アクの強い顔をしていてインパクト強いが、これが唯一の映画出演作だったようだ。

 

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