ジキル博士とハイド氏

 

 イギリスの作家ロバート・ルイス・スティーブンソンが1886年に書いた小説「ジキル博士とハイド氏」。これまでに世界各国で何度も映画化されており、日本でもお馴染みの古典的サイコ・ホラー小説だ。数ある映画化作品の中でも、最も評価が高いのが1932年のルーベン・マムーリアン監督版。フレデリク・マーチがジキル博士とハイド氏の2役を演じ、アカデミー主演男優賞を受賞している。また、1920年にジョン・バリモアが主演した「狂へる悪魔」も忘れてはならないだろう。他の映画化作品では定番となっている特殊メイクを殆ど使わず、表情や仕草のみでジキル博士とハイド氏を演じ分けた名優バリモアの怪演は伝説となっている。
 その他、スペンサー・トレイシーとイングリッド・バーグマン、ラナ・ターナーの豪華キャストが話題となった1941年版(ビクター・フレミング監督)、マイケル・ケイン主演による1990年のテレビ映画版などが知られている。また、ジキル博士が女性に変身するというイギリスのハマー・プロ製作による「ジキル博士とハイド嬢」('71)と「ジキル博士とミス・ハイド」('95)、クリストファー・リーがジキル博士とハイド氏ならぬマーロウ博士とブレイク氏を演じた「怪奇!二つの顔の男」('71)、ジキル家のメイドの視点から描いたジュリア・ロバーツ主演の「ジキル&ハイド」('96)などの変化球的作品も数多く作られている。
 そうした中で、今回は日本で殆ど知られていない映画化作品2本を紹介しようと思う。

 と、その前にスティーブンソンの原作をおさらいしてみよう。物語はロンドンの弁護士アターソンが、従兄弟のエンフィールドからハイドなる男の話を聞くところから始まる。路上で少女を襲っている男を発見したエンフィールドは、通行人らと共に男を取り押さえる。エンフィールドの提案で少女の家族に慰謝料を支払った男は、ハイドと名乗ったという。その名前を聞いたアターソンの頭には大きな不安がよぎった。友人の医者ジキル博士が新しく作成した遺書で、もし博士の身に何かあった場合の遺産相続人として書き記された人物の名前がハイドだったからだ。
 友人の問いかけに、“彼は無害だ”と一笑に付すジキル博士。しかし、路上で議員が殺され、犯人としてハイドの姿が目撃された。ジキル博士がハイドに脅迫されているのではないかと心配するアターソン。肝心のジキル博士は研究室に篭もったままだったが、友人であるラニヨン博士がショック死状態で発見される。ジキル博士の執事から、研究室の様子がおかしいと呼び出されたアターソン。研究室に押し入った2人は、そこでハイドの死体を発見する。側に残された手紙を読んだアターソンは、ハイドの正体が他ならぬジキル博士その人であり、化学実験によって変身してしまったこと、ラニヨン博士が事実を知ったためにショック死したことなどを知るのだった。

 多くの映画化作品では、ハイドと関係を持つ娼婦やジキル博士の妻などの女性キャラクターについても描きこまれているが、実は原作では女性が殆ど登場しない。また、ジキル博士の視点で描かれるのが一般的だが、原作は友人である弁護士アターソンの視点から描かれた回想録の形式を取っている。
 そうした点を踏まえながら、2本の作品を見てみよう。

 

「コルドリエ博士の遺言」(1959)
Le testament du Docteur Cordelier
劇場では日本未公開・NHK衛星第2で放送

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プレゼンター役を務めるジャン・ルノワール監督

コルドリエ博士を演じるジャン=ルイ・バロー

少女を襲うオパール氏


 フランスの巨匠ジャン・ルノワールがテレビ用に製作した作品。フランス以外のヨーロッパ各国では劇場公開された。キャラクター名が全て変えられており、舞台も製作当時のフランスに置き換えられている。ユニークなのは、オープニングとエンディングにルノワール監督本人が登場すること。テレビ「ヒッチコック劇場」のヒッチコック監督さながらに、世にも不思議な怪事件を紹介していくのだ。
 テレビ局の前に到着する一台の車。中から出てきたのは映画監督ジャン・ルノワールだ。収録スタジオに通されたルノワール監督。やがてカメラが回り、監督はパリ郊外の田舎町で最近起きたという事件について語り始める。
 弁護士ジョリー(テディ・ビリス)は友人であるコルドリエ博士(ジャン=ルイ・バロー)から預かった遺言を見て驚く。そこには、遺産相続人としてオパール氏なる人物の名前が記されていたのだ。それから数週間後、ジョリーは見るからに怪しげな男が幼い少女に暴行を加えている現場を目撃する。ジョリーが通行人と共に男を追跡すると、男はコルドリエ博士の屋敷の裏口に入っていった。そこでジョリーは、この男がオパール氏である事を知り愕然とする。
 遺言を書き換えてオパール氏を警察に突き出すよう説得するジョリーだったが、“彼は私の研究の協力者だ”としてコルドリエ博士は全く取り合おうとしない。2度とこんな事件が起きないようにするという博士の言葉にも納得できないジョリーは、精神科医であるセヴェラン博士(ミシェル・ヴィトルド)のもとを訪れる。セヴェラン博士はかつてコルドリエの友人だったが、今では患者を見捨てて自分の研究に没頭するコルドリエを蔑んでいた。コルドリエ博士がオパール氏に脅迫されているに違いないと訴えるジョリーに対し、セヴェランはコルドリエ自身が狂人だと言って取り合おうとしない。
 一方、街中では再び女性がオパール氏に襲われ、さらに散歩中の紳士が撲殺された。警察署長から呼び出されたジョリーは、目撃者であるカップルの証言と現場に残された杖から犯人がオパールである事を確信する。警察の捜査でオパールの住所が判明し、ジョリーも刑事と共に現場に急行する。肝心のオパールは留守だったが、同じアパートに住む娼婦に日頃から暴行を加えているとの証言を得た。
 オパールの行方を問いただすジョリーに、知らぬ存ぜぬを通すコルドリエ博士。セヴェラン博士の前で自分の実験の成果を見せるまでは、彼を警察に渡せないと言い張るのだった。だが、そのセヴェラン博士がオパールに殺されてしまう。第一発見者はコルドリエ博士だった。この事件をきっかけに実験を止めると宣言した博士は、再び精神科医として活躍すようになる。長らく途絶えていた社交パーティも再開し、何事もなかったかのように元の生活に戻るコルドリエ博士。
 だが、ジョリーは真夜中に博士の執事から呼び出される。博士の研究室から不審な叫び声が聞こえて来るのだ。不安と恐怖で震え上がっている使用人たちを引き連れ、研究室に押し入ったジョリーはオパールの姿を発見する。博士の行方を問い詰められたオパールは、ジョリーと2人きりならば真実を話すという。使用人たちを屋敷に返したジョリーに、オパールは博士からの預かり物だというオーディオ・テープを渡す。そこには、ジョリーにとって驚愕すべきコルドリエ博士の秘密が語られていた・・・・。

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弁護士ジョリーを演じるテディ・ビリス

真っ昼間から街中に出没するオパール氏

研究室からの叫び声に震え上がる使用人たち

 この作品がユニークなのは、コルドリエ博士を冷徹で頑なな変わり者として描いている点だろう。一見すると完全無欠の紳士。素行は品行方正で、身なりも潔癖すぎるくらいに隙がない。しかし、その一方で感情の起伏に欠ける冷たい人物で、プライドが高くて野心が強い。メイドと密通している金持ちの息子を“治療の必要な変質者”と診断しながら、自分はドイツ人のメイドと関係を持っている。その矛盾や良心の呵責が善と悪を分裂させるという実験の引き金となったわけだが、そもそもが偽善者である博士は、自分の悪の分身であるオパール氏の凶行を知りつつ加担し続ける。たとえ善と悪の人格を切り離しても、その人間の本質は決して変わる事がないというのが、本作の大いなる皮肉だと言えるだろう。彼にとって本当に必要なのは善と悪を分離させることではなく、内なる悪の存在を認め、理性によって折り合いをつけていくという事だったのかもしれない。
 この作品の背景には科学や理論への過剰な依存が、人間本来の感性や感情を破壊していくのではないかという、現代社会へのルノワール自身の強い危機感があるように思われる。人間は単純な生き物ではない。誰もが善と悪の両面を持っていると言ってもおかしくはないだろう。そのバランスをいかに上手く保ち、社会生活を営んでいくかということが重要なのだ。
 ルノワールの演出はあくまでもドキュメンタリー・タッチで、過剰な恐怖演出を一切排している。彼はこの物語をホラーとしてではなく、社会風刺の意味も含めたサイコロジカルなケース・スタディとして捉えていたのだろう。ルーベン・マムーリアン版やビクター・フレミング版のようなモンスター映画的要素を無くし、オパール氏の容貌に特殊メイクを殆ど使わなかったのも正解だった。
 コルドリエ博士とオパール氏の2役を演じるのはマルセル・カルネの傑作「天井桟敷の人々」('45)で有名な名優ジャン=ルイ・バロー。パントマイムで鍛えた肉体表現を駆使し、優雅で貴族的な振る舞いのコルドリエ博士と、肉体の歪んだ野獣のようなオパール氏を見事に演じ分けている。ジョン・バリモアやフレデリク・マーチの演技と比べても全く遜色のない名演と言えるだろう。

 

Dr.Jekyll & Mr.Hyde (2002)
日本未公開(ビデオ発売・テレビ放送も無し)

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ジキル博士の遺言に目を通す弁護士アターソン

人望の厚い名医ジキル博士(マーク・レッドフィールド)

悪魔のような顔をした邪悪なハイド氏

 ボルチモアを基盤に活動している舞台演出家・戯曲家・俳優のマーク・レッドフィールドにとって初めての映画進出作品が、この“Dr.Jekyll & Mr.Hyde”である。非常に低予算で作られており、出演者も無名の舞台俳優ばかりだが、これが意外なくらいにクオリティの高い仕上がりで驚かされる。 スティーブンソンの原作を極力忠実に踏襲しながらも、随所にジャック・ザ・リッパーやウェスト・ポート連続殺人事件などの要素を盛り込み、19世紀末から20世紀にかけてのロンドンの雰囲気を再現する事に成功している。
 レッドフィールド自身が監督と主演を兼ねているのだが、ユニバーサル・ホラーやドイツ表現主義、ハマー・ホラーなどから強い影響を受けているのは明白。その古典的で風格のある演出にも注目したい。
 舞台は1900年のロンドン。弁護士アターソン(カール・ランドルフ)は、従兄弟のアシュトン卿(ハウエル・ロバーツ)から奇妙な話を聞いた。少女が男に襲われている現場を目撃したアシュトン卿は、通行人と共に男を追い詰めるたところ、その男はアターソンの友人であるジキル博士(マーク・レッドフィールド)の屋敷に逃げ込んだというのだ。アシュトン卿の提案で男は少女の家族に慰謝料を支払ったのだが、このハイドと名乗る男はこの世の者と思えないような容貌をしていたという。その名前を聞いたアターソンは驚きを隠せなかった。ジキル博士から渡された遺言書に記載された遺産相続人こそ、そのハイドなる人物だったからだ。
 貧しい人間でも快く治療をする外科医ジキル博士は、人々から尊敬と羨望の眼差しで見られる立派な人物だった。病院から自宅に戻ったジキル博士を嬉しそうに出迎える使用人たち。博士はケリュー議員の娘ミリアム(コーシャ・エングラー)との婚約が決まったばかりだった。
 そこへ患者である娼婦アニー・ジャクソン(アリーナ・ライト)が仲間の女性を連れてくる。クレア(エレナ・トレス)と名乗るその娼婦は、ヒモから暴力を受けて傷を負っていた。治療をしているうちに思わずクレアにキスをしてしまうジキル博士だったが、何とかその欲望を押しとどめる。また、ジキル博士は墓堀人から実験用の臓器を買い上げており、必ずしも清廉潔白な人物ではなかった。
 酒場で仲間たちとたむろすクレア。そんな彼女を見つめる人物がいた。それが、ハイドと名乗る凶悪な風貌をした男。言いがかりをつけて金を巻き上げようとしたチンピラたちを血祭りにあげるハイドに最初は恐怖心を感じたクレアだが、次第にその危険な香りに魅せられていく。だが、ハイドこそロンドンの夜を震え上がらせる娼婦連続殺人の犯人だった。その死体から盗まれた臓器を、ジキル博士は買い上げていたのだ。
 一方、ミリアムの兄モーデカイ(R・スコット・トンプソン)はジキル博士の影の部分を察知し、妹との結婚に異議を唱えていた。ミリアムを避けるようになったジキル博士と話し合うために夜のロンドンを歩くモーデカイに、ハイド氏が襲いかかる。そして、愛する兄の死とジキル博士の冷たい仕打ちに絶望したミリアムは、テラスから身を投げて自殺を遂げてしまった。
 目撃証言からモーデカイを襲ったのがハイド氏である事を知った警察とアターソンは、ジキル博士の安全を心配して研究室に押しかける。そこにはハイド氏がいたが、警察は今一歩のところで逃してしまう。その一方、アターソンは研究室であるものを発見するのだった・・・。

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娼婦クレアを演じるエレナ・トレス

1900年のロンドンを再現したミニチュア・セット

華やかなケリュー議員の邸宅

 この作品で最も評価が分かれるのは、ミニチュアを使ったセット撮影にあるだろう。屋内シーンは全てリアル・サイズのスタジオ・セットを使用しているが、ロンドンの街中のシーンは全てミニチュア・セットを使った合成処理が施されている。さらに、作品そのものがデジタル・ビデオ・カメラで撮影されているため、どうしてもチープな印象が残ってしまうのは否めない。が、見方によってはミニチュア撮影が独特のファンタジックなムードを作り出しているとも言える。この辺りは好き嫌いがはっきりと分かれるところだと思う。
 とはいえ、青や赤の照明を生かしたライティングは往年のハマー・ホラーを彷彿とさせるものがあるし、ミニチュア・セットのデザインもドイツ表現主義の影響が垣間見られる。クラシック・ホラーのファンなら思わずニンマリとしてしまうはずだ。
 また、主演のマーク・レッドフィールドを含めた俳優陣の演技力もしっかりしていて、クラシカルな気品すら感じさせてくれる。脚本も決して悪くない。もともとレッドフィールド率いるニュー・センチュリー・シアターの上演用としてレッドフィールド自身とスチュアート・ヴォイティラが書き上げた戯曲を、映画用に加筆修正したものだという。随所に垣間見られる舞台劇風の展開は、その名残りと言っていいだろう。
 変身シーンの原始的なCG処理やミリアムが自殺するシーンの不自然なCG合成、格闘シーンのテンポの悪さなど、確かに突っ込みどころは満載だが、限られた予算と時間の中で最大限のものを作ろうというスタッフやキャストの意気込みは十分に伝わってくる。誰にでも薦められるような映画ではないものの、クラシック・ホラー・ファンなら一度は見ておきたい作品だと思う。
 なお、本作は2002年にイギリスのマンチェスターで行われた第6回ファンタスティック映画フェスティバルで最優秀インディペンデント映画賞を受賞した他、カリフォルニアのモデスト市主催の2003年ショックフェストUSAで最優秀男優賞(マーク・レッドフィールド)と最優秀女優賞(エレナ・トレス)を、ロサンゼルスで行われた2002年シュリークフェストではグランプリ第2位を受賞している。

 

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Jean Renoir Collector's Edition

Dr.Jekyll & Mr.Hyde (2002)

(P)2007 Lions Gate (USA) (P)2004 Alpha Video (USA)
画質★★★★★ 音質★★★★☆ 画質★★★☆☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤3枚組)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:フランス語/字幕:英語/地域コード:1/97分/製作:フランス
(「コルドリエ博士の遺言」のみ)

収録作品
La fille de l'eau(1925)/女優ナナ(1926)
/Sur un air de Charleston(1927)/マッチ売りの少女(1928)/ラ・マルセイエーズ(1938)/コルドリエ博士の遺言(1959)
/捕えられた伍長(1962)

映像特典
ドキュメンタリー(マーティン・スコセッシ、ミヒャエル・バルハウス、アラン・ルノワールらのインタビュー含む)

DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイド・スクリーン/ステレオ/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/
110分/製作:アメリカ

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
監督による音声解説
未公開シーン集

「コルドリエ博士の遺言」
監督:ジャン・ルノワール
製作:ジャン・ルノワール
脚本:ジャン・ルノワール
原作:ロバート・ルイス・スティーブンソン
撮影:ジョルジュ・ルクレール
音楽:ジョセフ・コスマ
出演:ジャン=ルイ・バロー
    テディ・ビリス
    ジャン・トパール
    ミシェル・ヴィトルド
    レジーヌ・ブラエ
監督:マーク・レッドフィールド
製作:マーク・レッドフィールド
    スチュアート・ヴォイティラ
脚本:マーク・レッドフィールド
    スチュアート・ヴォイティラ
原作:ロバート・ルイス・スティーブンソン
撮影:カール・E・デヴォス
音楽:ナリン・タネジャ
出演:マーク・レッドフィールド
    エレナ・トレス
    コーシャ・エングラー
    カール・ランドルフ
 フランス映画ファンなら一家に一セット必携のDVDボックス。とにかく画質が素晴らしいです。初期のサイレント作品に関しては、フィルムの傷が若干目立つものの、「ラ・マルセイエーズ」以降の作品はピッカピカの超高画質。映像特典のドキュメンタリーは30分の撮り下ろし作品で、ルノワールの息子アランやマーティン・スコセッシ監督の他、フランス映画のエキスパートたちがルノワール作品の魅力や背景を語って参考になります。さすがは独立系最大手のライオンズゲイト。グッジョブです。  パブリック・ドメイン専門の廉価版メーカー、アルファ・ビデオからリリースされたオフィシャル版DVD。アルファ・ビデオは時々、こうしたインディペンデント系映画のDVDをリリースしているけど、意外に秀作揃いのラインナップなんですよね。ただ、画質的にはまだ当時のデジタル・ビデオ・カメラの限界なのか、フィルムに比べると肌理の粗いこと・・・。エンコード処理のクオリティもイマイチといった感じです。映像特典のメイキングや未公開映像は平凡な内容。

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