ジェーン・オリヴァー Jane Olivor
〜ブルックリン生まれのシャントゥーゼ〜
70年代ニューヨークのナイト・クラブ・シーンから登場した女性ヴォーカリスト、ジェーン・オリヴァー。ブロードウェイ・ミュージカルからジャズ、シャンソン、ヴォードヴィルまで多岐に渡る彼女の都会的で洗練された音楽性は、生まれも育ちもブルックリンという生粋のニューヨーカーらしい持ち味だ。ビリー・ジョエルやバリー・マニロウ、初期のメリサ・マンチェスターのように、人種の坩堝であるニューヨークの独特の伝統文化が生み出したエンターテイナーと言えよう。
その歌声や音楽性が似ていることからバーブラ・ストレイサンドと比較されることの多いジェーンだが、個人的にはピアフやグレコとも相通ずる正統派のシャントゥーゼだと思っている。ヨーロッパ的なエレガンスと甘いノスタルジー、アダルトなほろ苦さを兼ね備えた彼女の作品は、70年代当時のフォークやAORサウンドの流れを汲みつつ、ロック以前のポピュラー・ミュージックやシャンソンにより近いものがあったと言えるだろう。
それゆえなのだろうか、時代の流行に左右されるヒット・チャートとはあまり縁がなく、結果として日本のリスナーにも馴染みが薄いまま今日に至っている。ヒット・チャートが決して音楽の良し悪しを測るバロメーターではないということを、改めて肝に銘じるべきなのだろう。
1947年5月18日ニューヨークはブルックリンに生まれたジェーン本名はジェーン・コーエンという。オリヴァーという芸名は、アルバイト先で使用していたタイプライターの製造メーカー、オリヴェッティから取ったものらしい。
デビューに至るまでの詳しい経緯は定かでないものの、70年代初頭にはグリニッヂ・ヴィレッジの伝説的なキャバレー、Reno
Sweeney'sで初舞台を踏んでいるようだ。そのまさにデビュー初日のステージを見ていたのが、当時のコロムビア・レコード社長クライヴ・デイヴィスだった。
彼女の歌声に強い感銘を受けたデイヴィスは、すぐさまレコード契約を取り付けるべく動いたらしい。しかし、まだ自分の才能や実力に確信を持てなかったジェーンは、その夢のようなオファーを断ってしまう。
実は、この自分に対する厳しいまでの過小評価こそが、その後のキャリアにおいて長いこと彼女を苦しめる原因になったようだ。
それから数年後、コロムビア・レコードはようやく彼女を口説き落とすことに成功し、76年にデビュー・アルバム“First
Night”がリリースされる。ただ、この作品は批評家から大絶賛されたものの、セールス的にはまるっきり伸びなかったようだ。
その翌年、彼女のカーネギー・ホール・コンサートとタイミングを合わせるように、セカンド・アルバム“Chasing
Rainbows”が発売された。これはニール・ダイヤモンドとのコラボレーションで有名なトム・カタラーノをプロデューサーに迎え、ジェーン特有のキャバレー音楽的な要素を最大限に活かしつつ、ソフトで洗練されたAORサウンドで仕上げた素晴らしい傑作。シングル・ヒットこそ出なかったものの、ビルボードのアルバム・チャートで最高87位という、まずまずの結果を残すことが出来た。
さらに、78年のアルバム“Stay
The Night”からはシフォンズのカバー“He's So
Fine”がシングル・カットされ、全米77位という彼女にとっては最大のヒットとなる。加えて、この年は映画“Same Time, Next
Year”の主題歌“The Last Time I Felt Like
This”を、彼女自身が敬愛する歌手ジョニー・マシスとデュエットし、しかもオスカーにノミネートされるという幸運にまで恵まれた。
ところが、華やかなスポットライトを浴びれば浴びるほど、ジェーンは精神的にどんどんと追いつめられていったようだ。もともと自己評価の厳しい彼女、実はデビュー当時から舞台恐怖症を抱えていたという。それゆえに、有名になって大きなステージに立つということは、その精神的な負担とストレスをより増大させることになったのだろう。さらに、音楽業界の様々な力関係や金銭問題などのダーティな部分も、彼女がショービジネスに嫌気がさす大きな要因となったらしい。
そのため、80年に発売されたアルバム“The
Best Side Of Goodbye”を最後にレコーディング活動から遠ざかり、82年のライブ・アルバム“Jane Olivor in
Concert”を最後に音楽界を引退してしまった。ちょうどこの時期、彼女の夫が癌を患ったということも、引退の決意を促すことになったようだ。
その後、86年に最愛の夫が他界し、その悲しみから鬱病を患ってしまったジェーン。89年頃にはその治療も完全に終わり、根強いファンの声援に応えて90年にカムバックを果たす。ニューヨークのキャバレーやナイト・クラブ、ライブハウスなどでコンサート活動を続け、00年には約20年ぶりとなるオリジナル・アルバムをリリース。現在もニューヨークをベースに地道な音楽活動を行っているようだ。
ちなみに、デビュー当時から彼女を強くバックアップしてきたのは、ニューヨークのゲイ・コミュニティーだったという。彼女のインテリジェントな品の良さとヨーロッパ的なセンシティビティー、ディーバ・ライクなステージ・パフォーマンスが、グリニッヂ・ヴィレッジに集まってくる芸術に敏感なゲイの人々を熱狂させたのかもしれない。ちょうど、彼らがバーブラやアーサ・キットを熱愛するように。
Chasing Rainbows
(1977) Stay The Night
(1978) The Best Side Of Goodbye
(1980) The Best Of Jane
Olivor
(P)1990 CBS/Columbia (USA)
(P)1990 CBS/Columbia (USA)
(P)1990 CBS/Columbia (USA)
(P)2004 Sony BMG (USA)
1,I'm Always Chasing Rainbows ビデオ
2,Lalena
3,The
Big Parade
4,The French Waltz ビデオ
5,You Wanna
Be Loved
6,You
7,I't Over Goodbye
8,Come In From The
Rain
9,Beautiful Sadness
10,I'm Always Chasing Rainbows
(Reprise)
produced by Tom Catalano1,Stay The Night ビデオ
2,Honesty
3,He's
So Fine
4,Solitaire
5,Can't Leave You 'Cause I Love You
6,Let's
Make Some Memories
7,Can't We Make It Right Again
8,You're The One I
Love ビデオ
9,Song For My
Father ビデオ
10,The Right
Garden1,Manchild Lullaby
2,A Long And
Lasting Love
3,Golden Pony
4,Weeping Willows, Cattails
5,To Love
Again
6,Don't Let Go Of Me
7,Love This Time
8,The Best Side Of
Goodbye
9,The Greatest Love Of All
10,Vagabond ビデオ
produced
by Louie Shelton, Michael Masser and Jason Darrow1,The Greatest Love Of All
2,Come
Softly To Me
3,I'm Always Chasing Rainbows
4,Stay The
Night
5,Song For My Father
6,Some Enchanted Evening
7,Morning,
Noon And Nightime
8,Vincent
9,You
10,The Last Time I Felt Like
This ビデオ
11,Come In
From The Rain
12,The Best Side Of Goodbye
13,He's So
Fine
14,Solitaire
15,To Love Again
16,Seasons (Live)
オープニングを飾る#1から鳥肌ものの美しさ。バーブラが好んで歌いそうな曲ですが、歌いすぎない一歩手前のところで絶妙なバランスを保つジェーンのボーカルが実に見事です。続く#2も感動・感動・感動の名曲。いや、もう全部まとめて大傑作と言ってしまいましょう。マーチング・ドラムを効果的に使ったドラマチックなシャンソン風バラード#3はまるでピアフやアズナヴールみたいだし、キュートでノスタルジックでおフレンチな#4、センチメンタルでエレガントな#7、メリサ・マンチェスターの名曲をカバーした#8などなど、どれも甲乙つけがたいほどに素晴らしい出来栄えです。
よりAOR的なアプローチを強めたサード・アルバム。当時の音楽マーケットを意識した結果なのだとは思いますが、彼女の持ち味を十分に生かしているとはちょっと言いにくいかもしれません。とはいえ、シフォンズのキュートでアップテンポなポップ・ナンバーを、緩やかに気だるいリズム&ブルースとしてカバーした#3は秀逸そのもの。カーペンターズもカバーしたニール・ダイヤモンドの名曲をストレートに歌った#4、スタイリスティクスを彷彿とさせるメロウ&スウィートな#7、ジェニファー・ウォーンズも歌っていた美しいカントリー風バラード#8もオススメです。
前作のAORっぽさを残しつつも、ジェーンらしいヨーロピアンなエレガンスを取り戻した一枚。特にマイケル・マッサーと組んだのは大正解で、彼の紡ぎだす甘くロマンティックな世界はジェーンの個性と見事にマッチしています。中でも最大の聴きものは、何と言ってもやはり#9でしょう。日本ではホイットニーのバージョンで有名な曲ですが、ここでは作曲者であるマッサー本人がプロデュースを担当。個人的には、こちらの方が好きですね。あと、この数年後にクリスタル・ゲイルが同じくマッサーのプロデュースでカバーする#2も良いですし、超ウルトラ・メロウなシャンソン#5も最高!
アルバムからの代表曲に加え、これが初CD化となるロジャース&ハマースタインの#6(『南太平洋』)、さらにアルバム未収録だったジョニー・マシスとのデュエット#10を収めた豪華な内容のベスト盤。とはいえ、やはり選曲からこぼれている名曲も多いんですよね。彼女のオリジナル・アルバムは90年にまとめてCD化されたものの、現在は残念ながら全て廃盤。200ドル以上のプレミアを付けているオンラインショップもあるくらい激レア・アイテムになってしまいました。これが現在唯一手に入るCDなわけですが、近い将来リマスター盤の再発を期待したいところです。