インキーパーズ
The Innkeepers
(2011)
2012年8月3日〜日本盤DVDリリース
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ホテル“ヤンキー・ペドラー・イン”はその長い歴史に幕を閉じようとしていた |
最後の週末を任されたのはクレア(S・パクストン)とルーク(P・ヒーリー)の2人 |
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真面目だが引っ込み思案のクレアは失敗ばかりで凹みがち |
夜中に奇妙な物音を耳にしたクレアは… |
<作品解説>
'80年代スラッシャー・ホラーを当時の撮影スタイルで忠実に再現した前作“House of the
Devil”('09)で、コアなホラー映画ファンのハートをガッチリと掴んだタイ・ウェスト監督。いまだに日本未公開のままなのは非常に残念だが、その代わりというべきか、新作「インキーパーズ」がめでたくDVDにて日本上陸することとなった。
舞台はニューイングランド地方の歴史ある古いホテル。経営不振による閉鎖を目前に控えており、クレアとルークの2人が最後の従業員として管理を任されていた。実はこのホテル、かつて新郎に捨てられた花嫁マデリーン・オマーリーが首吊り自殺を遂げるという惨劇が起きた場所。それ以来、ここではマデリーンと思われる幽霊がたびたび目撃されており、その筋からは“呪われたホテル”として有名だった。好奇心に駆られたクレアとルークは、その真相を確かめるべく幽霊とのコンタクトを試みる。真夜中に聞こえてくる不気味なピアノの音色、囁くようにクレアの名を呼ぶ女性の声。やがて、彼らは開けてはいけない禁断の扉を開けてしまう…。
出てくるようで出てこない、見えるようでいて見えない。些細な出来事の積み重ねを丹念に描き、焦らしに焦らしながら徐々に恐怖を煽っていくという古風な手法は、“House
of the
Devil”でも遺憾なく発揮されていたウェスト監督のトレードマークと言えるだろう。なので、ラスト20分までは殆ど何も起きない。
しかし、主人公2人のユーモラスでペーソス溢れる人間模様、寂れたホテルでの退屈で平凡な勤務、往時の華やかさを残したホテルが醸し出す寂しげで陰鬱なゴシック・ムード、ふとした瞬間に感じる禍々しい空気、それらを巧みに織り交ぜながら、日常の延長線上にある超自然的な恐怖を描き出していく演出はやはり抜群に上手い。中でも、地下室の暗闇や真夜中の静寂に潜む“何か”を観客の皮膚感覚に訴えていくセンスは絶妙だ。
ただ、これまた“House
of the
Devil”にも共通することなのだが、どうもウェスト監督はオチの付け方、ストーリーの着地点の定め方が甘いように感じる。特に今回は最後の宿泊客である霊能者リーアンや謎の老人という興味深いサブキャラクターを用意しておきながら、それを必ずしも有効に活用しているとは言えず、呆気なく決着を付けてしまったという印象は拭えない。幽霊の正体が本当にマデリーンなのかどうか分からないまま終焉を迎えるというのは、観客に想像の余地を残すという意味で意図的なものなのだろうし、それはそれで十分効果アリだと思うのだが、ラスト20分で起きる惨劇の理由や引き金までが漠然としているのは欲求不満が残る。
とりあえず、“House
of the
Devil”の大ファンとしては、そもそもの期待値が非常に高かったせいもあって、少なからず物足りなさを感じざるを得ないところ。とはいえ、ウェスト監督の作品はこれが初めて、もしくは配給会社の勝手な編集でズタズタにされた「キャビンフィーバー2」('09)しか見たことがない、というホラー・ファンにはオススメ出来る一本。また、「らせん階段」('45)や「たたり」('63)のような古典的幽霊譚を愛する通なマニアも一見の価値はあるだろう。ちょっとオドオドしたオタク系美少女クレアを演じる女優サラ・パクストンの、ナチュラルな可愛らしさといたいけな絶叫演技も素晴らしく魅力的だ。
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ホテルでは100年以上前に自殺した女性マデリーンの幽霊が出ると噂されていた |
地下室の扉から聞こえてくる物音を確かめようとするクレア |
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クレアは幽霊とのコンタクトを試みるのだったが…? |
心霊現象を目の当たりにして怯えるクレアだが、ルークの反応はイマイチ |
<ストーリー ※ネタバレ要注意>
19世紀半ばから150年以上の歴史を誇る老舗ホテル、ヤンキー・ペドラー・イン。かつては大勢の宿泊客を迎えた豪華な高級ホテルだったが、今ではすっかり寂れてしまい、ついに閉鎖されることとなってしまった。オーナー夫婦が旅行に出かけているため、若い従業員クレア(サラ・パクストン)とルーク(パット・ヒーリー)の2人が最後の週末の営業を任されている。
引っ込み思案でそそっかしいが素直で前向きなクレアと、皮肉屋でぶっきらぼうだが気のいいルークはとても仲が良く、宿泊客もまばらで暇が多いこともあって、2人とものんびりしながら最後の業務をこなしていた。そんな彼らの最大の関心事。それは、昔からこのホテルに出没すると言われる幽霊のことだった。
まだヤンキー・ペドラー・インが創業したばかりの頃のこと。新郎に捨てられた花嫁のマデリーン・オマーリーという女性が、ホテルの部屋で首吊り自殺を遂げたのだ。しかも、営業に差し障ると考えたホテル側は事件を警察に届けず、マデリーンの遺体を地下室に隠してしまった。やがてそのことが明るみとなり、ホテルは当局から営業停止命令を受けてしまう。その後、現在のオーナー一族がホテルの権利を買収して営業を再開するも、それ以来たびたびマデリーンと思われる幽霊の姿が目撃されるようになり、ヤンキー・ペドラー・インは“呪われたホテル”として知る人ぞ知る存在となったのだ。
実は、ルークも一度だけ幽霊に遭遇したことがあった。好奇心旺盛なクレアは興味津々。果たして幽霊の正体は本当にマデリーンなのか、なぜこの世にとどまってホテルに出没するのか。この週末を逃したら2度とチャンスがないことから、2人は業務の傍らで幽霊とのコンタクトを試み、その真相を突き止めようと考えていたのである。
とはいえ、ルークはなんとなく気乗りせず、クレアの方が幽霊探しに夢中の様子だ。性格的にオタク傾向の強いクレアは、新しくチェックインした客が往年のテレビ女優リーアン・リース=ジョーンズ(ケリー・マクギリス)と知って大興奮。しかし、トンチンカンな受け答えをしたせいでリーアンから小バカにされてしまい、ショックで気分が滅入ってしまった。
その晩、1人でフロント当番をしていたクレアは、どこからともなく聞こえてくる奇妙な物音に気付いた。ルークの録音機材を借りようとしたが使い方を分からず、仕方なく手ぶらで音のする方へ歩き出すものの、背後から現れたルークにビックリ。それっきり音は聞こえなくなってしまった。さらにあくる日の夜、外へゴミ出しに出たクレアは、またもや奇妙な音を耳にする。どうやらホテルの地下室へ続く扉から聞こえてくるようだ。恐る恐る扉を開けるクレア。すると、中から真っ黒なカラスが飛び出してきた。しかし、チェーンで封印されていた地下室に、どうやってカラスが紛れ込んだのだろうか。階段の奥に広がる暗闇を見て、クレアは思わず背筋を凍らせる。
その晩もクレアがフロントを任されることとなり、彼女は録音機材を手にホテル内のあちこちを回って、幽霊とのコンタクトを試みた。すると、どこからか不気味なピアノの音色が聞こえてくる。不思議なのは、ヘッドホンを外すと聞こえないことだ。音のする方へ恐る恐る向かうクレア。玄関ホールに置かれたグランドピアノに近づくと、突然音が鳴りやんだ。だが、その次の瞬間、鍵盤が勝手に動いてけたたましい音が鳴り響く。
すっかり怯えたクレアは、客室で仮眠をとっているルークのもとへ。しかし、寝ぼけまなこのルークは彼女の話をまともに聞こうとせず、さらに騒ぎで目を覚ましたリーアンにまで怒られてしまった。だが、心霊現象を目撃したというクレアの言葉にリーアンは顔色を変える。実は彼女、女優を引退して霊媒師となっていたのだ。クレアのために透視をするリーアン。すると、このホテルにいる幽霊が複数であること、そして地下室には絶対近づいてはいけないと告げる。
そして、いよいよホテルにとって最後の土日がやって来た。午後になって1人の老人(ジョージ・リドル)がチェックインする。妻に先立たれた彼は、かつて新婚旅行で泊まった3階のスイートルームを使いたいという。閉鎖準備のため3階は既にテレビや備品等が取り払われていたのだが、それでもいいから泊まりたいという老人のため、クレアはベッドシーツやタオル等を用意した。だが、どこかただならぬ雰囲気を持った老人に、クレアは内心戸惑う。
ホテルの夜勤は今晩が最後ということで、クレアとルークはビールを買い込んで酒盛りを始める。とはいっても、話題はホテルを辞めた後どうするかとか、今ひとつパッとしない。そこで、2人は機材を持って地下室へ降り、改めて幽霊との接触を試みようとする。すると、録音機材のメーターが異様な数値を示し、明らかに異質な音が聞こえてくる。しかも、クレアはルークの背後に立つ幽霊を目にして凍りついてしまった。
震え上がったルークはその場を逃げ出し、幽霊を見たという話なんて本当は嘘なんだと言い残してホテルを去ってしまった。クレアの気を引くためについた嘘だったのだ。しかし、たった今体験したことに偽りはない。一人取り残されて不安になったクレアは、寝ているリーアンに助けを求める。再び透視を試みるリーアン。だが、あるビジョンをキャッチした彼女は顔面蒼白となり、今すぐこのホテルから逃げないと大変なことになると断言する。
リーアンの指示通り、荷物をまとめてホテルを出ようとするクレア。ふと、3階に泊まっている老人のことを思い出した。だが、老人からは返答がない。恐る恐る真っ暗な部屋の中へ足を踏み入れたクレア。そこで彼女が目にしたものとは…。さらに、彼女の名を呼ぶ不気味な声がホテル内にこだまする…。
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宿泊客の霊能者リーアン(K・マクギリス)は霊の存在を感じ取っていた |
最後の晩にホテルを訪れた謎の老人(G・リドル) |
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マデリーンの遺体が隠されたという地下室へ降りていくクレアとルーク |
明らかに異質な物音をマイクでキャッチして凍りつくルーク |
舞台となるヤンキー・ペドラー・インは、コネチカット州トーリントンに実在する古いホテル。1891年にオープンした由緒正しいホテルで、こちらは現在もちゃんと営業している。もちろん(?)、幽霊が出たりするような噂はない。本作はホテル側の全面的な協力を得て撮影されており、スタッフやキャストはホテル内で寝泊りしていたそうだ。なかなか話のわかるホテルだ。
製作を手がけたのはウェスト監督に加え、前作に引き続いてのラリー・フェッセンデンとピーター・フォク。フェッセンデンはグレン・マックエイド監督の“I
Sell The
Dead”('09)やダグラス・バック監督の「シスターズ」('06)、ジム・マイクル監督の「ステイク・ランド」('10)などの優れたインディペンデント・ホラーを手がけているプロデューサーであり、自らも監督や俳優業もこなすマルチな才能の持ち主だ。
脚本と編集はウェスト監督自身が担当。撮影監督はウェスト監督作品の常連であるエリオット・ロケット、音楽はフェッセンデン製作作品に欠かせない作曲家ジェフ・グレイス、控えめに使われる特殊メイクもフェッセンデンと関わりの深いブライアン・スピアーズ、これまた地味ながらも随所で効果を上げる特殊視覚効果を“House
of the
Devil”に続いて再登板のジョン・C・ローリンが手がけている。
なお、ウェスト監督はグレン・マックエイドやデヴィッド・ブルックナーら若手のインディーズ監督たちと組んだ“V/H/S”('12)、日本から山口雄大監督や井口昇監督、西村喜廣監督も参加した“The
ABCs of
Death”('12)という2本のオムニバス・ホラーを既に完成させており、次回作は「アルマゲドン」でもお馴染みの人気女優リヴ・タイラーを主演に迎えた“The
Side Effect”という新作に取り掛かる予定だ。
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パニクったルークはクレアを残してホテルから逃げ出してしまう |
再び幽霊とのコンタクトを試みるリーアンだったが… |
主人公のクレアを演じているサラ・パクストンは、テレビドラマ“Darcy's Wild
Life”('04〜06)のヒロイン役でティーン・アイドルとなり、ここ数年ハリウッドで注目を集めつつある若手女優。「愛しのアクアマリン」('06)の頃は、いかにもセレブな雰囲気の西海岸系ブロンド美少女という感じだったが、本作では髪の毛をバッサリと切り落として大胆にイメージチェンジ。以前はミーシャ・バートンやヒラリー・ダフの2番煎じみたいなイメージだったが、一転してナチュラルで個性的な面白い女優になった。本作のクレア役にしても、人付き合いが苦手で不器用で、でもお茶目でキュートで憎めない、ごく平凡な女の子を等身大に演じていて好感度が高い。絶叫シーンも通り一遍等のスクリーム・クィーン的なものではなく、好奇心は強いけど人見知りで気弱な女の子の追いつめられた絶望感みたいなものをとても上手く演じており、抜群に上手いのだ。今年はジェシカ・ラング共演の“The
Big
Valley”を筆頭に、なんと6本もの主演映画の公開が予定されており、いよいよ映画界でも本格的にブレイクすることとなりそうだ。
一方、ルーク役のパット・ヒーリーは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「マグノリア」('99)やウェルナー・ヘルツォーク監督の「戦場からの脱出」('06)などに顔を出していた脇役俳優。これといった特徴のない役者だが、それがかえって挫折ばかりの人生を歩んできた中年男ルークにはピッタリとハマっている。本当はコンプレックスだらけのくせに、皮肉めいた口調や態度で見栄を張り、それとなくマニアックな知識をひけらかすことで、大学中退という過去から目を逸らしている寂しい男ルーク。もちろん、根は親切で心優しい善人なのだが、それを素直に出すことができない。そんな彼の屈折した弱さと優しさをサラッと演じてしまうパット・ヒーリーは、実はなかなかのクセ者俳優なんじゃないかと思う。
そして、往年のテレビ女優にして霊能者のリーアンを演じているのは、80年代を代表するメガヒット映画「トップガン」('86)でトム・クルーズの相手役を演じたケリー・マクギリス。これがまた絶妙なキャスティングだった。まだ50代とは思えないほどに老け込んでしまったマクギリスは、落ちぶれた女優の疲れた雰囲気をなんともリアルに醸し出しており、なおかつ霊能者としての怪しげな、それでいてどこか不思議な存在感を漂わせて見事だ。
その他、アメリカで話題を呼んでいるHBOのテレビ・ドラマ“Girls”('12〜)で主演・脚本を務めている才女レナ・ダンハムがホテルの隣にあるカフェの女性店員役を、「ミスター・アーサー」('81)などチョイ役一筋のベテラン俳優ジョージ・リドルが老人役を、“House
of the Devil”にも顔を出していたブレンダ・クーニーがマデリーン・オマーリーの幽霊役を演じている。