Zibahkhana (2007)
〜パキスタン初のスプラッター映画〜
※『パキスタン・ゾンビ』のタイトルで2008年12月に日本盤DVDが発売されました
![]() |
(P)2008 TLA Releasing (USA) |
画質★★★★☆ 音質★★★★☆ |
DVD仕様(北米盤) カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/5.1chサラウンド/音声:ウルドゥ語・英語/字幕:英語/地域コード:1/78分/制作:パキスタン・イギリス 映像特典 監督による音声解説 メイキング・ドキュメンタリー プレミア会場ルポ 音楽プロモ・ビデオ オリジナル劇場予告編 |
監督:オマール・アル・カーン 製作:オマール・アル・カーン アンディ・スターク ピート・トゥームス 脚本:オマール・アル・カーン ピート・トゥームス 撮影:ナジャフ・ビルグラミ 特殊メイク:ナワブ・サグハール 音楽:スティーブン・スローワー 出演:クンワール・アリ・ローシャン ローシャニー・エジャズ ルービャ・チャウドリー ハイデール・ラザ オスマン・カーリド・ブット レハン ナジマ・マリク スルタン・ビッラ |
パキスタンで最初のスプラッター映画として地元でも話題を呼んだホラー作品が、この“Zibahkhana(屠殺場)”。だいたい、パキスタンに映画なんてあるんだ!?なんてビックリする人もいるかもしれないが、もちろんパキスタンにだって映画は存在する(笑)。それどころか、かつてはインドのボリウッド(インド版ハリウッド)映画に対抗してロリウッドという名称が生まれるほど、パキスタンの映画界は全盛を極めた時期があった。なぜロリウッドなのかというと、パキスタン映画のメッカだった都市ラホールにちなんでのこと。ラホール+ハリウッド=ロリウッドってなわけだ。
もともとパキスタンはインドから独立した国であり、映画もインド映画界の培った伝統をそのまま引き継いだ。ただ、1946年独立直後の混乱時期には頭脳流出も相次ぎ、多くの有能な映画人がインドへと去ってしまった。その後、パキスタン映画界は徐々に成長して行き、60年代には全盛期を迎えることになる。アクションやミュージカル、お色気など数多くの娯楽映画が作られるようになり、パキスタンで最初のバンパイア映画と呼ばれる“Zinda
Laash(生ける屍)”(67年)などのホラー映画も誕生した。
しかし、70年代の政変やイスラム原理主義の台頭、さらには家庭用ビデオの普及などに伴い、パキスタン映画界は急速に衰退してしまう。90年代にはほぼ壊滅状態にまで陥ったのだが、21世紀に入って若手の映像作家が次々と台頭。最近では国際マーケットを意識したSFやホラー、サスペンスなどの娯楽映画も作られるようになってきた。
この“Zibahkhana”も、当初から国際マーケットを視野に入れて製作された作品だ。監督・製作・脚本を務めたオマール・アル・カーンは、イスラマバードで若者に人気のアイスクリーム・ショップを経営している実業家。つまり、もともと映画製作のプロではない。ただ、経営するアイスクリーム・ショップには『エルム街の悪夢』や『ゾンビ』などホラー映画のポスターやグッズが所狭しと並べられており、根っからのホラー映画マニアだったようだ。
そんなオマールに製作費を出資したのがアンディ・スタークとピート・トゥームス。2人ともイギリス人で、南米やアジア、ヨーロッパなどのコアなB級映画を配給しているイギリスのビデオメーカー、モンド・マカブロの経営者だ。モンド・マカブロはDVDのリリースだけでなく、最近ではテレビ番組の製作やオリジナル・ビデオ作品の製作にも進出しており、欧米におけるワールド系B級映画発掘の先駆的存在として知られる。パキスタンで最初のバンパイア映画“Zinda
Laash”もモンド・マカブロによって再発掘されており、地元のホラー・マニアであるオマールとも何らかの接点があったのだろう。
で、肝心な映画の出来栄えなのだが、良くも悪くも素人のホラー・マニアが作ったスプラッター映画という印象。愛情だけはめいっぱい詰まっているが、映画としては稚拙極まりない作品だ。ストーリーのベースは、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』。ワゴン車で田舎を旅する若者グループが、森の中で気の狂った殺人鬼一家に遭遇するというもの。さらに、都会からの排水で田舎の川が汚染されており、その水を飲んだ人々がゾンビと化して森をウロウロしている。随所にロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『13日の金曜日』などへのオマージュが散りばめられており、70年代〜80年代のホラー映画が好きな人ならそれだけでも楽しめるかもしれない。
また、主人公たちが遭遇する不気味な屋台の主人役で、かつて“Zinda
Laash”でドラキュラ役を演じた俳優レハンが登場したり、森の中に住む怪しげな老女役で伝説的な大女優アーシャ・ポズレイ(故人)の妹ナジマ・マリクを起用したりと、往年のパキスタン映画に対するリスペクトも忘れていない。
といった調子で、オマール・アリ・カーン監督のホラー映画やパキスタン映画に対する愛情は十分すぎるくらいに伝わってくるのだが、それがクオリティに反映されていないのは残念なところ。意図しているとは思えない粗雑なカメラワーク、マニュアル通りのショック演出、落ち着きのない編集、素人臭い役者の演技など、あくまでもホラー・マニアが撮ったファン映画の域を出るものではない。
その一方で、軍事政権の支配するイスラム国家パキスタンにも、これだけホラー映画を愛しているマニアがいるというのは嬉しい驚きと言えるだろう。そう、ホラー映画のユニークな点は、文字通り世界の隅々に熱狂的なマニアが存在するということだ。恐怖は世界の共通言語であり、簡単に国境を越えてしまうのである。そのことを再認識させてくれるという意味において、本作は特別な価値を持っているのかもしれない。
![]() |
![]() |
映画マニアの学生ヴィッキ(K・アリ・ローシャン) |
繊細で大人しい女の子アイーシャ(R・エジャズ) |
![]() |
![]() |
貧しい家庭の若者シモン(H・ラザ) |
ホラー・マニアの不良学生OJ(O・カーリド・ブット) |
![]() |
![]() |
ちょっとワガママなお嬢様ロキシー(R・チャウドリー) |
5人を乗せたワゴン車が田舎道を行く |
近代的でお洒落な建物の並ぶパキスタンの首都イスラマバード。5人の若い大学生がカフェに集まってきた。古いパキスタン映画が大好きな若者ヴィッキ(クマール・アリ・ローシャン)、伝統的な価値観を重んじる母親に育てられた大人しい女の子アイーシャ(ローシャニー・エジャズ)、貧しい家庭に生まれ育った好青年シモン(ハイデール・ラザ)、ホラー映画マニアでプレイボーイの不良学生OJ(オスマン・カーリド・ブット)、そしてなに不自由なく育ったお金持ちのお嬢様ロキシー(ルービャ・チャウドリー)。彼らは、田舎町で行われるロックバンドのライブを見るため、ヴィッキの運転するワゴン車に乗り込んだ。
その頃、地方では都会からの排水が原因で川の水が汚染され、貧しい人々の間で奇妙な病気が蔓延。各地で抗議デモが起きるなど社会問題となっていた。ヴィッキらも途中で立ち寄った屋台の不気味な主人(レハン)から、謎めいた警告を受ける。その屋台で買ったお菓子を食べたOJが体調不良を訴え、一行は道路わきに車を止めた。近くの川で食べたものを吐き出していたOJは、草むらから突然飛び出してきた何者かに襲われる。それはゾンビと化した人間だった。足を噛まれたOJだったが、なんとか逃げ切ってワゴン車へ飛び乗る。
異常事態を察して車を発車させようとした一行だったが、いつの間にか周囲をゾンビたちに囲まれてしまった。ゾンビたちの襲撃で車内はパニックに陥るが、ヴィッキの機転で何とか振り切ることが出来た。
![]() |
![]() |
森から現れたゾンビの群れ |
ゾンビに襲われて車内は大パニックに |
![]() |
![]() |
死肉を食らうゾンビたち |
ミイラ化した首を嬉しそうに取り出す男バレイ(S・メラジ) |
やがて陽も落ち、辺りは真っ暗闇になってしまった。一行は道に迷ってしまったことに気付く。近くにあばら家を発見したヴィッキは、そこに住んでいる謎めいた男バレイ(サリム・メラジ)に道を尋ねた。すると、男は親切に道案内をしてくれるという。
バレイを車に乗せて出発した一行だが、次第に男の言動が不可解になっていく。すると突然、バレイは持っていたカバンの中からミイラ化した人間の首を取り出し、狂ったように暴れだした。ビックリした一行は、バレイを外へ突き落とした。それでもしがみつこうとする男を、車は容赦なく轢いて去っていく。そうこうしているうちに、車のガソリンが底を尽きてしまった。近くに民家を発見したヴィッキは、助けを求めて中へ入っていく。ところが、民族衣装ブルカを被った巨体の殺人鬼が物陰から襲い掛かり、ヴィッキは無残にも殺されてしまった。
その頃、ワゴン車では体に異常の出始めたOJが失踪。さらに、恐怖に耐え切れなくなったロキシーまでもが、森の中へと逃げ出してしまった。例の民家へたどりついたロキシーは、そこでバラバラにされたヴィッキの遺体と殺人鬼を発見。悲鳴をあげて逃げ出した。
殺人鬼に追い回されたロキシーは、森の奥で別の民家を発見する。そこにはバリ・ブーア(ナジマ・マリク)という老婆が一人で住んでいた。親切にロキシーを介抱してくれる老婆。彼女には息子が2人いるが、本当は娘が欲しかったのだと語る。近くに住む長男のところに薬を取りに行くという老婆を、ロキシーはブルカを被った男が徘徊しているからと引き止めようとする。しかし、老婆は“男がブルカを被るなんてあり得ない”と一蹴して、外へと出て行ってしまった。
家の中を見回していたロキシーは、棚からアルバムを発見する。そこには古い家族写真が収められていた。バリ・ブーアと夫、そして2人の息子。古い順に綴じられた写真をめくっていくと、突然ブルカを被った次男の姿がロキシーの目に飛び込んできた。そう、あの殺人鬼は老婆の次男だったのだ。娘の欲しかった老婆は、次男を女の子として育てたのだった。
さらに写真をめくると、車の中で暴れた男バレイが老婆の長男であることも発覚。家のクローゼットには老婆の夫らしきミイラも隠されていた。驚愕したロキシーは、再び森の中へと逃げ出す。
その頃、ヴィッキやロキシーの行方を心配したアイーシャとシモンが森へと足を踏み入れた。民家の傍でガソリンの入ったタンクを発見する二人。すると、ブルカを被った殺人鬼が襲い掛かってきた。アイーシャはなんとか逃げ切れたが、シモンは殺人鬼の餌食となってしまう。手に持ったガソリンを車に補給し、その場から逃げ出そうとするアイーシャだったが・・・。
![]() |
![]() |
ワゴン車に取り残されたシモンとアイーシャ |
民族衣装ブルカを被った殺人鬼 |
![]() |
![]() |
民家に迷い込んだロキシーは想像を絶する恐怖と対峙する |
屋台の主人役で登場する往年のホラー俳優レハン |
ということで、車に乗せた男が狂い始める辺りからの展開はまるっきり『悪魔のいけにえ』。森の中で繰り広げられる殺戮シーンは『13日の金曜日』だし、森の中でいきなりゾンビに遭遇するシーンは『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』への明らかなオマージュだ。今どき珍しいくらいに純粋なオールド・スクールに対するリスペクト。そのストレートな素直さこそが、本作の最も憎めない点かもしれない。
また、随所で描かれる今どきのパキスタンの若者文化も興味深い。確かに欧米や日本なんかと比べると地味ではあるが、みんな携帯電話は持っているし、家には薄型テレビやDVDプレイヤーもあるし、気晴らしにマリファナを吸ったりもするし。その生活ぶりは、アメリカの田舎町の学生なんかと大差ないように思える。これぞ、まさしくグローバライゼーションといったところか。
ただ、大学生が友達同士で小旅行するだけでも親の目を盗まなくてはいけなかったり、羽目を外しても決して男女の関係にはならなかったり、グループ内でも貧富の差があったりする辺りは、いろいろとお国柄がしのばれて面白い。