HARD TO FIND FILMS
〜ヨーロッパ映画篇〜

 

 

エル
Elle (1997)
日本では1999年劇場公開
VHSは日本発売あり・DVDは日本未発売

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(P)2000 Winster Video (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ(スクィーズ収録)/ステレオ/音声:フランス語/字幕:英語/地域コード:ALL/97分/製作
:ポルトガル・フランス

映像特典
オリジナル劇場予告編
フィルモグラフィー集
監督:ルイス・ガルヴァン・テレシュ
製作:ヤニ・ティルジェス
脚本:ルイス・ガルヴァン・テレシュ
撮影:アルフレッド・メイヨ
音楽:アレハンドロ・マッソ
出演:カルメン・マウラ
    ミュウ=ミュウ
    マリサ・ベレンソン
    ゲッシュ・パティ
    マルト・ケラー
    ヨアキム・デ・アルメイダ
    ディディエ・フラマーノ

 人生の岐路に差しかかった5人の中年女性の日常を、暖かく繊細なタッチで描いた小品佳作。奇をてらったところのないストーリー展開や演出は、ともすると地味な印象を与えがちかもしれない。日本でも劇場公開時にはあまり話題にならず、ビデオ・レンタルでも殆んど見かける事がない作品。しかし、見終わった後に爽やかで清々しい余韻を残す名作だ。ポルトガルの首都リスボンの情緒溢れるロマンティックなロケーション、アレハンドロ・マッソによる叙情的でメランコリックな音楽、そしてヨーロッパを代表する5人のベテラン名女優たちの豊かな演技を存分に堪能したい。

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今は離婚しているエドガー(D・フラマーノ)とバルバラ(M・ケラー)

リンダ(C・マウラ)と年下の恋人ジジ(J・デ・アルメイダ)

 ビデオカメラに向って自らの夢を語る5人の中年女性たち。一見すると充実した毎日を送っている彼女たちだが、実際はそれぞれに様々な問題を抱えながら生きている。テレビのニュースキャスターを務めるリンダ(カルメン・マウラ)は、12歳年下のディレクター、ジジ(ヨアキム・デ・アルメイダ)という恋人がいる。しかし、自分の方が年齢もキャリアも上であることを気にしてしまい、どうしても境界線を引いてしまいがちだ。そのために、近頃は二人の間に溝が深まっている。しかも、若い駆け出しの女優がジジに接近中で、彼女も内心は気が気でない。
 女性シェフのバルバラ(マルト・ケラー)は夫エドガー(ディディエ・フラマーノ)と離婚して久しいものの、週に一度は一緒に食事をするという関係を今も続けている。二人の子供を立派に育て上げた逞しい女性だが、最近は老いに対する不安から神経質になりがち。ある日、激しいめまいに襲われた彼女は、自らが病で余命幾ばくもないことを知る。絶望の淵に追いやられるバルバラ。そんな折、娘イネスとフィアンセとの間に子供が出来たことが明るみに。自分が祖母になるということを知った彼女は、努めて明るく振舞おうとするのだったが・・・。
 大学で教鞭を執るエヴァ(ミュウ=ミュウ)は最愛の夫に先立たれ、幼い息子を一人で育てている。そんな彼女に想いを寄せる学生がいた。バルバラの息子ルイ(モーガン・ペレス)である。彼の気持ちを察しながらも、友達への遠慮から距離を置いていたエヴァだったが、いつしか聡明で繊細なルイに惹かれていく。しかし、ルイの友達から彼の母親と間違われてしまい、ふと我に返ってしまうのだった。
 自由奔放な女優ブランカ(ゲッシュ・パティー)にも年頃の娘がいる。しかし、酒と男と舞台のことしか頭にない彼女は、娘のことなど一切顧みようとしない。母親の愛情に飢えた娘はドラッグに走って自堕落な生活を送っているが、ブランカにはそれが全く理解できなかった。
 どこかミステリアスな雰囲気の美容師クロエ(マリサ・ベレンソン)はレズビアンで、ブランカに秘かな想いを寄せている。しかし、友達ゆえに告白できず悩んでいた。ふとしたきっかけで、思わずブランカに口づけをしてしまうクロエ。それが原因で、ブランカとの間には気まずい雰囲気が流れてしまった。
 そんなある日、ブランカの娘が家を出たまま帰って来なくなってしまう。行方を捜したブランカとクロエは、ジャンキーの巣窟になっているあばら家で、意識を失っている娘を発見した。ドラッグを打ちすぎてしまったようだ。ただうろたえて騒ぐだけのブランカを一喝したクロエは、ただちに応急処置を施す。彼女もかつてはジャンキーだったのだ。
 それぞれが望み通りには行かない人生に苦悩しながら、それでも前に進んでいこうとするヒロインたち。やがて、バルバラの娘イネスの結婚式が盛大に執り行われる。

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学生ルイス(M・ペレス)と恋に落ちる教師エヴァ(ミュウ=ミュウ)

叶わぬ恋を胸に秘めるクロエ(M・ベレンソン)

 これは、5人の主演女優たちの魅力に支えられた作品と言えるだろう。中でもバルバラ役のマルト・ケラーが素晴らしかった。彼女のための映画だと言ってしまっても構わないかもしれない。女手ひとつで二人の子供を育てた気丈な母親。大らかで逞しくてエレガントで、誰からも愛され信頼されている女性だが、その内面は繊細で複雑。
 子供たちは大きくなり、既に彼女の手を離れようとしている。別れた夫とは今も交流があるものの、彼には年の離れた若い交際相手の女性がいる。誰からも必要とされなくなり、なおかつ誰にも頼ることができなくなるという不安。そこへ追い討ちをかけるように宣告された不治の病。孤独と恐怖で胸が張り裂けそうになりながらも、残された時間を懸命に生き抜いていこうとする誇り高き女性バルバラを、マルト・ケラーは堂々たる貫禄で演じきっている。女性らしい細やかな感情表現と、年輪の刻まれたナチュラルな美しさ。その地に足のついた人間味溢れる演技は、豊かに年齢を重ねてきた女性にしか出せない深い味わいを醸し出す。
 フランス映画『君に愛の月影を』('69)で注目され、ダスティン・ホフマンと共演した『マラソン・マン』('77)やジョン・サヴェージと共演した『ザ・アマチュア』('81)などハリウッド映画でも活躍したマルト・ケラー。巨匠ビリー・ワイルダー監督の『悲愁』('79)では往年のハリウッド女優フェドーラ役で主演したものの、どちらかというとクールで冷たいタイプの女優と見られがちだった。スパイ映画が多かったのも、そのせいかもしれない。80年代末には脇に回るようになり出演作も激減してしまったが、いつの間にか味のある素敵な女優になった。
 一方、年下の若者との恋に揺れる女教師エヴァを演じるミュウ=ミュウの素朴な演技も忘れがたい。どちらかというとエキセントリックなイメージの強い彼女だが、ここでは溢れんばかりの情熱を内に秘めた控えめで地味な女性を繊細に演じている。
 やり手で押しの強いキャリア・ウーマン、リンダを演じているカルメン・マウラも悪くなかったが、彼女の場合はアルモドバル映画でのオフビートな演技があまりにも強烈だっただけに、本作みたいにストレートな役柄は少々物足りなく感じてしまう。
 一方、本作でエキセントリックな役どころを一手に引き受けているのがゲッシュ・パティー。フランスでは舞台のエンターテイナーとして知られる女優さんらしいが、いつまでも大人になりきれないパンク世代の中年女性ブランカをコミカルに演じている。また、ヴィスコンティやキューブリックに愛された元トップ・モデルのマリサ・ベレンソンが、レズビアンの女性クロエ役を演じているのも興味深い。ただ、もともと演技力よりも美貌で重宝された女優さんなだけに、本作でもクロエの複雑な内面を十分に表現できているとは言い難い。

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自由奔放な女優ブランカ(G・パティー)

リスボン名物の市電が象徴的に使われている

 監督のルイス・ガルヴァン・テレシュは70年代から活躍するポルトガルの映画監督だが、国際舞台で注目されるのは本作が初めてだった。風光明媚なリスボンのロケーションを生かしたオーソドックスな演出は、まるで70年代のフランス映画みたいにレトロな雰囲気。ちょっと古臭いが安心して見る事のできる作品だ。
 ただ、ポルトガルを舞台にしていながら、主人公5人の中に一人もポルトガル女優が含まれていないというのも不思議な話。マルト・ケラーはスイス人だし、ミュウ=ミュウとゲッシュ・パティーはフランス人、マリサ・ベレンソンはアメリカ人、そしてカルメン・マウラはスペイン人だ。
 確かに、ポルトガル出身の女優は?と訊かれてパッと思いつくような名前はない。もちろん、ポルトガルには長い映画の歴史と伝統があり、マヌエル・デ・オリヴェイラのような巨匠を生み出しているが、スペインやギリシャといった周辺国に比べるとやはり地味な印象は否めないだろう。辛うじて、ジジ役のヨアキム・デ・アルメイダがポルトガル出身の俳優だが、彼にしてもイタリア映画やハリウッド映画での仕事が圧倒的に多い。
 さらに、セリフが全てフランス語というのもちょっと違和感を感じる。出演俳優の殆んどはフランス人だし、ヨーロッパの俳優はトライリンガルが当たり前なので、現場的には理に叶っているのだろう。しかし、そうなるとリスボンを舞台にする必然性が薄れてしまうのではないかとも思う。だが、それは同時にポルトガルのような小さな国で、国際マーケットに通用する映画を撮ることの難しさを物語っているのかもしれない。

 

女ともだち
Coup de foudre (1983)
日本では1983年劇場公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)1998 Fox Lorber Video (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(レターボックス収録)/モノラル/音声:フランス語/字幕
:英語/地域コード:ALL/112分/製作:フランス

映像特典
フィルモグラフィー集
監督:ディアーヌ・キュリ
製作:アリエル・ゼトゥン
脚本:ディアーヌ・キュリ
撮影:ベルナール・リュティック
音楽:ルイス・バカロフ
出演:ミュウ=ミュウ
    イザベル・ユペール
    ギュイ・マルシャン
    ジャン=ピエール・バクリ
    ロバン・ルヌーチ
    パトリック・ボーショー
    ジャック・アルリク

 第2次世界大戦の激動を生き抜いた二人の対照的な女性を主人公に、戦後ヨーロッパにおけるフェミニズムの芽生えを描いた名作。ノスタルジックで叙情的な映像美、女性心理を的確に描いた繊細で丁寧な演出がとても魅力的で、ディアーヌ・キュリ監督の出世作となった。アメリカでも高く評価され、アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされている。
 ただ、日本ではなぜかレズビアン映画として片付けられてしまった感がある。確かに、主人公二人の固い絆には同性愛的なムードが濃厚だし、実際に“あなたにキスしたい”というセリフもある。しかし、女性の心理というものをよく理解すれば、それが単に同性愛という一言で片付けられないものであることが良く分かるだろうし、彼女たちの置かれた状況を考えれば、その言葉にはいろいろな意味が含まれているということが見えてくるはずだ。そういった意味で、本作は女性による女性のためのフェミニズム映画と言えるだろう。

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収容所から出る為に愛のない結婚をしたレナ

最愛の夫をナチに殺されたマドレーヌ


 第二次世界大戦下のフランス。難民収容所に連れてこられたユダヤ人の女性レナ(イザベル・ユペール)は、警備を担当する兵士ミシェル(ギュ・マルシャン)からプロポーズを受ける。彼女は彼の事を何とも思っていなかったし、彼もそれは十分に理解していた。しかし、ミシェルのレナに対する愛情は強く、レナは収容所から出るためならどんな事でもするつもりだった。お互いの利害が一致し、二人は結婚して収容所を後にする。
 一方、ナチ占領下のパリ。裕福な美大生マドレーヌ(ミュウ=ミュウ)は学生仲間の男性と結婚式を挙げたばかりだった。しかし、レジスタンスのリーダーである恩師カルリエール(パトリック・ボーショー)が秘密警察に逮捕され、学生と警察との間で銃撃戦が勃発。彼女は、最愛の夫を無残にも銃殺されてしまう。
 それから10年後。レナは夫との間に二人の娘に恵まれていた。最初は愛のない結婚ではあったが、自分のために尽くしてくれる夫に対してレナは彼女なりの愛情を抱くようになり、家庭は平凡ながら円満だった。一方、マドレーヌは戦争終結後にコスタ(ジャン=ピエール・バクリ)という俳優志望の若者と結婚して息子を出産。夫はガソリンスタンドの経営に成功し、恵まれた生活を送るようになっていた。
 そんなレナとマドレーヌは、子供たちが同じ小学校に通っていることから親しくなる。家族ぐるみの付き合いが始まり、やがて二人はお互いの胸の内をさらけ出せる親友となっていった。
 もともと派手好きで虚栄心の強いレナは、知的でエレガントで裕福なマドレーヌに強い憧れを抱く。マドレーヌのファッションやインテリアの趣味、文学や芸術への深い造詣に感化されていくレナ。しかし、無教養で粗野な夫ミシェルにはそれが全く理解できず、次第にマドレーヌの存在を疎ましく感じるようになる。また、レナの方でも、そんな夫が退屈極まりない人間に思えてくるのだった。
 一方、満ち足りた生活を送っているように見えるマドレーヌ。しかし、仕事ばかりで家庭を顧みない夫への不満は募るばかりだし、芸術家肌の彼女にとって専業主婦という仕事は苦痛以外の何ものでもなかった。
 お互いに影響しあいながら、次第に自立心に目覚めていくレナとマドレーヌ。二人の強い結びつきは単なる友情を超え、同じ理想を共有しあうパートナーへと発展していく。やがて彼女たちは周囲の猛反対を押し切ってブティックを共同経営するようになるのだが、そんな二人の行く手に大きな壁が立ち塞がるのだった・・・。

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派手好きで虚栄心の強いレナ(I・ユペール)

知的でエレガントなマドレーヌ(ミュウ=ミュウ)

 全く正反対の人生を歩みながらも、それゆえにお互いに強く惹かれあい、共鳴し合うレナとマドレーヌ。その交流の中から次第に自立心に目覚めていき、結婚したら女は家庭に入って夫を支えなくてはいけないという当時の社会通念を打ち破ろうと苦闘する。しかし、周囲の家族や友人は二人のことを全く理解できない。次第に彼女たちは孤立無援の状態に追い詰められていき、それゆえになくてはならない存在となっていく。それが、ある種の同性愛的な絆を生むわけだ。
 この同性愛的な絆というのが、本作を理解する上で重要な鍵になってくるかもしれない。そもそも、男性には友情と愛情との間ではっきりとした境界線が存在するが、女性の場合は一般的にその境界線が曖昧であると考えられている。男性にとって愛情はセックスへと直結するが、女性の場合は必ずしもそうではないからだ。
 女性にとっての愛は、えてしてプラトニックな部分への比重が大きい。友情とはある種のプラトニックな愛であると考えるならば、女同士の友情が同性愛的要素を孕んでいても不思議はないだろう。そう考えれば、同性愛者の中でもゲイに比べてレズビアンが圧倒的に少ないと言われているのも納得がいく。たとえ同性愛者であったとしても、それを自覚する機会が少ないからだ。
 ちょっと横道に逸れてしまったが、本作ではレナとマドレーヌの友情が同性愛なのかどうかということは、実のところあまり重要ではないのだろうと思う。逆に、そう仮定してしまったら、この作品の本質が見えてこなくなってしまう。これは、女性という存在そのものの核心に迫る心理ドラマであり、特殊な人間関係を描いたケース・スタディではないのだ。

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子供たちの通う学校で知り合ったレナとマドレーヌ

レナの夫ミシェル(G・マルシャン)は善人だが鈍い男

 主演はミュウ=ミュウとイザベル・ユペール。どちらもフランスを代表する大女優なわけだが、当時は演技力の面でも美しさの面でもちょうど上り坂の時期だった。この二人の演技合戦だけでも十分に見応えがあるだろう。
 また、レナの夫ミシェル役を演じているギュイ・マルシャンも非常に巧い。根は真面目で善良な人間だが、妻の心理的な成長と変化を受け入れることができない愚鈍な男。マドレーヌと共にブティックを立ち上げて自立しようとする妻に向って、ミシェルが“俺の求めているのはこんなお前じゃない!”と叫ぶシーンがある。これは男の傲慢さを象徴するような言葉だが、同時に男としてのプライドを傷つけられてしまった彼の悲壮感が漂って痛々しかった。ギュイ・マルシャンはシャンソン歌手としても有名な人だが、役者としても男の愚かさや悲哀を演じさせたら天下一品。パスカル・トマ監督の『夫たち、妻たち、恋人たち』('88)でもいい味を出していた。
 なお、『主婦マリーがしたこと』('88)や『美しすぎて』('89)で有名になる2枚目スター、フランソワ・クリュゼが軍人役でチラリと顔を出している。ファンは要チェックだ。

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レナとマドレーヌは家族ぐるみで親しくなっていく

孤独を分かち合うレナとマドレーヌだったが・・・

 監督のディアーヌ・キュリはもともと女優出身の人で、監督としてはこれが3本目。オスカーにノミネートされたほか、サン・セバスチャン国際映画祭のグランプリを受賞し、一躍国際的に注目を集める存在となった。その後、ピーター・コヨーテ主演の『ア・マン・イン・ラブ』('87)やナタリー・バイ主演の『セ・ラ・ヴィ』('90)、ベアトリス・ダルとアンヌ・パリローが姉妹を演じた『彼女たちの関係』('94)など話題作を送り出しているが、やはりこの『女ともだち』が代表作と言っていいだろう。
 撮影のベルナール・リュティックはヒュー・ハドソン監督の『レボリューション・めぐり逢い』('85)やクロード・ルルーシュ監督の『遠い日の家族』('85)、イヴ・アンジェロ監督の『愛の報酬/シャベール大佐の帰還』('94)などを手掛けた名カメラマンだが、2000年にロケハン中の飛行機事故で亡くなってしまった。
 そして、本作のノスタルジックで抒情的なムードを高めるのが、イタリアの名作曲家ルイス・バカロフによる甘美なメロディの数々。かつてアナログでサントラ盤も発売されていたが、未だにCD化されていない名作だ。


 

 

イフゲニア
Ifigeneia (1977)
日本では1983年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2007 MGM/FOX (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:ギリシャ語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/129分/製作:ギリシャ

映像特典
特になし
監督:マイケル・カコヤニス
製作:マイケル・カコヤニス
原作:エウリピデス
脚本:マイケル・カコヤニス
撮影:ヨルゴス・アルヴァニティス
音楽:ミキス・テオドラキス
出演:イレーネ・パパス
    コスタ・カザコス
    コスタ・カラス
    タチアナ・パパモスクー
    クリストス・ツァガス
    パノス・ミカロプーロス

 『その男ゾルバ』('64)で世界的に知られるギリシャの巨匠マイケル・カコヤニス監督による傑作悲劇。『エレクトラ』('61)、『トロイアの女』('71)に続く、エウリピデス三部作の最後を飾る作品だ。神のお告げで最愛の娘を生贄として差し出さねばならなくなったアガメムノン王の悲劇を通して、親子の愛という普遍的なテーマを感動的に描いていく。
 シンプルで力強いストーリー展開、古代ギリシャのプリミティブな世界を忠実に再現したプロダクション・デザイン、そしてリアルであるがゆえに幻想的で神々しい映像美。ハリウッドの史劇大作がいかに絵空事のニセモノであるかということがよく分かる。『トロイ』('04)や『300』('06)など足元にも及ばないほどの力作だ。

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出航の日を待ちわびて疲労困憊したギリシャ兵たち

女神アルテミスの神託が下る

 アガメムノン王(コスタ・カザコス)率いるギリシャ軍は、トロイに向けて出航するためアウリスの浜に集結していた。しかし、来る日も来る日も風が吹かず、ギリシャの軍船は身動きが取れないでいた。アガメムノン王は、暑さと飢えに苦しむ兵士たちのために近隣の家畜を殺して食料にしようとするが、間違えて聖なる鹿まで殺めてしまう。
 やがて、女神アルテミスの神託によって風を起すための方法が告げられた。それは、アガメムノン王の最愛の娘イフゲニア(タチアナ・パパモスクー)を生贄として神に捧げるというもの。聖なる鹿を殺してしまったことへの報いだった。王としての責務と、父親としての愛の狭間で苦しむアガメムノン王。しかし、弟メネラオス(コスタ・カラス)は、今にも暴動を起しかねない兵士たちを鎮めるためにも、王としての務めを果たすべきだと強く進言する。
 ほどなくして、アガメムノンからの手紙が妻クリュタイムネストラ(イレーネ・パパス)のもとへ届いた。それは、娘イフゲニアを英雄アキレウスと結婚させるというものだった。もちろん、これはイフゲニアを呼び寄せるための口実にしか過ぎなかったのだが、何も知らないクリュタイムネストラとイフゲニアは、幼い弟オレステスや従女たちを引き連れてアウリスへと向った。
 久々に愛娘と再会したアガメムノン王だったが、その表情には苦悩が滲み出ていた。そんな父親の様子を敏感に察知するイフゲニア。クリュタイムネストラも何か様子がおかしい事に気付き、夫の従者に問い詰める。すると、イフゲニアがアルテミス神の生贄にされるというではないか。ショックのあまり半狂乱となったクリュタイムネストラ。娘を生贄に差し出そうという夫に、恨みの罵詈雑言を浴びせて猛反対する。
 一方、自分がイフゲニアを呼び出す口実に使われたと知ったアキレウス(パニス・ミカロプーロス)も怒りを隠せず、生贄の儀式をやめさせようと奔走する。しかし、戦を待ちきれない兵士たちは、英雄である彼の言葉にすら耳を貸さなくなっていた。
 そして、自らが生贄として殺されることを知って逃げ出したイフゲニアだったが、兵士たちに捕らわれて引き戻されてしまう。最愛の父にすがりついて泣き崩れるイフゲニア。その姿に心を動かされるアガメムノン王だったが、何万もの兵士たちの期待を裏切ることは絶対に許されない。やがて、イフゲニアは自らが犠牲になる事が王女としての務めである事を悟り、進んで身を捧げることを決意するのだった・・・。

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アガメムノン王(コスタ・カザコス)

イフゲニア王女(タチアナ・パパモスクー)

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王妃クリュタイムネストラ(イレーネ・パパス)

ギリシャの英雄アキレウス(パニス・ミカロプーロス)

 原作は古代ギリシャの詩人エウリピデスによる『アウリスのイピゲネイア』。イフゲニアとは、イピゲネイアの英語読みなのだろう。随所に細かい変更を加えながらも、カコヤニス監督は徹底したリアリズムと壮大なスケール感で、このあまりにも有名なギリシャ悲劇を見事に映像化している。古代ギリシャ独特の幻想的で土着的な世界を、これだけ生々しくスクリーンに再現できた作品は他に見た事がない。ミキス・テオドラキスによるシンプルでトライバルな音楽も非常に効果的。まるで古代ギリシャにタイムスリップしてしまったかのようだ。
 撮影を担当したヨルゴス・アルヴァニティスは『旅芸人の記録』('75)や『アレクサンダー大王』('80)、『霧の中の風景』('88)など一連のテオ・アンゲロプロス作品で知られる名カメラマン。イングマール・ベルイマンの『女の叫び』('79)やアニエシュカ・ホランドの『太陽と月に背いて』('95)なども手掛けている。自然光を生かした荘厳な映像美は圧巻の一言に尽きるだろう。

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娘イフゲニアと再会したアガメムノン王だったが・・・

娘が生贄にされると知って半狂乱となるクリュタイムネストラ

 そして、役者の演技がまた素晴らしい。イフゲニア役のタチアナ・パパモイスクーはこれがデビュー作。演技力という点では明らかに未熟であるが、その少年のような美貌と清らかな佇まいは純真無垢なイフゲニア姫そのもの。そこにいるだけで絵になる美しさだ。あえて難しい演技をさせていないのも大正解だったと言えよう。彼女はスクリーンに映っているだけで構わない。その表情には内面の美しさまでもが感じられ、十分な説得力を持っている。
 アガメムノン王を演じるコスタ・カザコスの存在感もダイナミックだ。威風堂々とした面構えの中に繊細な優しさを兼ね備えていて、誇り高きアガメムノン王の威厳と苦悩を全身で演じきっている。クリュタイムネストラを演じるイレーネ・パパスとの演技合戦は圧倒的な迫力だ。
 そして、そのイレーネ・パパス。ギリシャが世界に誇る大女優であり、ギリシャ悲劇の代名詞とも言える偉大な芸術家だ。その顔つきだけでも迫力満点だが、全身の肉体とあらゆる感情を爆発させての大熱演には舌を巻かざるを得ない。しかも、決して過剰演技に陥ることなく、王妃としての威厳、妻としての怒り、そして母親としての悲しみを凄まじいパワーで演じきっている。あのキャサリン・ヘプバーンが、イレーネ・パパスと共演したいがために『トロイアの女』に出演したと言われているが、それも大いに納得できるだろう。本当に素晴らしい女優だと思う。
 その他のキャストでは、アキレウス役を演じているパニス・ミカロプーロスの美しさも印象的だった。

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最愛の娘を行かせまいとするクリュタイムネストラ

自らの命を捧げようと決意したイフゲニア

 1983年の劇場公開以来、日本では一切ビデオ・ソフト化されていない作品。衛星テレビやケーブル・テレビなどで放送される機会があれば、是非ともチェックしてもらいたい傑作だと思う。

 

フランス女性と恋愛
La Francaise et l'amour (1960)
日本では1960年劇場公開
VHS/DVD共に日本未発売

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(P)2001 Winstar Video (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/ワイドスクリーン(レターボックス収録)/モノラル/音声:フランス語/字幕:英語/地域コード:ALL/135分/製作
:フランス

映像特典
フィルモグラフィー集
監督:ミシェル・ボワロン
    ルネ・クレール
    アンリ・ドコアン
    ジャン・ドラノワ
    クリスチャン=ジャック
    ジャン=ポール・ル・シャノワ
    アンリ・ヴェルヌイユ
製作:ジャック・レミー
    ロベール・ウーグ
脚本:ミシェル・オーディアール
    マルセル・アイメ
    シャルル・スパーク
    ジャック・ロベール  他
撮影:ロベール・ル・ファーヴル
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
    ジョセフ・コスマ
    ポール・ミスラキ  他
出演:ジャクリーヌ・ポレル
    ピエール=ジャン・ヴァイヤール
    ポーレット・デュボスト
    ミシェリーヌ・ダックス
    アニー・シニガリア
    ヴァレリー・ラグランジェ
    ピエール・ミシェル
    マリー・ジョゼ・ナット
    クロード・リッシュ
    イヴ・ロベール
    ダニー・ロバン
    ポール・ムーリッス
    ジャン=ポール・ベルモンド
    アニー・ジラルド
    フランソワ・ペリエ
    ミシェル・セロー
    ドニーズ・グレイ
    マルティーヌ・キャロル
    ロベール・ラムール

 フランスを代表する7人の名匠が、現代フランス女性の少女期から思春期、結婚、離婚までの様々な姿を7つのエピソードで綴っていくお洒落なセックス・コメディ。各エピソードの合間をキュートなアニメーションで繋げていくという手法も小粋で、ちょっと毒のあるユーモア・センスが洒脱で楽しい。フランス映画らしいエスプリの効いた、大人向けのオムニバス作品だ。

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各エピソードの合間に挿入されるキュートなアニメ

ミシェリーヌ・ダックス 〜第1話『少女期』より

第1話『少女期』(アンリ・ドコアン監督) バズーシェ夫妻(ピエール=ジャン・ヴァイヤールとジャクリーヌ・ポレル)の幼い娘ジゼルと弟ジャジャは好奇心旺盛な年頃。近頃では“赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?”と興味津々だ。困った両親は、隣に住むトロンシェ夫人(ポーレット・デュボスト)や近所で評判の美人ルル(ミシェリーヌ・ダックス)など、いろいろな人に相談するが、まるっきり収拾が付かなくなってしまう。結局、いいアイディアが浮かばなかった夫妻は、キャベツが成長して赤ちゃんになるんだよ、と話して聞かせる。ところが、それが思わぬトラブルを招いてしまうことに・・・。
第2話『思春期』(ジャン・ドラノワ監督) 性の知識に目覚め始めたおませな少女ビシェット(アニー・シニガリア)は、クラスメートの男の子と初めてのキスを体験。娘の様子に気付いた母親は落ち着いたものだが、父親(ピエール・モンディ)はうちの可愛いビシェットがそんなことを!と大慌て。娘をしっかりと監視せねば!と意気込んではみたものの、いざとなると“お母さんがどうしてもって言うからさ・・・”とおよび腰に。しかし、障害があればこそ余計に盛り上がっていくのが思春期の恋心。どうやら性に目覚めた娘の前では、父親の権威も形なしの様子で・・・。

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P・ミシェルとV・ラグランジェ 〜第3話『処女』より

M・ジョゼ・ナットとC・リッシュ 〜第4話『結婚』より

第3話『処女』(ミシェル・ボワロン監督) 結婚を控えた若いカップル、ジネット(ヴァレリー・ラグランジェ)とフランソワ(ピエール・ミシェル)。いつまで経っても手すら握らせてくれないジネットに、フランソワはやきもきしている。古風で保守的なジネットにとって、結婚する前に処女を失うことは重大な決断だった。しかし、楽しそうにセックスの話をしている女友達の話を聞いているうちに、彼女は一大決心をする・・・。
第4話『結婚』(ルネ・クレール監督) 結婚式を終えたばかりの若いカップル(マリー・ジョゼ・ナットとクロード・リッシュ)。パリ行きの夜行列車に乗った二人だが、些細なことで言い争いが始まってしまう。廊下ですれ違った美女と談笑する新郎に新婦が嫉妬心を燃やしたかと思えば、中年プレイボーイにナンパされる新婦の様子を見て不機嫌になる新郎。それもこれも、二人が愛し合っている証拠なのだが・・・。

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ダニー・ロバン 〜第5話『姦通』より

ジャン=ポール・ベルモンド 〜第5話『姦通』より

第5話『姦通』(アンリ・ヴェルヌイユ監督) 結婚5年目の夫婦ニコール(ダニー・ロバン)とジャン=クロード(ポール・ムーリッス)。すっかり釣った魚に餌をやらなくなった夫に愛想を尽かし始めたニコールは、レストランでみかけた若者ジル(ジャン=ポール・ベルモンド)と逢い引きを重ねるように。そんな妻の様子に気付いたジャン=クロードは一計を案じ、理解と思いやりのあるところを見せる。夫の紳士的な態度に惚れ直すニコールだったが、ジャン=クロードは彼女が思っている以上に食わせ物だった・・・!?
第6話『離婚』(クリスチャン=ジャック) すっかり倦怠期を迎えてしまった夫婦ダニエル(アニー・ジラルド)とミシェル(フランソワ・ペリエ)。お互いに恋愛感情がなくなってしまったのだから、今度は友達としてやり直そうよ!という事で二人は明るく離婚を決意する。そんな軽い気持ちで離婚することにしたダニエルとミシェルだが、世間的にそうは問屋が卸さなかった。ダニエルの母親(ドニーズ・グレイ)や弁護士などを巻き込んで周囲は大騒ぎに。やがて、この離婚ごっこは本格的な泥沼へと化していく・・・。
第7話『独身女性』(ジャン=ポール・ル・シャノワ監督) 重婚の罪で裁判にかけられたデジーレ氏(ロベール・ラムール)。彼は独身の美女エレーヌ(マルティーヌ・キャロル)に同情したのを皮切りに、11人もの女性と結婚してしまった。果たして情に流されやすいデジーレ氏に罪があるのか、それとも世間に蔓延している独身女性が悪いのか・・・!?

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D・グレイとA・ジラルド 〜第6話『離婚』より

M・キャロルとR・ラムール 〜第7話『独身女性』より

 今となっては他愛ないエピソードばかりかもしれないが、なかなか鋭いところをついてくる風刺精神が楽しい。特に、騙し騙されあう夫婦の滑稽を皮肉たっぷりに描いたアンリ・ヴェルヌイユのエピソードは秀逸だった。
 古い映画ファンには懐かしい顔ぶれが並ぶオールスター・キャストも賑やか。古風で純情な娘を演じるヴァレリー・ラグランジェの初々しさは、今の女優さんにはない魅力だ。かと思えば、大人のお色気で火遊びを楽しむ主婦を演じるダニー・ロバンの憎めないキュートさ、ちょっと子供じみた新妻を演じるマリー・ジョゼ・ナットのコケティッシュな魅力も捨て難い。どちらかというといシリアスな女優というイメージの強いアニー・ジラルドが軽いタッチでコメディエンヌぶりを発揮してくれるのも新鮮だった。
 決して映画史に残るような名作ではないが、こういう大人の余裕を感じさせるコメディ映画というのも最近は少なくなってしまった。古き良き時代の洒落っ気を楽しみたい1本である。

 

歴史は女で作られる
Lola Montes (1955)
日本では1956年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)1998 Fox Lorber Video (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(レターボックス収録)/モノラル/音声:フランス語/字幕
:英語/地域コード:ALL/110分/製作:フランス・西ドイツ

映像特典
フィルモグラフィー集
監督:マックス・オフュルス
製作:アルベール・カラコ
脚本:ジャック・ナタンソン
    アネット・ワドマン
    マックス・オフュルス
撮影:クリスチャン・マトラ
音楽:ジョルジュ・オーリック
出演:マルティーヌ・キャロル
    ピーター・ユスティノフ
    アントン・ウォルブルック
    アンリ・ギュソル
    リーゼ・ドラマール
    ポーレット・デュボスト
    オスカー・ウェルナー
    ジャン・ガラン
    ヘレナ・マンソン

 『輪舞』('50)と並ぶマックス・オフュルス監督の最高傑作。『輪舞』が究極のモノクロ映画だとするならば、『歴史は女で作られる』は究極のカラー映画だと言えるだろう。煌びやかでカラフルな色彩、シネスコ・サイズの画面いっぱいに広がる豪奢なセット、自由自在に被写体を捉えるカメラなど、オフュルスの映画美学の全てが詰め込まれた作品だ。
 主人公はバヴァリア王ルードヴィヒ一世の愛人だったことでも知られる、貴婦人にして踊り子のローラ・モンテス。彼女の華やかな恋愛遍歴を綴ったドラマなわけだが、これがまた自由奔放なストーリー構成がなされている。思春期の思い出から、最初の結婚、踊子への転身、フランツ・リストとの熱愛、そしてルードヴィヒ公との出会いなど様々なエピソードを、まるでパッチワークのように並べていく。過去から現在へ、現在から過去へと、時系列が全く無視されているのだが、何故かそれが理に叶っているように感じる。
 何者にも束縛されず、自由を愛し、人生を愛し、男を愛した女性ローラ・モンテス。様々なエピソードを自在に繋げていくことにより、一人の誇り高き女性の情熱的な生き様が浮かび上がっていく。頭で理解するのではなく感覚で理解する映画、と言うべきなのかもしれない。

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サーカスの見世物に落ちぶれたローラ・モンテス(M・キャロル)

狂言回し的存在のサーカス団長(P・ユスティノフ)

 19世紀末のウィーン。観客でごった返すサーカス団の出し物は、伝説の美女ローラ・モンテス(マルティーヌ・キャロル)本人が自分の半生を振り返るという回顧ショーだ。団長(ピーター・ユスティノフ)の巧みな話術で、観客の好奇心は最高潮に煽られていく。次々と飛び出す観客からの質問に答えるローラ・モンテス。まるで走馬灯のように、情熱的で華やかな恋愛の数々が綴られていく。
 大作曲家フランツ・リストとの情事。何も知らなかった純粋な少女時代。母親の愛人だった男爵との駆け落ち、結婚、そして離婚。踊子としての華々しいキャリア。世界各地の金持ち・権力者との情事の数々。やがてババリア王ルードヴィヒ一世(アントン・ウォルブルック)と運命的な出会いをするが、その蜜月も長くは続かなかった・・・。

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画面の隅から隅まで緻密に計算された映像

マルティーヌ・キャロルの華麗な衣装も見どころ

 史実におけるローラ・モンテスはファム・ファタール的な悪女として知られ、ヨーロッパ社交界でもかなり悪名高い女性だった。ルードヴィヒ一世が革命によって退位させられたのも、もとはといえば彼女の好き勝手な権力濫用が原因。しかし、ここではあくまでも自らの本能に忠実なだけの、自由で独立心旺盛な等身大の女性として描かれている。これは、オフュルス自身が思い描いたローラ・モンテス像であり、史実とは根本的に切り離して見るべきなのかもしれない。
 それに、そもそも実際のローラ・モンテス像は、今となっては誰にも分らないのである。悪女という烙印を押された女性が、必ずしも本当に悪女であるとは限らない。人間は誰もが灰色の存在で、見方によって善にも悪にもなり得るはずだ。本作でも、若い学生(オスカー・ウェルナー)に救われたローラ・モンテスが、“こんな事を言っても信じてもらえないとは思うけど、私は本当に王様を愛していたのよ”と呟くシーンがある。映画的に美化されたセリフではあるものの、ある意味ではローラ・モンテスという女性の本質を捉えた一言でもあるように思う。

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ルードヴィヒ一世(A・ウォルブルック)を愛するローラ

若い学生(O・ウェルナー)の助けで革命を逃れるローラ

 一人の女性の破天荒な生き様をサーカスの出し物になぞらえ、その華やかな表舞台の裏側に漂う悲哀までをも描いていくマックス・オフュルスの見事な洞察眼。人生とは過ぎ去った夢物語であり、真実と虚構は表裏一体であり、人間とは面白くも哀しい生き物である。そんなフランス映画らしい大人の味わいを、スケールの大きなパノラマ映像で堪能させてくれるのだ。
 撮影を担当したクリスチャン・マトラは、ジャン・ルノワールの『大いなる幻影』('37)やジャン・コクトーの『双頭の鷲』、クリスチャン=ジャックの『花咲ける騎士道』('52)などを手掛けた名カメラマン。画面の隅から隅まで丹念に人物やセットを捉えた映像は実に贅沢で、繰り返し見るたびに新たな発見があるはずだ。
 美術デザインを担当したジャン・ドーボンヌはクリスチャン=ジャックの『パルムの僧院』('48)やジャン・コクトーの『オルフェ』('49)を手掛けた人で、オフュルス監督とも『忘れじの面影』('48)や『輪舞』などで組んでいる人物。絢爛豪華たる美術セットの数々は、見ているだけでため息が出るほど美しい。
 主役のローラ・モンテスを演じるのはマルティーヌ・キャロル。ブリジット・バルドーが登場するまで、フランス映画界最高のセックス・シンボルだったスターだ。華やかで妖艶な美しさが魅力で、『浮気なカロリーヌ』('52)や『ボルジア家の毒薬』('53)のようなテクニカラー作品で特に映えるタイプの女優だった。ただ全盛期は短く、45歳の若さで亡くなってしまったのは不幸だった。
 狂言回し役的なサーカス団長を演じているのは、映画版アガサ・クリスティー・シリーズの名探偵ポワロ役で有名なピーター・ユスティノフ。また、ルードヴィヒ一世役には戦前のオーストリア映画を代表するスターで、『赤い靴』('48)のレルモントフ役でも有名なアントン・ウォルブルックが登場。ローラを救い出す学生役で、『突然炎のごとく』('61)や『華氏451』('66)で60年代を象徴するスターとなったオスカー・ウェルナーも顔を出している。

 なお、本作は英語版・ドイツ語版・フランス語版の3種類が製作され、尚且つそれぞれに幾つかの編集バージョンが存在する。上記の米国盤DVDと日本盤DVDはフランス語版のオリジナル・バージョン。最も長いとされる英語版は140分に及ぶという。しかし、これは劇場公開に先駆けてパリで行われたプレミアで1度だけ上映されたものの、不評だったためにお蔵入りしてしまった。

 

ほら男爵の冒険
Munchhausen (1943)
日本では1952年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)2004 Kino Video (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/スタンダード・サイズ/モノラル/音声:ドイツ語/字幕:英語/地域コード:ALL/111分/製作:ドイツ

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー
オリジナル劇場予告編
短編アニメ
フォト・ギャラリー
「ほらふき男爵」ギャラリー
アグファカラー サンプル集
監督:ヨーゼフ・フォン・バキー
製作:エベルハルト・シュミット
脚本:エーリッヒ・カストナー
原作:ルドルフ・エーリッヒ・ラスペ
撮影:コンスタンティン・イルメン=ツェット
音楽:ゲオルグ・ハンツシェル
出演:ハンス・アルベルス
    ウィルヘルム・ベンドウ
    ブリギッテ・ホルネイ
    ミヒャエル・ボーネン
    フェルディナンド・マリアン
    ケーテ・ハーク

 日本では『ほら吹き男爵の冒険』として知られるルドルフ・エリッヒ・ラスペの小説を、戦時中のナチス・ドイツで映画化した作品。ヨーゼフ・ゲッペルスの指示のもと、ウーファ社の創立25周年を記念する映画として製作され、ナチス・ドイツの威光を内外に知らしめた大作だ。敗戦の色が濃くなりつつあった当時のドイツでこれだけの娯楽大作が作られていたこと自体が驚きだが、映画愛好家としても知られるゲッペルスにとっては、ハリウッドの『オズの魔法使い』('39)やイギリスの『バグダッドの盗賊』('40)に匹敵するような映画を作る絶好のチャンスだったのだろう。
 『ほら吹き男爵の冒険』を映画化した作品といえば、テリー・ギリアム監督の『バロン』('88)が最も有名かもしれない。派手なSFXを駆使したテリー・ギリアム版に比べれば、こちらのドイツ版はどうしても古めかしい印象は拭えない。ストーリーはのんびりとしているし、特撮も意外と控えめ。『オズの魔法使い』や『バグダッドの盗賊』と比べてみても、全体的に地味な作品だ。また、本作で使用されているアグファカラーはテクニカラーと比べると発色が悪く、煌びやかなセットや衣装が十分に生かされているとは言い切れない。
 とはいえ、ナチ政権下のドイツでこうした純粋な娯楽映画が作られていたという事実は興味深いし、ロシア宮廷での豪華絢爛たるセットや月世界のシュールな美術デザインは一見の価値がある。また、随所に込められたナチス政権に対する皮肉や、どこかメランコリックなストーリー展開も面白い。どちらかというと大人向けのファンタジー映画と言えるだろう。

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ミュンヒハウゼン男爵(H・アルベルス)

女帝エカテリーナ(B・ホルネイ)に寵愛される男爵

大砲の玉に乗って空を飛ぶ男爵

 ミュンヒハウゼン男爵(ハンス・アルベルス)の邸宅で舞踏会が開かれている。だが、若いカップルが口論となってしまい、男爵と夫人(ケーテ・ハーク)は二人のために話をして聞かせるのだった。“ほら吹き男爵”と呼ばれた先祖のミュンヒハウゼン男爵の伝説を。
 召使のクリスチャン(ヘルマン・スピールマンス)を連れて父親のもとを訪ねたミュンヒハウゼン男爵は、ブルンスウィック王子(ミヒャエル・ボーネン)の頼みでロシアへ同行することになる。そこで彼は女帝エカテリーナ(ブリギッテ・ホルネイ)のお気に入りとなり、彼女の愛人として暮らすようになる。彼は悪名高いカリオストロ博士(フェルディナンド・マリアン)を助け、その礼として不老不死の命と透明になる秘法を授かる。
 やがて、男爵に飽きたエカテリーナは彼をトルコに左遷することにする。大砲の玉に乗ってトルコへと飛んだ男爵は、建物を破壊したためスルタン(レオ・スレザク)の捕虜となってしまう。しかし、召使クリスチャンのおかげでウィーンから最上のワインを1時間で取り寄せることに成功し、喜んだスルタンは彼をイザベラ王女(イルゼ・ウェルナー)と結婚させることにする。だが、王女が偽者だと知った男爵は透明になって宮廷を混乱させ、それに乗じて本物の王女を連れてベニスへと逃げる。
 だが、ベニスで王女の弟フランチェスコ(ウェルナー・シャルフ)と決闘騒ぎを起した男爵は、クリスチャンと共に気球に乗って脱出。気球はそのまま月へと向ってしまった。月の1時間は地球の1年に相当し、やがてクリスチャンは年老いて死んでしまう。だが、不老不死の男爵は一向に年を取らない。悲しみと孤独で落ち込んでいた男爵だが、そこへ月の住人が現れる・・・。

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男爵を迎える町の人々

女帝エカテリーナの催す晩餐会

男爵を乗せてベニスを飛び立つ気球

 脚本を手掛けたエーリッヒ・カストナーはドイツの有名な詩人で作家。しかし、ユダヤ人だったためにナチからは要注意人物とされていた。そのため、彼はベルトルド・ビュールゲルという偽名で本作の脚本を書いており、さらに製作スタッフは当局とのトラブルを避けるため本編にクレジットを入れなかった。
 そうした事情もあってなのか、本作でミュンヒハウゼン男爵が出会う権力者たちは、いずれも横暴で気まぐれで愚かな人物として描写されている。また、誰もが憧れる永遠の命や魔法を手に入れた男爵が、最後にはそれらが無用の長物であると悟るという展開も、ナチズムに振り回されたドイツ国民への大いなる皮肉と言えるかもしれない。男爵が月世界人との会話の中で呟く“私の時計が狂っているのではない、この時間が狂っているのだ”というセリフには、狂気の時代を生きる彼なりの憤りが込められているようにも思う。
 監督のヨーゼフ・フォン・バキーはハンガリーの出身で、30年代末からウーファ社で活躍していた人物。戦後も『双児のロッテ』(’58)や『大人になりたい』(’58)といった子供向けの文芸映画を数多く撮っている。
 ミュンヒハウゼン男爵を演じるハンス・アルベルスは、戦前の日本でも大ヒットしたオペレッタ映画『狂乱のモンテカルロ』('31)で美しい女王と恋に落ちるニヒルな艦長役を演じて人気を博した名優。ナチスのお気に入り俳優の一人だったが、実は彼にはユダヤ人の恋人(女優ハンシ・ブルグ)がおり、ロンドンに亡命した彼女のため秘かに生活費を送金し続けていたという。
 また、女帝エカテリーナを演じるブリギッテ・ホルネイは『モスコウの夜は更けて』('36)でもハンス・アルベルスと共演している女優。彼女の母親はドイツの有名な精神分析医で、戦後は母親の名前を冠した病院を開設するためニューヨークへ渡り、アメリカの市民権を獲得している。

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スルタン(L・スレザク)に捕らわれた男爵

イザベラ王女(I・ウェルナー)

月世界人と語り合う男爵

 ちなみに、カストナーが脚本を書いていたことは後にゲッペルスの知るところとなり、バキー監督はナチ政権が崩壊するまで映画界を追放されてしまった。その他のスタッフも同様の処分を受けたという。また、最初に公開されたオリジナル・バージョンでは上映時間が134分あったが、現存するのは111分の短縮バージョンのみ。一部では88分にまで削られたバージョンも出回っているようだ。
 なお、上記のアメリカ盤DVDは日本盤DVDと同じ本編マスターを使用しているが、映像特典はアメリカ盤のみの収録。価格的にもアメリカ盤の方が遥かに安いので、英語字幕さえ問題なければお買い得だと思う。

 

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