グロリア・グイダ & リリ・カラーチ
Gloria Guida and Lilli Carati

 

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グロリア・グイダ

リリ・カラーチ

 共に数多くのセックス・コメディで活躍し、70年代のイタリアにおいて絶大な人気を誇ったセクシー女優、グロリア・グイダとリリ・カラーチ。本来ならばそれぞれ個別に紹介すべきスターであるものの、その主演作の多くが未だにソフト化されていないこと、そして知る人ぞ知る異色カルト映画『大人になる前に・・・』(78)で共演していることから、今回は二人まとめた形でページを作らせてもらった。

 まずグロリア・グイダの紹介から始めよう。出演作は全てが日本劇場未公開。その上、先述した『大人になる前に・・・』以外はテレビ放送やビデオ発売すらされていないことから、日本ではほぼ無名に等しいグロリアだが、本国イタリアではデビューと同時にセンセーションを巻き起こし、一時は年間5〜7本もの映画に主演するほどのスーパー・スターだった。
 1955年11月19日、トレンティーノ=アルト・アディジェ州はメラーノの生まれ。父親はバーの経営者だった。家族と共にボローニャへ引っ越したグロリアは、歌手としてキャリアをスタート。雑誌のグラビア・モデルを経て、72年にはCBSからレコード・デビューも果たした。
 74年にイタリアの“ミス・ティーン”に選ばれた彼女は、たまたまシング・レコードのジャケット写真を見て惚れ込んだというマリオ・インペローリ監督にスカウトされ、映画“La ragazzina”(74)でいきなり主演デビュー。演技の勉強など全くしたことがなかったグロリアだったが、バービー人形のような美貌と大胆な脱ぎっぷりの良さが功を奏し、このデビュー作の大ヒットで一躍トップ・スターとなった。
 続くシルヴィオ・アマディオ監督の“La minorenne”(74)も評判となり、その後も“Blue Jeans”(75)や“La liceale”(75)などのセックス・コメディに次々と主演。彼女のヌード・グラビアが載った雑誌やポスターもバカ売れし、特に若い男性の間では大変な人気だった。
 ただ、彼女自身はもともと女優を目指していたわけではなく、演技の才能に関しては自分でもかなり懐疑的だったようだ。それにもかかわらずシンデレラ・ガールとして持てはやされ、キャリアも実力もある有名な俳優と一緒に仕事することは、彼女にとって相当なプレッシャーだったという。

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 一方のリリ・カラーチは1956年9月23日、ロンバルディア州のヴァレーゼ生まれ。本名をイレアーナ・カラヴァーティという。74年にカラブリアで行われたミスコンに入賞した彼女は、それをきっかけにミラノへ移ってファッション・モデルとなる。さらに、75年のミス・イタリアで2位入賞を果たし、同年女優として映画デビューすることとなった。
 初主演作は学園物セックス・コメディ“La professoressa di scienze naturali”(76)。この作品の大ヒットで売れっ子となった彼女は、セックス・コメディのみならず、セルジョ・コルブッチ監督の“Squadra antifurto”(76)などのアクション映画でも活躍。ただ単に脱ぎっぷりが良いだけではなく、男勝りのサバサバとした個性や活きが良くてガッツのある演技で人気を集めた。当時の主演作としては唯一日本でも劇場公開された『フェラーリの鷹』(77)のヒロイン役なんか、とてもフレッシュで爽やかな印象を残している。

 そんなグロリアとリリの初共演作となったのが、タランティーノも敬愛する鬼才フェルナンド・ディ・レオ監督の『大人になる前に・・・』。ラブ&ピースとフリー・セックスの時代を象徴する自由奔放な女の子二人を主人公に、彼女たちのセックス・アドベンチャーを通して70年代という特異な時代を浮き彫りにしたユニークな作品だった。
 ところが、セックス・コメディのように思わせて実は多分に左翼的な政治メッセージの込められた内容に、当時の観客は大いに戸惑った。しかも、ヒロインたちが凄まじい最期を遂げるというショッキングなクライマックスは、人気絶頂のセクシー女優二人による他愛ないセックス・コメディを期待していたファンを大いに憤慨させてしまった。そのため、あっという間に上映は中止。改めてクライマックスを変更した上にストーリーを大幅に変えた再編集版が公開されたものの、残念ながら予想外の興行的惨敗を喫してしまった。

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 その後、グロリアはジョン・ヒューストンやマリナ・ヴラディらオールスター・キャストと共演した海洋サスペンス“The Bermuda Triangle”(78)、学校中の男子生徒や教師を夢中にさせる女子高生を演じた“La liceale seduce i professori”(79)、人気コメディアンのレナート・ポゼットと共演した“Fico d'India”(80)、一人で6役を演じた巨匠ディーノ・リージ監督のオムニバス・コメディ“Sesso e volentieri”(82)などに主演。
 だが、ヌード・シーンばかりの仕事に辟易した彼女は、“Sesso e volentieri”で共演したイタリアを代表するエンターテイナー、ジョニー・ドレッリの影響から舞台に活路を見出す。そして、そのドレッリと91年に結婚。一人娘のグエンダリーナを出産し、子育てのために芸能界から引退した。

 さて、仕事でもプライベートでも理想的な道を歩んだグロリアに対し、大きく道を踏み外してしまったのがリリだ。名優エンリコ・マリア・サレルノと共演したパスカーレ・フェスタ・カンパニーレ監督のロマンティックなセックス・コメディ“Il corpo della ragassa”(79)や、日本ではチチョリーナの作品として紹介された『チチョリーナの私の肉体が渇く時』(79)などに主演し、一見すると順調にキャリアを重ねて行ったリリ・カラーチ。
 だが、81年7月に起こした交通事故で重傷を負い、3年間もの間リハビリに費やすこととなってしまった。その後、友人の女優ジェニー・タンブリに紹介されたジョー・ダマート監督の誘いで映画復帰し、『欲望の小部屋』(84)や『誘惑のオブセッション/白い肌の淫らな幻想』(85)といったダマート監督のソフト・ポルノに出演。しかし、かつての人気を取り戻すまでには至らなかった。
 いよいよスターとして崖っぷちに立たされた彼女は、87年ついにハードコア・ポルノへ進出。かつての人気映画女優のハードコア出演は、当然のことながら話題を呼んだ。だが、88年5月にヘロイン所持で逮捕。その後、麻薬中毒による健康状態の悪化や度重なる自殺未遂などから芸能活動を続けることが出来なくなり、表舞台から姿を消してしまった。

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 今年に入ってテレビ・ドラマ“Fratelli Venvenuti”で久々に女優としてカムバックし、とても50代半ばとは思えないほどの変わらぬ美貌を披露したグロリア・グイダ。かたや、08年にテレビのトーク・ショーに出演して芸能界復帰したものの、すっかりお婆さんのように容色衰えてしまったリリ・カラーチ。本人の責任もあるとはいえ、つくづく時の流れとは残酷なもんである。

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現在のグロリア・グイダ

現在のリリ・カラーチ

 

La ragazzina (1974)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2009 Mya Communications (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:イタリア語/字幕:英語/地域コード:ALL/82分/製作:イタリア

特典映像
ポスター&スチル・ギャラリー
監督:マリオ・インペローリ
原案:マリオ・インペローリ
脚本:マリオ・インペローリ
   アルパッド・デリーソ
   ニノ・スコラーロ
撮影:アルヴァーロ・ピアネッツィ
音楽:ニコ・フィデンコ
出演:グロリア・グイダ
   パオロ・カルリーニ
   コレット・デスコーム
   アンドレス・レシーノ
   ジャンルイジ・キリッツィ

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16歳のモニカ(G・グイダ)は、体は大人だけど中身はまだ子供

無邪気に青春を謳歌するモニカ

 撮影当時まだ18才だったグロリア・グイダの記念すべき映画デビュー作。思春期を迎えた天真爛漫な少女モニカの性の目覚めと、現代社会の乱れきったモラルに汚されていく彼女の純潔をお色気満載で描いた作品である。
 主人公は16歳の女子高生モニカ。中身はまだまだ子供の彼女だが、体だけはすっかり大人へと成長。周りの友達はセックスに積極的だが、彼女は運命の人に処女を捧げたいと望んでいる。しかし、学校の男友達も近所の大人たちも、ピチピチした彼女の肉体を奪うべく虎視眈々と狙っていた。
 中でも、無邪気な彼女の無防備に付け込んで接近してくるのが、父親の友人であるスケベな悪徳弁護士モローニ。モニカ自身はハンサムな美術教師ブルーノに憧れているが、そのブルーノはモローニの妻と不倫関係にあった。果たして、モニカの淡い恋の行方やいかに・・・?
 というのが大まかな粗筋なのだが、実際のところストーリーはあってないようなもの。モニカが鏡の前で自分の裸を眺めたり、トップレスで水泳をしたり、海辺の砂浜を裸足で駆け回ったりするようなシーンに大半の時間が割かれている。さながら、グロリア・グイダのプロモーション映画みたいなものと言えよう。
 しかも、女優としては全くの素人だったグロリア。笑顔以外の感情表現がまるでなっていないため、ヒロインの戸惑いや恋心みたいなものが全く伝わってこない。ただ何も考えずにフラフラとスクリーンを歩き回っているだけ、としか見えなかったりするのだ。
 加えて、焦点の定まらない平坦な脚本、前後の流れや繋がりを全く考えていない粗雑な編集、そして全体的に構図のバランスが悪い稚拙なカメラワークなどなど、映画作品としての完成度は極めて低いと言わざるを得ないと思う。
 にも関わらず、当時イタリアで大変なヒットを飛ばしたというのは、とにもかくにも主演女優グロリア・グイダの魅力あってこそ。ひとまず、純粋(?)にアイドル映画として楽しみたい作品だ。

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ハンサムな美術教師ブルーノ(A・レシーノ)は女学生たちの憧れ

少女売春の元締めをしている不良学生レオ(G・キリッツィ)

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悪徳弁護士モローニ(P・カルリーニ)もレオの顧客だ

モローニの妻サンドラ(C・デスコーム)はブルーノに惹かれる

 モニカは16歳の女子高生(正確には中等学校生)。学校で一番の2枚目レオ(ジャンルイジ・キリッツィ)というボーイフレンドがいるものの、女たらしで評判の悪い彼のことをいまひとつ信じていいのかどうか迷っている。同級生の女の子たちは早く初体験を済ませようと躍起だが、モニカは運命の男性に処女を捧げるつもりだ。
 女学生たちの憧れは、ハンサムでスマートな美術教師ブルーノ(アンドレス・レシーノ)。グロリアも好感を持っている。そのブルーノは、市長をやっている親戚の友人である弁護士モローニ(パオロ・カルリーニ)の自宅別棟に居候していた。
 そのモローニは地上げ屋まがいの仕事もしている悪徳弁護士で、金と権力と女のことしか頭にない俗物。19歳年下の美しい妻サンドラ(コレット・デスコーム)のこともアクセサリー程度にしか考えておらず、夫婦仲は完全に冷め切っている。そんなサンドラは、別棟に越してきたブルーノのことを警戒しつつも、本心では気になって仕方がなった。
 ことあるごとにモニカの体を求めるレオ。だが、そんな彼にはとんでもない秘密があった。ハンサムな彼の誘惑に堕ちる女学生は多い。彼はそんな女学生たちを言葉巧みに口説き、金持ちの中年男性相手に売春をさせ、その売り上げを独り占めしていたのだ。モローニも彼の上得意の一人だった。
 モローニはモニカの父親の友人で、彼女のことは子供の頃から知っている。だが、今やすっかり大人っぽくなったモニカに欲望を感じていた。偶然を装って近づき、医者へ行く彼女を車に乗せるモローニ。その目はモニカの胸元や股間に釘付けだ。だが、無邪気で無防備なモニカは全く気付かない。
 その頃、ブルーノから夫婦仲が終っていることを指摘され、若さと時間を無駄にしていると諭されたサンドラは、思い切って彼のことを誘惑。二人はベッドで激しく愛を交わす。
 モニカのバースデー・パーティが開かれ、大勢の人々が集まった。出張中だった大好きな父親がミラノから帰り、モニカは嬉しそうにプレゼントを受け取る。やがて、モローニやブルーノとダンスを楽しむモニカ。相手にされていないことに腹を立てたレオは、仲間たちと悪いイタズラを仕掛ける。彼女を取り囲んでミニスカートの下のパンティを奪い、ダンスフロアの真ん中でもみくちゃにしたのだ。公衆の面前で辱められたモニカは、泣きながらパーティを後にした。
 翌日、平然とした顔でモニカの機嫌を直そうとするレオ。だが、もはや彼女はレオのことなどどうでも良かった。ブルーノと急接近した彼女は、彼に処女を捧げることにしたのだ。だが、運命の人と結ばれた幸せも束の間、彼女はブルーノとサンドラが愛人関係にあることを知ってしまう。
 ショックを受けた彼女は、公園のベンチで泣き崩れた。そこへモローニが通りがかり、優しく介抱するふりをして彼女を空き家へと連れ込む。もちろん、彼の目的はモニカの肉体。小遣いならいくらでもやると言いながら、鼻息を荒くしてモニカに襲いかかるモローニ。最初は激しく抵抗していたモニカだったが、突然冷静な顔になって意外な言葉を口にする・・・。

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成長した自分の体を眺めて楽しむモニカ

モローニはモニカの若い肉体を狙っている

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モニカのバースデー・パーティが盛大に開かれた

レオたちに公衆の面前で辱めを受けるモニカ

 モニカを取り囲む大人たちがとにかくセックスや金のことしか頭になく、無邪気だった彼女がやがて大人を手玉に取る小悪魔へと変貌していく・・・というのが、本作のストーリーの骨子と言えるかもしれない。監督のマリオ・インペローリは、70年代当時グロリアの代名詞ともなった大ヒット作“Blue Jeans”(75)でもコンビを組んだ人物。演出家としては二流以下といわざるを得ないものの、商売人としての勘は優れていたのだろう。1977年に46歳という若さで急逝している。
 そのインペローリ監督が原案と脚本も担当。また、『バイキングの逆襲』(65)や『077/連続危機』(65)など、60年代に史劇映画やスパイ映画を数多く手掛けたアルパッド・デリーソとニノ・スコラーロのコンビが脚本に協力している。
 また、『愛のエマニエル』(75)に始まる“黒いエマニエル”シリーズで有名な元カンツォーネ歌手、ニコ・フィデンコがイージーでポップな音楽スコアを担当。撮影監督のアルヴァーロ・ピアネッツィに関しては、これが唯一の作品とあって詳細は不明だ。
 ちなみに、アメリカでは“Monika”というタイトルで劇場公開された本作。インペローリ監督も英語版ではマーク・エンペラーとクレジットされている。

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ブルーノに処女を捧げることを決めたモニカ

運命の人と結ばれたことに幸せを感じるモニカだったが・・・

 モニカが処女を捧げる美術教師ブルーノ役を演じているのは、『ワルプルギスの夜/ウルフVSヴァンパイア』(71)などでポール・ナッシーと共演していたスペインの美形俳優アンドレス・レシーノ。そのブルーノと不倫する人妻サンドラ役には、『童貞物語』(61)や『若い性の暴走』(61)といった性春映画でヒロインを演じたフランス女優コレット・デスコームが扮している。
 さらに、サンドラの夫である悪徳弁護士モローニ役には、あの『ローマの休日』(53)でオードリーのヘアカットを担当する美容師役を演じた俳優パオロ・カルリーニ。イタリアのみならずハリウッドやドイツの映画にも出演した名脇役だ。
 また、少女売春の元締めをしている不良学生レオ役には、『修道女ジュリアの告白/中世尼僧残酷史』(73)でオルネラ・ムーティの恋人役を演じていたジャンルイジ・キリッツィ。『修道女ジュリア〜』の頃は繊細で美しい貴公子といった雰囲気だったが、これはその翌年に作られた映画であるにも関わらず、すっかり頭髪の薄い2枚目崩れになってしまってちょっとビックリ。ある意味、花の命は短しといったところか。

 

 

欲望の小部屋
L'alcova (1984)
日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)2009 Severin Films (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/97分/製作:イタリア

特典映像
J・ダマート監督インタビュー
オリジナル劇場予告編
監督:ジョー・ダマート
原案・脚本:ウーゴ・モレッティ
撮影:フェデリコ・スロニスコ
音楽:マヌエル・デ・シーカ
出演:リリ・カラーチ
   ラウラ・ジェムサー
   アニー・ベル
   アル・クライヴァー
   ロバート・カルーソ
   ネロ・パッザフィーニ

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傲慢なブルジョワ・マダム、アレクサンドラ(L・カラーチ)

夫のエリオ(アル・クライヴァー)がアフリカ戦線から帰ってきた

 交通事故で3年間のブランクを余儀なくされ、予定されていた大作映画の製作も頓挫。文字通りキャリアの崖っぷちにあったリリ・カラーチが、ゲテモノ映画の帝王ジョー・ダマートと初めて組んだソフト・ポルノ映画がこいつだ。
 舞台は1940年代のイタリア。リリは軍人の夫を持つ傲慢なブルジョワ・マダム、アレクサンドラを演じている。性欲旺盛な彼女はバイセクシャルで、夫の秘書ウィルマとはレズビアンの関係にあった。
 だが、アフリカ戦線から帰った夫エリオが原住民のお姫様ゼルバルを連れ帰ったことから、アレクサンドラとウィルマの関係に亀裂が入る。当初は肌の黒いゼルバルを毛嫌いしていたアレクサンドラだったが、やがてそのしなやかな肉体と自由奔放な性の虜となっていく。
 ところが、全てはゼルバルの巧妙な策略だった。アレクサンドラを性の奴隷とすることで、屋敷内におけるウィルマの発言権は喪失。さらに、妻の言いなりである夫エリオも、ゼルバルの存在を認めないわけにはいかなくなっていく。
 そんな折、金に困ったエリオがブルーフィルムの撮影を計画する。アレクサンドラとゼルバルは結託し、カメラの前で薄汚い庭師にウィルマを強姦させた。だが、ウィルマは誰もが予想しなかった方法で、アレクサンドラたちへの報復を企む・・・。
 ゾンビ映画が流行れば『ゾンビ'99』(80)を、ヒロイック・ファンタジーが流行れば『世紀末戦士アトー/炎の聖剣』(82)を、『ナインハーフ』がヒットすれば『イレブン・ナイツ』(87)をといった具合に、臆面もないパクリ映画には定評(?)のあるダマート監督。当時は、ファシズム時代を舞台にしたティント・ブラス監督のデカダンなエロス映画『鍵』(83)や『ミランダ/悪魔の香り』(85)がイタリア国内で大ヒットしていた時期。ダマート監督も、本作と翌年の『誘惑のオブセッション/白い肌の淫らな幻想』(85)で、そのブームに便乗したというわけだ。
 出来としてはまずまず。そもそもダマートの映画に上質なストーリーや芸術的な映像センスなど期待すべくもないのだが、これは意外にも真っ当な仕上がりだ。衣装や美術のデザインにもしっかりと目が行き届いており、低予算ながら時代物の雰囲気を上手い具合に出している。物語も中身がないなりに、なんとなく官能文学っぽい感じにはまとまっている。あくまでもダマート作品としてはという条件付きになるものの、とりあえず見栄えは悪くない映画だと言えよう。

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夫はアフリカの姫君ゼルバル(L・ジェムサー)を連れていた

初めて見る黒人に嫌悪感を抱くアレクサンドラとウィルマ(A・ベル)

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アレクサンドラとウィルマはレズビアンの関係にあった

ゼルバルは屋敷内の人間関係を黙って観察する

 時は1940年代初頭。ブルジョワの人妻アレクサンドラ(リリ・カラーチ)は、軍人の夫がアフリカ戦線へ行って留守にしている間、秘書のウィルマ(アニー・ベル)とレズビアンの関係を愉しんでいる。そんなある日、夫のエリオ(アル・クライヴァー)が、意外な手土産を持って帰ってきた。
 それは、アフリカの砂漠に住む部族の姫君ゼルバル(ラウラ・ジェムサー)。酋長の命を救ったお礼としてプレゼントされたのだという。生まれて初めて見る黒人に嫌悪感をむき出しにするアレクサンドラとウィルマだったが、エリオはゼルバルを召使として屋敷に住まわせることにした。
 飽きたら動物園にでも売り飛ばせばいい、そんな冗談を交わしながらゼルバルを蔑んだ目で見るアレクサンドラとウィルマ。だが、ゼルバルは二人がレズビアンの関係にあること、アレクサンドラが大変な色情狂であることなどを、まるで何か策略を張り巡らせるかのようにして黙って観察していた。
 戦争から帰って仕事がなくなったエリオは、アフリカでの体験を本にまとめて出版することにした。原稿を売り込むために泊りがけで出かけたエリオ。その留守中にお互いの肉体を貪りあうアレクサンドラとウィルマ。ゼルバルは屋敷に石を投げ込んで反発の意思を表示する。
 自分はエリオに貢がれただけであり、アレクサンドラやウィルマに仕える義理はないと断言するゼルバル。そこで、エリオはゼルバルを妻アレクサンドラの所有物とすることにした。主従関係を示す儀式でゼルバルに乳首を吸われ、戸惑いながらも性欲を刺激されたアレクサンドラ。
 それ以来、アレクサンドラとゼルバルの結びつきは強固なものとなっていく。嫉妬に狂うウィルマ。そんな三角関係があるとは露知らず、久々に帰郷したエリオと前妻の間の息子フリオ(ロバート・カルーソ)は、控えめで美しいウィルマに恋焦がれるようになった。
 すっかりゼルバルの肉体に溺れるアレクサンドラ。そんな二人のセックスを覗き見しながら、エリオは秘書ウィルマに自らの股間を弄ばせる。嫌々ながらその欲求に応じるウィルマも、その一方でフリオの一途な愛に応えるべきかどうか悩んでいた。
 本の売り上げが思ったほど伸びず収入に困ったエリオは、知り合いの未亡人から古い映画カメラを安値で引き取る。オマケで貰ったブルーフィルムを見ながら、お互いの秘部を刺激しあって悶えるアレクサンドラ、ゼルバル、ウィルマの3人。
 エリオは自分たちでブルーフィルムを撮影しようと言い出す。この種のフィルムを喜んで欲しがる金持ちは多いし、彼らは世間体を気にするから、万が一警察にバレてももみ消されるだろう。クライアントが見たいのはセックスだけだから、顔はマスクで隠せばいい。安全に商売が出来るはずだというのだ。
 設定は、尼僧服に身を包んだアレクサンドラが少女役のウィルマを犯すというもの。ところが、アレクサンドラはゼルバルと結託してウィルマのマスクを奪い、汗とドロだらけの庭師(ネロ・パッザフィーニ)に彼女を無理矢理犯させた。夢中になってカメラを回すエリオも、まるで意に介していない。
 その晩、ボロボロになったウィルマはこっそりとカメラからフィルムを取り出し、誰にも気付かれず屋敷を飛び出した。一方、ゼルバルはアレクサンドラを己に跪かせ、自らが屋敷の支配者として実権を握ろうとしていた。そこへ、復讐に燃えるウィルマがある人物を連れて戻ってくる・・・。

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夫の留守中に愛欲を貪るアレクサンドラとウィルマ

ゼルバルはアレクサンドラに仕えることとなる

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ゼルバルの肉体に溺れていくアレクサンドラ

棄てられたウィルマは嫉妬に燃える

 数え切れないほどの別名を使い分けながら、監督から脚本、製作、撮影、衣装デザインまで、ありとあらゆる仕事をこなした商売人ダマート。もともとカメラマン出身ということもあって、本作ではフェデリコ・スロニスコという名前で撮影監督も兼ねている。
 原案と脚本を書いたのは、鬼才マルコ・フェレーリ監督のエロティック・ドラマ『ハーレム』(67)やウンベルト・レンツィ監督のジャッロ映画『狂った蜜蜂』(68)で知られるベテラン脚本家ウーゴ・モレッティ。どうやらこれが遺作だったようだ。
 また、巨匠ヴィットリオ・デ・シーカの息子マヌエルが音楽スコアを担当。これがまるで『悲しみの青春』(70)を彷彿とさせるような美しい楽曲に仕上がっており、低予算のソフト・ポルノらしからぬ風格を与えるのに一役買っている。
 その他、ダマートの助手から共同製作者へと成長したドナテッラ・ドナーティがヘレン・ハンドリス名義でプロダクション・マネージャーを、ダマートの息子ダニエレ・マッサチェージがラリー・ハッセル名義でカメラオペレーターを担当。ただ、スタッフの大半が変名を使用しているため、残念ながら素性の分らない人物も多い。

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ブルーフィルムを見ながら興奮していくアレクサンドラたち

アレクサンドラはカメラの前で庭師にウィルマをレイプさせる

 俳優陣に目を移すと、やはりアレクサンドラ役を演じるリリ・カラーチのゴージャスなビッチぶりが痛快。70年代の爽やかな姐御肌ギャル路線も良かったが、この頃の女狐的な濃厚セックス・アピールも捨てがたし。ソフトコアとしてはギリギリ限界のセックス・シーンも大胆そのものだ。
 そんなリリに負けず劣らずの存在感を発揮しているのが、アフリカの姫君ゼルバルを演じる“黒いエマニエル”ことラウラ・ジェムサー。ダマート監督作品には欠かせないセックス・シンボルだ。演技力という点では相変わらず大根だが、若い頃よりも洗練された美貌と大胆かつ過激なヌード・シーンで観客を魅了。ただし、彼女はインドネシアの出身なので、アフリカの姫君というには若干無理があるような・・・。
 また、アレクサンドラの“愛人”でもある秘書ウィルマ役には、“愛の妖精”ことフランス出身のセックス・シンボル、アニー・ベル。キレイなことはキレイなのだが、やはりデビュー当時のブロンド・ショートヘアがインパクト大だったこともあって、黒髪のウィッグを着用した本作では地味な印象が拭えない。
 その他、アレクサンドラの夫エリオ役にはアニー・ベルの夫だったアル・クライヴァーことピエルルイジ・コンティ、庭師役には60年代から数多くのマカロニ・ウェスタンやポリス・アクションで悪役を演じたネロ・パッザフィーニと、ダマート映画でもお馴染みの顔が脇を固めている。

 

 

大人になる前に・・・
Avere vent'anni (1978)
日本では劇場未公開
VHSは日本未発売・DVDは日本発売済
(日本盤DVDとイタリア盤DVDは別仕様)

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(P)2004 Minerva Pictures (Italy)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(イタリアPAL盤2枚組)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:イタリア語・英語/字幕:英語・イタリア語/地域コード:ALL/94分/製作:イタリア

特典映像
再編集バージョン(81分/ワイドスクリーン/スクィーズ収録/モノラル/音声:英語・イタリア語/字幕:イタリア語・英語)
メイキング・ドキュメンタリー(F・ディ・レオ、R・ラヴロック、L・マステローニ、G・ブラカルディら出演)
フォト・ギャラリー(監督の音声解説付き)
監督のバイオグラフィー&フィルモグラフィー
監督:フェルナンド・ディ・レオ
製作:ヴィットリオ・スキランテ
脚本:フェルナンド・ディ・レオ
撮影:ロベルト・ゲラルディ
音楽:フランコ・カンパニーノ
出演:グロリア・グイダ
   リリ・カラーチ
   レイモンド・ラヴロック
   ヴィットリオ・カプリオーリ
   レオポルド・マステローニ
   ヴィンチェンツォ・クロチッティ
   ジョルジオ・ブラカルディ
   ダニエラ・ドリア

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海辺で知り合ったティナ(L・カラーチ)とリア(G・グイダ)

ヒッチハイクをしながらローマを目指す

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二人がたどり着いたのはヒッピーたちのコミューン

コミューンを仕切っているナザリオータ(V・カプリオーリ)

 当時人気絶頂だったグロリア・グイダとリリ・カラーチが共演した唯一の作品。二人の“若くて美しくて怒れる”娘たちの自由奔放な青春を通して、ラブ&ピースやフリー・セックスといった70年代のリベラルな世相を浮き彫りにしつつ、同時に彼女たちの直面する残酷な社会の現実を描いた問題作だ。
 主人公は自由を求めてローマへとやって来た20歳の女性リアとティナ。ヒッピーたちの集うコミューンに身を寄せた二人は、そこで知り合った個性豊かな人々との交流を通じ、フリー・セックスにウーマン・リブ、平和主義にドラッグ・カルチャーといった自由な時代の空気を思う存分吸収していく。
 だが、ヒッピー=麻薬中毒者、リベラル=左翼テロリストという偏った先入観を持つ警察権力によってコミューンは摘発され、リアとティナは故郷へ強制送還されることに。それでも気ままに
ヒッチハイクを続ける二人を待っていたのは、あまりにも残酷で悲しい末路だった。
 前半はリアとティナの自由奔放で大胆な冒険を描いた陽気なセックス・コメディといった按配。だが、随所にリベラルな社会風刺を盛り込み、権威主義や保守主義を痛烈に批判しているのは、左翼系エンターテインメントの帝王フェルナンド・ディ・レオの面目躍如といったところだろう。
 しかし、コミューンが警察の手入れを受ける辺りから徐々にトーンが暗くなっていく。権力をかさに着て理不尽な尋問を繰り広げる刑事たち。そもそも、このガサ入れそのものが警察の点数稼ぎで、しかも証拠品の捏造まで行われていた。
 そして、追われるようにしてローマを後にするリアとティナ。相変わらず気ままな旅を続ける彼女たちは、自由奔放な若い女性を尻軽な売女と見下し、ウーマンリブを男性への脅威としか考えない暴力集団によって惨殺される。前半が明るいコメディ・タッチだっただけに、この陰惨なクライマックスはかなりショッキングだ。
 マカロニ・ウェスタンやポリス・アクションなど、なにかとバイオレンス映画のジャンルで語られがちなディ・レオ監督だが、その一方で『恍惚の唇』(69)や『ゲバルトSEX』(69)のように、精神と肉体の両面における
女性の自立を大胆に描いた問題作でも優れた仕事を残している。恐らく本作のストーリーには、ディ・レオ監督ならではのリベラルな女性観と保守的で閉鎖的なイタリア社会への怒りが多分に込められていると考えて間違いないだろう。
 言うなれば、本作のヒロインであるリアとティナは精神的にも肉体的にも自立した現代女性の象徴であり、彼女たちから自由を奪う警察は腐敗したイタリアの権力を、そして彼女たちを血祭りにあげる暴力集団は男尊女卑がまかり通る保守的なイタリア社会の現実を象徴しているのである。
 ただ、この左翼的なメッセージ性の高さは、当時の観客や興行主からは大変な不評だった。特に、人気スターであるグロリア・グイダとリリ・カラーチが壮絶な最期を遂げるクライマックスは、彼女たちお得意のセックス・コメディを期待していたファンから猛烈な反感を買ってしまったという。監督の意図するところが、全くの裏目に出てしまったのだ。
 そのため、上映はあっという間に打ち切り。その数ヵ月後に、映画会社はクライマックスを変えた再編集バージョンを改めて公開した。ところが、この再編集バージョンというのが、単にエンディングを替えたばかりではなく、全体のストーリーやセリフまでをも編集とアフレコで大幅に変更。本来の社会風刺的なユーモアや左翼的な政治メッセージはすっかり骨抜きにされてしまい、全く中身のない平凡なセックス・コメディにされてしまった。
 しかも、アメリカ公開に当たってはさらなる再編集が施されたという。その後、イタリアではこのアメリカ公開版にイタリア語のアフレコ処理をしたバージョンがビデオ・ソフトとして流通。04年に上記の2枚組DVDセットが発売されるまで、ディ・レオ監督によるオリジナル・ディレクターズ・カットは長いこと陽の目を見ることがなかった。
 とにかく、いろいろな意味で異色の作品。極めて見る人を選ぶ映画であることは間違いないが、70年代のヨーロッパ映画やサブ・カルチャーに興味のある人なら是非見ておきたい一本だろう。

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飲まず食わずで瞑想を続けるアルジウマス(L・マステローニ)

三つ子を育てているパトリツィア(D・ドリア)

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せっかくの乱交が中途半端に終って呆れるティナ

欲求不満のティナをリアが慰める

<※以下はオリジナル・ディレクターズ・カット版の粗筋>
 海辺で無邪気に戯れる若者たち。その中で意気投合した同い年で20歳になるリア(グロリア・グイダ)とティナ(リリ・カラーチ)は、大都会ローマを目指してヒッチハイクの旅をすることにした。
 自由を求めてローマへ到着したリアとティナ。お腹がすいたらスーパーで万引きをし、カフェの従業員に色目を使って食後のコーヒーをゲット。雑貨屋では卑猥な言葉で店主を驚かせ、まんまとタバコをタダで頂戴する。まさに自由奔放を絵に描いたような現代っ子だ。
 そんな二人がたどり着いたのは、半年前にリビエラで知り合ったヒッピーの親分ナザリオータ(ヴィットリオ・カプリオーリ)が営むコミューンだった。そこには、イタリア中からヒッピーの若者たちが集まっている。ゴミ捨て場でラリっているハンサムな若者リコ(レイモンド・ラヴロック)、三つ子の赤ん坊の世話をしている女性パトリツィア(ダニエラ・ドリア)、3ヶ月間も飲まず食わずで瞑想を続ける白塗りの平和主義者アルジウマス(レオポルド・マステローニ)など、一癖も二癖もあるユニークな人々と知り合う。
 とにかく、食事もセックスもマリファナも、ここではみんなで共有しあって楽しむのがルール。性欲旺盛なティナは男漁りに乗り出すが、残念ながら収穫はなし。ナザリオータに2人組の若い男を紹介され、リアを誘って乱交を楽しもうとするが、男たちはあっという間にフィニッシュしてしまった。欲求不満で怒り心頭のティナだったが、そんな彼女をリアの肉体が慰める。
 早速、ローマの町へ出て自由を謳歌するリアとティナ。コミューンへ戻ると、左翼系のインディペンデント映画作家がドキュメンタリー映画の撮影を行っていた。カメラとマイクを向けられた二人は、自らの生い立ちや社会に対する不満をぶちまける。保守的で小市民的な両親に反発し、自分らしい生き方を求めて家を飛び出したティナ。彼女にとってセックスは生きている証。男と同じように女が性の快楽を求めて何が悪いのか?偽善で塗り固められたモラルに彼女は強い嫌悪感を持っている。
 一方、両親を知らないままカトリック系の孤児院で育ったリア。幼い頃から規律だらけの環境に置かれた彼女は、セックスは汚らわしいものだと教えられた。だが、ボランティアで世話をした身寄りのない独身の老女に肉体を陵辱され、それ以来セックスに対して何も感じなくなってしまった。厳しいばかりで人間的な温もりのないカトリックの教えを、彼女は心の底から忌み嫌っている。

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ローマの街へ出て自由を謳歌する二人

カメラの前で社会への不満をぶつける


 若くて美しくて怒れる娘たち。だからこそ、彼女たちはコミューンでの生活に自由と理想を求めていた。だが、ナザリオータに言わせればコミューンの懐事情は逼迫している。世の中、タダで暮らせるほど甘くはない。そこで、リアとティナは百科事典を売って収入の足しにすることにした。
 持ち前の明るさと押しの強さ、そしてセックスアピールで百科事典を順調に売り歩くティナ。権威と教養をひけらかす大学教授も、彼女のお色気にかかればイチコロ。鼻の下を伸ばして小切手を切る。偉そうな顔をしていても、所詮中身は俗物だ。
 一方、優柔不断なところのあるリアは、レズビアンのブルジョワ・マダムに目をかけられてしまい、百科事典の購入とお小遣いをエサに肉体を求められてしまう。居たたまれなくなって逃げ出すリア。落ち込む彼女をティナが励ます。
 ある日、コミューンに警官隊が押しかける。ここが犯罪の温床になっているというタレコミがあったのだ。タレこんだ張本人は、コミューンの住人である通称チビ(ヴィンチェンツォ・クロチッティ)。彼は警察署長(ジョルジオ・ブラカルディ)の送り込んだスパイだったのだ。
 ヒッピーは麻薬中毒の犯罪者、平和主義者は左翼テロリスト。偏見に凝り固まった警察署長は、ナザリオータやリコたちに容赦のない暴力的な尋問を行う。コミューンからは袋入りのコカインも見つかった。バックにはマフィアがいるのかと執拗に問い詰める署長に対し、マフィアはお前たちだと皮肉るリコ。なかなか折れないヒッピーたちに、警察署長は苛立ちを隠せない。
 それもそのはず。このガサ入れ自体が、出世を狙う署長の仕組んだ茶番劇だった。だが、スパイにチビを選んだのは失敗だった。袋の中身がコカインではなくタルカム・パウダーだとすぐにバレてしまい、点数稼ぎをしたかった署長は上層部から大目玉を食らう。が、表向きはお咎めなし。こんな失態が世間に知れたらまずいということで、警察上層部が全てをもみ消したのだ。
 とはいえ、犯罪に関わったということでローマからの強制退去を命じられ、故郷へ帰らねばならなくなったリアとティナ。大いに不満だったが、命令に従わねば逮捕されてしまう。仕方なくヒッチハイクを重ねながらローマを後にした二人は、その途中で田舎のレストランへ立ち寄る。
 そこにはマフィアらしき男たちの集団が。ジュークボックスの音楽に合わせて楽しそうに踊るリアとティナを見た男たちは、舌なめずりをしながら彼女たちを取り囲む。どうせ淫売だろう、というわけだ。男たちの失礼な態度に怒ったティナは、女をバカにするなと捨てゼリフを吐いて店を後にする。
 だが、この一言がマフィアのボス(ロベルト・レアーレ)の逆鱗に触れた。男に逆らう生意気な女は絶対に許せない、と。森を抜け出ようとしたリアとティナは、男たちの乗った車に囲まれる。そして、思わず目を塞いでしまうほどの壮絶な集団リンチと殺戮が繰り広げられる・・・。

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ジャンキーのリコ(R・ラヴロック)といい関係になるティナ

いきなり警官隊がコミューンへなだれ込む

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職権を濫用した横暴な尋問をする警察署長(G・ブラカルディ)

ティナとリアは故郷へ強制送還されることとなった

 生前のインタビューで“私は自由な精神を持った強い女性を崇拝する”と明言していたディ・レオ監督。同時に、70年代当時のイタリアでまた根強かった男尊女卑の風潮に強い嫌悪感を持っていたそうだ。本作ではヒロインたちの自由奔放な旅路を極端すぎるくらいの明と暗で対比することにより、イタリア社会におけるリベラリズムの理想と現実を象徴的に描こうとしたのだろう。
 そんな監督の意図を完全に無視した再編集バージョンを監修したのが、実はアル・ブラッドレーことアルフォンソ・ブレスチアだったそうだ。ブレスチアといえば、撮影を安上がりに早く仕上げることから低予算映画のプロデューサーには重宝された監督だが、出来上がった作品はどれもクズみたいな代物ばかり。まあ、再編集バージョンの仕上がりを見れば、ブレスチアが絡んでいたという事実も大いに納得だろう。
 撮影監督を担当したのは、『禁じられた抱擁』(63)や『痴情の森』(68)など名匠ダミアーノ・ダミアーニ監督とのコンビで知られるロベルト・ゲラルディ。他にもクリスチャン・ジャックの『戦場を駆ける女』(61)やヴィットリオ・デ・シーカの『あゝ結婚』(64)など、巨匠との仕事も多い名カメラマンだ。
 また、70年代にセックス・コメディやポリス・アクションなどを数多く手掛けた作曲家フランコ・カンパニーノが音楽スコアを担当。日本ではほとんど無名に近い人物だが、そのファンキーでメロディアスな作風から映画音楽ファンの間での人気は意外と根強い。本作でも、ディスコティックなジャズ・グルーヴを存分に堪能させてくれている。ただし、オリジナル版と再編集版では使われているスコアが微妙に違う。個人的にはオリジナル版のスコアがお気に入りだ。
 その他、編集のアメデオ・ジョミーニや美術デザインのフランチェスコ・クッピーニなど、ディ・レオ監督作品の常連スタッフが参加している。

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立ち寄ったレストランでダンスを楽しむティナとリア

男たちの失礼な態度にティナが切れる

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マフィアのボス(R・レアーレ)は男に逆らう女が気に食わなかった

チンピラに取り囲まれたリアとティナ

 さて、グロリアとリリを囲むキャストについても触れておこう。特別ゲスト扱いでジャンキーのリコ役を演じているのは、日本でも『ガラスの部屋』(69)の大ヒットでティーン・アイドルとなった2枚目俳優レイモンド・ラヴロック。本作ではリリとのベッド・シーンも披露している。
 また、ヒッピーの親分ナザリオータ役には、『地下鉄のザジ』(60)で知られるコメディアン、ヴィットリオ・カプリオーリ。代表作の多くが日本では未公開のままだが、イタリアでは一般大衆に幅広く愛された庶民的な名優だった。
 そして、イタリア映画ファン、中でもホラー・ファンにとって要注目なのが、子育て大好きな女の子パトリツィア役を演じているダニエラ・ドリア。そう、『地獄の門』(80)や『墓地裏の家』(81)、『ザ・リッパー』(82)など、ルチオ・フルチ作品の殺され役専門として有名な女優さんだ。
 そのほか、イタリアではテレビ・タレントとして有名なレオポルド・マステローニ、名匠マリオ・モニチェッリ監督の“Un borghese piccolo piccolo”(77)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の特別賞を獲得したヴィンチェンツォ・クロチッティ、痩せこけた個性的なマスクでスペクタクル史劇やマカロニ・ウェスタンの脇役として活躍したダニエレ・ヴァルガスなどが登場。
 なお、警察署長役のジョルジョ・ブラカルディは、イタリアではラジオDJや作曲家としても知られるスタンダップ・コメディアンだそうだ。本作ではディ・レオ監督の求めでシリアスな演技に初めて挑戦したものの、ついつい普段の習性で演技過剰になってしまった。本人はてっきり監督から怒られるものと思ったが、そのまま滞りなく撮影は進行。どうやら、ディ・レオ監督は彼のコメディアンとしての資質を、はたから見ると滑稽極まりない警察署長の役柄に生かしたかったようだ。
 ちなみに、マフィアのボス役を演じているロベルト・レアーレの本業はカメラマン。『地獄のシンジケート/電撃!秘宝強奪指令』(69)など、ルッジェロ・デオダート監督の初期作品を手掛けていた。

 

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