フィルム・ノワール傑作選
PART 6

 

マルタの鷹
The Maltese Falcon (1941)
日本では1951年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
(日本盤と北米盤は別仕様)

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(P)2006 Warner Home Video (USA)
画質★★★★★ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤2枚組)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語・スペイン語/地域コード:1/100分/製作:アメリカ

特典映像
1931年版本編
1936年版本編
ラジオ・ドラマ版3編
メイキング・ドキュメンタリー
映画評論家による音声解説
オリジナル劇場予告編
短編アニメーション2編
ハンフリー・ボガート予告編集
短編映画“The Gay Parisian”
ワーナー・スタジオ作品NGシーン集
(1941年度版)
監督:ジョン・ヒューストン
製作:ハル・B・ウォリス
原作:ダシール・ハメット
脚本:ジョン・ヒューストン
撮影:アーサー・エディソン
音楽:アドルフ・ドイッチ
出演:ハンフリー・ボガート
   メアリー・アスター
   シドニー・グリーンストリート
   グラディス・ジョージ
   ピーター・ローレ
   バートン・マクレーン
   リー・パトリック
   ワード・ボンド
   ジェローム・コーワン
   イライシャ・クック・ジュニア
   ウォルター・ヒューストン

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私立探偵サム・スペード(H・ボガート)

謎めいた美女(M・アスター)から仕事の依頼を受ける

相棒のマイルズが殺害された

 巨匠ジョン・ヒューストンの監督デビュー作にして、ハンフリー・ボガートを一躍ハリウッドのトップ・スターへとのし上げたハードボイルド映画。陰影を強調した深みのあるライティング、被写体を様々な角度から捉えた象徴的なカメラ・アングル、リアリズムに徹したストーリーなど、独特のダークな世界観からフィルム・ノワール第一号と呼ばれ、その後あらゆる面でこのジャンルのプロトタイプとなった傑作である。
 主人公は私立探偵サム・スペード。ある日、彼の探偵事務所に謎めいた美女が現われて人探しを依頼したことから、謎が謎を呼ぶ予想外の事件が展開していく。最初は単純な人探しだとばかり思っていた仕事。しかし、調査に出かけた相棒が何者かによって殺害され、美女の話した依頼内容が全くのでたらめであったことが分かる。入れ替わり立ち代り登場する怪しげな人物たち。警察から殺人容疑をかけられたサムは、やがて幻の秘宝“マルタの鷹”を巡る骨肉の争いの渦中へと巻き込まれていくことになる。
 原作はハードボイルド作家ダシール・ハメットの同名小説。これはその3度目の映画化に当たる。自らサンフランシスコ界隈で私立探偵をやっていたというハメット自身の実体験をもとにした原作小説。ヒューストン監督はそのハードで生々しい世界をほぼ忠実に再現しながら、現代社会のダークサイドにうごめく人々の姿を鮮烈なビジュアル・イメージの連続で描き出していく。
 その象徴とも言えるのが、ボギー演じる私立探偵サム・スペードである。皮肉屋の現実主義者。金のためならどんな仕事でも請け負い、必要とあらば暴力や恐喝などの違法行為だって辞さない。親友である相棒が死んでも涙一つ見せず、すぐさま事務所の看板に自分の名前を掲げるよう手配。その相棒の女房とは不倫の間柄だが、足手まといになるからと体よく追い返す。モラルや情に流されることなく冷静沈着で合理的。大都会の弱肉強食を生き抜いてきたタフ・ガイだ。
 そして、ボギーはこのおよそ正義のヒーローとはかけ離れたような男を、なんともダンディてクール、それでいてどこか洒脱で人間臭い人物として演じている。裕福な家庭に育ったお坊ちゃんでありながら、ダーティな悪役俳優として長い下積みを経験してきたボギーならではの個性が存分に生かされた役柄だ。
 そのたたずまいだけで見るものを惹きつけてやまないボギーの渋い存在感、それを際立たせるヒューストン監督のハードな演出。一切の無駄をなくしたテンポの良いストーリー展開といい、インパクトの強いクセモノが揃った脇役のキャラクターといい、娯楽映画としてまさに非の打ちどころのない出来栄えと言えるだろう。
 ちなみに、31年の初映画化でリカルド・コルテスが演じたサム・スペードは若くてハンサムな熱血探偵、36年の2度目の映画化でウォーレン・ウィリアムの演じたサム・スペードはお洒落で軽薄な中年プレイボーイ。どちらもダシール・ハメットの描いたサム・スペード像とは全く異質のものだった。

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ダンディ警部(B・マクレーン)はサムの関与を疑う

マイルズの妻アイヴァ(G・ジョージ)とサムは不倫関係

カイロ(P・ローレ)という怪しい男がサムの前に現れる

 サンフランシスコにある探偵事務所スペード&アーチャー。そこへミス・ワンダレーと名乗る美しい女性(メアリー・アスター)がやって来る。対応に当たったのはサム・スペード(ハンフリー・ボガート)。ニューヨークからやって来たという彼女は、行方不明になった妹コリンヌを探していた。
 彼女の話によると、コリンヌはフロイド・サーズビーという英国人の男に騙されて、ここサンフランシスコに滞在しているという。なんとか妹を助け出したいが、サーズビーはとても危険な男なのだそうだ。
 そこへ、サムの相棒マイルズ・アーチャー(ジェローム・コーワン)が戻ってきた。すっかりミス・ワンダレーの美貌に参ってしまったアーチャーは、その晩ホテルのロビーでサーズビーと落ち合う予定の彼女に護衛として付くこととなる。
 深夜になって、サムのもとへ警察から連絡が入った。マイルズが殺されたというのだ。秘書エフィー(リー・パトリック)にマイルズの妻への連絡を頼んだサムは、すぐさま現場へと急行した。友人のポルハウス刑事(ワード・ボンド)によると、マイルズは正面から拳銃で射殺されたという。凶器はウェブリー=フォスベリー。いまでは入手困難な英国産の旧式拳銃である。
 サースビーの関与を疑ったサムはミス・ワンダレーの所在を確認しようとするが、宿泊先のホテルからは既にチェックアウトした後だった。そればかりか、犯人と思われたサースビーまでもが死体で発見される。ポルハウス刑事の上司ダンディ警部(バートン・マクレーン)は、サムを犯人として疑っていた。
 というのも、サースビーは背後から拳銃で撃たれており、マイルズとの相撃ちという線は考えられなかった。しかも、サムはマイルズの妻アイヴァ(グラディス・ジョージ)と不倫関係にある。犯行時刻のアリバイもない。サムは状況的に不利な立場に置かれていた。
 そこへ、ミス・ワンダレーから連絡が入った。彼女の住むアパートへ向かったサムは真実を問いただす。探偵としての長年の勘から、彼女の素性や話が全てウソだと見破っていたのだ。実際、昨日彼女が探偵事務所で話した内容は全くのデタラメだった。
 彼女の本名はブリジット・オシャネシーといい、もちろん行方不明の妹など存在しない。サーズビーとは香港で知り合ったというが、それ以上は頑なに話そうとしなかった。それでも、彼女はなんとか自分を信用して助けて欲しいとサムに泣いてすがる。
 事務所へ戻ったサムのもとへ、ジョエル・カイロ(ピーター・ローレ)という怪しげな小男やって来る。5000ドルで“黒い鳥の像”を探して欲しいと依頼するカイロだったが、すぐさまサムに拳銃を向けて事務所内を調べようとする。サムがその“黒い鳥の像”を持っているのではないかと疑っているようだ。サムは隙を見て彼を殴り倒した。意識を取り戻したカイロは、“黒い鳥の像”を探すためにサムを雇うことにする。
 その晩、サムのアパートをブリジットが訪れた。カイロの話をすると、明らかに彼女は顔色を変える。そこへ、偶然にもカイロがやって来た。どうやら二人は旧知の仲だった。“ファットマンがサンフランシスコに来ている”と呟くカイロの言葉に、ブリジットは鋭い反応を示す。彼女によると、殺されたサースビーが“ファルコン=黒い鳥の像”をどこかに隠したのだという。どうやら、ブリジットとサースビーはグルで、ファルコンの運び屋をしていたらしい。
 翌朝カイロの宿泊しているホテルを訪ねたサムは、ロビーでウィルマー(イライシャ・クック・ジュニア)という怪しげな男を見かける。この数日間、サムのことを尾行し続けている小男だ。
 事務所へ戻ったサムのもとへ、通称ファットマンと呼ばれる謎の男キャスパー・ガットマン(シドニー・グリーンストリート)から連絡が入る。すぐさまガットマンのもとを訪れたサムを、例の小男ウィルマーが出迎えた。彼はガットマンにとって“息子のような存在”なのだという。
 単刀直入に話を進めようとするサムに対して、ガットマンは例の“ファルコン”について語り始める。それは16世紀半ばにマルタ島のテンプル騎士団からスペイン国王に贈られた鷹の彫像のこと。全身が黄金で出来ており、様々な宝石が散りばめられているらしい。だが、輸送する途中で海賊によって奪われ、長いこと行方不明となっていた。
 その後18世紀になってパリで発見されたファルコンは、盗難を防ぐために全身が黒いエナメルでコーティングされていたという。さらに、1925年にギリシャの古物商がファルコンを所持していることが分かったものの、強盗によって奪われてしまった。
 長いことファルコンの行方を捜していたガットマンは、イスタンブールに駐在するロシア人将校の手元にあることを突き止め、高値で買い取ろうと二人のエージェントを送り込んだのだという。
 そこまでは理解できたサムだったが、ガットマンの用件そのものは曖昧だった。意図的に話をはぐらかそうとする彼に激怒するサム。しかし、それは報奨金を吊り上げるための芝居だった。それが功を奏し、その後再び来訪したサムに、ガットマンは高値の報奨金を提示した。ところが、その場で出された酒に睡眠薬が混ぜられており、サムは気を失ってしまう。その隙に、ガットマンはカイロとウィルマーを連れて、どこかへと立ち去ってしまった。
 目を覚ましたサムは、彼らが港の船着場へ向かったことを知る。ラ・パロマという輸送船がインスタンブールからサンフランシスコへ到着したのだ。しかし、サムが港へ到着した頃には、既にガットマンらの姿はなかった。そればかりか、輸送船は火事で炎に包まれていた。
 事務所で秘書エフィーに傷の手当をしてもらっていたサム。そこへ、包みを手にした男(ウォルター・ヒューストン)が瀕死の状態で現われ、その場で息を引き取った。男は輸送船の船長だ。急いで包みを開けるサムとエフィー。興奮する彼らの目に飛び込んできたのは、ガットマンらが追い求める幻の秘宝“マルタの鷹”だった・・・。

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ブリジットの正体は運び屋だった

サムをつけ回す小男ウィルマー(E・クック・ジュニア)

黒幕はガットマン(S・グリーンストリート)という男だった

 本作の映画化をヒューストンに勧めたのは巨匠ハワード・ホークスだったという。もともと原作のファンだったホークスは、大幅な脚色を施した過去の映画化に不満を持っており、原作を忠実に再現するよう助言したらしい。そこでヒューストン監督は、自分の休暇中に原作をそのまま台本風に書き起こしておくよう秘書へ指示。これがドラフトとなったわけだが、なぜか手違いでこのドラフトが監督よりも先にワーナーの製作主任ジャック・L・ワーナーの手元へ届いてしまった。これを読んだワーナーは大変気に入り、映画化へ向けてゴー・サインを出したのだそうだ。
 そうした経緯もあって、本作はストーリーの展開からセリフの一つ一つまで、原作をほぼ忠実に映像化している。ヒューストン監督自らが仕上げた脚本には登場人物の心理状態から状況の説明まで詳細にト書きされており、そのおかげでリハーサルは最低限で済ませることができたという。
 撮影監督のアーサー・エディソンはドイツ表現主義に多大な影響を受けたカメラマンで、ジェームズ・ホエール監督と組んだ『フランケンシュタイン』(31)や『魔の家』(32)、『透明人間』(33)で見事な手腕を発揮していた人物。本作でも照明の光と影を巧みに操り、登場人物の配置やカメラ・アングルを緻密に計算しながら、セリフだけでは表現しきれないドラマの核心を映像によって物語っていく。
 例えば、メアリー・アスター扮するブリジットの登場シーンでは、ブラインドの影や家具の模様などに刑務所の格子を連想させる縦向きのストライプを多用することによって、一見するとか弱い淑女である彼女が実は犯罪者であること、そして最終的には刑務所へ行く運命であることを暗にほのめかしている。また、サム・スペードが他の人物と対峙するシーンでは、彼の肩越しに相手を映すことによって、観客がサムに感情移入することが出来るよう細心の注意を払っている。本作ではカメラもまた登場人物の一人であり、物語の一部であるのだと言えるだろう。
 そのほか、美術監督には『ライフ・ウィズ・ファーザー』(47)と『ジョニー・ベリンダ』(48)でオスカー候補になったロバート・ハース、メアリー・アスターのドレス・デザインには『巴里のアメリカ人』(51)や『お熱いのがお好き』(59)などでオスカーを受賞したオリー=ケリー、音楽スコアには『アニーよ銃をとれ』(50)や『オクラホマ!』(55)などのミュージカル映画でオスカーを受賞したアドルフ・ドイッチなどなど、その後ハリウッドの第一線で活躍することになる超一流のスタッフが名を連ねている。

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睡眠薬を飲まされたサムが意識を取り戻す

港では輸送船が火事で炎に包まれていた

死んだ輸送船の船長が持っていた包みの中身とは・・・?

 先述したように、本作で見事なサム・スペード像を演じきったハンフリー・ボガート。それに比べると、相手役のメアリー・アスターはいまひとつ強烈なインパクトに欠けるように思われるかもしれない。確かに美人であることは間違いないのだが、計算高い悪女役を演じるにはちょっと品が良すぎるのだ。しかし、このキャスティングを今の観客が理解するためには、メアリー・アスターという女優がどういう人であったのかということを知っておく必要があるだろう。
 もともとサイレント時代から欧州貴族的な気品のある美人女優として売れっ子だったメアリー・アスター。可憐なお姫様や上流階級の令嬢を演じることが多かったが、私生活ではなにかとトラブルが付きものだった。
 中でも有名なのが、30年代ハリウッド最大のスキャンダルと呼ばれた2度目の夫との離婚裁判。娘の養育権を巡って壮絶なバトルが繰り広げられ、彼女の赤裸々な性生活を記した日記の存在までが暴露されてしまったのだ。そこには、数多くのハリウッド・セレブとの不倫やセックスが詳細に記されていたという。
 そんな淑女と悪女の二面性を兼ね備えた彼女自身の女優としてのイメージこそ、ヒューストン監督がブリジット役に彼女を起用した最大の理由だったのである。つまり、当時のアメリカの観客にとって、メアリー・アスターという女優はまさしくブリジットそのものだったというわけだ。
 ちなみに、もともとスタジオ側は舞台女優として注目されていた若手ジェラルディン・フィツジェラルドをブリジット役にと考えていたが断られてしまい、イングリッド・バーグマンやオリヴィア・デ・ハヴィランドなどを候補に挙げていたという。しかし、ヒューストン監督とボギーはメアリー・アスターを強く推薦。二人から直談判を受けたメアリー自身も、脚本を読んだその場で契約書にサインしたと言われている。
 また、ヒューストン監督が最初からキャスティングを決めていたのが、カイロ役を演じているドイツ出身の名優ピーター・ローレ。一度見たら忘れられない強烈なマスクを持った彼は、いかにも怪しげな小男カイロ役にはまさにうってつけだった。
 一方、“マルタの鷹”を巡る陰謀の黒幕的存在ガットマン役のキャスティングはかなり難航したが、スタジオ側の推薦でイギリスのベテラン舞台俳優シドニー・グリーンストリートに決定。これがまた強烈な存在感を持った役者で、独特の台詞回しがまたインパクトに残る。これが映画初出演だったグリーンストリートは、たちまち性格俳優として引っ張りだこになった。
 そのほか、ウィルマー役のイライシャ・クック・ジュニア、ダンディ警部役のバートン・マクレーン、ポルハウス刑事役のワード・ボンドなど、当時のハリウッド映画には欠かせない個性的な名脇役が勢ぞろい。ヒューストン監督の父親ウォルターも、輸送船の船長役でカメオ出演している。
 なお、マイルズの未亡人アイヴァ役のグラディス・ジョージは、もともとセクシーなコメディエンヌとして人気を博していた芸達者だったが、残念ながら本作の役柄はミス・キャストだったように感じる。
 ちなみに、ローレの演じているカイロはラヴェンダーの香りを漂わせていたり、その仕草が女性的であることから、同性愛者であることを匂わせている。また、ガットマンとウィルマーの関係にも、ホモセクシャルな意味合いが多分に含まれているようだ。それゆえに、アメリカでは60年代後半までテレビで放送することが出来なかったという。
 また、劇中でガットマンとウィルマーのことを指すファットマンとリトル・ボーイという名称は当時アメリカで大変有名になり、それぞれ長崎と広島に落とされた原爆の呼び名にも使われた。

 

堕ちた天使
Fallen Angel (1945)
日本では劇場未公開・テレビ放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語/字幕:英語
・スペイン語/地域コード:1/97分/製作:アメリカ

特典映像
スチル・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
D・アンドリュースの娘と映画評論家による音声開設
監督:オットー・プレミンジャー
製作:オットー・プレミンジャー
原作:マーティ・ホランド
脚本:ハリー・クレイナー
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:デヴィッド・ラクシン
出演:アリス・フェイ
   ダナ・アンドリュース
   リンダ・ダーネル
   チャールズ・ビックフォード
   アン・リヴェール
   ブルース・キャボット
   ジョン・キャラダイン
   パーシー・キルブライド

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田舎町に流れ着いた詐欺師エリック(D・アンドリュース)

ホテルの部屋へ勝手に上がりこんで自分を売り込む

エリックに目を光らせる刑事ジャッド(C・ビックフォード)

 前年に発表された傑作ノワール『ローラ殺人事件』で、オスカー5部門ノミネートを果たしたオットー・プレミンジャー監督。これは、そのプレミンジャー監督が再びファム・ファタールに運命を翻弄される男の悲しい性(さが)を描いたフィルム・ノワール作品である。
 主人公は一文無しの詐欺師エリック。とある田舎町に流れ着いた彼は、食堂で働く妖艶な美女ステラと恋に落ちる。しかし、人一倍野心が強くて派手好きな彼女と結婚するためには金が必要だった。そこで、彼は金持ちの地味なオールド・ミス、ジューンに目をつけ、言葉巧みに近づいて誘惑する。もちろん、目当ては財産だ。その目論見どおりジューンはエリックと恋に落ち、二人は結婚。ところが、その矢先にステラが他殺体で発見される。
 ステラと関係のあった男はエリックだけではなかった。しかし、捜査を担当することになった刑事ジャッドはエリックの素性を見抜き、彼を容疑者として執拗に追いつめようとする。ジューンの協力で逃亡を謀るエリック。だが、その裏にはステラを巡る男たちの屈折した欲望が複雑に絡んでいた・・・。
 寂れた田舎町を舞台に、うだつの上がらない生活を送る人々の愛と欲望が交錯するストーリー、光と影のコントラストを生かしたダークな映像など、メロドラマ的要素の強かった『ローラ殺人事件』に比べると、こちらの方がフィルム・ノワールとしての完成度は高いように思われる。愛憎入り混じるエリックとステラの関係も非常に興味深い。中でも、己の欲望に忠実で正直なステラという女性は、なかなか秀逸なキャラクターだ。
 しかし、本作の最大の難点は、そのステラと対照的な立場にある女性ジューンの存在。世間知らずでナイーブな独身女性という設定は分かるのだが、それにしても明らかに胡散臭いエリックのことをなぜそこまで信頼できるのか?なぜそれほどまでに彼を愛することができるのか?という彼女の心情が見る側に全く伝わってこないのだ。周囲からさんざん反対されても、ただひたすら“彼のことを愛しているの”とヒステリーを起こすだけの彼女に、正直なところイライラさせられる。蓼食う虫も好き好きとはいえ、これはちょっと納得いたしかねるところだろう。
 ちなみに、本作は当時ベティ・グレイブルと並ぶ20世紀フォックスの看板スターだったミュージカル女優、アリス・フェイ(ジューン役)が初めてシリアスな役柄に挑戦するということで話題になった作品でもあった。ところが、プレミンジャー監督は彼女の出番を大幅に削り、当時フォックスが売り出し中だった若手リンダ・ダーネル(ステラ役)を前面に押し出した。一説によると、これは社長ダリル・F・ザナックの差し金だったとも言われている。
 当然のことながら、試写を見たアリス・フェイは大激怒。そのままスタジオを飛び出し、控え室の鍵を門番に渡して2度と戻らなかったそうだ。それを知ったザナックもまた激怒。契約期間がまだ残っているにも関わらず彼女が辞めてしまったことから、契約不履行を理由に彼女を映画界から追放してしまった。

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エセ霊媒師プロフェッサー・マドリー(J・キャラダイン)

エリックはウェイトレスのステラ(L・ダーネル)に惚れる

地味な独身女性ジューン(A・フェイ)に近づくエリック

 サンフランシスコへ向けて真夜中の田舎道を走る深夜バス。運賃が足りないにも関わらず居眠りを決め込んでいた男エリック・スタントン(ダナ・アンドリュース)だったが、運転手に気付かれて途中で降ろされてしまった。
 そこは、ロサンゼルスとサンフランシスコの中間に位置する小さな町ウォルトン。通りを歩いていると、プロフェッサー・マドリー(ジョン・キャラダイン)という胡散臭い霊媒師のポスターが目に入る。ホテルでマドリーの友人を偽ったエリックは、その助手エリス(オリン・ハウランド)の部屋へと勝手に上がりこむのだった。
 明け方になって部屋へ戻ったエリスにたたき起こされるエリック。口八丁手八丁でエリスを言いくるめた彼は、プロフェッサー・マドリーのイベントに一役買うこととなる。この町では婦人会の影響力が強く、その会長であるクララ・ミルズ(アン・リヴェール)という女性が最大のネックだという。善良な市民を騙して金を巻き上げるようなイベントはけしからんというのだ。
 そこでエリックは自らミルズ邸へ赴き、クララに直談判を試みる。しかし、気が強くて誇り高いクララは断固として首をタテに振らない。そんな彼女を諭したのは、妹のジューン(アリス・フェイ)だった。彼らだって生きていくためにお金が必要なのではないかと。
 かくして降霊イベントは大盛況のうちに行われ、大金を手にしたプロフェッサー・マドリーとエリスはサンフランシスコへと旅立った。一方、エリックはこの町にしばらく残ることを決める。というのも、彼は町のダイナーでウェイトレスとして働く妖艶な美女ステラ(リンダ・ダーネル)に夢中だったのだ。
 ステラは大都会の華やかな生活に憧れる野心的な女だった。こんな田舎暮らしは嫌だ、映画スターのように贅沢な生活がしたい。町中の男たちが貢物を差し出すが、彼女の欲望を満足させることが出来る者など一人もいなかった。
 そんな彼女も、ニューヨーク出身だというエリックには強い興味を示す。なんたって、憧れの大都会ニューヨーク。そこで芸能関係の仕事をしていたというエリックこそ、もしかしたら自分の運命の男なのかもしれない。
 とはいえ、彼は一文無しだ。エリックの真剣なプロポーズを、ステラは鼻で笑ってみせる。お金のない男と結婚なんかできるはずがない。そこで彼はステラに約束する。近日中に大金を作ってみせるから、それまで待ってくれと。
 すぐさま、エリックは行動を起こした。彼は教会でオルガンを弾くジューンに接近し、言葉巧みにディナーへと誘う。ジューンとクララの亡き父親は元町長で、この近隣では一番の金持ちだった。今のところ姉クララが財産を管理しているが、ジューンも結婚すれば多額の遺産を相続できる。それこそがエリックの狙いだった。
 世間知らずな独身女性ジューンを落とすことなど、海千山千のエリックには朝飯前も同然。案の定、彼の甘い言葉にジューンはすっかり夢中となり、たちまち恋に落ちてしまった。男に騙されて大金を持ち逃げされた苦い過去を持つ姉クララは、妹が自分の二の舞になるのではと心配するが、ジューンは全く聞く耳を持たない。
 一方、順調に事が運んでいると悠長に構えていたエリックだったが、ステラはしびれを切らしていた。さっさとお金を用意できないのであれば、他の男を捜すという。焦ったエリックは姉妹と一緒にサンフランシスコへ行った際、彼女たちが銀行に多額の預金を持っていることを確認し、その場でジューンとの結婚を決める。
 ウォルトンへと戻ったエリックは、夜中に家を抜け出してステラのもとへ向かった。その後をクララが秘かに尾行する。エリックがジューンと結婚したことを知ったステラは、その無鉄砲で馬鹿げた計画を嘲笑ってみせるのだった。
 その翌朝、エリックは妻ジューンに起こされる。ステラが自宅で殺害され、ジャッド刑事(チャールズ・ビックフォード)が事情聴取に来ているというのだ。ジャッド刑事はもともとニューヨーク市警に勤務していたが、健康問題を理由に休職してウォルトンで療養生活を送っていた。だが、小さな田舎町では殺人事件など前代未聞であることから、急きょ捜査の陣頭指揮を任されることになったのだ。
 彼は以前からエリックの素性を見抜いており、ジューンとの結婚も詐欺ではないかと疑っていた。自分へ疑いの目が向けられていると知って焦るエリック。一方、エリックとステラが恋仲で、彼の目的が自分の財産であることに勘付いたジューンだったが、彼に対する愛情は全く変わらなかった。二人で一緒に逃げよう。そのためにはお金が必要だ。そう考えた彼女は、銀行から大金を下ろすために彼を連れてサンフランシスコへ向かうことにする・・・。

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ジューンの姉クララ(A・リヴェール)はエリックを警戒する

傲慢な態度でエリックを翻弄するステラ

何も知らないジューンはエリックと結婚する

 原作はハードボイルド作家マーティ・ホランドの書いた同名小説。このホランドという作家は僅か数冊のパルプ小説を出版しただけで忽然と姿を消してしまった人物で、本名をメアリー・ホランドという女性だったということ以外は一切が謎に包まれているらしい。
 脚本を書いたのはスティーブ・マックイーン主演の『ブリット』(68)と『栄光のル・マン』(71)で知られる脚本家ハリー・クレイナー。『情無用の街』(48)や『東京暗黒街・竹の家』(55)といったフィルム・ノワールの小品佳作も手掛けている人物だ。
 また、撮影監督には『ローラ殺人事件』でオスカーを受賞したジョセフ・ラシェルが参加。本作ではさらに陰影を強調したシンボリックでスタイリッシュなカメラワークを披露しており、『マルタの鷹』におけるアーサー・エディソンやアンソニー・マン作品におけるジョン・オルトンの仕事を彷彿とさせる。ちなみに、彼は『歩道の終る所』(50)や『帰らざる河』(54)でもプレミンジャー監督と組んでいた。
 そのほか、『永遠のアムバア』(47)と『旅路』(58)でオスカーにノミネートされたデヴィッド・ラクシンが音楽スコアを、『風と共に去りぬ』(39)や『王様と私』(56)でオスカーを獲得したライル・ホイーラーが美術監督を、『わが谷は緑なりき』(41)や『アンナとシャム王』(47)でオスカーを獲得したトーマス・リトルがセット装飾を手掛けている。
 ちなみに、ロケ地となったのはカリフォルニア州の町オレンジ。ジューンがオルガンを演奏する教会は1891年に建てられたもので、現在はレストランとして使用されているという。

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ステラが自宅で殺害された

ジャッド刑事はエリックに疑いの目を向ける

エリックの逃亡を助けようとするジューン

 先述したように、ジューン役を演じる主演のアリス・フェイは当時20世紀フォックスの看板スターだったミュージカル女優。ちょうど第2次世界大戦中がキャリアの全盛期であったことから、主演作のほとんどが日本では未公開のままだ。
 その大らかで暖かな歌声が印象的な人だったのだが、決して目立つようなタイプの美人ではなかった。それだけに、本作のようなシリアス・ドラマで、なおかつ共演がリンダ・ダーネルというとびっきりの美女だったりすると、やはりとても分が悪いように思える。その上出番が削られてしまったのでは、本人が頭に来るのも致し方ないかもしれない。
 これを最後にフォックスを飛び出した彼女はザナックによって映画界を追放され、事実上の引退を余儀なくされてしまった。しかし、その後ザナックとは和解したのか、フォックス製作のリメイク版『ステート・フェア』(62)でカムバック。だが、往年の人気を取り戻すことは出来なかった。
 さて、世間知らずのジューンを騙して遺産を横取りしようとする詐欺師エリック役には、『ローラ殺人事件』でも運命の女に翻弄されまくる刑事役を演じたダナ・アンドリュース。その“運命の女”であるステラ役には、翌年の『荒野の決闘』(46)で有名になるリンダ・ダーネルが扮している。彼女は当時ザナックが売り出しに一番力を入れていた女優で、本作も実質的にはリンダ・ダーネルの主演作と言えるかもしれない。
 だが、本作で最も強烈な存在感を放っているのは、いわくありげな過去を持つ中年刑事ジャッド役を演じている名優チャールズ・ビックフォードだろう。特に、それまで傍観者的な立場にあった彼が、にわかにその恐ろしい本性を現しはじめる後半は必見。さすがのダナ・アンドリュースも形無しといった感じだ。
 そのほか、お馴染みの名優ジョン・キャラダインが見るからに怪しげなエセ霊能者プロフェッサー・マドリー役、『緑園の天使』(44)や『陽のあたる場所』(51)などの母親役で有名なアン・リヴェールがジューンの姉クララ役、『キング・コング』(33)のヒーロー役で有名なブルース・キャボットがステラの愛人エイトキンス役、『卵と私』(47)でマージョリー・メインと扮したケトル夫妻が当たり役となってシリーズ化もされた喜劇俳優パーシー・キルブライドがステラの勤めるダイナーの主人役を演じている。

 

 

Gメン対間諜
The House on 92th Street (1945)
日本では1951年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/87分/製作:アメリカ

特典映像
フォト・ギャラリー
オリジナル・プレス・ブック採録
映画評論家による音声解説
監督:ヘンリー・ハサウェイ
製作:ルイ・ド・ロシュモンド
原案:チャールズ・G・ブース
脚本:バー・リンドン
   チャールズ・G・ブース
   ジョン・モンクス・ジュニア
撮影:ノーバート・ブロダイン
音楽:デヴィッド・バトルフ
出演:ロイド・ノーラン
   ウィリアム・エイス
   シグニ・ハッソ
   ジーン・ロックハート
   レオ・G・キャロル
   リディア・セント・クレア
   ウィリアム・ポスト
   アルフレッド・リンダー
   E・G・マーシャル
   ヴィンセント・ガーデニア

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アメリカを外敵から守るために日夜働くFBIの職員たち

ウィリアム(W・エイス)と捜査官ブリッグス(L・ノーラン)

ニューヨークの町中でスペイン人が事故死する

 第2次世界大戦前夜の不穏な時代を背景に、アメリカ国内で暗躍するナチ・スパイの陰謀を食い止めるべく奔走するFBIの活躍を描いたノワール風スパイ映画。実際に起きた事件をもとにしたストーリー、本物の記録フィルムを交えたリアルな語り口など、当時としては画期的な演出が話題となり、いわゆるセミ・ドキュメンタリー映画の先駆けとして、その後の映画界に少なからず影響を与えた作品だ。
 事件の発端は1939年。ウィリアム・ディートリッヒというドイツ系アメリカ人の若者が、ナチのスパイ養成所から勧誘を受ける。すぐさまFBIに通告したウィリアムは、幹部捜査官ブリッグスの指導のもと二重スパイとしてナチへ潜入することに。やがて、“プロセス97”と呼ばれる米軍の最高機密計画を巡るナチの陰謀が明らかとなっていく。
 監督は『アラスカ魂』(60)や『ネバダ・スミス』(66)などの西部劇で鳴らし、『死の接吻』(47)や『出獄』(48)といったフィルム・ノワールの名作を残した大御所ヘンリー・ハサウェイ。しかし、本作のセミ・ドキュメンタリー・スタイルには、製作者ルイ・ド・ロシュモントの狙いが色濃く反映されている。
 ルイ・ド・ロシュモントは、1935年から16年間に渡って全米で親しまれたニュース映画シリーズ“The March of Time”のプロデューサーだった人物。本作をきっかけにドキュメンタリー・タッチのサスペンス映画を数多く手掛けるようになり、いつしか“セミ・ドキュメンタリーの父”と呼ばれるようになった。
 物語の基になったのは、1941年に米国内のナチ・スパイ組織網が一斉摘発された通称“ドゥケイン事件”。潜入スパイとしてFBIに協力する若者ウィリアムも、同事件に貢献した実在の二重スパイ、ウィリアム・G・シボルドをモデルとしている。
 製作に当たってはFBIが全面的に協力し、監視カメラで撮影した実際のフィルムなどの重要な資料を提供したほか、FBI本部建物内でのロケ撮影も特別に許可。冒頭に顔を出すエドガー・J・フーバー長官をはじめ、本物のFBI捜査官たちが大挙して出演している。当時の最先端技術を駆使した科学捜査など、実際にFBI職員たちが働く現場をカメラに収めているのは非常に興味深い。
 ただし内容そのものは、どこからどう見ても歴然たるプロパガンダ映画。全編に渡って偉大なるアメリカと正義の味方FBIを賞賛する一方、ドイツ人は一人残らず血も涙もない下種な悪人としてしか描かれていない。スタイルだけはドキュメンタリー・タッチだが、その中身は単なる勧善懲悪の薄っぺらなスパイ劇に終始しているという感じだ。当時はアカデミー原案賞を受賞するなど高く評価されたようだが、今となっては“セミ・ドキュメンタリー映画の元祖”としての価値しか見出せないだろう。

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米軍の最高機密計画の情報がナチに洩れていた

ナチのスパイとしてアメリカに送り込まれるウィリアム

エルザ(S・ハッソ)の経営するブティックが隠れ家だった

 時は第2次世界大戦前夜の1939年。FBIはアメリカ国内で暗躍するナチ・スパイ及びその協力者たちの動向に目を光らせていた。その拠点はニューヨークのドイツ大使館。職員の行動はFBI捜査官たちによって逐一監視されていた。
 そんな折、大学卒業を控えたドイツ系アメリカ人の優秀な若者ウィリアム・ディートリッヒ(ウィリアム・エイス)は、ドイツ大使館の職員からアプローチを受ける。ハンブルグにあるスパイ養成所へ入らないかという誘いだった。ウィリアムはすぐさまFBIへその事実を報告し、自ら二重スパイとして潜入することを志願する。
 ウィリアムの教育係となったのはベテラン捜査官ブリッグス(ロイド・ノーラン)。事前にブリッグスと綿密な打ち合わせを行ったウィリアムは、何食わぬ顔をしてハンブルグへと向かう。そこには、アメリカ国内でスカウトされてきたスパイ候補生たちが集まっていた。
 その頃、ニューヨークでフランシスコ・ルイスというスペイン人がタクシーに轢かれて死亡する。単なる事故として処理されそうになるが、死体安置所の職員は遺品の中に紛れていたドイツ語の手紙に注目する。そこには、スパイ活動を匂わせる内容が記されていた。
 すぐさまルイスの身分証や手紙はFBIへと廻される。そして、最新の捜査技術によって重大な事実が明らかとなった。死んだフランシスコ・ルイスはナチのスパイで、身分証は偽造されたものだった。どうやら彼はクリストファー氏なる人物と待ち合わせをしていて、運悪く交通事故に遭ってしまったようだ。しかし、何よりもFBIを震撼させたのは、ナチ・スパイたちが米軍の最高機密計画“プロセス97”の存在を知っていたことだった。
 一方、ハンブルグの養成所を卒業したウィリアムは、ナチのスパイとしてニューヨークへ送り込まれることとなる。彼がコンタクトを取るべき人物は3人。エルザ・ゲブハルト(シグニ・ハッソ)、ハマーソン大佐(レオ・G・キャロル)、そしてアドルフ・クライン(アルフレッド・リンダー)である。
 スパイ組織網のリーダーはクリストファー氏なる人物だったが、ウィリアムにはこの3人以外の人間とコンタクトを取ることは許されておらず、持参する信任状にもそのことが明記されていた。そこで、リスボンでウィリアムと接触したFBIは信任状の内容に手を加え、彼が誰とでもコンタクトを取れるようにする。
 ニューヨークに着いたウィリアムは、ナチに指示された92番街のビルへ向かう。そこはエルザが組織の隠れ蓑にしている高級ブティックだ。店の奥には秘密の部屋があり、エルザの部下であるマックス(ハリー・ベラヴァー)、コンラッド(ハロー・メラー)、そしてゲシュタポのヨハンナ(リディア・セント・クレア)が隠れていた。
 ウィリアムの信任状の内容を知ったヨハンナたちは不信感を露わにし、エルザも一抹の不安を抱く。そこで、彼女はパナマ経由で本国に確認をとることにした。しかし状況が状況であるため、返答が来るまでには数週間はかかる。
 そうとは知らないウィリアムは、計画通りにスパイ活動を始めた。表向きはニューヨーク市内に事務所を構え、ナチの連絡係として短波発信機を設置。しかし、事務所ではFBIが隠しカメラで来訪者を撮影し、ドイツ本国との連絡内容も全てFBIが傍受していた。
 やがて日本軍の真珠湾攻撃によってアメリカも世界大戦に参戦することとなり、ウィリアムから得た情報をもとにアメリカ国内のナチ・スパイ及び協力者たちが次々と逮捕される。ただし、ウィリアムに疑いの目が向けられないよう、エルザたちは意図的に対象から外されていた。
 FBIはナチが“プロセス97”の計画を阻止しようとしていると睨み、組織のボスであるクリストファー氏を捕らえるべく捜査網を広げていった。ようやくその手がかりを掴んだ矢先、エルザのもとへドイツ本国からの返答が届き、ウィリアムの正体がばれてしまう・・・。

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仲間たちはウィリアムのことを怪しむ

ハマーソン大佐(L・G・キャロル)のことを隠し撮りするFBI

ナチ・スパイやその協力者が一斉に検挙される

 本作の重要なカギとなる最高機密計画“プロセス97”とは、実は広島と長崎に落とされた原爆の開発計画“マンハッタン・プロジェクト”のこと。実際に原爆が落とされたのは本作が全米公開される1ヶ月前で、当然のことながら撮影中は本当に最高レベルの機密情報だった。それゆえ、当初のシナリオでは計画の中身については一切触れられておらず、監督もスタッフもキャストも“プロセス97”がどういうものであるのかについて全く知らされていなかった。
 ところが実は、製作者のルイ・ド・ロシュモントとナレーターのリード・ハドレーは原爆開発に関するドキュメンタリー・フィルムの製作に秘密裏で携わっており、この二人だけが計画の内容を事前に知っていたのだという。そこで、原爆投下のニュースを知ったロシュモントはすぐさまナレーションの台本を書き直させ、劇場公開の直前にリード・ハドレーが新たな吹替えを行ったのである。
 原案と脚本を手掛けたチャールズ・G・ブースは、ルイス・マイルストン監督の『将軍暁に死す』(36)やハサウェイ監督の『砂丘の敵』(41)などの優れた戦争ドラマの原案を手掛けた人物。舞台の戯曲家としても知られるバー・リンドンと、ハサウェイ監督の戦争ドラマ『鮮血の情報』(47)にも参加したジョン・モンクス・ジュニアが脚本を担当している。
 撮影監督のノーバート・ブロダインは、『死の接吻』や『砂漠の鬼将軍』などハサウェイ監督とのコンビも多いカメラマン。また、『紳士協定』(47)でオスカー候補になったハーモン・ジョーンズが編集を手掛けている。
 そのほか、美術のライル・ホイーラー、セット装飾のトーマス・リトルなど、フォックス作品には欠かせない一流スタッフが揃っている。

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エルザはウィリアムが二重スパイではないかと疑う

ナチの協力者ローパー(G・ロックハート)が隠れ家を自白

ウィリアムが二重スパイであることがばれてしまう

 キャスト・クレジット上はロイド・ノーランがトップ・ビリングされているが、実質的な主役は二重スパイ、ウィリアム役のウィリアム・エイス。彼は当時20世紀フォックスが“第2のタイロン・パワー”として売り出し中の2枚目スターで、ジェニファー・ジョーンズやアン・バクスターの相手役などで活躍していた。
 しかし、彼自身は実はゲイで、当時同じフォックス専属だった若手2枚目俳優ロン・マカリスターと恋愛関係にあった。そのことがマスコミにすっぱ抜かれたことから社長ダリル・F・ザナックの怒りを買ってしまい、20世紀フォックスを解雇されてしまう。その後、映画界へ復帰するために偽装結婚するが長続きせず、離婚して舞台俳優として活路を見出した。女性ファンに夢を与える2枚目スターにとってゲイであることは今でも命取りだが、60年前のハリウッドであれば尚更だったろう。
 そのウィリアムを指導するFBI捜査官ブリッグス役を演じているのが、フォックスやパラマウントの低予算映画スターだったロイド・ノーラン。さらに、“第2のガルボ”としてスウェーデンから招かれた美人女優シグニ・ハッソが女スパイ、エルザ役を演じている。
 そのほか、ヒッチコック映画の常連俳優として知られるレオ・G・キャロルが初老スパイのハマーソン大佐、『カスバの恋』(38)でオスカー候補になった名優ジーン・ロックハートがナチ協力者ローパーとして登場。また、無名時代のE・G・マーシャルが死体安置所の職員、同じく無名時代のヴィンセント・ガーデニアがスパイ養成所の生徒役でチラリと顔を出している。

 

 

大時計
The Big Clock (1948)
日本では1950年劇場公開
VHS・DVD共に日本未公開

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(P)2004 Universal Studios (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/96分
/製作:アメリカ

特典映像
なし
監督:ジョン・ファロー
製作:リチャード・メイボーム
原作:ケネス・フィアリング
脚本:ジョナサン・ラティマー
撮影:ジョン・サイツ
音楽:ヴィクター・ヤング
出演:レイ・ミランド
   チャールズ・ロートン
   モーリン・オサリヴァン
   ジョージ・マクレディ
   エルザ・ランチェスター
   リタ・ジョンソン
   ハロルド・ヴァーミリア
   ハリー・モーガン

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大きな時計台が目印の出版社ヤノス・パブリケーション

ストラウド(R・ミランド)は人気犯罪専門雑誌の編集長

ヤヌス社長(C・ロートン)は横暴な専制君主だ

 後にケヴィン・コスナー主演の『追いつめられて』(87)としてリメイクされたことでも知られる作品。身に覚えのない殺人の濡れ衣を着せられた男性が、自らの潔白を証明するために奔走する・・・というのはよくある話だが、本作ではそこにひとひねりを加え、すこぶるスピード感のある極上のサスペンスに仕上げている。
 主人公は犯罪専門雑誌の凄腕編集長ストラウド。社長の愛人ポーリンと飲み明かした彼だったが、その直後に彼女が他殺体で発見される。実は、犯人は彼女との別れ話がこじれて逆上した社長だった。そうとは知らないストラウドは、社長命令により雑誌の特集企画としてこの犯人を追跡することとなる。
 片や社長の方も、自分が濡れ衣を着せようとしているポーリンの夜遊び相手がストラウドであることを知らない。次々と編集部に寄せられる犯人の目撃情報。次第に浮かび上がってくる犯人像は、当然のことながらストラウドその人に酷似している。果たして彼は疑惑の目が自分へと向けられる前に、真犯人を探し出すことが出来るのだろうか・・・!?というわけだ。
 監督は女優ミア・ファローの父親であり、低予算映画の名匠として鳴らした職人監督ジョン・ファロー。警察に追いつめられたストラウドのモノローグで始まるオープニングで一気に観客の好奇心を煽り、物語はその36時間前へ。そこからがまたジェットコースター・ライドといった感じで、一分一秒たりとも無駄にしていないのが素晴らしい。
 もちろん、ノワール映画らしいダークなビジュアルも見どころだが、それに加えてダイナミックなカメラワークを駆使しながら緊張感を盛り上げていく演出も見事な腕前。レイ・ミランドにチャールズ・ロートンという2大オスカー俳優による迫真の演技も圧巻だし、適材適所に配置された脇役陣のキャスティングも絶妙だ。
 最後の最後まで全く飽きさせないストーリー展開は、まさに低予算映画のお手本とも言うべきもの。ただ、テンポが良すぎるせいか、全体的に早足で駆け抜けてしまったような印象も拭えず、見終わった後はスッキリするだけで何も残らない・・・というのが玉に瑕。とはいえ、余計なサブプロットを盛り込みすぎて退屈になったリメイク版よりは遥かに面白い。

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ヤノス社長と愛人ポーリン(R・ジョンソン)には軋轢が

妻(M・オサリヴァン)に家族旅行を約束するストラウド

社長と喧嘩したストラウドは会社をクビになる

 真夜中の高層ビル。一人の男が追手の目を逃れながら、高くそびえ立った時計台の中へと忍び込んでいく。果たして彼はなぜ逃げまどっているのか?物語はその36時間前へとさかのぼる。
 男の名前はジョージ・ストラウド(レイ・ミランド)。大手出版社ヤノス・パブリケーションの人気犯罪専門雑誌“クライムウェイズ”のやり手編集長だ。仕事にのめりこんだら最後、社長の命令は無視するわ社内会議にも遅れるわと勝手放題だが、常に結果を残すことから同僚や部下からの信頼も厚い。
 一方、社長のヤノス(チャールズ・ロートン)は横暴な専制君主として悪名高い人物。社員を自分の奴隷程度にしか考えておらず、気に食わない部下は次々とその場で首を切っていく。そんなヤノス社長も、金の卵であるストラウドには一目置かざるを得なかった。
 今日も社内会議に遅れてきたストラウド。ヤノス社長は不機嫌そうな顔を見せるが、なにしろストラウドは“クライムウェイズ”創刊以来最大の特ダネに取り組んでいるのだから文句は言えない。全米を騒がせている凶悪犯罪者の行方を突き止め、その独占インタビューに成功したのだ。
 これで次号が爆発的に売れることは間違いない。思わず顔をほころばせたヤノス社長は、新たな任務をストラウドに与えようとする。しかし、ストラウドは入社以来初めてとなる長期休暇を申請していた。
 ヤノス・パブリッシングにヘッド・ハンティングされて6年目。これまで仕事に追われる毎日が続き、妻のジョージェット(モーリン・オサリヴァン)や幼い息子と過ごす時間など皆無に等しかった。ようやく取ることができた1週間の休暇を利用して、初めての家族旅行へ行くつもりだ。これまで寂しい思いをさせてきた家族のためにも、ここはなんとしてでも譲れない。
 しかし、ヤノス社長も頑固だった。お互い売り言葉に買い言葉で口論になった挙句、社長はストラウドをクビにして出版業界から追放することを宣言。頭にきたストラウドも、自ら辞職してやると啖呵を切って見せた。
 むしゃくしゃするストラウドのもとへ、ポーリン(リタ・ジョンソン)という女性から連絡が入る。ヤノス社長の愛人だ。彼女は社長から三行半を突きつけられそうになっていた。今さらゴミのように捨てられるのは癪にさわる。会社の裏の裏まで知り尽くしている彼女は、ストラウドと組んで社長を脅迫しようと考えていたのだ。
 酒を飲んで機嫌の良くなったストラウドは、家族と待ち合わせた夜行列車の時間を逃してしまう。急いで駅に電話をかけてみたが、妻と子供は既に乗ってしまったようだ。頭にきた彼はポーリンと酔いあかすことにした。次々とバーをはしごして、最後はポーリンのアパートで酔いつぶれてしまうストラウド。そこへ、予期せぬ訪問客がやって来る。
 急いで部屋を抜け出してロビーへと隠れるストラウド。訪問客はヤノス社長だったが、酔って意識のモウロウとしている彼は全く気付かず、妻や子供と合流すべく旅行先のホテルへと向かった。
 一方、部屋へ入ったヤノス社長は、直前まで誰か男がいたことに気付いてポーリンをなじる。すっかり愛想を尽かした彼女は、社長のことを散々罵倒し尽くす。アンタのように醜い中年男を誰が本気で愛するもんか、会社の女子社員だって陰ではアンタを笑いものにしているんだと。プライドを傷つけられて逆上したヤノス社長は、その場で彼女を殴り殺してしまった。
 ホテルへ着いたストラウドのもとに会社から電話が入る。相手は社長だ。知人の女性が死体で発見され、逃げた犯人の手がかりを掴んだ、クビは帳消しにするから特ダネ記事として犯人の行方を捜して欲しいという。その詳細を聞いたストラウドは、殺された女性がポーリンだと気付く。自分が犯人だと疑われるかもしれない。
 事情を知らない妻の反対を押し切って会社へ戻ったストラウドは、早速部下を招集して聞き込み調査に当たらせる。その一方で、自ら真犯人を突き止めるべく画策するが、副社長ヘイゲン(ジョージ・マクレディ)の入れ知恵で社長は証拠の隠滅と捏造を行っていた。直前までポーリンと一緒にいた“謎の恋人”に罪を着せようというのだ。
 取材記者から次々と寄せられる目撃情報をもとに、少しづつ犯人像を浮かび上がらせていく編集部。当然のことながら、それはストラウドに酷似していた。しかも、目撃者の一人である画家ルイーズ・パターソン(エルザ・ランチェスター)が、自分なら犯人の似顔絵を描けると名乗り出る。果たして、ストラウドは周囲に気付かれる前に真犯人を突き止めることができるのか・・・!?

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ポーリンの自宅ですっかり酔いつぶれたストラウド

逆上したヤノス社長はポーリンを殺してしまう

偽装工作を考える副社長ヘイゲン(G・マクレディ)

 原作は自ら雑誌編集長だった経験を持つ推理作家ケネス・フィアリングの書いた同名小説。脚本を手掛けたジョナサン・ラティマーも本業は犯罪小説作家ということで、これはもう面白くないわけがないだろう。
 撮影を手掛けたのは、『情炎の美姫』(29)でオスカーを獲得し、『失われた週末』(45)や『サンセット大通り』(50)などで6度のノミネート経験を持つ大御所カメラマン、ジョン・セイツ。サイレント時代からハリウッドの第一線で活躍し、当時56歳というベテランだったが、その躍動感溢れるカメラワークは今見ても新鮮だ。
 さらに、『風と共に去りぬ』(39)や『シェーン』(53)などの名スコアで知られる映画音楽の大家ヴィクター・ヤングが音楽を担当。『007/ドクター・ノオ』(62)から『007/殺しのライセンス』(89)まで、全ての007シリーズの脚本を書いたリチャード・メイボームが製作を手掛けているのも興味深い。
 そのほか、『麗しのサブリナ』(54)でサブリナ・ルックを生み出したイディス・ヘッドが女優陣のドレス・デザインを、『我が道を往く』(44)でオスカー候補となったリロイ・ストーンが編集を、『十戒』(56)でオスカー候補になった日系人アルバート・オザキが美術デザインを、『北海の子』(38)でオスカーを獲得した特撮の草分けゴードン・ジェニングスがクライマックスの特殊効果を担当している。

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編集部の部下を集めて聞き込み調査を始めるストラウド

売れない画家ルイーズ(E・ランチェスター)

平静を装いつつ内心は焦りを募らせるストラウド

 主人公ストラウド役を演じているのは、『失われた週末』(45)でアカデミー主演男優賞に輝いて当時乗りに乗っていた名優レイ・ミランド。対するヤノス社長役には、『ヘンリー八世の私生活』(33)で同じくアカデミー主演男優賞を受賞したチャールズ・ロートンが扮しており、この二人の演技合戦もまた大きな見どころとなっている。中でも、強烈なマスクで横暴な専制君主を怪演するロートンの存在感は圧倒的で、さすがのミランドも完全に貫禄負けしている。
 そんなミランド扮するストラウドの妻ジョージェットを演じているのは、ファロー監督の愛妻でもある女優モーリン・オサリヴァン。そう、ミア・ファローの母親だ。ジョニー・ワイズミューラー主演のターザン・シリーズでジェーン役を演じたことでも知られる人だが、良妻賢母役にはうってつけの淑やかな美人だった。
 一方、社長の愛人ポーリン役を演じているリタ・ジョンソンは、当時2番手3番手の不幸な女性役を得意としていた脇役女優。彼女自身も本作の撮影直後に不慮の事故に見舞われ、脳に障害を負って映画界を引退せざるを得なくなったという不幸な女性だった。
 また、犯人の似顔絵を描いて小銭を稼ごうとする売れない画家ルイーズ役を、『フランケンシュタインの花嫁』(32)の花嫁役で知られる名女優エルザ・ランチェスターが演じている。これがまた絶妙な演技で、コミック・リリーフとして見事な存在感を発揮。ちなみに、彼女はチャールズ・ロートンの奥さんで、彼がゲイであることを知りながら結婚生活を続けたという、実生活でもちょっとユニークな女性だったようだ。
 そのほか、『ギルダ』(46)や『突撃』(57)などの憎まれ役で有名なジョージ・マクレディが副社長ヘイゲンを、テレビ『ドラグネット』のギャノン刑事役でお馴染みのハリー・モーガンが社長の腹心ウーマックを、無名時代の女優ルース・ローマンが受付嬢役を演じている。

 

 

Dangerous Crossing (1953)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2008 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/76分
/製作:アメリカ

特典映像
メイキング・ドキュメンタリー
映画評論家による音声解説
プレスブック採録
スチル・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
音楽スコア・トラック
監督:ジョセフ・M・ニューマン
製作:ロバート・ベイスラー
原作:ジョン・ディクソン・カー
脚本:レオ・タウンセンド
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:ライオネル・ニューマン
出演:ジーン・クレイン
   マイケル・レニー
   ケイシー・アダムス
   カール・ベッツ
   メアリー・アンダーソン
   マージョリー・ホシェル
   ウィリス・バウシー
   イヴォンヌ・ピーティ

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豪華客船に乗り込むルース(J・クレイン)と夫ジョン

待ち合わせ時間を過ぎても夫は現われない

チェックインしたはずの客室はもぬけの殻だった

 当時フォックスの看板スターの一人だった女優ジーン・クレインを主演に、『第三暗黒街』(54)や『ビッグ・サーカス』(59)、『ゆすり』(61)といった低予算の犯罪映画やギャング映画で鳴らした職人監督ジョセフ・M・ニューマンが手掛けたサスペンス・スリラー。これはすこぶる面白い隠れた傑作だ。
 ヒロインは結婚したばかりの新妻ルース。新婚旅行で夫ジョンと共に豪華客船へ乗り込んだ彼女だが、その夫が船内で忽然と姿を消してしまう。しかも、旅客名簿には夫の名前は載っておらず、誰一人として彼を見かけた人もいない。
 必死になって夫の行方を探そうとする彼女を尻目に、最初から夫などいなかったのではないか?彼女は頭がおかしいのだろう、と冷ややかな目線を送る周囲の人々。果たして、ルースは本当に頭がおかしいのか?全ては彼女の妄想なのだろうか?やがて、船内に身を隠す夫から客室に電話が入り、誰かが彼の命を狙っているらしいことが分かる。しかも、犯人は乗客の中に紛れているという。
 誰も知らない船内で孤立無援となりながらも、身の危険が迫った夫をなんとか救おうと奔走するルース。しかし、誰もが彼女の精神状態を疑い、その言葉に耳を貸してくれる者などいない。唯一、船医マニングだけが彼女の身の上を心配してくれるのが救いだ。しかし、本当に彼を信用していいのだろうか?果たして、夫の命を狙っている犯人とは誰なのか?
 まるでヒッチコックの『バルカン超特急』(38)を彷彿とさせるスリリングなストーリー、76分というコンパクトな上映時間で無駄なくまとめられたスピーディな展開。最後の最後まで、文字通り息つく暇もないような面白さだ。
 さらに、夜の暗闇や海上にたちこめる霧を効果的に使ったダークなビジュアルが、観客の不安と緊張感を嫌がおうにも高めていく。船旅の盲点を突いたトリックと犯人の正体も思わず納得で、クライマックスまで一切の破綻がない脚本は非常に良く出来ていると言えよう。これが日本未公開のままとは、なんとも勿体ない。

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意識の戻ったルースに話しかける船医マニング(M・レニー)

ピータース船長(W・バウシー)はルースの精神状態を疑う

真夜中に夫ジョン(C・ベッツ)から危険を知らせる電話が

 新婚旅行でニューヨークからイギリスへ行くことになった若夫婦ジョン(カール・ベッツ)とルース(ジーン・クレイン)。豪華客船へ乗り込んだ二人は客室に荷物を置き、ジョンがチェックインを済ませている間にルースは甲板で出航の様子を眺めることにする。15分後にメイン・デッキのバーで落ち合う約束をして。
 ところが、待てど暮らせど夫は姿を見せない。不安になったルースはメイン・カウンターに問い合わせるが、それらしき人物はチェックインした形跡はなかった。船員に連れられて客室へ戻ったルースはさらに驚く。荷物が跡形もなく消えているのだ。
 わけも分からずパニックに陥った彼女に、パーサーはさらなる驚愕の事実を告げる。そもそも、彼女の夫であるジョン・ボーマンなる人物の名前など乗客名簿に載っていないというのだ。ルースの名前は旧姓のルース・スタントン名義で登録されており、記録を見る限りで彼女は一人旅をする独身女性だった。だいたい、この客室は閉鎖されており、乗務員ですら誰も立ち入った形跡はないという。事実、彼女の荷物は別の客室にあった。気が動転したルースはその場で失神してしまう。
 意識を取り戻した彼女の前で、乗務員の事情聴取が行われた。乗船した際に対応した航海士ローガン(ケイシー・アダムス)はルース一人しか記憶になく、メイドのアンナ(メアリー・アンダーソン)はルースが一人で客室に入ってきたことを証言。しかも、ルースの記憶とは別の部屋でのことだったという。
 ピータース船長(ウィリス・バウシー)と船医マニング(マイケル・レニー)に正気を訴えるルースだったが、パスポートも搭乗券も夫が持っているためにそれを証明する手立てがない。しかも、二人の結婚があまりにも急だったため、どこの教会で結婚式を挙げたのかすら記憶が曖昧だった。ピータース船長はルースを精神病ではないかと疑い客室で軟禁しようと考えるが、反対するマニングは念のため乗務員に船内を捜索させるよう要請する。
 噂はすぐに広まり、乗客の誰もがルースを好奇の目で見るようになった。このままでは本当に異常者扱いされてしまう。なんとか平静を装ってみせる彼女だったが、内心は気が気ではいられなかった。すると、真夜中に客室の電話が鳴る。受話器から聞こえてきたのは夫ジョンの声だった。誰かに命を狙われて船内に隠れているらしい。ルース自身も監視されており、誰一人として周りの者を信用してはいけないという。いったいどういうことなのか?事情を尋ねようとしたルースだったが、電話はすぐに切れてしまった。オペレーターに逆探知してもらおうとしたが、船内のどこかからか直通でかけられているために不可能だった。
 少なくとも夫は存在する。自分しか彼を助けてあげることの出来る人間はいない。乗船したときから親切に話しかけてくれた一人旅の女性ケイ(マージョリー・ホシェル)、明らかに嘘をついているとしか思えないメイドのアンナなど、ルースには周りの誰もが怪しく思えた。
 唯一信頼出来そうなのは船医マニングだったが、ルースの置かれた状況を客観的に理解させようとする彼の言葉は、逆に自分を異常者扱いしようとしているようにも思えた。そこで、彼の前では努めて元気に振る舞ってみせる一方、皆が寝静まった頃を見計らって船内を探索するルース。
 一方、船内に誰かが潜んでいるような形跡は全くないとの報告を受けたマニングは、ニューヨーク市警を通じてルースの家族に連絡を取ってみることにする。すると、彼女は両親を失くして身寄りがなく、つい1ヶ月前まで医者にかかっていたことが分かる。しかも、親戚によると彼女が結婚している事実などないという。
 やはり、全ては彼女の妄想だったのか?本人のためにも真実に向き合わせようとルースを問い詰めたマニングだったが、彼女の話を聞くうちにある疑問が沸きあがる。もしかして、彼女は誰かに嵌められようとしているのではないか?と。
 というのも、彼女は数ヶ月前に父親を亡くしたばかりで、莫大な財産を相続した大金持ちだったのだ。結婚は船旅に出る直前だったから、親戚は知らなくて当たり前。医者にかかっていたのも、父親を失った心の傷を癒すためだ。しかも、父親の死を取り巻く状況には不自然な点が多かった。ルースが精神病院送りになって得をする誰かが、彼女を陥れようとしている。果たして、その犯人の正体とは?そして、夫ジョンの行方は・・・?

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孤立無援となったルースは途方に暮れる

人前では努めて明るく振舞うルース

夜中に人目を避けて船内を捜索する

 原作はミステリー作家ジョン・ディクソン・カーがシナリオを書き下ろしたラジオ・ドラマ。もともとは豪華客船の客室内にほぼ舞台を限定した密室劇だったという。映画化に際してはスケールの大きなセットをフル活用し、より手の込んだサスペンス・スリラーに仕上げている。ところが一見すると豪華に見えるこの作品、実はたったの19日間で撮影を終えた低予算映画だった。
 そこには主演女優ジーン・クレインの個人的な事情が深く関係していたようだ。というのも、1945年に無名俳優ポール・ブルックスと結婚した彼女、最終的に7人の子供をもうけるという大変な子沢山だった。つまり、ひっきりなしに妊娠していたのである。
 そのため、せっかく看板女優である彼女のために用意された大作映画の企画も、見る見るうちにお腹が大きくなったために降板するというケースが相次ぎ、社長のダリル・F・ザナックからは今度妊娠したらクビにするとまで釘をさされていた。本作が撮影されたのは4番目の子供を出産した翌年のことで、そろそろ次の子供を孕んでしまってもおかしくないことから、ならば早急に撮影を終えなくてはいけないという冗談みたいな事情があったのである。
 そこで、スタジオは当時撮影を終えたばかりの大作映画『タイタニックの最期』(53)の豪華客船セットをそのまま流用。船員や乗客の衣装も同作で使用したものを再利用し、脇役キャストの衣装や船内の小道具も『イブの総て』(50)や『キリマンジャロの雪』(52)など過去の作品で使用されたものを引っ張り出してきた。
 ちなみに、この豪華客船セットは同時期に撮影された『紳士は金髪がお好き』でも使用されており、本作でジーン・クレイン扮するルースが水泳を楽しむ室内プールは、その『紳士は〜』のために別途作られたプールのセットを流用したのだそうだ。
 さらに、ニューマン監督は広いセット内に合計で17台もの撮影カメラを配置し、機材の移動などの手間を最小限に抑えたという。おかげで、一日にシナリオ7ページ分以上を撮影することが可能になったのだそうだ。まさに当時のスタジオ・システムだからこそ成せる技。そんな低予算を微塵も感じさせない仕上がりは立派だ。
 脚本を書いたのは音楽映画『夜も昼も』(46)や戦争ロマンス『再会』(57)などの名作を手掛けたレオ・タウンセンド。撮影には『ローラ殺人事件』や『落ちた天使』などオットー・プレミンジャー作品でお馴染みのジョセフ・ラシェルが当たっている。
 そのほか、ジーン・クレインのドレス・デザインを『クレオパトラ』(63)でオスカーを獲得したレニーが、美術監督を『風と共に去りぬ』(39)などでオスカーを受賞したライル・ホイーラーが手掛けている。

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何者かと連絡を取り合うメイドのアンナ(M・アンダーソン)

マニングに心を開くようになるルース

誰かがルースを陥れようとしているのか・・・!?

 ヒロインのルースを演じるジーン・クレインはミュージカル『ステート・フェア』(45)でスターダムにのし上がり、肌の白い黒人女性の苦悩を大熱演した問題作“Pinky”(49)でアカデミー主演女優賞候補になったフォックスの看板女優。本作では若干ヒステリックかつ演技過剰気味にも思えるが、いつもの隣の女の子や良妻賢母とは一味違う迫真の演技を披露してくれている。
 一方、そんなルースの支えとなる温厚で冷静な船医マニング役には、SF映画の名作『地球の静止する日』(51)の異星人クラトゥ役で有名な英国俳優マイケル・レニー。長身で重厚な存在感があることから『黒ばら』(50)や『聖衣』(53)、『ディミトリアスと闘士』(54)などの歴史劇で重宝された人だったが、本作では紳士的でインテリな魅力を発揮。画面に登場するだけで画になるのはスターの貫禄だ。
 そのほか、日本でも人気だった往年のテレビ・ドラマ『うちのママは世界一』のパパ役で知られるカール・ベッツが夫ジョン、ヒッチコックの『救命艇』(44)で知られる女優メアリー・アンダーソンがメイドのアンナ、西部劇の脇役として知られるウィリス・バウシーがピータース船長、『ナイアガラ』(53)でジーン・ピータースの夫役を演じていたケイシー・アダムスが航海士ローガンに扮している。

 

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