フィルム・ノワール傑作選
PART 1

 

 フィルム・ノワールとはフランス語で“暗い映画”という意味。主に1940年代〜50年代にかけて作られたハリウッド産のモノクロ犯罪映画のことを指す。その特徴は、複雑に入り組んだアメリカ社会の現実を背景にして描かれるリアリズムだと言えよう。
 大都会の底辺に生きる人間や裏社会に通じている人間などを主人公にすることが多く、その作風は概ねネガティブでペシミスティックな傾向が強い。男を堕落させる女、ファム・ファタールの存在も欠かせないだろう。ゆえに、セックスや暴力についても当時としてはかなり率直に描かれていた。
 また、登場人物のキャラクターについても善と悪の二面性が描かれ、いわゆる勧善懲悪では割り切ることの出来ない物語が展開する。つまり、当時の典型的な
ハリウッド映画の描く夢物語とは一線を画していたわけだ。
 さらに、白と黒のコントラストを強調したシンボリックな映像にも大きな特徴があり、そのビジュアル世界はドイツ表現主義映画からの影響が色濃い。フリッツ・ラングやオットー・プレミンジャーといったドイツ出身の監督がフィルム・ノワールを得意としていたことも、決して偶然ではないだろう。
 その源流は、1930年代に人気を集めたギャング映画にあるとも言われている。中でも、フリッツ・ラングの『激怒』(36年)や『暗黒街の弾痕』(37年)はフィルム・ノワールの原点とも言うべき重要な作品だ。ただ、一般的にはジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』(41年)がフィルム・ノワール第一号と呼ばれている。
 その他、ビリー・ワイルダーの『深夜の告白』(44年)やリタ・ヘイワース主演の『ギルダ』(44年)、ハワード・ホークスの『三つ数えろ』(46年)、ニコラス・レイの『夜の人々』(49年)、ルドルフ・マテの『都会の牙』(50年)、スタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』(56年)などが代表的な作品と言えるだろう。
 その影響は現在までも脈々と受け継がれ、ジャック・ニコルソン主演の『チャイナタウン』(74年)やキャサリン・ターナー主演の『白いドレスの女』(81年)、コーエン兄弟の『ミラーズ・クロッシング』(90年)、ラッセル・クロウ主演の『L.A.コンフィデンシャル』(97年)、マイケル・マンの『コラテラル』(04年)など、カラー映画ながらフィルム・ノワールの伝統を明らかに踏襲した作品が生まれている。
 また、リドリー・スコットの『ブレード・ランナー』(82年)やティム・バートンの『バットマン』シリーズ、タランティーノの『レザボア・ドッグス』(92年)や『パルプ・フィクション』(94年)、ロバート・ロドリゲスの『シン・シティ』(05年)なども、フィルム・ノワールのスタイルを独自の解釈で取り込んだ映画と言っていいだろう。
 とまあ、フィルム・ノワールの何たるやを語り始めると尽きることがない。実際に欧米では膨大な数の研究書が存在するし、日本でも多くの評論家や研究者によってその魅力が語られてきている。ひとまず、ここでは筆者オススメのフィルム・ノワール映画をいろいろと紹介していきたい。

 

ローラ殺人事件
Laura (1944)

日本では1947年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済

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(P)2004 20th Century Fox (USA)

画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/88分/製作:アメリカ

映像特典
未公開オープニング
作曲家D・ラスキンらの音声解説
評論家R・ベルマーの音声解説
ジーン・ティアニー ドキュメンタリー
ヴィンセント・プライス ドキュメンタリー
未公開シーン(音声解説付き)
オリジナル劇場予告編
監督:オットー・プレミンジャー
製作:オットー・プレミンジャー
原作:ヴェラ・キャスパリー
脚本:ジェイ・ドラトラー
    サミュエル・ホッフェンスタイン
    ベティ・ラインハート
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:デヴィッド・ラクシン
出演:ジーン・ティアニー
    ダナ・アンドリュース
    クリフトン・ウェッブ
    ヴィンセント・プライス
    ジュディス・アンダーソン

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ローラ殺人事件担当のマクファーソン警部(D・アンドリュース)

殺されたローラ・ハントは絶世の美女だった

ローラのパトロンだったコラムニスト、ライデッカー(C ・ウェッブ)

 オーソドックスな推理サスペンスのスタイルを用いながら、美しきファム・ファタールに魅了されてしまった男たちの悲哀を描いた作品。謎解き映画としては及第点だが、ロマンティックなフィルム・ノワールとしては極上の逸品だ。なにしろ、ヒロインのローラを演じるジーン・ティアニーの美しいことといったら!
 本作でアカデミー監督賞にノミネートされた名匠オットー・プレミンジャー監督の、ミステリアスなムードを重視したスマートな演出も非常にスタイリッシュ。アメリカ映画協会の選出したミステリー映画トップ・テンでも4位にランクされている名作だ。
 物語は有名な女性広告デザイナ−、ローラ・ハントの他殺体が発見された翌日から始まる。事件を担当することになったマクファーソン警部は、ローラのパトロンであった初老のコラムニスト、彼女のフィアンセだった遊び人などから事情聴取をするうちに、殺されたローラの魅力にズルズルとはまっていく。しまいには、事件捜査を口実に彼女のアパートへ泊まりこみ、日記や手紙を貪り読むようにまでなってしまうのだ。
 さらに、中盤でローラが実は生きていたということが判明。殺されたのは別人だった。ここから一気に謎解きが急展開するわけだが、それに伴ってマクファーソン警部のローラに対する執着も常軌を逸していく。物語は謎解きのトリックよりも、このマクファーソンの屈折した恋愛感情に焦点が当てられていると言っていいだろう。
 彼は刑事としての権限を利用しながら、ローラと急速に接近して関係を深めていく。つまり、マクファーソンにとっての犯人探しとは、己の恋愛を成就させるための行為なのだ。この歪んだロマンスこそが、本作の真骨頂とも言うべき面白さなのかもしれない。

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ライデッカーはローラとの馴れ初めをマクファーソンに語る

ライデッカーは無名だったローラ(G・ティアニー)を見出す

ローラは男出入りの激しい女性だった

 気鋭の女性広告デザイナー、ローラ・ハント(ジーン・ティアニー)の他殺体が発見された。顔面を銃弾で撃たれていたものの、叔母アン・トレッドウェル(ジュディス・アンダーソン)によって身元が確認される。
 事件を担当することになったのは、マフィア捜査で手柄を立てた凄腕刑事のマクファーソン警部(ダナ・アンドリュース)。彼がまず訪れたのは、ローラのパトロン的存在だった著名なコラムニスト、ライデッカー(クリフトン・ウェッブ)の豪邸だ。彼はまだ無名だったローラの美貌と才能に惚れこみ、彼女が売れっ子デザイナーになるための手助けをした恩人だった。
 初老の独身男性であるライデッカーは自尊心の高い変わり者。ローラは彼を父親的存在としか見ていなかったが、ライデッカーは彼女の魅力に夢中だった。やがて彼女に次々と若い恋人が現れるようになると、彼は猛烈な嫉妬心に駆られて邪魔をするようになる。
 そんな折、叔母アンの邸宅で開かれたパーティを訪れたローラは、シェルビー・カーペンター(ヴィンセント・プライス)という青年と知り合う。彼は死んだ親の遺産を食い潰してしまった遊び人で、アンの邸宅に居候しながらヒモのような生活を送っていた。社交的でチャーミングなカーペンターの魅力に惹かれたローラは、彼を自分の部下として雇うことにする。
 やがて、ローラとカーペンターは婚約。だが、2人の仲を裂こうと考えたライデッカーは、カーペンターがモデルのダイアン・レッドファーンと浮気していることを突き止める。その事実を知らされたローラは、カーペンターとの結婚を考え直そうと田舎の別荘へと出かけることにした。そのことをライデッカーに電話で告げた翌朝、彼女は自宅で無残な姿となって発見されたのだ。
 ライデッカーは痴話喧嘩のもつれでカーペンターがローラを殺害したと主張。しかし、カーペンターの証言によると、ダイアンと彼の関係は彼女の一方的な横恋慕であり、そのことはローラ自身も知っていたという。
 やがて、マクファーソン警部は事件捜査の名目でローラのアパートへ毎晩入り浸り、取り憑かれたように彼女の日記や手紙を読み漁るようになる。明らかに彼は、殺されたローラに夢中になっていた。そんなある晩、ローラの肖像画を眺めながらウトウトとしていたマクファーソン警部。そこへ姿を現したのは、なんと死んだはずのローラ本人だった。
 別荘には新聞もなく、ラジオも故障していたため、彼女は事件のことをまったく知らなかったのだ。ローラはクローゼットの中にダイアンのドレスが紛れていることを発見。殺されたのはダイアン・レッドファーンである可能性が濃厚だった。マクファーソン警部はローラに自宅を一歩も出ないこと、そして知人に一切連絡をしないことを忠告する。なぜなら、ダイアンはローラと間違われて殺されたかもしれないからだ。彼女が生きていることを犯人が知ったら命を狙われかねない。
 そんな彼の忠告を無視して、ローラはカーペンターと連絡を取った。二人をマークしたマクファーソン警部は、ローラの別荘へ忍び込んだカーペンターを捕らえようとする。彼はカーペンターがダイアン殺害の犯人と睨んでいた。しかし、逆にカーペンターはローラが犯人ではないかと思い込み、彼女を守ろうと別荘にあるライフル銃を始末しようとしていたのだ。さらに、マクファーソンのローラに対する執着ぶりを見るに見かねたライデッカーが、捜査の邪魔をしようとする。
 美しきローラ・ハントを巡って交錯する男たちの思惑。果たして真犯人は誰なのか・・・?

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ローラは遊び人のカーペンター(V・プライス)と知り合う

ローラとカーペンターの婚約に憤慨するライデッカー

事情聴取から浮かび上がるローラの人物像

 本作は女流作家ヴェラ・キャスパリーの書いた小説“Laura”が原作となっているが、この小説も元々は1939年にキャスパリー自身が書いた舞台劇だった。さらに雑誌「コリアーズ」に“Ring Twice for Laura”のタイトルで連載されて好評を博し、単行本化される際に“Laura”というタイトルが付いたというわけだ。
 この単行本を読んだオットー・プレミンジャーがいたく気に入り、当初は舞台版の再演をキャスパリーにオファーしてきたという。しかし、脚本の変更点を巡って2人の意見が折り合わず、キャスパリーは戯曲家ジョージ・スクラーと組んで舞台を製作することに。
 一方、映画化権を獲得したプレミンジャーは新進気鋭の脚本家ジェイ・ドラトラーに脚色を依頼し、さらに詩人のサミュエル・ホッセンスタインとベティ・ラインハートが加わった。もともとプレミンジャーは製作だけに止まる予定で、名匠ルーベン・マムーリアンが演出を担当。ところが、マムーリアンの仕事が気に入らなかったのか、突然プレミンジャー自身が監督を手掛けることになる。マムーリアンの撮影したフィルムは全て破棄され、スタッフの顔ぶれも一新され、予算は一気に跳ね上がった。
 当初撮影監督だったベテランの名カメラマン、ルシアン・バラードに代わってプレミンジャーが連れてきたのは、当時まだほとんど実績の無かったジョセフ・ラシェル。本作の撮影に当たって、過度な演出を意図的に避けたと言われるプレミンジャーだが、スタイルの確立したベテラン・カメラマンよりも、まっさらな新人の方が勝手が良かったのかもしれない。ラシェルは本作でアカデミー撮影賞を見事受賞し、その後も『マーティ』(55年)や『アパートの鍵貸します』(60年)などの名作を数多く手掛けている。
 また、本作は本編中で繰り返し使われるテーマ曲“ローラのテーマ”が非常に有名で、フランク・シナトラなど数多くのアーティストがカバーしている。音楽を手掛けたのはデヴィッド・ラクシン。もともとアルフレッド・ニューマンが予定されていたが、直前になって多忙を理由にキャンセル。急遽ラクシンに白羽の矢が立てられた。
 ローラのアパートメントやライデッカーの豪邸などの、エレガントで洗練されたセット・デザインを手掛けたのは、『我が谷は緑なりき』(41年)など6度のオスカー受賞経験を持つトーマス・リトル。美術デザインは『風と共に去りぬ』(39年)などでオスカーを5度受賞したライル・ホイーラーと、『百万長者と結婚する方法』(53年)などを手掛けたリーランド・フラーが担当。
 また、本編で印象的に使われるローラの肖像画は、もともとルーベン・マムーリアン夫人が描いていたが、マムーリアンの降板に伴って廃棄されてしまい、改めてジーン・ティアニーのポートレートに油絵処理を施したものが採用された。なお、この肖像画はクリフトン・ウェッブ主演の映画『ニューヨークの女達』(54年)の中でも、彼が過去に付き合った女性の肖像画として登場している。

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マクファーソンは殺されたローラの虜となっていく

殺されたのはローラではなかった

ローラの叔母アンを演じるジュディス・アンダーソン

 ヒロインのローラ・ハント役を演じているのは、当時20世紀フォックスの看板スターだった美女ジーン・ティアニー。当時はジョン・フォードの『タバコ・ロ−ド』(41年)やエルンスト・ルビッチの『天国は待ってくれる』(43年)で人気沸騰中だった。決して演技の上手い女優さんではなかったが、どことなく東洋人的な顔立ちが親近感を抱かせる。ハリウッド黄金期を彩ったスターの中でも、僕が最も好きな女優さんの一人だ。本作でも合計で28着のゴージャスなドレスを身にまとい、その類稀な美しさを存分に披露してくれる。
 そんな彼女の魅力に溺れていくマクファーソン警部を演じるのが、『タバコ・ロード』でもジーン・ティアニーと共演している名優ダナ・アンドリュース。日本では『ステート・フェア』(45年)や『我等の生涯の最良の年』(46年)で知られる俳優だが、その一方で『堕ちた天使』(45年)や『影なき殺人』(47年)などのフィルム・ノワールやハードボイルドでもお馴染みのスターだ。
 一方、ローラに対して異常な執着心を見せる皮肉屋のコラムニスト、ライデッカーを演じるのは、これが14年ぶりの映画出演となったクリフトン・ウェッブ。彼はブロードウェイの伝説的な大スターで、サイレント時代から幾度となく映画界進出を図ったが、残念ながら作品や役柄に恵まれなかった。同性愛者であることを隠そうとしなかったことから、スタジオの重役から快く思われていなかったとも伝えられている。プレミンジャーが本作のライデッカー役に彼をキャスティングした際にも、フォックスの社長ダリル・F・ザナックは難色を示したという。しかし、本作で見事アカデミー助演男優賞にノミネートされ、ティアニーと再共演した『剃刀の刃』(46年)や『ニューヨークの女達』(54年)、『島の女』(57年)など数多くの映画に出演。1966年に76歳で亡くなっている。
 ローラと婚約する軽薄な遊び人カーペンター役を演じているのは、後にホラー映画の大スターとなる怪優ヴィンセント・プライス。当時は主に歴史劇やメロドラマ、ミステリーなどの憎まれ役として活躍していた。ティアニーとは『哀愁の湖』(45年)でも再共演している。
 そして、ローラの叔母で裕福な未亡人アンを演じているのは、『レベッカ』(40年)のダンヴァース夫人役で有名な名女優ジュディス・アンダーソン。彼女は舞台の大女優としても非常に有名で、1959年にはその功績を称えて英国王室からデイムの称号を与えられている。本作では出番こそ少ないものの、若い男の肉体に溺れる中年女性のドロドロとした性を演じて秀逸だった。

 

飾り窓の女
The Woman in the Window (1944)

日本では1953年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
※日本盤DVDは非オフィシャル

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(P)2007 MGM/Fox (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語・スペイン語・フランス語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/99分/製作:アメリカ

映像特典
なし
監督:フリッツ・ラング
製作:ナナリー・ジョンソン
原作:J・H・ウォリス
脚本:ナナリー・ジョンソン
撮影:ミルトン・クラスナー
音楽:アーサー・ラング
出演:エドワード・G・ロビンソン
    ジョーン・ベネット
    レイモンド・マッセイ
    エドモンド・ブレオン
    ダン・デュリエ
    トーマス・E・ジャクソン
    ドロシー・ピーターソン
    アーサー・ロフター

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犯罪心理学の権威ウェインリー教授(E・G・ロビンソン)

飾り窓の美人画に心を奪われるウェインリー教授

教授の前に現れた美女アリス(J・ベネット)

 妻子ある中年の大学教授が若い美女に惹かれ、ズルズルと犯罪の世界にハマっていく様を描いたフィルム・ノワールの傑作。今となっては多少の古めかしさは否めないし、ご都合主義とも取られかねないクライマックスにも賛否両論あるだろう。
 とはいえ、それまで順風満帆な人生を歩んできた中年男が、ちょっとした気の緩みから犯罪者へと成り下がっていく姿を、軽快なテンポとスリリングな語り口で見せていく巧さは巨匠フリッツ・ラングの真骨頂。
 また、不器用な大学教授役を演じる大スター、エドワード・G・ロビンソンの、一連のギャング映画とは一味も二味も違う朴訥とした演技も印象的だ。もちろん、彼を地獄めぐりさせることになるファム・ファタール役のジョーン・ベネットも最高に色っぽい。この年のアカデミー賞では最優秀音楽賞にノミネートされ、翌年には同じ監督・キャストで『緋色の街/スカーレット・ストリート』という映画も作られたヒット作である。

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ウェインリー教授はアリスの自宅へやって来る

突然襲い掛かってきた男を刺し殺してしまう教授

途方に暮れる教授とアリスだったが・・・

 犯罪心理学の権威である大学教授ウェインリー(エドワード・G・ロビンソン)は、バカンスに出かける妻(ドロシー・ピーターソン)や子供達を駅で見送った帰り、社交クラブへと立ち寄ることにした。クラブの隣にある美術店の前を通りかかった彼は、ショーウィンドウに飾られた美人画に心を奪われる。
 その美女はクラブのメンバーたちの間でも評判になっているらしく、親友の地方検事レイラー(レイモンド・マッセイ)や精神科医バークステイン(エドモンド・ブレオン)も目を付けていた。3人はひとしきり美女の話題で盛り上がるしかし、人間は年齢と共に分別を身に付け、地に足の着いた生活を送るようになるもの。40歳を過ぎても若い頃のように冒険をしたがるような人間にはツケが回ってくる。そう語るレイラーの言葉に、ウェインリーは少々納得しかねる様子だった。
 その後、アルコールを片手に読書を楽しんでいたウェインリーは、夜も更けてきたことから帰路につくことにする。帰りがけに例の美人画を眺めていた彼は、ショーウィンドーに映る本物の美女に気付いて驚いた。アリス(ジョーン・ベネット)と名乗る彼女は、その美人画のモデルだという。ほろ酔い気分のウェインリーは、憧れの美女を目の前にして気が緩んだのか、彼女を誘ってバーへと向った。
 さらに、彼女が持っているという美人画のスケッチを見せてもらうため、アリスの住むアパートへ。2人が親しげにくつろいでいると、突然怒り狂った男が乱入してくる。身の危険を感じたウェインリーは、とっさに手にしたハサミで男を刺殺してしまった。
 突然の出来事に茫然自失するウェインリーとアリス。男は彼女の愛人だという。だが、名前も知らない相手だ。一度は警察へ通報しようとしたウェインリーだったが、ふと考えて立ち止まった。警察は果たして正当防衛だと認めてくれるだろうか?2人が口裏を合わせた計画殺人だと誤解されても不思議はない。
 たとえ正当防衛が認められても、これで彼の社会的地位は失われることになるだろう。2人が会うのはこれが初めてだし、深夜だから男がアパートに入ってくる姿を目撃した人物もいないはずだ。しかも、アリスと男は内密の関係にあり、周囲の人間は2人の間柄を知らないという。このまま秘密裏に死体を処理してしまえば、自分にもアリスにも警察の捜査の手が伸びることはないだろう。
 そう考えたウェインリーは、アリスと共謀して男の死体を車で郊外へと運び、森の中へ捨ててくる。これで一件落着。そう思ったウェインリーだったが、数日後に男の死体が発見されった。彼はクロード・マザード(アーサー・ロフター)という有名な実業家で、バークステインの患者だった。気が短く暴力的なマザードはたびたびトラブルを起こし、そのため精神治療を受けていたらしい。
 しかも、財界の大物が巻き込まれた殺人事件ということで、検事のレイラーが直々に捜査を担当することに。ウェインリーは自分が捜査線上に浮かぶのではないかと気が気ではない。さらに、彼は予想外の事実を聞いて戦慄する。マザードにはボディガードが付いており、常に彼の行動を監視していたというのだ。とすると、一連の隠蔽工作を見られていた可能性がある。しかし、、ボディガードはマザードが行方不明になった晩から姿を消してしまっていた。
 その頃、マザードのボディガードだった男ハイジ(ダン・デュリエ)がアリスのアパートに姿を現し、多額の現金を要求してきた。気丈にも彼を追い返したアリスだったが、不安に駆られてウェインリーを呼び出す。この手の男に一度金を払ってしまったら最後、いつまでも脅迫され続けるだろう。もしくは覚悟を決めて警察に自首をするか。そして、ウェインリーは真剣な表情でアリスに切り出す。それが嫌なら、殺してしまう以外に解決策はない、と・・・。

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共謀して死体を処理する教授とアリス

捜査の行方を心配するウェインリー教授

捜査を担当するのは親友の検事ライラー(R・マッセイ)だった

 原作はミステリー作家J・H・ウォリスの書いたベストセラー小説。脚本と製作を担当したナナリー・ジョンソンは当時自らの製作プロダクションを立ち上げたばかりで、その第1回作品として本作を選んだ。もともと最初にジョンソンが書き上げた脚本ではウェインリーが自殺するという設定だったが、主人公がキリスト教で禁じられている行為に及ぶというのがプロダクション・コードの規定で認められなかったという。
 撮影を担当したのは『愛の泉』(54年)でオスカーを受賞した名カメラマン、ミルトン・クラスナー。ショーウィンドーに飾られた美人画の上に、ガラスに映ったアリスの姿がフワッと浮かび上がるシーンや、ウェインリーが夜の闇に紛れて死体を捨てに行くシーンなど、ダークでファンタジックな映像の美しさは絶品だ。
 また、『スパルタカス』(60年)でオスカーを受賞したデザイナー、ジュリア・ヘロンの手掛けた美術セットのモダンなセンスや、『カバー・ガール』(44年)でリタ・ヘイワースの衣装を手掛けたミュリエル・キングのデザインによるジョーン・ベネットの華やかな衣装も印象的。目に入るもの全てにおいて、すこぶる趣味がいいのだ。

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一件落着したと安心しきっているアリス

事件を目撃した用心棒ハイジ(D・デュリエ)が脅迫してくる

追い詰められた2人が選んだ解決策とは・・・

 主人公ウェインリー教授を演じているのは、泣く子も黙るギャング映画のスーパー・スター、エドワード・G・ロビンソン。『犯罪王リコ』(30年)や『夜の大統領』(31年)、『キー・ラーゴ』(48年)などのマフィア役や『深夜の告白』(44年)のベテラン保険マン、『法に叛く男』(55年)の熱血検事など、いつもはパワフルで強烈な演技が印象的だが、本作では良き家庭人である温厚な中年紳士を演じて巧いところを見せている。
 そんな彼を悪夢の世界に引きずり込むことになる美女アリスを演じるのは、当時ハリウッドを代表するトップ・スターだった大女優ジョーン・ベネット。僕らの世代だと、ダリオ・アルジェント監督の傑作『サスペリア』(77年)でバレエ学校の副校長を演じた女優として馴染み深いだろう。姉のコンスタンス・ベネット、バーバラ・ベネットと共に美人三姉妹としてサイレント時代から人気を集め、『ブルドッグ・ドラモンド』(29年)や『若草物語』(33年)などのヒット作に次々と主演。一時期は『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役の最有力候補だった。もともとはブロンドだったが、娘役から脱皮するため『入江の向うの家』(40年)でブルネットにイメージ・チェンジして大成功。当時は女優として最も脂が乗っている時期だった。
 その他、『エデンの東』(54年)でジェームズ・ディーンの父親役を演じた名優レイモンド・マッセイが検事ライラー役を、フリッツ・ラングの『恐怖省』(44年)やジェームズ・スチュアート主演の『ウィンチェスター銃’73』(50年)など悪役で鳴らしたダン・デュリエが脅迫者ハイジ役で登場する。
 また、70年代の人気ドラマ『刑事バレッタ』やデヴィッド・リンチ監督の『ロスト・ハイウェイ』(97年)で知られ、最近では妻殺しの容疑で逮捕されて話題になった俳優ロバート・ブレイクが、ウェインリー教授の幼い息子役でチラリと顔を出している。

 

悪魔の往く町
Nightmare Alley (1947)

日本では劇場未公開・TV放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/ステレオ
・モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/111分/製作:アメリカ

映像特典
映画評論家による音声解説
オリジナル劇場予告編
監督:エドマンド・グールディング
製作:ジョージ・ジェッセル
原作:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
脚本:ジュールス・ファースマン
撮影:リー・ガームス
音楽:シリル・モックリッジ
出演:タイロン・パワー
    ジョーン・ブロンデル
    コリーン・グレイ
    ヘレン・ウォーカー
    テイラー・ホームズ
    マイク・マズーキ
    イアン・キース

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カーニバル一座に加わった男スタントン(T・パワー)

一座の花形スター、マドモワゼル・ジーナ(J・ブロンデル)

ジーナは男前のスタントンに興味を示す

 女性を踏み台にしてのし上がってきたハンサムな詐欺師の栄光と転落を描いた、ダークでペシミスティックなフィルム・ノワールの傑作。『シカゴ』(38年)や『怪傑ゾロ』(40年)、『血と砂』(41年)などでロマンティックな2枚目として絶大な人気を誇っていた大スター、タイロン・パワーが、それまでのイメージとは全く異なる屈折した男を演じたことでも話題になった作品だ。あまりにも哀れで悲惨な末路を彼のような2枚目スターが演じるというのは、当時としてはかなりの挑戦であったに違いない。
 主人公はカーニバルの見世物小屋で働く男スタントン。花形スターである年増の占い師とねんごろになった彼は、彼女から透視術を教わって年下の若い娘と逃亡。彼女の献身的なサポートで高級クラブの人気パフォーマーとなる。さらに彼はクラブの上客である女性精神科医と組んで金持ち相手に詐欺を働くが、欲をかき過ぎたがために失敗。アルコールで身を持ち崩した挙句に、見世物小屋のフリークスとなり果ててしまう。
 監督はグレタ・ガルボの『アンナ・カレニナ』(27年)や『グランド・ホテル』(32年)で知られる名匠エドマンド・グールディング。宗教的な説教臭さが若干気になるものの、因果応報の冷徹なドラマ展開と生々しい語り口は圧巻そのもの。最後まで観客をグイグイと引きつける演出のパワーと脚本のリアリズムは見事と言うしかない。驕れる者久しからずとは言うが、これほど強烈な転落人生もそうそうなかろう。日本では滅多に見ることが出来ない、というのが残念だ。

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ジーナに甘い言葉で言い寄るスタントン

スタントンはジーナの片腕となる

若い女芸人モリー(C ・グレイ)を誘惑するスタントン

 旅回りのカーニバル一座に加わった男スタントン(タイロン・パワー)。彼は孤児院で育った天涯孤独の身で、幼い頃から少年院を転々としてきた札付きだが、決して悪い人間ではなかった。カーニバルの花形スターである占い師マドモワゼル・ジーナ(ジョーン・ブロンデル)は、ハンサムでチャーミングな彼に興味を持つ。
 ジーナと夫ピート(イアン・キース)は、かつて全米に名を轟かせた売れっ子の透視術コンビだった。彼らは特殊な暗号と高度な読心術を駆使し、次々と観客の心の中を言い当て、彼らの未来を占った。しかし、ある失敗が原因で2人はステージから降ろされ、それ以来ピートはアルコール中毒に。そして、今ではカーニバルの余興で安っぽい占いをして生計を立てている。
 ジーナの才能を人づてに聞いたスタントンは、彼女を色仕掛けで誘惑し、自分とコンビを組んで透視術を復活させようと持ちかける。しかし、ジーナにとって透視術は最後の切り札だった。彼女はそのトリックを高値で売り、夫ピートと静かな余生を過ごすつもりでいたのだ。
 彼女の固い決心には、さすがのスタントンも引き下がるしかなかった。ところが、彼が酒と間違えてメチルアルコールを渡してしまったことから、ピートが急性アルコール中毒で死亡。ピートを死に至らしめたのが自分であると言い出せないまま、スタントンは罪悪感に苛まれる。
 とにもかくにも、ピートを失ったジーナには代役が必要だった。彼女は仕方なく、スタントンとコンビを組むことにする。甘い言葉で彼女に言い寄るスタントンは、透視術のトリックを教えてもらうことに成功。口が達者で抜け目のないことに関して天賦の才に恵まれた彼は、瞬く間にテクニックを習得してしまった。
 やがてスタントンは、若くて美しい女芸人モリー(コリーン・グレイ)と親しくなる。初心でロマンティストのモリーは、たちまちスタントンの虜となってしまった。だが、2人の関係を知ったモリーの相棒ブルーノ(マイク・マズーキ)は、男としての責任を取って結婚するようスタントンに迫る。カーニバルの仲間たちもそれに同調し、スタントンは仕方なくモリーと結婚した。
 かくしてカーニバルの生活に嫌気が差したスタントンは、モリーを連れて一座から離れることを決意。透視術のトリックは教わったし、とびっきり美人のパートナーも出来た。もしかしたら、これは絶好のチャンスなのかもしれない。2人は逃げるようにしてカーニバルを去っていった。
 その後、2人のパフォーマンスは各地で評判を呼び、スタントンは“グレート・スタントン”として大都会シカゴで高級ナイトクラブの人気スターとなった。そんな彼のパフォーマンスに興味を持ったのが、有能な女性精神科医リリス(ヘレン・ウォーカー)。
 彼女はスタントンのトリックを見破ろうと、彼をオフィスへ招いた。そこでスタントンは、彼女が患者のセラピー内容をレコードに記録していることを偶然知る。この情報があれば今よりもっと派手なパフォーマンスが出来ると考えた彼は、得意の甘い言葉でリリスを誘惑しようとする。最初は頑なに拒否した彼女だったが、次第に彼の危険な魅力に惹かれていく。
 リリスから富豪ピーボディ夫人の情報を得たスタントンは、夫人の前で亡くなった娘の霊と交信してみせる。一世一代の大芝居は見事に成功し、ピーボディ夫人はスタントンに寄付をする。これに味を占めた彼は、シカゴで一番の大富豪グリンドル氏(テイラー・ホームズ)をターゲットにした。
 懐疑的なグリンドル氏はなかなか口車に乗らなかったが、遂には亡き妻の霊を呼び出して欲しいと願い出る。しかも、多額の前金まで支払って。ところが、これには難しい条件が付けられた。グリンドル氏は亡き妻に一目遭いたいというのだ。そこでスタントンは、モリーにグリンドル氏の妻役を演じさせることを思いつく。
 だが、モリーは猛反対だった。これは遊びで済まされる透視術とは訳が違う、人の心を弄ぶ犯罪だと。しかし、欲に目の眩んだスタントンには何を言っても無駄だった。結局、夫への愛情に絆されたモリーは協力を約束。ところが、グリンドル氏の亡き妻に対する愛慕の念に心動かされたモリーが動揺してしまい、詐欺であることがバレてしまった。
 リリスに預けた前金を取り戻して高飛びしようとするスタントン。だが、リリスは手のひらを返したように態度を変え、彼を自分の患者として精神病院に送ることも辞さないと脅迫する。追い詰められたスタントンはモリーをカーニバルへと送り返し、自分は偽名を使ってホテルに身を隠すのだった。
 それから数年。アルコールで身を持ち崩し、見る影もなくなったスタントンは、旅回りのカーニバル一座に見世物小屋のフリークス役として雇われる。その一座にモリーがいるとも知らずに・・・。

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高級クラブの人気スターへとのし上がったスタントン

女性精神科医リリス(H・ウォーカー)と知り合う

リリスと親密な仲になるスタントン

 原作は映画『ナルニア国物語』シリーズのプロデューサー、ダグラス・グレシャムの父である作家ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの書いたベストセラー小説。これを読んだタイロン・パワーが自ら映画化権を買い取り、フォックスの社長ダリル・F・ザナックに映画化を持ちかけたという。当時の彼は2枚目路線に限界を感じており、これをきっかけに役柄の幅を広げたいと考えていたようだ。
 脚色を手掛けたのは『三つ数えろ』(46年)や『リオ・ブラボー』(59年)の脚本家で、『戦艦バウンティ号の叛乱』(35年)でオスカー候補になったジュールス・ファースマン。タイロン・パワーの意向を汲み取り、原作にほぼ忠実に脚色をしたという。ただ、原作の主人公スタントンはもっと冷酷で卑劣な人間として描かれており、映画化に際しては彼の人間的な部分を膨らませたらしい。それが逆にスタントンという人間の複雑で屈折した内面を浮き彫りにしており、説得力のある人物像を描くことに成功している。
 社会の底辺にうごめく人々の猥雑な空気を見事に映像として捉えたのは、『上海特急』(32年)でオスカーを受賞し、『モロッコ』(30年)や『暗黒街の顔役』(32年)、『白昼の決闘』(46年)、『探偵物語』(51年)など数多くの名作を手掛けたカメラマン、リー・ガームス。
 その他、美術監督のライル・ホイーラーやセット・デザインのトーマス・リトルなど、フォックスの誇る一流のスタッフが集結。カーニバルのシーンでは10エーカーに及ぶ巨大なセットが組まれ、100人以上の芸人たちをエキストラとして使っている。それ以外にも、精神科医リリスの住む高級アパートやナイトクラブなど、合計で89もの室内セットが建てられたという。

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スタントンは一世一代の大芝居を打つ

リリスと結託して詐欺を重ねるスタントン

夫の悪事にモリーは激しく抗議する

 タイロン・パワー扮するスタントンに透視術のトリックを教える占い師ジーナを演じたのは、『フットライト・パレード』(33年)や『ゴールド・ディガーズ』(33年)、『踊る三十七年』(36年)などのミュージカル映画で一世を風靡した女優ジョーン・ブロンデル。当時は40代に差し掛かり、脇役の性格女優として活路を見出そうとしていた時期だった。若い頃は明朗快活で男勝りでセクシーな娘役を得意としていたが、本作では心に傷を負った陰のある中年女性を生々しく演じている。
 それとは対照的に、純粋で一途な若い女性芸人モリー役を演じて光っているのが、当時まだ駆け出しだった女優コリーン・グレイ。そのシャープで端整な顔立ちは、今でも十分に通用するくらい新鮮で美しい。この同じ年、彼女はフィルム・ノワールの傑作『死の接吻』(47年)でもヒロインを演じ、翌年には西部劇『赤い河』(48年)でジョン・ウェインの相手役に起用されトップ女優の仲間入りを果たす。だが、人気は長続きせず、60年代には低予算のC級ホラーなどに出演するようになった。
 そして、スタントンの人生を奈落の底に突き落とす運命の女リリスを演じたのが、戦時中のハリウッドで人気を得たクール・ビューティ、ヘレン・ウォーカー。非常に演技力のある女優で、スタントンを脅迫するシーンの恐ろしさには鬼気迫るものがあった。ただ、交通事故で同乗者を死なせてしまったことからキャリアが躓き、35歳で映画界を引退。テレビで再起を図るが、その直後に自宅が火事で全焼して破産。47歳の若さで癌のため死去するという不遇の人生を歩んだ人だった。

 

House on Telegraph Hill (1951)
日本では劇場未公開・テレビ放送も無し
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/ステレオ
・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/93分/製作:アメリカ

映像特典
評論家による音声解説
ポスター・ギャラリー
ユニット・フォト・ギャラリー
舞台裏スチル・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
監督:ロバート・ワイズ
製作:ロバート・バスラー
原作:ダナ・リオン
脚本:エリック・モール
    フランク・パートス
撮影:ルシアン・バラード
音楽:ソール・カプラン
出演:リチャード・ベイスハート
    ヴァレンティナ・コルテーゼ
    ウィリアム・ランディガン
    フェイ・ベイカー
    ゴードン・ゲバート
    スティーブン・グレイ

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ナチ強制収容所での過酷な日々

ヴィクトリア(V・コルテーゼ)は親友カリンに成りすます

ニューヨークに到着したヴィクトリア

 数奇な運命をたどってアメリカへやって来たユダヤ人女性が、莫大な遺産を巡る陰謀に巻き込まれるというユニークなフィルム・ノワール。監督は『トロイのヘレン』(55年)や『ウェスト・サイド物語』(61年)、『スター・トレック』(79年)などの大ヒット作を手掛け、『サウンド・オブ・ミュージック』(64年)でオスカーを受賞した巨匠ロバート・ワイズ。
 もともと『キャット・ピープルの呪い』(44年)や『死体を売る男』(45年)などのホラー映画で名を成し、『たたり』(63年)や『オードリー・ローズ』(77年)などのオカルト映画の名作も手掛けている人だけに、本作もどことなくゴシック・ミステリー的な雰囲気が漂う。ヒロインの漠然とした不安が徐々に恐怖へと変わっていく過程を克明に描いた、緊張感のあるストーリー展開とインテリジェントな演出は非常に見応えがある。
 主人公はナチの強制収容所に入れられていたユダヤ人女性。ふとしたことから他人に成りすまし、終戦後にアメリカの市民権を得て渡米することとなる。それは、戦中・戦後の過酷な時代を生き抜くために仕方のない選択だった。そして、成りすました相手が裕福な家庭の血筋だったことから、彼女は莫大な財産と豪邸を手に入れる。だが、これでようやく幸せになれると思ったのもつかの間、周囲で不可解な事故が起きるようになり、彼女は自分の命が狙われていることに気が付くというわけだ。
 怪奇幻想的な雰囲気の中で徐々にミステリーを盛り上げる前半から一転、後半は急転直下のサスペンスフルな展開に。自分の正体がバレてしまっては困るという不安と罪悪感、そしていつどこで誰に狙われるか分からないという恐怖。幾重にも束ねられた不安と恐怖が、より一層の緊張感を高めていく。
 巨匠ロバート・ワイズ監督の隠れた名作であり、今となっては半ば忘れ去られてしまった小品佳作だ。

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実業家アラン(R・ベイスハート)の優しさに惹かれる

豪邸での夢のような生活が始まるのだが・・・

テレグラフ・ヒルにそびえ立つ邸宅

 時は第2次世界大戦末期。ナチの強制収容所では、多くのユダヤ人が不安と恐怖に怯えながら過酷な日々を送っていた。そうした中、お互いに励ましあいながら懸命に生きる2人の女性。終戦の混乱で片方の女性が死んでしまった時、残されたヴィクトリア(ヴァレンティナ・コルテーゼ)はとっさに彼女の身分証を自分の懐に入れた。死んだ女性はアメリカに親族がいる。ヴィクトリアは戦争で家族全員を失った天涯孤独の身。たとえ戦争が終わって収容所を出ることが出来ても、この貧しい国ポーランドで無事に生き残って行けるかどうか分からない。彼女は死んだ親友に泣いて詫びながら、他人に成りすますことにしたのだ。
 カリンと名乗ることになった彼女は、連合軍の身元審査をパス。すぐにアメリカへ電報を打った。あちらには高齢の叔母と、生まれてすぐに母親と別れた息子がいる。本物のカリンは親族と何年も会っていないし、背格好は自分と似ていたし、なにしろ強制収容所という過酷な環境に置かれていたから顔つきが変わってしまっても不思議はなかろう。とはいえ、一抹の不安と罪悪感を胸に抱えながら、彼女はアメリカからの便りを待った。
 やがて、ヴィクトリアのもとにアメリカの弁護士から電報が届く。叔母は既に死亡しており、ヨーロッパの親戚も戦争で全員死亡したことを確認済みであるとのこと。しかし、アメリカ行きを諦めきれない彼女は、ポーランドからの移民に混じって渡米することを決めた。
 ニューヨークに着いたヴィクトリアは弁護士事務所へ。唯一残されたカリンの家族である息子クリストファー(ゴードン・ゲバート)の後見人アラン・スペンダー(リチャード・ベイスハート)と弁護士に面会する。叔母は莫大な遺産を残していた。相続人はクリストファー。それゆえに、弁護士たちはヴィクトリアからの手紙を詐欺だと疑っていたのだ。彼女は精いっぱいの大熱演で彼らの疑いを解く。
 それにしても、初めてのアメリカでは何もかもが目新しく、全てが夢のようだった。アランはとても紳士的で優しく、ヴィクトリアは彼が自分に好意を抱いていることを確信する。旅の途中で結婚式を挙げた2人は、クリストファーの待つサンフランシスコの高級住宅街テレグラフ・ヒルへと向った。
 テレグラフ・ヒルの豪邸ではクリストファーと乳母マーガレット(フェイ・ベイカー)が待っていた。居間に飾られた亡き叔母の肖像画を見上げ、ヴィクトリアは改めて罪の意識に苛まれる。肖像画はまるで彼女の心を見透かしているようだった。
 クリストファーは素直で優しい子供で、ヴィクトリアにもすぐになついてくれた。アランとの結婚生活も順調で、彼女は幸せの絶頂を味わう。だが、他人に成りすましているという罪悪感と不安を拭い去ることは出来ず、真夜中に目をさましては眠れぬ夜を過ごす日々が続いた。
 そんなある日、彼女は自宅パーティーでマーク・ベネット(ウィリアム・ランディガン)という青年弁護士と出会う。彼はアランの古い友人で、強制収容所から解放されたばかりの頃、彼女の身元審査を担当した連合軍士官だった。不思議な運命の糸を感じた2人は急速に惹かれあう。
 やがてヴィクトリアは、屋敷内の不穏な空気に気付いていく。深夜に口論するアランとマーガレットの声。マーガレットはクリストファーを威圧的な態度でコントロールし、ヴィクトリアに対しても敵意に似た眼差しを向ける。さらに、彼女は庭の片隅にある遊び小屋で爆破の後を発見する。どうやら、数ヶ月前クリスが遊んでいる最中に何かが爆発したらしい。ところが、そのことに関してマーガレットとアランの証言が奇妙に食い違っているのだ。
 そして、ヴィクトリアがマーガレットを解雇しようとした直後、彼女の乗っていた車のブレーキが故障して、ヴィクトリアは危うく命を落としそうになる。その日は、クリストファーも一緒に買い物に行く予定だったが、体調を崩したためにヴィクトリア一人が車に乗っていた。例の爆破事故といい、もしかしたら誰かがクリストファーと自分の命を狙っているのかもしれない。ヴィクトリアはアランに疑いの目を向けた。
 彼女はマークに相談をするが、もちろん真剣に取り合ってはくれない。強制収容所での過酷な体験から来る強迫観念だと諭される。だが、やがて彼女がポーランドで受け取った電報が弁護士からのものではなかったこと、さらにその電報が打たれた時点で実は叔母がまだ生きていたことなどが判明。ヴィクトリアの不安は現実味を帯びてきた・・・。

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罪悪感から眠れぬ夜を過ごすヴィクトリア

謎めいた乳母マーガレット(F・ベイカー)

ヴィクトリアを実の母と信じるクリストファー(G・ゲバート)

 犯人の正体やトリックに関しては思った通りというか、安易に想像がついてしまうのだが、その後の展開はかなり意外性があって面白い。ネタが明かされた後も、最後の最後まで緊張感を継続させる粘り技は立派だ。
 ダナ・リオンによる原作小説を脚色したのは、アナトール・リトヴァクの『蛇の穴』(48年)でオスカーにノミネートされたフランク・パートスと、ハンフリー・ボガート主演の『渡洋爆撃隊』(44年)に参加していたエリック・モール。
 撮影を手掛けたのはマレーネ・ディートリッヒ主演の『スペイン狂想曲』(34年)でベネチア国際映画祭の撮影賞を受賞し、ジャック・ターナーの『ベルリン特急』(48年)やスタンリー・キューブリックの『現金に体を張れ』(56年)、スティーブ・マックイーン主演の『ネバダ・スミス』(66年)、そして『昼下がりの決斗』(62年)や『ワイルド・バンチ』(68年)、『ゲッタウェイ』(72年)などのサム・ペキンパー作品を手掛けた伝説的なカメラマン、ルシアン・バラード。
 また、舞台となる豪邸のセットはトーマス・リトルやライル・ホイラーなどフォックスの誇る美術チームが手掛け、アカデミー賞にもノミネートされた。建物の外観セットはフォックスのスタジオ内に建てられ、屋外ロケの際にはテレグラフ・ヒルまで運ばれて使用されたという。さらに、室内シーンは現在もサンフランシスコで営業しているレストラン、ジュリウス・キャッスルの内部を改装して撮影。一見すると分からないかもしれないが、やはりかなりの予算と手間がかけられているようだ。

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ヴィクトリアが乗った車のブレーキに細工がされていた

不安に怯えるヴィクトリアを慰めるマーク(W・ランディガン)

衝撃的な事実を知って愕然とするヴィクトリア

 ヒロインのヴィクトリア役を演じているのは、当時ハリウッドで売り出し中だったイタリア女優ヴァレンティナ・コルテーゼ。残念ながらハリウッドで大成することは出来なかったが、後にフランソワ・トリュフォー監督のフランス映画『アメリカの夜』(73年)でオスカーにノミネート。フェリーニやアントニオーニ、ゼフィレッリといったイタリアの誇る巨匠たちに愛された名女優だった。ヨーロッパ的な翳りのある人ゆえに、やはりハリウッド向きではなかったのかもしれない。
 その夫になる野心的な実業家アラン役には、『夜歩く男』(48年)や『秘密指令』(49年)などでフィルム・ノワール・ファンにもお馴染みの名優リチャード・ベイスハート。そういえば、彼はフェリーニの『道』(54年)や『崖』(55年)にも主演しており、イタリアとは縁の深い俳優だった。本作では善とも悪ともつかない複雑な役を演じているが、いかにも温厚そうな顔をした彼だからこその不気味さというか、見る者を疑心暗鬼に陥らせるような雰囲気を上手く醸し出しており、絶妙のキャスティングと言えるだろう。
 一方、不安に怯えるヴィクトリアの心強い味方となるマークを演じているのは、『北西警備隊』(42年)や『アパッチ街道』(42年)などの低予算映画で主に2番手の甘い2枚目役を演じていたウィリアム・ランディガン。もともとラジオのアナウンサーから俳優になった人で、スターらしい華やかさを兼ね備えたハンサムな俳優だったが、決定打となるような作品や役柄に恵まれなかった。
 また、『花嫁の父』(50年)や『惑星アドベンチャー』(53年)などに傍役で出ていた女優フェイ・ベイカーが謎めいた乳母マーガレット役を演じており、これがまたなかなかいい雰囲気を出している。

 

Fourteen Hours (1951)
日本では劇場未公開・テレビ放送なし
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2006 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/92分/製作:アメリカ

映像特典
評論家による音声解説
プレスブック・ギャラリー
オリジナル劇場予告編

監督:ヘンリー・ハサウェイ
製作:ソル・C・シーゲル
原作:ジョエル・セイアー
脚本:ジョン・パクストン
撮影:ジョセフ・マクドナルド
音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ポール・ダグラス
    リチャード・ベイスハート
    バーバラ・ベル・ゲデス
    デブラ・パジェット
    アグネス・ムーアヘッド
    ロバート・キース
    ハワード・ダ・シルヴァ
    ジェフリー・ハンター
    グレイス・ケリー
    マーティン・ゲイベル

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ホテルの窓から飛び降りようとする青年(R・ベイスハート)

青年を説得しようとするダンニガン巡査(P・ダグラス)

青年は誰からの説得にも応じようとしない

 ホテルの窓から飛び降り自殺を図ろうとする青年と、それを止めようとする警官たちとの14時間に渡る緊迫したドラマを描く作品。その過程で青年の心の闇が少しづつ浮き彫りにされるわけだが、その一方で彼の行動は周囲の人々にも様々な波紋を呼んでいく。
 自分たちの身勝手さが息子を追い詰めていたことに気付かされる両親、マニュアル通りでは解決できない複雑な人間心理に直面する警官たち。さらに、最初は興味本位で事態を見物していた野次馬たちも、次第に主人公の境遇と自分を重ね合わせて真剣に考えていく。彼の問題が何なのかは分からない。しかし、この大都会で誰にも言えない悩みや苦しみを抱えている人は少なくないはずだ。その思いが、さらに様々な人間ドラマを生んでいくことになる。
 幾重にもレイヤーを重ねて構築された緻密な脚本、そして細やかな人間心理を丁寧に描き出した見事な演出。西部劇や戦争映画の巨匠というイメージの強いヘンリー・ハサウェイ監督だが、『闇の曲がり角』(46年)や『死の接吻』(47年)など、フィルム・ノワールの世界でも優れた作品を幾つも残している。中でも、本作は彼にとって隠れた傑作。これが未だ日本に紹介されていないというのは何とも解せない。
 さらに本作がユニークなのは、主人公の悩みを最後まで明確にしていないという点だろう。彼は警官や精神科医のみならず、自分の両親や元婚約者にすら、こうなった原因を一切明かそうとしない。しかし、母親との強い結びつき、父親との希薄な関係、そして女性と結婚できない事情など、彼を取り巻く様々な状況を考えると、恐らく彼はゲイなのだろう。
 同性愛や近親相姦を題材にしながら、あくまでもそれを示唆する程度に止めていた『去年の夏、突然に』(59年)のように、当時は映画の中で同性愛を正面切って取り上げることがまだタブーだった。それゆえに、あえて核心に触れることを避けたのかもしれない。また、当時の同性愛に対する偏見の強さを考えれば、主人公が自分の悩みを周囲に決して打ち明けようとしないというのも理解が出来るはずだ。また、母親が本能的に何かを感じ取っている様子なのも、そうしたセクシャリティーの問題を強く匂わせる。そのような観点から見ると、さらに様々な物語の背景を想像することが出来る、非常に奥の深い作品と言えるだろう。

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ニューヨークのダウンタウンはにわかに騒然としてくる

テレビやラジオのレポーターも続々と集結

青年はダンニガン巡査としか話そうとしない

 ニューヨークはダウンタウン。人通りのまだ少ない早朝の大通り。いつものようにパトロールで巡回していたダンニガン巡査(ポール・ダグラス)は、女性の悲鳴を聞いて頭上を見上げた。彼の目に飛び込んできたのは、ホテルの柵から今にも飛び降りようとしている若い男性の姿。巡査はすぐさま本署に連絡を入れ、その足でホテルに駆け込んだ。
 若い男性(リチャード・ベイスハート)が飛び降りようとしているのはホテルの15階。マネージャーから男性が警察に警戒心を持っていることを聞くと、ダンニガン巡査は制服の上着を脱ぎ捨てて窓から身を乗り出した。男性を興奮させまいと優しく話しかける巡査。しかし、男性は頑なに部屋へ戻ろうとしない。
 そこへ本署からレスキュー隊が到着し、モスカー隊長(ハワード・ダ・シルヴァ)が現場の指揮を取ることになった。下っ端のダンニガン巡査はパトロールの職務に戻される。大通りには早くも人垣が出来ており、好奇心に駆られた人々が集まってきていた。いつもなら通勤ラッシュの時間帯ゆえに、ダウンタウンは大渋滞。さっさと飛び降りてしまえ、といぶかるドライバーたちの様子に、ダンニガン巡査は強い憤りを露わにする。
 男性はレスキュー隊はおろか、遅れて到着した精神科医の対応にも強く反発。先ほどの警官でないと話をしないと突っぱねる。モスカー隊長は仕方なくダンニガン巡査を呼び戻した。戸惑いながらも男性への説得を試みる巡査。その優しさと真摯な態度が、男性に安心感を与えている様子だった。
 やがて警察は男性の本名を割り出した。名前はロバート・コシック。父親はニューヨークに、母親はニュージャージーにいるようだが、どちらも事件のことをまだ知らないために連絡が取れなかった。
 そうこうしているうちに、ホテルの周りは野次馬とマスコミでごった返すように。テレビやラジオはセンセーショナルに事件を伝えている。ロバートの知人を名乗ってホテルに入り込もうとする狂信的な牧師、特ダネをものにしようとあの手この手を使う記者やレポーターたち。
 そういった中で、友人と共に出勤途中だった若い女性ルース(デブラ・パジェット)は、見ず知らずの青年であるロバートに深い同情を感じていた。“このニューヨークには、彼のように苦しんで追い詰められている人が沢山いるに違いない”と。その言葉を耳にした近くの若い青年ダニエル(ジェフリー・ハンター)は、彼女に親近感を覚えるのだった。
 また、離婚した夫と子供の親権を巡る話し合いをしていた女性ルイーズ・アン(グレイス・ケリー)も、窓の外に見えるロバートの姿に何かを感じ取っていた。多くの警官たちが人の命を救うため懸命になって働いている。それなのに、自分たちはまるでモノを扱うかのように、子供の将来を弄んでいるのではないか?
 やがて、ロバートの母親クリスティーヌ(アグネス・ムーアヘッド)が警官と共に到着した。取り乱しながらも説得を試みるクリスティーヌだったが、いつまでも自分を子ども扱いしようとする過保護な母親に、ロバートは嫌悪感を露わにする。彼の母親への態度に少なからず衝撃を覚えたダンニガン巡査だったが、集まったマスコミに対して自分の自慢話や苦労話を雄弁に語って悲劇の母親を演じるクリスティーヌを見て、彼は何となくロバートの気持ちが理解できるのだった。
 さらに、父親ポール(ロバート・キース)も遅れてホテルに到着。ロバートは両親が離婚してから母親のもとで育ち、父ポールとは何年も疎遠になっていた。実は母クリスティーヌは離婚の原因をポールへ一方的に押し付け、息子には父親を恨むように言いきかせ育てていたのだ。必死になってその誤解を解こうとする父に、ロバートはわずかながら心を開く。
 ダンニガン巡査はクリスティーヌからロバートの元婚約者ヴァージニアの存在を確認。巡査は彼女が鍵を握っているのではないかと考えるが、母クリスティーヌは口をつぐむ。彼女は何かを知っている様子だったが、巡査の問いかけにも黙り込むばかり。彼は隊長にヴァージニアを連れてくるよう申し立てるが、クリスティーヌは何かを恐れるように猛反対する。
 いずれにせよ、ヴァージニアはコネチカット州に住んでいるため、到着までには時間が必要だった。そうこうしている間にも、警察は様々な工作を練ってロバートを捕獲しようとするが失敗。かえって彼の不信感を買ってしまう。
 やがて夜のとばりも降りた頃、相変わらず警官隊とマスコミ、野次馬が入り乱れて混沌とする中、元婚約者のヴァージニア(バーバラ・ベル・ゲデス)が到着する。今回の事態に彼女も激しく戸惑っていたが、万策尽きた警察にとってヴァージニアは最後に残された頼みの綱だった。こうして、多くの人々が固唾を呑んで見守る中、ヴァージニアによる必死の説得が始まるのだった・・・。

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駆けつけた母親(A・ムーアヘッド)に嫌悪感を示す青年

レスキュー隊は様々な作戦を試みるが失敗する

最後の頼みの綱となった元婚約者バージニア(B・ベル・ゲデス)

 何よりも圧巻なのは、実際にニューヨークはダウンタウンの一角を交通封鎖して撮影されたロケ・シーンの生々しい迫力。大勢のエキストラや消防車、救急車、パトロール・カーなどを集め、ニュース・フィルムさながらの緊迫した空気を映像に捉えている。
 撮影に使用されたのは、Guaranty Trust Co.という銀行のビルディング。ホテルらしく見せるため、全てのフロアにカーテンがかけられ、入り口やエントランス・ホールなども全て改装された。さらに、ロバートが立ちすくむ窓の柵が予想よりも狭かったため、1週間かけて柵の幅を増築。交通封鎖によるロケ撮影は2週間に渡って行われ、ニューヨーク市警が全面的にバックアップした。
 ちなみに、ホテルの高層階で繰り広げられるシーンは、フォックスのスタジオに建てられた再現セットで撮影されている。さすがに、俳優を地上15階のビルの外に立たせて演技させるわけにもいかないだろう。それでも、実際にスタントマンを使ったロケ・シーンも随所に挿入されており、かなり危険を伴った撮影であったろうことは想像に難くない。
 原作は雑誌“ニューヨーカー”に掲載されたジョエル・セイヤーのノンフィクション小説“The Man on the Ledge”。そう、本作は実際に起きた事件を基にしている。モデルとなったのは、1938年7月26日にニューヨークのゴッサム・ホテルで起きた26歳のジョン・ワードという男性の投身自殺事件。映画とは違って、実際は警官の説得もむなしく、男性は命を落としている。
 脚本を手掛けたのは、エドワード・ドミトリクの傑作『十字砲火』(47年)でオスカーにノミネートされ、『ブロンドの殺人者』(43年)や『死を呼ぶ名画』(46年)、『旅券八二四一の女』(56年)など数多くのフィルムノワールを手掛けているジョン・パクストン。
 撮影には『若き獅子たち』(58年)や『ペペ』(60年)、『砲艦サンパブロ』(66年)でオスカーにノミネートされた名カメラマン、ジョセフ・マクドナルドが参加。そして、ホテルの再現セットを担当したトーマス・リトル、ライル・ホイーラーらフォックスの美術チームが本作でオスカーにノミネートされている。
 なお、オスカーを9回受賞している巨匠アルフレッド・ニューマンが音楽スコアを担当したが、本編ではオープニングとエンディング以外は一切音楽が使用されていない。

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ロバートを追い込んだものとは一体・・・?

群衆の中の若い男女を演じるD・パジェットとJ・ハンター

これが映画デビューとなるグレイス・ケリー(左)

 主人公ロバートを演じるのは、先述した“House on Telegraph Hill”にも出演していた名優リチャード・ベイスハート。ここでも、その温厚で柔和そうな持ち味が、ロバートという若者の繊細で複雑な個性に妙な説得力を与えている。こういうニューロティックな役柄を演じさせたら、やはり抜群に巧い役者だ。
 しかし、本作で一番印象に残るのは、やはりなんと言ってもダンニガン巡査を演じるポール・ダグラスだろう。庶民的で素朴で、しかも愛嬌があって頼りになる親爺さんを演じさせたら天下一品。リチャード・ウィドマークと共演した『暗黒の恐怖』(50年)やモンゴメリー・クリフトと共演した『大空輸』(50年)など、主人公を脇で支える縁の下の力持ちとして重宝された、実に味のある名優だった。中でも、本作のダンニガン巡査役は彼の代表作と呼んでもおかしくないだろう。
 それ以外にも、本作は実力のある名優がズラリと脇を固めている。まず、ロバートの過保護で虚栄心の強い母親クリスティーヌを演じているのは、『奥様は魔女』のエンドラ役でもお馴染みの名女優アグネス・ムーアヘッド。泣き叫びながら取り乱したかと思ったら、マスコミの前で自分の自慢話や苦労話をベラベラと喋りまくる強烈なキャラクターを演じて圧巻だ。
 一方、ロバートの地味で大人しい父親役を演じているのは、マーロン・ブランド主演の『乱暴者(あばれもの)』(53年)の警察署長役やダグラス・サークの傑作『風と共に散る』(56年)の石油王役で有名なロバート・キース。レスキュー隊の隊長モスカー役には、『失われた週末』(45年)のバーテン役や『夜の人々』(49年)の片目のギャング役で強烈な印象を残したハワード・ダ・シルヴァが登場する。
 さらに、ロバートの元婚約者であるヴァージニアには、ヒッチコックの『めまい』(58年)やテレビ・ドラマ『ダラス』で有名な女優バーバラ・ベル・ゲデス。ロバートに同情を寄せる若い女性ルース役には、『ディミトリアスと闘士』(54年)や『十戒』(56年)などのスペクタクル史劇や、プレスリーと共演した『やさしく愛して』(56年)などでトップ・スターとなったデブラ・パジェット。彼女に惹かれる若者ダニエル役には、ジョン・ウェインと共演した『捜索者』(56年)や『最後の歓呼』(58年)、『バッファロー大隊』(60年)などのジョン・フォード作品で脚光を浴びたジェフリー・ハンター。そして、子供の親権を巡って夫と争う若い女性ルイーズ・アン役には、これが映画デビューとなるグレース・ケリーが顔を出している。
 その他、本作には当時無名だったニューヨーク派の役者がエキストラとして数多く登場。ジョン・カサヴェテスやオシー・デイヴィス、ジョン・ランドルフにジャニス・ルール、リチャード・ベイマー、リーフ・エリクソン、ブライアン・キースなどなど。また、『奥様は魔女』のクラヴィッツさん役で有名なサンドラ・グールドが慌てんぼうの電話オペレーター役で、“House on Telegraph Hill”の子役ゴードン・ゲバートがダンニガン巡査の息子役でチラリと顔を見せていた。

 

アリバイなき男
Kansas City Confidential (1952)

日本では1953年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2001 Dark City/Image (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/
99分/製作:アメリカ

映像特典
女優コリーン・グレイ 独占インタビュー
スチル&ロビーカード・ギャラリー
キャスト&スタッフ バイオグラフィー
予告編
監督:フィル・カールソン
製作:エドワード・スモール
原作:ハロルド・グリーン
    ローランド・ブラウン
脚本:ハリー・エセックス
    ジョージ・ブルース
撮影:ジョージ・E・ディスカント
音楽:ポール・ソーテル
出演:ジョン・ペイン
    コリーン・グレイ
    プレストン・フォスター
    ネヴィル・ブランド
    リー・ヴァン・クリーフ
    ジャック・イーラム
    ドナ・ドレイク

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カンザス・シティの銀行が襲撃される

不当逮捕された花屋の配達人ジョー(J・ペイン)

自らの手で犯人を探し出そうとするジョー

 銀行強盗犯に間違われて人生を狂わされた男が、自らの手で真犯人を追い詰めるという低予算のB級フィルム・ノワール。ストーリー自体はどうってことない話だが、アクションやバイオレンスをふんだんに盛り込んだフィル・カールソンの手堅い演出のおかげで、非常にスリリングで見応えのある作品となった。
 強盗事件の黒幕として汚職警官が登場するのだが、これも当時としてはかなり思い切った設定と言えるだろう。しかも、警察による不当逮捕や暴力的な尋問なども赤裸々に描かれている。それもこれも、独立系の弱小会社によるB級映画だからこそ実現したもの。悪名高いヘイズ・オフィスによる検閲制度がいまだ影響力を持ち、なおかつ赤狩りの嵐がハリウッドを吹き荒れていた当時は、まだ映画の中で権力の腐敗を正面切って描くことは難しかった。これが大手の映画会社だったら、脚本の段階で却下されてしまったはずだ。
 また、主役のジョン・ペイン以下、地味だが個性の強い役者を揃えたキャスティングも素晴らしい。中でも、ネヴィル・ブランド、リー・ヴァン・クリーフ、ジャック・イーラムというハリウッドを代表する強面の悪役三人衆が強盗の実行犯を演じるというのは、好きな人にはたまらない配役だ。

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潜伏中のギャング、ピート・ハリス(J・イーラム)

女好きのチンピラ、トニー・ロマーノ(L・ヴァン・クリーフ)

警官殺しのお尋ね者ボイド・ケーン(N・ブランド)

 舞台はミズーリ州カンザス・シティ。潜伏中のギャング、ピート・ハリス(ジャック・イーラム)は、国外逃亡を手助けしてやるという匿名電話に呼び出される。彼の前に現れたのは正体不明の覆面男。男は彼に銀行強盗の話を持ちかけた。協力すれば国外逃亡を手助けするばかりでなく、強奪した現金の中から分け前にも与れるという。
 覆面男は他にも潜伏中の前科者を集めていた。トニー・ロマーノ(リー・ヴァン・クリーフ)とボイド・ケーン(ネヴィル・ブランド)の2人だ。条件は全て一緒。各々は覆面をした上で強盗を実行すること。お互いの名前や素性も詮索してはならない。強奪した現金は覆面男が回収し、半年後にメキシコで分け前を分配するというのだ。3人には破られたトランプの半分が渡され、それが身元確認の証拠となる。
 銀行には毎朝決まった時間に花屋のトラックが花を届けに来ていた。その直後に現金運搬車が到着して現金を回収する。犯人たちはそのタイミングを狙った。花を届け終えた花屋のトラックが走り去った直後に、犯人たちが運転する偽のトラックが到着。そこへ現金を持って出てきた警備員たちを、犯人グループが襲撃するというわけだ。
 計画は見事に成功。トランプの半分と前金を受け取った犯人たちは、それぞれ潜伏するために分散した。一方、花屋の配達人ジョー・ロルフ(ジョン・ペイン)は強盗犯の一味と疑われて逮捕されてしまう。頑なに容疑を否認する彼だったが、警察は連日に渡る暴力的な尋問で自白を引き出そうとする。
 やがて、廃墟となった工場で偽のトラックが発見され、警察の誤認逮捕が明るみになった。しかし、この事件によってジョーは職を失い、さらに過去に逮捕歴があることまでもが新聞報道によって世間に知られてしまう。
 身の潔白を晴らすためにも、ジョーは自らの手で真犯人を捕まえようと決意する。立ち飲み屋を営む弟の手助けで裏社会に通じている人間と会った彼は、ピート・ハリスという前科者がメキシコへ向ったことを知る。早速、ジョーは彼の足どりを追った。そして、激しい拷問の末にハリスから詳細を聞きだす。だが、共犯者や黒幕が誰なのかはハリスも知らない。そこで、ジョーはハリスとともに、彼の最終目的地であるグァテマラへ同行することにする。
 ところが、グァテマラの空港で警官に尋問されたハリスが暴れだし、その場で射殺されてしまった。ジョーはハリスに成りすまして指定されたホテルへと向う。現地にはロマーノとケーンの2人が既に到着していた。ジョーはホテルへ向う途中で知り合った若い女性ヘレン(コリーン・グレイ)と親しくなる。彼女はホテルで休暇を過ごしている父親と会うのだという。
 その父親ティモシー・フォスター(プレストン・フォスター)こそが、事件の黒幕だった。彼はもともとカンザス・シティ市警察の署長だったが、政治的な理由から辞任に追い込まれ、それを不服として警察を辞職していた。今回の銀行強盗は彼にとって警察への復讐でもあったのだ。
 ピート・ハリスの素顔を知っているフォスターは、ジョーが偽者だとすぐに見抜く。それでも平静を装っている彼には、ロマーノやケーンも知らない秘密の計画があった。それは、彼らを陥れるための恐るべき罠だった・・・。

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ピート・ハリスに成りすましてグァテマラに到着するジョー

元警察署長の隠居老人フォスター(P・フォスター)が黒幕

犯人たちの様子を偵察するジョー

 まずバイオレンス・シーンの過激さに度肝を抜かれる。さすがに血みどろ描写こそないものの、顔面にパンチを連打するシーンなどはクロース・アップで撮影されていることもあって、本当に引っ叩いているのが手に取るようにわかる。もちろん演技だから手加減はしているのだろうが、俳優たちは文字通り体当たりの大熱演だ。
 ジョーとヘレンのロマンスが展開する辺りは多少中だるみするものの、全般的にストーリーのテンポはリズミカルで早い。無駄な説明や余計な人間ドラマを極力排し、アクションとバイオレンスのたたみかけで手際良く話を進めていくのは、B級娯楽映画の達人フィル・カールソンならではといったところだろうか。
 彼の作品は他に『サイレンサー/沈黙部隊』(66年)と『サイレンサー/破壊部隊』(68年)、プレスリー主演の『恋のKOパンチ』(62年)、そしてテレビ『アンタッチャブル』の劇場版『どてっ腹に穴をあけろ』(59年)くらいしか見たことがないが、何よりもアメリカ人らしいノリの良さが身上の人。フリッツ・ラングやプレミンジャー、シオドマクといったムードと映像美重視のヨーロッパ系監督とは一味違う、ギャング映画の流れを汲んだ至極アメリカ的なフィルムノワール作品と呼べるだろう。
 原作を書いたのは映画監督としても知られるローランド・ブラウンとハロルド・グリーン。『大アマゾンの半魚人』(54年)や『エルダー兄弟』(65年)で知られるハリー・エセックスと、『ソロモンとシバの女王』(59年)を手掛けたジョージ・ブルースが脚本を手掛けた。
 撮影を担当したのは、『夜の人々』(49年)や『脅迫者』(51年)、『危険な場所で』(51年)、『優しき殺人者』(52年)など数多くのフィルム・ノワールを手掛けたカメラマン、ジョージ・E・ディスカント。また、主にユニバーサルのB級映画で活躍した作曲家ポール・ソーテルが音楽スコアを書いている。

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ジョーはフォスターの娘ヘレン(C ・グレイ)と親しくなる

ジョーに疑惑の目を向けるロマーノたちだったが・・・

DVDの特典映像でインタビューに応えるコリーン・グレイ

 主人公のジョーを演じているのは、名作『三十四丁目の奇蹟』(47年)の弁護士フレッド役で有名な俳優ジョン・ペイン。あまりハンサムとは言えず、演技力もいまひとつといった感じの役者だったが、その無粋なイメージが本作では逆に功を奏していた。カールソン監督との相性も良かったらしく、その後も『ギャングを狙う男』(53年)などで一緒に組んでいる。
 そんな彼と惹かれあう女性ヘレンを演じているのが、先に紹介した『悪魔の往く町』(47年)にも出演していた人気女優コリーン・グレイ。本作ではあくまでも色添え的な役割に止まっているが、やはりその美しさはひときわ目を引く。
 そのヘレンの父親で事件の黒幕である元警察署長フォスター役を演じているのは、戦前の2枚目スターだったプレストン・フォスター。史劇大作『ポンペイ最後の日』(35年)に主演したほか、ポール・ムニ主演の犯罪ドラマ『仮面の米国』(32年)やジョン・フォード監督の『男の敵』(35年)、セシル・B・デミル監督の『北西騎馬警官隊』(40年)などで活躍、戦後も脇役として息の長い俳優生活を送った名優だ。
 そして、銀行強盗の実行犯たちを演じるのが、古くからの映画ファンにはお馴染みの悪役スター、ジャック・イーラムにネヴィル・ブランド、そしてリー・ヴァン・クリーフという夢のような顔合わせ。当時はまだ3人とも駆け出しだったはずだが、その強烈な顔つきと存在感は既にこの頃から健在。彼らが共演している姿だけでも、十分に見る価値のある作品と言えるだろう。

 なお、アメリカでは上記のダーク・シティ盤とMGM盤の2種類がDVDとして出回っている。画質はMGM盤の方が優れているが、映像特典の充実度はダーク・シティ盤の方が上。現在は芸能界を引退している女優コリーン・グレイの貴重なインタビューも収録されているのが嬉しい。

 

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