ディーバ Diva
イタリア映画界の女神たち
日本でもよく歌姫を形容する言葉として使われる“ディーバ”。最近では、“カリスマ”という言葉と同じようにあまりにも手軽に使われすぎており、残念ながらその言葉の持つ価値や重みはすっかり無に等しくなってしまっている。もともとオペラのプリマドンナを指す形容詞として用いられてきたが、“ディーバ”とは本来イタリア語で“女神”を意味する。そして、イタリアではサイレント時代から映画のスター女優を指す言葉として使用されてきている。
イタリア映画界における“ディーバ”第1号はフランチェスカ・ベルティーニと言われている。この時代がイタリアにおけるディーバ全盛期で、マリア・ヤコビーニ、リダ・ボレッリ、ピナ・メニケッリ、レダ・ギース、ディアナ・カレンヌなど数多くの銀幕の女神たちが人気を集めた。
1922年にムッソリーニが首相に就任し、ファシスト政権時代に突入したイタリアでは、1930年に初のトーキー映画が発表される。このファシスト時代最大のディーバがイーザ・ミランダ。そのデカダンな美貌とドラマチックな演技はフランスでも絶賛された。その他、エルザ・チェガーニ、パオラ・バルバラ、ドリア・パオラ、カテリーナ・ボラット、ヴェラ・カルミ、ヴィヴィ・ジョイ、マリア・メルカデールといったエレガントなスターたちが、イタリアのハリウッドであるチネチッタを華やかに彩った。
また、この時代にはファシスト政権が理想とする良妻賢母、そして貞淑な娘といった保守的な女性像を演じるスターも人気を集めた。その代表格とも言えるのが、“イタリアの恋人”と呼ばれたアリダ・ヴァリだろう。戦前・戦中のスターの多くが戦後は脇に回ったり消えていったりしたが、アリダ・ヴァリはハリウッド進出を果たした後もイタリアを代表する大女優として息の長いキャリアを歩むことになる。そのほか、アーシャ・ノリス、マリア・デニス、マリエッラ・ロッティ、リリア・シルヴィ、アドリアナ・ベネッティといった親しみやすいスター女優が大衆のハートをとらえた。戦後、スペクタクル史劇の女優としてハリウッドにも進出したマリナ・ベルティやネオ・レアリスモ映画で引っ張りだこになったカルラ・デル・ポッジョも、この時代に注目を浴びたスターだった。
一方で、1940年のイタリアは初めてスクリーンの上で女性の裸が映し出されるようになった時代でもある。その第1号はクララ・カラマイ。ほんの一瞬だけ乳房が露わになるシーンはイタリア全土で一大スキャンダルとなり、カラマイを一躍トップ・スターにした。妖艶なヴァンプ女優だったドリス・デュランティもカラマイに引き続きスクリーンでヌードを披露したが、彼女はそれ以上にファシスト政権との密接な繋がりで悪名を轟かせることになる。ファシスト政権との繋がりと言えばルイザ・フェリーダも忘れてはならない。ムッソリーニ政権の高官と強い結びつきのあった俳優オズワルド・ヴァレンティの愛人だったフェリーダは当時の国民的スター女優だったが、1945年ヴァレンティと共にパルチザンに銃殺された。
イタリア映画の戦後復興はネオ・レアリスモと共に始まった。その象徴とも言える作品「無防備都市」('45)に出演していたのがアンナ・マニャーニ。戦後のイタリアで最も国民に愛された大女優と言っていいだろう。また、一連のフェリーニ作品で名演技を見せたジュリエッタ・マッシーナ、「にがい米」('49)で世界的なセンセーションを巻き起こしたシルヴァーナ・マンガーノ、「オリーブの下に平和はない」('49)で脚光を浴びたルチア・ボゼ、いち早くハリウッドにも進出したヴァレンティナ・コルテーゼといったスターがイタリア映画の復興を支えた。
1960年の「甘い生活」を頂点とし、イタリア映画界はかつてないほどに世界的な成功を収め、文字通り黄金期を迎える。そんな高度成長にあるイタリア映画を象徴するようなディーバがジーナ・ロロブリジーダとソフィア・ローレンだった。どちらも、50年代以降のイタリア映画を代表するスーパー・スターへと成長していく。彼女らの世界的な大成功によって、イタリア映画界は世界でも稀に見るスター女優の宝庫となっていく。特に濃厚でエネルギッシュなエロティシズムはイタリア女優の看板となり、スペクタクル史劇の女王となったジャンナ・マリア・カナーレ、シルヴァーナ・パンパニーニ、フランカ・マルツィ、エリ・パルヴォといった女優がセックス・アピールを発散しまくった。また、ハリウッドからやってきたスウェーデン女優アニタ・エクバーグも、その巨大なボディでイタリア映画界で全盛期を築いていく。
一方で、上品な大人のエロティシズムで話題を呼んだのが「激しい季節」('59)のエレオノラ・ロッシ・ドラゴ。レア・パドヴァーニやロザンナ・スキャッフィーノらも実力とセックス・アピールを兼ね備えたスターだった。ネオ・レアリスモから登場したジョヴァンナ・ラッリの隣のお姉さん的魅力も忘れがたい。
また、戦後の高度成長の中で新しい時代のスターも生み出されていった。ハリウッド進出も果たした絶世の美女ヴィルナ・リージ、知性派のレア・マッサリ、60年代のポップ・カルチャーを代表するアイコンともなったモニカ・ヴィッティ、そしてヴィスコンティやレオーネといった巨匠に愛された情熱的なディーバ、クラウディア・カルディナーレ。また、可憐な清純さとグラマラスな肢体のアンバランスで注目の的となったステファニア・サンドレッリ、貧しくとも美しい庶民の娘を演じたアントネッラ・ルアルディや、ピア・アンジェリの名前でハリウッドでも成功をおさめたアンナ・マリア・ピエランジェリ、「トロイのヘレン」('55)で世界一の美女と謳われたロッサナ・ポデスタ、トップ・モデルから女優に転身したエルザ・マルティネリ、清楚で可憐な庶民の娘を演じたロレッラ・デ・ルーカ、さらに「鉄道員」('56)の娘役からセックス・シンボルへと変身を遂げたシルヴァ・コシナなど、まさにスター女優花盛りの時代を迎える。また、青春スターとしてはフランス出身のカトリーヌ・スパークが絶大な人気を博した。
さらに、イタリア産娯楽映画の世界的な人気を背景に、「007/ロシアより愛をこめて」で注目を集めたダニエラ・ビアンキ、イヴリン・スチュアートの名前でマカロニ・ウェスタンのスター女優となったイーダ・ガリ、スパイ映画やホラー映画で人気を得たエリカ・ブラン、やはりマカロニ・ウェスタンの名物女優となったラダ・ラシモフなどのセクシー女優がスクリーンを華やかに彩った。また、イギリス出身のバーバラ・スティールがホラー映画の女王としてもてはやされたのも忘れてはならない。
60年代末の“革命の時代”を経て、新しい価値観の普及と共にスター女優も大胆な変貌を遂げていく。中でも、過激なセックス・シーンも辞さないようなパワフルな演技を見せる女優が注目を集める。濃厚な大人のエロティシズムで高く評価されたリーザ・ガストーニ、ヴィスコンティにまで認められたラウラ・アントネッリ、アルジェリア出身でイタリアを代表するセックス・シンボルとなったエドウィージュ・フェネッシュ、リナ・ウェルトミューラー作品で注目を集めた個性派マリアンジェラ・メラート、ブラジル出身の強面女優フロリンダ・ボルカン、可憐で美しい童顔ながら潔い演技で人気を集めたアゴスティナ・ベッリ、青春スターからイタリアのディーバへと成長したオルネラ・ムーティ、さらにはベテランのステファニア・サンドレッリやシルヴァ・コシナらも大胆な演技で話題をさらっていった。
また、70年代は低予算のソフト・ポルノやセックス・コメディが大量生産された時代。ロサルバ・ネリやスーザン・スコット(ニーヴェス・ノヴァッロ)、マリサ・ロンゴ、フェミ・ベヌッシ、ナディア・カッシーニ、ダグマー・ラッサンダー、オルキデア・デ・サンティス、パオラ・セナトーレといったセクシー女優が大活躍した。中でも、グロリア・グイダとリリ・カラーチは若者を中心に絶大な支持を得た。また、スウェーデン出身のエヴァ・オーリンやハリウッドから移ってきたバーバラ・ブーシェ、インドネシア出身で“黒いエマニエル”として人気を集めたラウラ・ジェムサー、日本でも人気を得たフランス出身の“愛の妖精”アニー・ベル、ドイツ出身のカリン・シューベルトなど、外国人のセクシー女優も活躍。下積みの長かったベテラン女優マリーザ・メルも若いスターに混じってセックス・アピールを発揮した。
しかし、イタリア映画が勢いを失っていった80年代以降、イタリアの映画女優も次第に元気を失っていく。イタリアン・エロスの帝王ティント・ブラス作品で活躍したセレナ・グランディやフランチェスカ・デレーラ、ソフト・ポルノやホラーで人気を得たエヴァ・グリマルディ、ガブリエル・ラヴィア監督作品で活躍したモニカ・ゲリトーレといったイタリアらしいグラマラスな女優は少数派となり、「レイン・マン」('88)などハリウッドで大活躍したヴァレリア・ゴリノ、同じくハリウッドの「マイ・プライベート・アイダホ」('91)で注目を集めたキアラ・カゼッリ、ナンニ・モレッティ作品やフランス映画で活躍するラウラ・モランテなど、知性派を前面に押し出した女優が主流を占めていく。スペイン映画「ルルの時代」('90)で過激なセックス・シーンを演じて話題になったフランチェスカ・ネリにしても、従来のイタリア女優のイメージからすると細身でセックス・アピールには乏しい。フランス映画「髪結いの亭主」('90)で話題になったアンナ・ガリエナが辛うじて、イタリア女らしい豊満なエロティシズムを持ち合わせていた。
そんなイタリア映画界の救世主的な存在となったのがモニカ・ベルッチだろう。今やイタリア映画界で唯一世界を股にかけて活躍する美の象徴である。また、モデル出身で「イル・ポスティーノ」('95)で注目を集めたマリア・グラツィア・クッチノッタも往年のディーバを思わせる存在感を持つ。また、イタリアン・ホラーの巨匠ダリオ・アルジェントの娘アーシア・アルジェントも、父親譲りのエキセントリックな個性とミステリアスな美貌で女優兼監督として国際的に活躍をしている。そのほか、ロベルト・ベニーニ夫人のニコレッタ・ブラスキやマルガリータ・ブイ、マヤ・サンサ、バルボラ・ボブローヴァ、ジョヴァンナ・メッゾジョルノといったスター女優が活躍しているが、いずれも世界マーケットで活躍するには小粒な印象は拭えない。
というわけで、イタリア女優の歴史を駆け足で紹介してきたが、その中でも個人的に好きなスターをピックアップして以下紹介していく。もちろん、他にも紹介したい女優は沢山いるが、それはまた別の機会に。いずれは、イタリア映画女優名鑑みたいなものも作ってみたいと思う。
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フランチェスカ・ベルティーニ Francesca
Bertini 1892年1月5日 イタリアはフィレンツェの生まれ。 “ディーバ”の称号は彼女のために生まれたと言っても過言ではない、サイレント期のイタリア映画を代表する大女優。日本でも「椿姫」('15)や「フェドラ」('16)といった作品が公開されているが、やはり代表作は「アッスンタ・スピーナ」('15・日本未公開)だろう。自由奔放で誇り高いナポリの娘、アッスンタ・スピーナが辿る悲劇を描くメロ・ドラマで、彼女自ら原作者のサルヴァトーレ・ディ・ジャコモに映画化権を交渉して監督まで手掛けた野心作。ナポリの市街地でロケを行い、主要キャスト以外は実際にナポリに暮らす素人を出演させ、徹底したリアリズムを追及した。ベルティーニの演技は気高さと気迫に満ち、セリフがないことすら忘れさせてしまう。そこには、我こそが映画界の女王であるというベルティーニの凄まじいまでのエゴが見え隠れするのだった。 1921年にカルティエ伯爵と結婚して一時期引退をするが、1925年にスクリーンにカムバック。ライバルの多くが結婚して引退する中、トーキーの時代を迎えるまで映画界の女王として君臨した。そんな彼女のキャリアの足かせとなったのが、年齢とエゴだった。初トーキー作品「夜の女」('30・日本未公開)で相変わらずファム・ファタールを演じたベルティーニだったが、年齢は既に38歳。当時としては立派な中年である。あくまでも主役にこだわり、実年齢よりも若い役を演じる事を望んだ彼女は、トーキー以降数本の主演作を残して映画界から消え去った。 ちなみに、今の美的価値基準からすると、全盛期のベルティーニはちょっと体格が良すぎるようにも見える。しかし、ハリウッドのサイレント期を彩った女優セダ・バラやクララ・ボウ、グロリア・スワンソンなども、どちらかというと体格は太めだった。グレタ・ガルボやキャロル・ロンバードだって、最初の頃はムチムチしていたもんである。フランスの伝説的な大女優サラ・ベルナールなんかも、はっきり言ってデブ一歩手前。まあ、そんな時代だったのである。 そして、1976年。ベルティーニはベルナルド・ベルトルッチ監督作「1900年」の尼僧役で突如スクリーンにカムバックを果たす。1982年のドキュメンタリー映画「ベリッシモ」で自らのキャリアを振り返るベルティーニは、文字通り大女優の威厳とオーラに満ちていた。 1985年10月13日、ローマにて死去。 |
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イザ・ミランダ Isa Miranda |
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アリダ・ヴァリ Alida Valli 彼女こそ、イタリアの生んだ真の大女優である。我々日本人の知っているアリダ・ヴァリと言えば、彼女が並木道を歩くラスト・シーンが忘れがたいキャロル・リード監督の「第三の男」('49)や若い青年将校と道ならぬ恋に落ちる貴族の人妻を演じた「夏の嵐」('54)、庶民の生活の中に深く残る第2次大戦の傷跡を静かに描き出す「かくも長き不在」('60)といった揺るぎなき名作群での情熱的で生々しい演技、そして見るからに常人ではない魔女のバレエ教師を演じた「サスペリア」('77)や闇の世界の住人を演じた「インフェルノ」('80)といったホラー映画での怪女優といったところだろうか。汚れ役だろうと何だろうと気迫で演じきるその潔さはアッパレと言うしかないだろう。ロベルト・ベニーニ主演の“Berlinguer
ti voglio
bene”('77)では、ベニーニ扮するちょっと頭の弱い主人公のエキセントリックな母親を怪演。ボサボサ頭の口汚いオバチャンが、息子の友達とデキてしまった途端にケバケバしく若返ってしまう、そのエグいまでの生々しさが強烈だった。これこそ女優魂というもんだろう。 |
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カテリーナ・ボラット Caterina Boratto 1915年3月15日、イタリアはトリノの生まれ パゾリーニの大問題作「ソドムの市」('75)で、ファシストらによって監禁された少年少女たちに背徳的な物語を語って聞かせる怪しげな老婦人を演じた女優さん、と言えばピンとくる人もいるかもしれない。 |
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ヴァレンティナ・コルテーゼ Valentina Cortese 1925年1月1日、イタリアはミラノの生まれ。 まるで中世の肖像画か彫刻から抜け出てきたような美しい女優。ハリウッドでの華々しいキャリアを期待されながらも、結局は大成しなかった。戦後のアメリカ映画では扱いづらいタイプの女優だったのかもしれない。それでも、フランソワ・トリュフォー監督の「映画に愛をこめて アメリカの夜」('73)では落ちぶれた往年の大女優を熱演、初めてアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされる。しかし、結果は「オリエント急行殺人事件」のイングリッド・バーグマンの受賞。あまりにも地味で目立たない老女役を演じさせられた大女優バーグマンに対する同情票が集まった事は誰の目にも明らかだった。それを一番実感していたであろうバーグマンは、壇上から会場にいたコルテーゼに向かって“本当はあなたが受け取るべきよ”と言ってライバルの一世一代の名演技を讃えた。この年のアカデミー賞授賞式一番のハイライトだった。 |
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マリーナ・ベルティ Marina Berti 1924年9月29日、イギリスはロンドンの生まれ 日本では「ベン・ハー」('59)の娼婦フラヴィア役くらいでしか知られていない女優だが、戦時中のイタリア映画界では絶大な人気を誇ったスターだった。デビュー作は名匠アルベルト・ラットゥアーダ監督の処女作「理想家ジャコモ」('42・日本未公開)。横暴な貴族の毒牙にかかって哀しい末路を辿る孤児の少女チェレスティーナを演じ、大衆の涙を誘った。この作品の大成功で、彼女は運命や社会の犠牲となる薄幸のヒロインを数多く演じ、イタリアの国民的なアイドルとなった。 |
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クララ・カラマイ Clara Calamai 1909年9月7日、イタリアはトスカーナ地方のプラートの生まれ ダリオ・アルジェント監督の傑作ホラー「サスペリアPART2」('75)でピアニストのカルロの母親マーサ役を怪演した女優。元映画女優という設定のマーサの自宅に飾られていたポートレートは、全てクララ・カラマイ自身の全盛期のものだった。日本ではヴィスコンティ監督初期の名作「郵便配達は二度ベルを鳴らす」('42)で愛のない結婚生活から抜け出そうとするヒロイン、ジョヴァンナ役を演じた女優として知られる。彼女は、ファシスト政権時代のイタリア映画界におけるファム・ファタールであり、イタリア映画史上初めてスクリーンでヌードを披露したスキャンダラスな女優だった。 |
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ドリス・デュランティ Doris Duranti 1917年4月25日、イタリアはトスカーナ地方リヴォルノの生まれ ファシスト政権下で最もスキャンダルにまみれた女優と言えるだろう。露骨なまでの金と名声への欲望でスターとしての地位を築き上げ、女を武器に政治家や権力者を利用した。しかも、ファシスト政権の崩壊をいち早く察知し、見事に国外逃亡を成功させ、ほとぼりがさめた頃に帰国して再びスター女優に返り咲こうとするしたたかさ。その生々しいまでの女の業というのは、それはそれで見上げたものかもしれない。“女なら誰でも私みたいになりたいはずよ”と豪語した彼女は、ある意味では非常に勇敢な女性だったと言えるだろう。 |
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ルイーザ・フェリーダ Luisa Ferida 1914年3月18日、イタリアはカステル・サン・ピエトロの生まれ ファシスト政権時代の悪名高き映画女優。ドリス・デュランティでさえ彼女のことを、“いい女優だったけれど、労働者階級の出身が抜けきれらなかった。服装は品がないし、話す言葉に全く知性がなかったわ”と辛辣な意見を述べている。自ら軍服を着て権力を見せ付けることを好み、さらには拷問されたパルチザンの前で裸で踊ってみせて嘲笑ったという逸話まで残されている。しかし、その一方で愛人だった俳優オスワルド・ヴァレンティとの絆は深く、ファシスト政権崩壊後も行動を共にし、国外逃亡を図ることもなくミラノで銃殺刑に処せられた。 |
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アンナ・マニャーニ Anna Magnani 1908年3月7日、ローマの生まれ イタリア庶民に最も愛された映画女優だろう。“セラフィーナ”の愛称で親しまれ、かの巨匠フェリーニは“アンナ・マニャーニこそローマそのものだ”と語った。感情的で直情的。よく喋りよく笑いよく怒る。エネルギーとバイタリティーの塊り。情熱的でパワフルで悲哀に満ちたアンナ・マニャーニは、イタリア庶民の象徴的存在だった。その名声は海をも飛び越え、アメリカの戯曲家テネシー・ウィリアウムズは彼女のために「バラの刺青」を書き下ろす。そして、その映画化で1955年のアカデミー主演女優賞を受賞。イタリア人の俳優としては史上初のオスカー受賞だった。まさか自分が取れるとは思っていなかったマニャーニは、ローマの自宅に受賞を知らせてきたレポーターに向かって、“ウソよ。もし冗談だったら、あんたをぶっ殺すからね!”と言って信じなかったという。 |
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シルヴァーナ・マンガーノ Silvana Mangano 1930年4月23日、ローマの生まれ 彼女ほど大きくイメージの変化を遂げた女優も珍しいかもしれない。ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」('71)の美少年タッジョの母親や「ルードウィヒ/神々の黄昏」('72)のワーグナーの愛人コージマといった後期のデカダンな気品あふれる貴婦人役からは、“原爆女優”と呼ばれた「にがい米」('48)や「シーラ山の狼」('49)の頃の逞しい庶民的な肉体派女優ぶりは想像もできまい。イタリアを代表する世界的な大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの妻であり、そのキャリアはラウレンティスの管理下に置かれていたと言われているが、「私は宇宙人を見た」('64)のティント・ブラス監督は撮影に口を挟もうとする夫に対して激しく抗議をして監督を擁護するマンガーノの姿に感銘を受けたという。 |
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ルチア・ボゼ Lucia Bose 1931年1月28日、ミラノの生まれ その代表作の多くが未公開なために、日本では非常に知名度の低い女優。しかし、ルチア・ボゼは戦後の高度成長期にさしかかったイタリアで、庶民の若い娘たちの憧れとも言えるスターだった。ただ、そのキャリアの全盛期にスペインの国民的闘牛士ルイス・ドミンギンと結婚して引退。同世代のジーナ・ロロブリジーダやソフィア・ローレンのように国際舞台で活躍することよりも家庭生活を選んだのは、イタリア映画界にとっては残念なことだったかもしれない。 |
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エレオノラ・ロッシ・ドラゴ Eleonora Rossi Drago 1925年9月23日、イタリアはクイント・アル・マーレの生まれ 見るからにエレガントで上品な女優さん。モデル出身で、その美しさゆえに女優として大成するまでに時間がかかった。何と言っても、若い青年と恋に落ちる戦争未亡人ロベルタを演じたヴァレリオ・ズルリーニ監督の名作「激しい季節」('59)が印象深い。戦況が悪化する第2次世界大戦末期のイタリアを舞台に、周囲の反対を押し切って恋に身を焦がす男女の悲劇を叙情的に描く名作だった。 |
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ロッセラ・ファルク Rossella Falk 1926年11月10日、ローマの生まれ イタリアでは映画女優としてよりも舞台女優として尊敬されている人。特に、ヴィスコンティの演出した「欲望という名の電車」や「三人姉妹」といった舞台で、50年代の演劇界を代表する女優の一人となった。90年代には、モニカ・ヴィッティと共演した女版“おかしな二人”の舞台が大絶賛されている。日本では70年代以降のホラー映画やサスペンス映画で殺されるオバサンというイメージが強いが。 |
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ジーナ・ロロブリジーダ Gina Lollobrigida 1927年7月4日、イタリアはローマの生まれ 今やソフィア・ローレンと並んでイタリアの国宝級スターである。今年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリアのアカデミー賞)では同賞の50周年記念賞を授与されているし、96年には功労賞を、86年にはローマ市金賞を受賞している。ロッロの愛称で親しまれた血気盛んなイタリアのお転婆娘は、フランス映画のロマンティックなお姫様からハリウッド製アドベンチャーのファム・ファタールまで演じ、イタリアの美の象徴とまでなった。実際、ソフィア・ローレンが美しいという概念を超越してしまった怪物であるのに対し、ロロブリジーダは完璧なまでに均整の取れた絶世の美女である。「美女の中の美女」('55)なんて作品もあったが、巨匠キング・ヴィダー監督のハリウッド史劇大作「ソロモンとシバの女王」('59)のシバの女王役なんて彼女でなければできなかったろう。 |
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ソフィア・ローレン Sophia Loren 1934年9月20日、イタリアはポッツォーリの生まれ イタリア映画界の生ける伝説。文字通り奇跡のような存在だろう。その大げさな顔の造形といい、ホルスタインのような巨乳といい、冗談じゃないかと思うくらいにトゥー・マッチなゴージャスぶりは世界でも類をみない人種である。そう、彼女はソフィア・ローレンという名の、世界にただ一人の人種なのである。というか、そうとしか思えない(笑)。 |
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ジョヴァンナ・ラッリ Giovanna Ralli 1935年1月2日、イタリアはローマの生まれ この人は、若い頃の娘役時代よりも年をとってからの方がとてもいい味を出している。中でも、主人公と愛のない結婚をしてしまう女性エリーデ役を演じた「あんなに愛しあったのに」('74)は本当に素晴らしかった。わがままで気の強いお嬢様で、婿養子の夫を小ばかする鼻持ちならないマダム。しかし、実は結婚当初から自分が夫から愛されていない事に深く傷ついており、夫の気を引くために憎まれ役を演じていたのだ。そして、結局未だに夫の心が昔の恋人のところにある事を知り、独り寂しく自らの命を絶つ。その最後の瞬間の美しい表情がなんとも忘れがたい名演だった。 |
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シルヴァ・コシナ Sylva Koscina 1933年8月22日、旧ユーゴスラヴィア(現クロアチア)はザグレブの生まれ それはもう綺麗な女優さんだった。ピエトロ・ジェルミ監督の名作「鉄道員」('56)の長女ジュリア。頑固で誇り高い父親に反抗し、恋人の子供を身ごもって家を追い出されてしまう娘。可憐でけなげな、下町に咲く一輪の花といった感じだった。世界的な史劇ブームを巻き起こしたスティーヴ・リーヴス主演の「ヘラクレス」('58)と「ヘラクレスの逆襲」('59)では世にも美しいお姫様。これがきっかけで、ハリウッドやイギリス、フランスなどの映画にも出演し、一時期は世界で最も多忙な女優の一人だった。ただ、決定的な代表作に恵まれなかったため、容姿の衰え始めた70年代以降は色情狂のマダムや憎まれ役等が多くなり、本人も積極的に激しいセックス・シーンを演じるようになった。かつてのお姫様女優の末路かと思うと、その姿には痛々しさすら感じる。 |
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クラウディア・カルディナーレ Claudia Cardinale 1938年4月15日、チュニジアはチュニスの生まれ ジーナ・ロロブリジーダにソフィア・ローレンという巨大な存在の陰に隠れてしまいがちだが、クラウディア・カルディナーレもイタリアが世界に誇るれっきとした大女優である。日本でもブリジッド・バルドーのBBに対抗してCCなどと呼ばれるほど人気があった。初期の「刑事」('59)や「汚れなき抱擁」('60)、「鞄を持った女」('61)、そして「ブーベの恋人」('63)の頃の、情熱的で庶民的な娘役、さらにはハリウッド進出を果たした「ピンクの豹」('64)や「サンタモニカの週末」('67)、「恋人泥棒」('68)におけるスウィンギーでお洒落なセックス・シンボル、そして巨匠ヴィスコンティによる「山猫」('63)や「熊座の淡き星影」('65)、セルジョ・レオーネによるウェスタン叙事詩「ウエスタン」('68)における風格あるドラマティックな大女優の顔。実に様々な作品で多彩な演技、表情を見せてきた。そのフィルモグラフィーはローレンやロロブリジーダも顔負けと言えるだろう。 |
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ヴィルナ・リージ Virna Lisi 1937年9月8日、イタリアはアンコナの生まれ いわゆるイタリア的なグラマー女優ではない。ブロンドの髪にほっそりとしたしなやかな体。そして何よりも印象的な大きな瞳。猫のようにシャープな顔つきで、ハッとするような美女。非常にハリウッド的なタイプのセックス・シンボルだったと言えるだろう。もともとは庶民的な少女スターとして売り出されたが、次第にミステリアスでセクシーな大人の女へと生まれ変わっていく。ただ、その完璧なまでの美しさが邪魔をし、女優としてはなかなか正当に評価されなかった。映画出演も少なくなって行き、半ば忘れ去られかけた1994年、突如「王妃マルゴ」でカンヌ映画祭最優秀女優賞を受賞して華々しいカムバックを果たした。言われなければヴィルナ・リージだとは気付かないほどの凄まじいい形相で稀代の悪女カトリーヌ・ド・メディチを大熱演。古くからの映画ファンをアッと驚かせたものだった。 |
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ロッサナ・ポデスタ Rossana Podesta 1934年7月20日、リビアはトリポリの生まれ 世界一の美女、と呼ばれた女優。何と言っても「トロイのヘレン」('55)である。日本ではサントラのヒットによるリバイバル公開のおかげで、すっかり「黄金の七人」('65)の印象が強いだろう。峰不二子の元ネタとも言えるセクシーでファッショナブルで油断ならない美しき女泥棒。「続・黄金の七人/レインボー作戦」('66)では、金を見ただけで髪の毛から服から瞳までゴールドに変わってしまう特異体質(?)を披露、アハ〜ンなんてため息つきながら全身黄金まみれになってしまう姿がなんともエロチックでキッチュだった。 |
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エルザ・マルティネッリ Elsa Martinelli 1935年1月13日、イタリアはトスカーナ地方グロセットの生まれ いわゆるスーパー・モデル出身の女優である。それだけに、ウルトラ・モダンなファッション満載の「華麗なる殺人」('65)やカラフルなファッションが楽しかった「イタリア式愛のテクニック」('66)なんかの彼女は素晴らしくゴージャスでスタイリッシュだった。彼女の場合珍しいのは、デビュー作がハリウッド映画だったこと。 |
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マリーザ・メル Marisa Mell 1939年2月24日、オーストリアはグラーツの生まれ そのゴージャスな美貌とディーバ・ライクなオーラにも関わらず、女優としては決して恵まれたキャリアを歩んだ人ではなかった。恐らく不器用な人だったのだろう。それを象徴するのが、ハリウッド・デビューを蹴った一件である。ギャラは申し分なかったが、問題はそんな事ではなかった。“本一冊分の契約書だったのよ。あれじゃトイレに行くのにだって許可が要るわ。”普通の女優なら喜んで飛びつくハリウッド・デビューだが、彼女が一番嫌がったのは束縛される事だった。 |
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ステファニア・サンドレッリ Stefania Sandrelli 1946年6月5日、イタリアはヴィアレッジョの生まれ イタリア映画黄金期が最後に生み出した大女優と言えるかもしれない。ハリウッド進出こそ果たさなかったが、ピエトロ・ジェルミにベルトルッチ、エットーレ・スコラといった巨匠たちに愛され、数多くの名作で素晴らしい演技を見せてきた。その一方で、30代以降はイタリアン・エロスの女神として数多くのソフト・ポルノで大胆な演技を披露。ティント・ブラス監督の「鍵」('84)では放尿シーンまで演じて度肝を抜かされた。デビュー当初から愛らしい童顔と成熟した体のアンバランスが魅力で、ジェルミの傑作「イタリア式離婚狂想曲」('61)や「誘惑されて棄てられて」('63)ではシチリアの男社会で翻弄される小悪魔的魅力の少女を演じて輝いていた。 |
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エリカ・ブラン Erika Blanc 1942年7月23日、イタリアはブレスチアの生まれ 60年代から70年代にかけて活躍した、イタリア産B級映画の女王である。スパイ映画からホラー、コメディにマカロニ・ウェスタンと、何でもござれという感じで出演しまくっていた。一種独特のクラシカルな顔立ちをした女優で、その他大勢のB級映画女優とは違ったカリスマ性を備えていた。中でも「淫虐地獄」('71)でのミステリアスなサッキュバス役での凄まじい怪演や、“La
notte che Evelyn usci dalla
tomba”('71)のセクシーなキンキー・ブーツ姿はいろんな意味で忘れがたい。 |
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ラウラ・アントネッリ Laura Antonelli 1941年11月28日、イタリアはイストリア地方(現在はクロアチア)ポーラの生まれ 70年代のイタリアを代表するセックス・シンボルである。「青い体験」('73)のセクシーな継母役で一世を風靡し、巨匠ヴィスコンティの「イノセント」('75)でヒロインを務めるまでになった。セックス・コメディと芸術映画の両方で活躍し、ただのグラマー女優ではない事を証明したかに見えたが、結局は“セックス・シンボル”という己のイメージに囚われすぎて大女優にはなれなかった。 |
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ダグマー・ラッサンダー Dagmar Lassander 1943年6月16日、チェコはプラハの生まれ 60年代から70年代にかけて、イタリアのB級映画には欠かせないセクシー女優だった。往年のハリウッド・スター、スーザ・ヘイワードにそっくりな気の強そうな顔立ちで、その美しさはテクニカラーでこそ映えるものだったと言えるだろう。中でも、謎の脅迫者に狙われる人妻を大熱演した“Le
foto proibite di una signora per
bene”('70)はジャロの隠れた名作で、彼女が優れた演技者であったことを示している。 |
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オルネラ・ムーティ Ornella Muti 1955年3月9日、イタリアはローマの生まれ イタリア映画界の生んだ最後のディーバと呼んでも過言ではないかもしれない。すっかり小粒な女優ばかりになってしまった感のあるイタリア映画において、往年の大女優の風格を漂わせるグラマラスなスター。そう、スターという言葉が似合うイタリア女優は、今ではすっかり稀になってしまった。デビュー当時の、物静かながら激しい情熱を秘めた鋭い眼差しはクラウディア・カルディナーレを彷彿とさせるものがあったし、「ありきたりな狂気の物語」('84)や「予告された殺人の記録」('87)ではアリダ・ヴァリやアンナ・マニャーニにも通ずるイタリア女優のバイタリティを感じさせてくれた。シルベスター・スタローンの妻役を演じた「オスカー」('91)などは、そのイタリア女らしさが上手く生かされていたように思う。 |
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リリ・カラーチ Lilli Carati 1956年9月23日、イタリアはヴァレーゼの生まれ 70年代にイタリアで絶大な人気を誇ったセクシー女優。ヒッピー世代の自由奔放な若者像を演じて引っ張りだこだった。中でも、ヒッピーのコミュニティーで生活をするヒッチハイカーの少女二人の衝撃的な末路を描く「大人になる前に・・・」('78)はセンセーショナルな作品として話題になった。しかし、ドラッグで身を持ち崩し、しまいにはハードコア・ポルノにまで出演。そのまま芸能界から永遠に消え去ってしまった。 |
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ダリラ・ディ・ラッツァーロ Dalila Di Lazzaro 1953年1月29日、イタリアはウディーネの生まれ イタリア映画界では珍しいクールで冷たい美貌を持った女優。モデル出身で、70年代後半から80年代にかけてアラン・ドロンやフランコ・ネロの相手役を演じて脚光を浴びた。その代表作の殆どが日本では劇場未公開なため、日本でダリラ・ディ・ラザーロというと「フェノミナ」('85)の寄宿学校の冷徹な女校長役くらいしか認知されていないだろう。実際、80年代以降の彼女は良い脚本に恵まれない事に不満を抱き、たびたび映画化の権利を買い取ったり自ら脚本を書いたりしているが、残念ながら未だに実現したプロジェクトはない。 |
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モニカ・ゲリトーレ Monica Guerritore 1958年1月5日、イタリアはローマの生まれ 少女スターからセックス・シンボル、そして本格的な演技派女優へと着実にキャリアを重ねてきた人。16歳の時に出演した「楡の木陰の愛」('74)では、「小さな恋のメロディ」のマーク・レスターと瑞々しい全裸のラブ・シーンを演じて話題になった。肉感的でありながら、どこか少女のような清らかさを持った女優で、その屈託のない笑顔は幾つになっても変わらない。 |
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エヴァ・グリマルディ Eva Grimaldi 1961年9月7日、イタリアはヴェローナの生まれ これぞイタリア女優!といった感じの濃厚なグラマー女優。そのパワフルな演技といい、かつてのソフィア・ローレンを彷彿とさせるものがある。ただ、加減を知らないのか、往々にして演技過剰になりがちなのが玉に瑕だったりするのだが。また、映画デビューしたのがイタリア映画衰退期であったのも不幸で、B級ホラーやソフト・ポルノといった作品ばかりあてがわれてきた。ジェラール・ドパルデューの相手役を演じたフランス映画「俺たちは天使だ」('95)でようやくブレイクするかと思われたが、それ以降はテレビを中心に活動を続けている。 |
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フランチェスカ・ネリ Francesca Neri 1964年2月10日、イタリアはトレノの生まれ ビガス・ルナ監督のスペイン映画「ルルの時代」('91)の自由奔放なヒロイン、ルル役が強烈に印象的だった。「ハンニバル」('01)と「コラテラル・ダメージ」('01)で本格的にハリウッド進出も果たしたが、その後の活動は比較的大人しい。スケールの大きな演技派だけに、まだまだ意欲的な活躍を期待したいところ。 |
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モニカ・ベルッチ Monica Bellucci 1964年9月30日、イタリアはチッタ・ディ・カステッロの生まれ 久々にイタリア映画界に登場したスターらしいスター女優。“イタリアの宝石”とまで謳われたトップ・モデルで、当初は綺麗なだけの女優かと思われたが「マレーナ」('00)ではしっとりとした美しさの中に気丈な女の強さを演じきり、もしかしたらとんでもない大女優になるかもしれないと思わせられた。その後もスター女優らしい華々しい活躍を続けているが、そろそろ「マレーナ」を超えるような当たり役が望まれるところだろう。 |
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Assunta Spina (1914) |
奇跡の鐘 |
愛と殺意 |
われら女性 |
| (P)2003 Kino Video (USA) | (P)1996 Cinema Supply(日本) | (P)2005 No Shame Films (USA) | (P)2004 紀伊国屋書店(日本) |
| 画質★★★☆☆ 音質★★★★☆ | 画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆ | 画質★★★★★ 音質★★★★☆ | 画質★★★★☆ 音質★★★★☆ |
| DVD仕様(北米盤) モノクロ/スタンダード・サイズ/ステレオ/音声:サイレント(音楽のみ)/英語字幕/地域コード:ALL/62分/製作:イタリア 映像特典 ドキュメンタリー映画The Last Diva : Francesca Bertini収録 |
DVD仕様(日本盤) モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル/英語音声/日本語字幕/地域コード:不明/120分/製作:アメリカ |
DVD仕様(北米盤) モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル/音声:イタリア語・英語/英語字幕/地域コード:1/98分/製作:イタリア 映像特典 撮影監督ジュゼッペ・ロトゥンノ インタビュー 修復版公開時の様子(アントニオーニ監督、ルチア・ボゼらのインタビュー含む) メイキング・ドキュメンタリー ロケ現場再訪 修復過程ドキュメンタリー ポスター&スチル・ギャラリー |
DVD仕様(日本盤) モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル/イタリア語音声/日本語字幕/地域コード:2/97分/製作:イタリア |
| 監督:フランチェスカ・ベルティーニ グスタヴォ・セレーナ 原作:サルヴァトーレ・ディ・ジャコモ 撮影:アルベルト・G・ガルタ 出演:フランチェスカ・ベルティーニ グスタヴォ・セレーナ カルロ・ベネッティ ルチアーノ・アルベルティーニ |
監督:アーヴィング・ピシェル 原作:ラッセル・ジャニー 脚本:ベン・ヘクト クエティン・レイノルズ 撮影:ロバート・デ・グラス 音楽:リー・ハーライン 出演:フレッド・マクマレイ アリダ・ヴァリ フランク・シナトラ リー・J・コッブ |
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ 脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ ダニエレ・ダンザ シルヴィオ・ジョヴァンネッティ フランチェスコ・マゼッリ 撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ 音楽:ジョヴァンニ・フスコ 出演:マッシモ・ジロッティ ルチア・ボゼ フェルディナンド・サルミ ジーノ・ロッシ マリカ・ロフスキー |
監督:アルフレド・グァリーニ ジャンニ・フランチョリーニ ロベルト・ロッセリーニ ルイジ・ザンパ ルキノ・ヴィスコンティ 音楽:アレッサンドロ・チコニーニ 出演:アリダ・ヴァリ イングリッド・バーグマン イザ・ミランダ アンナ・マニャーニ アンナ・アメンドーラ エマ・ダニエリ |
| サイレント期イタリア映画界最高のディーヴァ、フランチェスカ・ベルティーニの代表作。その美しさと自由奔放さゆえに男に翻弄されていく女アッスンタ・スピーナを大熱演する力作。とはいえ、物語も古めかしいし、撮影もアリアリズム主義と言えば聞こえはいいが、同時代のハリウッドやドイツのサイレント映画と比べれば凡庸で、作品としては正直面白いとは思わない。ただ、実際にナポリの路上でロケ撮影を行い、地元の人々をエキストラで使った映像は当時のナポリの生き生きとした雰囲気を現代に伝えて興味深い。また、映像特典で収録されているドキュメンタリー映画で姿を見せる、当時94歳のベルティーニの威厳に満ちた風格、かくしゃくとしたたたずまいは、誇り高きディーヴァの凄みを十二分に感じさせてゾクゾクとするくらいに面白い。 |
こちらはヒッチコックの「パラダイン夫人の恋」('47)に続くアリダ・ヴァリのハリウッド進出第2弾。映画スターを夢見る無名の女優の短い人生を描く典型的なメロドラマで、名脚本家ベン・ヘクトが手掛けたにしては凡庸な作品。それでも、メロドラマとしてのツボはきっちりと押さえられており、可憐でひたむきなドサ周りの女優を演じるアリダ・ヴァリの堅実な演技を堪能する事が出来る。初期の娘役時代のヴァリの片鱗を垣間見る事が出来る貴重な作品と言えるかもしれない。 |
アントニオーニにとっての初の長編劇映画。若く美しい妻の不肖を疑って私立探偵を雇う大富豪。夫の疑いの通り、妻はかつての恋人と寄りを戻していたが、彼女には贅沢な今の暮らしを捨ててまで愛を貫くつもりもなかった・・・。まさにアントニオーニにとって“愛の不毛”の原点とも言える作品だが、全編を漂うフィルム・ノワール的ムードが異色。ストーリーはどうってことないのだが、ジュゼッペ・ロトゥンノによる流麗なカメラワークと陰影の美しい映像は素晴らしい。ヒロインを演じるルチア・ボゼも、演技的に抜きん出たものは感じられないものの、上流階級のお人形さん的な若妻の冷たさは十分に伝わってくる。かつての恋人を演じるマッシモ・ジロッティは、ヴィスコンティからピエトロ・ジェルミ、パゾリーニまで戦後の巨匠たちに愛された渋い2枚目スターだった。 | 当時のイタリア映画界を代表する大女優が、自らの私生活を演じるセミ・ドキュメンタリー的内容のオムニバス映画。もちろん、それぞれのエピソードは基本的にはフィクションながらも、大女優が自分自身を演じるという点がユニークで赤裸々な印象を与える。スタッフの婚約者に惹かれてしまい戸惑うアリダ・ヴァリ、隣の家のニワトリに大切な薔薇をついばまれてしまい悪戦苦闘するイングリッド・バーグマン、庶民の家庭の温かさに触れてふと子供のいない寂しさを募らせるイザ・ミランダ、そして舞台に向かうために乗ったタクシーの追加料金に納得がいかずに大喧嘩を繰り広げるアンナ・マニャーニ。中でも、これぞローマ女のバイタリティといった感じの機関銃トークでまくしたてるマニャーニのエピソードは抱腹絶倒の傑作。 |