ディマ・ビラン Dima Bilan
2006年要注目!ロシアから世界へ!

DIMA_BILAN.JPG

 

 今ロシアで最も人気の高い若手アーティスト、ディマ・ビラン。昨年はMTVロシア・ミュージック・アワードで2部門を受賞、さらにはベスト・セラーとなった楽曲に対して贈られるゴールデン・グラモフォンも2つ獲得し、“マン・オブ・ジ・イヤー”にも選ばれた。そして、遂に今年は新曲“Never Let You Go”を引っさげ、念願のユーロビジョン・ソングコンテストにロシア代表として出場。いよいよ世界デビューを果たす。
 Smash!のコーナーでも述べたが、ロシアでは若手の男性スターが非常に少ない。どうしてもキャリアと実力のあるベテラン勢に押されてしまい、若い男性アーティストは次々と現れては数曲で消えていってしまうというのが実情。ロシアの音楽番組なんかを見ていると、女性スターは若いキレイどころが多いのに、男性スターはアクの強いおっさんばかりなのが異様にも映る。ロシアでは、男性アーティストは若さやルックスだけではスターにはなれないのである。そうした状況の中でディマ・ビランが圧倒的な成功を収めているのは、ひとえに彼のソウルフルで美しいボーカルのおかげでだろう。うねるようなビブラートにソフトで繊細な声質、情熱的で豊かな感情表現。今までのロシアにはあまりいなかったタイプのボーカリストであり、ことR&B風のバラードを歌わせたら天下一品である。
 また、鍛え上げられた肉体を駆使したアクロバティックなダンスを織り交ぜながら見せるパワフルなステージ・パフォーマンスも人気の秘密だろう。ちょっと陰のある整った顔立ちながら、素顔はかなりやんちゃ坊主だったりするところのギャップも魅力で、アイドルとしても本格的なボーカリストとしても十分に通用するのは大きな強みと言えるだろう。

 1981年12月24日、ロシア連邦のクラチャイ・チェルクスク共和国で生まれたディマは、祖母の住むタタルスタン共和国のナーベレジヌイ・チェルヌイ市に育った。6歳の時に一家はコーカサス山脈中央部に位置するカバルダ・バルカル共和国に移り住む。小学校時代からディマの歌の上手さは評判で、学芸会でも注目の的だった。学校の先生は音楽の道に進む事を強く勧めたものの、安定した職業についてもらいたいと願う両親は猛反対。そこで助け舟を出してくれたのが姉で、自分が弟の面倒を見る代わりに音楽を学ばせてやるよう両親を説得してくれたのだった。
 アコーディオンを学んだディマは、モスクワで開催された青少年向けの音楽コンテスト“チュンガ・チャンガ音楽祭”に出場する。そこで知り合ったアラという女の子の誘いで、ディマは99年にモスクワへ移ることになる。アラの住むアパートに居候をし、ブティックでアルバイトをしながら音楽学校に通った。
 2002年、ディマにとって最初の転機が訪れる。当時の恋人サーシャと一緒にいたディマは、ロシアの大物音楽プロデューサーであるユーリ・アイゼンシュピスと偶然出会う。その場で自分の歌を披露したディマは、アイゼンシュピスのスタジオでオーディションを受けるチャンスを得た。その場に居合わせた全員が感銘を受け、即決でプロ・デビューが決まったという。その数ヵ月後にはデビュー曲“Bum”がリリースされた。セカンド・シングルの“Nochnoi Huligan(夜のフーリガン)”がMTVを中心にヒットし、ディマは一躍注目を集めるようになる。
 2003年の秋には念願のデビュー・アルバム“Nochnoi Huligan”がリリース。CDの売れないロシアでアルバムをリリースするというのは、一流スターの仲間入りを果たした事を意味する。2004年の夏にはシングル“Na Beregu Neba(天国と空の間に)”が大ヒットを記録。イタリア人のスタッフを揃えてベニスで撮影された美しいプロモ・ビデオも制作され、この頃から世界マーケットを意識するようになってきたように思う。事実、プロデューサーのアイゼンシュピスの指示で、ディマが
ロシア最大の英語学校Mr. Englishに通い始めたのはこの時期である。
 2004年の秋にはセカンド・アルバムもリリースされ、その勢いに乗ってユーロビジョン・ソングコンテスト2005の国内予選に参加。だが、最終選考まで残ったものの、残念ながらナターリャ・ポドロスカヤに敗れてしまう。その一方で、2005年は“Kak Chotel Ya(どれほど僕が望んでいたか)”と“Ti Doljna Ryadom Bit(僕の傍にいて)”が各ラジオ局のヒット・チャートを席巻し、MTVをはじめとする各音楽賞で次々と受賞を果たした。しかし、その人気の最中で悲しい出来事も起きる。プロデューサーであり、ディマにとっては最大の恩人であるアイゼンシュピスが2005年9月20日、心臓発作で亡くなったのだ。享年61歳。公私にわたる大きな支えを失ったディマだったが、既にロシア国内での人気は揺るぎないものになっていた。
 そして、恩師アイゼンシュピスの弔い合戦とも言えるユーロビジョン・ソングコンテスト2006への出場。5月18日にはセミ・ファイナル、20日にはファイナルが行われる。日本ではあまり注目されないユーロビジョン・ソングコンテストだが、英語圏以外のヨーロッパ出身アーティストにとっては国際舞台への登竜門である。古くはナナ・ムスクーリ、フランス・ギャル、ヴィッキー・レアンドロスといったスターがユーロビジョンをきっかけに国際的な知名度をあげてきた。中でも一番有名なのはアバだろう。ロシアでも、ユニバーサル・ミュージックに所属するT.A.T.U.やSmash!、アルスーのように世界的なメジャー・レーベルの配給網がない限りは世界マーケットにチャレンジするのは至難の技。ユーロビジョンが唯一のチャンスと言っても過言ではない。しかも、今年はスウェーデン代表には過去にユーロビジョン優勝の実績があるカローラ、ギリシャ代表には既に全米のダンス・チャートで1位を獲得して国際的にも知名度が高いスーパー・スター、アンナ・ヴィッシ、そしてベルギー代表には世界各国のダンス・チャートを席巻しているケイト・ライアンという近年稀に見る強豪が揃っている。それだけに、今年のアテネ大会は注目度が高い。たとえ優勝しなくとも、上位入賞できれば世界へ向けて大きな道が開けるに違いない。

DIMA_BILAN2.JPG DIMA_BILAN4.JPG DIMA_BILAN3.JPG

“Noichnoi Huligan”のプロモ・クリップ ココ で見れます!

“Ya Tak Lublu Tebya”のプロモ・クリップ ココ で見れます!

“Ya Oshibsya Ya Popal”のプロモ・クリップ ココ で見れます!

“Tui Doljna Ryadom Buit”のプロモ・クリップ ココ で見れます!

“Never Let You Go”のユーロビジョン映像 ココ で見れます!(必見!)

 

FIRST.JPG SECOND.JPG BEST.JPG

I'm Night Hooligan (2003)

Between Heaven and the Sky (2004)

I Remember You

(P)2004 Gala Records (Russia) (P)2004 Gala Records (Russia) (P)2006 Sound MAN Records (Russia)
1,Nochnoi Huligan
2,Zvedochka Moya Yasnaya
3,Maluish
4,Ya Tak Lublu Tebya
5,SMS
6,Girlfriend
7,Ya Oshibsya, Ya Popal
8,Iyunuskii Dojdu
9,Dorogaya
10,Bum
11,Polnaya Luna
12,Tui Buila Vsegda Takoi
13,Kapeluka Klovi
14,Ya Jdu Tebya
15,Tui Toluko Tui
Bonus
16,Besserdechnaya
17,V Poslednii Raz
18,Ostanovite Myuziku
19,Temnaya Noch
1,Tui Doljna Ryadom Buit (Not That Simple)
2,Mulatka
3,Na Beregu Neva
4,Milaya
5,Listya Prazdnitynuih Klenov
  (I Wanna Take All Night To Tell You I Love You)
6,Toluko Tui Ne Prach
7,Kak Romeo
8,Nevesta
9,Vse Ravno Naidu
10,Noch Bez Tebya (One Night Without You)
11,V Zapadne
12,Voda, Pesok
13,Peterburgskaya Vesna
14,Pozdravryayu!
15,Kak Hotel Ya (Take Me With You)
1,Ya Tebya Pomnu
2,Kak Hotel Ya
3,Tui Doljna Ryadom Buit
4,Pozdravlyayu
5,Peterburgskaya Vesna
6,V Zaladne
7,Dorogaya
8,Ya Jdu Tebya
9,Vse Ravno Naidu
10,Kapeluka Krovi
11,Zvezdochka Moya Yasnaya
12,Girlfriend
13,Ya Tak Lublu Tebya
14,Tui Toluko Tyu
15,Ya Oshibsya, Ya Popal
16,Nochnoi Huligan
17,Mulatka
18,Ya Hochu Stat Olugarhom (with Dinamit)
19,Bez Tebya Ya Ne Smogu (with Dinamit)
20,Kto Buidumal Lubov (with Anita Tsoi)
21,Maluish
22,Na Beregu Neba
 2003年にリリースされたデビュー・アルバムにボーナス・トラックを加えたリニューアル・バージョン。R&B、ヒップ・ホップ、2ステップを中心としたサウンドを展開しており、楽曲的に抜きん出たものは少ないが、勢いのある歌唱力の凄さは圧倒的。猛烈にソウルフルなコブシ回しは既に大物の風格さえ感じさせる。個人的には、本作中でも異色のメロウなジャズ・フュージョン風哀愁ディスコ#9がオススメ。抑え目のソフトで甘いボーカルが非常にセクシーで、ボーカリストとしての多面性を楽しませてくれる。  大ヒットしたロマンティックで切ないバラード#3を含むセカンド・アルバム。Celine Dionの“Because You Loved Me”やToni Braxtonの“Unbreak My Heart”など数多くのヒット曲を書いたアメリカの大御所ソングライター、Diane Warrenと、Tina TurnerやArtful Dodgerに楽曲を提供してきたMichelle Escoffreyが各2曲づつ書下ろしをしている力作。全体的にロシア色が薄めだが、2ステップにマンボを合体させた#2やアコーディオンをフューチャーしたロシア民謡風R&Bダンス・ナンバー#9辺りはニンマリとする仕上がり。しかし、本当に上手い。特にバラードの上手さは絶品。  セカンド・アルバム発売後にリリースされたシングル曲を加えたベスト・アルバム。デビューから今までのヒット曲を全てこの1枚で聴くことが出来る。#18と#19はデビュー間もない頃から仲の良いボーイズ・バンドDinamitとの共演作。そして#20はロシアで活躍するアジア系女性シンガー、Anita Tsoiとのデュエット。特に#20は、しっとりとした官能的で美しいAnita Tsoiのボーカルとねっとりとソウルフルに歌い上げるディマのボーカルの相性が抜群で、エレガントでヨーロピアンで切ないダンサンブルなラブ・ソングの秀作に仕上がっている。

UPDATE !!

NEVER_LET_YOU_GO.JPG VREME_REKA.JPG

Never Let You Go (2006)

Time River (2006)

(P)2006 Gala Records/EMI (Russia) (P)2006 Gala Records/EMI (Russia)
1,Never Let You Go
2,Never Let You Go (Radio Remix)
3,Never Let You Go (Club Mix)
4,Lady Flame
bonus
Never Let You Go (Video)
1,Ya Tebya Pomno
2,Eto Buila Lyubov
3,Vremya Reka
4,Ne Ostavlya Menya
5,Spasibo Tebe
6,Gde-To
7,Stanu Dlya Menya
8,Nevozmojnoe Vozmojno (Lady Flame)
9,Ya Umirayu ot Lyubvi
10,Veter s Morya
11,Ne Skuchai, Bednui Angel
12,Tak Ustroen Etot Mir (Never Let You Go)
13,Never Let You Go
 2006年ユーロビジョン・ソングコンテスト2位入賞曲“Never Let You Go”のマキシ・シングルです。シングルCDという概念の無いロシアでマキシというのは珍しいですね。それだけレコード会社も力を入れとるんでしょう。ディストリビュートもEMIなんて大メジャーが付きました。女の子受けするようなソウルフルなメロウ・バラードで、リミックスもR&Bミックス#2とハウス・ミックス#3が揃ってます。個人的には可もなく不可もなくという印象。  ディマにとって3枚目のオリジナル・アルバム。R&Bフレイバーのロマンティックなバラードが中心で、全体的にヨーロッパやアメリカのマーケットを意識したような楽曲が多いですね。そのまま英語の歌詞に差し替えてしまっても全く違和感のない感じ。その分、これといったインパクトの強い楽曲に欠けてしまい、個人的には、もっと肩の力を抜いて遊んでも良かったんじゃないのかな、と思います。ちょっと上品すぎ。正統派ボーカリストを狙いすぎてるんじゃないのかな・・・。

 

戻る