イタリア映画のマエストロ(3)
ダミアーノ・ダミアーニ Damiano Damiani

 

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 イタリア映画界が黄金期を迎えた1960年代、ネオレアリズモの流れを汲んだ社会派の映画監督として颯爽と登場したダミアーノ・ダミアーニ。恋愛映画からマカロニ・ウェスタン、マフィア映画など様々なジャンルを手掛けた器用な監督だったが、一貫して権力やモラル、因習などに翻弄され苦悩する人々を描き続けた。中でも、政治家や警察の汚職、マフィアの実態などを暴く告発映画は彼の十八番で、ほとんどライフワークと呼んでもいいだろう。
 ダミアーニの作品には、常に反権力や社会批判の精神が息づいている。そういった意味では、60年代末に台頭する“新イタリア派”と呼ばれた反体制的映画作家たちの先駆的存在だったと言えるだろう。無学なメキシコの山賊が革命意識に目覚める西部劇『群盗荒野を裂く』('66)などはその真骨頂だった。
 ただ、彼の作品は同世代のパゾリーニやフランチェスコ・ロージ、ジッロ・ポンテコルヴォらに比べると極めてエンターテインメント性が高く、そのために映画作家としての正当な評価を受けてこなかったように思う。今となっては見る機会が殆んどないような作品も多い。エリオ・ペトリやサルヴァトーレ・サンペリ、ジャンフランコ・ミンゴッツィらと並んで、これからの再評価が望まれる映画監督の一人だ。

 1922年7月23日、北イタリアの小さな村パジアーノに生まれたダミアーニは、ミラノの芸術学校アカデミア・ディ・ベレ・アルテに学んだ。卒業後にセット装飾のスタッフとして映画界入りし、短編ドキュメンタリー映画“La banda d'Affori”('47)で監督デビューを果たす。さらに、ジャンニ・ヴェルヌッチョ監督の“Uomini senza Domani”('48)で脚本家としてもキャリアをスタート。以降、レオナルド・デ・ミトリ監督の“Piovuto dal cielo”('54)、ヴォクトル・トルヤンスキー監督の『エロデ王』('59)や『逆襲の河』('59)などの脚本を手掛ける傍ら、ドキュメンタリー作家として短編映画を発表し続けた。
 そんな彼の長編処女作となったのが『くち紅』('60)という作品。ローマの下町で起きた殺人事件を巡り、犯人である若者(ピエール・ブリス)に想いを寄せる13歳の少女(ラウラ・ヴィヴァルディ)の複雑な恋心を描いたサスペンス映画だ。たまたま殺人現場を目撃してしまった少女は、それを盾にして若者の愛を得ようとする。思春期特有の屈折した感情を捉えた作品なわけだが、特筆すべきはリアリズムに徹したダミアーニの演出だった。猥雑で喧騒とした下町の日常を背景に、高度成長の時代に取り残されてしまった人々の姿を生々しく描き出していた。脚本にネオレアリズモの大家チェザーレ・ザヴァッティーニが参加しているのにも注目しておきたい。
 続く犯罪ドラマ“Il sicario”('60)でもザヴァッティーニと組んだダミアーニは、長編3作目『禁じられた恋の島』('62)でサン・セバスチャン国際映画祭グランプリを受賞する。親の愛に飢えた孤独な少年と冷たい父親、そして少年とほぼ同世代のうら若い継母の三角関係を軸に、その継母に魅せられた少年の哀しくも残酷な初恋を瑞々しく描いた作品。女流作家エルザ・モランテのベストセラー小説の映画化で、父親に同性愛の恋人がいたというスキャンダラスな展開が話題となったが、ダミアーニは極めて繊細なタッチで少年の心の成長を描写している。この作品は日本でも評判となり、カルロ・ルスティケッリ作曲のテーマ曲が大ヒットした。
 カトリーヌ・スパーク、ホルスト・ブッフホルツ、ベティ・デイヴィスという豪華キャストを迎えた、アルベルト・モラヴィア原作の『禁じられた抱擁』('63)で、現代の愛の不毛とブルジョワの倦怠を荒涼としたエロティシズムの中に描いたダミアーニ。続く“La Rimpatriata”('65)では風刺コメディに挑戦し、ベルリン国際映画祭国際批評家賞を受賞した。
 さらに、“La strega in amore”('66)では現代に生きる魔女伝説を題材に人間の欲望と心の闇を描き、メキシコ革命に加担する山賊を描いたマカロニ・ウェスタン『群盗荒野を裂く』('66)では第三世界に政治介入するアメリカの偽善を痛烈に皮肉った。再びモラヴィアの小説を映画化した『痴情の森』('68)で、狂気とエロスの狭間に陥った青年の悲劇をサイケデリックな感性で描いたダミアーニは、その後の映画作家としての方向性を決定付ける作品『マフィア』('68)を発表する。
 これは、シチリアで発生したマフィア絡みの殺人事件を捜査する刑事(フランコ・ネロ)の目を通して、暴力と因習に支配されたシチリアの現実を浮き彫りにするという社会派サスペンス。この作品でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀作品賞を受賞したダミアーニは、以降シチリアやマフィアをテーマにした映画を数多く手掛けていくことになる。その決定打となったのが、次に手掛けた『シシリアの恋人』('70)と『警視の告白』('71)の2本だった。

 『シシリアの恋人』はシチリアで実際に起きたレイプ事件を題材に、マフィアの脅迫や古いモラルに屈することなく己の名誉を守ろうとする少女の葛藤を描いた作品で、当時イタリア国内で一大センセーションを巻き起こした。
 さらに『警視の告白』ではマフィアの摘発に孤高奮闘する警視(マーティン・バルサム)と彼の常軌を逸した捜査方法を糾弾する熱血検事(フランコ・ネロ)の争いを軸に、警察の上層部にまで侵食したマフィアの実態と権力の汚職を告発。警察の腐敗をここまで正面切って描いた作品は初めてだったということもあり、当時のイタリア社会に大きな衝撃を与えた。ダミアーニは本作でモスクワ国際映画祭グランプリを受賞している。その直後にエリオ・ペトリ監督が『殺人捜査』('71)を発表し、イタリアでは権力の腐敗を描いた犯罪映画が人気を集めるようになった。
 続く“L'istruttoria e chiusa: dimentichi”('71)では無実の罪で投獄された男(フランコ・ネロ)の悲劇を通して刑務所内の汚職や不正を暴き、自身をモデルにしたような映画監督が主人公の“Perche si uccide un magistrato”('74)では政治とマフィアの癒着に踊らされる人々を皮肉ったダミアーニ。グレンダ・ジャクソン主演の“Il sorriso del grande tentatore”('74)では、カトリック教会の偽善と腐敗までをもやり玉に挙げた。
 セルジョ・レオーネ製作の『ミスター・ノーボディ2』('75)ではコミカルなマカロニ・ウェスタンにチャレンジしたものの、ネガ・フィルムが盗まれるというトラブルに見舞われ、本人にとっては全く不本意な仕上がりに。当然のことながら、興行的にも惨敗してしまった。
 しかし、次の『狼の日曜日・狂暴ジャック』('77)では、ホテルに人質を取って立て篭もった犯人(トニー・ムサンテ)と警察の攻防戦を賑々しく描いて大成功。緊迫感溢れるダミアーニの演出と先の読めないストーリー展開が高く評価された。
 さらに、正義感溢れる刑事(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が警察内部や司法の汚職に直面するという“Io ho paura”('77)、マフィアに牛耳られたシチリア社会の現実を描いた“Un uomo in ginocchio”('79)、マフィアの撲滅に尽力する刑事(ジュリアーノ・ジェンマ)が警察上層部からの圧力に悩まされる『警告』('80)など、次々と優れた社会派の政治サスペンス映画を発表していった。

 こうした政治サスペンス路線は80年代に入っても健在で、シチリアの判事を暗殺するためにマフィアから派遣された男(ミケーレ・プラシド)を描く『実録マフィア戦争/暗黒の首領』('85)ではベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。また、マフィアと全面対決する警部(ミケーレ・プラシド)の活躍を描いたテレビ・ミニ・シリーズ『対決/マフィアに挑んだ刑事』('84)は空前の大ヒットとなり、以降パート10まで作られる人気シリーズとなった(ダミアーニが手掛けたのは1作目のみ)。
 その一方で、初のハリウッド進出作となった『悪魔の棲む家PART2』('82)では、悪霊に魅入られた一家と彼らを救おうとする司祭の葛藤を通じてカトリック教会の偽善を痛烈に皮肉り、ローマ皇帝の命によりイエス・キリストの死と復活の真相を探る男(キース・キャラダイン)を描いた『インクアイリー/審問』('87)では、宗教を巡って展開する権力の様々な思惑と陰謀を糾弾した。特に『インクアイリー/審問』は評判となり、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞のアリタリア賞と助演女優賞、シルバー・リボン賞の最優秀原案賞と最優秀音楽賞を受賞。2006年にはジュリオ・バーゼ監督によるリメイク版が豪華キャストで作られているが、キリスト復活に懐疑的だった主人公が捜索を続けるうちに様々な奇跡を目の当たりにし、キリスト教の信仰に目覚めるという全く似て非なる作品となってしまった。
 90年代以降はテレビの仕事が増えたダミアーニだが、“Il sole buio”('90)では母親の死をきっかけに故郷のシチリアに戻った青年(マイケル・パレ)がマフィアの世界に染まっていく姿を描き、『地獄の女スナイパー』('92)ではマフィアに家族を殺され、汚職まみれの警察からも見放された女性(ターニー・ウェルチ)の復讐劇を描いた。日本ではB級アクション映画として公開された『地獄の女スナイパー』だが、明らかに社会派ポリス・アクション路線の作品と言えるだろう。警察上層部に不満を抱く刑事(レモ・ジローネ)がヒロインに協力したり、マフィアの情婦だった女(エヴァ・グリマルディ)がヒロインの姿を見ているうちに社会正義に目覚めたりといった展開が非常に興味深かった。
 そんなダミアーニも、カルメン・マウラ主演の風刺コメディ“Assassini dei giorni di festa”('02)を最後に現役を退いている。最近では代表作のDVD化も徐々に進み、映像特典のインタビューなどにも頻繁に顔を出すようになった。それでも、初期の作品や『警視の告白』など一連のポリス・アクション、『インクアイリー/審問』など名作の多くが過去にビデオ発売されたきりで、CS放送などでも滅多に見る事が出来ないという状態。もちろん、ビデオ化すらされず、テレビ放送もされていないような作品だって少なくない。これはなにもダミアーニの作品に限ったことではなく、ヨーロッパ映画全般に共通して言えることだろう。日本は諸外国に比べて映画を最も沢山見ることの出来る国だと言われているが、やはりその内訳には著しく偏りがあると言わざるを得ないだろう。

 

La strega in amore (1966)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2005 Eclectic DVD (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダード・サイズ/モノラル
/音声:英語/字幕:なし/地域コード:AL
L/110分/製作:イタリア
監督:ダミアーノ・ダミアーニ
製作:アルフレード・ビーニ
原作:カルロス・フエンテス
脚本:ダミアーノ・ダミアーニ
    ウーゴ・リベラトーレ
撮影:レオニーダ・バルボーニ
音楽:ルイス・バカロフ
出演:ロザンナ・スキャッフィーノ
    リチャード・ジョンソン
    ジャンマリア・ヴォロンテ
    サラ・フェラーティ
    イワン・ラシモフ
    マルゲリータ・グッジアーニ

 メキシコ出身の世界的な作家であり、映画脚本家としても知られるカルロス・フエンテスが、1962年に発表した小説『アウラ』をダミアーニ監督が映画化した作品。原作は『雨月物語』にインスパイアされて書かれた、官能的かつ耽美的な幻想文学で、スペインのルイス・ブニュエルやカルロス・サウラも映画化を望んでいたと言われる。
 ダミアーニは登場人物名や設定に変更を加え、原作の精神を生かしたオリジナル作品として仕上げた。ただ、これといって物語に劇的な展開もなく、全体的にセリフが多いため、ともすると舞台的のような印象を受けるかもしれない。また、当時はマリオ・バーヴァやアンソニー・ドーソンらによるイタリアン・ホラー全盛期であり、おどろおどろしいホラー映画を期待して映画館に足を運んだ観客の多くを失望させたようだ。
 とはいえ、モノクロの光と影を巧みに生かした象徴的な映像美やゴシック・ムード溢れるセット・デザイン、ジャジーでスタイリッシュな音楽は秀逸で、ジョセフ・ロージーの『エヴァの匂い』('62)やロマン・ポランスキーの『袋小路』('65)、ミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』('66)などを彷彿とさせる雰囲気がある。ダミアーニのフィルモグラフィーの中でも、かなり異質でユニークな作品と言えるかもしれない。

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若き歴史学者セルジョ(R・ジョンソン)

迷路のように入り組んだ屋敷

謎めいた老婦人コンスエロ(S・フェラーティ)

 若き歴史学者セルジョ(リチャード・ジョンソン)は、このところ謎めいた老婦人に付け回されているような気がしていた。一ヶ月ほど前にレストランで見かけたのが最初。それ以来、毎日のように周囲で老婦人の姿を見るようになったのだ。不思議に思って彼女の後を追ったセルジョは、老婦人が新聞に求人広告を出していることを知る。その広告を見た彼は、自分が尾行されていることをはっきりと確信した。
 それは個人ライブラリーの書士を募集する広告だったが、応募資格にはこう記されていた。“サラマンカ大学卒業生で、スペイン語・英語・アラビア語に造詣が深く、アメリカ人の両親を持つローマ生まれの若い独身男性”と。まさしくセルジョのことだった。
 意を決して広告に記された住所へと赴いたセルジョ。そこは、神秘的なムードの古い豪邸。老婦人の名前はコンスエロ(サラ・フェラーティ)といい、裕福な貴族の未亡人だった。彼女は自宅ライブラリーに保存されている亡き夫の回想録をまとめて欲しいという。それは夫婦の性生活までをも綴った赤裸々で官能的なものだった。これまでも何人かの男性を雇ったが、いずれも途中で挫折してしまったという。
 なぜ自分なのかという疑問を抱いたセルジョだったが、コンスエロの娘アウラ(ロザンナ・スキャッフィーノ)の姿を見て仕事を引き受けることに決めた。アウラのミステリアスな美貌とサディスティックな個性に惹かれていったセルジョだが、コンスエロと彼女の母娘関係は非常に奇妙で不可解なものだった。アウラは若さと美貌の衰えに不安を感じている母親を皮肉まじりに憐れみ、コンスエロはそんな娘に冷淡な視線を向けている。それでも、二人の間には他人が理解することの出来ない強い絆があるようだった。
 アウラはセルジョを誘惑するが、そこへファブリツィオ(ジャンマリア・ヴォロンテ)という男が現れる。彼はアウラの元恋人で、セルジョの前任者だった。しかも、屋敷内に住んでいる様子だ。ファブリツィオの姿を見たアウラはたちまち態度を豹変させ、セルジョを邪魔者扱いする。
 困惑しながらも屋敷を後にしたセルジョだったが、近くの骨董品店の女主人の話を聞いてさらに驚く。コンスエロは既に100歳を超える高齢で、しかも彼女には娘などいないというのだ。さらに、屋敷へ戻ったセルジョに、ファブリツィオは奇妙な言葉を口走る。この屋敷は生ける地獄だと。
 こうして奇妙な三角関係の生活が始まった。しかし、セルジョとファブリツィオはアウラを巡って対立する。そんな二人を弄ぶように振舞うアウラ。セルジョは殴り合いの末に、誤ってファブリツィオを殺してしまう。コンスエロとアウラはファブリツィオの死体を遺棄するように指示し、セルジョは自分が彼女らの計画に加担させられたことに気付く。はじめからこうなる筋書きだったのだ。全ての元凶は邪悪なコンスエラにあると思ったセルジョはアウラを屋敷から連れ出そうとするが、かえって衝撃的な事実を目の当たりにする事になるのだった・・・。

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コンスエロの娘を名乗るアウラ(R・スキャッフィーノ)

セルジョの前任者ファブリツィオ(G・ヴォロンテ)

アウラの冷たい美貌に魅せられていくセルジョ

 コンスエロが魔女であることや、アウラが彼女の分身に当たる存在であることなどは随所で示唆されるものの、最後まではっきりと肯定されるわけではない。見方によっては、全てがセルジョの誇大妄想の産物だという可能性も残される。たとえ危険だと感じても欲望のままに流されてしまう人間の業、己の理性や知識を過信してしまうインテリの盲目と傲慢といったものを浮き彫りにしていくシュールで繊細な脚本はとても興味深い。
 ダミアーニと共に脚本を手掛けたのは『禁じられた恋の島』でも組んだウーゴ・リベラトーレ。彼は映画監督としても活躍しており、英国社会の閉鎖性を皮肉と毒気たっぷりに描いたジェーン・バーキン主演の異色青春ドラマ“Alba pagana”('70)で知られる人物だ。
 幻想的なモノクロ撮影を担当したのは、『鉄道員』('56)や『わらの男』('57)、『刑事』('59)などピエトロ・ジェルミ監督のカメラマンとして知られるレオニダ・バルボーニ。照明を巧みに操ることによって、物語に超自然的な雰囲気を匂わせる。つまり、正面切って超常現象を描く代わりに、光と影の些細な変化によって摩訶不思議な世界を暗示する。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、という曖昧さが絶妙だ。
 また、ルイス・バカロフによるモンドでサイケな音楽も素晴らしい。ラウンジ・スタイルのラテン・ジャズをベースにしつつ、随所でトライバルなアフロ・ビートを駆使し、めくるめくようなトリップ感を演出している。実験的でスタイリッシュなバルボーニのカメラワークとの相性も抜群だ。

 主人公セルジョ役を演じているリチャード・ジョンソンはイギリスのインテリ俳優。『キッスは殺しのサイン』('66)や『謀略ルート』('67)などスパイ映画のヒーローとしても活躍したが、70年代以降はもっぱらイタリアのB級映画に出演するようになった。中でも、『デアボリカ』('73)や『サンゲリア』('79)などのホラー映画でお馴染み。日本とイタリア合作の『ラストコンサート』('76)も話題になった。最近ではアンジェリーナ・ジョリー主演の『トゥームレイダー』('01)に顔を出している。
 謎の美女アウラ役のロザンナ・スキャッフィーノはジーナ・ロロブリジーダ・タイプのセックス・シンボルとして当時人気で、『明日になれば他人』('62)や『長い船団』('63)などのハリウッド映画でも活躍したイタリア女優。
 そして、その母親(?)であるコンスエロ役を怪演したサラ・フェラーティは、戦前から主に舞台で活躍してきた女優で、映画出演は本作を含めて数本しかない。しかし、その不気味で異様な存在感は圧倒的なものがある。邪悪でありながらも官能的。醜いのか美しいのか分らないような顔立ちは、一度見たら忘れられない強烈な個性だ。
 また、セルジョの前任者であるファブリツィオ役として名優ジャンマリア・ヴォロンテ(ダミアーニの次回作『群盗荒野を裂く』では主演)が登場するほか、イタリア産B級映画ではお馴染みの怪優イワン・ラシモフが最後にチラリと顔を出す。

 なお、アメリカでは本作の粗悪なパブリック・ドメイン・マスターが出回っており、上記DVDもそのマスターから作られている。今のところ正規盤は本国イタリアでも商品化されてないため、残念ながら他に見る手段がない。

 

シシリアの恋人
La moglie piu bella (1970)
日本では1971年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
(下記アメリカ盤DVDは日本盤と別仕様)

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(P)2006 NoShame Films (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:イタリア語/字幕:英語/地域コード:ALL/108分/製作:イタリア

映像特典
D・ダミアーニ監督による作品解説
メイキング・ドキュメンタリー(D・ダミアーニ監督、A・オラーノ、F・ディ・ジャコモ、A・シシリアーノ、M・ジャルダ出演)
監督:ダミアーノ・ダミアーニ
製作:ダミアーノ・ダミアーニ
脚本:ダミアーノ・ダミアーニ
    ソフィア・スカンデューラ
    エンリコ・リブルシ
撮影:フランコ・ディ・ジャコモ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:オルネラ・ムーティ
    アレッシオ・オラーノ
    タノ・チマローサ
    ピエルルイジ・アプラ
    ジョー・センティエリ
    アメリゴ・トット

 シチリアで実際に起きたレイプ事件を題材に、中世からの古い因習が支配するシチリアでフェミニズムと社会正義に目覚めた少女の物語を、マフィア問題を絡めながら力強く描いていく社会派のメロドラマである。
 女性が男性の所有物としか見なされなかったシチリア社会では、レイプされて処女を失った女性は家族の名誉を傷つけた者として、逆に肩身の狭い思いをしなくてはならなかった。しかも、犯人がマフィアであればなおさら、彼女やその家族に異を唱える権利はない。しかし、マフィアのドンの甥っ子であるフィリッポ・メロディアにレイプされた少女フランカ・ヴィオラは、その暗黙のうちの掟を破って彼を警察に告訴した。1965年に起きた、この前代未聞のレイプ事件はイタリア国内で賛否両論の大問題となり、シチリアにおけるフェミニズム運動の先駆けになったと言われる。
 ダミアーニはマフィアの脅威と隣りあわせで生きるシチリアの人々の日常を背景に散りばめながら、あくまでも思春期を迎えた少女の自我の目覚めを軸にして物語を描いていく。ドキュメンタリー・タッチの骨太なリアリズムと、幻想的なシチリアの風景を捉えた美しい映像とのミスマッチが、この残酷で胸の痛む物語にある種の瑞々しさを与えていると言えるだろう。また、これが女優デビューとなるオルネラ・ムーティの凛とした存在感も素晴らしかった。

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血気盛んなマフィアの若者ヴィト(A・オラーノ)

あどけない農家の娘フランチェスカ(O・ムーティ)

 シチリアの小さな町では、マフィアのドン、アントニーノ・ステラ(アメリゴ・トット)が今まさに逮捕されようとしていた。ステラは一目置いている甥っ子ヴィト(アレッシオ・オラーノ)を呼び、早く結婚して一人前になるようにと諭す。結婚するならば貧しくて貞淑な女がいい、と。
 ヴィトはマフィアの若者たちのリーダー的存在だ。もともと血気盛んで無鉄砲な性格だが、ドンの後継者候補と目されるようになったことで、なお一層のこと幅を利かせるようになっていった。そんなある日、彼はフランチェスカ(オルネラ・ムーティ)という貧しい農家の娘と出会う。まだあどけなさの残る少女だったが、ヴィトは彼女の美しさと意志の強さ、気位の高さに惹かれる。一方のフランチェスカも、ハンサムで自信に溢れたヴィトに心を許すようになった。
 彼がマフィアであることを見抜いたフランチェスカの家族は二人の関係に猛反対するが、生まれて初めて恋心に目覚めた彼女は全く聞く耳を持たない。こうして幾度となく逢瀬を重ねていったヴィトとフランチェスカ。だが、ある日マフィアの銃撃事件を目の当たりにしたフランチェスカは、ヴィトへの恋心とマフィアへの嫌悪感の板ばさみで悩むようになる。それゆえに、彼女はヴィトの熱烈な愛を素直に受け入れることができなかった。
 やがて、最後の一線を頑なに拒み続けるフランチェスカに業を煮やしたヴィトは、仲間を使って彼女を誘拐してレイプしてしまう。処女を失い家族の名誉を傷つけた彼女に残された道は、自分を犯したヴィトと結婚することだった。彼の卑怯なやり方に強い憤りを感じた彼女は、意を決して警察にレイプ被害を届け出る。最初はマフィアの報復を怖れていた両親や弟も、今は心強い味方になってくれた。しかし、一家は街の人々から村八分にされ、マフィアからの嫌がらせも次第にエスカレートしていく・・・。

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急接近するフランチェスカとヴィトだったが・・・

白昼堂々と行われるマフィアの血生臭い抗争

 力で相手を組み伏せるという方法でしか物事を解決することが出来ないヴィトと、女性としての自我と誇りに目覚めてしまったフランチェスカは、お互いに愛情を持ちながらも最後まで理解しあうことが出来ない。最終的に己の正義を全うするフランチェスカだが、後に残されたのは深い悲しみと虚無感だけだ。
 脚本に参加したソフィア・スカンデューラは、『女教師ベニーナの性』('78)というフェミニズム映画の監督・脚本を手掛けた女性。本作で丹念に描かれるフランチェスカの複雑な心理描写というのは彼女の功績なのかもしれない。
 フランチェスカの行動に共感を示した若い娘がマフィアの母親たちにリンチされたり、ヴィトとの結婚を拒むフランチェスカを説得する牧師が“我々は幸せになるために生きているわけじゃない”と暴言を吐くなど、封建的なシチリア社会における女性蔑視の根深さや庶民生活の厳しさが生々しく描かれていく。自らレイプされてマフィアと結婚したという女性が“結局は慣れてしまうものなのよ”と無気力に語るシーンがある。その言葉を聞いてフランチェスカは警察に訴え出ることを決意するわけだが、諦めて慣れてしまうことが結果的にマフィアをのさばらせ、悪習を根付かせてしまう元凶となるのだろう。
 シチリアの牧歌的な街並みと幻想的な大自然をカメラに収めたのは、イタリアを代表する名カメラマン、フランコ・ディ・ジャコモ。『サン・ロレンツォの夜』('82)や『ジュリオの当惑』('85)、『イル・ポスティーノ』('94)、『ふたりのトスカーナ』('00)など、イタリアの風光明媚な田舎を撮らせたら天下一品の撮影監督だ。また、マカロニ・ウェスタンを彷彿とさせる巨匠エンニオ・モリコーネの辛口なスコアも印象的。

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フランチェスカを誘拐するヴィト

フランチェスカは警察へ被害を届け出る

 主人公フランチェスカ役を演じるのは、今やイタリアを代表する大女優となったオルネラ・ムーティ。この作品を生かすも殺すもフランチェスカのキャスティング次第。あどけなさの残る美しい顔と、まるで大人のように冷静で意志の強そうな瞳を持ったムーティは、これ以上ないくらいの当たり役だった。
 当時の彼女はまだ14歳で、これが映画初出演。そもそも、人前で演技すること自体が初めての経験だった。そのため、ダミアーニはかなり厳しい態度で、彼女の演技指導に臨んだという。クライマックスで彼女が泣きじゃくりながら道を歩くシーンでは、なかなか上手く感情を表現することが出来ず、ダミアーニは画面に映らない脚の部分を血が滲むまで叩いた。それでも彼女は一言も文句を言わず、最後まで演技を続けたという。マフィアの横暴に怒りを爆発させるシーンでは圧巻ともいえる大熱演を披露し、ダミアーニ監督の期待に見事応えている。
 一方、彫りの深い美しい顔立ちにギラギラとした野獣性を秘めた美青年ヴィトを演じたのがアレッシオ・オラーノ。イタリア版アラン・ドロンといった雰囲気で、当時2枚目スターとして売り出し中だった。本作に続いて『ふたりだけの恋の島』('71)でもムーティと共演し、75年に結婚。だが、それがきっかけで人気が低迷し、81年には離婚してしまった。アルコール中毒など私生活での問題も多く、80年代には半ば引退状態だったが、ランベル・バーヴァ監督のホラー“Testimone oculare”('90)でカムバック。すっかりやつれてしまった顔と太って崩れた体型には、もはやかつての美青年の面影は全くなかった。
 フランチェスカの父親役を演じているタノ・チマローザも印象的だ。彼はダミアーニ作品の常連として知られる名脇役。もともとは町工場の労働者で、アルバイトで映画のエキストラをしていたという。たまたま撮影現場で彼と言葉を交わした助監督ミノ・ジャルダが、面白いヤツがいるとダミアーニ監督に推薦。いかにも田舎者的な面構えを気に入ったダミアーニは、映画『マフィア』の殺し屋ゼッキネッタ役に抜擢したのだった。本作では、不器用だが愛情深い父親役。しかし、マフィアに対する恐怖心から何事にも及び腰で、結果的に娘をレイプされてしまう。そんな己の弱さと不甲斐なさに悩み苦しむ父親の姿を、チマローザは朴訥とした個性で好演している。かつての川谷拓三を彷彿とさせるような役者だ。

 なお、日本盤DVDはレターボックス仕様だが、上記のアメリカ盤はスクィーズ収録。映像特典のメイキング・ドキュメンタリーやダミアーニ監督自身による作品解説もアメリカ盤のみの収録。

 

Perche si uccide un magistrato (1974)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2005 Blue Underground (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆

DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語・イタリア語/字幕:英語/地域コード:ALL/111分/製作
:イタリア

映像特典
メイキング・ドキュメンタリー(ダミアーニ監督、F・ネロ出演)
英語版オリジナル劇場予告編
イタリア語版オリジナル劇場予告編

監督:ダミアーノ・ダミアーニ
製作:マリオ・チェッキ・ゴリ
脚本:ダミアーノ・ダミアーニ
    フルヴィオ・ジッカ=パッリ
    エンリコ・リブルジ
撮影:マリオ・ヴルピアーニ
音楽:リズ・オルトラーニ
出演:フランコ・ネロ
    フランソワーズ・ファビアン
    ピエル・ルイジ・アプラ
    ジャンカルロ・バデッシ
    エンニオ・バルボ
    ルチアーノ・カテナッチ
    タノ・チマローザ
    マルコ・グリエルミ
    クラウディオ・ゴーラ
    レンツォ・パルメール

 70年代以降、数多くの政治サスペンスを手掛けたダミアーニ監督だが、中でも特にユニークな変化球的作品がこれだ。主人公は社会派の映画監督。彼は検察官とマフィアの癒着を暴いた告発映画を撮るが、モデルとなった検察官本人が何者かによって暗殺されてしまう。マフィアの報復なのか?それとも政敵の陰謀なのか?事件を引き起こしてしまったという罪悪感から真相に迫る映画監督は、やがて驚くべき意外な事実を知る事になる。
 不正や犯罪を正そうとする者が新たな犯罪を生んでしまうという皮肉。政治家の汚職やマフィアの犯罪が日常化する社会で、憶測や先入観によって踊らされる人々。真実を追い求めることが果たして本当に正しいことなのか?過剰な正義感がかえって物事の本質を見失わせてはいないのだろうか?社会悪を厳しく追求してきた映像作家ダミアーニが、ある意味で自戒の念を込めて問いかける異色の社会派サスペンス映画である。

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検察官暗殺事件の真相に迫る映画監督ソラリス(F・ネロ)

夫の潔白を信じる検察官の妻アントニア(F・ファビアン)

 シチリアの首都パレルモ。映画監督ジャコモ・ソラリス(フランコ・ネロ)の最新作が、劇場公開を控えて物議を呼んでいた。映画の中で描かれている悪徳裁判官が、実在の検察官トライーニ(マルコ・グリエルミ)をモデルニしていたからだ。しかも、クライマックスでは裁判官がマフィアの殺し屋によって暗殺されるというショッキングな内容で、関係者の猛烈な反発を招いていた。
 トライーニはソラリスを自宅の晩餐会に招き、映画の内容を変更するように示唆する。しかし、一般大衆には真実を知る権利があるとして、ソラリスはやんわりと断った。お互いに紳士的に言葉を交わす二人だったが、トライーニの妻アントニア(フランソワーズ・ファビアン)はソラリスに食ってかかった。映画のせいで夫が悪人呼ばわりされるようになり、幼い息子のいる前で家の窓が割られるなどの嫌がらせが続いているのだと。
 夫の潔白を信じきっているアントニアに、ソラリスはトライーニとマフィアの癒着を裏付ける人々の証言を聞かせるが、それはかえって彼女の心を堅く閉ざしてしまうだけだった。彼女にとってソラリスは、幸福な家庭生活を破壊する脅威なのだ。
 シチリアでの映画の封切を見届けたソラリスは、パレルモを後にしてローマへ戻る事にする。しかし、その日の朝、トライーニが何者かによって暗殺されてしまった。パレルモの政界に衝撃が走る。トライーニがマフィアに買収されていたのは事実だったが、彼はあくまでもコマの一つにしか過ぎなかった。だとすれば、誰が何のために殺したのか?
 黒幕的な大物たちは互いに疑心暗鬼に陥る。トライーニが何か裏切りを働いて、見せしめのためマフィアに殺されたのだろうか?それとも、権力の拡大を目論む政治家の陰謀なのだろうか?いずれにしても、自分に危害が及ぶ前に事件を収束させなくてはいけない。やがて、トライーニの幼い息子の証言で、彼に批判的だった使用人バッラ(タノ・チマローザ)が事件の当日クビにされていたことが判明する。誰もがバッラを真犯人に仕立てようとした。
 一方、自分の作品が殺人事件を引き起こしてしまったことに強いショックを受けたソラリスは、友人テラシーニ(レンツォ・パルメール)の協力を得て真相を探ろうとする。事件の背後にマフィアや政治家の思惑があると考えていたソラリスだが、たどり着いた真実は全く思いがけないものだった。

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マフィアとの癒着が噂される検察官トライーニ(M・グリエルミ)

一筋縄ではいかない曲者ザマンガ警部(E・バルボ)

 シチリアで起きた犯罪事件とくれば、誰もがマフィアや悪徳政治家の関与を信じて疑わない。しかし、それが全くの見当違いだったとしたら?政界とマフィアの癒着の根深さを大前提として描きつつ、ダミアーニは正義を過信・妄信してしまうことの危険性を問いかける。悪を糾弾する己の行為が逆に無実の人々を傷つけ、結果的に私利私欲を貪る人々を野放しにさせてしまうことになる映画監督ソラリス。正義を貫くことの難しさや、傍観者であることの無力感が目の前に大きく立ち塞がる。それでも、真実から目を逸らさず前進することを改めて決意したソラリスの姿に、ダミアーニ監督自身の姿を重ね合わせることが出来るだろう。
 脚本に参加しているエンリコ・リブルジはもともと俳優だった人物で、『禁じられた恋の島』以来ダミアーニとの名コンビで幾つもの作品を手掛けている脚本家。また、フルヴィオ・ジッカ=パッリは60年代から主にマカロニ・ウェスタンやスペクタクル史劇の脚本を手掛けてきた人で、ダミアーニとはレーニンの伝記映画“Lenin : The Train”('90)でも組んでいる。
 撮影を手掛けたマリオ・ヴルピアーニは、『ひきしお』('71)や『最後の晩餐』('73)など鬼才マルコ・フェレーリとのコンビで知られるカメラマンで、池田満寿夫の『エーゲ海に捧ぐ』('79)や『窓からローマが見える』('82)も手掛けている人物。ダミアーニと組んだのは前作“Il sorristo del grande tentatore”と本作の2本だけだ。
 音楽は『世界残酷物語』でアカデミー賞を受賞したリズ・オルトラーニ。いつもの甘くロマンティックなオルトラーニ節は影を潜め、フランチェスコ・デ・マージやフランコ・ミカリッツィ辺りを彷彿とさせるハードでパンチの効いたスコアに仕上げている。

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ソラリスに協力する友人テラシーニ(E・パルメール)

事件を追うソラリスたちにマフィアの銃弾が・・・

 映画監督ソラリス役はイタリアの誇る大スター、フランコ・ネロ。ダミアーニとは無名時代からの付き合いで、『マフィア』以降の殆んどの作品で一緒に組んでいる名コンビだ。本作ではダミアーニをイメージして役作りをしたのかと思いきや、アクの強い熱血漢タイプのダミアーニとは正反対の理知的で物静かなインテリ・タイプの映画監督を演じている。
 暗殺される検察官トライーニの妻役を演じているのは、エリック・ロメールの『モード家の一夜』('68)やジュスト・ジャカンの『マダム・クロード』('76)で有名なフランス女優フランソワーズ・ファビアン。また、ダミアーニ作品の常連タノ・チマローザがトライーニ暗殺の容疑者に仕立てられてしまう不運な男バッラ役を、『黄金の七人』シリーズでお馴染みのレンツォ・パルメールがソラリスの友人テラシーニ役を演じている。さらに、ソラリスの依頼でバッラの弁護を担当する弁護士役でダミアーニ自身が顔を出しているのにも注目したい。

 

悪魔の棲む家PART2
Amityville U:The Possession (1982)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本発売済
(下記アメリカ盤DVDは日本盤と別仕様)

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(P)2005 MGM (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:英語・フランス語・スペイン語/地域コード:1/10
4分/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
監督:ダミアーノ・ダミアーニ
製作:アイラ・N・スミス
    スティーブン・R・グリーンウォルド
製作総指揮:ディノ・デ・ラウレンティス
脚本:トミー・リー・ウォレス
撮影:フランコ・ディ・ジャコモ
音楽:ラロ・シフリン
出演:ジェームズ・オルソン
    バート・ヤング
    ルターニャ・アルダ
    アンドリュー・プライン
    ジャック・マグナー
    ダイアン・フランクリン
    モーゼス・ガン
    テッド・ロス

 大ヒット映画『悪魔の棲む家』('79)の続編であり、ダミアーニにとっては唯一のハリウッド進出作に当たる。イタリア出身の大物プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの依頼で撮った、いわば雇われ仕事なわけだが、随所でダミアーニらしいリアリズムや反体制的ニヒリズムが見え隠れするというのが興味深い。今回、ダミアーニ自身は脚本に一切タッチしていないのだが、全編に渡って貫かれている家父長制やカトリック教会に対する露骨なまでの批判精神は、従来のダミアーニ作品と相通ずるものがある。まるで彼のために書かれたような脚本だと言っても過言ではないだろう。
 ストーリーとしては、『悪魔の棲む家』の前日譚とも言うべき内容。ある一軒家に引っ越してきた経験なカトリックの家族。傍からは平和で幸せそうに見える彼らだが、保守的で理不尽な父親の暴力に妻や子供たちは悩まされている。そんな家族の重く澱んだ空気に呼応するかのごとく、屋敷に潜む悪魔が一家の長男の心を蝕んでいく。教会の牧師は母親の相談を受けるが、悪魔を怖れるあまりに逃げ出してしまう。やがて、幼い子供を含む一家全員が長男によって殺害されてしまい、責任と罪悪感を感じた牧師は悪魔祓いをしようとする・・・という話だ。ダミアーニは冷徹とも言える徹底したリアリズムで、憎悪と嫌悪に満ちた家族の悲惨な姿を克明に描写する。さらに、その建前とは裏腹に信者を見捨てて逃げてしまうカトリック教会の偽善にまで言及し、人間の弱さと悪意の連鎖を象徴的に描いていくのだ。あまりにも救いのないクライマックスは、ハリウッド製ホラーとしては前代未聞と言えるかもしれない。

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1作目でも印象的だった不気味な屋根裏の窓

呪われた屋敷に越してきたモンテリ一家

 ニューヨーク州はロング・アイランド。とある古い屋敷に、幸せそうなモンテリ一家が引っ越してきた。粗野だが逞しい父親アンソニー(バート・ヤング)、穏やかで優しい母親ドロレス(ルターニャ・アルダ)、感受性の豊かな長男ソニー(ジャック・マグナー)、年頃になった美しい長女パトリシア(ダイアン・フランクリン)、おしゃまで純粋な次女ジャン(エリカ・カッツ)、いたずら盛りの次男マーク(ブレント・カッツ)。
 早速、荷解きを始めた一家だったが、この屋敷には不審な点が幾つもあった。家中の窓が全て釘で打ち付けられており、地下室には奇妙な洞穴があるのだ。母ドロレスは何か得体の知れない空気を感じるものの、気のせいだろうと深く考えようとはしなかった。
 一家は経験なカトリック教徒だったが、父親アンソニーは癇癪持ちで酒癖が悪く、たびたび家族に暴力を振るうことがあった。しっかり者の母親ドロレスのおかげで、家族は何とか一つにまとまっているという状態だったのだ。
 やがて、家の中で奇妙な出来事が起きるようになる。キッチンで食器が散乱したり、子供部屋のベッドが物音を立てて揺れたり、壁に不謹慎な言葉が落書きされたり。父親アンソニーは子供たちの仕業だと決めつけ、殴る蹴るの暴行を加えるようになる。子供たちは悲鳴をあげて泣き叫び、家の中はさながら生き地獄と化して行った。
 繊細な長男ソニーは家の中に巣食う邪悪な存在を敏感に感じるようになり、父親への憎しみを募らせていくうちに奇妙な行動を取るようになる。それまで決して歯向かうことのなかった父親に対して暴力を振るうようになり、思春期を迎えた妹パトリシアに近親相姦的な欲情を覗かせた。
 そんな息子の行動や数々の不可解な出来事に不安を覚えた母ドロレスは、教会の牧師アダムスキー(ジェームズ・オルソン)にお祓いを願い出る。モンテリ家にやってきたアダムスキーだったが、聖水が真っ赤に変わってしまう様子を目の当たりにして驚愕。さらに、悪魔に乗り移られたような長男ソニーの姿を見て、恐れおののいて逃げ出してしまう。その後、兄の異常な行動に危機感を覚えたダイアンが教会に助けを求めて電話を何度もよこすが、アダムスキーは恐怖心のあまり無視し続けてしまった。
 そして、ある晩。真夜中に目覚めたパトリシアは、鬼のような形相をした兄が幼い弟や妹、両親を次々と殺していく様子を目撃してしまう。なんとか逃げようと物陰に隠れたパトリシアだったが、悪魔に乗り移られたソニーによって無残にも殺されてしまった。
 モンテリ一家の惨殺事件を知ったアダムスキーは深く後悔する。なんとか残された長男ソニーだけでも救おうと考えた彼は、友人の牧師トム(アンドリュー・プライン)の助けを借りて悪魔祓いを決行しようとするのだったが・・・。

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暴力的な父親アンソニー(B・ヤング)

仲睦まじい兄ソニー(J・マグナー)と妹パトリシア(D・フランクリン)

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教会へ相談に行く母ドロレス(R・アルダ)

お祓いをしようとする牧師アダムスキー(J・オルソン)だったが・・・

 作品そのものは明らかにホラー映画ではあるものの、ダミアーニ監督の演出は必ずしも観客を怖がらそうとはしていない。かつての“La strega in amore”にも同じ事が言えるのだが、彼はそもそも恐怖演出自体にあまり興味がないのではないのだろうかと思う。お化け屋敷的なホラー描写よりも、告発映画的なメッセージ性の方に重きが置かれているのだ。
 それゆえに、純粋なホラー映画を期待する観客は肩透かしを食らってしまうはず。ダミアーニ印の反骨映画としては立派に成立しているが、ハリウッド的なホラー映画としては全く異質なものに仕上がってしまっている。残酷シーンや特殊メイク、SFXは全体的に控えめ。悪魔に乗り移られたソニーが家族を次々と殺していくシーンのドキュメンタリー的な陰惨さなどは、まるっきりイタリア産政治サスペンス映画のノリだ。ホラー映画ファンの間で不評だったのも、ある意味では仕方がないだろう。
 脚本を手掛けたのは、『フラントナイト2』('88)やスティーブン・キング原作『IT/イット』('90)などの監督としても知られるトミー・リー・ウォーレス。監督デビュー作『ハロウィンV』('83)ではハロウィンの祭りに乗じて人々をマインドコントロールしようとする企業家の陰謀を描いていたが、当時のウォーレスの書く脚本はかなりエッジが効いていたように思う。
 その他、音楽は前作に引き続いて名匠ラロ・シフリンが手掛けており、撮影監督としてはダミアーニの良き相棒であるフランコ・ディ・ジャコモがイタリアから同行している。また美術デザインを手掛けたピエル・ルイジ・バシーレは『アルデンヌの戦い』('67)や『大西部無頼列伝』('71)を手掛けた人物で、『砂の惑星』('84)や『リバイアサン』('89)、『デイライト』('96)、『ハンニバル』('01)などハリウッド映画の美術も数多く担当している大御所だ。

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悪魔に乗り移られたソニーは家族を血祭りにあげる

友人トム(A・プライン)と共に悪魔祓いを計画するアダムスキー

 牧師アダムスキー役のジェームズ・オルソンは50年代から活躍する渋い名優。日本では『コマンドー』('85)でシュワちゃんの上司カービー将軍役を演じた俳優として記憶している人も多いかもしれない。
 モンテリ一家の父親を演じるのは、ご存知『ロッキー』シリーズの義兄ポーリー役でお馴染みのバート・ヤング。母親役のルターニャ・アルダは『ディア・ハンター』('78)で注目された女優で、現在も地味な脇役として活躍している。また、長女パトリシア役のダイアン・フランクリンはB級アイドルとして当時売り出し中だった女優で、『やぶれかぶれ一発勝負!』('85)など低予算の青春映画に出ていた。なお、長男ソニー役を演じているジャック・マグナーは、これが唯一の大役。
 その他、『奇跡の人』('62)でヘレン・ケラーの皮肉屋の兄を演じたアンドリュー・プライン、『黒いジャガー』シリーズでマフィアのボス、バンピーを演じていたモーゼス・ガンなどが脇で顔を出している。

 ちなみに、上記のアメリカ盤DVDは104分の完全版だが、日本盤及びイギリス盤は98分のカット・バージョンなのでご注意を。

 

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