ダグマー・ラッサンダー Dagmar Lassander

 

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 60年代から70年代にかけて、西ドイツやイタリアの映画で活躍したクールな美人女優。本来はダグマール・ラッサンデルと発音すべきなのだろうが、昔から日本ではダグマー・ラッサンダーと呼ばれているので、ここでもその英語読みで統一させてもらう。
 もともと西ドイツのソフト・ポルノで頭角を現し、その後イタリアへ活動の場を移した彼女。日本では代表作の多くが劇場未公開であるために知名度は低いが、イタリアでは70年代中盤まで高い人気を誇ったスターだった。ハリウッドの大女優スーザン・ヘイワードを彷彿とさせる鉄火肌な美貌と赤毛、そしてセックスやバイオレンスも辞さない大胆な体当たり演技。出演作の大半が低予算のB級映画だったものの、なかなか根性の据わった魅力的な女優だった。

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“Femina Ridens”(69)より

 本名はダグマール・レジーネ・ハデル。1943年6月6日チェコのプラハに生まれた。父親はフランス人で、母親はチリ系ドイツ人。気の強そうな顔立ちはラテンの血が入っているせいだろうか。ベルリンのオペラ劇場で衣装アシスタントを経験した後、同地の演劇学校で演技を学んだという。ちょうどその頃、年上の美術評論家と結婚。しかし結婚生活は長続きせず、あっという間に離婚してしまったのだそうだ。
 さて、女優デビューのきっかけはスカウト。ある晩のこと、レストランで友人とディナーを楽しんでいた彼女に声をかけたのが、西ドイツの有名な映画監督ウィル・トレンペルだったのだ。そのトレンペル監督のサスペンス映画“Sperrbezirk(封鎖地区)”(66)で映画デビュー。しかし、彼女の名前を初めて世間に知らしめたのは、ドイツ映画界の名門ウーファが初めて手掛けたソフト・ポルノ映画『激しい女』(68)である。
 そのセンセーショナルな内容が物議を醸したものの、ヨーロッパ各国で大変なヒットを記録したこの作品。清純そうに見えて実は色情狂の娘アンドレア役を演じたダグマーは、レイプ・シーンやSMシーンにも果敢にチャレンジ。これ一本で、一躍スターダムにのし上がった。さらに、同じハンス・ショット=シェービンゲル監督の手掛けた異色ポルノ『感じる』(69)では、セックスの際にお互いのエクスタシーを超能力で交感し合う双子姉妹の姉カレン役を演じている。
 そんな彼女に注目したのが、イタリアの映画監督ピエロ・スキヴァザッパ。彼は自作“Femina Ridens(怯える女)”(69)のヒロイン役にダグマーを起用した。これは女性恐怖症の大富豪が自立した強い女を監禁し、優越感を得るために様々な屈辱を与えていくというサイコロジカルなスリラー。彼女が演じたのは、肉体的な屈辱を受けながらもやがて心理的に男を弄んでいくタフな女性マリア役だ。
 当時のサブカルチャーをふんだんに盛り込んだ、アート系エクスプロイテーションとも言うべきこの作品はイタリア国内で大変な評判を呼び、たちまちダグマーはエドウィージュ・フェネッシュやラウラ・アントネッリと並ぶセックス・シンボルとなった。
 さらに、彼女は巨匠マリオ・バーヴァ監督の『クレイジー・キラー/悪魔の焼却炉』(70)、ルチアーノ・エルコーリ監督の“Le foto proibite di una signora per bene(疑惑の貴婦人の禁じられた写真)”、リカルド・フレーダ監督の“L'iguana dalla lingua di fuoco(炎の舌を持つイグアナ)”(71)、タノ・チマローザ監督の“Il vizio ha le calze nere(黒いストッキングを履いた悪徳)”(75)と立て続けにジャッロ映画へ主演している。
 また、アルベルト・デ・マルティーノ監督の『続シンジケート』(73)ではトーマス・ミリアンやマーティン・バルサムなどの大御所スターと、アドリアン・ホーフェン監督の西ドイツ製異色ドラマ『ダンデライオン』(74)では若かりし頃のルトガー・ハウアーと共演。さらに、イタリアの国民的スター、アルベルト・ソルディが監督・主演を務めたコメディ映画“Il comune senso del pudore(常識的な節度)”(76)では、クラウディア・カルディナーレやフロリンダ・ボルカンといった大物女優と共に華を添えている。

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『恐怖!黒猫』(81)より

『墓地裏の家』(81)より

 しかし、リーノ・ディ・シルヴェストロ監督の悪名高きC級ホラー映画『狼女の伝説』(76)に出演した辺りから、セックス・コメディやソフト・ポルノなどの脇役が目立つようになった。やはり、30代半ばを過ぎて急速に太り始めたのが原因かもしれない。
 少ない出番ながらも貴婦人役で貫禄を見せたセルジョ・ソリーマ監督の冒険映画“Il corsaro nero(黒い海賊)”(76)やバド・スペンサーの相手役を演じたコメディ“Piedone l'africo(アフリカの偏平足)”(78)は別にしても、あとはどれも申し訳程度の小さな役ばかり。
 80年代に入るとルチオ・フルチ監督の作品へ続けて出演しているが、『恐怖!黒猫』(81)では火だるまになって悶絶死し、『墓地裏の家』(81)ではゾンビにメッタ刺しにされて殺された。どちらも実にひどい扱い(笑)。しかも、当時まだ38歳とは思えないような老けこみようだ。また、巨匠エットーレ・スコラ監督の名作『ラ・ファミリア』(87)では、リッキー・トニャッツィ扮するハンサムな若者に群がるオバサンの一人として顔を出している。
 その後、活動の場をテレビに移して90年代前半まで女優を続けていたようだが、現在は引退してドイツへと戻ったという。ちなみに、一部ではレズビアンとの噂もある彼女だが、先述したようにデビュー前に結婚歴があり、さらに映画“Guardami nuda(裸を見て)”(72)の撮影直後には出産もしているらしく、その真偽のほどは定かでない。

 

 

Femina Ridens (1969)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

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(P)2008 Shameless Screen Ent. (UK)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(イギリスPAL盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/86分/製作:イタリア

特典映像
DVD宣伝用予告編
監督:ピエロ・スキヴァザッパ
製作:ジュゼッペ・ザッカリエッロ
脚本:ピエロ・スキヴァザッパ
   パオロ・レヴィ
   ジュゼッペ・ザッカリエッロ
撮影:サンテ・アキーリ
特殊効果:カルロ・ランバルディ
音楽:ステルヴィオ・チプリアーニ
出演:フィリップ・ルロワ
   ダグマー・ラッサンダー
   ロレンザ・ゲリエーリ
   ヴァーロ・ソレーリ
   マリア・クマーニ・カシモド

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セイヤー博士(P・ルロワ)を取材する女性記者マリア(D・ラッサンダー)

博士はマリアを自宅へと招いた

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睡眠薬を盛られて監禁されてしまったマリア

脱走しようとしたマリアを博士の乗った車が追いかける

 ダグマー・ラッサンダーの記念すべきイタリア映画初出演作にして、当時のサイケデリックなサブ・カルチャーをふんだんに盛り込んだ異色のアート系サイコロジカル・スリラー。フェティッシュなファッションや近未来的でウルトラ・モダンなセット・デザイン、スウィートでグルーヴィーな音楽、セクシュアルでアングラなオブジェ、大胆かつセンセーショナルなセックス、SMチックでアブノーマルなバイオレンスなどを織り交ぜながら、ウーマンリブの台頭やフロイト的精神分析学、フリー・セックスに左翼思想といった当時の時代の空気を如実に映し出したお洒落でエクスペリメンタルな作品だ。
 主人公は慈善団体を運営する大富豪のセイヤー博士。彼は押しが強くて野心的な女性ジャーナリスト、マリアを週末に自宅へ招く。だが、それは彼女を陥れるための罠だった。セイヤー博士はマリアを監禁し、ありとあらゆる精神的かつ肉体的な屈辱を味わせる。なぜなら、彼は強い女性に我慢ならないのだ。
 女性は我がままかつ自己中心的な生き物で、やがて世界は彼女たちによって破滅させられてしまう。そんな強迫観念に囚われたセイヤー博士にとって、自立した働く女性マリアは脅威そのものだった。女は男に服従しなくてはいけない、さもなくば殺してしまっても構わない。それがセイヤー氏の考え方だ。
 数々の暴力と屈辱に耐え続けるマリア。やがて彼女は、そんなセイヤー博士の自尊心とマキズモ的思想を逆手に取って、彼の心の隙間へと入り込んでいく。そして、いつしかマリアの虜となっていくセイヤー博士。お互いを隔てていた壁を取り払い、愛と調和に満ちた時間を過ごすようになる二人。だが、それはマリアにとって“静かなる復讐”の始まりにすぎなかった・・・。
 すばり、増村保造監督の『盲獣』(69)の世界にジェス・フランコやフェデリコ・フェリーニが迷い込んでしまったかのような作品。もちろん、増村作品のような暗さはほとんど感じられない。どんなに権力や暴力を振りかざしてみても、結局はワギナに骨の髄まで食い尽くされるしかない男の哀しみというものを、皮肉とユーモアたっぷりに描いてみせたエロティック・ファンタジーといったところだろうか。ある意味、フェリーニの『女の都』(80)を彷彿とさせるような部分の多い作品だ。
 慈善事業の名のもとに莫大な富を築き上げ、ひたすらストイックに己の知性と肉体を鍛え、支配と征服にしか自己の価値や満足を見出せないセイヤー博士は、言ってみれば旧世代の権化みたいな存在と言えよう。本作は当時のウーマンリブ運動を背景にした“性の衝突”というものを題材にしつつ、極めて左翼的な風刺を含んだ政治映画の側面も含んでいる。そういった意味では、セクシャルなファンタジーの中に反体制・反権力の思想を滑り込ませた当時のジェフ・フランコ作品との共通点も見出せるに違いない。
 ピエロ・スキヴァザッパ監督は主にテレビで活躍した人で、日本ではカンツォーネ・アイドル、マッシモ・ラニエリ主演のメロドラマ『別れ』(71)が劇場公開されている。30年近くに及ぶキャリアで、手掛けた劇場用映画はほんの4〜5本だけ。その中でも、劇場用映画デビューに当たる本作は飛びぬけて異彩を放つ作品である。それはまるで、持てる才能の全てをこれ一本で使い果たしてしまったかのようだ。
 自由自在なカメラワークや意表を突く音の使い方は今見ても非常に新鮮だし、ファッションやインテリアなどの奇抜で斬新なデザインも実に面白い。もちろん、名匠ステルヴィオ・チプリアーニの手掛けたグルーヴィーなサントラも最高。60〜70年代のサブカルに興味のあるファンなら是非とも見ておくべき名作である。

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マリアの監禁された部屋は博士の寝室と繋がっていた

自分に瓜二つの人形とのセックスをマリアに強要する博士

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博士はマリアを召使のように扱う

抵抗するマリアを水責めにして勝ち誇る博士

 人気のない夜道。若い娼婦ギーダ(ロレンザツァゲリエーリ)が白い高級車へ乗り込み、謎の人物から小切手を受け取る。一方、慈善事業団体を運営する大富豪セイヤー博士(フィリップ・ルロワ)は、取材に来た頭脳明晰でタフな女性ジャーナリスト、マリア(ダグマー・ラッサンダー)を週末に自宅へ招くことにした。
 まるで博物館のような自宅の展示物をマリアに説明するセイヤー博士。ところが、カクテルに口をつけたマリアは、その場で意識を失ってしまう。睡眠薬が混ぜられていたのだ。博士はクラシックカーにマリアを乗せ、郊外の別荘へと向った。
 目を覚ましたマリアは縄で縛り上げられていた。ナイフを手にしたセイヤー博士は、これが女性に対する彼流の報復なのだと語る。自己中心的で身勝手な生き物の女性は、今や次々と社会進出を果たして世界を征服せんという勢いだ。いずれ、彼女たちは精子バンクで遺伝子を選んで勝手に子供を作るようになり、必要のなくなった邪魔な男たちを駆逐していくことであろう。そうなれば文明社会は崩壊してしまう。
 女は男に黙って服従するもの。そうすれば、世の中は正常に機能する。そのために、博士は自立した強い女性を選んでは誘拐し、力を以って徹底的に矯正しているのだという。そして、それでもいう事を聞かない女性には死の制裁が待っているのだ。
 一度は脱走に成功したものの、物陰に隠れていた車に追いかけられて引き戻されてしまったマリア。決してここからは逃げられないという、博士からのメッセージだった。そして、同時にこれが博士による残酷な“再教育”プログラムの始まりだったのである。
 博士自身に瓜二つの人形とのセックスを強要され、ジムでトレーニングをする博士の身の回りの世話やマッサージをさせられ、口にガムテープを貼られた状態で博士の食事を見物させられるマリア。甘い言葉と残酷な仕打ちを繰り返しながら、博士は徐々に彼女の人格を破壊していこうとする。それはまるで、女性を蹂躙して支配することに性的な快感を見出しているかのようだった。
 屈辱と恐怖に顔を引きつらせたマリアの姿を眺めながら、エクスタシーの瞬間に女性を殺すのが無上の歓びだとうそぶく博士。そんな彼に対して、何かを悟ったかのようにマリアは語る。同じようなスリルの繰り返しばかりではつまらないんじゃない?それよりも、あなたにとって理想の女を作り上げるのよ。そして、その女性を征服することに歓びを見出すのよ。そうすれば、無限の幸せと快楽を手に入れることが出来るはずだわ、と。一瞬心を動かされたかのように見えた博士だったが、死を免れたいマリアの策略ではないかと感じて皮肉な笑いを浮かべる。
 だが、これを機にマリアの態度に変化が生じた。マジック・ミラーの向うで眺める博士の視線を意識しながら、包帯を体に巻きつけただけの姿で挑発的なダンスを踊るマリア。博士のフェティッシュな願望にも応え、学生服を着て清純な女学生まで演じてみせる。そんな彼女に性的な欲望を感じる博士。だが、それを感じ取ったマリアが肉体関係を迫ると態度を豹変させ、“この売女め!”と口汚く罵りながら彼女の髪の毛を切り落としてしまった。
 この一件で激しく動揺したのは博士の方だった。気を鎮めようと夜遅くまで起きていた彼は、監禁された寝室で倒れているマリアを発見する。大量の睡眠薬を飲んだようだった。慌てて水を飲ませて睡眠薬を吐き出させ、意識のもうろうとしたマリアを介護する博士。
 これまで幾人もの女性を監禁して殺したなどというのはウソだった。金で雇った売春婦に強い女性を演じさせ、彼女たちを擬似的に征服することで己の屈折した性欲を満たしていただけなのだ。そう告白する博士を優しく抱きしめるマリア。わたしがあなたを立ち直らせてあげる、と彼女は呟くのだった。
 それ以来、2人きりの幸福で楽しい時間を過ごす博士とマリア。車を運転しながらのオーラル・セックス、青空の下でのペッティング、レストランで食事をしながらのセクシャルな下半身マッサージ。博士の性的願望を従順に満たしながらも、マリアは自分に対して徐々に増していく彼の愛情を弄んでいた。
 そして、秘密の通路が張り巡らされたセイヤー家所有の古城へとたどり着いたとき、マリアが心のうちに秘めていた残酷な復讐計画が幕を開ける・・・。

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これまで博士は幾人もの女性を犠牲にしてきたという

マリアは博士の“共犯者”になろうとする

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妖艶なダンスで博士の性的興奮を刺激するマリア

博士にはフェティッシュな性的願望があった

 一見すると本筋とは全く関係なさそうな冒頭の若い娼婦と白い高級車が、クライマックスの意外などんでん返しへと繋がっていくのは面白い。また、オープニングとクライマックスに登場する、女性の下半身を模した巨大なオブジェとギザギザした牙のごとき自動ドアの付いた巨大なワギナが、本作の核心的テーマを象徴しているといったシュールレアリズム的手法が随所に散りばめられているのも興味深い演出だ。
 個人的にお気に入りなのは、線路の踏み切りで停止した車の中でマリアが運転席の博士にオーラル・セックスをするシーン。もちろん、直接的な描写は一切ないのだが、その行為を如実に連想させるユーモラスな仕掛けが施されている。
 運転席に座るセイヤー博士の下半身に顔をうずめるマリア。バックには賑やかなBGM。すると、線路の向うの方から一台の列車が近づいてくる。なんと、その屋根の上には楽しそうにトランペットやフルートを演奏する女性の群が(笑)!もちろん、カメラはマウスパイプをくわえた女性たちの口元を次々とクロースアップする。なぜ列車の屋根の上に女性ばかりの楽団が!?という点も含めて、とてもシャレの効いたユーモラスでシュールなフェリーニ的ワン・シーンと言えるだろう。
 脚本にも携わったプロデューサーのジュゼッペ・ザッカリエッロは、やはりモダンでサイケなサブカル的要素満載の青春映画『エスカレーション』(68)やマリオ・バーヴァ監督によるスプラッター映画の金字塔『血みどろの入江』(71)、ナチ物のエログロ映画『悪魔のホロコースト』(76)などを手掛けた人物。また、『ドクター・コネリー/キッド・ブラザー作戦』(67)のパオロ・レヴィも脚本に参加している。
 撮影監督のサンテ・アキーリは、フランコ・プロスペリ監督によるフレンチ・ノワール・タッチのハードボイルド映画の佳作『捜査網せばまる』(67)や鬼才アルマンド・クリスピーノ監督の異色ウェスタン“John il Bastardo”(67)で知られる人物。手掛けた作品は非常に少ないものの、実験的なカメラワークを得意としたカメラマンだった。
 また、フェリーニの『魂のジュリエッタ』(65)やアルジェントの『インフェルノ』(80)に参加したフランチェスコ・クッピーニが美術デザインを、『キャンディ』(68)や『華麗なる殺人』(79)でゴージャスかつエレガントなコスチュームをデザインしたエンリコ・サバッティーニが衣装デザインを担当。また、『E.T.』(82)でオスカーを担当したカルロ・ランバルディが特殊効果と巨大オブジェのデザインを手掛けている。
 そして、イタリア映画界の誇るマエストロ、ステルヴィオ・チプリアーニによる音楽スコアの素晴らしいこと!日本では『ベニスの愛』(70)や『ラスト・コンサート』(76)の甘く切ないメロディで人気の高いチプリアーニだが、本作ではグルーヴィーでサイケなロック・ナンバーからスウィートでロマンティックなイージーリスニングまで、実にモダンで洗練されたサウンドとメロディを堪能させてくれる。サントラCDも発売されているので、映画音楽ファンならずとも手に入れて頂きたい。
 ちなみに、本作の全米配給を担当したのは、ラドリー・メッツガーの経営するオードボン・フィルム。彼がイタリアで撮ったアート系エロス映画『炎』(69)はビジュアル面において本作からの影響が濃厚(もっとも、フェリーニの『甘い生活』からの影響の方が強いのだけど・・・)で、実際に美術デザインと衣装デザインをエンリコ・サバッティーニが担当していた。

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女の武器を使うマリアに腹を立てた博士は髪を切り落としてしまう

全ては博士の屈折した願望とコンプレックスから生じたゲームだった

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女性の下半身を模した巨大なオブジェ

ワギナに呑み込まれた男は骨の髄まで食い尽くされるのだ

 一応主役としてクレジットされているのは、女性恐怖症の偽善的な博愛主義者セイヤー博士を演じるフランス人俳優フィリップ・ルロワ。『黄金の7人』シリーズの教授役を筆頭にクールなインテリや冷酷な悪人を演じることが多かった人なだけに、ポーカーフェイスのストイックでサディスティックなサイコパスというのは見事な当たり役と言えよう。
 しかし、やはり観客の目をスクリーンに釘付けにするのは、セクシーでタフでインテリジェントな女性ジャーナリスト、マリア役を体当たりで演じるダグマー・ラッサンダー。中でも、白い包帯を全裸の上に巻いただけの姿で官能的なダンスを披露するシーンは本作中の白眉だ。それ以外にも、夜道を車で延々と追いかけられたり、ホースから勢いよく噴射する大量の水を全身に浴びせられたりと、体力的に相当キツイであろう過酷なシーンをスタントなしで見事に演じきっている。
 そのほか、アンソニー・M・ドーソン監督のジャッロ映画“Nude...si muore”(68)で女子高生役を演じていたロレンツァ・ゲリエーリ、イタリアの文豪サルヴァトーレ・カシモド夫人としても知られる舞踏家マリア・クマーニ・カシモドが登場。
 なお、ダグマー・ラッサンダーの妖艶なヌード・シーンだけでなく、フィリップ・ルロワの鍛えぬかれた裸体までもふんだんに盛り込まれているのが面白い。

 

 

クレイジー・キラー/悪魔の焼却炉
Il rosso segno della follia (1969
)
日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

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(P)2000 Image Entertainment (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(レターボックス収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/88分/製作:イタリア・スペイン

特典映像
ポスター&スチル・ギャラリー
バーヴァ監督バイオグラフィー
バーヴァ監督フィルモグラフィー
監督:マリオ・バーヴァ
製作:マヌエル・カーニョ
脚本:サンチャゴ・モンカーダ
撮影:マリオ・バーヴァ
音楽:サンテ・マリア・ロミテッリ
出演:スティーブン・フォーサイス
   ダグマー・ラッサンダー
   ラウラ・ベッティ
   ヘスス・プエンテ
   ジェラルド・ティシー
   フェミ・ベヌッシ
   アントニア・マス
   ルチアーノ・ピゴッツィ

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夜行列車のコンパートメントに近づく人影

花嫁衣裳を着た新婦と新郎が殺される

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ブライダル・ファッション・サロンの社長ジョン(S・フォーサイス)

傲慢で嫌味なその妻ミルドレッド(L・ベッティ)

 イタリアン・ホラーの父と呼ばれる巨匠マリオ・バーヴァ。そのフィルモグラフィーの中でも、これは恐らく最も賛否両論の分かれる作品の一つであろう。花嫁衣裳の女性が次々と殺されるジャッロ映画かと思って見ていると、いつの間にか嫉妬深い妻の亡霊に悩まされ続ける男の破滅を描いたゴースト・ストーリーへ。生前のバーヴァ監督自ら“私の映画の中で最も好きな作品”と語っていたそうだが、その独特のシュールなブラック・ユーモアを含め、彼の意外な一面を発見できる一本だ。
 物語の主人公は、パリで高級ブライダル・ファッションのサロンを経営するハンサムな男性ジョン・ハリントン。彼は自らパラノイアであることを認める異常者であり、花嫁衣裳の若妻ばかりを血祭りにあげる連続殺人鬼だ。普段は頭脳明晰で温厚な経営者、年上の妻ミルドレッドを大切にする良き夫を演じているが、その裏では抑えきれない殺人衝動に駆られ、傲慢で冷淡な妻との結婚生活も既に破綻している。
 そんな彼も、駆け出しの若くて初々しいモデル、ヘレンと知り合うことで、初めて精神的な安らぎを得ることが出来た。ところが、嫉妬深い妻ミルドレッドはすぐに二人の関係を疑う。そして、そのネチネチとした恨みつらみの言葉に耐えきれなくなったジョンは、思い余って彼女を殺害してしまった。
 夜中に妻の死体をこっそりと埋め、何食わぬ顔をして普段の生活に戻るジョン。ところが、彼は意外なことに気付く。どうやら、周りの人々には妻ミルドレッドの姿が見えているらしいのだ。しかも、まるで夫の一挙一動を監視するかのように、片時も傍から離れないのである。
 ようやく妻の束縛から解放されたはずなのに・・・。慌てて妻の死体を掘り起こして焼却炉で燃やし、その灰をばら撒いたジョンだったが、妻の亡霊は一向に姿を消す気配がない。さらに、花嫁連続殺人鬼を追う警察の捜査も彼の周辺へ及んでくる。精神的に追いつめられたジョンは、愛するヘレンの殺害を決意。なぜ自分が人殺しになってしまったのか?なぜこのような状況に追い込まれてしまったのか?その原因を探るためにも、彼は凶行を繰り返さねばならなかったのだ・・・。
 冒頭から主人公が精神異常の殺人鬼であることを明かし、その屈折した内面を堂々とさらけ出していくのがまず意表を突く。そればかりか、自分の中の善と悪の狭間で葛藤する彼の姿を描くことにより、いつしか観客は主人公に感情移入せざるを得なくなっていく・・・というのが非常に面白い。
 本作はよく、主人公が殺人鬼となった原因や殺人衝動の理由が薄っぺらいとか、妻の亡霊に悩まされる後半の展開が不自然で退屈だと批判されるが、それは本作をジャッロ映画、さらに広くはホラー映画という枠の中だけでしか見ようとしないことに起因する誤解だと言えよう。なぜなら、これは結婚生活の地獄をホラー映画タッチに皮肉った、バーヴァ流のブラック・コメディなのだから。
 ジョンが殺人鬼となってしまったのは、父親が死んで間もないのに愛人とうつつを抜かす母親を幼い頃に殺してしまったため。花嫁衣裳の新妻ばかりを手にかけるのは、その先に待ち受けている結婚生活の不幸から彼女たちを救うため。そんな彼が愛してもいない妻の亡霊に死ぬまで追い掛け回されるというのは、なんとも毒の効いた皮肉である。そこには、自らも愛のない結婚生活に生涯耐え続けたバーヴァ自身の、ほとんど自嘲気味ともいえるユーモアが込められているのだ。
 数あるバーヴァの作品の中でも、例外的とも言えるくらい本人の自由に撮ることが出来たという本作。当初の脚本から大幅にストーリーが変更されてしまったため、本来はヒロインであるはずのダグマー・ラッサンダーの出番が極端に少なくなってしまったのは残念だが、ジョン役のスティーブン・フォーサイスと妻ミランダ役の名女優ラウラ・ベッティの繰り広げるシニカルでダークな夫婦漫才(?)は絶品。ズームレンズを多用したサイケデリックなバーヴァのカメラワークも魅力だ。
 これは言うなれば、チャップリンの『殺人狂時代』(47)やスタージェスの『殺人幻想曲』(48)にも相通じるコメディ・ノワール。バーヴァ自身かなり毒を効かせたジョークの好きな人物だったと言われるが、そんな彼の人柄を忍ばせるようなブラック・ジョークが随所に散りばめられている点も見逃せない。
 筆者も最初にVHSで見たときは少々期待外れに感じたものだった。確かに、バーヴァの代表作とは言い難い。しかし、DVDで何度か見ているうち毎回新たな発見があることに気が付き、やがてバーヴァの真意が理解できると俄然楽しめるようになる。是非とも、一度と言わず二度三度と繰り返し見て欲しい作品だ。

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ジョンは駆け出しの若いモデルへレン(D・ラッサンダー)を雇う

花嫁衣裳を着たマネキンたちで埋め尽くされた秘密の部屋

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結婚を控えたモデル、アリス(F・ベヌッシ)

アリスの死体を焼却炉で燃やすジョン

 特急列車の個室で甘いひと時を過ごす新婚カップル。ドアの外では怪しい人影が忍び寄る。幸せそうに新郎と抱擁を交わす花嫁衣裳の新婦。そこへ肉切り包丁を持った男が近づき、カップルをメッタ切りにして殺してしまった。
 犯人の男の名前はジョン・ハリントン(スティーブン・フォーサイス)。年齢は30歳。パリで高級ブライダル・ファッションのサロンを経営する社長にして、筋金入りの変質者。自分の頭が完全におかしいと気付いた当初は困惑したが、今ではかえってそれを楽しんですらいる。なんたって、狂人なら何でもアリだ。
 しかも、周りの誰一人として彼が狂っているとは気付いていない。ジョンの父親は彼が幼い頃に病死し、その直後に母親も死んでしまった。正確に言うなら、殺されてしまったのだ。ジョンはその現場を見た記憶があるのだが、正直なところおぼろげにしか覚えていない。
 それ以来、彼はオイディプス・コンプレックスを患ってしまった。そして、どうしても花嫁衣裳の新婚女性を殺さなくてはいけないという衝動に駆られるようになったのである。なぜなのか?彼にも良く分からない。その原因を追究するためにも、彼は人殺しを続けなくてはいけないのだ。
 ジョンにはミルドレッド(ラウラ・ベッティ)という年上の妻がいる。彼女は夫に先立たれた大富豪の未亡人だったが、財政難に陥ったサロンの経営を立て直してジョンと結婚した。だが、二人の間にはひとかけらの愛情もなく、ジョンは威圧的で女王然としたミルドレッドの尻に敷かれている。もちろん離婚したいと考えてはいるが、ミルドレッドは応じるつもりなど全くない。それはまるで、束縛することによって彼に精神的な苦痛を与えることを楽しんでいるかのようだ。
 そんなジョンの唯一安らげる場所が、その存在を彼しか知らない秘密の部屋。そこには純白の花嫁衣裳を身にまとった無数のマネキンが並んでおり、彼女たちに囲まれている時間が彼にとって無上の歓びだった。
 ある日、ヘレン・ウッド(ダグマー・ラッサンダー)という駆け出しの新人モデルが面接にやって来た。最初は断るつもりだったジョンだが、その自由奔放で初々しい魅力に惹かれて採用することを決めた。しかも、ちょうど欠員が出たばかり。というのも、ロージーというモデルが数日前から行方不明なのだ。
 ジョンのサロンで姿を消したモデルはロージーだけではなかった。彼女を含めて、これまで6人のモデルが忽然と消えてしまっていた。警察のラッセル警部(ヘスス・プエンテ)はジョンに疑惑の目を向けているが、彼が犯人であることを証明するものは何もない。
 カタログ写真の撮影現場へ訪れたジョンに、モデルのアリス(フェミ・ベヌッシ)が恐る恐る話しかけた。結婚を控えているので仕事を辞めたいのだという。彼は就業時間が終ってからアリスをオフィスへ呼んだ。
 そして、秘密の部屋へと彼女を招き入れ、どれでも好きなウェイディング・ドレスをプレゼントしようと申し出る。喜んでお気に入りのドレスに着替えたアリス。その姿を見たジョンは、隠し持っていた肉切り包丁で彼女を殺害。その亡骸を温室の焼却炉で燃やし、灰を肥料として使うのだった。
 ミルドレッドが病気の叔母を見舞うためにスイスへ行くこととなった。空港で妻を見送ったジョンが帰ろうとすると、そこにはヘレンの姿があった。積極的な彼女に押される形で、ジョンはヘレンとデートをすることになる。飾り気のない彼女に強く惹かれるジョン。これまでに感じたことのない恋愛感情を覚えた。
 帰宅してテレビでホラー映画を見ていたジョンは、2階の寝室で物音がすることに気付く。秘かにミルドレッドが帰ってきていたのだ。あなたにアタシのいない自由なんか味わせてやるもんか、誰かと会っていたに決まっている、この裏切り者!と夫のことを厳しく責めるミルドレッド。ジョンの中で何かがプツンと切れた。
 これまでの冷たい態度を詫びてみせるジョン。ミルドレッドは彼の愛情を求めていたのだった。ジョンは、少し待っていてくれと寝室を出て行く。ベッドで夫が戻るのを待つミルドレッド。すると、花嫁衣裳を自ら着用したジョンが肉切り包丁を持って襲いかかる。寝室の外へ逃げ出したミルドレッドだったが、あえなくメッタ刺しにされて殺されてしまった。
 そこへ、ラッセル警部がアリスの婚約者を同伴してやって来た。昨夜からアリスが行方不明なのだという。今の悲鳴はなんだ?と訝しがる二人。ジョンはテレビをつけて見せた。ただのホラー映画さ、と。二階から滴り落ちるミルドレッドの血にも気付かず、アリスのことは知らないと言うジョンの言葉に、ラッセル警部はひとまず引き下がらざるを得なかった。その後、ジョンはミルドレッドの死体を温室の土の中へと埋める。
 その翌日、テラスで朝食を楽しむジョン。妻のいない朝は自由で晴々としたものだ。ところが、朝食を運んできたメイドは二人分のコーヒーを注いでいく。なぜ二人分なんだ?と怪訝そうに訊ねると、メイドはきょとんとした顔で言った。奥様の分じゃないですか、と。
 さらに、スタッフと打ち合わせしていると、誰もがいるはずのないミルドレッドに挨拶をしていく。まるで、ジョンの背後に彼女が立っているかのように。しかも、午後に開かれた新作発表会では、顧客の夫人がミルドレッドと話をしていた。少なくとも、周りの人々にはそう見えていた。だが、なぜかジョンだけはミルドレッドの姿が見えないのだ。
 やがて夜となり、寝室にミルドレッドの亡霊が現れる。アタシを殺して厄介払いが出来たなんて思ったら大間違いだ、死ぬまで付きまとってやる。そう恨み言を残して消えていくミルドレッド。ジョンは妻の死体を掘り起こして焼却炉で燃やしたものの、依然として周囲には彼女の姿が見えている。灰を撒いてみたものの、結果は同じだった。おかげで、花嫁殺人すらままならなくなってしまう。あと一歩で、母親が殺された晩の記憶が甦るというのに。
 そんな時、ジョンはヘレンの前だけにはミルドレッドが現れないことに気付く。彼女のことを愛していたジョンだったが、もはやヘレンを犠牲にする以外に道は残されていなかった・・・。

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ジョンは自由奔放なヘレンに惹かれていく

誰もいるはずのない二階の寝室から物音が・・・

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ジョンの不実をネチネチとなじるミルドレッド

我慢の限界に達したジョンはミルドレッドを殺害する

 もともと脚本を書いたのは、フアン・アントニオ・バルデン監督の名作猟奇ホラー『真夜中の恐怖』(72)やセルジョ・コルブッチ監督の異色ウェスタン・コメディ『ザ・サムライ/荒野の珍道中』(74)で知られるスペインの脚本家サンチャゴ・モンカーダ。冒頭でも述べたとおり、当初のストーリーはかなり違うものだった。
 オリジナル脚本の主人公はファッション・サロンを経営するプレイボーイのフアン。彼は純白の花嫁衣裳が象徴する処女性を永遠のものとするため、結婚して辞めていくモデルたちを次々と殺す。そこへ、殺されたモデルの妹が潜入して彼の凶行を暴く・・・という非常にシンプルなストーリーだった。
 ところが、撮影準備の着々と進む中、バーヴァ監督のもとへ一本の電話が入る。それは、イタリアを代表する名脇役女優ラウラ・ベッティからのものだった。パゾリーニやベルトルッチといった巨匠作品の常連として知られる彼女、当時のイタリアでは芸術映画にしか出ない知性派のインテリ女優だと思われていた。しかし、本人は意外にも娯楽映画志向が強く、中でもホラー映画は大好きなジャンルだったのだそうだ。
 パゾリーニの『テオレマ』(67)でベネチア国際映画祭の最優秀女優賞を獲得した彼女は、その栄冠を手に次は大好きなホラー映画に出ようと考えた。それも、世間では過小評価されている素晴らしい映画監督マリオ・バーヴァの作品がいい。ホラー映画を芸術映画よりも下に見る世間の鼻をあかしてやろう、というのが彼女の目論見。つまり、スノッブな映画観客に対する彼女流の皮肉なジョークだったのである。
 このアイディアにはバーヴァも大喜びし、すぐさま乗ったという。しかし、大きな問題があった。モンカーダの書いた脚本には、ベッティが演じることの出来そうな役柄がなかったのである。そこで、バーヴァはベッティと何度も話し合いを重ねながら、もともとの脚本を大幅に変えてしまった。幸いにも、本作のプロデューサーを務めたマヌエル・カーニョはバーヴァの仕事に一切口を挟むことがなく、二人は自由にストーリーを練り直すことが出来たのだそうだ。
 ちなみに、昔のイタリアでは監督が脚本を自分の好きなように変えてしまうということは日常茶飯事だったそうだ。例えば、リカルド・フレーダ監督は撮影をしながら必要がないと感じた脚本のページはバンバン破り捨てていたというし、ベッティによるとパゾリーニもベルトルッチも現場でストーリーを当たり前のように変えていたという。有名な脚本家エルネスト・ガスタルディなんかは、自分の手元を離れた脚本は書き変えられて当たり前だと考えていたと語っている。なので、自分の手掛けた作品の監督と一度も顔を合わせることがないなんてことも少なくなかったし、撮影現場へ足を運ぶようなこともほとんどなかった。そもそも、当時は脚本家が撮影現場へ呼ばれること自体がまずなかったのだそうだ。
 ちなみに、主人公ジョン・ハリントンの自宅として撮影に使用されたのは、スペインの独裁者フランコ将軍の別荘だった邸宅。そのため、撮影スタッフが壁や床、階段などを傷つけたり壊したりしないよう、大勢の警察官が現場を監視していたのだそうだ。しかも、2階部分での撮影は一切禁止。そのため、ジョンとミルドレッドの寝室シーンだけは、ローマ北西部にあるヴィラ・フラスカティという邸宅で撮影された。
 なお、劇中でジョンがテレビをつけた際に放送されていたホラー映画は、バーヴァ自身の代表作『ブラック・サバス』(63)。しかも、夫婦の寝室に置かれたベッドの豪華なヘッドボードは、『ブラック・サバス』の第1話でミシェル・メルシエの寝室に使われていたものと同じものである。
 その他のスタッフについてもさらっと触れておこう。美術デザインと衣装デザインを担当したのはバーヴァの『ファイブ・バンボーレ』(70)も手掛けたジュリア・マファイ、助監督には息子のランベルト、第2班監督には80年代以降ハードコア・ポルノの監督として有名になるマリオ・ビアンキが参加。また、サンテ・マリア・ロミテッリによるゴージャスでエレガントな音楽スコアもなかなか捨てがたい。

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ジョンだけはそばにいるミルドレッドの亡霊の姿が見えない

ミルドレッドの亡霊は死ぬまでジョンに付きまとうつもりだった

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ヘレンだけは妻の亡霊の姿を見ることが出来ないと気付いたジョン

自分の狂気の原因を突き止めるためへレンを殺すことにする・・・

 上記のような理由で、本来はヒロインであるはずなのに出番が大幅に減らされてしまったダグマー・ラッサンダー。ブライダル・ファッションとはいえ、せっかくのモデル役であるにも関わらず、お洒落な着こなしを披露するチャンスも少なかった。かえって、殺され役のフェミ・ベヌッシの方がインパクトとしては美味しい役回りだったかもしれない。
 主人公ジョンを演じているスティーブン・フォーサイスは、元ファッション・モデルのカナダ人。当時のアラン・ドロンを彷彿とさせるような美形で、モデル出身にしては演技力もそこそこ備わっていた。しかし、イタリアやスペインでマカロニ・ウェスタンやスパイ・アクションなどに数多く出演したものの、なかなか良い役に恵まれず。本作を最後に俳優を引退して母国へ戻ってしまった。
 そして、執念深くて根性の捻じ曲がった悪妻ミルドレッド役を嬉々として演じるラウラ・ベッティ。ノリノリの憎まれ演技が実に痛快で楽しい。あのジェーン・バーキンが“最も尊敬する女優”と公言していた彼女、その後もベルトルッチの『1900年』(76)や『ルナ』(79)、タヴィアーニ兄弟の『アロンサンファン/気高い兄弟』(74)などの名作に出演し、04年に70歳で亡くなるまで第一線で活躍し続けた。バーヴァとは『血みどろの入江』(70)でも組んでいる。
 そのほか、スペインではテレビ界の大物俳優として知られるヘスス・プエンテ、イタリアの誇るお色気カルト女優フェミ・ベヌッシ、アンソニー・ドーソン作品でお馴染みの怪優アラン・コリンズことルチアーノ・ピゴッツィ、スペインの名脇役ジェラルド・ティシーらが出演。

 


 

Le foto proibite di una signora per bene (1970)
日本では劇場未公開
DVD・VHS共に日本未発売

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(P)2006 Blue Underground (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/96分/製作:イタリア・スペイン

特典映像
オリジナル劇場予告編
脚本家E・ガスタルディ インタビュー
監督:ルチアーノ・エルコーリ
製作:アルベルト・プリエーゼ
   ルチアーノ・エルコーリ
脚本:エルネスト・ガスタルディ
   マイ・ヴェラスコ
撮影:アレハンドロ・ウロア
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ダグマー・ラッサンダー
   ピエル・パオロ・カッポーニ
   スーザン・スコット
   シモン・アンドリュー
   オズワルド・ジェナッツァーニ

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裕福な実業家の妻ミノー(D・ラッサンダー)

海辺で謎の男(S・アンドリュー)に襲われる

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夫ピエール(P・P・カッポーニ)はイタズラではないかと受け流す

夫の顧客が謎の自殺を遂げたと知って疑問に感じるミノー

 『ストリッパー殺人事件』(71)などでジャッロ・ファンにはお馴染みのルチアーノ・エルコーリ監督が、1970年に発表したデビュー作。ダグマー・ラッサンダー扮する美しい人妻がレイプ犯に脅迫され、殺人と陰謀とセックスの渦巻く狂気の世界へと巻き込まれていく。エルコーリ監督のトレードマークである洗練されたファッションやインテリア、官能的なエロティック・シーン、そして巨匠モリコーネの華麗なる音楽が存分に楽しめるスタイリッシュなジャッロ作品だ。
 ヒロインは裕福な実業家の若妻ミノー。ある晩、海辺を散歩していた彼女は見知らぬ男に襲われる。男はミノーの夫ピエールが殺人犯であると言い残して立ち去った。それからほどなくして、彼女は夫の有力なクライアントが謎の自殺を遂げたことを知る。ミノーの頭によぎる漠然とした疑惑。
 さらに、男はピエールの犯行を裏付ける録音テープをネタに彼女を脅迫してきた。そのテープを高値で買い取ろうとしたミノーだったが、男は彼女を陵辱した上にその写真を新たなゆすりのネタにする。万策尽きたミノーは、親友ドミニクの助言で夫に全てを打ち明けた。
 ピエールから通報を受けた警察は犯人の行方を捜索するが、そのような男が存在する痕跡すら見つけることが出来ない。その後も、男は周囲の人々に気付かれぬよう巧妙な手口で脅迫を続ける。一方、周囲の人々は全てが彼女の妄想ではないかと疑う。誰からも信じてもらえず、精神的に追いつめられていくミノー。だが、これらの一連の出来事は、実は彼女の身近にいる意外な人物が仕掛けた罠だった・・・。
 事件の黒幕が誰なのか、なんのためにヒロインを陥れようとしているのか。勘のいい人ならば、すぐに分ってしまうことだろう。謎解きそのものは非常に単純で、クライマックスのどんでん返しもまことに呆気ない。恐らく、作り手側も推理サスペンスとして見せようというつもりなど毛頭なかったのではないか。
 それよりも、本作の焦点はヒロインの体験するセックスとバイオレンス、上流社会の背徳的なモラルと享楽的なライフスタイルといったセンセーショナリズムにある。犯罪とフリーセックスに彩られた極めて70年代的なデカダンの世界を、ファッショナブルでゴージャスな映像によって描いた官能ミステリー。これは、そのような視点から楽しむべき作品なのだと言えよう。
 中でも特に見どころなのは、主演のダグマー・ラッサンダーとスーザン・スコットの妖艶な美しさであろう。やはり、エルコーリ監督は女優をエレガントに美しく、なおかつセクシーに撮るのが抜群に上手い。それだけでも、一見の価値は十分にあるはずだ。

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親友ドミニク(S・スコット)のポルノ写真を鑑賞する

その中の一枚に例の男が映っていた

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真夜中に脅迫電話がかかって来る

指定されたアパートの一室へ足を踏み入れたミノー

 夜の海辺を散歩していた美しい人妻ミノー(ダグマー・ラッサンダー)に、バイクで通りがかった男(シモン・アンドリュー)が襲いかかる。激しく抵抗したミノーだったが、やはり男の力には敵わない。だが、観念して言うなりになろうとするミノーを、逆に男は突き放した。お前から俺の体を求めるんだ、と。そして、憎悪の眼差しを向けるミノーに対して、男は“ピエールは人殺しだ”と吐きすてるように言い残して去っていった。
 ピエール(ピエル・パオロ・カッポーニ)とはミノーの夫のこと。彼は裕福な実業家だ。身も心もボロボロに傷ついて別荘へ戻った彼女は、暴漢に襲われたことを夫に告白した。だが、彼はタチの悪いイタズラに違いないと笑って受け流すだけだった。なにしろ、その手の悪趣味なジョークは今どきの流行だ。
 パリに戻ったミノーは、ナイトクラブで親友ドミニク(スーザン・スコット)と再会する。彼女はピエールの元恋人で、自由奔放な女性だ。そのドミニクから、ジャン・ドゥボワが自殺したと知らされたミノーが驚きを隠せなかった。ドゥボワは夫ピエールの顧客で、しかも多額の融資を受けている相手。自殺と言うのもあくまで状況証拠から推測されるというだけのことで、新聞を読んでも詳細はハッキリしないとのことだった。“ピエールは人殺しだ”という男の言葉がミノーの脳裏をよぎる。
 思い切ってドミニクに事件のことを告白するミノー。だが、やはり彼女も“気にすることはない”と受け流すだけだ。それどころか、逆に“私も襲われるスリルを味わってみたいわ”などと笑い話にする始末。ドミニクは奔放なセックス遍歴の持ち主だった。彼女はコペンハーゲンへ行った際に撮ったという、自らのポルノ写真を見せてくれた。興味津々に写真をめくるミノー。すると、その中の1枚に例の男が映っていた。だが、ドミニクはその男に心当たりはないという。
 ある晩、真夜中にミノーのもとへ男から電話がかかってくる。ピエールが人殺しだということを証明するカセットテープがあるという。指定されたアパートの一室へ行ったミノーは、そのテープを3000ドルで買い取ろうとする。だが、男は金だけで片をつけるつもりはないといい、ミノーの肉体を要求する。しかも、彼女自らが跪いてセックスを懇願しなければならない。夫を守りたい一心で、ミノーは屈辱に耐えながら男の言うとおりにするのだった。
 ところが、それから数日後、ミノーのもとに一通の封筒が届く。そこには、男に肉体を弄ばれるミノーのあられもない姿を捉えた写真が入っていた。ショックで寝込んでしまった彼女のもとへ、男が平然とした顔で訪ねて来る。写真のネガが欲しければ2万ドルを用意しろというのだ。
 しかし、主婦であるミノーにそんな大金が用意できるはずもないし、まさか夫に用立ててもらうわけにもいかない。藁にもすがる思いでドミニクに相談したところ、彼女が現金を用意してくれることとなった。だが、男はすぐに手のひらを返し、写真をエサにさらなる肉体関係を要求してくる。
 八方塞となったミノーは、ドミニクの助言もあって夫ピエールに全てを打ち明けることにした。さすがに動揺を隠せないピエールだったが、ドミニクの説得で冷静に事態を判断する。彼はすぐに友人の警視総監フランク(オズワルド・ジェナッツァーニ)へ連絡した。
 ミノーの証言をもとに、男の住むアパートへと乗り込んだ警察。だが、アパートはもぬけの殻だった。そればかりか、その部屋はかれこれ1年以上も借り手がついていないという。さらに、ミノーは夜中に家の庭で立ちすくむ男を目撃してパニックに陥るが、ピエールにはそのような人影は見えなかった。
 ピエールとフランクはミノーの正気を疑う。全ては、彼女の精神的ストレスから来る妄想ではないかと。男が存在することを証明すべく躍起になったミノーは、写真の一件をドミニクに証言してもらおうとする。
 だが、なぜかドミニクは“写真のことなど記憶にない”と冷淡に突っぱねる。夫や警視総監の前で恥をかかされたミノー。彼女はドミニクが犯人と通じているのではないかと疑うのだったが・・・。

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夫を守るために大金を払うつもりだったミノーだが・・・

男はミノーに屈辱を与えながら肉体を奪う

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ドミニクに助けを求めるミノー

男は写真をエサにさらなる肉体関係を求めてきた

 脚本を書いたのは、ホラーからマカロニ・ウェスタン、アクション、コメディまで幅広いジャンルを手掛けた、イタリア娯楽映画を代表する脚本家エルネスト・ガスタルディ。もともと彼がストックしておいた脚本を製作者のアルベルト・プリエーゼがピックアップし、エルコーリ監督の助手であるマイ・ヴェラスコがリライトをしたのだという。
 実は、当時プリエーゼの経営する映画会社PCM(Produzioni Cinematographiche Mediterranee)は経営難に瀕していた。儲けるためには新しい映画を撮らなくてはいけない。出版界の大物で映画製作者でもあったアンジェロ・リッツォーリに協力を請うことにしたプリエーゼは、知人だったガスタルディになにかいい脚本はないかと問い合わせてきた。そして、その時ガスタルディの手元に唯一あったのが、本作の脚本だったというわけだ。
 結果的には、本作は関係者の予想を上回る大ヒットを記録。無事にPCMは倒産を回避することが出来たという。おかげでエルコーリは映画監督としての新たなキャリアをスタートし、ガスタルディもその後彼とたびたび組むようになる。ちなみに、70年代後半に忽然と映画界から姿を消してしまったエルコーリ。祖父から多額の遺産を相続して生活に困ることがなくなったため、あっさりと引退してしまったのだそうだ。
 撮影監督を担当したアレハンドロ・ウロアは、『豹/ジャガー』(68)や『ガンマン大連合』(70)などセルジョ・コルブッチ監督の傑作ウェスタンでも知られるスペインの有名なカメラマン。また、『悪魔の入浴・死霊の行水』(72)や『地獄の謝肉祭』(80)の撮影監督を務めたフェルナンド・アリバスがカメラ助手を務めている。
 そして、官能的かつゴージャスでムーディな音楽スコアを手掛けたのが、イタリア映画界の誇る世界的巨匠エンニオ・モリコーネ。女声スキャットをフィーチャーしたボサノバ・タッチの気だるいテーマ曲は絶品だ。サントラCDも発売されているので、お洒落なラウンジ系スコアが好きな方は是非。

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ミノーとドミニクから事情を聞いたピエールは警察に相談する

脅迫者の存在を立証しようと焦るミノー

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ミノーとピエールの周辺を秘かに探るドミニク

いよいよミノーの身に危険が迫る・・・

 思いもよらぬ罠によって精神的に限界まで追いつめられていくヒロインを大熱演したダグマー・ラッサンダー。これは“Femina Ridens”と並ぶイタリア時代の代表作と呼んでもいいだろう。特に暴行シーンや陵辱シーンにおける迫真の演技は必見。エルコーリ監督のマジックによって、その美しさにも一層のこと磨きがかかっている。
 一方、その親友でありレズビアン的な素質も垣間見せるミステリアスな美女ドミニク役には、エルコーリ監督の夫人でもあるスーザン・スコット(ニエヴェス・ナヴァーロ)。彼女については、以前にこのコラムで紹介しているので、キャリアの詳細などはそちらをご参照いただきたい。本作ではもっぱらファッション&お色気担当といった感じで、ダグマーよりもゴージャスな衣装やセクシーなヌード・シーンが多いのは、やはり夫である監督の目論見だったのだろうか・・・?
 そのほか、フランス映画『まぼろしの市街戦』(67)やアルジェントの『わたしは目撃者』(71)などにも出ていたピエル・パオロ・カッポーニ、最近でもハリウッド映画『宮廷画家ゴヤは見た』(06)や『ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛』(08)などで元気な姿を見せていたスペインの個性派俳優シモン・アンドリューが脇を固めている。

 

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