クラシック・カートゥーン大好き!
CUBBY BEAR

 

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 1928年12月18日にニューヨークのコロニー・シアターでプレミア上映されたディズニー初のトーキー・アニメ『蒸気船ウィリー』が大成功を収め、主人公のネズミ、ミッキー・マウスはまたたく間に世界中で愛される人気キャラクターとなった。
 この成功に刺激された各アニメ・スタジオは、ミッキー・マウスにデザインを似せた動物キャラクターを続々と売り出す。だが、その大半が単なる亜流の域を出ず、時代の流れと共に忘れ去られてしまった。この“Cubby Bear”も、そうしたミッキー・マウス・クローンの1つとして誕生したキャラクターだ。

 Cubby Bearのシリーズ作品を製作したのは、ニューヨークを基盤とするアニメ製作会社ヴァン・ビューレン・スタジオ。その前身は、人気アニメ“マイティ・マウス”シリーズの生みの親として知られるポール・テリーが設立したイソップ・フェーブルズ・スタジオだった。
 このスタジオは、イソップ物語に似た動物寓話を題材とする“イソップ・フェーブルズ”シリーズで成功を収め、実はミッキー・マウスをはじめとするディズニー・アニメにも多大な影響を与えたとされている。
 ところが、もともとの株主が28年に配給権を実業家アマディー・J・ヴァン・ビューレンに売り渡し、そのヴァン・ビューレンとポール・テリーの折り合いが悪かったことから、翌年にはテリーが主だったアニメーター達を引き連れて会社を去ってしまった。
 かくして、ヴァン・ビューレンは新たにヴァン・ビューレン・スタジオと社名を変え、残されたアニメーターのジョン・フォスターを現場責任者に据えて再スタートを切ることとなる。

 このヴァン・ビューレン・スタジオが最初に生み出した人気キャラクターが、とぼけた凸凹コンビ“トムとジェリー”シリーズ。これは、あの有名な猫とネズミのコンビとは全く関係のない人間キャラで、不条理でブラックなユーモアという点ではフライシャー兄弟の作品とも共通するものがあった。実際に、住所の近かったフライシャー・スタジオのスタッフが手伝うこともあったそうだ。
 だが、これはあまり長続きせず、2年後の1933年には打ち切りになってしまう。なんとしてでもスタジオの顔となるような人気者を必要としていたヴァン・ビューレンは、“Lottle King”や“Amos 'n' Andy”など次々と新たなキャラクターを投入。その中の1つが、いたずらっ子の小熊“Cubby Bear”だったというわけだ。

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デビュー作“Opening Night”(33)より

 “Cubby Bear”の生みの親は、当時スタジオに在籍していたアニメーター、マニー・デイヴィス。デビューは33年に公開された“Opening Night”という作品だ。これはニューヨークのロキシー劇場に迷い込んだカビーが、ひょんなことからオーケストラの指揮をする羽目になるというお話。粗雑な作画やぎこちない動きが目立つものの、奇想天外なスラップスティック・ギャグにフライシャー兄弟作品を彷彿とさせるものがあって悪くない。
 このシリーズの特徴は、音楽とスラップスティックを融合したミュージカル・コメディ的な面白さにある。これは当時のヴァン・ビューレン・スタジオ作品に共通する傾向でもあったのだが、物語そのものには大した重要性がなく、あくまでも音楽とギャグで見せていくというのが基本方針だった。
 ゆえに、セリフも最小限に止められ、ギャグの流れによってシチュエーションもコロコロと変わっていく。結果的にギャグの出来不出来が、すなわち作品そのものの出来不出来を左右することになるわけだ。
 また、当初は粗雑な作画デザインが目立ち、コマによって線の位置や塗りの部分がずれてしまうなどの基本的なミスも多かったが、それらの点も作品を重ねるごとに著しく洗練されていった。特に、カビーと恋人のハニーが農作物を荒らす狼を退治するという“How's Crops”(34)は、そのキャラクター動作や背景デザイン、自由な発想による基本プロットなど、フライシャー兄弟の最良の作品に匹敵すると言っても過言ではない出来栄えだ。
 カビーとハニーが地下で製造した野菜を穴から地上の畑に並べていくというのは、農作物の正しい成長過程を知らない子供が見たらとんでもない勘違いをしてしまいそうだが、糊を塗った芯に種子をまぶして葉を巻いて茎に差し込んでトウモロコシが出来上がったり、ヒョコヒョコと歩く豆が開いた房に飛び込んでチャックを閉めたらえんどう豆になったりと、独創的な野菜の製造工程は非常にユーモラスで楽しい。

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“How's Crops”(34)より

 かくして、33年からほぼ1年間の間に19本の短編が製作された“Cubby Bear”シリーズ。だが、残念ながらその人気は定着することなく終了してしまった。ヴァン・ヴューレン・スタジオは、ディズニーの“シリー・シンフォニー”シリーズを模したカラー・アニメ作品“Rainbow Parade”シリーズを成功させたものの、36年にはそれまで配給を担当していたRKO映画がディズニーに鞍替えしたことからスタジオは閉鎖を余儀なくされ、37年にはヴァン・ビューレン本人が心臓発作で亡くなってしまった。
 その後、“Cubby Bear”シリーズを含めたヴァン・ビューレン・スタジオの作品は、コモンウェルス・ピクチャーズとオフィシャル・フィルムズという会社にバラで売却される。これらの会社は当時、家族向けの短編アニメや教育映画を16フィルムでレンタル・販売しており、ヴァン・ビューレン・スタジオの作品もそうしたルートによって、地味ながらも脈々とアメリカの家庭で愛され受け継がれてきたのかもしれない。

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The Complete Adventures of Cubby Bear

(P)2006 Mackinac Media (USA)
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/137分/製作:アメリカ

映像映像
スチル・ギャラリー
 シリーズ19作品に加え、お蔵入りになった最後の作品“Mischievo
us Mice”をボーナスとして収録したコンプリート・コレクション。画質は作品によって良し悪しが大きく変わりますが、制作年代を考えればかなり状態良好と言っていいと思います。

 

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