クライマーズ・ハイ

 

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 今年の邦画界を代表する作品の一つになるかもしれない。ここ数年の日本映画を振り返ってみても、ダントツの面白さだ。原作は横山秀夫のベストセラー小説。日航ジャンボ機墜落事件を背景に、スクープ報道に命を懸ける新聞記者たちの壮絶な取材現場を通じて、報道のあり方とジャーナリストの生き様を問う渾身の力作と言えよう。

 主人公は群馬県の地方紙記者・悠木和雄(堤真一)。同じ社内の記者同士が露骨なライバル意識を燃やす中、あくまでも一匹狼を貫いている物静かな男だ。東京の大手マスコミから引き抜きの話もあった凄腕の記者だが、立身出世に興味のない彼は様々な事情もあって群馬に留まる道を選んだ。
 彼が社内で唯一心を許せる親友は販売局の安西(高嶋政宏)。登山仲間でもある安西の誘いで谷川岳に登るため、待ち合わせの新前橋駅へ向おうとした悠木。そんな彼に、後輩である県警キャップ・佐山(堺雅人)が近づいて耳打ちをした。ジャンボが消えたらしい・・・と。
 その直後に共同通信のニュース速報が響き渡り、社内は騒然とした空気に包まれる。東京発大阪行き日航123便が、乗客・乗員524人もろとも長野・群馬の県境に墜落した模様だというのだ。単独の航空機事故としては世界最大規模の事件である。もし、墜落したのが群馬県側であれば、地方紙のメンツにかけてもスクープをモノにしなくてはならなくなるだろう。ジャーナリストなら誰もが夢見る千載一遇のチャンスに、現場の記者たちはよどめき立った。
 そして、取材の陣頭指揮を執る全権デスクの任務を命じられたのが、他でもない悠木だった。悪名高いワンマン社長の白河(山崎努)が、普段から目をかけている悠木に白羽の矢を立てたのだ。もちろん彼の実力を見込んでの起用ではあったが、社員を自分の所有物としか見ていない白河にしてみれば、若手記者から慕われている悠木への半ばあてつけ的な人事でもあった。しかも、本来は遊軍記者であるはずの悠木が大任に抜擢されたということで、社会部の面々も嫉妬心を露わにする。いろいろな意味で、悠木はジャーナリストとして最大の試練に直面することとなったのだ。
 やがてジャンボ機が墜落したのが群馬県側らしいという情報が入り、悠木は信頼している後輩・佐山と地域報道班の神沢(滝藤賢一)を事故現場へ向わせる。他のマスコミ各社も既に動いていた。大手ライバルが無線電話などの最新装備で記者を送り込んでいたのに対し、零細企業の地方紙記者には執念と根性だけが唯一の武器だった。
 佐山と神沢が壮絶な現場取材に奔走する一方で、社内を駆け巡る様々な思惑に悠木は悩まされる。社長の腰巾着で発行部数のことしか頭にない編集局次長・追村(蛍雪次朗)、かつては悠木の良きライバルだったが立身出世に目の暗んだ社会部長・等々力(遠藤賢一)、編集局を目の敵にしている販売局長・伊東(皆川猿時)らが、悠木に対する嫉妬心や己の手柄のために足を引っ張ろうとする。その傍らで、社内の長老的存在の整理部長・亀嶋(でんでん)や政経部デスク・岸(田口トモロヲ)は心強い味方として協力を惜しまず、最初は悠木に対して嫉妬していた社会部デスク・田沢(堀部圭亮)も次第に彼の熱意に心動かされるようになる。
 一方、悠木と一緒に登山する予定だった安西は、新前橋駅に向う途中でクモ膜下出血に倒れてしまっていた。死の淵をさまよう親友の姿を目の当たりにした悠木の脳裏に、事故で犠牲になった人々のことがよぎる。自分たちは失われた命の重さをどれほど考えているのだろうか?ジャーナリストとしてのモラルとは何のだろうか?そして、報道機関に与えられた使命や義務とは?様々な疑問を胸に抱えながら、悠木は重大なスクープをめぐる究極の決断を迫られることになるのだったが・・・。
 
 監督は原田眞人。過去にも『突入せよ!「あさま山荘」事件』('02)で実録ドキュメント物の演出に見事な手腕を発揮しているが、細やかなディテールに至るまで時代や現場の空気を生々しく再現する巧さはさすがの一言に尽きる。あの時代を知っている人ならば、なおさらのこと圧倒されるはずだ。
 何よりもすばらしいのは、徹底的にリアリズムを重視した原田監督の演出である。例えば、主な舞台となる新聞社の編集局。ワンフロアに社会部や整理部、運動部など様々な部署が集まっているのだが、そこにいる群集が誰一人として無駄な動きをしていない。つまり、エキストラがまったく遊んでいないのだ。というのも、彼らはエキストラではなくオーディションで選ばれた役者ばかり。監督は一人一人の役名だけでなく人物背景までをも詳細に設定し、それぞれが様々な状況に応じてどのような動きをするのかを徹底的にリハーサルしたという。その結果、室内にいる全ての人間が己の役柄・役割を十分に心得た上で撮影に臨み、まるでドキュメンタリー映画のようにリアルで緊迫感のある映像が出来上がったというわけだ。
 実は、僕は今から20年近く前の学生時代に、都内の大手マスコミの整理部で4年ほどアルバイトをしていたことがある。この作品で描かれる時代よりも数年後のことになるわけだが、現場の空気感はまさにあの頃自分が肌で感じていたものと瓜二つだった。
 それは登場人物たちのキャラクターにしても同じことが言える。実際、中村育二扮する粕谷編集局長に似たような雰囲気の記者はどの部署にも一人くらいは必ずいたし、でんでん扮する亀嶋整理部長そっくりな昔気質の親父さんだって心当たりがある。まるで、本当にマスコミの現場から抜け出てきたような連中ばかり出てくるので、一瞬映画であることを忘れてしまいそうになるくらいだった。蛍雪次朗扮する追村次長のように露骨な権力主義者はさすがにいなかったように思うが、多かれ少なかれ腰巾着みたいな人間が出世していくのはどの会社も同じだろう。自分がバイトしていた会社でも、実力のある記者は部長クラスまで勤めたら独立して出て行く場合が多く、重役クラスで残っているのは世渡り上手の二流記者ばかりなんて言われていたっけ。真相は定かではないが。

 役者はどれもはまり役ばかりだが、やはり個性豊かな脇役陣を従えて主人公・悠木を大熱演する堤真一の巧さに改めて感心する。そもそも、悠木という男が決して完全無欠のヒーローではないところがいい。富や名声に無関心で現場一筋の一匹狼といえば聞こえはいいが、自分の信念に従って生きることしかできない不器用な男だ。人付き合いが良いとは言えないし、いざという時に判断を誤ったり、つい感情に流されて失敗することもしばしば。それでも、常に己と真剣に向き合って生きている。
 ちなみに、僕の父親もジャーナリストだった。本作の悠木とはタイプが違うものの、やはり同じように不器用な一匹狼。僕がアルバイトしていた会社の外信部長だった。当時はマスコミ業界でその名を知らないヤツはもぐりだとまで言われた有名人だったが、本人はいたってマイペースで我が道を行くタイプ(笑)。出世などには無関心だったが、仕事に対しては非常に厳しかった。周りから大物ジャーナリストと持ち上げられていたものの、当人は殆ど意に介していなかったように思う。もちろん今も元気で健在。生涯現役を貫いて、マイペースにジャーナリスト活動を行っている。いずれにせよ、本作の悠木という男を見ていると、記者時代の父親の姿が時折垣間見えるような気がして、個人的には非常に感慨深いものがあった。
 また、悠木の後輩・佐山を演じている堺雅人の演技力も圧巻。NHKの大河ドラマ『篤姫』でもお馴染みの役者だが、温厚そうな表情の中にギラギラとした独特の個性を持っている。ソフトな軽やかさと鬼気迫るような強さ、その両方を全く違和感なく演じることが出来る類稀な俳優だ。その他、珍しくスマートな演技を見せる遠藤賢一の存在感、憎まれ役を引き受ける蛍雪次朗の怪演、出番は少ないながらも強烈な印象を残す滝藤賢一など、演技陣の顔ぶれは申し分なし。後半の鍵を握る女性記者・玉置千鶴子役をいまどきの若手タレントではなく、インディペンデント映画を中心に活躍している尾野真千子が演じているのもとても良かった。これがCMやバラエティにバンバン出ているような女優だったら、おそらく全てが台無しになっていただろう。

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