ディスコ・アーティスト列伝<21>
シェリル・リン Cheryl
Lynn
恐らく、日本人に最も愛されている黒人女性シンガーの1人ではなかろうか。'90年代にレコード契約を失った彼女を拾ったのは日本のエイベックスだったし、近年もたびたび来日してコンサートを行なっている。彼女のデビュー曲にして代表作の“Got
To Be Real”('78)は、アース・ウィンド&ファイアーの“Boogie
Wonderland”などと並ぶサーファー・ディスコの定番中の定番。もちろん、他にもヒット曲は幾つもあるが、中でも日本人はこの曲がいまだに大好きだ。近いところでは倖田來未がCMソングとしてカバーしていたし、カルロス菅野率いる熱帯ジャズ楽団のラテンジャズ・カバーなんてのもあった。日本人の琴線に触れる何か特別なものがあるのだろう。
そもそも、70年代末のディスコ・ブーム真っ只中に登場したアーティストの多くが一発屋か、もしくはごく短命なキャリアでシーンから消えてしまったのに対し、シェリル・リンは少なくとも80年代末までコンスタントにシングルやアルバムをヒット・チャートへと送り出している。それは彼女が数多のディスコ・シンガーとは一線を画する卓越したボーカリストであったことも理由の一つだが、同時にとても幅広い音楽的センスを持ち合わせていたことにもよるのではないかと思う。
多くの黒人シンガーはゴスペルやR&Bをバックグラウンドとし、基本的には彼女もそうした土台があったわけだが、その一方でデビュー・アルバムのプロデュースをTOTOのデヴィッド・ペイチが手がけており、同時期にTOTOのアルバムにも参加していることからも察せられるように、当初はAORやジャズ・フュージョンといったブラック・ミュージックの影響下にある都会的白人音楽の色合いが強かった。“Got
To Be
Real”にもそうしたアーバンなムードがぷんぷんと漂っている。そう考えると、無類のAOR好きで知られる(?)日本人に受け入れられたこともなんら不思議ではないのかもしれない。
とにかく、スタート地点から黒人アーティストとしては特異なポジションにいた彼女。その後も、時代の先端を行く若手プロデューサーたちを青田買い的に起用し、しっかりと音楽シーンのトレンドを吸収しながら、黒人音楽の固定概念に縛られることなくアーティストとして着実に成長していった。それは自分のキャリアをちゃんとコントロールできていたという証拠でもある。つまり、多くのディスコ系アーティストがそうであったような、プロデューサー主導の操り人形ではなかったわけだ。
ただその一方で、MTVブームによるビジュアル重視的な80年代音楽シーンが、残念ながらフォトジェニックとは言えない彼女にとってあまり有利でなかったという事実は惜しまれる。その圧倒的な歌唱力とハイクオリティなサウンドで根強いファン層を獲得できたことは確かだし、実際にブラック・チャートにおいては立派な実績を残すことができた。しかし、マドンナやホイットニー・ヒューストン、シーナ・イーストンなどルックスと実力を兼ね備えた若手女性シンガーのひしめき合うポップ・チャートでは、結局のところ往年の“Got
To Be
Real”に匹敵するようなヒットを生み出すことは出来なかったのである。これは、MTV以降の音楽シーンにおいて多くの“実力派”アーティストが直面してきた現実と言えるだろう。
1957年3月11日、カリフォルニア州ロサンゼルスの生まれ。本名をリンダ・シェリル・スミスという。後に、レコード会社の人間が電話口で間違えて彼女のことをシェリル・リンダと呼んでしまったことが、芸名のヒントになったのだそうだ。幼い頃から教会の聖歌隊で歌っていた彼女は、1976年に素人が参加するオーディション番組“Gong
Show”で見事に最高点を獲得し、続いて舞台ミュージカル「ウィズ」のオーディションに合格して全国ツアーへ参加。さらに、夏に収録された“Gong
Show”が秋に全米で放送されるやいなや、各レコード会社から契約のオファーが殺到したのだ。
その中からコロンビア・レコードとの契約を選んだシェリル。コロンビアは彼女のデビューに向けて当時売り出し中だったバンド、TOTOのメンバーであるデヴィッド・ペイチをプロデューサーに起用し、実に1年半もの時間をレコーディングに費やすことを許した。周囲の彼女に対する期待の高さを伺い知ることのできる事実であろう。そして、満を持して'78年8月に発表されたデビュー・シングル“Got
To Be
Real”はビルボードのR&Bチャートで見事に1位を獲得し、ポップ・チャートでも12位というスマッシュ・ヒットに。10月に発売されたアルバムもR&Bチャートで5位、ポップ・チャートで23位という、全くの新人アーティストとしては異例の大ヒットを記録した。
翌'79年に発表したセカンド・アルバム“In
Love”では、当時ディスコ・バンド、ヒートウェイヴで当てていたイギリスの白人プロデューサー、バリー・ブルーとコンビを組み、レコーディングにはボビー・コールドウェルやデヴィッド・フォスターなどAOR界のそうそうたる顔ぶれが集結。セールスこそ今ひとつ奮わなかったものの、音楽的には素晴らしい出来栄えだった。
'81年のサード・アルバム“In
The Night”ではデビュー作にも参加していたレイ・パーカー・ジュニアがプロデュースを手がけ、グルーヴィなパーティ・チューン“Shake It Up
Tonight”がR&Bチャート5位のヒットに。日本ではタイトル・ナンバーが六本木界隈のディスコを中心にバカウケしたものだった。'82年の4枚目“Instant
Love”では当時頭角を現しつつあったルーサー・ヴァンドロスをプロデューサーに迎え、彼とのデュエット曲“If This World Were
Mine”がR&Bチャート4位をマーク。アルバムそのものもR&Bチャート7位にランクする大ヒットとなった。
さらに、'83年の5枚目“Preppie”では自らプロデュースを手がけ、シングル“Encore”では後に全米音楽シーンを席巻することになるジミー・ジャム&テリー・ルイスのコンビを起用。これがR&Bチャートで久しぶりにナンバー・ワンを獲得し、アルバムも最高8位を記録した。この勢いに乗って、'85年にはジャム&ルイスとその仲間のモンテ・モーア、さらにD-トレインで当てていたヒューバート・イーヴスVをゲスト・プロデューサーとして迎えた6枚目“It's
Gonna Be
Right”を発表。しかし、その完成度の高さとは裏腹にセールスは伸びず、シングルでも期待ほどの成果を残せなかったことから、彼女はコロンビア・レコードを解雇されることになってしまった。
'87年には心機一転してマンハッタン・レコードから7枚目のアルバム“Start
Over”を発表。シングル“If You Were
Mine”がR&Bチャート11位のスマッシュ・ヒットとなったものの、アルバムのセールスは残念ながら今ひとつだった。そのため、マンハッタンからのリリースはこれ1作のみでヴァージン・レコードへ移籍。8枚目“Whatever
It
Takes”からは、当時メリッサ・モーガンやキャリン・ホワイトなどを手がけていたカール・スターケン&イヴァン・ロジャースのプロデュースしたシングル“Every
Time I Try To Say
Goodbye”がR&Bチャート7位を記録。しかし、やはりアルバムの売り上げが伸び悩んでしまった、結局、これを最後にシェリルはレコード会社との契約を失ってしまう。
その後、リチャード・マークスやルーサー・ヴァンドロスのアルバムにバック・ボーカリストとして参加したシェリルは、'95年に日本のレコード会社エイベックス・トラックスと契約。通算9枚目となる久々のアルバム“Good
Time”を発表し、代表曲“Got To Be Real”のアップデート・バージョンもシングルとしてリリースした。また、新曲“Guarantee For My
Heart”もクラブ・チャートを中心にけっこう話題になったと記憶している。個人的にはあまり好みではなかったのだけれど(^^;
そんなこんなで、現在はライブ活動を中心にアメリカと日本で精力的に活動中。よくよく考えればまだ50代半ばなわけだし、ティナ・ターナーやアーサ・キットといった諸先輩方のような第一線復活劇だって、彼女ほどの実力があれば不可能ではなかろうとも思う。
Cheryl Lynn
(1978) In Love (1979) In The Night
(1981) Instant Love
(1982)
(P)2010 Sony Music (Japan) Limited
Ed.
(P)2010 Sony Music (Japan) Limited
Ed.
(P)2010 Soby Music (Japan) Limited
Ed.
(P)2010 Sony Music (Japan) Limited
Ed.
1,Got To Be Real 5:07 ビデオ
2,All My
Lovin' 4:49
3,Star Love 7:23 ビデオ
4,Come In
From The Rain 3:32
5,You Saved My Day 4:26 ビデオ
6,Give My
Love To You 3:34 ビデオ
7,Nothing You
Say 3:58
8,You're The One 4:10 ビデオ
9,Daybreak
(Storybook Children)3:45
bonus tracks
10,Got To Be Real (Single
Version)3:43
11,You Saved My Day
(Special 12" Version) 5:32 ビデオ
12,Got To Be
Real '95 5:09
13,Got To Be Real '95
(Classic Paradise
Radio Edit)4:08
produced by David and Marty Paich1,I've Got Faith In You 4:42 ビデオ
2,Hide It
Away 4:35 ビデオ
3,Feel It
5:05 ビデオ
4,In
Love 5:56 ビデオ
5,Keep It Hot
5:25 ビデオ
6,I've Got
Just What You Need 3:51
7,Love Bomb ビデオ
8,Chances
4:10 ビデオ
9,Don't Let
It Fade Away 5:11 ビデオ
bonus
track
10,In Love (Special Version)3:44
produced by Barry
Blue1,Shake It Up Tonight 5:42 ビデオ
2,Show You
How 4:08 ビデオ
3,In The
Night 4:29 ビデオ
4,Hurry Home
4:31 ビデオ
5,I'm
On Fire 4:23 ビデオ
6,With Love
On Our Side 4:05
7,If You'll Be True To Me 4:05 ビデオ
8,What's On
Your Mind 4:07
9,Baby 4:21
bonus track
10,Shake It Up
Tonight
(Single Version) 4:10 ビデオ
produced
by Ray Parker Jr.1,Instant Love 5:11 ビデオ
2,Sleep
Walkin' 6:27 ビデオ
3,Day After
Day 4:37 ビデオ
4,Look Before
You Leap 4:03
5,Say You'll Be Mine ビデオ
6,I Just
Wanna Be Your Fantasy 4:05
7,Believe In Me 3:21 ビデオ
8,If This
World Were Mine 5:26
bonus track
9,If This World Were Mine
(Single Version) 3:59 ビデオ
produced
by Luther Vandross
#8&9 duet with Luther Vandross
これでもかとばかりの勢いとパワーに満ち溢れた、ファンキーでグルーヴィなデビュー作。名刺代りの一発目#1からノリノリに爆裂しています。バラード風に始まる#3なんかも、ちょっと油断してたらとんでもないことに(笑)。ハニャハニャハニャハニャッ!とシャウトしまくるシェリルの超ハイテンションにぶっ飛ばされます。メリッサ・マンチェスターの傑作バラードをラテン・ジャズ風にカバーした#4のセンスも素敵だし、浮遊感のあるアダルトなディスコ・ファンク#5も大好き。捨て曲一切なしの名盤ですね。
前作のようなバリバリの看板ソングに恵まれなかったせいか、セールスの面ではまるっきり及ばなかった2作目。とはいえ、バリー・ブルーの指揮のもと、ボビー・コールドウェルやデヴィッド・フォスターなどの豪華なミュージシャンが揃い、アダルト・コンテンポラリーなムードを漂わせたセンスの良いファンク・アルバムに仕上がってます。Got
To Be
Real路線の#6を除いて、早々にディスコからの脱却を明確にしている点も時代的に正攻法。トータルで非常にまとまりのよい作品だと思います。
当時飛ぶ鳥を落とす勢いでヒットを飛ばしていたレイディオのレイ・パーカー・ジュニアと組んだサード・アルバム。R&Bチャート5位に輝いた煌びやかでアーバンなダンス・ナンバー#1を筆頭に、本国ではプロモ・シングルのみだったものの日本では大ヒットしたシャカタク風の洒落たメロウ・グルーヴ#3、これまた日本人好みのエレガントでアダルトなファンク・ナンバー#5など、レイの卓越したポップ・センスとR&Bグルーヴの融合した見事なナンバーが揃っています。ディスコティックなムード溢れる#7も結構好き。
こちらも当時ソロで大成功していたルーサー・ヴァンドロスが、自ら是非ということでプロデューサーを買って出た4枚目。ルーサーらしいニューヨーク・スタイルのアーバン・ソウルを存分に堪能できます。シェリルのボーカルにしても、デビュー当時のように勢いとパワーで歌いきってしまうのではなく、一皮むけたような余裕と円熟味を感じさせてくれます。ファースト・シングル#1や#4のようにダンサンブルなファンク・ナンバーは勿論、ルーサーとデュエットした#8のように繊細でメロウなバラードも素晴らしい。
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Preppie (1983) |
It's Gonna Be Right (1985) |
Got To Be Real (1995) |
(P)2010 Sony Music (Japan) Limited Ed. | (P)2010 Sony Music (Japan) Limited Ed. | (P)1995 Avex UK (UK) |
1,Encore 5:19 ビデオ 2,Fix It 4:01 ビデオ 3,Feel A Fool 3:50 4,This Time 4:29 ビデオ 5,Change The Channell 3:15 ビデオ 6,Preppie 4:09 ビデオ 7,Love Rush 4:16 ビデオ 8,No One Else Will Do ビデオ 9,Free 10,Life's Too Short 5:08 ビデオ bonus tracks 11,Encore (Dance Version)8:20 ビデオ 12,Free (Special 12" Version)7:21ビデオ produced by Cheryl Lynn #1&11 produced by Jimmy Jam & Terry Lewis |
1,Fidelity 4:51 2Fade To Black 6:32 ビデオ 3,Love's Been Here Before 3:18 4,It's Gonna Be Right 4:01 ビデオ 5,Let Me Love You 5:51 6,Find Somebody New 4:07 7,Loafin' 5:14 8,Slipped Me A Mickey 4:19 9,Tug 'O' War 4:55 bonus track 10,Fidelity (12" Version) 7:08 ビデオ #1,4,10 produced by Jimmy Jam & Terry Lewis #2,7,8,9 produced by Cheryl Lynn #3 produced by Monte Moir #5&6 produced by Hubert Eaves V |
1,Got To Be Real (Classic Paradise Radio Mix) 4:07 2,Guarantee For My Heart (Tee's Radio) 4:10 ビデオ 3,Got To Be Real (Classic Paradise Mix)8:10 4,Guarantee For My Heart (Tee's Freeze Mix) 6:39 ビデオ #1&3 produced by Cheryl Lynn remixed by Love To Infinity #2&4 produced by Todd Terry remixed by Todd Terry |
シェリルが初めて自らプロデュースに乗り出した作品ですね。ジャケットのイメージからも想像は出来るかと思いますが、全体的にかなりポップでR&B色の薄い仕上がり。表題曲#6なんかを聴いていると、当時のポインター・シスターズやデニース・ウィリアムスなんかの成功を意識していたのではないかと思います。そうした中、当時まだプリンス傘下にあったジャム&ルイスを起用したミネアポリス・ファンク・スタイルの#1が大ヒットしたのはちょっと皮肉だったかもしれませんね。 | 前作の立役者となったジャム&ルイスに加え、そのグループ・メイトであるモンテ・モーア、D-トレインを成功させたヒューバート・イーヴスVを起用した6枚目。結果的にこれがコロンビアで最後のアルバムとなりましたが、当時売れなかったのが不思議なくらい完成度の高い作品です。中でも、ジャム&ルイス版Got To Be Realと言うべき#4や、同路線のダンス・ファンク#1の痛快なグルーヴ感は最高。全体的にデビュー当時のような活きの良さが感じられ、とても聴き応えがあります。 | 日本のエイベックスと契約したシェリルがリリースしたリメイク・バージョン。これは、トッド・テリーのプロデュースするオリジナル新曲とカップリングしたUK盤CDシングルです。まずGot To Be Realの方ですが、なにしろ自分の苦手なラブ・トゥ・インフィニティがリミックスを担当。オリジナルのファンには微妙な感じのハウス・アンセム仕様です。かえって、トッド・テリーらしいファンキーでメロウなガラージ・ハウスに仕上がったカップリング曲の方がいいかも。 |
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