チャロ Charo

 

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 舌足らずなスペイン語訛りの英語とオツムの弱い巨乳セクシー・キャラでテレビの人気者となり、70年代のアメリカで一世を風靡したスペイン出身の女性フラメンコ・ギタリスト、チャロ。親子以上に年の離れた“ルンバの王様”ザビア・クガートとの結婚でも世間の話題をさらい、一時はフランク・シナトラやディーン・マーティンとも肩を並べるラスベガスのトップ・エンターテイナーだった。。
 もちろん、ギタリストとしての実力だって折り紙つき。世界的なクラシック・ギタリスト、アンドレス・セゴビアに師事し、有名なギター専門誌“Guitar Player”の最優秀ラテン・ギタリストに選ばれたことだって2度もある。しかし、そのキワモノ的なキャラクターと胡散臭さの漂う経歴から長いこと過小評価・・・というよりもジョークのネタにされ続けてきた、ある意味で不運なアーティストと言えるかもしれない。
 また、彼女が最初にレコード業界で脚光を浴びたのが、これまた当時はキワモノ扱いされていたディスコのジャンルだったというのも巡り会わせが悪かった。仕掛け人は、ニューヨーク系ディスコの総本山サルソウル・レコードのトップ・プロデューサー、ヴィンセント・モンタナ・ジュニア。もともとサルソウルというレーベル名自体がサルサとソウルを合体させた造語なわけだし、モンタナ・ジュニア自身がラテン・ディスコのパイオニア的な存在であるわけだから、このコラボレーションそのものは決して間違ってはいなかったと言えよう。
 実際、シングル・ヒットした“Dance A Little Bit Closer”はサルソウル全盛期を代表する名曲の一つといっても過言ではない出来栄え。しかし、本業であるフラメンコ・ギターを封印して才能があるとは言えないボーカリストに専念したこと、テレビでお馴染みになったお色気キャラのイメージをそのまま踏襲したこと、そしてスペイン語訛りのきつ過ぎる発音などが災いし、残念ながら正当に評価されることがなかったのである。
 しかし、90年代半ばからマイペースながら本格的なラテン・アルバムをリリースするようになり、ビルボード誌のラテン音楽賞も獲得。08年には彼女の卓越したフラメンコ・ギターを全編にフューチャーしたインスト物ラテン・ハウス“España Cañi”がマキシ・シングルとして発売され、ビルボードのダンス・チャートで最高14位をマークする久々のメジャー・ヒットとなった。

 チャロの本名はマリア・デル・ロサリオ・ピラール・マルチネス・モリーナ・バエーサ。チャロと言う芸名は、ロサリオの略称なのだそうだ。公式プロフィールによると1951年1月15日、スペインの古都ムルシアに生まれた・・・ということになっているのだが、これにはいろいろと疑問の声がある。
 もともとデビュー当時は1941年生まれとされていたのだが、これはザビア・クガートと結婚する際に彼女の年齢が若すぎるため、彼女の両親が役所の書類を修正してしまったからなのだそうだ。後にチャロ自身が裁判所へ訂正を願い出て、現在の1951年生まれに落ち着いた。ただ、これも彼女と両親の主張をそのまま採用しただけで、実際のところ確たる証拠はないらしい。
 父親は弁護士だったが、フランコ将軍の独裁政権を避けてモロッコへ移住したという。そのため、チャロは母親の女手一つで育てられたのだそうだ。9歳の頃からフラメンコ・ギターを習い始めた彼女は、当時ムルシアに在住していた世界的なギタリスト、アンドレス・セゴビアのギター講座にも在籍していた。その才能は早くから評判だったらしく、11〜2歳の頃にはスペインのテレビや映画に出演している。そんな彼女に注目したのが、“ルンバの王様”と呼ばれた大御所ラテン・バンドリーダーのザビア・クガートだったというわけだ。
 テレビの子供向け番組に出演していたチャロの才能にほれ込んだクガートは、当時スペインをツアー中だった自らの楽団に彼女をゲストとして招いた。さらに、自らの本拠地であるラスベガスのステージにも連れて行ったのだが、未成年であるため就業ビザが下りず、すぐにスペインへ戻らざるを得なくなってしまったという。
 そこで、チャロをアメリカで本格的に売り出したいと考えていたクガートは、まだ16歳の誕生日すら迎えていない彼女と結婚。つまり、二人の結婚は完全なビジネス上の契約だったというわけだ。ちなみに、クガートは当時66歳。あまりにも年齢差があり過ぎることから、両親が世間体を考えて彼女の出生年を変えたということらしい。ただ、生年月日を変えたのなら偽装結婚などする必要はなかったわけで、その辺は意外と複雑な事情があったのではないかと推測される。
 とりあえず、1966年8月にクガートと結婚したチャロは、母親や叔母を連れてニューヨークへと移住。ザビア・クガート楽団のメンバーとしてニューヨークやラスベガス、南米、ヨーロッパのステージに立ち、ラテン音楽界の大御所の若すぎる妻として一躍脚光を浴びることとなった。
 60年代後半からは、テレビのクイズ番組やバラエティ番組のゲストとしても引っ張りだこに。その下手クソな英語とおバカなセクシー・キャラで、お茶の間の人気者となる。特に、お色気ポーズを取りながら囁く“クーチ・クーチ”という意味不明なフレーズは流行語となり、それが彼女自身のトレードマークともなった。
 やがて、ラスベガスのショーでもピンで客を呼べるほどのビッグ・ネームとなり、70年代半ばにはシナトラやマーティンと肩を並べる高額ギャラの人気エンターテイナーへと成長。77年には念願の米国市民権を取得し、すぐさまクガートと離婚して恋人の音楽プロデューサーと再婚した。生年月日を修正したのもこの頃である。

 そして、77年にサルソウル・レコードから出したシングル“Dance A Little Bit Closer”で本格的に歌手デビュー。ビルボードのディスコ・チャートで18位をマークするヒットとなり、ファースト・アルバム“Cuchi-Cuchi”もリリースされた。翌年のセカンド・アルバム“Olé Olé”からは、タイトル曲がマイナー・ヒットを記録。オールスター・キャストのパニック映画『エアポート'80』(79)にも本人役で顔を出して華を添えている。
 しかし、やはり当時はイロモノとして持てはやされただけというのが実際のところで、その人気もやがて急落。80年代末には家族と共にハワイへ移住し、もっぱら夫婦で経営するレストランのディナー・ショーに出演していた。周辺には日系人の住民が多かったことから、日本語にもかなり堪能になったと言われている。
 さらに94年には本格的なフラメンコ・ギター・アルバム“Guitar Passion”をリリース。これが音楽評論家やラテン音楽ファンに高い評価を受け、ビルボード誌主宰の国際ラテン音楽連盟から年間最優秀女性ポップ・アルバム賞を贈られた。97年に発表したアルバム“Gusto”も評判となり、10年ほど前からはテレビのCMやバラエティ番組にも出演してショービジネス界への本格復帰を果たしている。
 なお、その特異なキャラクターはゲイ・ピープルの間で非常に人気が高く、昔から彼女のモノマネをするドラッグ・クイーンも少なくない。本人もゲイ・フレンドリーな人物らしく、08年にはサンフランシスコのゲイ・プライドでパレードに参加。女装チャロ軍団を従えながら登場して喝采を浴びた。

 

 

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Cuchi-Cuchi (1977)

Gusto (1997)

Espana Cani (2008)

(P)2006 Koch Records (USA) (P)1997 Sarabandas Srl (Italy) (P)2008 Universal Wave (USA)
1,Dance A Little Bit Closer4:30 ビデオ
2,Let's Spend The Night Together 4:28
3,Borriquito 2:34 ビデオ
4,More Of You 4:59
5,El Reloj (The Clock) 3:05
6,Speedy Gonzales 2:44
7,Cuchi-Cuchi 4:17
8,Cookie Jar 2:28
9,You're Just The Right Size 3:37 ビデオ
10,Only You 5:21 ビデオ
bonus tracks
11,Cuchi-Cuchi (12" Mix) 6:56
12,Dance A Little Closer
 (12" Mix)6:15 ビデオ
13,Mamacita Donde Esta Santa Claus?

produced by Vincent Montana Jr.
1,Besame Mucho 4:29 ビデオ
2,Dance A Little Bit Closer 4:45 ビデオ
3,Give Me Cuchi 5:06
4,El Amor (Me Ki Sa Ou Le)4:55
5,Me Gusta 3:56
6,Serian Las Dos
  (English Version) 4:34
7,Dame Cuchi 5:06 ビデオ
8,El Amor (Me Ki Sa Ou Le)
  (English Version) 4:55
9,Serian Las Dos
  (Spanish Version) 4:08
10,Caliente 4:30

produced by Charo & Joe DiBlasi

1,Main Floor Club Remix 9:06 * ビデオ
2,Brazilian Samba Remix 8:40 ** ビデオ
3,Progressive Remix 8:14 *** ビデオ
4,Original Version Club Mix 7:20 ビデオ
5,Main Floor Radio Edit 4:27 *
6,Brazilian Samba Radio Edit 4:31 **
7,Progressive Radio Edit 4:19 ***
8,Original Version Radio Edit 4:23

produced by Joe DiBlasi & Charo

*produced by Peitor Angell
**produced by Twisted Dee
***produced by Julian Marsh

 ラウンジ・スタイルのエレガントでセクシーでお洒落な傑作アーバン・ディスコ#1を収録したファースト・アルバム。ヴォーカリストとしてのチャロは決して上手いと言えないものの、なにしろやる気だけは満点。そのスペイン語訛り丸出しの英語も含めて、下手ウマと言えば言えなくもないんですよね。なによりも、ヴィンセント・モンタナ・ジュニアのオーケストラ・アレンジメントが秀逸。ラテン・イージーリスニングとしても十分に楽しめる1枚です。CD盤は、ボーナストラックとして12インチ・バージョンが収録されているのも嬉しいですね。  往年のヒット曲をサルサ風にリメイクした#2を含むカムバック第2弾。本作ではボーカルとギターの両方を兼ねています。随所でクラブ・サウンド風のエレクトリカルなアプローチを披露しつつも、基本的には正統派のラテン・トロピカル路線。フラメンコ・ギタリストとしての実力もしっかり確認できます。中でもインスト曲#10は必聴。ただ、歌声に関しては若い頃よりも勢いがなくなった分、かなり微妙な印象。やはりギタリストに専念した方が良かったかもしれません。楽曲もそこそこ充実していますし、ボーカルは他人に任せても良かったのでは。  これはカッコいい!チャロのフラメンコ・ギターを全面的にプッシュした、パワフルでドラマチックなインスト物のラテン・ハウス。原曲は誰もが知っている古典的フラメンコ・ナンバーです。とりあえずギター・プレイを存分に堪能するなら、#4と#8のオリジナル・ミックスがおススメ。一方、大箱向けのド派手なハード・ハウスに仕上がった#2も聴き応え十分。ストレートなラテン・トライバルで攻める#2と#6もグルーヴィーだし、ハイエナジェティックなプログレッシブ・ハウスに衣替えした#3と#7もクール。非常に完成度の高いシングルです。

 

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