シャーリーン Charlene

 

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 1982年に全米トップ10ヒットを記録したバラード・ソング“I've Never Been To Me(愛はかげろうのように)”。恐らく日本人に最も愛されている洋楽ナンバーであろうこのヒット曲を歌っていたのが、ソウル・ミュージックの殿堂モータウン・レコード所属の白人女性ボーカリスト、シャーリーンである。
 洋楽ファンならばご存知の方も多いとは思うが、実はこの曲、もともと1977年に発売されたものの、当時は全く売れなかったという失敗作だった。カントリー・タッチのポップ・バラードゆえに、モータウンとしても売り方に苦慮したであろうことは想像に難くないし、そもそもレーベル・カラーに全く合わなかったことが敗因だったのかもしれない。当時のチャート・アクションは全米最高97位。ほぼ無視されたに等しい結果だった。
 その後も全くヒットに恵まれなかったシャーリーンは、ほどなくして芸能界を引退。ところが、1982年にラジオのDJが“I've Never been To Me”を番組で放送したところ問い合わせが殺到。モータウンが急きょ再リリースしたところ、なんと全米3位をマークする大ヒットとなってしまったのだ。
 この予期せぬ大成功によって芸能界へカムバックしたシャーリーンだったが、残念ながらヒットは続かず。セクシー系ダンス・ポップ・シンガーへの転向にも失敗し、結果としては一発屋で終わってしまった。

 1950年6月1日カリフォルニア州ロサンゼルス生まれの彼女は、本名をシャーリーン・マリリン・ダンジェロという。16歳でハイスクールを中退して結婚、17歳で長女を出産。しかし、この最初の結婚は不幸なものだったらしく、当時の彼女は麻薬に溺れて荒んだ生活を送っていたと言われる。
 最初の夫と離婚したシャーリーンは、音楽プロデューサーのラリー・ダンカンと再婚。モータウンへ持ち込んだデモ・テープが社長ベリー・ゴーディ・ジュニアに認められ、73年にシャーリー・ダンカンの名前でレコーディング契約を結ぶ。デビュー作は74年に発売されたシングル“All That Love Went To Waste”。その3年後にモータウンと契約する白人女性ティーナ・マリーがファンク/ソウル路線で売り出されたのに対し、シャーリーンは当時の王道的な白人音楽であるカントリー・ポップスのジャンルで売り出された。しかし、通算2枚のアルバムと5〜6枚のシングルをモータウンからリリースしたものの、そのいずれもセールス的には失敗に終わっている。
 芸能界を引退した上に2度目の離婚も経験した彼女は、その後イギリス人男性ジェフ・オリヴァーと再婚してロンドンへ移住。街角の小さな菓子屋の店員として働きながら、ごく平凡な主婦として暮らしていた。そんな1982年春のある日、彼女は実家の母親から突然連絡を受けてビックリする。というのも、6年前に出したシングル“I've Never Been To Me”が全米チャートを駆け上がっており、モータウン・レコードが彼女の行方を必死になって探しているらしいというのだ。
 実はその数か月前、フロリダのローカル・ラジオ局WRBQのDJ、スコット・シャノンが自らの番組で同曲を流したところ、リスナーからの問い合わせが殺到。レコード店にも多数の問い合わせがあったことから、モータウンはシングルの再発を決定した。これをきっかけに、ブームは全米規模へと飛び火。5月にはビルボードのポップ・チャートで最高3位をマークし、6月にはイギリスでもナンバー・ワンを獲得する大ヒットとなってしまった。
 すぐにアメリカへと呼び戻されたシャーリーンは、改めてモータウンと再契約。過去に残した音源を織り交ぜながら急ピッチで製作されたアルバムもヒットした。さらに、このにわかブームの勢いに乗り遅れまいと、同じ年の11月にはスティーヴィー・ワンダーとのデュエット曲“Used To Be”及び同名アルバムを相次いで発表。だが、シングルは全米46位といまひとつ奮わず、アルバムのセールスもパッとしなかった。
 また、この時期に彼女はゴスペル・アルバム“The Sky Is The Limit”もリリースしているが、こちらも残念ながら不発。やがて時代は『フラッシュダンス』に代表されるようなダンス・ポップが主流となり、シャーリーンも84年のアルバム“Hit & Run Lover”で大胆なイメチェンを図るものの、これまた失敗。85年にはモータウン製作のブロックバスター映画『ラスト・ドラゴン』の挿入歌“Fire”で再起を賭けたが,メイン・テーマ曲を歌うデバージやヴァニティの影に隠れてほとんど注目されることはなかった。
 最初のヒット曲が売れ過ぎてしまったことは、やはり彼女にとって大きなハンデであったろう。それに加えて、80年代のポップ・シーンは個性の強い女性アーティストが隆盛した時代。しかもMTVが全盛期を迎え、ビジュアル的にインパクトのあるアーティストが持てはやされた。パット・ベネターやマドンナ、シンディ・ローパーといったパワフルな女性アーティストや、シーナ・イーストン、キム・ワイルドのようにアイドル性を兼ね備えた若いスターが次々とヒット・チャートを席巻するような状況下で、若くもない、美人でもない、派手でもない“新人歌手”シャーリーンは大いに分が悪かった。彼女が音楽業界へ足を踏み入れた頃とは、時代が様変わりしていたのである。

 ちなみに、その唯一の大ヒット曲“I've Never Been To Me”はもともと男性用として書かれた楽曲だったという。それを、スティーヴィー・ワンダーやダイアナ・ロスを手掛けたプロデューサー、ロン・ミラーが彼女のために歌詞を書き直した。華やかな生活を夢見る平凡な女性への戒めを含めたメッセージ・ソングと言えるほろ苦い歌詞は、若い頃から生き急いできたシャーリーン自身の人生とも重なる点が多々あり、初めて歌詞に目を通した彼女は感動でむせび泣いたと言われる。決して声や技術に恵まれたボーカリストではないものの、この作品におけるある種の鬼気迫るような情感の豊かさは否定できまい。やはり、これは彼女にとって運命の楽曲だったのであろう。
 その後、長いこと音楽界の第一線から遠ざかっていたシャーリーンだが、08年にEye Witness featuring Charlene名義で、“I've Never Been To Me”のクラブ・リメイク・バージョンを突如としてリリース。この手のダンス・リメイク物としてはまずまずの仕上がりだったものの、残念ながらほとんど見向きもされなかった。

 

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I've Never Been To Me (1982)

Used To Be (1982)

The Sky Is The Limit (1982)

Hit & Run Lover (1984)

(P)1987 Motown/RVC Corp. (Japan) (P)1987 Motown/RVC Corp. (Japan) (P) 1982 Motown Record Corp. (USA) (P)1984 Motown Record Corp. (USA)
1,I've Never Been To Me ビデオ
2,It Ain't Easy Comin' Down ビデオ
3,Can't We Try
4,Hungry ビデオ
5,Hey Mama
6,I Won't Remember Ever Loving You
7,Johnny Doesn't Love Here Anymore
8,After The Ball
9,I Need A Man
10,If I Could See Myself

produced by Ron Miller, Berry Gordy & Don Costa
1,Used To Be
  (duet with Stevie Wonder)
2,Heaven Help Us All ビデオ
3,I Want To Go Back There Again ビデオ
4,Rainbows ビデオ
5,If You Take Away The Pain Until The Morning
6,The Last Song
7,Some Things Never Change
8,Richie's Song (For Richard Oliver)
9,You're Home

produced by Ron Miller
side one
1,The Sky's The Limit
2,The Loving Still Goes On
3,Rise Up
4,I Want The World To Know He's Mine
5,There Was Nothing To Believe In
side two
1,Jesus Is Love
2,The Prayer
3,You Knew Just What I Needed
4,Cover Me

produced by Mark Williamson & Ron Miller
east side
1,We're Both In Love With You
2,When The Magic Dies
3,I Found In You (Something That I Lost In Me)
4,I'll Be Waiting
5,Escape ビデオ
west side
1,Hit And Run Lover ビデオ
2,Payin' For Borrowed Time
3,Next Door Neighbor
4,I See The Music

produced by Curtis Anthony Nolen, Russ Terrana & Charlene Oliver
 表題曲#1の大ヒットを受けて急きょ製作されたアルバム。その#1と#2、#5は76〜77年にかけてレコーディングされた過去の作品だったわけですが、それにしても3月のシングル再発から2か月余りでアルバム発売となったわけですから、まさに恐るべきスピードだと思います。全体的には70年代カントリー・ポップス的な色合いが濃厚で、当時としてはちょっと時代遅れな感は否めなかったと思いますが、アルバムとしての統一感と楽曲の完成度は見事なもの。名曲揃いです。  ヒットの勢いに乗り遅れまいと、こちらも猛スピードで製作されたアルバムですが、これがなかなか完成度の高い出来栄え。前作のカントリー・フレイバー溢れるエレガントなポップ・バラード路線を踏襲しつつ、よりメッセージ性の高い楽曲で統一されています。結果的に小ヒットで終わったスティーヴィー・ワンダーとのデュエット曲#1も聴き応え十分だし、ヨーロピアン・ポップスを彷彿とさせる幻想的なバラード#4も素晴らしい。ロン・ミラーの底力ってとこでしょうか。  左の2枚のアルバム製作の合間を縫うように、ロンドンにてレコーディングされたゴスペル・アルバム。全9曲中4曲がシャーリーン自身のペンによる作品です。若い頃に宗教のおかげで荒んだ生活から脱することが出来たという経緯もあって、ゴスペル・アルバムは彼女にとって念願の企画だったようです。全体的にはワリとオーソドックスで平凡なポップス。音作りが80年代らしくなっているということ以外は、取り立てて聴くべきところもないような仕上がり。パッとしません。  流行のダンス・ポップ路線へと大胆なイメチェンを図った最後のアルバム。このあからさまな商業主義路線は賛否両論だとは思いますが、個人的には歌謡ポップス風のB級ダンス・ポップな仕上がりは嫌いじゃありません。A面#5やB面#4なんか、そのまんま日本語の歌詞を乗っけて麻倉美希辺りがカバーしていてもおかしくないような感じ。ちなみに、プロデューサーのカーティス・アンソニー・ノーレンは、当時ロックウェルやデバージで当てていた人物です。

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I've Never Been To Me (2008)

(P)2008 Download Music (UK)
1,Paradise Radio Edit 3:55 ビデオ
2,Sophisticatz Funky Remix7:30
3,Electric Allstars Remix 7:12

produced by Robert de Fresnes
 Eye Witness feat. Charlene Oli
ver名義でリリースされたクラブ・リメイク・バージョン。これが意外にもハウスの打ち込みとしっくりマッチしており、思ったほど悪い出来ではありません。オバさん頑張ってます!ってなシャーリーンのボーカルも好印象。確かに声の衰えは否定できませんけどね(^^; これはこれでナイス・トライ的な1枚かと。

 

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