チェンジリング
Changeling (2008)

 

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2009年2月20日 全国ロードショー

 

 すっかりアクション映画の強くてカッコいい女というイメージの定着してしまったアンジェリーナ・ジョリーが、巨匠クリント・イーストウッドと組んで揺るぎなき母性愛を大熱演した社会派ドラマ。アンジェリーナが演じるのは、行方不明になった最愛の息子を探し出すため、汚職にまみれた警察の不正と陰謀に立ち向かうシングル・マザー。1920年代のロサンゼルスで実際に起きた事件を題材にしているという。
 物語の発端は1928年の春。シングル・マザーの女性クリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)は、電話交換手の仕事をしながら幼い一人息子ウォルター(ガトン・グリフィス)を育てている。とある休日、息子と映画を見に行く約束をしていたクリスティンだったが、人手が足りないという職場からの連絡を受けて会社へと出かけていく。寂しそうに見つめる息子に後ろ髪を引かれながら。
 ところが、夕方になって家に帰って見ると、ウォルターの姿がどこにも見えない。すっかり陽も落ちてしまい、息子を心配したクリスティンは警察に通報する。だが、友だちと遊びほうけているに違いないと警察は取り合ってくれない。
 翌朝になっても戻らないことから、ようやく警察が動き出す。だが手がかりはまるで見つからず、クリスティンは仕事の合間を縫って自ら全米各地の行方不明相談所に問い合わせをし、息子の行方を懸命になって探した。
 それから5ヵ月後。ロサンゼルス市警のジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)からウォルターがイリノイ州で発見されたと連絡が入る。マスコミの注目する中、歓び勇んで息子を迎えに駅へと向うクリスティン。しかし、彼女の前の前に現れた子供は全くの別人だった。異を唱えようとするクリスティンだったが、そんな彼女をジョーンズ警部は無理やり黙らせる。
 仕方なく少年を家に連れ帰ったクリスティンだったが、明らかに彼はウォルターではない。少年は誘拐されたショックで記憶を失っているというが、その言動や身体的特徴はあまりにも違いすぎていた。しかも、失踪前よりも7センチも身長が低い。だが、ジョーンズ警部は身体的特徴が変わってしまったのは成長の証だと主張し、自分の息子を認めようとしないクリスティンを母親失格だと非難する。さらに、警察から派遣された医師はストレスが原因で身長が縮んでいると診断し、母親であるクリスティンの育児に問題あるとさえ言ってのけた。汚職問題で世間の批判にさらされているロサンゼルス市警にとって、誘拐事件の解決は絶対に覆してはならなかったのだ。
 警察すらも頼りにすることのできないクリスティン。そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが、警察の不正を追及しているブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)とハーン弁護士(ジェフリー・ピアソン)だった。ウォルターの通っていた歯科医や学校の教師から供述書を得たクリスティンは、ブリーグレブ牧師とハーン弁護士の協力でラジオ番組への出演を決意する。ところが、その動きを察知したジョーンズ警部はクリスティンを危険人物として精神病院へ送ってしまう
 彼女が送り込まれた精神病院は警察とグルになって、権力の不正を暴こうとした女性や警察にとって邪魔になった女性を社会的に抹殺する場所だった。劣悪な環境と日々繰り返される医者からの嫌がらせにも耐え、決して自らの主張を曲げようとはしないクリスティン。
 その頃、ロサンゼルス郊外にあるゴードン・ノースコット(ジェイソン・バトラー・ハーナー)の農場で、幼い子供たちの白骨化した死体が大量に発見された。その犠牲者の中にウォルターが含まれていたことから、誘拐事件は予想外の展開を見せることになる・・・。

 映画『L.A.コンフィデンシャル』にも描かれていたように、当時のロサンゼルス市警は不正と汚職の巣窟だった。証拠の捏造や事件のでっち上げなどは当たり前。私利私欲のためには殺人さえも厭わないという、マフィアも顔負けの違法集団だったのだ。土地柄からハリウッドとの繋がりも強く、当時の大手スタジオが警察に賄賂を渡してスターのスキャンダルを次々ともみ消していたというのはあまりにも有名。それだけに十分あり得る話だとは思うのだが、それにしても主人公クリスティンの辿った運命の過酷さは想像を絶するものがあると言えるだろう。
 当時のロサンゼルスの雰囲気を細部まで丁寧に再現したイーストウッドの演出は大変に風格があり、ともすればお涙頂戴のメロドラマに陥ってしまいがちな物語を感情に流されることなく冷静な目で見つめていく。史実を基にしているだけあって過剰な演劇的カタルシスこそないものの、権力の横暴に屈することなく立ち向かうヒロインの姿を通じて、“愛と希望”こそが人間に生きる勇気とパワーを与えてくれるのだということを改めて教えてくれるはずだ。2時間半近くの上映時間も決して長くは感じない。
 もちろん、クリスティナ役を演じるアンジェリーナの大熱演も圧倒的。オスカー狙いだと揶揄する声もあるようだが、抑揚のバランスをしっかりと心得た自然な演技はやはり巧いと言わざるを得ない。いわゆる“演技派”女優につきまとう押し付けがましさが鼻につかないのは立派だ。
 ただ、あの時代の働くシングル・マザーにしてはやけに色っぽ過ぎるというのも気になるところ。どれだけ迫真の演技を繰り広げてみても、スターのオーラだけは消し去ることが出来ていない。そればかりか、クリスティンの住んでいる家や身につけているものなども、一介の電話交換手としては明らかに贅沢。やはり、それもハリウッドを代表するトップ女優アンジェリーナ・ジョリーを主役に据えた“スター映画”としての宿命なのか。いまひとつリアリズムに徹しきれていないというのが、本作における最大の弱点と言えるかもしれない。
 イーストウッドはもう1本、『グラン・トリノ』という監督・主演作が今年の賞レースで注目されている。下馬評的にはあちらの方が高い評価を得ているようだが、むべなるかなといったところだろう。いずれにせよ、必ずしもイーストウッドの代表作とは呼べないものの、愛する子供のため過酷な試練に立ち向かった一人の女性の生き様を力強く描いた佳作であることは間違いない。

 

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