「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」

 

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5月26日より全国ロードショー

 ハリウッド映画史上最大のバチ当たり映画と呼んで間違いないだろう。下ネタは勿論のこと、人種差別ネタから糞尿ネタ、政治ネタまで、ありとあらゆるタブーをこれでもかとぶち込んだ不謹慎極まりない作品。その根底には“アメリカの常識”という名の非常識、アメリカという国の大いなる偽善をコケにして笑いまくろうという制作者サイドの意図が見え隠れする。“臭いものに蓋をする”という表現があるが、本作はさしずめ“臭いものを撒き散らし”てその正体を暴こうという、かなりショック療法的な激烈コメディである。

 本作の主人公はカザフスタンの人気TVレポーター、ボラット。このボラットがテレビの取材でアメリカを訪れ、その文化を母国の視聴者に伝えるという設定のドキュメンタリー映画として進行する。もちろん、ドキュメンタリーなんかではない。まずは、このカザフスタンの描写が凄まじい。ボラットの生まれ育った村は、文明に取り残されたような寒村。村の住人はレイプ魔と売春婦ばかりだ。カザフスタンの伝統行事はユダヤ人追い祭り。巨大なユダヤ人人形が人々を追いかけるという、スペインの牛追い祭りのパロディだ。“ユダヤ人が来たぞ〜!!”と叫びながら、人々は一目散に逃げまくる。もちろん、実際にそんな祭りはない。全ては、アメリカ人の頭の中にある後進国への偏ったイメージを極端にカリカチュアしたギャグである。
 こうして、ユダヤ人は人ではない、女の脳みそは男よりも小さい、同性愛者は殺しても構わん、という“健全”なカザフスタン人のボラットが、同行するプロデューサーと共にアメリカを縦断しながら一般の人々に突撃インタビューをしていく、というわけだ。ここでミソなのが、取材される一般人というのが、何も知らない本物の素人だという点。どうせワケの分からない国から来た外国人だし、という気の緩み(?)から、アメリカ庶民がさらけ出してしまう本音トークの数々が本作の醍醐味と言えるだろう。

 中でも最大の見せ場は、ジョージ・ブッシュ大統領の支持基盤である南部ヴァージニア州のロデオ大会での突撃取材。カザフスタン式挨拶としてキスをするボラットに、カウボーイ姿の大会主催者が“この国で男が男にそんな真似すると、変なヤツらと間違われるぞ”と一言。すかさず、ボラットが“そんなヤツらは、私の国では死刑です”と答えると、主催者は“そりゃいい国だ!”と満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。
 さらに、司会者に特別ゲストとして紹介されてマイクを渡されたボラットが“カザフスタンはアメリカのテロ戦争を全面的に支持します!”と叫ぶと会場は“ウォーッ!!”と喝采の嵐。続けてボラットの“アメリカはイラクに勝ちます!”で再び“ウォーッ!”、さらに“イラクの生き物はトカゲに至るまで全て殺しつくすでしょう!”でまたまた“ウォーッ!”、いよいよ勢いづいたボラットの“ブッシュ大統領がイラクの女子供を皆殺しにすることを望みます!”の一言で一斉に会場は引き気味に。ところが、である。それでもなお、拍手と歓声を送る人々がいるのである!
 しかし、この映画の制作者たちの凄いところはここから。マイクを握り締めたボラットがアメリカ国歌を歌い始めるのだが、何と歌詞はカザフスタン讃歌に差し替え。一転して会場は大ブーイングの嵐になってしまうのだ。この強烈なしっぺ返しギャグは痛快そのもので、文字通り抱腹絶倒の大爆笑。ちなみに、撮影隊は激怒した観客に取り囲まれてリンチされそうになったという。まさに命がけのドッキリ取材だ。

 また、ニューヨークでフェミニスト団体にインタビューした際には、ボラットが女性蔑視発言を連発。やらせ撮影だと知らないフェミニストの女性たちは反論するものの、結局は“どうせ後進国から来た外国人だしね”という態度で適当に流してしまう。彼女たちの中に潜在意識としてある第三世界への偏見が露呈してしまう瞬間だ。また、ワシントンでキリスト教原理主義者の共和党ブロードウォーター議員に取材した際には、議員の“キリストを信じない人間はみんな地獄へ行く”という発言に感動したボラットが“それでは、ユダヤ人はみんな地獄へ行くんですか?”と質問すると、議員はついポロッと漏らしてしまう。“ええ、そうですよ”って(笑)。

 ただし、その一方で明らかにやり過ぎなエピソードもないではない。例えば、自宅をホテル代わりに格安で提供しているユダヤ人の老夫婦。彼らの家にボラットとプロデューサーの2人が泊まるわけだが、夫婦が“悪魔の化身”であるユダヤ人と知ったボラットらは戦々恐々。心優しい夫妻が是非どうぞと勧める手作りの家庭料理を散々遠慮した挙句、口に入れるふりをして吐き出す。さらに、部屋に入り込んできたゴキブリを見た2人は、夫妻が変身して襲ってきたものと勘違いして一目散に逃げ出す。他人の善意までをも茶化すのは、さすがにどうかとは思う。
 さらに、ホテルで一泊したボラットとプロデューサーの2人が風呂上りに大喧嘩。全裸のまま取っ組み合いを始めるのだが、これがどう見てもセックスの体位にしか見えない。もちろん、それを狙ったギャグなのだが、緩みきった体の中年デブと毛むくじゃらの大男が全裸で“肛門舐め攻撃”とかするのは、あーんまし気分のいい光景じゃない。しかも、彼らはそのまんまホテルのロビーへと飛び出し、挙句の果てにはパーティー会場で行われている祝賀会らしき会合に全裸で乱入。その度胸は買うものの、意味もなく人様に迷惑をかけるというのも考えものではある。

 ちなみに、ボラットを演じるのはイギリスのコメディアン、サシャ・バロン・コーエン。ケンブリッジ大学出身のインテリで、何と正真正銘のユダヤ人(笑)。彼がイギリスの人気コメディ番組で演じたキャラクターがボラットだったという。撮影当時のアメリカでは殆ど顔を知られていなかったため、取材を受けた人々はまんまと騙されたというわけだ。しかし、こんな反アメリカ的な映画が全米興行成績1位を獲得してしまったというのも興味深いことではある。9.11事件以降のアメリカ人の意識というのも、ここへきて大きく変化しているようだ。
 いずれにせよ、他者への差別意識や先入観などは、誰でも少なからず身に覚えがあることだろう。人間は往々にして自分と違う価値観や自分と違う文化を偏った目で見がちなもの。このような人種差別や民族主義、宗教原理主義、同性愛や社会的弱者への偏見などを、肛門舐め攻撃や道端での野グソといった悪趣味極まりないお下劣ギャグと同じレベルで笑い飛ばすという所に、この映画の真髄があるように思う。

 ということで、誰にでも手放しでオススメできるような映画でないことは確かだが、この種のジョークをきちんと理解できる人にとっては、まさに抱腹絶倒の大傑作。物事を額面通りにしか受け取れない了見の狭い人や、臭いものに蓋をしてキレイごとばかりの世界で生きているような人は憤慨してしまうであろうこと必至の爆弾映画だ。

監督:ラリー・チャールズ
脚本:サシャ・バロン・コーエン
    アンソニー・ハインズ
    ピーター・ベイナム
    ダン・メイザー
製作:サシャ・バロン・コーエン
    ジェイ・ローチ
撮影:アンソニー・ハードウィック
    ルーク・ガイスビューラー
音楽:エラン・バロン・コーエン
出演:サシャ・バロン・コーエン
    ケン・デヴィアテン
配給:20世紀フォックス

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