「ボンボン」

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2007年4月シネカノン有楽町にてロードショー公開

 

 ほんのちょっとの幸せが人生を豊かにする。ほんのちょっとの奇跡が人生を大きく変える。人生は必ずしも映画のようにドラマチックではない。だからこそ、そのほんのちょっと・・・に大きな意味があったりする。この「ボンボン」という映画は、そんなささやかな幸福と奇跡に恵まれた冴えない中年男の日常を、素朴な優しさとリアリズムで描いた作品である。

 主人公のフアン(フアン・ビジェガス)は、真面目なだけが取り柄の平凡な中年男。ガソリンスタンドで20年も勤めてきたが、オーナーが変った途端にあっけなくクビにされてしまった。得意の木彫りを生かしてナイフを作り、行商をしてみるもののさっぱり売れない。娘夫婦の家に身を寄せているが、子沢山で貧しい一家の中では肩身が狭い。
 ある日、水道管のパイプを買おうと車を走らせていたところ、道端で車が壊れて困っている女性と出会う。気の優しいフアンは、彼女の家まで送ってあげることにする。そこで待っていた女性の母親から、お礼にと一匹の犬を譲り受けた。それはドゴ・アルヘンティーノという血統書付きの名犬ボンボン。何となく押し切られて連れ帰って来たのはいいが、犬を飼うような経済的余裕はない。しかも、娘はボンボンを一目見て激怒、捨ててくるようにと言い放つ。
 仕方なくボンボンを車に乗せて家を後にしたフアン。しかし、ちょっぴり寂しがりのボンボンに愛着を感じ始めていた彼は、とてもじゃないけど見捨てることなんて出来やしない。あてどなく車を走らせるフアンとボンボン。ところが、見るからに立派な姿のボンボンは行く先々で注目の的。何となくいい気分になるフアンだった。
 そして、僅かな小切手を換金しようと銀行に立ち寄ったフアン。偶然に通りかかった銀行重役がドコ・アルヘンティーノの愛好家で、ボンボンを一目見て気に入る。ドッグ・ショーに出してみたらどうかと勧める重役は、ワルテル(ワルテル・ドナード)という名トレーナーを紹介してくれた。
 早速、ワルテルを訪ねたフアンとボンボン。ワルテルはボンボンを一目見て大絶賛。この犬ならドッグ・ショーで入賞できる、種付けで大もうけできるぞ、と太鼓判を押した。準備金のないフアンはワルテルと組み、儲けを山分けするという条件で翌日からトレーニングを開始する。
 そして、いよいよドッグ・ショーの本番。何と、ボンボンは並み居るライバルを押しのけて、総合3位で入賞を果たしてしまった。早速、種付けのオファーが入ったボンボン。しかし、重大な問題が発覚する。ボンボンは子作りに全く興味がなかったのだ。
 途方に暮れるフアン。定職が見つかるまでボンボンを預かるよ、というワルテルの言葉に甘えてみたものの、一人になって初めてボンボンの存在の大きさに気付く。フアンにとってボンボンはかけがえのない心の友だったのだ。ボンボンを連れ戻そうとワルテルを訪ねたフアン。ところが、ボンボンはワルテルの家を抜け出して行方不明になっていた・・・。

 監督を務めるのはアルゼンチンの名匠カルロス・ソリン。彼の作品はダニエル・デイ・リュイス主演の「エバースマイル、ニュージャージー」('89)しか見た事がなかったのだが、実は全く面白いと思わなかった。なので、彼の出世作「王様の映画」('86)も無視していたのだが、この「ボンボン」は何とも不思議な爽やかさと愛らしさに満ちた佳作に仕上がっている。この違いは何なのだろう、と思った時に、監督自身の“一般的に、私はフィクションよりドキュメンタリーに、小説よりも伝記に心を魅かれる。”という言葉が引っかかった。
 この作品に出演している俳優は、実は全員素人。しかも、主要キャストは役と俳優の名前が一緒だ。監督は周囲の友人や知人の中から、その役と人柄がマッチする人物を選んでキャスティングしている。つまり、俳優は自分自身を演じていると言っても過言ではない。もちろん、ストーリーも役柄の設定もフィクションだが、そこで描かれる人物像は演じる本人そのものなのである。
 また、ボンボン役の犬に過剰な演技をさせていないのにも注目したい。動物を重要な鍵として使う映画では、観客の興味を引いたり感動を演出するために必要以上の演技をさせがちだ。確かに犬は頭のいい動物だし、感情表現も豊かである。しかし、そうおいそれと飼い主様の役に立とうと知恵を働かせたりするものでもあるまい。犬には犬の事情があるのだ。その当たり前の距離感が、実に自然に描き出されている。

 さらに、この作品では大きな事件やドラマチックな展開は殆どない。現実の世界がそうであるように、全てがささやかな変化の積み重ねなのだ。その平凡な日常の中の僅かな奇跡、しかし本人たちにとって見れば大きな奇跡、それを一切の“映画的”な演出や小細工を排してカメラが捉えていく。
 まさにフィクションとノンフィクションの境目にあるリアリズムこそが、逆に登場人物やストーリーに生き生きとした説得力を与えているのだ。この、ある種の“ネオレアリスモ”的感性がカルロス・ソリンの最大の持ち味であり、それが最大限に生かされているのが「ボンボン」という作品なのだと思う。
 しかし、このリアリズムには殆ど悲壮感がない。確かに現実は厳しいが、それでも生きていればいいこともあるさ、人生気楽に構えていれば何とかなるもんだ、そんなラテン的な大らかさと楽観主義。それこそが、このフアンとボンボンに起きるささやかな幸せと奇跡を大きな微笑みに変えているのかもしれない。何とも心地よい幸福感に包まれる作品だ。

2004年/アルゼンチン映画/97分
監督:カルロス・ソリン
脚本:サンティアゴ・カロリ、サルバドール・ロセッリ、カルロス・ソリン
撮影:ユーゴ・コラス
音楽:ニコラス・ソリン
出演:フアン・ビジェガス、ワルテル・ドナード、グレゴリオ(ボンボン)、ミコル・エステヴェス、キタ・カ、パスクアル・コンディート

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