ボブ・クラーク Bob Clark
〜カナディアン・ホラーのパイオニア〜

 

BOB_CLARK.JPG

 

 日本では80年代に大ヒットした学園セックス・コメディ『ポーキーズ』(82年)の監督として、アメリカではクリスマス・シーズンの定番映画“A Christmas Story”(83年)の監督として知られるボブ・クラーク。その一方で、彼はカナダにおけるホラー映画のパイオニアとしても重要な足跡を残している。
 カナダはアメリカに近いという地理的環境から、映画界の発展が比較的遅かった。というのも、必然的にハリウッド映画と競合しなくてはならなくなってしまうからだ。そのため、製作費の面でも配給網の面でもハリウッドには太刀打ちできない娯楽映画よりも、経済的なリスクの少ない低予算の芸術映画が主流だった。そうしたことから、60年代まではカナダでホラー映画が作られることは殆どなかったのである。僅かな例外として『骸骨面』(61年)というオカルト映画が作られているものの、それ以外ではこれといったホラー作品は残されていない。
 そんなカナダ映画界に一つの転機をもたらしたのが、ボブ・クラーク監督による自主制作映画『死体と遊ぶな子供たち』(72年)である。実はこの作品、厳密に言うとカナダ映画ではなかったのだが、様々な事情からカナダの配給会社によって公開され、カナダで大ヒットを記録。これをきっかけにカナダではホラー映画の市場が開拓され、クラーク自身もカナダを基盤に映画を撮るようになったのだった。

CHILDREN_DEAD.JPG DEATHDREAM.JPG

『死体と遊ぶな子供たち』(72年)

『デッド・オブ・ナイト』(74年)

 ボブ・クラークは1939年8月5日、アメリカのルイジアナ州はニューオーリンズで生まれた。そう、彼は生粋のカナダ人ではない。フロリダ州で育った彼は、高校時代にフットボール選手として活躍。プロからの誘いもあったが、それを断ってマイアミ大学の演劇科に学んだ。卒業後は俳優として舞台に立っていたという。
 その後、地元の演劇コミュニティの仲間と一緒に自主制作の短編映画“The Emperor's New Clothes”(66年)と長編処女作“She-Man”(67年)を発表。どちらの作品も現存していないために詳細は分からないが、本人いわく“なくなってしまって良かった”というほど出来が悪かったらしい。
 やがて、大学時代の親友アラン・オームスビーと共に脚本を書き始めたクラークは、兄弟や友人から借金するなどして4000ドルの製作費を調達。マイアミ市内の公園にセットを組み、約9日間で撮影を終えた。それが、『死体と遊ぶな子供たち』だったわけだ。
 クラークがホラー映画を選んだのは単純な理由から。実績がなくても作品を商業ベースに乗せることができるからだ。実際、脚本を読んだB級映画監督テッド・V・マイケルズが宣伝・配給を約束してくれた。ところが、様々な事情から最終的にカナダの配給会社が担当することになったのだ。ここから、クラークとカナダとの密接な関係が始まる。
 『死体と遊ぶな子供たち』がカナダで大成功したことから、配給会社はクラークに次回作を発注。ベトナム戦争の悲劇を市民レベルから描いた異色ゾンビ映画『デッド・オブ・ナイト』(74年)を発表し、こちらもカナダでは興行的な成功を収めた。
 この2作品のヒットを受けて、クラークはカナダへと移住。矢継ぎ早に撮ったのが、スラッシャー映画の古典と言われる名作『暗闇にベルが鳴る』(74年)だった。この作品はカナダでは成功したものの、アメリカでは当時ほとんど無視された。しかし、2番館での上映やテレビ放送などで徐々にカルト的な人気を博すようになり、その後の『ハロウィン』(78年)や『13日の金曜日』(80年)といったスラッシャー映画の原点になったとされている。その中の1本『夕暮にベルが鳴る』(79年)なんかは、明らかに『暗闇にベルが鳴る』のパクりだ。
 さらに、『狼よさらば』(74年)に影響を受けた復讐ドラマ『ブレーキング・ポイント』(76年)を撮ったクラークは、イギリスとの合作である『黒馬車の影』(79年)を手がける。これは、名探偵シャーロック・ホームズが“切り裂きジャック”事件の真相に迫るという猟奇サスペンスで、数あるホームズ映画の中でも屈指の名作と言われる作品。クリストファー・プラマーやジェームズ・メイソン、ジョン・ギールグッド、デヴィッド・ヘミングスなど錚々たるオールスター・キャストを揃え、19世紀末のロンドンをゴシック・ムードたっぷりに再現した美しい映像は絶品だった。

BLACK_CHRISTMAS.JPG MURDER_BY_DECREE.JPG

『暗闇にベルが鳴る』(74年)

『黒馬車の影』(79年)

 その後、ジャック・レモン主演の感動ドラマ『マイ・ハート・マイ・ラブ』(80年)をヒットさせたクラークは、『ポーキーズ』(82年)の大ヒットをきっかけにコメディ映画へ転身。84年には活動の拠点を母国アメリカへ移し、シルヴェスター・スタローンのコメディ演技が酷評された『クラブ・ラインストーン/今夜は最高』(84年)やジーン・ハックマン主演の『キャノンズ』(90年)、ファミリー向けコメディ『トラブル・ファミリー』(94年)、キャサリン・ターナー主演の『ベイビー・トーキング』(99年)などを撮っている。
 『ポーキーズ』はカナダ映画史上最高の興行成績を記録し、冒頭に述べた“A Christmas Story”もクリスマス映画の定番としてアメリカでは愛され続けている。しかし、『クラブ・ラインストーン/今夜は最高』以降のコメディ作品は、必ずしも興行的に成功したとは言えない。また、批評家からの受けも最悪で、クラークは2度もラジー賞の最悪監督賞にノミネートされている。
 2006年には代表作『暗闇にベルが鳴る』のリメイク版“Black Christmas”に製作総指揮として参加。しかし、2007年4月4日、愛車に乗っていたクラークは、反対車線から突っ込んできた暴走車と激突。同乗していた息子アリエルと共に不慮の死を遂げてしまった。相手は無免許の酔っ払い運転だったという。

 生前のインタビューでクラーク自身が“あくまでもキャリア・アップのためにホラー映画を撮っていた”と語っているように、彼はホラーというジャンルそのものにはあまり愛着がなかった。どうやら、本人は当初からコメディ映画を志していたようだ。
 確かに、『ポーキーズ』以降の作品はほとんどがコメディ映画である。しかし、初期のホラー作品に比べると、正直なところ決して出来がいいとは言えない。やはり、初期作品に見られた独特のニヒリズムやペシミズムこそがボブ・クラーク作品独特の面白さであり、それが失われてしまった晩年の作品はあまりにも無個性で平凡だといわざるを得ないと思う。
 マンソン・ファミリーに象徴されるようなヒッピー集団を徹底的に茶化した『死体と遊ぶな子供たち』、ベトナム戦争の功罪を怪物化した帰還兵の姿に投影した『デッド・オブ・ナイト』、殺人鬼の正体を明かさないなどホラー映画の定石を次々と破った『暗闇にベルが鳴る』、連続殺人事件を通じて封建社会における巨悪と個人の無力を描いた『黒馬車の影』。『ポーキーズ』にしたって毒っ気たっぷりの下ネタギャグが満載で、それまでの学園ドラマには描かれてこなかった等身大の“性春”像が実に痛快だった。しかし、その後は作品を重ねるごとに毒が抜けてしまい、ありきたりなファミリー向けコメディばかり撮るようになったのは残念だった。
 なお、生前にクラークが語っていたところによると、あの黒澤明監督が『暗闇にベルが鳴る』と『黒馬車の影』の大ファンで、一緒に西部劇を撮りたいと申し出てきたことがあったという。実際に黒澤が短い原案を書き、それをもとにクラークが長編の脚本を書き上げたらしいのだが、結局は企画の段階で立ち消えになってしまったようだ。また、死の直前には『死体と遊ぶな子供たち』や『ポーキーズ』のリメイクも進行していた。一応、『ポーキーズ』のリメイクは来年公開予定にはなっているものの、当初監督する予定だったハワード・スターンも降板しており、製作の進行そのものが危ぶまれている。

 

作品紹介

※『暗闇にベルが鳴る』は当HP内の“スラッシャー映画ヒストリー PART1”を参照してください。

 

 

死体と遊ぶな子供たち
Children Shouldn't Play With Dead Things (1972)

日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

CHILDREN_DEAD-DVD.JPG
(P)2007 VCI Entertainment (USA)
画質★★☆☆☆ 音質★★☆☆☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/87分/製作:アメリカ

映像特典
キャストによる音声解説
ボブ・クラーク 追悼ドキュメンタリー
出演者インタビュー
アラン・オームスビー インタビュー
フォト・ギャラリー
ミュージック・ビデオ集
トリビア集
オリジナル劇場予告編
監督:ボブ・クラーク
製作:ボブ・クラーク
    ゲイリー・ゴッチ
脚本:アラン・オームスビー
    ボブ・クラーク
撮影:ジャック・マッゴーワン
特殊メイク:アラン・オームスビー
音楽:カール・ジットラー
出演:アラン・オームスビー
    ヴァレリー・マムチェス
    ジェフリー・ギレン
    アーニャ・オームスビー
    ポール・クローニン
    ジェーン・デイリー
    ロイ・エングルマン

 当時まだ無名の役者だったボブ・クラークが、マイアミ大学時代の仲間を集めて撮影した超低予算のゾンビ映画。『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(68年)へのオマージュ・・・というよりも、ほぼパクりと言ったほうがいいかもしれない。ちょうど時期的に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』への評価が高まっていたこともあり、ゾンビ映画なら配給網に乗るチャンスがあるかもしれないと踏んだのだろう。8ミリ・フィルムの粗い映像がいかがわしさを存分に醸し出しており、ホラー・マニアの心をくすぐること間違いなしである。

CHILDREN_DEAD-1.JPG CHILDREN_DEAD-2.JPG

墓場ばかりの島へやって来た劇団員たち

死体と結婚式を挙げて悪ふざけするアラン(A・オームスビー)

 傲慢でエキセントリックな脚本家アラン(アラン・オームスビー)に率いられた若い劇団員たちは、墓場ばかりの孤島へとやって来る。メンバーは姉御肌のヴァル(ヴァレリー・マムチェス)、デブで気の弱いジェフ(ジェフリー・ギレン)、繊細で感受性の豊かなアーニャ(アーニャ・オームスビー)、正義感の強いポール(ポール・クローニン)、美人で大人しいテリー(ジェーン・デイリー)。
 島の墓地を訪れた彼らにゾンビが襲いかかる。…が、それはアランの仕組んだ悪戯だった。もともと墓地に埋められていた死体を運び出し、別の劇団員たちが死体になりすましていたのである。ヴァルやポールは不謹慎だと抗議するが、アランは全く聴く耳を持たない。オーヴィル氏という人物の死体を持ち出した彼は、死体と結婚式を挙げるなど悪ふざけばかりするのだった。
 やがて、オカルトに傾倒しているアランは、みんなを集めて墓地で死者を蘇らせる儀式を始める。だが、何の変化も起きなかった。代わりにヴァルが呪文を唱えたところ、島の空気が一変。しかし、やはり具体的にこれといった変化は起きない。
 アランの変人ぶりに呆れた劇団員たちは、島にある古い小屋へと移動する。すると本当に死体が蘇り、ゾンビ役をやっていた劇団員たちを皆殺しにしてしまった。やがてゾンビの群れは小屋へと押し寄せる。劇団員たちは必死になって立て篭もるが、助けを呼びに行こうとしたポールが餌食となり、さらにテリーも外へ引きずり出されて犠牲となった。
 慌てたアランは、オカルト書に記された死者を元へ戻す呪文を唱える。すると、ゾンビたちはいずこへと消えていった。今がチャンスだと港に停泊しているボートへ向う生存者たち。ところが、物陰に隠れていたゾンビたちが一斉に襲いかかり、ヴァルとジェフが食われてしまった。アーニャを連れて小屋へと戻ったアラン。迫り来るゾンビ軍団の中へアーニャを放り込み、自分だけ逃げようとするのだったが…。

CHILDREN_DEAD-3.JPG CHILDREN_DEAD-4.JPG

死者を蘇らせる呪文を唱えるヴァル(V・マムチェス)

墓場から蘇った死者たち

CHILDREN_DEAD-5.JPG CHILDREN_DEAD-6.JPG

低予算ながらよく出来たゾンビ・メイク

助けを呼びに行こうとしたポール(P・クローニン)が犠牲に

 劇団員たちのリーダーであるアランを、チャールズ・マンソン風のエキセントリックな専制君主として描いているのがユニークな点。本人はすっかり反逆児を気取っているが、その行動を見ていると単に浅はかで愚かなだけのガキ大将だ。しかも猛烈にワガママな癇癪持ち。だいたいエキセントリックを気取っているヤツほど単に勘違いをしたバカ、というのはよくあることだが、その辺りの切り口はちょっと面白いかもしれない。ヒッピーなんて所詮中身は子供、ってなわけだ。
 ただ、映画作品としてはあらゆる面で稚拙。正直なところ、学生映画の域を出るものではない。墓地の幻想的な雰囲気は悪くないし、ゾンビたちの特殊メイクもなかなかリアルに出来上がっている。しかし、カメラワークや編集の下手クソさは、商業用映画としてはかなり致命的だ。
 また、セリフが多い上にアクションが少なく、前半はかなり退屈させられること必至。ゾンビが出てくるのも最後の30分程度。それまで延々と主人公たちの口論やら、下らない悪ふざけなんかを見せられるのだから、それなりの忍耐力が必要かもしれない。
 若者たちが死者を蘇らせるというのは『死霊のはらわた』(83年)を連想させるし、小屋に立て篭もってゾンビと戦うというのは『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』そのもの。ストーリー的には、この種のホラー映画の王道と呼んでもいいだろう。
 脚本を手がけたのはボブ・クラークと親友アラン・オームスビー。オームスビーはゾンビの特殊メイクも兼任し、主人公アラン役としてスクリーンにも顔を出している。どちらかというとホラー映画を出世のための道具と考えていたクラークに対し、オームスビーは根っからのホラー・マニアだったらしく、後に『キャット・ピープル』(81年)や『ポップコーン』(91年)といったホラー映画の脚本を書いている。また、カルト映画として名高い『ディレンジド』(74年)の監督・脚本を手がけたのも彼だ。
 その他、撮影のジャック・マッゴーワン、音楽のカール・ジットラーなど、これ以降ボブ・クラーク作品の常連となるスタッフが参加している。

CHILDREN_DEAD-7.JPG CHILDREN_DEAD-8.JPG

ゾンビというよりも、ほとんどモンスターですな

ついに小屋へとなだれ込んできたゾンビ軍団!

 主人公の劇団員を演じている俳優たちは、いずれも当時無名の舞台俳優だった人々ばかり。ジェフ・ギレンとアーニャ・オームスビー、ジェーン・デイリーの3人は、次回作『デッド・オブ・ナイト』にも出演している。中でも一番地味だったジェーン・デイリーはテレビを中心に息の長い女優として活躍しており、最近では『M:i:V』(06年)でミシェル・モナハンの母親役として顔を出していた。また、アーニャ・オームスビーは当時アランの奥さんだった人。かなり風変わりな顔をしている女優だが、ノリノリでテンションの高い演技はなかなか良かった。

 ちなみに、本作のDVDはアメリカで2度リリースされている。どちらも発売元はVCIエンターテインメントという会社。2度目に出た35周年記念盤はデジタル修復版とされているものの、いかんせんオリジナル・ネガが8ミリ・フィルムなもんだから、決してクリスタル・クリアーな画像とは言えないのが残念なところ。
 しかも、この35周年記念盤、直前になって発売が中止されてしまった。というのも、間違って旧盤の本編マスターを使用したことが発覚したらしいのだ。その後、改めてオーサリングし直したものが正式にリリースされたが、今のところメーカー・ホームページの通販や一部のオンライン・ショップでしか取り扱いされていない。

 

デッド・オブ・ナイト
Dead of Night (1974)

日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

DEATHDREAM-DVD.JPG
(P)2004 Blue Underground (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★☆☆
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:ALL/88分/製作:カナダ

映像特典
B・クラークによる音声解説
A・オームスビーによる音声解説
トム・サヴィーニ ドキュメンタリー
主演R・バッカス インタビュー
オープニング別バージョン
エンディング ロング・バージョン
オリジナル劇場予告編
ポスター&スチル・ギャラリー
監督:ボブ・クラーク
製作:ボブ・クラーク
    ピーター・ジェームス
脚本:アラン・オームスビー
撮影:ジャック・マッゴーワン
特殊メイク:トム・サヴィーニ
音楽:カール・ジットラー
出演:ジョン・マーレイ
    リン・カーリン
    リチャード・バッカス
    ヘンダーソン・フォーサイス
    アーニャ・オームスビー
    ジェーン・デイリー
    ジェフリー・ギレン
    アラン・オームスビー

 ボブ・クラークにとって、初めてカナダの資本で製作した作品。同時に、初めてまともな予算が組まれた作品とも言えるだろう。ベトナム戦争を題材にした反戦ホラー映画というのも当時としては画期的だった。『M★A★S★H』(70年)や『ジョニーは戦場へ行った』(71年)など、当時の反戦映画が直接的にベトナムを取り上げてはいなかったことを考えると、本作はかなりの冒険であったろうと思う。それもこれも、カナダ資本だからこそ出来たことなのかもしれないが。
 主人公はベトナムへ行った若者アンディ。家族は戦死の報告を受けるが、その晩彼はひょっこりと家に戻ってくる。しかし、それ以来町では不可解な連続殺人事件が発生。実はアランは既にこの世の者ではなく、他人の生血を吸うゾンビと化していたのだ。
 国の大義名分のために戦場で命を奪われた若者の恨みと憎悪、最愛の息子が犯人であると確信しながら誰にも打ち明けることが出来ない父親の苦しみ、そして息子を溺愛するあまり現実を直視できない母親の哀しみ。ホラー映画というよりもメロドラマ的な要素の方が遥かに強く、ボブ・クラークの一般作志向を如実に感じることの出来る作品と言えるだろう。それだけに、ホラー映画としての怖さは控えめ。残酷シーンも同じく控えめ。その一方で、サイコロジカルな反戦ドラマとしては非常によく出来ており、強い絆で結ばれた家族だからこその苦悩や葛藤、悲哀がとても繊細なタッチで描かれていく。あまりにも切ないクライマックスも感動的だ。
 一部のホラー映画ファンにはかなり評判が悪いみたいだが、もっと広い視野で見て欲しい作品だと思う。

DEATHDREAM-1.JPG DEATHDREAM-2.JPG

兄アンディの戦死を聞いて泣き崩れる妹キャシー(A・オームスビー)

物陰に立っていたのは死んだはずのアンディだった

 夕食のテーブルを囲むブルックス一家。昔気質で寡黙な父親チャールズ(ジョン・マーレイ)、心優しい母親クリスティーヌ(リン・カーリン)、家族想いの聡明な娘キャシー(アーニャ・オームスビー)。しかし、家族の団欒はどこかギクシャクしていた。長男アンディの話ばかりをする母親にキャシーはため息をつく。アンディがベトナム戦争に行って以来、ブルックス家の人々からは笑顔が消えてしまっていた。
 そこへ、軍隊からの使者がやって来た。応対に出た父チャールズは、士官から渡された電報を読んでガックリと肩を落とす。アンディが戦死したというのだ。泣きじゃくりながら父親の胸に倒れこむキャシー。しかし、母クリスティーヌは断固として事実を受け入れようとはしなかった。私のアンディが死ぬなんて絶対にあり得ない、と。
 その晩、家族も寝静まった夜遅く、玄関先で物音がすることにクリスティーヌが気付いた。チャールズとキャシーも眼を覚まし、玄関の様子を見に行く。すると、暗闇の物陰に人の姿があった。それは戦死したはずのアンディ(リチャード・バッカス)だった。涙を流して喜び、アンディに抱きつく両親とキャシー。
 翌朝、近隣でトラック・ドライバーの変死体が発見される。不可解なことに、体中の血液が大量に抜かれていた。目撃者の証言によると、ドライバーは兵隊らしきヒッチハイクの若者を乗せていたという。
 一方、無事に戻ってきたアンディだったが、なぜか昼間は家から一歩も出ようとはしなかった。カーテンを閉め切った自室で無表情に座っているばかり。そして、夜になるとどこへともなく消えていくのだ。明らかに彼の様子はおかしかったが、母クリスティーヌは努めて明るく振舞う。まるで、以前と変わらぬアンディが帰って来たと思い込もうとするかのように。

DEATHDREAM-3.JPG DEATHDREAM-4.JPG

息子の生還を喜ぶ父(J・マーレイ)と母(L・カーリン)

奇妙な行動をとるようになったアンディ(R・バッカス)

 だが、町では次々と謎の殺人事件が発生していた。いずれも体から大量の血が失われている。父チャールズは次第に息子が何かしら事件に関わっているのではないかと思うようになる。近所の子供たちの前でアンディが逆上して犬を殺してしまった時、チャールズの疑念はよりいっそう深まった。
 そこで、彼は友人の精神科医フィリップ(ヘンダーソン・フォーサイス)に頼んで、アンディの様子を見てもらうことにする。しかし、アンディはフィリップの質問に対してまともに答えないばかりか、挑発的な言葉で侮蔑するばかりだった。
 その晩、自宅に戻ったフィリップの前にアンディが姿を現す。ここでなら診察を受けてもいいというアンディは、フィリップに自分の脈を測らせた。フィリップは愕然とする。なぜなら、アンディの脈拍がゼロだったからだ。そう、アンディは既に戦場で死んでしまっていた。しかし、このままでは死にきれないという強い思い、自分を死に追いやった国家と大衆に対する強い恨みから、生ける屍となって戻ってきたのだ。しかし、体の腐敗を防ぐために人間の生血を補給しないといけない。全ての事実をフィリップに告白したアンディは、迷うことなく彼を惨殺した。
 翌日、チャールズはフィリップが殺されたことを知る。息子が犯人であることは、もう疑いの余地がなかった。その頃、部屋に閉じこもってばかりの兄を心配したキャシーは、アンディの元ガールフレンドであるジョアンヌ(ジェーン・デイリー)を伴って、兄をドライブ・イン・シアターに誘った。ところが、アンディは途中で禁断症状を起こしてしまう。
 見る見るうちに顔面が腐敗していくアンディ。周囲はパニックに陥った。凶暴化したアンディは車で逃走して家に戻る。父チャールズは自らの手で息子に罪を償わせようとするが、母クリスティーヌは猛反発して息子の逃走を手助けする。警官隊の追跡を振りきって車を走らせるクリスティーヌとアンディ。やがて彼らがたどり着いたのは古い墓地だった・・・。

DEATHDREAM-5.JPG DEATHDREAM-6.JPG

部屋に閉じこもった息子を心配する父チャールズ

禁断症状を起こして腐敗が始まったアンディ

 社会性を強く打ち出したホラー映画という点も含めて、ジョージ・A・ロメロの傑作バンパイア映画『マーティン』(77年)と共通項の多い作品とも言えるかもしれない。怪物化した主人公の存在に社会の不条理や矛盾を投影するという辺りは、まさしくロメロと同じ視点だ。生ける屍となったアンディは、ベトナム戦争の犠牲者を象徴する存在と言えるだろう。
 ボブ・クラークの演出は、前作『死体と遊ぶな子供たち』の稚拙さが嘘のように、アンディとその家族の悲劇を詩的かつ情感溢れるタッチで描き出していく。サイコロジカルでダークなファミリー・ドラマといった印象だ。ドライブ・イン・シアターでアンディが凶暴化してからの展開も、ペシミスティックな哀しみが溢れていて切ない。アラン・オームスビーによる脚本も丁寧に書かれており、とても良く出来た映画だと思う。
 また、トム・サヴィーニによる特殊メイクも秀逸。あからさまに非日常的なモンスターを作り上げるのではなく、あくまでも生物学的な見地に立った人体の腐敗を描写しており、リアルな説得力がある。サヴィーニにとっては、これが初めての仕事。後に特殊メイクの神様と呼ばれるようになる彼だが、ここでは既にその才能の片鱗をうかがい知ることが出来る。

DEATHDREAM-7.JPG DEATHDREAM-8.JPG

母クリスティーヌに最期の望みを伝えるアンディ

野次馬役で顔を出している脚本のアラン・オームスビー

 また、アンディの両親役に名優ジョン・マーレイとリン・カーリンを起用したのも良かった。どちらもジョン・カサヴェテス映画の常連俳優として知られる実力派で、等身大のアメリカ庶民を演じさせたら天下一品の人たち。この2人の存在感と演技だけでも、数多のB級映画とは一線を画したリアリズムと風格を感じることが出来る。
 妹キャシー役を演じているアーニャ・オームスビーも名演。前作の神経質でエキセントリックなヒッピー娘とはまるっきり別人で、兄を一途に慕う妹の純情をさりげなく演じていてとても上手い。本作が最後の映画出演となってしまったのは非常に残念だ。
 アンディ役のリチャード・バッカスはブロードウェイの有名な俳優だったらしいが、傍目からは好青年に見えるアンディのニューロティックな陰の部分を巧く演じていたと思う。本作以外にこれといった代表作には恵まれなかったが、80年代には昼メロ・ドラマのスターとして活躍したようだ。
 その他、『死体と遊ぶな子供たち』のジェーン・デイリーがアンディの元恋人ジョアンヌ役で、同じく『死体と遊ぶな子供たち』で太っちょのジェフを演じていたジェフリー・ギレンがバーテンダー役で、そしてクラーク監督の親友アラン・オームスビーが父チャールズと言葉を交わす野次馬役で顔を出している。

 

ブレーキング・ポイント
Breaking Point (1976)
日本では1977年劇場公開
VHS・DVD共に日本未発売

BREAKINGPOINT-DVD.JPG
(P)2007 20th Century Fox (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/92分/製作:カナダ

映像特典
スチル・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
監督:ボブ・クラーク
製作:クロード・エロー
    ボブ・クラーク
脚本:ロジャー・E・スウェイビル
    スタンリー・マン
撮影:マーク・チャンピオン
音楽:デヴィッド・マクレイ
出演:ボー・スヴェンソン
    ロバート・カルプ
    ジョン・コリコス
    ベリンダ・モンゴメリー
    リンダ・ソレンソン
    スティーブン・ヤング
    ジェフ・ライナス

 治安の悪化と権力の腐敗が世界的に問題化した70年代、善良な市民が自らの手で悪を成敗するという復讐ドラマがちょっとしたブームとなった。その口火を切ったのがチャールズ・ブロンソン主演の『狼よさらば』(74年)だったわけだが、これもそのブームに便乗する形で登場した作品と見ていいだろう。
 しかも、主人公を演じるのはボー・スヴェンソン。『狼よさらば』のヒットにいち早く便乗した『ウォーキング・トール』(75年)という映画があったのだが、スヴェンソンはその続編『ウォーキング・トール2/新・怒りの街』(75年)に主演して注目を集めたばかりだった。まさにB級映画の王道を行く、生粋のパチもの映画だということがよく分かるだろう。
 よって、映画としてのオリジナリティはほとんどなし。犯罪組織による殺人現場を目撃してしまった主人公が命を狙われ、警察の協力で家族と共に身を隠すものの、組織の執拗な追跡に遭うというのが主な筋立て。主人公一家が別人に変装し、新天地で新たな生活をスタートさせるという展開がユニークではあったものの、頼りにならない警察、血も涙もない犯罪者たち、危険にさらされる家族など、この手の復讐劇の定石はきっちりと踏襲されている。
 ボブ・クラークの演出も今回は平凡。というよりも、この脚本では個性の出しようもなかったのではないだろうか。ボー・スヴェンソンが組織の連中を相手に大暴れする後半はなかなかの見物で、ブルドーザーで敵の事務所を建物ごとひっくり返してしまうという荒業まで見せてくれるのは痛快。暇つぶしとして楽しむには十分なプログラム・ピクチャーといったところだろうか。

BREAKINGPOINT-1.JPG BREAKINGPOINT-2.JPG

証言台に立つことを決意したマイケル・マクベイン(B・スヴェンソン)

マイケルと家族は身分を隠して生活をすることに

 元海兵隊員で今は柔道の師範をしているマイケル・マクベイン(ボー・スヴェンソン)は、ある晩幼い義理の息子アンディ(ジェフ・ライナス)を連れて散歩していたところ、殺人現場を目撃してしまった。警察による捜査の結果、地元の建設王カルボーン(ジョン・コリコス)の手下が容疑者として浮かんだ。カルボーンは強引な手口でフィラデルフィア市内の土地を奪っており、犠牲者は彼に抵抗したために殺されたのだった。
 シリアーニ刑事(ロバート・カルプ)の要請で、逮捕されたチンピラの裁判で証言台に立つことにしたマクベイン。再婚したばかりの妻ヘレン(リンダ・ソレンソン)はカルボーンの報復を恐れて反対するが、正義感の強いマクベインは耳を貸さなかった。しかし、いざ証言台には立ったものの、カルボーンの影響力を恐れる陪審員たちによって単純な殺人事件として片付けられてしまう。
 そして、カルボーン一味による報復が始まった。警察の保護下にあるマクベイン一家の代わりに、マイケルの秘書サラ(ジョアンナ・ノイス)が組織の一味にレイプされる。さらに、実父ピーター(スティーブン・ヤング)と散歩をしていたアンディに火炎瓶が投げつけられた。
 一家の身に危険が迫っていると知った警察は、ほとぼりが冷めるまで身を隠すように提案する。髪型から服装・名前を変えた一家は、カナダのトロントへ移り住む。しかし、到着するまで本人たちにも行き先は告げられず、着いてからも知人や親戚などとの連絡は一切禁止された。どこから組織に情報が漏れるか分からないからである。
 しかし、そうした事情を理解していないピーターは息子を奪われたと思って逆上し、弁護士を雇って一家の行き先を突き止めようとする。自分の傍に組織のスパイがいることも知らずに。一方、アンディの方でも父親恋しさが募り、こっそりとピーターに電話をかけてしまう。
 アンディからの連絡を受けたピーターは急いでトロントへと向った。もちろん、組織の殺し屋たちの尾行付きだ。さらに、その頃マイケルの妹ダイアナ(ベリンダ・モンゴメリー)のフィアンセが殺害された。シリアーニ刑事から報告を受けたマイケルは、家族を守るために自ら立ち上がることを決意する。

BREAKINGPOINT-3.JPG BREAKINGPOINT-4.JPG

シリアーニ刑事役のロバート・カルプ

悪役カルボーンを演じるジョン・コリコス

 プロデューサーのクロード・エローは、60年代から活躍するカナダ映画界きっての商売人。オールスター・キャストのパニック映画『シティ・オン・ファイア』(79年)やデヴィッド・クローネンバーグの『スキャナーズ』(81年)など、数多くの娯楽映画を生み出してきた人物。カナダでは珍しいタイプのプロデューサーだ。
 脚本に参加したスタンリー・マンはハリウッドで活躍したカナダ出身の脚本家で、『わらの女』(64年)や『コレクター』(68年)、『オーメン2/ダミアン』(78年)、『針の眼』(81年)、『炎の少女チャーリー』(84年)など、こちらも数多くの娯楽映画で活躍。
 また、撮影のマーク・チャンピオンは、80年代に日本でも大ヒットした『赤毛のアン』(86年)シリーズを手がけたカメラマンである。

 良心的ながらも力及ばないシリアーニ刑事役を演じているのは、テレビ『アイ・スパイ』シリーズでトップ・スターになったロバート・カルプ。組織のボス、カルボーン役にはテレビ『宇宙空母ギャラクチカ』の悪役バルターでお馴染みの名優ジョン・コリコスが登場。当時テレビを中心にアメリカで大人気だった清純派女優ベリンダ・モンゴメリーが妹ダイアナ役を、『パットン大戦車軍団』(70年)で注目を集めたスティーブン・ヤングがピーター役を演じている。

 

名探偵ホームズ/黒馬車の影
Murder by Decree (1979)
日本では劇場未公開
VHSは日本発売済・DVDは日本未発売

MURDER_BY_DECREE-DVD.JPG
(P)2003 Anchor Bay (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/124分/製作:カナダ・イギリス

映像特典
ボブ・クラーク監督による音声解説
オリジナル劇場予告編
舞台裏スチル・ギャラリー
ポスター&スチル・ギャラリー
タレント・バイオグラフィー集
オリジナル脚本(DVD-ROM)
監督:ボブ・クラーク
製作:ルネ・デュポン
    ボブ・クラーク
    ロバート・A・ゴールドストン
脚本:ジョン・ホプキンス
撮影:レジナルド・H・モリス
美術:ピーター・チャイルズ
音楽:カール・ジットラー
    ポール・ザザ
出演:クリストファー・プラマー
    ジェームズ・メイソン
    デヴィッド・ヘミングス
    ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド
    ドナルド・サザーランド
    スーザン・クラーク
    アンソニー・クェイル
    ジョン・ギールグッド
    フランク・フィンレイ
    クリス・ウィギンス

 19世紀末のロンドンを恐怖に陥れた“切り裂きジャック事件”を、もし名探偵シャーロック・ホームズが捜査していたら・・・?というアイディアから生まれた傑作スリラー。もちろん、アーサー・コナン・ドイルの小説とは全く無関係のオリジナル・ストーリーである。しかし、原作の設定上でも同じ時代のロンドンにホームズは暮らしていたはずなので、彼が事件に興味を抱いても決して不自然ではない。いや、逆に興味を持たない方が不自然というものだろう。
 ご存知の通り、切り裂きジャックの正体は未だに不明。これまでに幾つもの仮説が立てられてきたが、中でも特に有名なのは1976年にイギリスのノンフィクション作家スティーブン・ナイトが発表した“王室陰謀説”だろう。これは、ヴィクトリア女王の孫アルバート・ヴィクター王子がアニー・クルックという庶民の女性と子供を作ってしまい、そのスキャンダルをもみ消すために王室とフリーメイソン、そして画家ウォルター・シッカートが結託。連続殺人鬼の仕業に見せかけて、秘密を知る5人の売春婦たちを次々と抹殺していったというものだ。
 本作ではこの“王室陰謀説”を全面的に採用し、理不尽な封建社会の陰に葬り去られていった人々の無念と哀しみを、重厚感溢れる美しい映像の中で描き出している。シャーロック・ホームズを主人公にしたのも大正解で、コナン・ドイル作品特有の知的な推理小説的面白さと上品な怪奇幻想的ムードを取り込むことに成功している。
 当時のロンドンを再現した趣のある美術セットも素晴らしい。ゴシック・ムード溢れるダークな映像美にもほれぼれとさせられる。ボブ・クラークの代表作であるのは勿論のこと、数多のシャーロック・ホームズ映画の中でも群を抜いた傑作と言って間違いないだろう。
 ちなみに、ホームズが切り裂きジャックを追うのはこれが初めてではない。60年代に“A Study in Terror”という作品があり、こちらでは『バロン』(88年)のジョン・ネヴィル扮するホームズが、切り裂きジャック事件の真犯人を突き止めている。ただ、当時はまだ王室陰謀説が浮上する前ということもあって、本作とは全く違う犯人像が描かれているのだが。また、王室陰謀説はジョニー・デップ主演の『フロム・ヘル』(01年)でも取り上げられていた。

MURDER_BY_DECREE-1.JPG MURDER_BY_DECREE-2.JPG

オペラハウスから帰宅するワトソン(J・メイソン)とホームズ(C ・プラマー)

夜のロンドンをうごめく謎の黒馬車

MURDER_BY_DECREE-3.JPG MURDER_BY_DECREE-4.JPG

売春婦たちを付けねらう黒目の男

ホームズは市民グループから切り裂きジャック事件の捜査を頼まれる

 1888年のロンドン。ホワイトチャペル地区の売春婦ばかりを狙った連続殺人事件が世間を騒がせていた。今宵もまた、一人の売春婦が犠牲に。霧の中から現れた黒い馬車に連れ込まれ、無残な死体となって通りに放り出されたのだ。
 その頃、オペラハウスではシャーロック・ホームズ(クリストファー・プラマー)とワトソン医師(ジェームズ・メイソン)の2人が、オペラ“ルクレチア・ボルジア”を観劇していた。王室専用のボックス席には英国王子アルバート・ヴィクターが登場。熱烈な愛国主義者であるワトソンは高らかに国歌を歌い、フロア席で不遜な態度をとっている観客たちを見下ろしながら憤慨していた。隣のホームズは、そんなワトソンに苦笑いをしながらも、彼の言葉に耳を傾けている。
 帰宅したホームズとワトソンを近隣住民のグループが待ち構えていた。彼らは巷を騒がせている連続殺人鬼の捜査を、ホームズに陳情するため集まったのだった。このままでは夜も安心して眠れないと。
 翌朝、新たな殺人事件の知らせを聞いたホームズとワトソンは現場へと向った。2人を迎え入れたのはスコットランド・ヤードのフォックスボロー刑事(デヴィッド・ヘミングス)とレストレイド刑事(フランク・フィンレイ)。しかし、その場に居合わせた警視総監ウォーレン卿(アンソニー・クエイル)はホームズを毛嫌いしており、2人を追い出してしまう。ホームズもその言葉に素直に従い、ワトソンを驚かせた。

MURDER_BY_DECREE-5.JPG MURDER_BY_DECREE-6.JPG

テムズ河沿いの港に呼び出されたホームズとワトソン

霊媒師ロバート・ジェームズ・リース(D・サザーランド)

 翌日、ホームズは匿名の手紙で呼び出しを受けた。真夜中に指定されたテムズ河沿いの港へと赴いたホームズとワトソンに、暗闇から男の声が話しかける。“切り裂きジャック事件の真相を知りたいのなら、ロバート・ジェームズ・リースに会え”と。
 その晩、ホームズはある場所へと向った。つい最近、そこで事件の重要な鍵と思われる落書きが発見されたのだが、なぜかウォーレン卿の指示で塗りつぶされてしまったのだった。ホームズがブラシで薬品をかけると、新しい塗料が剥がれ落ちた。すると、“ジューズ(ユダヤ人)が何もしてなければ、非難されるはずもない”という言葉が浮かび上がる。
 ロバート・ジェームズ・リース(ドナルド・サザーランド)という男は霊媒師だった。彼は切り裂きジャックの姿を透視したのだという。疑いの眼差しを向けるホームズ。しかし、リースの語る売春婦アニー・チャップマン殺害の詳細が、自ら目の当たりにした現場の状況と見事に合致していることに気付く。
 そこへ、フォックスボロー刑事が現れた。ウォーレン卿がホームズを探しているという。メイキンズという急進的な市民活動家の男が殺害された。彼はホームズ邸へ陳情に来たグループのリーダー格で、ホームズとワトソンがテムズ川沿いに呼び出された晩に殺されていた。ウォーレン卿はホームズが犯人だというのだ。夜警の証言でホームズのアリバイは立証されたが、ウォーレン卿が彼を陥れようとしたのは明白だった。フォックスボロー刑事も忠告をする。“彼は危険な男だ。裏の仲間がいるはずだから気をつけろ”と。
 事件から身を引くよう告げるウォーレン卿。とっさにホームズは彼の手を取って握手をした。そして、その指にはめられたリングに着目する。それはフリーメイソンの印だった。予期せぬホームズの行動に戸惑いを隠せないウォーレン卿。
 すかさずホームズは消された落書きの件に触れる。あれはロンドン中のユダヤ人を守るために仕方なく消させたのだと語るウォーレン卿に、ホームズは指摘した。落書きのスペルはJEWSではなくJUWESだった。すなわち、ユダヤ人という意味ではないはずだ、と。そういい残して去っていくホームズに、ウォーレン卿は罵声を浴びせる。
 その帰り道、ホームズはワトソンに語る。ソロモンの神殿を設計した建築士ヒラム・アビフを殺害した3人の男ジュベラ、ジュベロ、ジュベルム。JUWESとは彼ら3人のことを指しているのだと。しかも、ヒラム・アビフはフリーメイソンの始祖とされる人物だ。さらに続けて、ホームズはジュベラ、ジュベロ、ジュベルムの言葉を引用する。“我が喉は切り裂かれた”、“我が右腹は切り開かれ、心臓と内臓を取り出され、我が右肩に投げ捨てられた”、“我が体は真っ二つに引き裂かれた”。それは、売春婦たちの殺害方法と奇妙に合致している。
 この旧約聖書の伝説と連続殺人事件を繋ぐ鍵を求めて、ワトソンはホワイトチャペル地区へと潜入した。そこで彼は、殺された売春婦たちの仲間だったメアリー・ケリーという売春婦の名前を知る。一方、警察に悟られないように変装をしたホームズは、霊媒師リースのもとを訪れた。その透視能力が本物であると認められたリースは、警察の捜査に協力していたのだ。ホームズは彼から、とある身分の高い裕福な人物が捜査に関わっていることを知る。だが、ウォーレン卿から固く口止めされているため、その人物の正体を知る事は出来なかった。

MURDER_BY_DECREE-7.JPG MURDER_BY_DECREE-8.JPG

何かに怯える売春婦メアリー・ケリー(S・クラーク)

スコットランドヤードのフォックスボロー刑事(D・ヘミングス)

 4番目の犠牲者キャサリン・エドウズの葬儀に参列したホームズは、その様子を遠巻きに見ている女性の存在に気付いた。メアリー・ケリー(スーザン・クラーク)だった。逃げ出したメアリーを追うホームズ。憔悴しきった様子のメアリーに、ホームズは何を恐れているのかと問いただす。彼女はアニー・クルックという売春婦が連れ去られ、アニーの友達だった売春婦が次々と殺されている、次は私かもしれないと怯えながら語った。しかも、アニーの赤ん坊を彼女が預かっているのだという。赤ん坊の命も危ないかもしれない。そこへ通りかかった黒馬車が2人に襲いかかる。路面に打ち付けられたホームズは気を失い、メアリー・ケリーは街角へと逃げ去っていった。
 ホームズとワトソンはメアリーが示唆していた聖クリストファー病院へアニー・クルックを探しに向った。しかし彼女は郊外の精神病院へと移送された後だった。担当医はトーマス・スピヴェイ卿(ロイ・ランスフォード)。霊媒師リースの語っていた身分の高い人物に該当するのではないか、とワトソンが考えていた人物の一人だった。
 精神病院を訪れたホームズとワトソンは、ついにアニー・クルックと面会する。そこは牢屋のように劣悪な環境の場所で、アニーはほぼ監禁状態で幽閉されていた。ホームズの話しかけにも一切無言だったアニーだが、彼が差し出した一枚の紙に書かれた“エディ”という名前に反応する。彼女は子供をメアリーに預けたことを認め、それを深く後悔していた。そして、愛するエディが必ず助けに来てくれることを信じているという。まるで聖女のように純真無垢なアニーの姿を見て、ホームズの瞳からひと筋の涙が流れ落ちた。
 事件の真相に確信を得たホームズは、ワトソンを連れて急いでロンドンへと引き返した。メアリー・ケリーの命が危ないからだ。しかし、そんな2人の後を付け回す不気味な人影があった・・・。

MURDER_BY_DECREE-9.JPG MURDER_BY_DECREE-10.JPG

精神病院に幽閉された悲劇の女性アニー・クルック(G・ビュジョルド)

メアリー・ケリーまでもが毒牙に・・・

MURDER_BY_DECREE-11.JPG MURDER_BY_DECREE-12.JPG

19世紀末のロンドンを再現した美しい美術セット

連続殺人事件の舞台となったホワイトチャペル地区

 本作が他のホームズ映画と決定的に違うのは、主人公シャーロック・ホームズとワトソン医師のキャラクター描写である。原作でも映画作品でも、ホームズは時として冷淡なほどの完璧主義者で変わり者、何でも出来る超人的なヒーローとして描かれてきた。しかし、ここに登場するホームズはクールな反面温和で、情熱的かつエレガント。人情味があり、時には感情的になって判断を誤ることもある。とても人間的な名探偵なのだ。
 一方のワトソン医師は、一般的にはコミック・リリーフ的な描かれ方をすることが多く、ホームズの引き立て役という位置づけだった。だが、本作のワトソンは一見すると飄々とした老紳士だが、有能な医師としてホームズに的確な助言を与え、時にはホームズの足となって単独捜査にも挑戦する。いわば、ホームズの心強い右腕として描かれているわけだ。また、熱烈な愛国者で王室支持者だったワトソンが、ホームズと共に事件を追う過程で下層階級の貧しい生活や権力者たちの裏の顔を知り、自らの信念に疑問を感じていく姿も興味深い。
 こうした等身大のキャラクター造形のおかげで人間ドラマに厚みが加わり、19世紀末イギリス社会に蔓延る様々な問題を肌で感じることが出来るようになった。つまり、観客はホームズとワトソンの目を通して、当時の封建社会の理不尽かつ不条理な実態を目の当たりにするのである。
 脚本を手がけたジョン・ホプキンスは、『007/サンダーボール作戦』(65年)や名匠ジョン・フランケンハイマーの『第三帝国の遺産』(85年)などを書いた脚本家。舞台の戯曲家としても知られ、代表作“This Story of Yours”はショーン・コネリー主演、シドニー・ルメット監督で『怒りの刑事』(72年)として映画化された。
 撮影を担当したレジナルド・H・モリスはカナダ出身のカメラマンで、もともとは低予算のホラー映画などを数多く手がけていた人物。本作をきっかけにクラーク監督と親しくなり、以降『ポーキーズ』から『キャノンズ』まで殆どのボブ・クラーク作品を手がけている。
 また、製作には名作『ジョージー・ガール』(66年)をヒットさせたイギリスのロバート・A・ゴールドストンと、『地獄のキャッツアイ/呪いの爪』(78年)などを手がけたカナダのルネ・デュポンが参加している。

MURDER_BY_DECREE-13.JPG MURDER_BY_DECREE-14.JPG

ウォーレン卿役のアンソニー・クエイル

サリスビューリー卿を演じるジョン・ギールグッド

 ホームズ役を演じているのは『サウンド・オブ・ミュージック』(64年)のトラップ大佐役でお馴染みの名優クリストファー・プラマー。そして、ワトソン役にはイギリスを代表する大スター、ジェームズ・メイソン。どちらも従来のホームズ&ワトソンのイメージを踏襲しながら、より人間味溢れる深いキャラクター像を作り上げている。特にプラマーの情熱的で人間臭いホームズは素晴らしい当たり役だ。
 ちょっと不気味な霊媒師リース役で登場するドナルド・サザーランドも、出番は少なめながらもインパクト強烈。また、メアリー・ケリー役には『エアポート’75』(75年)などで当時売れっ子だったカナダ出身の女優スーザン・クラークが扮しており、こちらも僅かな出番で強い印象を残す熱演ぶりだった。
 その他、アニー・クルック役に『まぼろしの市街戦』(67年)や『1000日のアン』(68年)の名女優ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド、フォックスボロー刑事役に『欲望』(66年)や『サスペリアPART2』(75年)のデヴィッド・ヘミングス、ウォーレン卿に『ナバロンの要塞』(61年)や『アラビアのロレンス』(62年)でお馴染みの名優アンソニー・クエイル、クライマックスに登場するサリスビューリー卿にイギリスを代表するシェイクスピア俳優ジョン・ギールグッドと、豪華絢爛な顔ぶれがならぶ。また、ストレイド刑事役にはローレンス・オリヴィエの『オセロ』(65年)でイアーゴを演じてオスカーにノミネートされ、『スペース・バンパイア』(85年)の教授役や『戦場のピアニスト』(02年)の父親役でもお馴染みの名優フランク・フィンレイが登場。実は彼、同じくホームズが切り裂きジャック事件を追うというイギリス映画“A Study in Terror”(65年)でもストレイド役を演じている。

 

戻る