アストラッド・ジルベルト Astrud Gilberto
〜ボサノバの女王〜
今さらここで語るまでもないくらい、誰もが知っている“ボサノバの女王”だ。その素っ気ないような歌声は、単にお洒落という言葉では済まされないようなカリスマ性を孕んでいる。ソフトで涼しげなボサノバのリズムに見合ったライトな語り口。素人っぽさを強調しながらも、実は巧みなテクニックで軽やかに歌いこなすしたたかさ。平凡であることを演出した、非凡な才能と言えるだろう。そのスタイルは、ボサノバという音楽のイメージをも決定付けてしまった。
たびたび来日したり、日本のアーティストとコラボしたりしている事からも分かるように、日本人の間では特に人気の高いブラジル人アーティストと言える。それは、日本における圧倒的なボサノバ人気が背景にあるとも考えられるだろう。巷には数多くのボサノバのコンピレーションCDが溢れかえっているし、お洒落なカフェのBGMといえばボサノバが定番。これだけボサノバが市民権を得ている国もそうそうないだろうと思う。もちろん、ブラジル以外での話だが。
しかし、個人的にはどうも日本人好みのボサノバというのに抵抗感がある。普段あまり音楽を聴かないようなOLが、澄ました顔でお洒落を気取ってみせる音楽という印象が強いからだ。バカOLどもに媚を売るレコード会社の戦略も悪いのだろうが、いずれにしてもお洒落の道具にしかならない音楽なんぞに興味はない。なので、ナラ・レオンだとか、アントニオ・カルロス・ジョビンだとか言われても、ハイハイそうですかといった感じで意識的に避けてきたのだが、何故かアストラッドには強く惹きつけられるものを感じるのだ。
それは、やはり彼女自身が本質的にディーバの素質を持っている人だからなのだろうと思う。つまり、音楽に魂を捧げた孤高の芸術家なのだ。ディーバと呼ばれる女性は、誰もが己の人生や芸術に対して不器用なくらいに一途であり、時代に負けない個性とスタイル、気品を兼ね備えている。それが真のカリスマ性というものだろう。巷に溢れかえっているカリスマ店員やらカリスマ美容師やらとかいう凡人とはワケが違うのである。
一見するとディーバという言葉からほど遠いイメージのアストラッドだが、その時代に色褪せない歌声と揺るぎないスタイルは紛れもないディーバの証だろう。特に、ヴァーヴ・レコード時代に吹き込んだ初期作品は、洒脱で美しいアレンジと知的でクールな彼女のボーカルとの相性が抜群で、今聴いても全く古さを感じさせない。「イパネマの娘」しか聴いた事のないという人には是非ともオススメしたいと思う。
1940年3月29日、ブラジルはバイーア州の生まれ。父親はドイツ人で、リオ・デジャネイロで育った。17歳の時に友人である歌手ナラ・レオンからギタリストのジョアン・ジルベルトを紹介され、19歳で2人は結婚。夫の影響でボサノバを歌うようになったという。1963年に夫婦はアメリカに移住し、ジョアンはスタン・ゲッツと共にアルバム“Getz/Gilberto”を発表。そのレコーディングの際に周囲から勧められて歌ったのが、名曲「イパネマの娘」だった。
それまで歌は鼻歌くらいしか歌ったことがなかった、というのがデビュー当時のアストラッドの売り文句だったが、ナラ・レオンと友人だったという事を考えても、もともと歌手になりたいという野心は持っていたに違いない。その歌のテクニックにしても、全くの素人とは到底思えないくらいに巧みだ。全ては、彼女の新鮮な歌声をアピールするために仕組まれたイメージ戦略だったのではないかと思う。
いずれにせよ、アルバム“Getz/Gilberto”はグラミー賞にもノミネートされ、「イパネマの娘」は爆発的な大ヒットとなった。これを機に、アストラッドはアルバム“The
Astrud Gilberto
Album”でソロ・デビューを果たす。しかし、これは同時に夫婦生活の崩壊をも意味し、同年ジョアンとアストラッドはメキシコで離婚をしてしまった。
65年には映画「クレイジー・ジャンボリー」にも出演し、“The
Shadow of Your Smile”、“Fly Me To The
Moon”などジャズ・スタンダードやポップス・ナンバーのボサノバ・カバーを歌って次々とヒットを放っていった。その後ボサノバ・ブームが終焉を向え、70年代以降はコンサート活動が中心となったものの、時折りアルバムもリリースしている。また、比較的最近ではエティエンヌ・ダホーやジョージ・マイケルと共演し、2002年にはアルバム“Jungle”をインディーズでリリースしている。
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Look To The Rainbow (1966) |
A Certain Smile A Certain Sadness (1967) |
Astrud Gilberto with Stanley Turrentine (1971) |
Love For Sale (1980) |
(P)1990 Polydor (Japan) | (P)1998 Polygram/Verve (USA) | (P)1987 CTI/CBS (USA) | (P)1996 Flavour Of Sound (Japan) |
1,Berimbaou 2,Once Upon A Summertime 3,Felicidade 4,I Will Wait For You 5,Frevo 6,Maria Quiet (Maria Moite) 7,Look To The Rainbow 8,Bim Bom 9,Lugar Bonita (Pretty Place) 10,El Preciso Aprender A Ser So 11,She's Carioca 12,A Certain Smile 13,A Certain Sadness 14,Nega Do Cabelo Duro 15,So Nice (Summer Samba) 16,Voce Ja Foi A Bahia 17,Portuguese Washerwoman |
1,A Certain Smile 2,A Certain Sadness 3,Nega Do Cabelo Duro 4,So Nice (Summer Samba) 5,Voce Ja Foi A Bahia 6,Portuguese Washerwoman 7,Goodbye Sadness (Tristeza) ビデオ 8,Call Me 9,Here's That Rainy Day 10,Tu Mi Delirio 11,It's A Lovely Day Today 12,The Sadness of After 13,Who Needs Forever? produced by Creed Taylor |
1,Wanting Things 2,Brazilian Tapestry 3,To A Flame (Instrumental) 4,Solo El Fin (For All We Know) 5,Zazueira 6,Ponteio 7,Traveling Light 8,Vera Cruz (Instrumental) 9,Historia de Amor (Love Story) 10,Where There's A Heartache (There Must Be A Heart) produced by Creed Taylor |
1,Meu Pao 2,The Puppy Song 3,We'll Make Today Last Night Again 4,Wanting You 5,Mamae Eu Quero-Chica Chica Boom Chic 6,Black Magic (A Gira) 7,Far Away 8,Love For Sale 9,All I've Got 10,The Girl From Ipanema produced by Astrud Gilberto & Vincent Montana Jr. |
ヴァーヴ・レコードに残したサード・アルバムに、ワルター・ワンダレイとの共演アルバムから6曲を追加収録したコンピレーションCD。ボサノバとサンバを絶妙にブレンドしたスタン・ゲッツの洒脱なアレンジが光ります。映画「黒いオルフェ」で知られる#3の巧みなリズム感、「シェルブールの雨傘」のテーマ曲#4で聴かせるアンニュイな気だるさなど、様々に表情を変えるアストラッドの歌声は圧巻の上手さです。 | ボサノバ系オルガン奏者として有名なワルター・ワンダレイと共演したアルバム。ボサノバやジャズのエッセンスを残しながらも、ほのぼのとした雰囲気のノスタルジックなポップス・アルバムに仕上がっています。プール・サイドのラウンジ・ミュージックとしても最適ですね。中でも、トロピカルな魅力溢れる名曲#4と#6、ペトゥラ・クラークのヒット曲をソフトにボサ・カバーした#8なんか最高の楽しさです。 | ヴァーヴを離れたアストラッドがCTIに残した唯一のアルバム。有名なテナー・サックス奏者スタンリー・トゥレンテとの共演作です。全体的にソフト・ロック、ジャズ・ロック的なアプローチの濃厚なアルバムですが、それも時代を感じさせますね。ちょうど同時期のデオダートなんかの路線に近いかもしれません。一番のオススメは「ある愛の詩」のカバー#9。この曲のあらゆるカバーの中でもベストの出来映えです。 | アストラッドがイギリスでリリースした幻のアルバム。共同プロデュースは何とヴィンセント・モンタナ・ジュニア!フィリー・ソウルの大御所であり、あのサルソウル・オーケストラの立役者であるディスコ界の名物男。ということで、#10では「イパネマの娘」をディスコ・バージョンで聴かせてくれます。その他、全体的にブラジル風味の爽やかポップスといった按配で、アストラッドのソフトな歌声が存分に生かされています。 |
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The Silver Collection |
James Last Plus Astrud Gilberto (1986) |
(P) Verve/Polydor (Germany) | (P)1986 Polydor (Germany) |
1,Once I Loved 2,Agua De Beber 3,Meditation 4,And Roses And Roses 5,O Morro (Nao Tem Vez) 6,How Insensitive 7,Dindi 8,Photograph 9,Dreamer ビデオ 10,So Finha De Ser Com Voce 11,All That's Left Is To Say Goodbye 12,The Shadow Of Your Smile ビデオ 13,Aruanda 14,Manha De Carnaval 15,Fly Me To The Moon 16,The Gentle Rain 17,Non-Stop To Brasil 18,O Ganso 19,Who Can I Turn To? (When Nobody Needs Me) 20,Day By Day 21,Tristeza 22,Funny World 23,So Nice (Summer Samba) 24,Let Go (Canto De Ossanho) 25,Berimbou |
1,Samba Do Soho (duet with Paulo
Jobim) 2,I'm Nothin' Without You 3,Champagne And Caviar 4,Listen To Your Heart (duet with Ron Last) 5,Moonrain 6,Caravan 7,Amor E Som 8,Saci 9,Forgive Me 10,With Love (When They Turn On The Light) 11,Agua De Beber produced by Astrud Gilberto & James Last orchestration by James Last |
ソロ・デビュー・アルバムとセカンド・アルバムを1枚にまとめて、さらにサード以降の代表曲を加えた超お買い得なコンピレーション盤です。ヴァーヴでの代表作は殆どこれ1枚で揃ってしまいますね。ボサノバの名曲として名高い#2や#3、#6、#7は勿論のこと、「いそしぎ」のテーマ曲をアンニュイかつ官能的にカバーした#12、お馴染みのジャズ・スタンダードを軽やかでセンチメンタルにボサ・カバーした#15も必聴。個人的にはとろけるようなストリングスが美しい#16も大好き。 | ジャーマン・ラウンジの帝王ジェームズ・ラストとアストラッドが組んだ企画盤 。ちょうど当時のヴィクター・ラズロやシャカタク、シャデー辺りをミックスしたような、アダルトな雰囲気の洒落たポップ・アルバムに仕上がっています。正面きってボサノバ!というのではなく、ジャズ・フュージョンやAORの中にさり気なくボサのエッセンスを取り込んだという感じですね。ソフトで洗練されたアレンジはジェームズ・ラストの真骨頂という感じで、今聴いても全く古さを感じさせません。名盤だと思います。 |
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