Antikörper (2005)
〜ドイツ産異色サイコ・スリラー〜

※『ANTIBODIES ‐アンチボディ‐死への駆け引き』のタイトルで2009年10月に日本盤DVDが発売されました

 

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(P)2007 Dark Sky Films (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤2枚組)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録
)/2.0chサラウンド・5.1chサラウンド/音声:ドイツ語/字幕:英語/地域コード:1
/128分/製作:ドイツ

映像特典
オリジナル劇場予告編
プレス用ティーザー
C・アルヴァート監督インタビュー
メイキング・ドキュメンタリー
削除シーン集
NGシーン集
監督:クリスチャン・アルヴァート
製作:テオ・バルツ
    ボリス・ショーエンフェルダー
脚本:クリチャン・アルヴァート
撮影:ハーゲン・ボグダンスキー
音楽:ミヒル・ブリッシュ
出演:ヴォータン・ヴィルケ・メーリング
    アンドレ・ヘンニッケ
    ハインツ・ホーニヒ
    ハウケ・ディーカンフ
    ウルリケ・クリュムビーゲル
    ニナ・プロル
    ユルゲン・ショルナゲル
    ハンス・ディール
    ノーマン・リーダス

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連続児童殺人事件の犯人ガブリエル・エンゲル(A・ヘンニッケ)

住民の通報を受けた警官(N・リーダス)らが駆けつける

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全裸で脱走を試みるエンゲルだったが・・・

警官はエンゲルの自宅の異様な光景に戦慄する

 スウェーデン・ファンタスティック映画祭などヨーロッパ各国の映画祭で受賞し、アメリカのトライベッカ映画祭やAFI映画祭などでも大絶賛され、2010年にはハリウッド・リメイク版の公開も決定している異色のドイツ産サイコ・スリラー映画だ。
 主人公は長閑な農村に暮らす田舎警官。敬虔なカトリック信者で、聖書や教会の教えに何ら疑問を持つことなく生きてきた彼は、ひょんなことから連続児童殺人犯の尋問を担当することになり、それまで当たり前だと思っていた善と悪の概念が脆くも崩れ去っていく。果たして人間は生まれながらにして善なるものなのか、それとも悪なるものなのか?そして、“悪い種子”とは誰の心にも宿っているものなのか?
 そんな彼の心を弄ぶかのように巧妙な心理ゲームを仕掛ける殺人犯。その邪念はやがて主人公の心を、まるで病原菌のように少しづつ蝕んでいく。タイトルの“Antik
orper”とは“抗体”という意だが、ここでは凶悪犯罪の蔓延る現代社会を生きる上で必要不可欠な“免疫力”の意味も持ち合わせているのだろう。
 犯罪とは縁遠い人生を送ってきた主人公は、生まれて初めて絶対悪と対峙することにより、己の心の中に潜む邪な存在を初めて意識する。人間は何をきっかけに悪の道へ走るのか?善と悪を分け隔てるものとは何なのか?その“抗体”を捜し求める主人公の心の旅こそが、本作の最も重要なテーマなのだと言えるだろう。

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ベルリンから遠く離れた長閑な農村地帯

村で唯一の警察官ミヒャエル(W・W・メーリング)

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思春期を迎えたミヒャエルの息子クリスチャン(H・ディーカンフ)

妻ローザ(U・クリュムビーゲル)との間には深い溝が

 大都会ベルリンの一角にある古いアパート。住民からの通報を受けた警官(ノーマン・リーダスとクリスチャン・フォン・アスター)は、警察がマークしていた連続児童殺人犯ガブリエル・エンゲル(アンドレ・ヘンニッケ)の居所をついに突き止めた。激しい攻防戦の末、エンゲルは警官隊に捕らえられる。現場には生きたまま体中の血液を抜き取られた幼い少年の死体が残されていた。
 エンゲルは10代の少年ばかりを狙い、レイプ殺人を重ねてきた凶悪犯だった。罪の意識の全くない彼は担当刑事セイレル(ハインツ・ホーニヒ)による尋問にも抗することなく、少年たちを陵辱し殺害していった過程を事細かに供述していく。そればかりか、話をしているうちに性的興奮が高まり、刑事たちの目の前で自慰行為に及ぶ始末だ。
 その頃、ベルリンから遠く離れた小さな農村では、連続殺人鬼エンゲルの逮捕を知った人々の顔に安堵の色が広がっていた。ちょうど一年前、村に住む少女ルチアが何者かによって惨殺されていたのだ。これで事件が解決するに違いないと彼らは考えていた。
 だが、村で唯一の警察官ミヒャエル(ヴォータン・ヴィルケ・メーリング)は素直に喜べないでいる。エンゲルがルチア殺害の犯人かどうか確信が持てないからだ。現場からは証拠となる遺留品は見つかっていないし、そもそも少年ばかりを狙ったエンゲルがわざわざ遠く離れた田舎へ来て少女を殺害するとは考えにくい。
 敬虔なカトリック信者ばかりが暮らすこの小さな村では、もともと犯罪など皆無に等しい。豪農の娘である妻ローザ(ウルリケ・クリュムビーゲル)と結婚したミヒャエルは、農作業の片手間として警察官の仕事をしてきた。しかし、ルチア殺害事件が発生してからの彼は、まるで人が変わったかのように事件捜査へ心身を注いでいた。家庭生活も省みなくなり、夫婦間の溝も深まるばかり。
 一方、昔気質で頑固な義父スヒャルゼフスキー(ユルゲン・ショルナゲル)は、村人にまで疑惑の目を向けるミヒャエルに対して激しい憤りを露わにしていた。誰もが顔なじみであるこの小さなコミュニティーに、殺人犯などいるわけがないというのだ。感情を抑制することの出来ない彼は、あてつけにミヒャエルの愛犬を猟銃で殺してしまう。
 また、ミヒャエルは他にも悩みを抱えていた。15歳になる息子クリスチャン(ハウケ・ディーカンフ)の存在だ。学校で女生徒にペニスを露出して見せたり、妹のおもちゃに火をつけるなど問題行動ばかり起こすクリスチャン。思春期を迎えた彼の複雑な内面を全く理解出来ないミヒャエルは、どう息子と接するべきかのか見当もつかなかった。こうした家庭内の不安要素が、さらに彼を精神的に追い詰めていたのだ。

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エンゲルと接見するためベルリンへ到着するミヒャエル

ベテランの熱血刑事セイレル(H・ホーニヒ)

 13件の殺人事件で犯人と目されたエンゲルは、12人の少年を殺したことについて認めたものの、残りの1件であるルチア殺害については一切口をつぐんだままだった。その状況を知ったミヒャエルは、自らベルリンへ赴いてエンゲルとの接見を試みようと決意した。捜査に行き詰まっていたセイレル刑事は喜んでミヒャエルを出迎える。
 周囲の刑事たちは田舎警官ごときに何か出来るのかと考えていたが、彼らの予想に反してエンゲルはミヒャエルの存在にいたく興味を示し、彼と一対一であれば供述をしてもいいと口を開いた。だが、それはエンゲルによるサディスティックで執拗な心理ゲームの始まりに過ぎなかった。敬虔なカトリック教徒であり、良き家庭人であるミヒャエルの倫理観をあえて逆撫でするような発言を繰り返すエンゲル。それはまるで、様々な不安と疑問を抱えている彼の心を見透かしているかのようだった。ミヒャエルは果敢にもルチア殺害の供述を引き出そうとするが、エンゲルの巧みな話術に否応なく翻弄されてしまう。
 エンゲルへの尋問に協力するため、ベルリンに長期滞在することになったミヒャエル。彼は欲望渦巻く大都会の日常に当惑していた。街角では売春婦が客を引き、ホテルのテレビではアダルト・ビデオが流れ、セイレル刑事に誘われたナイトクラブでは下着同然の姿をしたホステスが接客をする。カトリックの教えに従って生きてきた彼は嫌悪感を隠せなかった。
 相変わらずエンゲルは言葉巧みにミヒャエルをはぐらかす。そればかりか、彼は息子クリスチャンについてまで言及してミヒャエルを困惑させる。彼には俺と同じような素質がある・・・と。なぜエンゲルがクリスチャンのことを知っているのか?しかし、その真相を突き止める勇気もないミヒャエルは、動揺と怒りを抑えきれないまま独房を後にした。
 セイレル刑事と共にエンゲルの自宅を捜査したミヒャエルは、壁の中に埋め込まれた殺害事件の遺留品を発見。その中には、ルチアのものと思われる下着も含まれていた。これによって、ルチア殺害事件は解決するものと思われた。予期せぬ大手柄に喜びを隠せないミヒャエル。興奮覚めやらぬ彼は、街で知り合った女性ルーシー(ニナ・プロール)と一夜を共にする。まるでたがが外れてしまったかのようにセックスを貪るミヒャエル。
 やがて我に返った彼は、己の犯した肉欲の罪に苛まれるようになる。さらに鑑識の結果、意外な事実が判明した。確かに下着にはエンゲルの体液が残されていたのだが、それと一緒に身元不明の別人の体液も発見されたのだ。
 捜査は振り出しに戻った。村人たちのDNA鑑定が行われることになり、小さな農村に大きな動揺が広がる。ミヒャエルは完全に孤立してしまった。警察官としての職務を果たせないでいる自分へのふがいなさ、肉欲の誘惑に負けてしまった己の弱さ、そしてエンゲルとの会話から気付かされた心の闇に潜む邪念。そうした罪の意識に追い詰められたミヒャエルは、神に救いを求めながら己の腕にホッチキスを次々と打ち込む。まるで自分自身を罰するかのように。
 その頃、刑務所でエンゲルが服毒自殺を図り、危篤状態に陥ったとの一報が入る。死を目前にしたエンゲルは、ミヒャエルに伝えたいことがあるという。緊急用のヘリコプターに乗せられてベルリンへと急ぐミヒャエル。果たしてエンゲルが示唆するルチア殺害事件の真相とは何なのか?ミヒャエルの心に漠然とした不安と恐怖が広がっていく・・・。

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ミヒャエルはエンゲルに尋問を開始する

巧みな話術でミヒャエルを翻弄するエンゲル

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ミヒャエルとセイレルはエンゲル宅の壁で遺留品を発見する

セックスの欲望を抑えきれなくなったミヒャエル

 凶悪犯と警察官の心理ゲームを中心に展開するという図式は、『羊たちの沈黙』におけるハンニバル・レクターと捜査官クラリスを彷彿とさせるものがある。ただ、根本的に本作における殺人鬼ガブリエル・エンゲルは、レクター博士のように超然とした英雄的人物ではない。彼は生まれながらにして純粋な悪であり、世の中の善なるものに対する挑戦者である。と同時に、我々人間が心の中に抱えている闇の部分を象徴するような存在でもあるのだ。
 つまり、彼は社会の敵であると同時に、人間という存在の曖昧さや複雑さを映し出す鏡でもあると言えよう。我々は多かれ少なかれ、エンゲルのような悪魔を心の内に抱えている。だからといって、誰もが彼のように怪物的な犯罪者になるわけではない。善と悪を分け隔てるものとは果たして何なのか?それを解き明かしていくのが、主人公ミヒャエルの役割なのである。
 脚本と監督を手掛けたクリスチャン・アルヴァートは、これが劇場用長編映画2作目。本作がアメリカでも高く評価されたことから、レニー・ゼルウィガー主演の最新作“Case 39”(09年)でハリウッド進出を果たすことになった。論理的で緻密なストーリー・テリングや、冷たい色調とスタイリッシュな構図の印象的な美しい映像はベテラン監督のような風格すら漂わせる。
 様々な伏線を複雑に散りばめながら、それが全く散漫になることもなく、主人公の深層心理へと丁寧に集約させていくサイコロジカルな描写は見事。純粋無垢な子供が残虐な性犯罪を犯すわけがない、凶悪犯罪には何かしらの動機や理由があるはずだ、などといった我々の先入観や理性の陥りやすい落とし穴を巧みに操り、モラルの常識に様々な疑問を投げかけてくるという話術には説得力がある。
 ただ、その一方で、そうしたモラルの崩壊は既に現代社会では歴然とした事実として受け入れられつつあり、微妙ないまさら感というのも拭えない。物語の背景に横たわるカトリック文化の伝統についても、我々日本人にはいまひとつ理解しがたい部分がある。
 また、商業映画的なハッピーエンドへと繋がっていく後半のどんでん返しや、ファンタジーに走りすぎたクライマックスの描写には現実味が乏しく、それまでの徹底したリアリズムや緊張感が台無しになってしまったのは残念だった。人によって賛否両論あるところだと思うが、個人的にハッピー・エンドは必要なかったのではないかと思う。
 とまあ、中盤以降にいろいろと不満が残るものの、サイコ・スリラーとしては十分にクオリティの高い作品。是非ともハリウッド・リメイク版が公開される前に、日本へも上陸して欲しい秀作である。

 なお、撮影を担当したハーゲン・ボグダンスキーは、旧東ドイツの秘密警察の実態を暴いて日本でも話題になった傑作『善き人のためのソナタ』(06年)でドイツ映画賞やドイツ批評家協会賞の撮影監督賞を受賞した名カメラマン。プロダクション・デザインのクリスチャン・M・ゴールドベックも、ドイツ国内で大ヒットしたスリラー“Requiem”(06年)などで何度もドイツ映画賞にノミネートされている気鋭の美術デザイナーだ。

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捜査過程で村人たちから孤立してしまうミヒャエル

独房の中から警察をあざ笑うエンゲル

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エンゲルの口から衝撃的な言葉を聞いたミヒャエルは逆上する

遺留品に残されたDNAと一致したのは・・・

 主人公ミヒャエルを演じているのは、日本でもヒットしたスリラー映画『es [エス]』(01年)や『アナトミー2』(03年)に出演していたヴィータン・ヴィルケ・メーリング。人気ミュージシャンから俳優に転向した人物で、ドイツ国内では数多くの映画に主演しているスターだ。素朴な好青年といった風貌がミヒャエル役にはピッタリ。罪の意識に苛まれた挙句に理性が崩壊していく過程も迫真の演技だった。
 その相棒とも言える刑事セイレルを演じるハインツ・ホーニヒは、ドイツでは国民的な名優として知られる大御所。70年代から数多くの映画で活躍し、『Uボート』(81年)やハリウッド映画『ジャッジメント・イン・ベルリン』(89年)などにも出演していたが、90年代以降はテレビに活動の拠点を置くようになっていた。アルヴァート監督は彼の熱烈なファンで、是非とも映画の世界に呼び戻したいという一念から、この役を彼のために書き上げたのだという。人間味溢れる演技と存在感はさすがの貫禄。
 しかし、本作でダントツに圧倒的な存在感を放っているのは、凶悪殺人犯ガブリエル・エンゲル役を演じる名優アンドレ・ヘンニッケだろう。日本では『ヒトラー〜最期の12日間〜』(04年)でSS少佐ヴィルヘルム・モーンケ役を演じて知られる個性的な俳優。どことなく妖しげでニューロティックな雰囲気を漂わせ、エキセントリックでありながらセクシーな連続殺人鬼を大熱演している。本人も最初からこのエンゲル役を熱望し、是が非でもやらせて欲しいとアルヴァート監督にアピールし続けていたらしい。自ら少年時代に動物を虐待死させたという経験を持ち、常日頃から連続殺人鬼に対して並々ならぬ興味を抱いていたという彼は、監督との打ち合わせの際にも殺人鬼に関する膨大な資料を持参するという入れ込みようだったという。それだけに、文字通り鬼気迫るような怪演を繰り広げて圧巻だ。
 その他、ドイツのテレビ賞で数多くの主演女優賞を受賞している人気女優ウルリケ・クリュムビーゲルがミヒャエルの妻ローザ役を、エーリッヒ・ケストナー原作の児童映画『飛ぶ教室』(03年)で主人公ヨナタンを演じたハウケ・ディーカンフが息子クリチャンを、オーストリアから中国へ渡った貴婦人を描いた大作『愛にかける橋』(02年)でヒロインを演じたニーナ・プロルがミヒャエルと一夜を共にする女性ルーシーを、そして『処刑人』(99年)や『ブレイド2』(02年)などに出演して日本でも人気のハリウッド俳優ノーマン・リーダスがオープニングに警官役で顔を出すなど、なかなか豪華なキャストが揃えられている。

 

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