アンガーム Angham
エジプトを代表する歌姫

 

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 エジプトで最も成功した女性シンガーだという。もともとエジプトではアムル・ディアブやハキムといった男性シンガーの人気が圧倒的に高く、アラブ語圏全体を見渡しても女性シンガーというのはレバノン勢が主流。アンガーム自身も、エジプト音楽界でトップ・スターの座に君臨するまで14年という歳月を要している。2001年にリリースされた15枚目のアルバム“Leih Sebtaha(どうして去ってしまったの?)”は220万枚という驚異的なセールスを記録し、シングル・カットされた“Sidi Wisalak(あなたの魅力)”は彼女のキャリアで最大のヒットとなった。それまで伝統的なアラブ歌謡を歌ってきたアンガームだったが、このアルバムで初めて西欧ポップスの影響を受けたアル・ジールに挑戦し、エジプトだけではなくアラブ語圏全体を代表するトップ・スターとして認められるようになったのだった。
 アンガームの最大の武器は、何といってもその圧倒的な歌唱力にあるだろう。7.6オクターブという驚異的な音域や巧みなコブシ回しはまさに神業だが、その一方でテクニックに偏りすぎているという批判も長年受けてきた。その背景には、有名な音楽プロデューサーである父親モハマド・スレイマンのスパルタ教育とも言うべき厳格な指導があったようだ。幼い頃から父親のもとで訓練を受け、1987年にデビューしてからも父親の全面的なバック・アップでキャリアを積んできたアンガーム。しかし、音楽に関しては冷酷とも言えるくらいに厳しい父は、娘の歌唱力を批判することはあれど、褒めてくれるようなことは一度もなかったという。そのため、彼女はプロとしてデビューしてからもずっと自分の歌唱力に自信が持てず、それが結果としてテクニックばかりを重視する歌唱スタイルを生んでしまったようだ。デビュー7年目にして父親と袂を分ったアンガームだったが、これが自分自身の音楽を模索するためのスタート地点だった、という風に後年語っている。

 1972年1月19日、エジプトのアレキサンドリアに生まれたアンガーム。先述したように、父親は有名な音楽プロデューサーであり、作曲家、歌手、オーケストラ主任なども務める人物で、家庭は非常に裕福だった。幼い頃から娘の才能に気付いていた父親の尽力もあり、1987年に15歳でレコード・デビュー。音楽業界に顔の広い父親のおかげで、エジプト中の有名な作曲家や歌手がアンガームのサポートに協力したという。その甲斐もあってデビュー・アルバムはまずまずの成功を収めるが、本人は“私自身が共感出来るような音楽ではなかった”と後に語っている。しかし、父親の逆鱗に触れるのが恐ろしくて、不満を口にするような事は出来なかったという。
 その後も、父親の作曲・プロデュースでコンスタントにレコードを出していったアンガームだったが、“自分らしい音楽をやりたい”という願いは強くなっていく一方だった。父との日常的な諍いも絶えなくなり、1994年正式に父親と離れて音楽活動を行うことを発表。ただ、当時のエジプトでは“親の言う事に逆らってはいけない”という保守的な考え方が一般的だったため、彼女は“父親を裏切った親不孝娘”としてマスコミや世論から激しく非難されたという。

 その後、様々なアーティストとの交流を試みながら、独自の音楽スタイルを模索して行ったアンガーム。98年頃からはエジプト以外での活動も積極的に行うようになったが、決定的な代表作には恵まれなかった。99年には彼女の音楽ビデオを監督したマジディ・アレフと結婚し、長男オマールを出産。しかし、結婚生活はたったの1年しか続かなかった。
 この離婚をきっかけに、彼女は大々的なイメージ・チェンジを図る。マネージャーはもとより、弁護士、広報担当者などのスタッフを全て一新し、ヘアスタイルやファッション、メイクなども西欧スタイルに変えた。そして、当時欧米の音楽トレンドを大胆に取り入れて大成功していたアムル・ディアブの例に倣い、彼女自身もそれまでの正統派アラブ歌謡スタイルからの転換を図ることになる。そうした状況の中で生まれたのが、アルバム“Leih Sebtaha”だった。
 生まれて初めて、自分が本当にやりたい音楽を100%表現できたと語るアンガーム。この“Leih Sebtaha”は彼女にとって最大のヒット作となり、2002年にはシャムル・エルシャイフ音楽祭の最優秀女性アーティスト賞を受賞している。
 2003年のアルバム“Omry Maak(あなたと生きる)”では、さらにハウスやR&B、ジャズなどの要素もふんだんに盛り込み、その斬新でクオリティの高い音楽性は批評家からも絶賛された。しかし、所属レコード会社アラム・エル・ファンとの金銭的なトラブルが発生し、2004年にはサウジ・アラビアのロタナ・レーベルに移籍をする。
 ところが、アラム・エル・ファンとの金銭トラブルは裁判にまで発展し、彼女自身もマスコミの批判に晒されるなど泥沼化の様相を呈してしまった。さらに、再婚した夫に女性有名人とのスキャンダルが発生し、ゴシップ誌を賑わせるようになってしまう。また、彼女の後釜としてエジプト音楽界の女王の座を狙う若手女性アーティストたちが、こぞってアンガーム批判を繰り広げるようにもなった。そうした状況の中、2005年にリリースされたアルバム“Bahibik Wahashteeny(あなたを愛している、あなたが恋しい)”は、セールス的にも批評的にも惨敗。私生活の相次ぐトラブルからスランプに陥ってしまった事もあり、彼女自身もアルバム制作に身を入れることが出来ず、結果的に彼女のキャリアの中で最大の失敗作となってしまった。
 だが、その一方でアラブ語圏諸国を巡るコンサート・ツアーは大成功を収め、決して彼女の人気が衰えたわけではないことを物語っていたという。その証拠というわけではないが、2007年にリリースされた最新作“Kol Ma Nearrab(もっと近づいて)”は発売直後に100万枚近くを売り上げて、アラブ語圏における今年最大のヒット・アルバムになると予想されている。若手のミュージシャンや作曲家とのコラボレーションが功を奏したとも言われており、女王アンガームの復活を強く印象付けているようだ。

 

LEIH_SEBTANA.JPG OMRY_MAAK.JPG BAHIBIK_WAHASHTEENY.JPG KOL_MA_NARAB.JPG

Leih Sebtana (2001)

Omry Maak (2003)

Bahibik..Wahashteeny (2005)

Kol Ma Nearrab (2007)

(P)2001 Alam El Phan (Egypt) (P)2003 Alam El Phan (Egypt) (P)2005 Stallions/Rotana (Lebanon) (P)2007 Ronata (Kuwait)
1,Sidi Wesalak ビデオ
2,Leih Sebtaha
3,Rahet Layali
4,Ma Gabsh Serti
5,Tehak Alaya
6,Negoum El-Leil
7,Habtak Leih
9,Hayran
10,Ana Andak

produced by Mohsen Gaber
1,Omry Maak ビデオ
2,Ma Yhemesh
3,Arrafha Beya
4,Esraany
5,Bahtag Atkalem
6,Theb Athyer
7,Ana Mkhasmak
8,Ala Fekra
9,Shoft El Donya
10,Fainak
11,Regeana
12,Halak ビデオ
13,Arrafha Beya (Remix)

produced by Mohsen Gaber
1,Fakrak
2,Bahib Nafsy
3,Meen Gheirak
4,Titghayar
5,Ad Ma Teadar ビデオ
6,Inta Meen
7,Ool Kida
8,Astannah Eih
9,Ana Binisbalak ビデオ
10,Bahibik Wahashteeny ビデオ
11,Albak
12,Bahibik Wahashteeny (Remix)

production supervisor Bassem Awad
1,Kol Ma Nearrab ビデオ
2,Mabatallemsh
3,Atmannalo El Khair
4,El Amal
5,Bagheer
6,Da Elly Andy
7,Mabahebbesh
8,Ghayarteny
9,Ashky Le Meen
10,El Horouf ビデオ

production supervisor Bassem Awad
 アンガームにとってターニング・ポイントとなった大ヒット作。シンセサイザーや打ち込みをベースにしつつ伝統的な古楽器も随所に配し、繊細で叙情的な美しい楽曲を聴かせてくれます。そのデジタルとアナログの絶妙なバランスも見事ですが、何よりもフェミニンでソフトなアンガームの洗練された歌唱力が素晴らしい。さり気なく高度なテクニックを聴かせるさじ加減が心憎いですね。  これは大好きなアルバムですね。前作よりもダンス・ポップ路線を全面に押し出した作品で、よりエレガントに、よりメロディアスになった素晴らしい楽曲が盛りだくさん。現代のアル・ジールを代表する名作と言っても過言ではないでしょう。もちろん、気品溢れる美しいラブ・バラードも健在。#12ではハード・ロック、#13ではジャングルにも挑戦してます。文句なしにオススメの一枚。

 アンガームにとっては最大の失敗作となってしまった作品。確かに、前作と比べると明らかに楽曲の質が落ちていますね。アレンジは非常に凝っていて、かなり実験的な試みも行ってます。クラブ・ミュージックとして聴いても、とても面白い作品だとは思います。ただ、印象に残るような楽曲が無いんですよね。アルバムを通して聴いても全く何も残らない、そんな感じです。

 レゲトンのリズムを取り入れたメロウなダンス・ナンバー#1を筆頭に、キャッチーで美しいメロディとゴージャスなサウンドを思う存分に聴かせてくれる、とても充実した最新アルバム。フワフワとソフトで滑らかなアンガームのボーカルも見事で、リスナーにテクニックを気付かせない絶妙の歌唱力には感心させられます。爽やかでノスタルジックなミディアム・バラード#5は名曲。


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