アバ・オリジナル・アルバム・レビュー (6)

ジ・アルバム
THE ALBUM

 

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オリジナル盤ジャケット

UK盤ジャケット

オーストラリア盤ジャケット

ソビエト盤ジャケット

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CD盤ジャケット

デラックス盤CDジャケット

曲目リスト

オリジナル盤

CD盤(1984 & 1997)

リマスターCD盤(2005)

デラックス・エディション(2007)

Side 1
1,Eagle
2,Take A Chance On Me
3,One Man, One Woman
4,The Name Of The Game
Side 2
1,Move On
2,Hole In Your Soul
3,"The Girl With The Golden Hair"
a. Thank You For The Music
b. I Wonder (Departure)
c. I'm A Marionette
1,Eagle
2,Take A Chance On Me
3,One Man, One Woman
4,The Name Of The Game
5,Move On
6,Hole In Your Soul
7,"The Girl With The Golden Hair"
a. Thank You For The Music
b. I Wonder (Departure)
c. I'm A Marionette
1,Eagle
2,Take A Chance On Me
3,One Man, One Woman
4,The Name Of The Game
5,Move On
6,Hole In Your Soul
"The Girl With The Golden Hair"
7,Thank You For The Music
8,I Wonder (Departure)
9,I'm A Marionette
10,Al Andar
11,Gracias Por La Musica
1,Eagle
2,Take A Chance On Me
3,One Man, One Woman
4,The Name Of The Game
5,Move On
6,Hole In Your Soul
"The Girl With The Golden Hair"
7,Thank You For The Music
8,I Wonder (Departure)
9,I'm A Marionette
10,Eagle (Single Edit)
11,Take A Chance On Me (Live Version:Alt.Mix)
12,Thank You For The Music (Doris Day Version)
13,Al Andar (Spanish Version of Move On)
14,I Wonder (Departure) (Live Version)
15,Gracias Por La Musica
  (Spanish Version of Thank You For The Music)
※2001年のリマスター版ボーナストラック
10,Thank You For The Music (Doris Day Version)
※ボーナスDVD収録
1,Eagle/Thjank You For The Music (Star Parade)
2,Take A Chance On Me (Am Laufenden Band)
3,The Name Of The Game (TBS)
4,Thank You For The Music (BBC)
5,Take A Chance On Me (Star Parade)
6,ABBA On Tour in 1977
7,Recording ABBA-The Album
8,ABBA in London, February 1978
9,ABBA in America, May 1978
10,ABBA-The Album Television Commercial T
11,ABBA-The Album Television Commercial U
12,International Sleeve Gallery

 

 前作『アライバル』で世界の頂点を極めたアバ。そんな彼らが全く新しい音楽的方向性を打ち出し、それまでの単純明快なポップ・バンドからの脱却に成功したのが、この『ジ・アルバム』である。常識的に考えれば、あれほどのメガ・ヒット・アルバムの後は同じ路線を踏襲するというのが正攻法であろう。しかし、アバはあえて新たな路線を開拓することで、次のステップへと踏み出すことを選んだのだった。
 その背景には、いつまでも付きまとう“ユーロビジョン・ソングコンテスト出身のポップ・バンド”というイメージを払拭しようという狙いがあったように思う。当時ビヨルンとベニーも既に30代。ティーン向けのポップ・ソングばかりを作っているわけにもいかない。大人向けのポップ・ロック・バンドとして正当に評価して欲しい、という思いが強くあったのだろう。それは前作に収録された“Knowing Me, Knowing You”でも如実に感じ取ることが出来た。
 そして、世界のヒット・チャートを制覇した今だからこそ、自分たちのやりたいことが自由に出来る。キャッチーで分かりやすいポップ・ソングだけではない、新しいアバを世間に知らしめる絶好のチャンスが到来したのである。
 オープニングを飾る“Eagle”を聴いただけでも、彼らの劇的な音楽的成長と変化は明らかだろう。この6分近くにも及ぶ大作は、それまでのアバ作品とは全く異なる実験性の高いロック・ナンバーだった。キャッチーという意味では従来のアバらしいイメージを踏襲した“Take A Chance On Me”や“Hole In Your Soul”にしても、そのアレンジは遥かに複雑で洗練されている。だが、極めつけはファースト・シングルとなった“The Name Of The Game”だ。このアダルトなグルーヴ感と都会的なストリート感は、過去のあらゆるアバ作品と一線を画していた。また、アルバム全体を通じて歌詞の内容にも強いこだわりを感じることが出来るだろう。
 従来のアバはメロディ先行型だったため、どうしても歌詞はリズム感重視の傾向が強かった。言葉の意味よりも響きが尊重されたのである。そのため、歌詞が表層的過ぎるとして批評家に揶揄されることも少なくなかった。それは作詞を担当するビヨルン自身も認めるところであり、よりパーソナルで意味のある歌詞を書き上げるということが本作における重要課題だったようだ。
 このアルバムを制作するに当たって、ビヨルンとベニーが特に意識したのはアメリカのAOR。中でも当時のイースト・コースト・サウンドには多大な影響を受けたという。それは“The Name Of The Game”や“One Man, One Woman”を聴けば一目瞭然だ。
 また、常々『ジーザス・クリスト・ザ・スーパースタ−』や『トミー』のようなロック・ミュージカルに挑戦したいと考えていたビヨルンとベニーは、本作にミュージカル的な要素を盛り込むことを考えた。それが“Thank You For The Music”、“I Wonder (Departure)”、“I'm a Marionette”の3曲で構成されたミニ・ミュージカル“The Girl With The Golden Hair(金色の髪の少女)”である。
 しかし、ビヨルンとベニーが凄いのは、そうした外部からの影響をオープンに取り入れながら、ポップスやロックの垣根を越えたアバならではのオリジナルなサウンドを創り上げてしまったことだろう。様々なジャンルのエッセンスをそこかしこに散りばめつつ、出来上がった作品は紛れもなくアバなのだ。

 『ジ・アルバム』のスウェーデン発売は1977年12月12日。しかし、その制作準備は『アライバル』の発売された直後である1976年末には始まっていた。まず、77年1月から予定されていた初のワールド・ツアーに向けた新作として、彼らはミニ・ミュージカルの制作に着手する。
 その結果生まれたのが、先述した“The Girl With The Golden Hair”だったわけだ。ただし、ライブ・ステージ用に書かれたのは合計で4曲。その中の“Get On The Carousel”という作品はインスト・ナンバーで、最終的にアルバム用としてはレコーディングされなかった。その代わり、メロディの一部が“Hole In Your Soul”の中で使われている。
 さて、1977年1月28日から3月12日にかけて、ワールド・ツアーでヨーロッパ各地とオーストラリアを廻ったアバ。“Dancing Queen”の大ヒット以来プロモーションやテレビ出演などで多忙を極めていた彼らは、このツアーを最後に作曲とレコーディングに専念することとなった。
 エンジニアのマイケル・B・トレトウを連れて、5月初旬にプライベートでロサンゼルスを訪れたビヨルンとベニー。当時の最新音楽事情を調べるための渡米だったと言われているが、実際のところはレコーディング機材の買い付けが目的だったようだ。
 5月半ばにストックホルムへと戻ってきた彼らは、その直後からレコーディング・セッションを開始している。さらに、夏休みに入るとストックホルム沖の島に所有する別荘で作曲活動に専念。その間、ワールド・ツアーの模様を捉えた映画『アバ・ザ・ムービー』の追加撮影にも参加している。この映画の公開に合わせる形で、アルバムの発売も10月に決定。レコーディングは急ピッチで進められた。
 しかし、6月に入ってアグネッタの妊娠が発覚。レコード会社の配慮でアルバムの発売日はクリスマスに延期された。ところが、連日の過密スケジュールの影響で、9月初旬にアグネッタがレコーディング中に倒れてしまう。流産の危険性もあるということでドクター・ストップがかかり、アルバムの発売も翌年の2月に変更を余儀なくされてしまった。映画の方もアフレコが残されており、こちらも劇場公開が延期されてしまう。
 だが、周囲の人々に迷惑をかけられないと考えたアグネッタは医者の忠告を無視し、ほどなくしてレコーディング現場へと戻ってきた。スタッフもそんな彼女に配慮し、スタジオ内にデッキ・チェアを用意するなどして体に負担をかけないような工夫を凝らしたという。
 その結果、レコーディングは当初の予定よりも早く完了。クリスマス前の発売に漕ぎつくことが出来た。その直前の12月4日には、アグネッタが無事に第2子を出産。月末にはシドニーとストックホルムで『アバ・ザ・ムービー』の完成披露試写も行われ、アバの面々は充実した年の瀬を迎えることが出来たのだった。

 アルバムからのファースト・シングルは“The Name Of The Game(きらめきの序曲)”。スウェーデンとイギリスでは10月に先行発売され、その後も順次各国でシングル・カットされた。それまでのアバのイメージからは激しく異なる楽曲だったこともあり、当初のチャート・アクションは鈍かったものの、イギリスでのナンバー・ワンを筆頭に世界各国でトップ10ヒットを記録。続く“Take A Chance On Me”もイギリスやメキシコなど各国でナンバー・ワンを記録し、アメリカでも最高3位というアバにとって久々の全米トップ10ヒットとなった。サード・シングルの“Eagle”は一部の地域のみでの限定発売だったものの、ドイツやオランダなどでトップ10に入っている。また、国によっては“One Man, One Woman”や“Thank You For The Music”がサード・シングルとして発売された所もあったようだ。
 そして、アルバムそのものもイギリスやスウェーデン、ニュージーランドなどでナンバー・ワンを記録し、その他の各国でも軒並みトップ10上位をマーク。アルバム・セールスの伸び悩んだアメリカでも最高14位まで駆け上がり、アバのオリジナル・アルバムとしては最大の全米ヒットとなった。

 

ABBA.JPG

<楽曲解説>

※オリジナル盤収録作品

1,Eagle イーグル ビデオ
 アルバムの中で最も実験的な楽曲。これをオープニングに持ってきたこということからも、本作にかけるビヨルンとベニーの強い意気込みを感じることが出来ると思います。幻想的で重厚なサウンドとサビの突き抜けるような高揚感は最高。ベニーの演奏による壮大で幻想的なキーボードや、Lasse WellanderとJanne Schafferによる白熱のギター対決も聴き応え十分。映画『アバ・ザ・ムービー』でも、ドリーミーなエレベーター・シーンで印象的に使われていました。
 一部ではアメリカのロック・バンド、イーグルスへのトリビュート作品ではないかと言われておりましたが、実際のところはちょっと違うようです。アイディアの源となったのはリチャード・バックのベストセラー小説『かもめのジョナサン』。この作品の持つ“自由と歓び”の感覚を音楽で再現したいという思いから生まれたのが、この『イーグル』だったわけです。
 当初のオリジナル・タイトルは“High, High”。レコーディングの過程で“The Eagle”へと変更され、最終的に“The”を取り除いた形で落ち着きました。聴き手の想像力をかきたてる美しい歌詞も印象的で、現在ではアバのベスト・ソングの1つに数えられています。
 上でも述べたように、本作は『ジ・アルバム』からのサード・シングルとしてリリースされたものの、一部では“One Man, One Woman”や“Thank You For The Music”をカットした国もありました。また、イギリスやアメリカではサード・シングルそのものが存在しません。アルバム発売から半年近くも経ってシングル・カットするのは無意味だと考えたようです。
 それでも、ドイツでは6位、オランダでは4位、スイスでは7位と各国でトップ10ヒットを記録。ベルギーではナンバー・ワンに輝いています。なお、アメリカのヘビメタ・バンド、ロブ・ロックが2000年にカバー・バージョンを発表しています。

2,Take A Chance On Me テイク・ア・チャンス ビデオ
 “Dancing Queen”や“Mamma Mia”と並んで、アバ全盛期を代表するキャッチーなポップ・チューン。ビヨルンとベニーはアメリカのカントリー・ミュージックを意識したと語っていますが、同時にヨーロッパのトラッド・ミュージックの要素も随所に感じ取ることが出来ると思います。スウェディッシュ・フォークからスキッフル、ロックン・ロールへと影響されてきた彼らの音楽的ルーツが色濃く反映された作品と言えるかもしれません。
 本作が生まれるきっかけとなったのは、ビヨルンがジョギング中にひらめいた“チャック・チャック・チャック・・・”という短いフレーズ。この小気味良いサウンドをなんとか音楽に生かせないものか、と考えた末にたどり着いたタイトルが“Take A Chance On Me”だったわけです。そして、当初のアイディアは“take a chance, take a chance, take-a-take-a-take-a-chance・・・”というバック・コーラスのリズミカルなフレーズに生かされているわけですね。
 ちなみに、このコーラスを担当したのはビヨルンとベニーの2人。今ならサンプリング処理で簡単に済ませてしまうところですが、当時はそんな技術などないので、息つぎなしでワン・コーラスを歌いきらなくてはならなかったそうです。しかも、猛烈な早口ですから、ちょっとでも噛んでしまったらそこでオシマイ。それでも、ほぼ一発録りで終えてしまったというのだから驚きです。
 『ジ・アルバム』からのセカンド・シングルとして78年1月にリリースされ、イギリスとオーストリア、ベルギー、アイルランド、メキシコの5カ国でナンバー・ワンを記録。先述したようにアメリカでもビルボードのトップ100で最高3位をマークし、売り上げ枚数では『ダンシング・クィーン』を超える大ヒットとなりました。
 その他、オランダとジンバブエで2位、西ドイツとスイスで3位、南アフリカで6位、カナダで7位、ノルウェーで8位、フランスで10位を記録。その一方で、当時アバ・ブームに湧きかえっていたオーストラリアで12位、ニュージーランドで14位という結果だったのはちょっと意外です。
 なお、数多くのアーティストがカバー・バージョンをリリースしていますが、中でも有名なのは92年に発売されたイレイジャーのカバーでしょう。プロモ・ビデオの女装姿は大爆笑でした。また、メキシコの有名なバンド、ロス・ホロスコポス・デ・デュランゴがスペイン語のカバーを発表しています。

3.One Man, One Woman ワン・マン、ワン・ウーマン ビデオ
 アメリカのAORを強く意識した大人のラブ・ソング。都会的でドラマチックなメロディとフリーダの渋いボーカルが印象的で、アバ・ファンの間でも非常に人気の高い名曲です。個人的にも大好きな作品。台湾では“Eagle”の代わりにサード・シングルとしてリリースされています。

4,The Name Of The Game きらめきの序曲 ビデオ
 キャッチーでポップというアバのイメージを根底から覆した野心作。合計で6つのパートからなる楽曲構成の難しさもさることながら、アグネッタとフリーダのソロ・パートとコーラスを複雑に織り交ぜたボーカル・アレンジも見事。非常に完成度の高い傑作だと思います。
 批評家からはアメリカのウェスト・コースト・サウンドの影響を受けているとか、スティービー・ワンダーの“I Wish”にインスパイアされた作品だとか言われていますが、ビヨルンとベニーの2人はそのいずれをも否定しています。スティービー・ワンダーがメンバー全員のお気に入りアーティストだったことは間違いないものの、本作の場合はアメリカのイースト・コースト系ロック・バンド、ボストンの“More Than A Feeling”に影響を受けた部分が強かったようです。
 また、当時ベニーはイギリス出身のロック・バンド、フリートウッド・マックの大ファンで、彼らのアルバム『噂』はレコード盤が擦り切れるまで何百回も聴きまくったとのこと。当然のことながら、その影響も垣間見ることが出来るように思います。ちなみに、もともとのオリジナル・タイトルは“A Bit Of Myself”。スティッグ・アンダーソンの助言で“The Name Of The Game”へと変えられたようです。
 アルバムからの先行シングルとして1977年10月に発売されましたが、やはり当時のファンは戸惑いを隠せなかったのか、ヒット・チャートを駆け上がるまでには多少時間がかかったようです。それでも、イギリスではナンバー・ワンに輝いたほか、ベルギーとオランダ、アイルランド、スウェーデンの4カ国で2位、ノルウェーと南アフリカで3位、ジンバブエとニュージーランドで4位、フィンランドで5位、オーストラリアとスイスで6位、西ドイツで7位、メキシコで10位をマーク。アルバムからのファースト・シングルということを考えると、当時のアバとしては地味めなチャート・アクションだったかもしれませんが、客観的に見れば立派な大ヒットでしょう。
 そして、こちらもシドニー・ヤングブラッドをはじめとして数多くのアーティストがカバー・バージョンをリリースしておりますが、やはり一番有名なのはアメリカのヒップ・ホップ・バンド、フュージーズのヒット曲“Rumble In The Jungle”でのサンプリング使用でしょう。ビヨルンもベニーも自分たちの音楽がサンプリングで使われるということに対して基本的には懐疑的なものの、“フュージーズは偉大なバンドだしローリン・ヒルは素晴らしいシンガーだ”ということで快諾したそうです。

5,Move On ムーヴ・オン ビデオ
 『悲しきフェルナンド』にも通じる牧歌的で叙情的なナンバー。キャッチーなメロディや巧みなコーラス・ワークも魅力ですが、そこはかとない哀愁感を漂わせた南米風のフルートやギターの音色がまたジンワリと心に滲みますね。個人的には『ジ・アルバム』収録作の中で最も好きな楽曲です。
 当初のオリジナル・タイトルは“Yipee Yay”。そこから“Big John”、“Joanne”、“Love For Me Is Love Forever”といった具合に次々とタイトルが変わり、最終的にスティッグ・アンダーソンのアイディアで“Move On”となったそうです。レコーディングには丸々2ヶ月を費やしており、シングルとしても十分に通用する名曲だと思います。

6,Hole In Your Soul ホール・イン・ユアー・ソウル ビデオ
 映画『アバ・ザ・ムービー』のオープニングを飾った、アップリフティングでパワフルなロックン・ロール・ナンバー。アグネッタの絶叫ソプラノは圧巻そのものです。ガツンと目の覚めるようなイントロも強烈なインパクトだし、エネルギッシュなドラムとパーカッションも大いに躍動感を盛り上げます。当初アルバムからのファースト・シングルに予定されていたそうですが、それも納得の素晴らしい出来栄えだと思いますね。ちなみに、もともとのオリジナル・タイトルは“High On Your Love”だったそうです。

“The Girl With The Golden Hair”
 
以下の3曲がワールド・ツアー用に書き下ろされたミニ・ミュージカルとなります。地方から出てきた素朴な少女が歌手としてスターダムを駆け上がるものの、その名声に翻弄されて自分を見失ってしまうというのが簡単なストーリー。ステージではアグネッタとフリーダが金髪のカツラをつけ、二人一役で主人公の少女に扮しておりました。その様子は映画『アバ・ザ・ムービー』で見ることが出来ます。

7.Thank You For The Music サンキュー・フォー・ザ・ミュージック ビデオ
 今やアバの代名詞ともなった名曲中の名曲。当時からファンの間でも絶大な支持を集めていた作品でしたが、残念ながら一部の地域を除いてはシングル・カットされませんでした。シングル曲でもない作品がこれほど有名になってしまうというのも、アルバム・トラックをおろそかにしないアバならではの現象と言えるかもしれませんね。
 作曲するに当たってベニーが目指したのは、誰もが一緒になって口ずさめるような楽曲。特に彼が意識したのは、ヨーロッパの古いミュージック・ホールやイギリスのパブで歌われる愛唱歌だったそうです。酔って機嫌の良くなった観衆がビールを片手に大声で口ずさむ・・・そんなイメージで書き上げたんですね。
 なので、当初レコーディングされたバージョンはキャバレー・スタイルのリズミカルなアレンジが特徴でした。ただ、これだとアルバムの中で妙に浮いてしまうことから、最終的にはオーソドックスなポップ・バラードとして仕上げられたわけです。アグネッタのセンチメンタルで可憐なボーカルも魅力的ですね。映画『アバ・ザ・ムービー』ではエンディング・テーマとしても使われておりました。
 当時『サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』がシングル・カットされたのはベルギーや南アフリカ、西ドイツなど一部の地域のみ。ベルギーでナンバー・ワンを記録したほか、南アフリカで2位、オランダで4位、ジンバブエで5位をマークしています。また、1983年にリリースされた同名ベスト盤からのシングルとしてイギリスでも発売され、7年も前に作られた楽曲であるにも関わらず最高33位にランクされました。
 また、先述したようにアルバムのリリース時から非常に人気が高く、イギリスのベテラン大御所歌手ヴェラ・リンやノーランズなども当時カバー・バージョンを発表。また、あのカーペンターズもテレビ番組のライブでカバーしており、スタジオ・レコーディングもされたそうですが、いまのところオフィシャル・リリースはされていません。その他、世界中のアーティストがレコーディングやライブで歌っており、“Dancing Queen”と並んで最も多くカバーされたアバの作品と言えるかもしれませんね。

8.I Wonder (Departure) アイ・ワンダー(デパーチャー) ビデオ
 故郷の田舎町を飛び出し、自分の夢を追い求めようと決意した女性の心の叫びを歌ったバラード。ボーカルを担当するフリーダの半生そのものといえる歌詞が実に感動的な名曲です。ライブ・ステージではシンフォニックなアレンジが印象的でしたが、スタジオ版はベニーの弾くピアノをメインに据えたシンプルな仕上がり。まるで映画音楽のような叙情感がとても素晴らしいと思います。

9.I'm a Marionette アイム・ア・マリオネット ビデオ
 ミニ・ミュージカル3部作の中で、最もミュージカル的要素の強い作品がこれです。スターとして祭り上げられ、まるで操り人形のようになってしまった女性の苦悩を歌った楽曲。ビヨルンによれば、歌詞には当時のアバの心境が少なからず反映されているとのこと。アレンジや構成は非常に演劇的で、後のミュージカル『チェス』を彷彿とさせるものがあります。

※CD用ボーナス・トラックなど

Eagle (Single Edit) イーグル(シングル・エディット)
 さすがに6分近いオリジナル・バージョンをそのままシングル・カットするわけにはいかなかったようで、改めてシングル用に編集し直されたのがこのバージョンです。セカンド・コーラスの部分を丸々削って、その代わりにエンディングのインストをそのまま残したのは制作サイドのこだわりでしょう。やはり、ここのギター・プレイは楽曲のハイライトとして絶対に外せませんもんね。ベスト盤『モア・アバ・ゴールド』にもこのバージョンが収録されていました。ところが、99年以降に発売されたリマスター盤では、なぜかセカンド・コーラスを残してインスト・パートを削った別エディットに差し替えられているのでご注意を。

Take A Chance On Me (Live Version) テイク・ア・チャンス(ライブ・バージョン)
 79年にロンドンのウェンブリー・アリーナ・コンサートで録音されたライブ・バージョン。実は、これまでに3種類のテイクが発売されています。まず最初が、シングル“I Have A Dream”のB面トラックとして収録されたバージョン。これは観客の拍手と歓声が短くカットされ、アグネッタのボーカル・パートが聴きづらくなっています。
 そして2番目が、そのシングル“I Have A Dream”のオーストラリア盤とカナダ盤のみに収録された別バージョン。これは観客の拍手や歓声がそのまま収録されており、演奏が始まる前のメンバーのトークまで聴くことができます。もちろん、アグネッタのボーカル・パートもきれいに入ってました。ただ、どうしてオーストラリア盤とカナダ盤だけ別テイクが収録されたのかは、未だに理由不明だそうです。
 さらに3番目のテイクに当たるのが、活動停止後の86年に発売されたライブ・アルバム『ライブ』に収録されたバージョン。こちらは観客の拍手や歓声をそのまま残しつつ、メンバーのトークや雑音などは全てカットされています。ライブ・バージョンとしては最も完璧な仕上がりと言えるかもしれません。
 なお、最初のバージョンは99年に発売されたCDボックス“ABBA Singles Collection 1972-1982”で初めてCD化されました。また、2番目のバージョンは07年発売の『ジ・アルバム:デラックス・エディション』のボーナス・トラックとして収録。マスターテープが現存しないため、アナログ盤からのリマスターになっております。

Thank You For The Music (Doris Day Version) サンキュー・フォー・ザ・ミュージック(ドリス・デイ・バージョン) ビデオ
 『サンキュー・フォー・ザ・ミュージック』のオリジナル・バージョンがこれ。50〜60年代のキャバレー・ミュージック風に仕上げられていることから、当時の人気歌手ドリス・デイの名前に引っかけて“ドリス・デイ・バージョン”と呼ばれています。アルバム・バージョンとは別人のようなボーカルを聴かせるアグネッタの芸達者ぶりには感心させられますね。4枚組ボックス・セット“Thank You For The Music”やリマスター盤CDのボーナス・トラックとしても収録されており、今ではすっかりお馴染みのバージョンかもしれません。

I Wonder (Departure) (Live Version) アイ・ワンダー(デパーチャー)(ライブ・バージョン)
 1977年3月のオーストラリア公演にて録音されたライブ・バージョンで、『きらめきの序曲』のB面トラックとして発表されました。アルバム・バージョンよりもゴージャスなアレンジが特徴で、非常に聴き応えのある素晴らしいテイクだと思います。83年にドイツで発売されたベスト盤CD“International”にも収録されておりました。

Al Andar (Spanish Version of Move On) ムーヴ・オン(スペイン語バージョン)
Gracias Por La Musica (Spanish Version of Thank You For The Music) サンキュー・フォー・ザ・ミュージック(スペイン語バージョン)

 どちらも1980年のスペイン語アルバム『グラシアス・ポル・ラ・ムシカ』のためにレコーディングされたバージョン。バック・トラックはオリジナルをそのまま使用しています。ただ、レコーディングはビヨルンとベニーを抜きで行われたので、『ムーヴ・オン』では冒頭のビヨルンの語り部分が削られ、アグネッタのソロ・パートが加えられております。

 

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