アバ・オリジナル・アルバム・レビュー (3)

アバ
ABBA (1975)

 

ABBA_ABBA.JPG ABBA_ABBA_REMASTERS.JPG

オリジナル盤ジャケット

CD盤ジャケット

曲目リスト

オリジナル盤

初期CD盤(1987)

リマスター盤(1997)

リマスター盤(2005)

Side 1
1,Mamma Mia
2,Hey, Hey Helen
3,Tropical Loveland
4,SOS
5,Man In The Middle
6,Bang The Boomerang
Side 2
1,I Do, I Do, I Do, I Do, I Do
2,Rock Me
3,Intermezzo No.1
4,I've Been Waiting For You
5,So Long

produced & arranged by Bjorn Ulvaeus & Benny Andersson

1,Mamma Mia
2,Hey, Hey Helen
3,Tropical Loveland
4,SOS
5,Man In The Middle
6,Bang The Boomerang
7,I Do, I Do, I Do, I Do, I Do
8,Rock Me
9,Intermezzo No.1
10,I've Been Waiting For You
11,So Long
12,Waterloo
13,Hasta Manana
14,Honey, Honey
15,Ring, Ring
16,Nina, Pretty Ballerina
1,Mamma Mia
2,Hey, Hey Helen
3,Tropical Loveland
4,SOS
5,Man In The Middle
6,Bang The Boomerang
7,I Do, I Do, I Do, I Do, I Do
8,Rock Me
9,Intermezzo No.1
10,I've Been Waiting For You
11,So Long
12,Waterloo
13,Hasta Manana
14,Honey, Honey
15,Ring, Ring
16,Nina, Pretty Ballerina
17,Crazy World
18,Medley : Pick A Bale Of Cotton/On Top Of Old Smokey/Midnight Special
1,Mamma Mia
2,Hey, Hey Helen
3,Tropical Loveland
4,SOS
5,Man In The Middle
6,Bang The Boomerang
7,I Do, I Do, I Do, I Do, I Do
8,Rock Me
9,Intermezzo No.1
10,I've Been Waiting For You
11,So Long
12,Crazy World
13,Medley : Pick A Bale Of Cotton/On Top Of Old Smokey/Midnight Special (1978 Remix)
14,Mamma Mia (Spanish Version)
※#12〜#16はファーストとセカンドからの楽曲。なぜここに収録されているのか詳細は不明だが、恐らく当時まだ「リング・リング」と「恋のウォータールー」がCD化されていなかったためだと思われる。 ※2001年のリマスター盤では#12〜#16が削除されている。 ※2005年発売のコンプリート・ボックスに収録されているバージョン。

 

 いわゆる“アバ・サウンド”というものが初めて誕生したのが、この3枚目に当たるアルバム「アバ」からだといわれている。幾重にもレイヤーを重ねた緻密なサウンド、従来のポップスの形式化されたパターンを覆す巧みなソングライティング、そしてアグネッタとフリーダの卓越したボーカルを存分に生かしたコーラス・ワーク。「リング・リング」や「恋のウォータールー」で聴かせたバブルガム・ポップ的要素を若干残しつつも、アバはアーティストとして確実に変貌を遂げつつあった。

 しかし、このアルバムがアバにとってグループ解散の危機の中から生まれたということは、意外に知られていない事実だろう。ユーロビジョン・ソング・コンテストでグランプリを獲った「恋のウォータールー」が世界的な大ヒットとなったアバだったが、その後は苦戦を強いられるようになってしまった。ユーロビジョン出身というイメージから、一発屋のレッテルを貼られてしまったのだ。
 こうなることを、ある程度予測はしていた彼らだったが、現実は想像以上に厳しかった。ユーロビジョン熱の収まり始めた1974年7月後半から、彼らは新作の作曲に入った。8月にはレコーディングも始まり、11月にはシングル“ソー・ロング(So Long)”がリリースされている。しかし、スウェーデンやドイツではチャート上位に食い込んだものの、肝心のイギリスやアメリカではチャート・インすら出来なかった。待望の新曲であるはずなのに、である。
 翌75年の2月にはセカンド・シングル“アイ・ドゥ・アイ・ドゥ(I Do, I Do, I Do, I Do, I Do)”がリリースされ、スイスやオーストラリア、南アフリカなどで1位を記録した他、ヨーロッパ各国で上位に食い込んだものの、やはりイギリスでは38位と低迷し、アメリカではリリースさえ見送られてしまった。
 楽曲の出来には自信があっただけに、イギリスとアメリカでの低迷振りには大きく落胆したという。また、7月に世界発売されたアルバムもヨーロッパ各国やオセアニアではヒット・チャートの1位を獲得したものの、アメリカではトップ100圏外、イギリスに至ってはチャート・インすら出来なかった。
 こうした状況の中で、ビヨルンとベニーはポーラ・レコード所属アーティストの作曲・プロデュースに力を入れるようになる。フリーダとアグネッタも、ちょうど久しぶりのソロ・アルバムをリリースしたばかりの時期だった。メンバーはそれぞれの活動に比重を置くようになり、アバというグループに興味を失いつつあった。
 そんな彼らを叱咤激励したのが、マネージャーであり恩師であるポーラ・レコードの社長スティッグ・アンダーソンだった。アバの活動が風前の灯となる中でただ一人、彼らの将来を信じて疑わなかったのがスティッグだったという。

 そのスティッグの思いが天に通じたのか、3枚目のシングル“SOS(S.O.S.)”から風向きが大きく変わってくる。ドイツやベルギーなどヨーロッパ各国でナンバー・ワンを記録し、アメリカでも15位まで駆け上がるスマッシュ・ヒットとなったのだ。そして、イギリスでも6位をマークし、アバにとって念願だったトップ10への返り咲きを果たした。それまでのアバのイメージを覆す、転調に転調を重ねた複雑で斬新なアレンジは、多くのリスナーを驚かせた。あのザ・フーのピート・タウンゼントも、“史上最高のポップ・ソング”と絶賛するほどだった。まさに、“アバ・サウンド”の誕生の瞬間だったと言えるだろう。
 一方、スウェーデンから遠く離れたオセアニアでは、後に世界を席巻することになるアバ・ブームの予兆が始まっていた。オーストラリアでは“SOS”の代わりに“マンマ・ミーア(Mamma Mia)”がサード・シングルとしてリリースされたのだが、これが10週に渡ってナンバー・ワンを独占する記録的な大ヒットとなったのだ。続いてリリースされた“SOS”もナンバー・ワンを獲得。その勢いに乗って、それ以前のシングルもチャートを急上昇し、一時はトップ10の内5曲をアバが占めるという状態だった。さらに、その人気に当て込んでリリースされたベスト盤“Best of ABBA”が100万枚近くのセールスを記録。これは、当時のオーストラリア国民の15人に一人が買ったという計算になる。なお、お隣のニュージーランドでも、翌76年の1月に“SOS”が1位を、2月には“マンマ・ミーア”が2位を記録した。
 オセアニア以外では、“マンマ・ミーア”が4枚目のシングルとして75年の暮れにリリースされたが、こちらもヨーロッパ各国で1位をマーク。さらに、イギリスでは“恋のウォータールー”以来のナンバー・ワン・ヒットとなり、76年の1月にはアルバムも最高13位まで駆け上がった。発売されてから、実に半年後の成功だった。

 このように、“一発屋のポップス・グループ”というイメージと悪戦苦闘しながら、最終的にその実力を世界に証明することとなったのが、この「アバ」というアルバムだったと言えるだろう。それは、単純明快なポップスの世界に芸術的なクオリティを持ち込んだ、ビヨルンとベニーのアーティストとしての大きな成長の賜物だった。このアルバムの成功がなければ、恐らくアバは“恋のウォータールー”の一発屋として、音楽シーンから永久に消え去ってしまっていただろう。
 ちなみに、僕が初めて自分のお小遣いで買ったアバのアルバムがこれだった。当時はカセット・テープで持っていたのだが、テープが伸び切って音が湾曲するくらい聴き込んだもんだった。それだけに、個人的にも非常に思い出深い1枚である。

ABBA_BACK.JPG

<楽曲解説>

※オリジナル盤収録作品

1,Mamma Mia マンマ・ミーア ビデオ
 ご存知、現在世界的な大ヒットを記録しているミュージカルのタイトル・ソングであり、初期のアバを代表する名曲のひとつ。マリンバとピアノがリズムを刻むオープニングも印象的ですが、サビとサビとの間にブリッジを挟むという変則的な楽節構成が当時としては斬新だったと思います。しかも、単純明快なメロディによってそのテクニックを隠すという心憎さ。そのさり気ないセンスが、ビヨルンとベニーの底力ですね。
 先述したように、イギリスでは“恋のウォータールー”以来のナンバー・ワン・ヒットとなり、オーストラリア、西ドイツ、アイルランド、スイスでも1位を記録してます。その他、ニュージーランド、ベルギー、ノルウェーで2位、オーストリアで3位、南アフリカで7位、オランダで13位をマーク。特にオーストラリアでは連続10週もナンバー・ワンを独占し、アバ・ブームの始まりを告げることになったわけです。
 ちなみに、当初この曲はシングル・カットされる予定がなかったそうです。しかし、オーストラリアでアバのライセンスを持っているRCAが、“SOS”の代わりに“マンマ・ミーア”を3枚目のシングルとしてカットしたいと強く要望。その熱意を買ったスティッグが特例として許可したところ、上記で述べたような爆発的ヒットとなってしまったわけです。つまり、オーストラリアでの大成功がなければ、“マンマ・ミーア”がシングルとして世に出ることはなかったんですね。この経験から、その後スティッグはマーケットに応じて、臨機応変にシングル・カット曲を変えるようになります。
 なお、母国スウェーデンではシングル・カットされていません。ちょっと意外。

2,Hey, Hey Helen ヘイ・ヘイ・ヘレン ビデオ
 初期のアバは様々なジャンルにチャレンジしていましたが、この曲もそのひとつ。グラム・ロックを意識した、非常にヘビーでファンキーなナンバー。家族を捨てて独り立ちする女性を歌ったフェミニズム的要素の強い作品で、当時のアバとしては珍しく社会的なメッセージを含んでいるのが面白いですね。実は、この歌詞には元ネタがあります。それが、当時スウェーデンで人気のあったイギリスのテレビ・ドラマ“Helen : A Woman of Today”という作品。ただ、そのヒロインの生き様に疑問符を投げかけている部分もあって、作詞を担当したビヨルンはその点を後悔していると後に述べてます。

3,Tropical Loveland トロピカル・ラヴランド ビデオ
 前作「恋のウォータールー」でもレゲエにチャレンジしていたアバは、ここでもかなり本格的なレゲエ・サウンドを聴かせてくれます。のどかな雰囲気の、非常によく出来た楽曲ですが、リード・ボーカルを担当したフリーダはあまり好みではなかったとのこと。

4,S.O.S. SOS ビデオ ←アグネッタがキュート!
 アバの運命を変えた一曲ですね。彼らが単なる明朗快活なポップ・バンドではなく、芸術性の高い楽曲も作ることが出来るという事を証明した作品。マイナー・コードの荒涼としたサウンドから始まり、ブリッジを挟まず一気にメジャー・コードのサビに転調するという展開は衝撃的ともいえるくらいに圧巻。アグネッタの切なくも美しいボーカルも素晴らしいです。
 先述したように、ドイツやベルギー、南アフリカでナンバー・ワンを記録した他、オーストリア、オランダ、イタリア、ノルウェー、ジンバブエで2位、スイスで4位をマーク。さらにイギリスでは6位まで駆け上がり、一発屋という汚名を見事に返上しました。同じく、“恋のウォータールー”以来これといったヒットのなかったアメリカでも全米15位をマークし、カナダで9位、メキシコでは1位と、アメリカ大陸での人気を取り戻すきっかけにもなりました。
 なお、本国スウェーデンではアグネッタのソロ・バージョンがシングル・カットされ、ヒット・チャートで4位をマークしています。また、日本でも2001年にドラマ「ストロベリー・オン・ショートケーキ」の主題歌に起用され、日本におけるアバ・リバイバル・ブームの起爆剤となる大ヒットとなりましたね。

5,Man in the Middle マン・イン・ザ・ミドル ビデオ
 スティービー・ワンダーに強い影響を受けたレア・グルーヴ・チューン。アバにとっては非常に珍しい、本格的なR&Bサウンドを聴かせてくれます。個人的にはとても好きな作品なんですが、ビヨルンとベニーにとっては失敗作だったそうです。確かに、ビヨルンのリード・ボーカルはお世辞にもソウルフルとは言えないものの、リズム・ギターのファンキーなカッティングはかなりカッコいいんですけどね。

6,Bang-A-Boomerang バング・ア・ブーメラン ビデオ
 80年代以降のハイエナジー/ユーロビートの原型となった作品と言っていいですね。キャッチーなメロディと音感を生かしたサビの歌詞、そして突き抜けるように爽快なサウンド。非の打ちどころのない素晴らしいポップ・ナンバー。もともとは、ポーラ・レコード所属の男女デュオ、スヴェン&ロッタのためにビヨルンとベニーが書き下ろした作品。ただ、スヴェン&ロッタのバージョンはあまりヒットせず、この曲がいたくお気に入りだったビヨルンとベニーは自分たちでレコーディングし直すことにしたわけです。
 なお、この作品はフランスでのみシングル・カットされていますが、残念ながら59位までしか上がりませんでした。

7,I Do, I Do, I Do, I Do, I Do アイ・ドゥ・アイ・ドゥ ビデオ
 往年のアメリカのビッグ・バンド・ジャズへオマージュを捧げた作品で、日本でも非常に人気の高い楽曲のひとつ。でも、リリース当時はイギリスの音楽誌で“あまりにも酷すぎて痛々しい”と酷評されるほど、とても評判が悪かったようです。ビヨルンとベニーは、幼い頃に親しんだビリー・ヴォーン楽団を意識して作っていますが、70年代のポップス界では時代遅れのサウンドにしか聴こえなかったのかもしれないですね。
 それでも、オーストラリアやニュージーランド、南アフリカ、スイスではナンバー・ワンを獲得。ベルギーとドイツで2位、オランダで3位、オーストリアで4位、ジンバブエで5位、ドイツで6位をマークしています。また、アメリカとカナダでは当初シングル・カットされていませんでしたが、“SOS”のヒットを受けて76年の初旬にリリース。アメリカで15位、カナダで12位というスマッシュ・ヒットになりました。どうも、この作品をバカにしたのはイギリス人だけだったみたいですね。

8,Rock Me ロック・ミー ビデオ
 もともと、シングル“アイ・ドゥ・アイ・ドゥ”のB面だった作品。ところが、アバ・ブームが凄まじい勢いを見せていたオーストラリアとニュージーランドで、改めてシングルA面としてリリースしたところ、それぞれ4位と2位を記録する大ヒットとなってしまいました。
 楽曲そのものは、初期のアバ特有の爽快かつダイナミックなロックン・ロール・ナンバー。ビヨルンがリード・ボーカルを担当し、思い切りワイルドなシャウトを披露しています。誰もが口ずさめるキャッチーなサビも秀逸で、文句なしに楽しい作品ですね。

9,Intermezzo No.1 インテルメッツォ・ナンバー・ワン
 当時のベニーのクラシック志向を全面的に押し出したインスト・ナンバー。オリジナル・タイトルが“Bach-laten(バッハの曲)”だったことからも分るように、バッハの影響を受けたバロック風シンフォニック・ロックに仕上がっています。ただ、ベニーがクラシックに目覚めたのはヘップ・スターズとして活躍中のこと。もともと、伝統的なスウェディッシュ・フォークの世界で音楽を学び、10代半ばでビーチ・ボーイズに傾倒した彼にとって、クラシックはあまり興味の対象ではなかったようです。それだけに、大人になってから初めて知ったクラシックの魅力は鮮烈だったのかもしれません。この曲は彼の大のお気に入りで、後のコンサート・ツアーでは必ず演奏しています。

10,I've Been Waiting For You アイヴ・ビーン・ウェイティング・フォー・ユー ビデオ
 このアルバムの中でも、ダントツに美しい出来映えのバラード・ナンバー。切ないメロディーに爽快なアコースティック・ギター、まばゆいばかりのシンセ・ストリングスが印象的。ソフト・ロックにも通じる爽やかなサウンドはとても魅力的です。アグネッタのセンチメンタルで美しいボーカルも絶品。これだけの名曲がB面ソングだったというのもビックリです。ただ、オーストラリアとニュージーランドではシングルA面としてリリースされており、ニュージーランドでは8位をマークしています。

11,So Long ソー・ロング ビデオ
 明らかに“恋のウォータールー”を意識したドライブ感溢れるロック・ナンバー。よりアグレッシブでパワフルなサウンドが印象的で、アグネッタとフリーダのボーカルもかなり豪快。楽曲によってボーカル・スタイルを自在に変える事の出来る彼女たちですが、本作でのアバズレ的な歌いっぷりはカッコいいですね。楽曲そのものも非常に良く出来ていて、すこぶるカッコよさです。ただ、ヒット・チャートでは惨敗で、多くの国でチャート・インすらしませんでした。母国スウェーデンでは7位まで上昇しましたが、ドイツでは11位、ベルギーで29位、フランスでは64位といずれも低調。そうした中、オーストリアで最高5位をマークしているのが興味深いところです。

※CD用ボーナス・トラックなど

Crazy World クレイジー・ワールド ビデオ
 この曲は、本アルバムのセッション中にレコーディングされたものの、お蔵入りにされていた作品です。その後、次のアルバム「アライバル」の準備中に、再びレコーディングし直されましたが、やはりアルバム収録曲からは漏れてしまい、最終的に“マネー・マネー・マネー”のB面に収録されています。ビヨルンがリード・ボーカルを担当したソフト・ロック風バラードで、決して悪い出来の作品ではないものの、アルバムに収録されなかったのは理解できるかもしれません。ちょっと地味な印象の作品です。

Medley : Pick A Bale Of Cotton/On Top Of Old Smokey/Midnight Special (1978 Remix) メドレー:ピック・ア・ベイル・オブ・コットン〜音・トップ・オブ・オールド・スモーキー〜ミッドナイト・スペシャル(1978リミックス) ビデオ
 基本的に自作曲以外はレコーディングしないアバですが、唯一の例外と言えるのがこの作品。もともと、1975年に西ドイツで企画された癌撲滅キャンペーンのチャリティ・アルバム用にレコーディングされました。アメリカの古いカントリーナンバーをメドレー形式で歌った作品です。当時アバはアルバム・レコーディングに多忙で、ビヨルンとベニーは新曲を書き下ろしている余裕がなく、代わりにカバー・ソングで対応することにしたわけです。ただ、著作権料が発生してしまってはチャリティの意味がないので、既にパブリック・ドメインとなっている古い作品を選んだとのこと。その後、1978年にシングル「サマーナイト・シティ」がリリースされる際、B面用の楽曲がなかったため、リミックスを施して完成されたのがこのバージョンというわけです。

 

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