1612 (2007)
〜ロシアの超大作プロパガンダ映画〜

 

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(P)2009 E1 Entertainment (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/5.1chサラウンド/音声:ロシア語/字幕:英語/地域コード:A
LL/143分/製作:ロシア

特典映像
メイキング・ドキュメンタリー
オリジナル劇場予告編
フォト・ギャラリー
監督:ウラジーミル・ホチネンコ
製作:ニキータ・ミハルコフ
   レオニド・ヴェレスシャギン
脚本:アリフ・アリエフ
撮影:イリヤ・ジョーミン
音楽:アレクセイ・リブニコフ
出演:ピョートル・キスロフ
   アルチュール・スモリャニノフ
   ミハウ・ジェブロフスキー
   ヴィオレッタ・ダヴョドフスカヤ
   アレクサンドル・バルエフ
   マラート・バシャロフ
   ラモン・ランガ
   ミハイル・ポレシェンコフ
   ワレリー・ゾローツキン

 

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モスクワへ侵攻するポーランド軍

ボリス・ゴドノフの妻と息子が暗殺される

 ロシアでは2005年、それまで国民にとって最大の祝日だった11月7日の「革命記念日」を廃止し、その代わりに11月4日を「国民団結の日」として新たな祝日に制定した。なぜ11月4日なのかというと、この日はかつて帝政ロシアの主権を揺るがしたロシア・ポーランド戦争において、国民軍が激しい戦いの末にポーランド軍からモスクワを開放、近代ロシアにおける大国化の礎を築いたという歴史的に重要な日だからだ。帝政ロシア時代にも制定されていたこの祝日を復活させたことの背景には、ロシアを再びソビエト時代のような大国にという当時のプーチン政権の思惑が当然のことながら見え隠れする。そして、この「国民団結の日」の意味することを改めて現代へ伝えようという映画こそ、2007年にロシア全土で大々的に劇場公開された歴史スペクタクル映画“1612”というわけだ。
 舞台は“動乱の時代”と呼ばれた17世紀初頭のロシア。ボリス・ゴドノフの死によって中央の権力が弱体化したロシアでは、ツァーリ(皇帝)の座を巡って様々な陰謀が渦巻いていた。この機に乗じたポーランド・リトアニア共和国とバチカンは、ロシアの支配とカトリックの布教のためにモスクワへ侵攻。しかし、新しいツァーリとして担ぎ出されたポーランド皇子ヴワディスワフが不在のまま戴冠式が行われ、ポーランド軍の統治支配は決して安定したものではなかった。
 そこで、時は1612年、ポーランド軍は秘かにボリス・ゴドノフの娘クセーニヤをモスクワへと送り込み、裏から思いのままに操ることのできるロシア人の女帝(ツァリーナ)として擁立しようと画策する。その道すがら、クセーニャの前にアンドレイという一人の若者が現れる。彼は幼少時代に両親をポーランド軍によって殺害され、ゴドノフ一家の暗殺とクセーニャの誘拐を目の当たりにし、それからというもの彼女の行方を探すことだけを目的に生きてきた青年だった。彼は戦闘で殺されたスペイン人の傭兵に成りすまし、親友のコーシカと共にポーランド軍へ潜入する。
 さらに、クセーニャを誘拐して城塞都市ナヴォロークへと避難したアンドレイとコーシカだったが、たちまちポーランドの大軍によって町を包囲されてしまった。ポーランド側から次々と浴びせられる大砲の砲弾にライフル銃の銃弾。圧倒的に不利な状況の中、アンドレイとコーシカ、そしてナヴォロークの住民たちは愛国心のもとで心を一つにし、決死の覚悟で血みどろの壮絶な戦いに挑む…。

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ロシア行きを命じられるカトリック僧ラヴィツキー(V・シャミロフ)

ツァーリ不在のまま行われた戴冠式

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ボルガ河で船を引く奴隷たち

ラヴィツキーに付き添われた皇女クセーニャ(V・ダヴョドフスカヤ)

 冒頭の約10分間は歴史的な背景を駆け足で説明していく。皇帝ボリス・ゴドノフの崩御によって政治的混乱に陥るロシア。そこへ侵攻してきたポーランド軍はゴドノフの妻と後継ぎの息子を虐殺し、自らをイワン雷帝の末っ子ディミトリと名乗る偽者をロシア皇帝の座に就ける。だが、この偽ディミトリは悪政のおかげで大衆の反感を買い、ほどなくして虐殺されてしまった。そこでポーランドは自国の皇子ヴワディスワフを新たに皇帝として擁立。しかし、戴冠式の席に本人の姿はなく、依然としてロシアは混とんとした無秩序な状態が続いていた…という具合に。
 ここでまず知っておかねばならないのは、本作があくまでも“歴史からヒントを得たフィクション”であるということだ。全篇を通して、史実とは異なる点が数多く見受けられる。そもそも、“動乱の時代”と呼ばれる政治的混迷はボリス・ゴドノフの統治時代から既に始まっており、ポーランド軍のモスクワ侵攻がきっかけだったわけではない。主人公のアンドレイやコーシカが完全なフィクションであることは言うまでもないし、ポーランド軍がゴドノフの皇女クセーニャを女帝に擁立しようと画策したというのも事実無根だ。実際のクセーニャは母親と弟が殺害された後に捕らわれの身となり、ツァーリの座を奪った偽ドミトリによって凌辱され続けた挙句、修道院へと追いやられている。つまり、本作のメイン・ストーリーが展開する1612年の時点で、彼女は既に修道女となっていたのだ。また、山場の舞台となる町ナヴォロークにしても、恐らく国民軍結成の地となった城塞都市ニジニ・ノヴゴロドをモデルにした架空の都市と思われる。
 さらに注目すべきなのは、意図的に歴史を湾曲したとしか思えない“書き換え”が随所でなされていることだろう。その中でも特に重要なのは、“動乱の時代”の原因をポーランドとバチカンに全てなすりつけている点だ。本作ではゴドノフ家の虐殺がポーランド軍によって行われ、ポーランドとバチカンが一方的にロシアを侵略したような印象を与えるストーリー展開がなされている。しかし、実際にボリス・ゴドノフの妻と息子を殺害したのは偽ドミトリを支持するロシア貴族たちであり、私欲に駆られた彼らがポーランド軍に手を貸したことからモスクワが占拠されてしまったのだ。そもそも、そうしたロシア貴族たちの利己主義や日和見主義が、当時の政治的混迷をさらに深刻化させていったという側面は否定できない。だが、本作ではそうしたロシア側の責任がまるで無かったことかのように書き換えられ、ポーランドとカトリックを完全な悪者へと仕立て上げているのだ。
 実はこの作品、ロシア連邦文化省の関連機関である文化映画庁が製作費を提供している。つまり、当時のプーチン政権の息がかかった作品なのだ。ここでは明らかに、ソビエト崩壊後のロシアと“動乱の時代”をなぞらえ、大国ロシアの復活へ向けて大衆の愛国心を鼓舞しようというプーチン政権の意図が見て取れる。ロシアをカトリック化させて支配しようと目論むポーランドは、すなわち資本主義によってロシアの政治と経済をどん底へ叩き落とした西側諸国を象徴するものと考えていいだろう。そして、政治的混乱と貧困によって疲弊しきっていたロシアの大衆が、アンドレイやコーシカ、そして実在の英雄ポジャルスキーの情熱によって愛国心に目覚め、一致団結してポーランド軍へ立ち向かっていく姿には、プーチン大統領の強権政治によって目覚ましい経済成長を成し遂げつつあった2007年時点でのロシアの姿が如実に投影されている。これはもう、正真正銘の立派なプロパガンダ映画だ。

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船に侵入してクセーニャの姿を確認する若者アンドレイ(P・キスロフ)

アンドレイは脱走未遂の罰として拷問を受ける

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アンドレイと親しくなる若者コーシカ(A・スモリャニノフ)

アンドレイはコーシカの口利きで傭兵の家来となった

 ただ、純粋に映画作品として見た場合にどうなのかというと、これが文句なしに面白いエンターテインメント大作に仕上がっている。冒頭の背景説明がかなり駆け足で行われるため、歴史的な予備知識が全くないと初めは少々混乱してしまうかもしれない。しかし、主人公アンドレイとコーシカ、そして皇女クセーニャが登場すると様相は一変。敵に捕らわれたお姫様を救い出そうとする名もなきヒーローの冒険活劇と相成る。
 ここからは、まさしくジェットコースター・ライド。とにかくストーリー展開のテンポが軽妙で、アクションありロマンスありファンタジーありの壮大なスペクタクルが繰り広げられていく。中でも、城塞都市ナヴォロークを舞台にしたポーランド軍との攻防戦は迫力満点。ソビエト時代の国策映画に比べるとエキストラの規模では負けるものの、最新のビジュアル・テクノロジーを駆使したバトル・シーンのケタ外れなスケールには度肝を抜かされる。
 まずは、アンドレイの考案した手作りの革製の大砲から発射された砲丸が、ポーランド軍の武器庫に命中するシーン。たちまち砲丸の熱が火薬に引火して武器庫は大爆発し、ポーランド軍は総崩れとなる。燃え上がる巨大な炎、粉々に砕け散る丸太小屋、爆風によって吹き飛ばされる兵士たち。その姿をカメラはスローモーションで捉える。さらに、爆発によって飛び散った木片や弾丸などが次々と周辺の兵士や馬に命中。スプラッター映画も顔負けの、まさに血みどろの地獄絵図だ。
 さらに、今度は体勢を立て直したポーランド軍が、ナヴォロークの城塞へ総攻撃を仕掛ける。まずは数えきれないほどの大砲から発射される砲丸の嵐。これがもう凄いのなんのって。数千発にものぼろうかという砲丸が、一気に城塞へ向けて浴びせられるのだ。建物は次々と破壊され、逃げ惑う住民も胴体が吹っ飛んだり顔面が潰れたり。思わず呼吸が止まってしまうかと思うくらいの凄まじい臨場感だ。
 この大混乱に乗じてポーランド軍は歩兵部隊を投入。次から次へと城壁に梯子がかけられ、無数のポーランド兵たちが城塞への侵入を図る。手に手に武器を持って応戦するナヴォロークの住民たち。この大量のエキストラを投入したチャンバラがまた、えらくテンションが高くて見応え十分なのだ。しかも、城壁をよじ登るポーランド兵を撃退すべく、ナヴォローク側からも手製の爆弾が次々と投下され、あちらこちらで兵士たちが吹き飛んでいく。そのスケール感と迫力たるや、『プライベート・ライアン』のノルマディ上陸シーンにも引けを取らないと言っていいかもしれない。
 また、本作では随所にファンタジックな要素を取り込み、伝奇物語的な魅力をも兼ね備えている。“動乱の時代”に進むべき道を見失った人々へ助言を与える森の仙人、ロシアの行く末を見守るように出没するユニコーン、そして窮地に陥ったアンドレイを教え導くスペイン人傭兵アルヴァーの亡霊。これは、『ロード・オブ・ザ・リング』的な宿命の物語へと昇華させることによって、ロシアの歴史に神話的な意味を持たせようとしているのだろう。もちろん、史実と大きく異なる点をファンタジーという名目で言い逃れしようという意図も少なからずあるに違いない。それを差し引いて考えても、このファンタジー的な演出は見事に功を奏している。息を呑むほどに美しいロシアの大自然は、さながらおとぎ話の中に出てくる神の国のよう。森の仙人やユニコーン、幽霊といったファンタジックな存在が、その広大で美しいロシアの大地にさらなる神秘を与えているのだ。

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少年時代のアンドレイはゴドノフ家の領地で暮らしていた

皇女クセーニャは幼いアンドレイの憧れだった

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ポーランドの指揮官キボフスキー(M・ジェブロフスキー)

クセーニャはキボフスキーの愛人だった

 確かに政治的な意図の隠しようがない作品ではある。その点において賛否両論があってもおかしくはないだろう。都合の良い勝手な歴史解釈にも批判があって然るべきだ。ただ、この手の歴史湾曲は何も今に始まったわけではないし、当然のことながらロシアの専売特許というわけでもない。戦いに勝った者が歴史を好きなように書き換えるというのは、世の東西を問わず世界中で行われてきた儀式みたいなもの。そもそも、ロシア・ポーランド戦争という歴史的事件そのものが、過去数百年に渡って両国でプロパガンダに利用されてきたという事実がある。言ってみれば、お互いさまみたいなものだ。
 どの国家や民族にだって、己の歴史やルーツに誇りを持つ権利も義務も必要もあることだろう。それはともすると異民族に対する差別や排斥へつながりかねないという危険性を孕んでいるわけで、そのことを我々は常に肝に銘じておかねばならない。そうした観点からすれば、本作の持つアンチ・ポーランド的な側面は非難されるべきだろう。
 その一方で、ロシア人のロシア人たる所以を美化することなく描いている点には、ロシアで育った人間として非常に興味をひかれるものがある。人望のあるアンドレイを次期ツァーリに担ぎ上げようと考えたナヴォロークの指揮官ニキリッチとロシア正教の司祭たちが、歴史学者を使って彼の“高貴な家系図”をねつ造する下りなんかは、したたかさといい加減さと逞しさが混在したロシア人という民族の面白さを的確に物語っていると言えよう。
 また、いくら権力者を味方につけて布教活動をしてもロシア人に受け入れられないカトリックの僧侶ラヴィツキーに対して、森の仙人が述べる言葉というのがまたロシア人の民族性を上手く表現している。曰く、髭を生やして、コサックの服を着て、強い男らしく振る舞えば、ロシアの民も耳を傾けてくれるだろう。そう言われたラヴィツキーだが、最終的には“こんな野蛮で理解不能な国とは一生関わりたくない”とバチカンへ逃げ帰っていく。半ば自嘲的ではあるものの、誰もこの“野蛮な”ロシア人を変えることなんてできやしない、という強い民族の誇りみたいなものが描かれているのだ。ロシアの国民的な画家レーピンの代表作「ボルガの船引き」をそのまま引用したシーンにも、製作サイドの自国ロシアの歴史と文化へ対する深い
愛情が感じられる。
 結論を言えば、ロシアの歴史や民族性に対する予備知識がなくても、十分に娯楽映画として楽しめる作品ではある。だが、その歴史的な背景や事実、ロシア人のなんたるかを多少なりとも勉強した上で見れば、より客観的に作品の世界を理解することが出来るだろうし、良い点も悪い点も含めてロシアという国と民族の面白さを改めて教えてくれるに違いない。非常に良くできたプロパガンダ映画である。

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盗賊一味に襲撃される傭兵たち

アンドレイの主アルヴァー(R・ランガ)も殺されてしまう

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木の上でロシアの行く末を案じる森の仙人(V・ゾローツキン)

クセーニャは仙人に助言を求める

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城塞都市ナヴォローク

憂国の士ポジャルスキー(M・ポレシェンコフ)は民衆を決起させる

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スペイン人のアルヴァーに成り代わったアンドレイ

アルヴァーの亡霊がアンドレイに剣術を教える

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ロシアの運命を託すかのようにアンドレイを見守るユニコーン

ロシア側へ寝返るようクセーニャを説得するアンドレイだったが…

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ナヴォロークに接近するポーランド軍

レイプされそうになった村の少女をかばうアンドレイ

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クセーニャを連れて城塞内部へ避難したアンドレイとコーシカ

アンドレイの秘策に半信半疑の指揮官ニキリッチ(M・バシャロフ)

 1604年のワルシャワ。ポーランド王ジグムント3世は、逃亡した修道士グリゴリー・オトレピエフを、ロシアのイワン雷帝の息子ディミトリであると認めた。この偽ディ